2017.05.22 渇きと偽り


評価 5

良いなあと思った。
何より読みやすいミステリだ。
このタイプの話ってよく見かけるので話としては既視感がある。
今現在の殺人事件・・・そして過去の殺人事件・・・これが絶妙に絡み合う・・・誰もが知り合いという閉鎖的な人たちがいる片田舎のそれも殺人事件・・・
でもこのミステリが同じような話と一線を画しているのは、この環境なのだ。
旱魃で干上がっている大地。
農業をしている町の多くの人たちにとっては死活問題だ。
皆が苛立っている。
暑いし、水もないし、物も売れないし、勢い町全体が活気がない。
ここで終わるのかと思うほど皆が天を仰いでいる
周辺がこれだけ殺気立っていて一家全員が死亡というニュースも、一人の男が旱魃に負けて未来を悲観して自分の妻を殺し、子供を殺し、そして自分が自殺、という異常な状態になっても、誰も自殺を疑おうとしない。
この部分がわかる、これだけのひどい環境なのだから。
苛立ち、絶望感、は暴力を呼び、過去の亡霊にすら唾するようになる。
そこに戻ってきたのが、過去石持て町を追われた一人の男フォークなのだ。

連邦警察官フォークは、20年ぶりに故郷に帰る。
それは、フォークにとってつらい旅になった。
なぜなら、彼は20年前に町の人たちから嫌がらせを受けて父とともに逃げるようにこの町を去ったのだった。
それは、彼の女友達の死亡事件、に絡んでいると町の人たちに疑われたからだ。
そしてその時に唯一自分のアリバイを証言してくれた友人のルークが自殺したという。
ルークの父から不思議な意味深長な手紙を受け取ったフォークは、故郷に・・・


このミステリ、過去と現在を行ったり来たりはしているけれど、その描き方もわかりやすい。
章を別だてにするのではなく、太字で話の中に入れ込んでくれているのだ。
だからあっちこっち飛ばなくて済むし、何より話が途中で途切れずずうっと続いているので、一気に読める。

ルークが昔太陽のような男の子であって、ルークとフォークとグレッチェン(女子)とエリー(女子)が4人組の仲間だった。
この子たちが仲良くしている姿も鮮やかだ。
そして途中で恋模様もあり、それぞれの性格の違いなども浮き彫りになっている。
ルークは成人して、カレンという素晴らしい伴侶を得ている。
本当にルークは一家全員を殺害したのだろうか?という謎から始まる。

フォークも探偵役になるがもう一人頼もしい味方が町に外からやってきたレイコーだ。
この二人が常識的な人間なので読んでいてほっとする。
嫌がらせをフォークは過去の事件を覚えている人たちから受けるのだが、これも読んでいて胸が詰まった。

誰が(現在の事件の)犯人なのか、誰がどうしたのか、というのは途中でなんとなくわかる、動機まではわからないものの。
また善人と悪人がぴちっと分かれすぎている感じもする。
あと・・・PTAのあの怒っていたお母さんの話はいろどりなのか、あれで終わりなのか。
父との相克があまりにやるせない、と思ったりしたのだが、これもこれで終わりか。
そもそも、名前にフォークとあるだけで、疑われるという状況は一体何だろう?フォークに助けてもらったかもしれないし、フォークに連絡していざという時は、かもしれないし。名前があったから疑われる??
といろいろ思うのだけれど、読む手が止まらないのはいったいどうしたことだろう。
要は書き方がとてもうまいのだ。
伏線が絶妙に配置され、そして、フォークがある言葉で気づくというところが最大に読む側に!!という気持ちを思い起こさせる。
犯人がわかってもそしてそれが当たっていてもなーんだという気持ちにはならないミステリなのだ。
それぞれの人の心に抱える鬱屈、その人が生きていく状況、などがまざまざと喚起させられる。



以下ネタバレ
・(ごめんなさい、フォークのお父さんがずうっと犯人だと思ってました、過去の事件の。)
しかし過去の事件は、これだけ嫌がらせをしていたマルとグラント・ダウとは・・・とことん腐った奴ら・・・
エリーは父親に虐待されていた。そこから逃げようとした。
そして用意して隠したのがリュックサック。
私は、あのリュックサックに涙が出た。劣悪な環境から必死に逃げたかったエリー。

・現在の方は、あの校長がいかにも、で最初から怪しいのだが。
動機が分からなかった。
ギャンブル好きというのが、パブのバーテンダーの人の一言でわかるフォークが素晴らしい。
2017.05.21 無限の書



評価 4.8

面白い、特に中盤のあたりが面白い。
話がSFあり、ファンタジーあり、一冊の本の謎あり、アラジンの魔術の話のようなところあり、イスラム文化へのあれこれ、現代的なハッキング、と多くの側面を持って語られていくので一気に読ませる。
更には、本当の男女の愛とは、の恋愛のあれこれをも語ってくれている。
現実と思えば、ファンタジー魔法の世界、ここと思えばまた現実、と目まぐるしく場面も変わっていく。
後半、現実の体制が崩壊し、ネットの世界もあれこれとあり、映画のインセプションを喚起させられた。

けれど、後半(砂漠に投げ出されて魔界の後)あまりにどたばたっとしていないか。
また最初の方で高貴な女性の人と交わるのだが、その高貴な女性の姿が全く見えなくなるのはいかがなものか。
この人の人となりの魅力がよくわからないまま、知的で美しく物を知ってる住む世界の違う高貴な人、というのでずうっと通しているけれども。
また、私はサイバーパンクが苦手な方なので、これとアラビアンナイトが融合したこの話、ちょっとばかり乗れなかった部分も多かった。
アラビアンナイト部分は面白いには違いないのだが・・・(だから中盤あたりは面白い)


・・・・

中東の砂漠に囲まれたシティと呼ばれる専制国家で暮らしている青年アリフ。
彼は23才でありハッカーとして暮らしている、資産家の父の第二夫人の母とともに。母はインド人である。
混血なので彼の将来は何もないに等しい。
しかし、ネットの世界の中では彼は非常に高く評価されている。
そんな彼が、現実である高貴な女性と知り合い一夜を共にする。
ところが・・・


身分差がある世界というのがまず大前提になっている。
格差社会ということだ。
そして更にここに追い打ちをかけるように、中東なので女性は高貴な人たちは黒いベールを顔にかけている。
(ここで黒いベールをかけなくてもいい貧民のダイナがかけているところがとても可愛いし、この女の子の将来的な賢さに繋がっている)
女性の地位もおのずと低いのが結婚を勝手に親にきめられる、処女性が重要視されるというところでよくわかる(これは現実にリンクしているのだろう)

アリフが恋人にいきなり別れを告げられて、彼女から不思議な一冊の古書を渡されたというところから物語が展開していく。
アリフが政府保安局の検閲官ハンドに追っ手を差し向けられるところから攻防が始まる。
攻防と言っても最初のうち、アリフが逃げるのみなのだが・・・
そこに物語の世界の身と思っていたジンが出てきて彼を助け始める・・・


この中でアリフと同じく幼い頃から貧困の中で育ってきたダイナの一途な感じがかわいらしくて際立っていた。
後半逃げる時に彼女が賢いんだ、というところを何度も見せる。
最初の方で、高貴な人と結ばれていて彼女に熱中していたアリフが、徐々にダイナに惹かれていく姿も好ましい。

また一緒に逃げて助けてくれるヴィクラムも異様な姿をしているものの、誠実なジン(幽精)だ。
彼がいたからこそ全員が助かることにもなるのだ。
逃げ込んだモスクで偶然会ったピラル師の高潔な姿も忘れ難い。
更には、もうだめかと思った時に、のんきな(と見える)王子様が(本物の第何王子)、拷問されていた牢にやってきて、(この人はネットの中の一人で体制側に自分はいるけれど、実は反体制なのだ、という人)救出してくれる場面も読ませるのだ。

民衆のうねりというのが解説にあるようにアラブの春などを思わせた。
このあと、を知ってる現実の私としてはとても複雑な気持ちになるのだが。


本の中の言葉、そこに究極の知識があるという設定は、ネットの仮想世界と本の現実世界を繋げる意味で面白い試みだと思う。
ところで、アリフというのはハンドルで、ずうっと何が本当の名前なんだろうと思っていたら最後の最後で、モハンマド、ということがわかる。
ああっ!だから名前をハンドルにして自分の本名で呼ばれるのをかたくなに拒んだのか!とここで納得したのだった。(モハンマドはイスラム教の預言者)
(クルアーンというのが多分コーランのことだろうというのは文章の中で予想がついたけれど、文章中に註が欲しいと思った)


評価 4.6

さらっとした青春小説で楽しく読んだ。
徐々に仲良くなっていく高校生の男女の5人組の姿が微笑ましい。
皆で文化祭を頑張るクラスの様子もくすぐったいくらいに眩しい。
ちょっとした隠し事を皆が持っていて、それが何なのかという小さな小さな謎解きもある。
それぞれ特殊能力?を持っているという設定が、小さなスパイスになっている。
アニメとか漫画になってもこの話、楽しく見ることができるんじゃないかなあと思った。

ミッキー、元気いっぱいの女の子、当たって砕けろの側面が。
エル、登校拒否だったのをミッキーに救われる、裁縫が得意なおとなしい女の子
パラ、ぱっぱらぱーから来ているけれど、クラスでリーダーにもなれる女の子
ヅカ、体育会系の爽やか少年、皆から愛される男の子、ミッキーと同じ中学出身。
京、内気な男の子、自分の思うことがなかなか言えない男の子、ヅカの親友。


京は、皆の頭の上に?や!や。。。の記号が見える。
だからその人が何を本当は瞬間的に考えているかわかる。
ミッキーは、皆の頭の上にバーがあってそれがプラスの方向とマイナスの方向に動いてるのが見える。
パラは、皆の頭の上に数字が見えて、それがリズムを刻んでいる、何かがあるとそのリズムが乱れている。
ヅカは、皆の頭の上に、トランプカードともに喜怒哀楽の文字が見える。
そして、エルは、皆の体から出る矢印➡が見える。

この設定、荒唐無稽だしいきなりという感じはするけれど、この話の中だと、ほわっと受け入れられるのだ。
京の内気な男の子っぷりも、彼が全く正反対の男子ヅカと仲良くしている様子も心温まる。
クラス皆の文化祭での劇の様子とか(最後のパラのまとめ方がお見事)、受験で将来が見えないミッキーの悩む様子とか、思いがけないことで登校拒否になったエルを引っ張り出すミッキーの底力とか、読んでいて微笑ましかった。
そして、最後の話で、ある一つの思いが皆の気持ちで結集していく・・・

・・・
この話、携帯とかスマホが出てこないなあと思いながら読んでいた。
連絡を取るのもスマホが出てこないし、困ったことをスマホで調べるわけでもないし。
いつの時代の話なんだろう?
いずれにしてもスマホが出てこないとこんなにほのぼのとした高校生活があるんだ、というのを改めて思った。
スマホの功罪はあるのだろうけれど。

またミッキーのみ、ちょっとわからない女の子だ。
単純すぎてわからない。
他の子は想像がつく範囲の高校生だけれど、簡単に言えば猪突猛進の元気な女の子、この学校でこのクラスだから受け入れてもらえて良かった、他の場所ではミッキーが一番外されそうな子だから。
2017.05.17 ifの悲劇



評価 4.9

仰天した。心底仰天した。
これが、『絶対にだまされる!』の大きな文字の帯がついているけれど、本当に騙された・・・ああ・・してやられた・・・
読み返し必至の作品だった。
しかも帯には続いて
『殺人を犯した男の人生が、ふたつに分岐していく。
驚天動地のパラレルワールドミステリ!』
という惹句もある。
そうなのだ、この話、パラレルワールドの話で、一つの話は
「犯行直後に目撃者を殺した場合」であり
もう一つは
「犯行直後に目撃者を殺さなかった場合」
というA面とB面に分かれている。

最初のプロローグでそこのところは作者おぼしき人が出版社の編集者とのんびりとこのパラレルワールドミステリについて語る、という部分が、実話のように書かれている。
そして始まった話・・・
これがまたえぐい。
なぜなら近親相姦や(同性愛(こちらはたいしたことがないが)を扱っているから。
しかもご丁寧なことに、主人公が妹とその禁忌を犯す、だけではなく、別の個所にもある人がそういうことで生まれた、という二つの近親相姦なのだ。

小説家の加納。
愛する(この愛は妹への愛を超えて男女の愛でもある)妹の自殺に疑問を感じて調べていた。
そのうちに、妹の婚約者奥津の浮気が原因だということに激怒する。
そして奥津を呼び出して殺害、ところが偽装工作をして帰る途中で、加納の運転する車の目の前に男性が飛び出してきて・・・


ここからなのだ。
Aは、その男性をひき殺してしまった場合。
Bは、その男性をひかずに済んだ場合。
これを読んでいくと、Aのひき殺した方が、その死体の処理は面倒なものの、あとからとても楽な感じが漂ってくる。
一方Bの方は、ここに殺人犯の加納がいてはまずいのにそれを目撃した面倒な人物が徘徊することになってこちらはかなりかなり面倒なことに巻き込まれていく。

この話の中で、妹の彩が意外に男にだらしない女だということも判明して、兄の加納は衝撃を受けたりする部分も面白い。
誰でもオッケーな女、都合の良い女、が妹だと知って衝撃ではあるのだが、加納自身が禁忌を犯して妹と結ばれているのでそこを責めるわけにはいかない。
加えて妹の婚約者の奥津にも深い事情があるというのが深くわかってくるのだった。

そしてラスト、Bが終わった。
私はここで、(ああ・・えぐい話の割には単純に終わったのね・・・)と思ったら、エピローグの衝撃が待っていて・・・
ただ。
この真相は、非常によく出来てはいるものの、同時に細部がとてもわかりにくい。
あ!そうだったのか!と思っても、もう一度照らし合わせるぐらいのことをしないと頭の中が混沌としてくる。
だからさくっとはわからない真相なのだ(表面上はさくっとわかるのだが、細かいところが、え?となる)
ちょこちょこ違和感を感じていて、更に、最後の方のB部分でたくさんの傍点が文字についている。
ここで、え?と思ったりしていたのだが・・・

以下ネタバレ
・A面
30年前の1986年に近親相姦を兄としていた加納彩は飛び降り自殺してしまう。
彼女の当時の婚約者が奥津行彦。
奥津は養子縁組で奥津家に入ったのだった。
奥津もまた近親相姦で生まれた男であった(実母の名前はリン)
奥津には婚約直前に付き合っていた琴奈という女性がいた。
琴奈の両親が『奥津が近親相姦で生まれた』というのを知り破談にさせた。
そして琴奈に屋上から突き落とされ殺された加納彩。    ★琴奈→加納彩を殺す
(この殺しを奥津は実母リンが訪ねてきたときに告白する)

加納彩の小説家の兄加納は、奥津を殺してしまう、妹を殺した人間だと思って。★兄→奥津を殺す
しかし夕張のアパートから網走に戻る途中で、猪澤(奥津の脅迫者で、彩のファン)を轢き殺してしまう。★兄→猪澤を轢き殺す
(のちに、この猪澤が奥津行彦を殺した殺人犯と警察に誤認され、それがもとで猪澤の父親が登場することになる)
ばれずに逮捕されずに兄は桃子という女性と結婚する。
二人の間にできた女の子に彩という名前を付ける。

・B面
1.琴奈は、彩を殺害したので逮捕された。
その時に奥津の子供を産んでその時に死亡、生れたのは双子。
兄卓也は琴奈の実家に引き取られ、弟進也は奥津の家(ここは実際には血がつながっていない孫)に引き取られる(どちらも孫にあたる。琴奈も奥津もこの時点でいないのだが)
この時点で、奥津進也が生まれることになる。
これを奥津行彦の生みの親リン(つまり双子の本当の祖母の一人)は把握している。

2.卓也はこのあと、もてあまされ養子に出されてしまう。
そしてぐれた道に入った卓也は、自分が殺人の被害者の父親(奥津)と、犯罪者の母親(琴奈)の間に生まれたことを知る。
そしてリンと卓也は親密になった。
リンは奥津が加納兄に殺されたことを卓也に告げ、復讐を決意させる。

3.卓也は加納兄を破滅させるために加納の娘の『彩』に接触する。
そして彩と結婚。婿養子になり、加納卓也になる。
そして加納兄の小説の営業サポートをする。

4.2016年になっても復讐が始まらないので
リン(奥津の実母)が業を煮やして、今度は弟の進也に接触する。
(進也は同性愛者で当時付き合っていた人が鈴木太郎だった)
そして卓也は進也を殺してしまう。 
更に本来の目的である、自分の父親を殺した加納兄を殺す。

 ★加納卓也→ 進也を殺す 鈴木太郎は自死するが死体を解体、加納兄(義理の父)を殺す
(30年前の父のトリックと同じの車トリックを最初の方で使う。)


・・・・・・・・・・・・・・・
AとBと二つの面でパラレルワールドと思って読んでいるのだが、最後になってこれがパラレルワールドではなく、
きわめて似た状況の時制が違う話、である、ということがわかる。
時制トリック、名前トリック、双子トリックがトリプルで仕掛けられている。

・まず時制。
途中の奥津の部屋には床下収納がない、とか(Aであったはず・・・と違和感)
二人組の刑事の一人和泉が若かった方のはずなのに中年、とか(Aでそうであったはず・・・と違和感)
キーになる夕張のバーMの雰囲気が変わっているとか(Aでは若い人たちがたむろしていた場所のはず・・・と違和感)

があるように、AとBには30年の時が流れている。

・人の名前
ここがややこしいが、上にも書いたように
・加納は二人。
加納豪(作家で筆名は花田欽也)がA面
加納卓也(変遷を経た後、上の作家の娘彩と結婚して婿になり加納姓に)がB面

・奥津も二人。
奥津行彦がA面の奥津(近親相姦で生まれた男で、加納豪の妹の彩と婚約していた男)
奥津進也がB面の奥津(上の奥津が婚約前に付き合っていた女性琴奈が生んだ双子の片割れ)

・双子トリックについては
卓也は車内に残ったDNAが一卵性双生児は同じ、
Nシステムも顔が同じだから通り抜けられる、と思って犯罪に使おうとしたが、進也の指紋が消えてしまった。

何度も顔を見た、とか
同性愛の進也の相手の鈴木太郎から思いを寄せられたりとか(顔が同じなので)
そこここに双子の伏線がある。
また、A面の最後の方(192ページ)で、はっきりと琴奈が子供が生まれる前で男の双子と記載されている。だから双子トリックはアンフェアではない。

2017.05.16 紫のアリス


評価 4.5

人生最悪の日、と思った日に、紗季という女性が夜の公園で男の変死体を見つける、というところから始まる。
夜の公園にいたのは、その変死体だけではなく不思議の国のアリスのウサギだった・・・


月夜にアリスのウサギ!そこに一つの変死体!

こんな幻想的なところから始まるミステリだ。
最初、アリスのウサギ、というので幻想かファンタジー方向と思ったら、意外にウサギの正体はすぐに出てくる。
そしてそれは現実的なものだった。
後半が気になって一気に読む本で、途中の伏線が最後にまとまっていくというのはある。
けれど、最後まで腑に落ちないところもまた残るのだ。
読ませるが、、、、と私は思った。


三人称ではあるけれど、とりあえず紗季の視点なのだが、これがふっと消えるのだ。
この子の視点が消えたなあ・・・・この間は何をしていたのかなあ・・・と何度思ったことだろう。
だから紗季の見ているもの全てが信頼感がない。
しかも記憶が時々飛んでいるのも読んでいるとわかる。都合の悪い時に飛んでいる?と疑わしくさえなってくる。
でも本人は大真面目で、本当に記憶が飛んでいるのだ。
記憶の飛んでいた時に何が起こったのか、は、読者は想像して大体それは後半で(やっぱり)ということで出てくる。

彼女がなぜ絶望していたのかというのは、不倫していてそれを清算して会社を辞めた状況、というのもこれまたすぐに出てくる。
しかもその不倫相手がさっくり死んでいた、(殺されていたっぽい)というのもすぐに出てくる。
紗季が殺したのだろうか?
更に、公園の変死体の話が一向に出てこないけれど、これは彼女の妄想なのだろうか。

そう、この本、紗季の妄想なのか、記憶の改竄なのかよくわからないままに読み進む本なのだ。
どこからどこまでが真実なのかさえ揺らいでいる。
冒頭の方の引っ越し場面で実に印象的なものがごみの日に捨てられる・・・これは・・・と誰しも思うだろう。
そしてあとで部屋の中で残された→段ボール←があったのがわかると更に思うだろう。
しかしここさえはっきりしない、何だったのかは。

そしてお節介な独居老人が住むマンションに住むことになった紗季・・・・
高校生の時の劇のことまで思い出すのだが、そのあとのことがどうしても思い出せない・・・
ここから独居老人たちとともにアリスの謎、死体の謎、を解いていく・・・


最後のお茶会が忘れられない。
ここ、幻想かと思う場面だ、あり得ないだろう・・・
読ませる作品ではあるものの、好きかどうか聞かれたら、微妙・・・な感じの作品だった、私には。
2017.05.16 人間じゃない


評価 4.7

それぞれの作品が何かの綾辻作品のスピンオフのような作品だ。

・『人形館の殺人』の後日譚赤いマント
・『眼球奇譚』シリーズ崩壊の前日
・『どんどん橋、落ちた』の犯人当て連作の番外編として急遽書かざるを得なかったという洗礼
・『深泥丘』の番外編蒼白い女
・『フリークス』連作人間じゃない --B〇四号室の患者--

ホラー、ミステリ、不思議話、と魅力いっぱいの作品がつまっている。

表題作が思い切り怖い。
ずずっずずっというような擬音を見ているだけでも何かが出てきそうな気がする。
場所が病院だけに余計に怖さが増している。
絵がおのずと浮かぶ作品だった。

冒頭の赤いマントは、ごくまっとうなミステリだと思う。
誰もいないはずのトイレから聞こえた声、そして血の赤・・・
印象的な事件の後、その真相がわかるのだが・・・

最後のあとがきを読んでいると、洗礼が、書くべくして書かれた作品だ。
お世話になった故人との大学時代からの長い間の繋がりが、謎解きというイベントを通して描かれている。
その思い出とともに犯人当てミステリを構築しているのだ。


評価 4.5

久々の吉本ばななエッセイ。
年齢的なことから見て普通のことかもしれないけれど、ご両親がお亡くなりになってる記述を見ると、ほんのり悲しくなる。
そして彼女のお姉さんと彼女とご両親の旅行の思い出とか、日々あったこととかがさりげなく語られると、全く知らない人たちなのにちょっと淋しくなる。

比較的自分の身辺についてありのままに書いているので、(法律的には結婚していなかったんだ・・・)とか(高齢出産だったんだ・・・)とか、そもそも(お子さんがいるんだ・・・)とか(義理のお父さんとの交流があるんだ・・・)とか、私は全く知らなかった事実が次々に出てくる。
ほこっとした部分もあるけれど、人の生死を見つめ、メダカの生死も見つめている、そういうことが同列に並んでいる、というのがいかにも吉本ばなな、だと思った。
思ったよりスピリチュアルな部分はなくて、思ったままの身辺雑記の趣があった。
2017.05.13 最愛の子ども



評価 5

最初から最後まで懐かしさに胸をキュッとさせられるような小説だった。
ある意味、百合要素もある小説だ。でもそれのみで語るのにはあまりに勿体ない。
セクシュアルな部分も入っているし、女子高生同士の疑似家族のありようもあるし、少女同士の軋轢も、親との葛藤もある、小さな男子との関りもまた。
この懐かしさは、じゃあどこから来るのか、と思った時に『「まだ何も将来の異性も自分の在り方も何も見えていない女子高生の心の流れ』というのが描かれていて、そのあたりが琴線をつかんだことから来ているのだと思った。
また、遠くの未来も何度も想像されている、それは遠くであるとともに喫緊の大学生の自分を想像するところから始まり、自分が大学生活を送ったらとか、自分と男性が付き合ったら、とか、自分が働いたらとか、の想像だ。
いまある自分の女子高生の時代を『遠くの目』でいったん眺めおろしている。
このあたりも書き方が巧いなあと思った。

このところ、学校物小説というと、まずいじめとかはぶかれるとか突出していて違和感を感じるとか、果ては女子同士のグループのぶつかり合いとか、その方向性のものが多いような気がしていた。
それはそれで読めるのだが、普通の女子高生、普通に過ごしている女子高生でちょっとだけ周囲から浮き上がっている子、がなんとなくクラスにいて、なんとなく皆がそれを受け入れていて、なんとなくのグループがあって、なんとなくのリーダーがいて(これまたボスではない)、という等身大の姿が鮮やかに切り取られている、周囲の『わたしたち』とともに。
そう、この物語、人称が非常に特異なのだ。
『わたしたち』視点があちこちに散逸されていて、文章全体が揺らいでいて(そこも非常に面白い)、パパ役の日夏、ママ役の真汐、王子役の空穂を見ている。
そしてそれは、実際にあったことかどうかは別にして、『わたしたち』の想像、妄想でもあるのだ(と何度も書かれている)。
途中、何度か、このわたしたちの主語のわたし、は誰なのか?と思ったことがあって読んでいったのっだが、周囲の誰かではあるけれど、『わたしたち』であることだけしかわからなかった。
そしてこのクラス、仲が良いので有名なクラスでもある。だからグループはおそらく日夏グループのほかにもあるのだろうが、そこもゆるく全部が繋がっていている感じが漂っている。
体育の走り高跳びの部分とかも本当に見事だと思った。
こういう出来事って忘れているけれど掘り起こしてもらった気がした、全く同じことではなくても、運動神経の鈍い子の感じとか、最終場面まで進める子の感じとか、とてもリアリティーがあった。


冒頭から、私立の女子教室(一応男女共学だが、男女別クラスになっているのでクラスは女子ばかり)での女生徒同士の会話が始まる。
この会話が秀逸で一気に物語に吸い込まれていく。
なんて瑞々しい感情が流れている会話なのだろう。
なんて何かを予感させる会話なのだろう。

冒頭、真汐というちょっと尖がった少女が反抗的な作文を書き、先生に呼び出されるのをその周りの子たちがわいわい話して待っている。
ここに一人かつてやはり教師に反抗的だった真汐を全員の前で素手でぶって逆に立場を取り戻させ、そのあと親友になった日夏がいる。
またこの二人にいつもいつも可愛がられている空穂がいる。
空穂は忙しい看護師の母と二人暮らしなのだが幼い頃から彼女に軽い虐待を受けている。
日夏がパパ、真汐がママ、そして男の子という設定で王子が空穂という疑似家族が出来上がっている。
日夏も真汐も看護師の母がいない時には空穂の家に泊まり込みに行くほど空穂を「可愛がっている」・・・
空穂はグループの皆にも可愛がられていて、いつも誰かしらにちょっかいを出されている・・・


この小説の中で、美少女の苑子が意外に侮れないなあと思っていた。
中身がないと思われている苑子。
話しても全く面白くないと思われている苑子。
でも女子のグループの中に彼女の美少女ぶりにひたすらあこがれている女子生徒もまたいる。
気持ちを推し量ることのできない苑子、それでもあまりの美しさで周りは目がくらんでいく。
こういう少女、高校生の時に確かにいるなあ、クラスに一人はと感慨深かった。
そして、彼女は当然のように男子クラスの男子から告白を受け付き合い始めるのだが、あっさりと別のリーダー格の男子生徒と付き合い始める・・・
気持ちの裏とかを考えない美少女の残酷な傍若無人ぶりは最強だ、そして後半のそのリーダー格の男子生徒の行く末にちょっと残酷な笑いが漏れたのだ。

中心人物の日夏。彼女自身はどちらかというと常識人であり、この中で大人であり(パパだし)、なんでもこなす女子高生である。
彼女は真汐を気にして意識している、常に。
それは彼女のことを心配して皆の前でぶった日から、ずうっとずうっと気にし続けている。
ママ役の真汐は、不器用に生きていくのが途中でわかっていく。
そしてその実際の家庭での窮屈さも徐々にわかってくる。
空穂の家は、虐待と放置があるのに、空穂がある意味したたかに生きているのがすごいことだ。
彼女もまたぼうっとしているようで大人にならざるを得なかった女子高生だった。
この三人が、修学旅行でお尻をぶつことを始めたり、三人で空穂の家に泊まって寝たり、空穂の顔を撫でまわしたり(これはでもグループの多くの子もやっている)、とセクシュアルなことの萌芽、のようなことが次々に行われていく。
ところが途中で、真汐がここから抜けていってしまうのだ・・・
そこで家族の均衡が崩れていっている、というように読めた。

・・・・・・・・・・・・・・・

面白いと思ったのは、学校だけの世界ではなく、彼女たちの家庭環境もきちんと書かれていたことだ。
女子高生なのだから家庭があってそこは学校とともに重要な場だ。
だからそこを描かれていることによって、(ああ・・だから真汐は・・・)とか(ああ・・日夏の家は・・・)とか、(ああ・・だから空穂は・・・)とか(あああ・・・だから美織は・・)とか心の中に落ちていく部分が多いのだ。
美織の家庭で、彼女の家に集まって美織の(歌の好きな夫婦仲が良い)父のコレクションしたポルノを見るという集まりの楽しいエピソードも、特殊ではあるけれど、一つの家の形として心に刻まれる、そこにいる女子高生のヴィヴィッドな会話とともに。

途中である現実的な出来事で、疑似家族は崩壊する。
そしてそれは現実的な対処法を一家族の両親が提案してくれて、一人の女子高生が救われていく。
彼女が救われることで他の『わたしたち』の女子高生も救われるし、家族の残りの二人もまた救われる。
読んでいて(この世界、ずうっと続け・・・)とひそかに思ってしまった。
でも女子高生の時代は永遠には続かない、虚構でも現実でも。

そしてラスト1行で私はぐっときたのだった。
2017.05.10 蠅の王


評価 5

新訳というので新たな目で読んでみた。
とても読みやすく、最初から最後までどきどきしながら読んだのだった。
解説にもあるように非常に多くの深い読み方ができる一冊だ。

記憶違いのところがあって、無人島に子供たちが生き残っているのだが、これが、私の記憶の中では船が沈んでこの子たちが流れ着いたと思っていた。
違った、飛行機が不時着しているのだ、しかも、これって、ただの状況ではなく、核戦争が起こって疎開(!)するイギリスの子供たちがたどり着いた先の島、ということなのだ。
話の中にも共産圏とか政治的な言葉が出てくる。

大人のいない暮らし。
最初の方で不安ながらもなんとなく皆がわくわくしているのが手に取るようにわかる。
特にリーダーの二人、ラルフとジャックは二人が手を取り合い仲良くなって笑いながら島を探検したりする。
この二人、後半崩れていくが、最初の方ではとてもとても気が合う二人で理解できそうな二人なのだ。
ここに太った眼鏡のピギーがいる。
ピギーはあだ名で絶対にそれを言わないでとラルフに頼むのだが、彼は簡単に皆にピギーとばらしてしまう。
だから全員がピギーと呼ぶようになってしまう・・・

読み終わってから、ピギーを侮っていたのはジャックもラルフも一緒じゃないかなあと思った、少なくとも初期は(後半はピギーはラルフ側なのでかけがえのない常識のある男の子になっていて、ジャックは最初から最後まで馬鹿にし続けている)
いわゆる格好いい系の男の子のラルフとジャック。
学校でいえば(島も大きな意味では学校になる)級長クラスの二人だ。
それに対して地味なピギーは、なんだか揶揄される方向の人間であり、しかも叔母さんに育てられたという複雑な出自を明かしている。
ぴかぴかの出自を持っていて見栄えのする格好いいラルフとジャックに対して、ちょっと落ちているという感じのピギーなのだ。
でも。
途中で彼の才能、頭の良さが際立ってくる。
彼の言うことはいちいちもっともであり、発言の機会が与えられるほら貝を取って彼が話すことはこの世界でとても重要なことだ。
それにもかかわらず、見かけから彼はなんだか皆から軽視される。

煙を出すことに執着しなんとか海を渡る船に自分たちを発見してもらおうとする努力のラルフ。
一方で煙よりも目先の豚の捕獲に走るジャック。
この二人の対決が見物だ。
また堕ちていく、というか自らの野蛮性に目覚めていくジャックの放埓ぶりも読んでいてどきどきする。
仲間を募って豚を追い込んでいき、それを焼いて食べさせ、どんどんリーダーになっていくジャックがいる。
そこには、助けられようという頭が消えている。
ただひたすら、豚を追い込んでいくのだがその姿が徐々に狂気に満ちてきて、豚を追い込むことよりも自分の本能の残虐性を目覚めさせた、といった感じだ。


また、サイモンが最初から不思議な存在感だ。
ずうっと不思議な存在であり、妙に子供にしては落ち着いている。
彼が森の中で対峙する蠅の王の部分は誠に読み甲斐があった部分だった。
そして結局彼のみが、もしかしてこの島に怪物がいるのかもしれないということの真相を知っていたのに・・・それははかなく消えてしまう。

この島は、食べ物はあり(果物ではあるものの)、外敵もいなくて(途中でいるという疑心暗鬼に駆られているが)、しかも水も適度に雨が降ってくれ川があるという、生きていくには比較的生きていきやすい場所だ。
普通の無人島ではこうはいかないだろう。
しかもこの間誰も病気にもならないし、怪我もある時点まではしていない。
だから普通に生きていこう、普通に煙をたいて統率されたまま食べ物を取って生きていこうとすればそれは生きていける島、だったのだ。
でもここで豚を殺して肉を食べたいという皆の欲求を満たしていくのが、ジャックだ。
そして最初にラルフが隊長になったのにも関わらず、ジャックが徐々に勢力を伸ばしていく、焼いた豚の威力を借りながら。
ジャックが段々凶暴化していくのが止められないところもぞくっとするし、周りの子供たちが感化されて野蛮人になりきっていくところも読ませる。
豚を追い詰めて殺すことに夢中になる子供たち。
そして、ついには・・・

・・・・
この話、最後のところは前に読んだ時と同じ感想だった。
泣けるのだ、最後の最後で、読む側も。
そこまでちょっとぞくっとしたり、色々深読みしたり、思いは複雑なのだが、最後の最後、あることで泣けるのだ。

今回新訳になって読みやすくはなったけれど、一点、最初に人物表がほしい。
これだけ読みやすいのだから、人物表があれば更に読む人のすそ野が広がるものを、そこが惜しい。

以下ネタバレ
・ジャックがサイモンを殺してしまう、豚を殺したのと同じように。
そちら側の子供が全員狂気に捕らわれていくさまが読ませる。

・ピギーはがげ下に落ちて死んでしまう。
惜しい、この子はもっと使えた子供だったのに、使いようによっては。

・最後の最後、私が泣けるのは

今まで、自分たちで何とか気を張ってやってきた大人びたラルフが、大人がそこに助けにやってきた最後になって、わんわん泣き出す子供らしい行動を示すところだったのだ。
ここまで泣かなかったのに。
泣きたくても泣けなかったのに。
小さな子供たちは泣いたり飛んだりしていたけれど、隊長さんのラルフは全くそれができなかった。
身も世もなく泣くラルフの姿に当惑して海の方を向く大人の姿も印象的だった。
2017.05.10 愚者の毒


評価 4.9

大変面白く一気に読んだ。
この人初めて読んだ人!と思い込んでいたら、経歴を見ていて、(あ!るんびにの子供の人だ!読んでいた!)というのに気づいた。
ただ、あちらは怪異を描き出している話だったが、こちらは完全なミステリになっている。
あまり恵まれていない人生の二人の女性の話を過去の陰惨な出来事から開いていく・・・

ミステリとして、すれた疑り深い読者の私は二つ、こうだろうなあ・・・と予測したことがあって、それは二つとも当たっていた。
→でもそれが、面白さを半減したかというと語り口が読ませるので、どんどんページをめくっていって、やっぱり!!という気持ちが爽快感さえ感じさせられる。
悪のキャラクターだけではなく、ここに清涼剤のようなキャラクターの元中学校教師の難波先生がいるからだろう。
彼が途中で語る、愚者の毒についての話はとてもとても心に響いたのだった(そのあとの展開を読んでいくと更にこれが深まる)
彼さえ、私は(このいい人の仮面の下に・・・)と疑っていたが、ここは違っていた・・・
そして、予測が当たっていたと言っている私も、最後の最後はわからなかった、まさかこういう・・・

・・・・
前半は2015年の老人ホームで一人の老婦人そこにが訪ねてくる夫もいて、病を得ながらもそれなりに幸せに暮らしている、という部分と、1985年の二人の女性が出会う職安という部分が交互に出てくる。
交互と言っても、1985年の方が圧倒的に多いのだけれど。

職安で二人の女性が取り違えられた。
そのミスから二人の女性葉子(ようこ)と希美(きみ)は急速に親しくなる。
彼女たちは偶然同じ生年月日だった。
そして、希美の紹介で、ある裕福な旧家のお手伝いさんとして雇われることになった葉子。
葉子には、両親が死んで寡黙症になって言葉を発さない4歳の甥達也がいた。
その家には、元中学校教師の難波先生がいて、彼が親身に達也に話しかけてくれる。
また、希美と幼馴染という独身の由起男がいて、彼も達也を可愛がってくれる、いつしか葉子は大きな会社の社長である由起男に心を寄せていく・・・


由起男の登場の仕方が実に独特である。
彼は、元中学校教師の死んだ奥さんの最初の結婚で手放した子供だった。
彼を探し当て、再び奥さんは安らかな時を経て、亡くなったのだった。
由起夫は、物静かだが非常に頭が良く、会社経営を任されても堂々とそれを軌道に乗せさらに発展させていく才覚があるのだ。
一見覇気がないように見える由起夫が夜中の電話で呼び出され、いつも床を離れることを知った葉子は、ひそかに彼に愛する人がいるのではないかと疑心暗鬼になる・・・

何しろここに行きつくまでの葉子の生い立ちが悲惨である。
結局金貸しから夜逃げしてしかも血がつながってるとはいえ、愛情が薄い甥の達也を背負って生きていかねばならない苛立ちが常に彼女にはある。
彼女と謎めいた美人の希美の友情にも目を奪われる。
希美の素性はよくわからないのだが、葉子をハコと呼ぶなど二人の間はいつも温かいものに満ちていて、笑いに溢れているのだ。

一章の終わりで、あれ?と思う。
一体この後どうなったのか。
これは何だったのか?
全員が焦ったのは何だったのか?

・・・
そして第二章。
がらっと筑豊の場所に場面が変わる。
悲惨以外の何物でもない炭鉱が廃坑になった場所で生き延びる術をどうにか身につけ、頭のおかしくなった父を抱え弟妹を抱えていく極貧の中でけなげに毎日を生きる一人の少女の話が出てくる。
読んでいてあまりに悲惨な状況なので胸が塞がれる。
そしえtここで、(あ!やっぱり!)と思うのだ、これは隠された彼女の話だと。
そしてそれは途中で明かされる、彼女の本当の名前とともに。
更にここでもう一人も登場し、更に更に多分もう一人も(ここも読んでいると想像がつく)

また急展開があり・・・

・・・・
第三章は東京に出てからと、真相が全てある一人の人物の視点で描かれていく。
ああ・・・だからだったのか。
だから逃れられなかったのか。

この話、悪人が悪をする、という部分も勿論あるのだが、悪人ではなくある事態が起こってやむを得ず悪人になってしまう悲しい人間のさが、のようなところを描いていると思った。

(全く内容とは関係ないけれど。
表紙が暗く地味で(二人の学生はいいんだけど色合いが・・・あとカラスは確かに重要だけれど・・・)、しかもこのタイトル。手に取りづらいとは思う。
タイトルの意味が分かってからは、このタイトル以外にあり得ないし、なんていいタイトルとは思うものの。
なんだか惜しい、とても面白い作品なのに。)

以下ネタバレ
・極貧の筑豊の場所で、殺人をやむを得ず犯した二人。
ユウ(由起夫)は、自分の実の父で金貸しのどうしようもない男を殺し
希美(のぞみとこの時代は言っていた)は、自分の実の狂った父を殺し
二人とも陰惨な殺人者だったのだ。やむを得なかったとはいえ。
そしてユウが殺したのをこの時代に筑豊にいたのちの加藤弁護士が見ていた。
それをもとに脅迫されて、ユウは、『偽者』に成りすまし、義理のお父さんの難波先生の前に現れる。
ちなみに、難波先生はこのことはとっくにわかっていたのだが、知らない振りを最後までした。
☆もしかして由起夫がなりすましかもしれないというのはわかるところ(よくミステリであるので)

・夜中に由起夫に電話をして助けてと言っていたのは希美。
彼女は加藤弁護士の言いなりになるしかなかったのだった、肉体的にも。
☆呼び出しが希美というのもわかるところ。この二人が男女の関係っぽくないのだが、どういう関係か、何か強烈な結びつきがあるかというのがわかるところ。

・加藤弁護士は、難波先生を閉塞した空間を作って殺してしまう。
しかし、これを葉子は誰かの仕業と見抜き、由起夫ではないか、と思ったのだった。
そして物言わぬ達也にこのことをつぶやくのだった(これがのちに達也が由起夫を殺す遠因になる)

・最後、加藤弁護士の車に乗り込んでしまった葉子。
由起夫は車に仕掛けをしていたので、慌てるのだがもう遅い。
そして葉子も加藤弁護士も死んでしまう。

・そして葉子にそのまま成りすますのが、希美。
なので、老人ホームにいるのは、一瞬最初の方で葉子と思えるが、最後になって希美だとわかる(葉子と名乗っているけれど)
☆ここは初期に割合わかるところ。

・最後老人ホームで働いていて成長して養子にやられていた達也が渡部さんとして登場する。
これはわからなかったところ。
何しろ緘黙していた子供なので、今普通以上にしゃべっている渡部さん、というのが目くらましになっていた。