評価 4.5

人と違った能力を有する女子高生菜月。
その違った能力とは、同じ一時間をループすることだった・・・
菜月、はケン・グリムウッドのリプレイを思い出し、自分のことをリプレイヤーだと確信するのだ。

タイムリープ物で必ずあるように、この物語の中にも法則はいろいろある。
・このループはいつ起こるかわからない
・どうやら5回で終了し、5回目が『本当の事実』として認識されそこに投げ出されるらしい。
つまり、過去に行って何をしてもその過去は変わらず、連続している過去、ではないらしい。
いわば、最初飛ぶ4回は、夢の中の出来事、のようなのだ。
・あることが起こる。
・けれどそれを次の回に上書きできる。
・でもそれは最終回の5回目で確定してしまう。

けれどそこにいくらかの真実は混じっていて、いくらかの齟齬もある。
夢の中というのには、あまりに現実がまずあり(この場合文化祭)、そこで一人の男子高校生が転落事故に遭う事件というのは繰り返されているのでここは確定事項だ。
更に、出てくるクラスのメンバーとか、喧嘩した女友達とか、好きな男の子とか、先生とか、そういうのは一緒だし起こっている出来事も同じだ。
その人たちの微妙な秘密が、タイムリープしているうちに(こういうことだったのか・・・)と解き明かされていく。
ということは、この繰り返されている過去というのはどこの時点なんだろう?5回目の前の4回の過去ってどこにいったのだろう?(というのがよくわからなかった・・・あれはあれで消えたのか?でもそうすると少しずつ話が繋がっているというのはどうなるのか。また5回目で今までの知識を身につけた菜月とかは、どの時点の過去に繋がるのか?)

・・・・
青春物、なので、屋上で告白された菜月が必死に拓未を探す姿に胸打たれる。
菜月の特殊な体質ゆえ、誰とも心を通わせられず絶えず周りに気を使い、自分の進路すら親友たちに話せなかった彼女のジレンマというのも伝わってきた。

文化祭の楽しい様子、衣装デザインの得意な子が夢中になってやってくれるファッションショーの盛り上がり、男の子たちのバンド、放送部の番人の恩返し、と読みどころは多い。
途中途中で謎が入ってきて一つ一つは大したことのない謎なのだが、その謎解きはとても楽しかった。
全体よりこういう小さいところが私には楽しめたのだった。

が。
全体に楽しく読んだのだが、腑に落ちないことが色々あった作品でもあった。

以下ネタバレ

わからないことが多くて申し訳ない。

・最後にもう一人過去を繰り返すリプレイヤーが出てくる。
それが幼い時からモデルをしていて、クラスから浮いている理奈だった。
彼女が拓未を屋上から突き飛ばした犯人で、途中の回でクラスの女の子を鋏で刺殺する犯人。

ま・・まさか、突然同じリプレイヤーが同じ高校に現れるとは!
しかも同じ時期にリプレイしているとは!
(え、と思ったが、共鳴するということで説明されていた)
よくわからないのが、彼女のリプレイと菜月のリプレイと見るものって一緒なんだろうか。
外側(文化祭とかその他の様子)が一緒ってことか?

・中学生の時のリプレイの話は途中で終わっているけれど、この時に5回とわかったのだから(多分そう、それ以来なかったと高校の菜月が言っていた)、そのわかった時点の話って重要じゃないかなあと思った。

・親友たちとの和解があまりに短い。
それに伴って、後半がちょっとバランス悪く短いような気がした。

・放送室の番長を巧く使う菜月の親友の話、拓未にかかってきたいたずら電話は彼と自分の彼女が一緒にデートをしていた(実際は誕生日プレゼントを教えてもらっていた)男子高校生の嫉妬の話、拓未のジャンパーに頬を埋める教師に菜月は、担任が男子の拓未に思いを寄せているとある回では誤解するのだが、それはヴィンテージジャンパーに対する想いだった話、クラスの友達が言った拓未君の意外な一面の話、など少しずつの日常の謎の作り方、ここは非常に巧いと思った。

・あれだけ探していなかった拓未は最後どこにいたのか?
ここもわからない。
更にもっとわからないのが、菜月は告白されたものの、拓未のことをずうっと好きだったのか?ここが伝わってこなかった、好感度の高い男子というのはわかっていたけれど。

・何回目かで、親友の弟に写真室暗室に閉じ込められる。
あれは何だったんだろう?
どういう意味があったのだろう?
途中で親友弟が、風船の写真を撮っていたけれど、あれは菜月を撮っていたのか?(というのがよくわからなかった)
2017.10.19 日の名残り


評価 5

ノーベル賞受賞記念ということで読み直してみた。
静謐な物語であり、イギリスの話なのになぜか懐かしい香りのする物語だ。

品格ある執事をひたすら追求するスティーブンス。
お屋敷もいまや主人が変わり、アメリカから来た主人になった。
イギリス人貴族に彼が勤めた昔の良き日々を胸に抱きながら、彼が昔一緒に働いていたミス・ケントンを訪ねていこうとする・・・美しい田園風景を楽しみながら、スティーブンスの旅は続く・・・


まずお屋敷のご主人に対する敬愛が半端ない。
これは前にも思ったのだが、今回はテレビドラマダウントン・アビーを見たのでそのあたりが非常にすっきりと頭に入ってくる。
お屋敷の貴族のご主人は、下で働く者にとって威嚇している者とか搾取している者ではなく、自分たちを導いてくれる人、なのだ。
だからその人に間違いがないという信念の元に執事以下屋敷の奉公人たちは働くのだ。
だからもし、お屋敷のご主人がいない時でも彼の悪口を言うものはいないだろうし、働きをさぼる(多少は気を抜くだろうが)こともないだろう。
お屋敷のご主人は、ある意味父親以上の皆の父親、なのかもしれない。
こうした良き時代、にひたすらダーリントン卿に仕えていたスティーブンスの身の程をわきまえた、今の目で見るとへりくだりすぎている姿が印象的だ。
そこに一人の女性がやってくる・・・

・・・
この物語は、話として、スティーブンスが旅行している間にずるずるっと思い出した過去のこと、そして旅行をしている現在のことが入り乱れて書かれている。
旅行は初めての旅行らしく、折り目正しい執事らしく、時に失敗や誤解を生みながらきちんきちんと旅の行程を進めている。
彼は自分の人生を振り返りながら、どの時点が自分の道を決定的に変えた時点なのか、というのも見極めようとする。
あくまで礼儀正しく、滅びゆく伝統のイギリスのお屋敷生活を懐かしむスティーブンスがいる。
しかし彼の回想で、ダーリントン卿のお屋敷でどれだけ重要な会議が行われたかという自負もある代わりに、ダーリントン卿がある勢力に利用されていたという実に残念な回想も混じっている。
それを止めることも出来なかったスティーブンス。
それは立場があるのでできないのだ、耳打ちすらも。

最後のところの男性と女性との再会でもし、が二人の心を去来する。
長い年月、いがみ合ったり、笑いあったり、ココアを飲む時間を楽しみにしていたり、つまらないことからその時間をなくしてしまったり、そういう時間の大切さというのは失ってから気づくものだ。
そして最後の女性の告白・・・

帰らない日々、そして帰らない時間。
遠い日を思うスティーブンスの最後の海岸の場面が目に浮かび、忘れ難い。
2017.10.19 怖い絵



評価 5

怖い絵の展覧会があるので文庫で再読してみた。
このシリーズ、作者独自の視点で、有名な絵を見ましょうだけではなく、その背景やひいては関係する(想起させられる)本や映画などを引き合いに出してくれるところもまことに楽しい。
また軽く歴史にも触れてくれるので、怖い絵を見るだけではなくヨーロッパの歴史、王族の血族結婚の歴史、果てはギリシア神話までを読み解いていくということにもつながってくる。
そうなのだ、西洋絵画を見る上の基本中の基本がわからないと見ても、絵そのものには感動もするだろうしその光彩にくらくらもするだろうが、奥底まで理解するためにはこういうものが必要だと改めて思ったのだった。

いわゆる名画というものの奥にある陰謀とか憎悪とかは人間が持つものだ。
その人間の果てしない気持ちを覗き込む作業をしているので、絵を見るのに深さが出てくると思う。

・・・・
しかしレディジェーン・グレイの処刑が表紙になっているけれど、インパクトのあることと言ったら!
彼女の処刑に伴って、中野京子の解説で斬首というのがいかに難しいか(とりもなおさずギロチンがどんなに便利だったものか)というのがよくわかった(ついでながら、確かに王族は斬首だけれど、平民は縛り首だなあと改めてわかった)

ベツレヘムの嬰児虐殺の絵の話は有名な話だが、こうしてみてると残虐非道に尽きる。
けれど、この絵ではそれが巧みに隠されている。

・・・・・・・・・・・・・
ドラローシュ『レディ・ジェーン・グレイの処刑』/ミレー『晩鐘』/カレーニョ・デ・ミランダ『カルロス二世』/ベラスケス『ラス・メニーナス』/エッシャー『相対性』/ジェラール『レカミエ夫人の肖像』/ブリューゲル『ベツレヘムの嬰児虐殺』/ヴェロッキオ『キリストの洗礼』/ビアズリー『サロメ』/ボッティチェリ『ホロフェルネスの遺体発見』





評価 5

なんて贅沢な本なんだろう。
短編が集まっていてそれぞれに小川洋子の解説がついている、それも独特の解説が。
その解説は時としてエッセイであり、時としてこちらが小説?と思われるような極上の一品だ。
短編は動物や生き物たち、河童などが意図も自然に右往左往している。

・・・・・・・・・・・・・・・

印象的なのをいくつか・・・

川上弘美の河童玉、はもう彼女の真骨頂だ。
人を喰った話、というのを彼女に書かせたら右に出る者はいないと思った。一瞬本当にある?と思ってしまう手並みの鮮やかさがここにある。
梶井基次郎の愛撫は大好きなのだが、なぜか猫耳を切符切りでパッチン、は覚えているけれど、後半の猫の手を化粧道具にする、というのはいつも忘れるのだ。多分私の中で忘れようとしているに違いない、あり得そうだから、ああ・・・と自分の中で納得している部分があるからだろう。しかもこの部分、は夢とあからさまに書いてあるのに、なぜこれだけ現実味があるのだろう。

泉鏡花の外科室は映画にもなり、非常に有名な話だけれど、この話を読んだ後に自分が手術ということになった時には、どうなるんだろう?あらぬことを口走るものなのだろうか、と誰でも考えるに違いない。

中井英夫の牧神の春の不思議なことと言ったらどうだろう。
これを読んだら動物園に行った時に必ずや思い出す話だろう、牧神とニンフの場所を探してしまうだろう、この不思議な呪文とともに。
木山捷平の逢引きも面白い、小川洋子の解説にあるズロースとは何ぞや問題も勿論あるけれど、ここにあるのは、ほんのりとした昔のエロスだ。(エロではなくエロス)
途中のモンペを脱ぐ、というところにも時代を感じたけれど、それよりなにより、そのあとの蓋という言葉に恐れ入った。男女の行為を蓋をするようにとは!なんと!
同じ感じでエロスはあるのだが、ここは健康的なエロスが満載の葛西善蔵の短い短い話、遊動円木もまた忘れ難い。高らかにこれを漕いでいるこの時代の女性の元気な姿が眩しい。

魚住陽子の雨の中で最初に溺れるも不思議な味わいを持っている。
この短編の中のカタカナの光っていること!
動物や木の種類のカタカナもそうなのだが、最後の方に出てくるカタカナ、クサナギとレイエンのひたひたと迫るような怖さもある。
これがもし霊園だったらさほど怖くないだろう。

日和聡子の行方も実に不思議な話だ。
影にくっついていったら不思議な場所に連れていかれた・・・夢の中の話のようでもあり、もしこれが夢であったらかなりの悪夢なんだろうなあと思う。ついていってはいけないものについていくという掟破りの話でもあるけれど、じゃあなぜ影についていっちゃいけないのかというのはよくわからない。

小池真理子の流山寺はとても怖い話だ。
なんせ死んだ自分の夫が戻ってきた、働きに行っているように夜戻ってきて食事もビールも一緒に飲んで二人はまた夫婦として過ごしている、のだが・・・後半瞼が黒ずんでくるあたりからめちゃくちゃ怖くなってくる。そして寺の場面の壮絶な怖さがひたひたと迫ってきた。おかしい、と思っている妻がいて彼女が夫が帰宅することを喜びながらも心の奥底でなんだかおかしいと思っているのがじわじわと伝わってくるから怖いのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
河童玉(川上弘美)/遊動円木(葛西善蔵)/外科室(泉鏡花)/愛撫(梶井基次郎)/牧神の春(中井英夫)/逢びき(木山捷平)/雨の中で最初に濡れる(魚住陽子)/鯉(井伏鱒二)/いりみだれた散歩(武田泰淳)/雀(色川武大)/犯された兎(平岡篤頼)/流山寺(小池真理子)/五人の男(庄野潤三)/空想(武者小路実篤)/行方(日和聡子)/ラプンツェル未遂事件(岸本佐知子)
2017.10.05 デンジャラス


評価 5

谷崎潤一郎の話、というのでちょっとだけ敬遠、敷居が高い、ように思っていたが、一旦読み始めたらあまりの面白さに止まらなくなった。
谷崎作品で、誰がどのモデルになっているか、どういう人生を谷崎が過ごしてきたか。
何度かの結婚、複数の姉妹への憧憬、佐藤春夫への細君譲渡事件、膨大な書簡・・・・そういうことの知識が私の中に『ぼんやりとは』入っていた。
けれど、この作品、細雪の雪子のモデル、つまり谷崎夫人の松子の妹の重子の視点、という実に魅力的な視点になっているのである。
だからとても読みやすいし、頭に入りやすい。
冒頭の方でちょっとだけごちゃっとする家の様子があるけれど、メモを取らずとも家系図が例えなくても人物表がなくても、中盤以降は誰が誰かどういう関係かというのはさくさくと頭に入ってきた。
重子の語りで始まって語られる文豪谷崎は、その行動の立派さもあるし、幼さもある、また矛盾した行動もあるし、食に相変わらず執着しているさまも描かれている。
ここに描かれている谷崎になんて惹きつけらるのだろう。
谷崎の輪の中に入っている人達、谷崎に否応なく巻き込まれている人達、それは男女を問わず、重子の亡くなった夫もそうだったし(彼が細雪でモデルになった場面に文句を言うところは理解できた)、重子もそうだし、松子の連れ子もそうだし、また重子の養子になった息子の嫁が谷崎となにやら秘密の書簡をやり取りしているさまも読みどころだ。

強烈な怪人のような谷崎、老いても尚朽ち果てることを拒んでいるような谷崎。
そこから生まれる作品の数々の凄まじさは強烈なのだ。

作家が虚を描きながら、実もそこにあるという、複雑なことをしている、というのも読み取れたのだった。
重子の『小説の毒は、兄さんだけでなく、周囲の人間をも侵してしまいます』という言葉が印象的だった。
谷崎が実際の人間の皮だけ借りてその中身を全く変えることができるんです、という言葉もまた心に刺さったのだった。

・・・・・・・・・・・・・
実際の谷崎作品の色々が取り上げられていて、どういう風に誰がモデルになっているか、というのもはっきり書かれている。
これは文献とか、今だったらウィキペディアで読めばわかること、ではあるのだが、この小説仕立てのデンジャラスという作品の中で、実際の重子が語ることによって鮮やかに浮かび上がってくる。
谷崎がそこで息をしているような気持ちにすらなってくる。

自分が細雪の雪子のモデルと自負する重子。
そして対になるように谷崎を必死に支え自分こそが理解していると思う姉の松子。
松子には連れ子の娘息子を谷崎に見てもらっているという恩義もまたあったのだ。
また、子供のいなかった重子に松子の連れ子の長男が息子になる、そして嫁を貰う。
この嫁がまた強烈な嫁の千萬子なのだ。
彼女と谷崎が深まっていくその手紙を最終的に誰でも読めるように放置する谷崎の所業もある。
また瘋癲老人日記が出来上がっていくさまもまた読ませる。

なんとか千萬子への執心から離させたいと思っている重子の姿がある。
そしてそれは、自己確認でもあったと思うのだ、彼女はいつまでも日陰の女だったのか。
姉松子の妹としてしか存在しない女だったのか。
最後の最後で重子はそれを確認しようとしてある答えを谷崎から引き出すのだった、ここは老女と老人との戦いのような場面だ。
そしてもっと怖いのはそれを密かに聞いていた、姉松子の姿もまたあるのだ・・・

・・・・・
関西弁がとてもこの物語の雰囲気を高めている。
再び谷崎潤一郎作品をこの目線で読んでみたいと思った。
2017.10.04 2017年9月漫画


めっけもん、って感じの漫画、面白い。
読書コメディで本に話は特化していて、味わいとしては、施川 ユウキのバーナード嬢いわく、と似ている。
文学少女の美少女の正体が・・・というのがミソで、何しろタイトルが文学少女(偽)なので。(大いに笑った)
彼女の外側だけにほれ込んだ男の子と、本当の読書家の三人の関係性が読ませる。
何よりも多くの本が取り上げられていて、こんな取り上げ方をするのか!という驚きも。
次出たら是非読みたい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・



2が出ていて、この表紙の絵にほれ込んで1から(1からじゃないと話がわからないから)
ああ・・・これ、今まで読んだ芸術の学校(宝塚とは書いてないけど宝塚)の寮生活の漫画の中で屈指の出来だと思った。

ある話の主人公が次の話の何かになっている・・・
時を隔てて、ある生徒が別の形で出てくる・・・
舞台に立つということの意味、厳しさ、なあなあではやっていけない泣きたいような出来事、その中にひっそりと咲く友情、そして嫉妬、渦巻くような少女の心の流れ、こういうのが見事に活写されている。

ちなみに私は人間同士の繋がりを完全把握するために3回読み直した。
次巻待たれる。

・・・・

今更アシガールにはまり込み、目下驀進中。
ついこの間

が出て、テレビ化もされて(テレビドラマもなかなか良い)

森本さんの描く女子って
すごくすごく一途なわけ。
それほど容姿的にはたいしたことないレベルの女子が
馬鹿みたいに一途(高台家の人々でもそうだった)で
誰かを初めて愛して、
彼女は妄想力が激しくて
でもそれがうざったくなく可愛らしくて優しくて。
自分の中に昔あった感情をよみがえらせてくれるような女子が描けていると思う。

これもそうで、ただひたすら戦国武将に恋をして
しかも実に簡単な方法で現代の女子高生がタイムスリップして・・・という設定。
走るのだけが取り柄っていうのが各所できいている。
しかも。
笑う箇所がありすぎでおなか痛くなった・・・特に笑ったのが、ほい!(読んでみたらわかる)
殿のほっぺと子供のお尻を間違えた寝ぼけの場面にも大爆笑。

・・・・・・・・・・・・・・・・・


16年読み続けて完結のラスト。
ほんとお疲れ様、作者の田村由美先生。

素晴らしかった、この設定も友情も愛もすべてが。
ラストのこの巻で、ようやく!!!という場面があり、そこでは泣けた。
16年・・・偉業だと思う。

・・・・・・・・・・・・・


ううんと・・・つまらなくはない。
けれど、ここにきて、脱出が始まってしまったので
のんびりとした学園生活はなくなって
7 SEEDSの様相も。
追ってくる怪物が気味悪いなあ・・・

あとここにきて、気づいたのは、画がごちゃっとしているので
ガチャッとかドサッとかの文字と一緒になると、
眼の悪い私にはとても読みにくくなってるということ(私の問題ですが)

ただ、最後の謎があるので、次巻読むけれど。

・・・・・・・・・・・・・・

まだ1のみで始まったばかりなのでわからない。
話は非常に魅力的で
しかも途中、当時のイギリスの貧富の差、身分の差などの解説があり、そこはわかりやすい。
どういう感情を貴族以外が持っていたかというのも如実にわかる仕組み。
(ドラマのダウントンアビーを見ていた人は、あれは主に貴族の上の方の側で見たドラマ、でもこれは下の方からはこう貴族は見えてますよ、という話で対比が面白い。ダウントンアビーでも下僕とか召使とかはいて下層の人のドラマもあったけれど、恨み言っぽいのはなかったので)

モリアーティの最初の罪というのが強烈でこんなことを!!!
そこから彼が『彼』になっていく過程というのも面白い。
孤児院から引き取られたアルバートとある兄弟、世界を浄化するための計画、と話は尽きない。

ただ・・・シャーロック・ホームズの話を知らない人がもし読んだらどうなんだろう
多分半減・・・かな?
だってモリアーティが最終でどういう人になるかというのを心において読むのと全く違うのだろうから。

・・・・・


これはここまでで、私にはやや普通か・・・
宝石の知識とかは楽しいんだけど、そしてこの男性がなぜ預けられたのかという謎も興味はあるんだけども。
全体にあんまりまだ今のところは惹きつけれてない。すみません。
続けるかまだ考慮中。

9月の読書メーター
読んだ本の数:8
読んだページ数:2606
ナイス数:190

蘭の館 (セブン・シスターズ)〈下〉 (創元推理文庫)蘭の館 (セブン・シスターズ)〈下〉 (創元推理文庫)感想
過去のリオ・デジャネイロ部分は、一人の女性の数奇な恋愛の話であり(あのキリスト像の出来上がる話は面白い)、現在部分は長女マイアの過去への探求話であるけれどこれまた子持ちの作家との恋愛話も混ざっています。過去の部分、ちょっと設定がありふれているとは思いました、私の目から見ると。婚約者がいる、ヨーロッパ旅行に行く、そこで真に愛する人に出会う、帰国してからその愛する人が追いかけてくる、意地悪な姑がいる、人妻なのに密通する、なんだか旦那さんが可哀想です。読ませるが。が。まだ途中なので、これからに期待したいところ。
読了日:09月30日 著者:ルシンダ・ライリー
蘭の館 (セブン・シスターズ)〈上〉 (創元推理文庫)蘭の館 (セブン・シスターズ)〈上〉 (創元推理文庫)感想
湖の館で育てられた6人の娘は気質もそれぞれ違い、血が繋がっていなくて、全員が養女だった・・・優しかった養父が死ぬことで、改めて自分はいったい誰だったのか、なぜここに連れてこられたのかという最大の謎が物語全体を覆っています。残された遺言書と座標による謎解きで、長女マイアは自分の出生地であろう、リオ・デジャネイロに飛び、そこで蘭の館なる場所でその一族の物語を知るのです。読ませます、特に現在の部分が。マイアの闊達さが光る現在部分でした。(下巻に続く)
読了日:09月30日 著者:ルシンダ・ライリー
ねじの回転 (新潮文庫)ねじの回転 (新潮文庫)感想
新訳なので何度目かですが読んでみました。読みやすかったです。また相変わらずこの小説に巻き込まれます。今回、あるお屋敷に家庭教師に行って、美しい兄妹と出会いそこで幽霊を見る女性、わかっていても衝撃のラストの話という物語そのものもですが、最初の出だしに注目しました。枠物語ではありますが、誰がどういう語りをしているのか、というところに行きつくまでの前段に結構ページが割かれていますした。ダグラス、『私』、家庭教師の女性がそれぞれ鮮やかに描写されていました。そして14章の教会場面が一つの分岐点になったと感じました。
読了日:09月24日 著者:ヘンリー ジェイムズ
往復書簡 初恋と不倫往復書簡 初恋と不倫感想
カルテットの(他にもあるけど)坂元裕二作品。書簡体で綴られている二編です。私は、もう息を詰めるように読み終えました、非常に面白かったです。どちらもミステリアスな部分の開き方が一級品だと思いました。最初の不滅の初恋~の方は、小学生のいじめの話から始まるのですが、大逆転劇が後半の大人部分で待っていて、この男子が手紙をもらった時にどういう気持ちだったかが開いていきます。後半のカラシニコフ不倫海峡もまた、疑惑、勘違い、思い込みの面白さが溢れ出ています。トイレ掃除のおばさんの言葉、豆生田の狂言回しの面白さも絶品。
読了日:09月23日 著者:坂元 裕二
Y駅発深夜バス (ミステリ・フロンティア)Y駅発深夜バス (ミステリ・フロンティア)感想
短編が5編入っていました。この中でやはり表題作のY駅~は起承転結が素晴らしく、また謎の提示の仕方が冒頭から何とも魅力的でした。特にパーキングエリアの休憩所の灯が消えて、そこにいる人達全員が同じ方向をじいっと見つめていた謎、というのは内情がわかるとああ!と膝を打つ面白さでした。九人病は鄙びた温泉で偶然同じ部屋になった人からの語り、という土着のホラーのような話でこれまた気味が悪く皮膚感覚で嫌さがわかり、好感が持てました。猫矢来、主人公がいい感じで学校内部の話も読ませるので、シリーズで読んでみたいかも。
読了日:09月10日 著者:青木 知己
湖畔荘〈下〉湖畔荘〈下〉感想
二転三転する真相、しかもミステリ部分だけではなく深い人物造形に魅了されました。『同じ出来事を見ても違う人、違う見方、だと全く違った真実がそこにある』という何度も出てくるテーマにも驚愕させられました。偶然と必然についても考えさせられます。また母と子供の絆ということについても思いを馳せています、セイディの現在の事件もセイディの私生活も含めて。ラスト、私はこのラストで非常に満足しました。全てはこの輝くようなお祭りの日に始まったのだなあ・・・と2章を読むとますます感慨深いです。(一点、登場人物表は欲しかったかも)
読了日:09月07日 著者:ケイト・モートン
湖畔荘〈上〉湖畔荘〈上〉感想
傑作。70年前の湖畔荘で起こった迷宮入りの赤ちゃん失踪事件が語られていきます。謎が謎を呼び、時制も現在と過去を行ったり来たりしながら、多視点で語られていきます。同じような母子の話が、謎を追うセイディ女性刑事の私生活と彼女が扱ってる事件と70年前の事件で重層的に語られて行きました。何しろ読ませる、ページをめくる手が止まりません。そして上巻のラストで、ええっという驚きの声が。アリスも驚きましたが、私も驚きました。最後まで読んで1章を読むとなるほど、と思い、2章はこの話の総てを物語っていることに気づきます。
読了日:09月07日 著者:ケイト・モートン
わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)わたしの本当の子どもたち (創元SF文庫)感想
大好きです。ジョー・ウォルトンにはずれなし、と改めて思いました。読み応えがあり、冒頭から惹きつけられ、混沌としている目次を見て(なんだろう?)と思い、そして大団円へ。ラスト数ページの畳みかけるような言葉の数々がまた素晴らしく胸に刺さりまだ考え続けています。いわゆる歴史改変(その側面もありますが)SFではなく、いわゆるタイムスリップSFでもなく、一見普通小説のようなのですが、実に味わい深い一冊だと思いました。文学好きへの喜ぶ話も沢山入っています。主人公のパトリシアの人生に思いを馳せながら読み耽りました。
読了日:09月04日 著者:ジョー・ウォルトン

読書メーター
2017.09.30 蘭の館




評価 4.5

まだ途中なのでよくわからないのだが、出ているここまでの感じで書いてみる。
まず出だしが非常に魅力的だ。

湖のほとりの素晴らしい館で育てられた6人の娘たち。
母はいないものの、優しい(そして出張がち)の父に愛情深く育てられる。
ところがこの6人の娘たちは、血の繋がらない養女であった。
そして父が死んだ時に・・・


大きな謎は

『亡くなった養父がなぜこの6人をあえて養女にしたのか』

という謎だ。
これが現在の話になっていて、養父が死んだ時に遺書とそれぞれの娘の出生地らしい座標が残されていた。
長女マイアが解読し、自分の座標のリオ・デジャネイロを突き止めそこに実際に行くのだ、自分は何者かというのを探りに。
そして同時にこれは、養父がなぜ自分を引き取ったのかという謎にも繋がっていく。
養父の職業もよくわかってないというのもある、ここまた不思議な謎だ。
謎に満ちた物語が開幕、ここにおおいに惹きつけられる。

・・・・・・・・・・・
中盤から、リオ・デジャネイロにあった蘭の館の老婦人との出会いから、館の主の一族の歴史が紐解かれていく・・・
ここから過去の恋愛話場面と、現在のマイアの場面とが交互に語られていくのだ。
過去の恋愛話は、80年前位にマイアとそっくりの女性が婚約者がありながらヨーロッパ旅行に行った際に出会ったある彫刻家との愛の物語だ。
リオ・デジャネイロのあの彫刻の手、の話が出てくるので、そこはとても興味深いし面白い。
が、この恋愛話、数奇と言えば数奇だけれど、私から見るとちょっとありふれている感じもした、愛していない婚約者を残して結婚前の旅行に行ってそこで恋に落ちる・・・なんだかあまりに身勝手ではないか、寛大な心でヨーロッパに行かせた婚約者の気持ちは!!
プラス父親がごり押しする結婚があり、相手には理不尽な姑がいる(このあたりもありふれてる)
しかも、この話、延々と続くのだ→その彫刻家がリオ・デジャネイロにやってくるまで(なんでやってくるんだ!)
そして結婚しているのに彼女は彫刻家と深い仲に・・・(だからここも夫が可哀想すぎる、夫が暴力を振るってるわけでも彼女を愛していないわけでもないのに・・・)

現在のマイアが生き生きとしていて、子持ちの作家と(この人が素敵っぽい・・・行動的だし理知的)恋愛しているのとは対照的だ。

・・・・・・・・・・・・・・・

だから・・・
まだわからない、この小説の評価が。
6人いるので6人の娘の物語がこのように続いていくのだろうか。(7人いそうな感じもあるけれど)
一気に読ませるのだ、この物語、吸引力は非常にある。
けれど、今のところ、過去の恋愛話部分はは、私にはあまりに微妙だった、という感想だ。
また次が出たら必ずや読むだろうが・・・・
次に期待したい。

2017.09.24 ねじの回転


評価 5

新訳ということで何度目かになるけれど読んでみた。
とても読みやすい。
そして強烈に引き付けられる小説だ。

いつもこの小説を読む時に忘れているのだが(今回も忘れていたすっぽりと)、
子供達の異様さ、これは何だったんだ?という不可解さが残る結末、家庭教師の供述、幽霊の有無、という諸々に心をまず奪われるので、物語の構造、を改めて思い出した。
ストレートに、これこれこうだった、という語り口ではなく、まず前置きがある。
しかもそれは、
『炉辺に集まった人たちが怪談話をする』ような会で語られた話であり(怪談を語り続けていく百物語のようだ)、
ここで既に表題のねじの回転という言葉が、ダグラスという男から出ている。
(ついでに言えば、ダグラスの言葉に続いて二人いれば二ひねりだろうという面白くもない(と私には思えた)茶々すら観客から入ってくる。炉辺の皆がリラックスして発言できる場なのだろう。)

じゃあこのダグラスが自分の体験として話した物語なのかというと、これがまたもって回っていて、
・ある女性が書いたものがある
・その人は20年前に亡くなってしまった美しい人だった
・ダグラスはトリニティカレッジ在学中に帰郷した時に彼女に会ってほのかな恋心を抱いた(らしい)
というダグラスからの話が続く。
さて、ようやくダグラスからこの話が始まるかと思うと、まだまだじらしていて、
・この手記が木曜日にならないと届かない
という告白が出る。
ええ!木曜日まで待つ?皆さんそれほど暇人?
当然そこまでに帰宅する人たちもいて(そうだろうそうだろう)、そして少数精鋭がこの物語を聞くことになるのだが・・・・。

ここがまた最後の複雑さになっていて
・語り手はダグラス、だけれど
・この物語をダグラスから託された『私』という元々のこの話の話し手がいる
ということが記されている、ダグラスの死後の後。
『私は、この語りの炉辺にいた人物であり、聴衆の一人であった、そして最初から『私』という人称で登場していたのだった。

つまりは、物語が始まるまでに
・ダグラスが炉辺で手記を読む
・その物語をダグラスから『私』が受け取る
・手記を書いた家庭教師
が前段が描かれている。
これによって、かなり前の話ということがわかるし、手の込んだ経緯で『私』がこの手記を語っている、ということもわかる。
嵐が丘とかの物語と同じなのだが、語り手のある外枠があるのは。
ねじの回転は更にそこに行きつくまで執拗なまでにダグラスからの話としているし、炉辺で語ることになった最初のダグラスの様子や、皆の様子も描いている。
ところで、ダグラスって誰だったのだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・・
物語は、イギリスのある屋敷に家庭教師として入った女性が、幽霊を見ていくという物語だ。
そこに幼い二人の可愛らしい兄妹マイルズ・フローラがいて、彼らもその幽霊を見ているらしい。
そして幽霊に影響されているらしい。
悪の世界に兄妹が引きずり込まれるのを阻止しようとする勇敢な家庭教師だ。
全てが、らしい、のは、本当にこの家庭教師が幽霊を見ていたのか、兄妹も邪悪な感じが漂うがこれは家庭教師の錯覚なのではないか、という疑念が読むたびに沸くからだ。
自作自演?無意識にせよ、家庭教師の?という思いがよぎる。
また幽霊がいるとすれば、見える人と見えない人がいるのはなぜだろう。
この物語の中で唯一普通の人、と見えるグロースさんには何も見えないのだから。
ラストの衝撃のことは本当だったのか。→突然幼い兄の心臓が止まって死んでしまう
しかし、それでもなお、揺らぐ家庭教師の心の変化というのがこちらに痛いほど伝わってくる、焦りと汗が滲み出てくるような恐怖というものがひしひしと文章から伝わってくるのだ。
読んでいると巻き込まれ感が半端ない。
読み手もまた幽霊を見ている、確かにと思う場面が連続してある。
なぜ誰もわかってくれないのか。
なぜ自分しか邪悪な存在を理解していないのか。
こういう家庭教師のジレンマというようなものすら伝わってくる。

14章の教会場面が一つの分岐点になっている話、でもあると思った。
14章で兄のマイルズと家庭教師は初めてがっちりと向き合う、彼が放校になった学校について自ら触れることによって。
そして家庭教師は教会に入って行けず、このあとまた幽霊を見ている・・・

・・・・
それで。
『私』は誰なのだ?
再び、
ダグラスって誰なのだ?
2017.09.23 初恋と不倫


『いつも臭くてごめんね』


評価 5

この作者なので読んでみたが、なんて面白いんだろう。
なんてミステリアスなんだろう。
最後の方までどういう方向に転がっていくかわからない面白さがに満ち満ちている。
読んでいると、この言葉の投げかけにどきどきしてくるのだ、呼吸が早くなるような気がしてくるのだ。
そこにこだわるか、というところにこだわってくるしつこさのようなものが後を引く。
しかもこの話、書簡体(メールが主だけれど、最初の話は手紙で始まる)が主だ。
男女がお互いに自分の言葉で相手を説得しようとしたり、自分の言葉で自分を語ろうとしている。
それに対する相手の言葉が、多少ずれていたり、大きくずれていたり、またぴったり寄り添っていたり、反発されたり、そのあたりの機微も非常に緻密で読ませる。

不帰の初恋、海老名SAは、いじめの話から始まる。
下駄箱の中に一通の女の子からの手紙が・・・レトロなこういうのってあったなあ・・・と思いつつ読み進めていくと、これは『いじめられている男の子に対する、手を差し伸べている女の子』という深刻な状況の話というのがわかる。
最初男子玉埜広志はそれをはねのける。
けれど女子三崎明希はその言葉でたじろがず、引かない。
ここからやり取りが始まって、なんで男子が学級のみならずその扇動をしている担任教師までに無視されているのか、という真相が明らかになっていくのだが、ここがぎょっとするところだ。(→担任が女子の写真をこっそりとっていたことを玉埜が見かけそれで担任が無視するようになる、これを三崎が終業式でばらして、玉埜はこのいじめ地獄から抜け出すことになる
ここまでだって鮮やかな逆転劇だ。
しかも、この短いやり取りの中で、女子生徒の手の異常さ、それがなぜ起こったか、彼女の普通ではない家庭状況が如実につまびらかになっていく。

でも話はここで終わらない。
成人した後の二人、というのもきっちり描かれている。
成人した後、交流はなかったのだが、今度は女子の三崎が婚約者のバス運転手の事故車に乗っていた、というところから、玉埜の介入が始まるのだ。
今度は、女子を男子が助ける番になってくる。
そして。
このやり取りの中で、徐々に明らかになっていくバス運転手の実像・・・
私が最大に驚いたのは、この中で、『かつて小学生の時に救われた男子玉埜が、あの下駄箱の手紙をもらった日に実は何をしようとしていたのか』ということだった。(→金槌を持って行って、担任を殴ろうとしていた

・・・・・
カラシニコフ不倫海峡もまた読ませる。
全く知らない女性田中史子からのメールに戸惑いを隠せない待田健一。
彼の奥さんは、アフリカで行方不明になっている。
どうやらそこで撃たれたらしい・・・
それを知っている田中史子から、インタビューを取りたいというメールが来る。
ところがまず、田中史子の肩書自体が二転三転し、更には、彼女がある男の妻で、夫と待田の妻が不倫をしていて今でも普通に生きて暮らしている、という新事実を伝えられる・・・
つまり、お互いに不倫をされ残された同士の男女だったのだ。
そしていつしか、田中と待田は男女の仲に・・・

不倫の話か!と待田も読者も思う。
そして、待田は葛藤の末、奥さんの話を本にしそれがヒットするのだった。
ところが・・・

この鮮やかな逆転に次ぐ逆転と言ったらどうだろう。
最後の方にある、トイレ掃除のおばさんの忘れ難いエピソードと言ったらどうだろう。
どんどんどんどん話が進んでいって思わぬ着地点につく快感が確かにここにはあった。

(個人的覚書
どちらにも、豆生田(まみゅうだ)という奇妙な男性が登場。
狂言回しのような役だが非常に重要な役)