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評価 5

書店で新刊文庫を見ていて目に入った本であり、これまでのシリーズを全く読んでいなかったのに突然最終巻もどうだろう?とは思ったものの、どこからでもいいと書いてあったので、とりあえず手に取って読んでみた。

すごく面白い!!
こういう語り口でニューヨークを語ってくれる人がいるとは!
40万部の大人気シリーズというのがよくわかる。
全部読んでみたいものだ、と思った。
そしてトランプネタなどの時事ネタもあるので、ここから行っても全く問題はないだろう、と私も思ったりした。

どこがいいかというと、ニューヨークに暮らしている日本人というスタンスはあるもののそれが『ひけらかし』にもなっていないし『過度な自分語り』にもなっていないというところだ。
海外に住んでいる人のブログを見ているとそういうのを散見する。
ともすると、そこはかとない自慢(もしくはそこはかとない自虐)になっている、なぜ?
ともすると、だから日本人はこういうところが行けないんだという自国民批判が出てくる、なぜ?
ともすると、日本はこうだけどここはこうで本当に納得がいかないという他国民批判が出てくる、なぜ?
あと自分がやっていること(海外への留学なり居住なり旅行なりに)思い入れが溢れすぎている文章って読みづらいものだ。

・・・・・・・・・・・・・・
この本では、フラットな目で気さくに街の人に話しかけ、そのやり取りを楽しむというスタンスが好ましい。
個性的なニューヨークの人達がこの本のの中で息づいている。
勿論これだけじゃなくて、嫌なことも沢山あったんだろうとは推察する。
けれど、それも含めてのニューヨーク生活。

地下鉄の中の人達、写真を撮っていいかと聞いた時に相手からの反応そして思いがけない彼らの話。
この本を読んでいると、どんな市井の人にも一つ一つの物語があり、そこを人間が生きているんだという事を改めて思い知らされる。
杉原千畝の話のところも泣きたくなるような思いで読んでいた。
また写真に撮られていたストリートの少年達、劣悪の環境の二人がなんとか真っ当な道を歩もうとしている姿にも泣けた。

ある時には笑いながら、そこここですごく泣けるエッセイでもあるのだ。
彼女の留学時の思い出なども笑いながら、ここが彼女の原点だったんだ、と思うと感慨深い。

短文の英語がラストについているところも小粋で楽しい。
途中の文章で英語が入ってくると本を横にしなくてはならないけれど、ここもまたこういう事を言っていたんだ、という生の感覚があってわくわくした。
2019.05.12 偶然仕掛け人




評価 4.8

へんてこな小説!!!としか言いようがない。
でもおおいに楽しめたことも事実だ。
ちょっと思ったのとは違ったけれど(もっとSF度満載の話と思っていた)、面白く私は読んだのだった。

何の方向で読んでいけばいいんだろう?と最初の頃思っていた。
SF?ミステリ?ラブロマンス?ファンタジー?ちょっぴりスパイもの?それとも哲学?
途中でそういう区分がどうでもよくなって、この小説にただただ身を任せて読んでいけばいいんだろうと。
最後の最後に作者がイスラエル出身でそこに暮らしているという事を認識して、あ!
そうなのだ、これって読みながら
(もしかして神の領域の話?)
と何度も何度も思ったからだ。
イスラエルという場所で生まれたこういう小説、悪くない。

世の中で人と人が出会うこと。
世の中で何かが成されること。
一見偶然に思えること。
ここには、
『ある指令に基づいて偶然の出来事があたかも普通に怒ったように引き起こされるようにする、偶然仕掛け人』
が存在していた。
彼らは誰にも気づかれずにその指令を実行している秘密の存在だ。


まずこの偶然仕掛け人の存在そのもの発想が面白い。
彼らはひっそりと街に潜伏し、何かが起こるというのを見守っている。
すぐにその効果が表れるものもあるし、遠くでその引き金を引いているというようなものもある。
また失敗もあり、その場合やり直しもやっているし、他のものに担当変更という会社のようなシステムもある。
歴史上で何かの発見が成されたというようなことの引き金すらも遠くで引いている彼ら・・・

発想が面白いなあと思っているうちに具体的な人たちがぞろぞろ出てくる。

同期生のガイとエミリーとエリック。
三人は新人だが必死に彼らの任務をこなしていた。
仕事に入る前の研修で仲良くなった三人組はよく集まっていたのだが、このところ仕事がそれぞれ忙しくて会えていない。
たまに会うとお互いの現在について語り合う・・・
エミリーはひそかにガイに心を寄せていたのだが、ガイはかつての恋人らしきカッサンドラ(この名前もまた!!)にいまだに心を残していてエミリーは見向きもされない・・・


特殊な仕事をしている人達なのに、恋物語が始まる。
そしてエミリーは禁断の事ををガイにしてしまうが見破られ・・・
エミリーのいちずな気持ちがとっても可愛らしい。
そしてここで、カッサンドラとは何者だったのかというのを語ることで、今度はガイの過去について驚きの話が出てくるのだ。

またこの話とは別に謎のヒットマンが出てくる。
彼の子供時代から始まり、強力なパワーで人を刃物を使わず倒す能力を持っているヒットマン(このあたりは、アメコミっぽくなってくる)
彼の話が後半で結びついてきて・・・

・・・・・
誰もがふと日常で思う
もしあの時の出会いが偶然ではなかったら。
もし誰かが自分の人生を操っていたとしたら。
そういうゆらぎみたいなものを巧くとらえている小説だと思った。

またエミリーとガイとのラスト、何とも言えない余韻が残る。
こういう粋な生かし方があるのか!

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以下ネタバレ

・ガイに恋するあまり、エミリーは偶然を装って仕掛けをして彼の家に招かれるまでにする。
ところが、ガイはそれを見破っていた。
エミリーの悲痛な叫びは
「偶然仕掛け人には偶然仕掛け人がいないんですか?」
だった。

・ガイは偶然仕掛け人になる前には、イマジナリーフレンドだった、主に子供の。
何かから逃避している子供、幼い子供、たちの想像上の友達になっていたのだ、その時々で形を変えて。
そしてそこで印象深い男の子がマイケル。マイケルのイマジナリーフレンドがガイだった。

別の少女のイマジナリーフレンドがカッサンドラ。
彼女の姿が見えたので、思わずガイは本物の人間かと思って声をかけるのだが、カッサンドラもまた少女のイマジナリーフレンドであるということを知って喜ぶ。
ところが、途中で彼らは別れることになってしまうのだ。

そして後半、カッサンドラが実はエミリーであることが判明。
エミリーも、そしてかつての子供のマイケルを殺害方向に行かせろという指令に悩んだ末拒絶するガイも、偶然仕掛け人を降りる。
降りるという事は、死ぬという事のように見えたのだが、実は人間になるという事であった。

エミリーもマイケルも計らいにより、妊娠したばかりの女性のおなかに中に生まれ変わる。

・偶然仕掛け人になる前に自分が何だったのか、というのを語る場面がある。

ガイはイマジナリーフレンド。
エミリーは内緒(イマジナリーフレンドのカッサンドラだったことは言いたくない)
そして、エリックは点火者という。
これが何だったのか最後までわからない。
が、
命を人の体に入れる
という作業だったことが、エミリーとマイケルの命を女性のおなかの中にいる胎児にいれたということでわかる。
2019.05.11 異邦人


評価 4.9

何十年ぶりかに読んだが、きょう、ママンが死んだと、太陽のせいは覚えていたけれど、こんなに物語に人が多く登場していた、というのが新鮮だった。
またエピソードが結構あるんだなあというのが実感だ。
最初読んだ時に
(母親が死んだのにこんなことができるなんて、ムルソーって奴は!!)
というのが基本になっていた気持ちなので、一つ一つのエピソードに着目できなかったのだろう・・・・

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第一部で、ムルソーの母親が死んだというのが描かれている。
描かれていると言ってもムルソーの独白で、しかし読んでいると、すごく不思議な気持ちになるのは、独白であるのに外側から描いているような雰囲気の文章なのだ。
常に客観的であり、常に冷静だ。
この冷静さは後半の裁判場面で強く指摘される、なぜ自分の母親の死にそれほど無関心だったのかと。
陪審員の気持ちも主人公のこの無関心さと、死んだ日に女性と情を交わすというあたりに引っかかるのは当然だと思う。

最初は母親のいた養老院に行っている。
そこで
死体が置かれている場所の描写があり、そこに次々に母の養老院での友達が来てくれる。
でもそれに対してもムルソーはありがとうを言うわけでもなく淡々としていて、ばかりか自分の好きなコーヒー牛乳を飲んだり、そこでタバコを吸ったりしている(これがのちのちの裁判でとても不利になってくるのが皮肉だ)
母親を訪ねることもしなかったらしいムルソー。
だからここで母親がやや幸せに暮らしていて、男性の一人と親密になっていたという事すら知らない。
でもそのことにも動揺せず、淡々と彼らの描写をするムルソーがいる。

そして帰りに海岸で自分の職場に元いた女性と偶然出会い一夜を共にするのだ。
淡々としている割には、ここに女性が出てくるじゃないか!
どうしたムルソーと思ったりもする。
母に対しての思いとはまた別なのか。

そして彼は友達もいて(この感じだと友達がいなそうに見える)、友達の女のトラブルから、意図せず人を殺してしまう。
これもまた不幸な殺害なのだが、殺人事件そのものよりも
母親の死があったのに海水浴に行き女性と交情する
というのに、皆が何とも嫌な感じを持つのだ。

そう、嫌な感じというのが漂っている、裁判場面に。
いかに弁護士が弁護しようと、女性が彼を庇おうと、友人がいい奴だと言おうと、根底に、(こいつは母親の死んだ日に・・・)というのが波のように皆からうねってくるのだ。

・・・
一瞬無罪か、または懲役数年?と思われる節もあるのだが、結局死刑。
ムルソーはそこでも自分は幸福であると確信していて、処刑の日に大勢の人がやってきて憎悪の叫びをしてほしいと願うのだった。

・・・・・
以下ネタバレ




新しい解説で非常に驚いたこと。

これがムルソーの独白ではなく裁判所にもいた新聞記者の聞き書きであったということ

というのが出ていたのだが・・・
そうなのだろうか?
だからこんなに客観視して書いていたのか?



評価 4.5

途中でやめられなくなる感じ一気に読ませる作品。
映画化されたら面白そうだなあという作品(ハリソン・フォードのエアフォース・ワンとかを思い出す)
そして密室物であるが、飛行機という事で前作の船よりも更に更に狭いどうしようもない空間、というのが話全体にきいている。

かつて色々齟齬があった出産間近の娘と会うために飛行機に乗る精神科医クリューガー。
彼は大の飛行機嫌いだったのだが、娘とそして生まれてくる孫のために決死の思いで飛行機に乗るのだった。
しかし、彼の元に届いたのは、娘を誘拐した、という携帯電話だった・・・
脅迫者は言う、もし娘を返してほしければ、その便に乗っているある一人の昔の患者の心を破壊してほしい・・・と。


まず精神科医だった、というのが大きなポイントだ。
彼がかつて見た患者の中に、高校生の時にある事件に巻き込まれようやく立ち直らせた一人の少女がいたのだ。
彼女は同じ飛行機のチーフパーサーになっていたらしい。
偶然?それとも?・・・

という具合に飛行機の中は精神科医のクリューガーが心の中も外も大暴れしていて暴風雨のようだ。
ひどい話だが、自分の娘を助けるためにこの飛行機を墜落させてもいいぐらいにクリューガーは思ってしまう。
かつての患者の心を破壊するという事は、患者が甦りこの飛行機を墜落させるという事とイコールであるからだ。
しかもクリューガーは飛行機嫌いで、予備席を含め複数とっているという周到ぶりだ(どこの席が安全かなども含めて考えてとっている)
最初の段階で彼は、赤ちゃんがいるのに周りがひどい状況と訴えている若い母に席を変わってあげるという善行を成す。
しかもビジネスの席を。
ここは全くの善意だった。
そしてクリューガーの隣の席に座った男は、睡眠薬で最初から最後まで寝る算段をしていてすぐに寝てしまう・・・。
そののち乗務員との悶着が色々あり、クリューガーはファーストクラスの席に移行・・・
このあたりの最初の一連の席の移動の話が後半の話におおいに繋がってくる・・・

・・・・・・・・・・・
一方で誘拐された妊婦ネレは、変質者と思われる男性にどこともわからない廃墟に拘束されている。
しかも陣痛が始まってる!!なんてことだ!!
誘拐という事実だけでもひどいのに、ここに子供が生まれるだろうというリスク・・・
読んでいて、ああっこれ最悪の状況、と思う、どう見ても逃げられない状況だから。
父親は飛行機の中、娘のネレは廃墟の中で陣痛中という身動きの取れない状況だ。
しかしここに一人重要な人物がいる。
それは、クリューガーのかつての恋人フェリだった・・・・

・・・・・
これを読んで、フェリがよく助けに走ったと思った。
彼女が結婚当日であるにもかかわらず、そしてクリューガーと別離したにもかかわらず、こんな面倒なことをやってくれるなんて。
彼女のフィアンセが怒るのも無理はない。

飛行機側では、かつて広告で無差別銃撃事件にあったカーヤ(今はチーフパーサー)のおぞましいビデオが流される。
それによってカーヤはかつてに戻る・・・
飛行機外では、フェリの東奔西走ともうやけっぱちともいえる妊婦ネレの大胆な行動が光る。

かつて起こった無差別銃撃事件の真相はどこにあったのだろう?
なぜ機内で死んだ彼の妻の香水が漂ってくるのだろう?
そもそもなぜかつての患者がチーフパーサーになっている飛行機に彼は乗っているのだろう?
全ては偶然なのか、それとも・・・という謎がこちらを引っ張っていく。

クリューガーと彼の妻との関係性って何だったんだろう?
クリューガーとフェリとの関係性もわからないように、この妻との関係もよく理解できなかった、書かれていること以上には。


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以下ややネタに触れます

・席で眠り込んでいたはずの最初の席の隣の男は
寝ていなくて
航空保安官だったことがわかる(でも役立たずではある)

・かつての高校の話。
最初の銃撃事件は、カーヤとボーイフレンドが計画した。
そのボーイフレンドに性暴力を受けたわけではなく、彼と最後の性関係を持っていたのを映され拡散されただけだった。
そのビデオの完全版では、カーヤが戻ってきてボーイフレンドにキスをするところまでが映っている、これによって性暴力を受けたのではなく合意だったというのがわかってクリューガーは驚愕する。
そして第二の銃撃事件が未遂
三度目にカーヤは銃を持って登校、トイレに引きこもる。
カーヤは被害者ではなく加害者の側だった、心を寄せ合っていた二人の心を病んだ高校生の男女・・

・クリューガーに電話をして指示していたのは
最初の段階で席を変わった子供連れのアメリー。
彼女こそが、かつての高校でカーヤの同級生で、性暴力を受けているカーヤの映像を配信した人物。
アメリーとカーヤは共犯でもあったのだ、飛行機内では。
しかし二人は決裂・・・
アメリーはそして、クロプシュトック元夫人でもあった。

クロプシュトックこそ、乗務前の乗員・乗客のあらゆる人にプレ心理テストをして事故を防ぐ、というPPTテストを開発した人であった。
そして彼は非常にお金に執着がある。
墜落させることが目的ではなく、頭がおかしい乗客とみなされそうになっているクリューガーのような人間を排除できる方法として、PPTを売り出すチャンスなのだ、もしこの飛行機が墜落すれば。


(二転三転する筋的には、確かに読ませるのだが・・・

監禁物部分では、犯人のサイコパス度合いが気持ち悪かったし(サイコパスと言えども!)、あとネレが下半身丸出しにしている状況(子供を産むのだから仕方ないとはいえ)もなんだかなあ・・・センセーショナルではあるけれどもなあ・・・と思った。
また飛行機部分では、性暴力ビデオがあまりにおぞましくもうここを読んでいるだけでぐったりしたというのが正直なところだ。
そして後半、実はその性暴力が性暴力でなかった、という展開も・・・・ううむ・・・
あとがきにも書かれているけれど、ここにヴィーガン?がからむ・・・?ううむ・・・)
2019.05.07 トリック



『生きていることは、それだけでひとつの祈りなんだ。』


評価 5 (飛び抜け)


奇跡のような物語。
これがデビュー長編というのが信じられない。
奇術という事を軸にして、これほどまでに鮮やかに悲劇を語るというのができる技が素晴らしい。
二つの物語が交錯し、過去と現在が入り混じるという手法は小説でよくあるけれど、これはそれが緻密に出来上がっていて、あとから最初から読むとこれはこういうことだったのか!という再度の感動がある(おばあちゃんの話を改めて読むとトランク工場のあれこれがなるほど!!と頷ける)
しかも終始くすっと笑えるユーモアも含まれている(現代の方の母のデボラの元気具合と怒り具合を読んでいるだけで笑える)。丁寧に編まれた編み物を一つ一つ読んでい感じがした。
映像も浮かんでくる、場面場面がこれほどまでに色鮮やかに浮かぶってものすごいことなのではないか。
そして、ラスト!!
崇高ともいえるラストがまたいつまでも心に残るラストだ。

何と言ってもマックスが可愛い!!
なんとかして離婚しようとしている両親をもう一度元の鞘に納めたいと必死に願う少年。
全てはここから始まるのだ・・・いやその前にもう一人の少年がいたのだった・・・モシェの物語。

20世紀の初頭、プラハの貧しいラビの家に一人のユダヤ人の男の子モシェが生まれた。
彼は、父親が不在の間一つ上の階の錠前師と母親との間に出来た子供だった。
しかし父親も母親もそれを知りながらあえて口に出そうとしない。
病弱だったモシェは母親の賢明な育て方でなんとか生き延びるのだ。
そして戦争中、父親が同性の医者と関係を持ったというのを母親は知って愕然とするのだが、自分も不倫出産の負い目があるので二人ともここには触れないようにして生きていく。
しかし幼いモシェの手の中で母親は歌に囲まれながら病死してしまうのだった。
そしてモシェは、父親とは知らない錠前師とともに運命を分けるあるサーカスを見に行くのだった・・・


私達読者は現在にいるので、刻一刻とユダヤ人たちがまずい状態になるというのが見えている、
けれど、小説の中の彼らはまだそれを知らないので、比較的のんびりとその部分は生きていて、モシェの話もユダヤ人である、という一点は語られていて、アイデンティティーを強烈に持っている父親がかなりユダヤ人であることに厳格だというのも語られているが、危機はまだ最初の方ではない。

父から出奔するモシェが辿り着いたのは
自分がユダヤ人であるという事を捨てて(でないと国境が越えられなかった)、サーカス団に入って見た時の奇術を学ぶという道だった。
サーカス団の団長は知っているし(ここは重要)、モシェの一目ぼれしたユリアとも恋人関係になる事ができる。
次々に不思議なマジックを習得していくモシェ。
陰でユリアと会っているのだが、団長の愛人でもあるユリアとの仲がばれて、ある日舞台上でトランクの中の奇術で実際に刺されて殺されそうになるユリア。
彼女を助けようとして、モシェは故意ではなくサーカス全体を火の海に包んでしまう・・・そしてユリアと逃走・・・


モシェ少年の行く末がわくわくと面白く、サーカス団での奇術の本質、そして教えてくれた奇術師が言った言葉で人は騙されたいのだ、という言葉の数々、が忘れ難い。
モシェは改名し、非常に有名なマジシャンになり、ナチス政権化を巧みにすり抜けていく姿が印象深い。

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一方で21世紀のユダヤ人の少年マックスは両親の離婚問題に頭を悩ませている。
どちらも好きなので、離婚してほしくない。
どうしてもしてほしくない。
夢見がちな彼が取った行動が、父親のレコードからポロリと落ちてきた、ある一つのマジシャンのレコードだった。
そこには呪文があるはずだったのだが、そこだけすりきれていて聞くことができない。
直接このマジシャンと話すことはできないだろうか。
なんとか奇術で二人の仲を元に戻してくれないものだろうか。
奇跡を起こしてくれないだろうか。
マックスの奇術師への追跡が始まる、一緒に住んでいる母を残してマックスは旅に出る・・・


マックスがなんとか父親を取り戻したいというけなげな気持ちが伝わってくる。
同時に、母親がなかなかの難物で彼女の気の強さが随所にあられているのもまた笑えるのだ。
両親の右往左往っぷりが話の真剣さがありながらも笑えるのだ。

あちこち行ったあげくについに発見したマジシャンは、既に老人ホームで自殺を図ろうとするほど落ちぶれていた。
何よりも自分の生きていた意味も見出せぬまま。
そしてホームを追い出されたマジシャンは、唯一の知り合いマックスの家に転がり込む。
そしてマックスの誕生日に一世一代の奇術を披露しようと・・・


このクライマックスのシーンが泣けるほど素晴らしい。
奇術そのものもマックスが飛び上がって喜ぶほど、両親の心を開いていく。このさまも読みごたえがある。
錠前がここにも出てくるけれど、これまたモシェの生まれ方を考えると興味深い。
そして。何よりもそのあとの展開が凄まじい。
おばあちゃん!まさか!!!
一体これは何だったんだろう?ということが全て開いていくのだった。

ラスト、静かな気持ちでこの本を閉じたのだった。


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以下ネタバレ

・マックスの祖母の命を収容所からの列車で救ったのは、このマジシャン・モシェだった。
マックスの誕生日の奇術で登場したモシェを見て、祖母が気付く。
これはあのアウシュビッツへの列車の中でトランクに隠してくれたモシェなのではないかと。
両親と乗っていた彼女は、偶然モシェに出会う、そしてトランクを見せてもらう。
両親はすぐにモシェと交渉しトランクに自分の娘の命を託すのだった、このままでは死しかないと断腸の思いで。

トランクに隠されたまま、収容所に行った幼き日の祖母。
そこからトランクを開ける囚人に救われ、毛布にくるまった彼女を拾って修道院に預けた人に救われ、修道院で救われ、祖母は命を長らえる。

もしモシェがいなかったら。
マックスの父は生まれない。
マックスも生まれない。
マックスの叔父も生まれない。
マックスの従兄弟も生まれない。

奇跡のような偶然が、祖母を助けた奇術師、とめぐり合わせた。
(しかも、このレコードは父が持っていて祖母もこのレコードを見ていたが気づいていない、というのが後からこの部分を読み返すとわかる。若い時代で扮装していたからだろう)

・トランクの話(からくりトランク)は最初から出ていた。
最初の方で使ったトランクと、最後にも者が使ったトランクは違うけれど、そもそもの最初にサーカスで見せられたのがトランクマジックだったのだから。
そしてまた祖母がいつもみんなが聞いていない話として話す話が、トランク工場という話だった。


・最終で、モシェはなくなるのだが、彼の生きた意味はあったということを認識して死ぬという幸運な死だった。
そしてその周りで、マックスはじめ皆が手を取ってカディーシュを唱えるシーンは筆舌に尽くせぬほど美しいし感動的だ。

*カディーシュ・・・死者を弔うための唱える死者のための祈り。



4月の読書メーター
読んだ本の数:6
読んだページ数:1948
ナイス数:138

トラウマ文学館 (ちくま文庫)トラウマ文学館 (ちくま文庫)感想
漫画、有名作品の一部、作品そのものまでバラエティ豊かな一冊で楽しめました。特に最初の漫画は読んだのを忘れていましたが、読んだわと思い出し、今でも私は出かける前にガス栓を非常に気にする人間です。ディックのなりかわりは既読ですが何度読んでもああっとラスト思います、話のもっていき方が非常に巧い。これまた既読ですが走る取的は、ただお相撲さんに追いかけられる話、なのにこれだけ怖いとは一体?と苦笑しながら読んでいました。不条理なところが怖いのかなあ。田舎の善人もとても気に入りました、ラストのどん底感も含めて。
読了日:04月25日 著者:直野 祥子,原 民喜,李 清俊,フィリック・K・ディック,筒井 康隆,大江 健三郎,深沢 七郎,フラナリー・オコナー,ドストエフスキー,白土 三平,夏目 漱石,ソルジェニーツィン
シーソーモンスター (単行本)シーソーモンスター (単行本)感想
合わなかったかなあ。申し訳ないけれど。会話は相変わらず抜群に巧いし、軽妙に進む文章もお見事としか言いようがありません。けれど、最初の方の話シーソーモンスターは、一見姑対嫁の話と思いきや・・・スパイゲームのような展開で途中まで読ませるのに、途中でわかるのが早いのと想像の範囲でややトーンダウン。でも私が合わないと思ったのは後半のスピンモンスター。舞台が2050年という近未来の話の日本が舞台で、次々に新しいシステムとか物が披露され・・・記憶の改竄の所だけは非常に面白く読みました、ごめんなさい。
読了日:04月25日 著者:伊坂 幸太郎
心霊電流 下心霊電流 下感想
日常から一転、牧師の妻子が不慮の交通事故で亡くなったというのがあり、そこから年代が飛び、幼かったジェイミーが大きくなっています。牧師の語る神論も非常にわかり、後半にジェイミーをあれだけ可愛がってくれた姉が悲惨な死を遂げたという話の中でも、ジェイミーの兄がやはり同じような神論を言うのです。神とは何か。本当に見てくれているのか。だったらなぜあのような素晴らしい人間を殺したのか。後半牧師がやっていることがペテンなのかそれとも超越した次元の何なのか。このあたりで強烈な展開がありました。扉の向こうのマザー・・・・
読了日:04月25日 著者:スティーヴン キング
心霊電流 上心霊電流 上感想
ホラーと言っても血が何とかとか首が飛ぶとかそういうホラーではなく、全く別の次元の異形のものに対するホラーととらえました、最後まで読んで。上巻はある家族の物語とも言っていいでしょう。語り手のジェイミー・モートンが一人の牧師ジェイコブ師と知り合いになり、彼の電気への強い執着を見る・・・これが全ての始まりになります。ジェイミーの家のお姉さんが優しく弟たちを見てくれる様子、両親が子供達を必死に育てている感じが伝わってきて、ここを読むだけでも価値がありました。幼いジェイミーがいた良き家族のありように心が洗われます。
読了日:04月25日 著者:スティーヴン キング
空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― (新潮文庫)空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集― (新潮文庫)感想
読みながら、性善説というのを思いました。生まれつき悪人はいないのか、ということも。環境が劣悪の子供達がほとんどであり、何らかの罪を犯しここに入所し、少年刑務所という特異な場所で言葉による導きがあり皆が詩を作る・・・少年達のの素朴なストレートな詩とそれに対する温かい仲間からの励ましの言葉にぐっときました。ここにもあるように心で共鳴しているのですね。特にお母さんへの一つ一つの言葉が宝物のようでした。言葉でこんなことができるんだなあ・・・ただ、外に出てから厳しい世界が待っていると思うとそこもまた胸が詰まります。
読了日:04月25日 著者:
沼の王の娘 (ハーパーBOOKS)沼の王の娘 (ハーパーBOOKS)感想
センセーショナルな題材。少女を拉致監禁して子供まで産ませた犯人がいる、ある時に発見され見つかった、犯人は捕まった・・・拉致監禁された少女の側の物語ではなく、生まれた子供側で彼女が育って母となり、刑務所にいるはずの父親の犯人が脱走、から始まります。娘、なので拉致監禁された母とはまた違う視点で、奇妙な父への愛も一緒に暮らす内にあるのです。過去と現在が交錯し、どういう育ち方をしたのか、母の気持ちは幼い頃はわからないがどうだったのか。同系列で、さよならシリアルキラーを思い出し、また映画のルームも思い出しました。
読了日:04月25日 著者:カレン ディオンヌ

読書メーター
   



評価 4.9

大変面白く読んだ。
トラウマになるような話のオンパレードで、確かにこれらを幼い頃に読んだらトラウマになるだろうと笑っていた。
笑っていたのだが・・・・
この中に、忘れていたが私のトラウマになった漫画が入っていたので、これだ!と思い出して驚愕していた。

直野祥子の『はじめての家族旅行』がその漫画だった。
少々個人的な話になるけれど、『私がいつも家を後にするときに火の始末の一点を異常なまでに見る』という性癖があるのは、この漫画からっだった、と思い出したのだった。
全くこの漫画忘れていた。
でも読んだら思い出して、そうそうそうそう!これが怖かったんだ!!!とこのあとの家族の様子を想像してぞっとしたのを思い出した・・・まさにこれはトラウマ・・・?
さち子ちゃんが何度か言っちゃおうかなあ、アイロンの始末が安全かどうかという場面がある。
ここもすごくわかって、今言えば大丈夫なのに!今だったら!!と何度も思った。
けれど、この言わないという気持ちもまたわかって、更に楽しい船の旅行の中で奇妙なおじさんと出会ってますます安心するさち子ちゃんの気持ちもまたわかる、安全だと言われても彼は神ではないわけなのにそれなのにそれを信じようとするさち子ちゃん。信じたいものを信じた結果・・・ああ・・・怖い。

印象に残ったのは、再読だがディックのなりかわり。
さすがに巧いと思う。
自分が何だったのか、自分は果たして人間なのか、それともAIなのかというジレンマが襲ってくる感じがとてもよくわかった。アイデンティティのゆらぎのようなものすら感じられる。
そしてラストのはっとした感がまた素晴らしい。
(全く別の小説だが、木皿泉のカゲロボにも実にこれと似た味わいの話が入っていた。『かお』。アプローチも味わいも全く違うけれども)

これも再読だが走る取的は、最初の内は笑って読んでいる。
途中から、これはまずい、と思うのがこちらにも伝わってきて手を握りしめて必死に走りたくなる。
話は単純に『相撲取りに追いかけられる』というだけの話なのにこれほど怖いとは。

フラナリー・オコナーの田舎の善人はもうこのタイトルからしてパンチがきいている、最後まで読むと。
何が善人だ!と。
ある田舎に、毎朝話をするくらいの仲の二人の夫人、ホープウェル夫人とフリーマン夫人がいる。
フリーマン夫人は何にでも首を突っ込むお節介屋でもあり、でもホープウェル夫人は彼女のあれこれを黙認している状況にはなっている、フリーマン一家は田舎の善人なんだと。
ここまで読んでこの二人の話と思いきや(とくにフリーマン夫人)、話は思わぬ方向に転がっていく。
ホープウェル夫人の娘は義足であり体が不自由だ。
そこにある日聖書を売る好青年が現れ・・・・
ここからの展開が悪夢のような展開だ、彼は何だったんだろう?
とても嫌な舌触りが残る一品だ。

大江健三郎の野犬は、これまた『皮をはいだ無謀にも自転車で牛を運ぶ話』だけなのに、その顛末が次々に襲ってくる何かということで非常に怖い。野犬は常に追ってきていて、その上警官がやってきたり、溝に落ちたり・・・そしてまだ野犬は追ってきて・・・
どうにもこうにもならない状況でのラストの叫びが印象に残る。

白土三平の野犬・・・・ええ?これで?ええっと驚いたラストで終了・・・


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第1展示室 子どもの頃のトラウマ(はじめての家族旅行(真野祥子)/気絶人形(原民喜))/第2展示室 思春期のトラウマ(テレビの受信料とパンツ(李清俊)/なりかわり(フィリップ・K.ディック))/第3展示室 青年期のトラウマ(走る取的(筒井康隆)/運搬(大江健三郎))/第4展示室 大人になって読んでもトラウマ(田舎の善人(フラナリー・オコナー)/絢爛の椅子(深沢七郎))/第5展示室 中年期のトラウマ(不思議な客(『カラマーゾフの兄弟』より)(ドストエフスキー)/野犬(白土三平))/第6展示室 老年期のトラウマ(首懸の松(『吾輩は猫である』より)(夏目漱石)/たき火とアリ(ソルジェニーツィン))/喫茶室TRAUMA 番外編 誰も正体をつきとめられなかった幻のトラウマドラマ




評価 4.5

「人と人との対立」というのが大きなテーマになっているらしい。
前半は、一見姑と嫁の対立、という構図が入っているのでそういう話かと思いきや、(想像しうる範囲とはいえ)意外な展開が待ち受けていた。
時代が二つの話が極端に違う(あとで解説を見たら、企画もの螺旋プロジェクトなるものだということがわかった)。
語り口の巧さ、冒頭でがっちり人の心をつかむ技、スリリングなテンポよい展開と、この辺りは言う事がない。
が、やや、私の好みからは外れるか・・・
特に後半の話が、設定が荒唐無稽(一種のSFだからというのもあるが)すぎるので、把握しづらいのだ。


・シーソーモンスター
バブルに浮かれた昭和の日本。
北山家という普通の家族で、妻と母とのバトルにつかれている男。
実は妻は別の顔を持っていたのだった・・・・

この話、某映画を思い出す、あの場合は夫婦だったわけだが。
だから割合これはこういう話だろうなあ・・・というのは想像できる。
でも会話が相変わらず巧いのでそこを楽しみながら読むことができる。
バブルがまだ崩壊していない昭和なのでやたら派手でやたら金を使っている。
この時代にこれが怪しい状態だと喝破している奥さんもまた素晴らしい。
どうやっても合わない姑、海族と山族は合わないという警句もまたパンチがきいている。

そして後半、そうだったのか(わかっていてもとりあえずは驚く)という展開が待っててここはここで楽しい。
共闘という言葉も頭に浮かぶ。
レストランでの相手との初めての食事会という場での出来事が鮮やかに映像化されている。

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・スピンモンスター

後半は舞台が2050年という近未来の話の日本が舞台だ。
自動運転車、携帯やICカードや身分証明書などが一つになったパスカ、など新しいことがどんどんと出てくる。
そして自動運転車のちょっとした誤作動から大事故が発生し、二人の人間の運命も大きく変わってきたりする。

2050年は何でもかんでもデジタル化の社会なので複写や改変などが容易になっている。
なので、時代は逆行しアナログの紙の時代へと変化しつつあるのだった・・・
水戸直正は配達人である手紙を届けようと新幹線に乗っていた。
ここで偶然出くわしたのが、かつて一家全員死亡のただ一人の生き残りである水戸直正の宿敵、檜山景虎だった。
檜山景虎はかつての自動車事故で全員死亡彼のみがただ一人の生き残りという、水戸直正の裏返しの人間だった。
二人の両親の自動運転の車がぶつかって事故が起きたのだ・・・


監視社会という設定でゴールデンスランバーとかもちらっと思ったりする。
主人公の記憶、という部分がこの話は一番面白かった。
見えていたものがどちらなのか。
記憶の改竄とは何か。
このあたりの部分を私としてはもっともっと描いてほしかった。
見えない敵の暴走を止めるべく奔走する配達人水戸や天才科学者寺島や旧友中尊寺たちとのあれこれが読んでいて、絵が浮かぶ。

(最初のシーソーモンスターともおおいにかかわってきているところは面白い。
嫁だった宮子さんのその後、がさらっと描かれているから)

以下自分用メモ(ネタバレあり)

・最初の話で、嫁と姑は同業者であった、

・水戸直正は人工知能の開発者である天才科学者寺島に、昔の同僚の技術者であった中尊寺への伝言を託す。
水戸直正と中尊寺は動き始め、人工知能を止めるために動くが、身に覚えのない罪で警察追われることになる・・・(このあたりがゴールデンスランバー)



2019.04.14 心霊電流



評価 4.8

この恐怖はどういう恐怖なんだろう?
読み終わった後、自問自答したのだが、よくわからない。
根源的なものに対する恐怖と言ったらいいのだろうか。
物理的な恐怖は、途中二人の死があるので、その部分でお得意のベロンとした描写があるけれど、そこはそれほどでもないというのはどうしたことだろう?
後半まで怖くない小説、と思っていたが、後半のある部分からとてつもなく怖くなった。
それは、
『わけのわからないものへの恐怖』
のようなものなんだろうと推測する。

前半(上巻の大部分)は、本書の語り手でもあるジェイミー・モートンの懐かしき家族風景だ。

彼の家は多くの子供と子供に愛情を注ぐ信心深い両親とで構成されている。
特にジェイミーは兄姉たちに可愛がられ、とりわけただ一人の女性の姉、クレアには溺愛されている。
特別の大金持ちでもないのだが、それぞれの性格の持ち味を母親がきちんと認め、兄弟で喧嘩をしながらも仲良くしている家族・・・
そこに一人の牧師が現れる。
とりわけジェイミーは牧師に声を最初にかけられ、牧師一家と共に家ぐるみで仲良くなるのだった。
牧師はダニー牧師、美しい妻ととてつもなく可愛い小さな男の子がいた・・・


この家族風景がとてもとても好ましく描かれている。
そして小さな村で人々が教会を中心に寄り添って生きている姿もまた描かれている。
ここで既にダニー牧師は電気に以上に興味を持っていて、後半の出来事にとっかかりが見えている。
特に、ジェイミーの兄がスキー事故で声を失った時に、ダニー牧師は電気で治療して声を再び出してあげることができて奇跡の出来事、とジェイミー一家に大喜びされる。これまた後半の牧師の行く末にも大いに影響しているのだ。

しかし暗転。
ダニー牧師の子供を乗せた妻の車は、事故に遭い大破。
そして彼は全てを失う。

このあと、ダニー牧師が不信心ともいえる説教を教会でして大問題となるのだ。
しかし子供と妻を同時に亡くした彼がこのような説教するのは理解できることではないか。
後年になって、ジェイミーの姉クレアが理不尽な死に方をしたのをうけて、ジェイミーの兄があの説教がわかる、というところも印象深かった。
これは、神を信仰していて本当に救ってくれているのだろうかということにも繋がってくる話だと思う。

・・・・・・・・・・・・・・・・
後半になり、女の子の話もあるくらいに楽しかった高校生活も終わる。
そして可愛く幼かったジェイミーはギタリストになるのだが、同時に薬にやられているジャンキーでもある。
このままだったら命を落としかねないという時運命的にダニー牧師と会うのだ、今度はダニー牧師という名前ではなくジェイコブズ師という見世物師として。
そしてここでも運命的に、彼にジャンキーから救ってもらう。
つまりジェイミーは兄を救ってもらい、自分も廃人同然から救ってもらうという二重の恩が出来た。
(のちに、これがプラシーボ効果であり、兄はもう治っていたのだがそれを認めてなかったのを認めさせただけだ、とダニー牧師は力説する。が、後年これが別の意味を持ってくる)

ジェイコブズ師は電気を利用して、多くの人の体を使い見世物の様な事をしていた。
が、多くの場合副作用というか、そのあとの異常行動が伴っていたということが、皮肉にもジェイミーの調査で分かってくるのだ・・・


後半、ジェイコブズ師は、今度はダニー牧師として一大宗教運動を起こしていく・・・
さてその先にあるものは・・・・
聖なる電気によって、歩けないものは歩けた、病から解放されたものもいる・・・
これは一体なんだろう?
ペテンなのか、それとも別の何かなのか?

そして若い時の治療で完治したはずの兄のコンの身の上にも異変が現れる。
あの時の治療は決してプラシーボ効果ではなかったのだ・・・

高校時代の恋人が余命いくばくもないほど病に侵されている事、それをだしにジェイミーは再びダニー牧師に使われることを承諾する、彼女の健康と引き換えに。
そして扉のその先に見えたもの、あれはなんだったんだろう?
マザーとは・・・
このあたりが非常に怖い。


ホラーと言ってもたくさん種類がある。
陰惨な殺人事件とか、どうしようもない死体とか(これは前半の妻息子の死体描写で現れる)も怖いのだが・・・
そして怨念で幽霊が出てくるとかも怖いが・・・
ホラーの中でもこの話にあるような形のないもの、見えないもの、そして何よりもわけのわからない神的な(悪魔的な)もの、というのは人の心にある種の楔のようなものを残すのだなあとしみじみ思ったのだった。




評価 4.8

技巧があるとかとは程遠い普通の詩の数々に、詰まらせたのだった。
罪を犯した少年たちの素朴な詩に。
彼らの心の奥に秘められた小さな想いに。
彼らのなんで自分はこうなってしまったんだろう?という小さな疑問に。
彼ら同士の小さな小さな結びつきと今まで見たこともない友情に。

彼らの出自に思いをはせるとまた涙が出る。
それは、決して恵まれた環境ではなく、彼らにも母親に対する思いがこんなにも溢れているとは。
そして言葉というのは人を立ち直らせるものなんだ、こんなにも強いものなのだ、というのも改めて思った、

・・・・
外観が非常に美しい奈良家少年刑務所。
そこに収監されている少年受刑者が、詩を作ることによって変化していく・・・

刑務所の教室という不思議な教室で花開いた少年たち・・・・
彼らの犯した罪というのが消えるわけでもないし、被害者もいるので一概に素晴らしいと手をうっては喜べない。
でも。
人間って何なんだろう?
人間の本質って何だろう?
そんなことを考えさせてくれる一冊だった。

タイトルにもなった一行の言葉。
なんだかわからなかったけれど本を読んで、ああ・・・こういうことなのか、とぐっときた。
おかん、という詩も、訥々とではあるけれど自分の中の複雑な気持ちを語ってくれている。

ここを出て普通の生活に戻った時に、この少年たちが罪を悔い改め、また新しい一歩が踏み出せますように。