評価 4.8

前作ミスター・メルセデスの続編。
また懐かしい面々に出会えるし、懐かしい面々のその後、を見ることもできる。
懐かしのホッジスは今は人探しの私立探偵をしていて、ファインダーズ・キーパーズという会社を作っている。
そこの社員がホリー。
ジェロームはハーバードの学生になって帰省しているという設定だ。

今回ミステリという要素もあるのだが、ホラー的な要素も非常に強い、と思った。
特にモリスが迫ってくる様子、待ち伏せしている様子は鬼気迫るものがあった。
血は溢れ出るほど出るし、追いかけられるし、斧は使われるし、完全このあたりスプラッタと言ってもいい。
一方で少年ピートの宝探し場面というわくわくするところもあるし、彼の家族思いかが発端となったほのぼのとした側面も語られていく。
ミステリでありホラーでもあるのだが、ロススティーンとモリスとの会話、ピートと学校の教師との会話などで、文学的な部分もとても楽しめる一冊となっている。
作者がどういう作品を良しとしているのか、というのが垣間見える箇所でもある。

過去に起こった暴走車によって障害を負ったピートの父親。
精神的にはもちろん金銭的なことによりピートの父親と母親の口論は毎日耐えることがなかった。
そんなある日、ピートは偶然木の根の下から一つの旅行鞄を見つける。
そこを覗き込むと・・・そこには、大量のお金と大量のノートが入っていた・・・
そこでピートはこのお金を小分けにして両親に匿名で送ることにするのだが・・・


冒頭はピートの話で始まらない。

強盗モリスが、偏屈な今は引退した作家ロススティーンの家に入り込むところから始まる。
ロススティーンの小説にのめり込んでいるモリスは、金もだが、彼の小説の主人公のその後を知りたいので原稿も欲しかった。
両方を手に入れロススティーンを殺し、相棒二人も殺し、全てが巧く行ったと思ったモリスなのだが、泥酔して一人の女性をレイプしてしまうところからそれが発覚し、刑務所に何十年も閉じ込められることになるのだ・・・
そして仮釈放の日が来た!


モリスの悲惨な人生というのも語られる。
また彼がどれだけロススティーンの作品の主人公に救われていたか、救われたあまりにのめり込んでいるのかというのもまた語られる。
だからモリスにとっては彼の小説が書かれているノートというのは過酷な刑務所でも生きるよすがでもあった。

一方で、ピートはそのようなことは全く知らない。
彼の目から見れば、単純にお金に困った我が家に対しての救世主がかばんの中にあった、ということなのだ。
けれど、ここで特に重要なのは、ピートもまた文学好きの少年でロススティーンの小説に魅せられた一人であったということだ。
だから彼はこのノートの重要性が(お金でいくらというのはわからないにせよ)おぼろげにわかったのだ。
また読む楽しみというのも同時に彼にはあった←結局彼しかこのノートは楽しめなかった。

・・・・
しかし問題はピートの妹の進学資金まで現金が続かなかった、ということだ。
家族思いのピートは何とか妹の資金を捻出したいと思い、悪徳の古書店主アンディのところにロススティーンのノートを売りに行くのだが逆に脅迫され悪夢を見ることになる。

この話、偶然が色々ある。
そこが作りすぎという感じもするのだが・・・
・まず、モリスが住んでいた元の家、がピートの住んでいる家であった。
・そもそもモリスとピートは同じ町に住んでいたので、時間の違いはあれ、モリスは土地勘がある。
・古書店主アンディは、モリスとかつて友達であり、アンディの奇妙な助言で盗んだノートが簡単に売れると思ったモリスがいた。
・ピートの妹ティナがかつて親友だったのがバーバラで、バーバラはジェーロームの妹。
なので、ジェローム、ホリー、ホッジスという三人組にここで出会うことになる。

・・・・
点であったモリスと、もう一つの点であったピートが重なり合う時点が非常に怖かった。
ここに入るな!と読みながら思うのだが、ピートは入ってしまう。
そこで見たものは・・・

ラストとても印象深かった。
そして次巻がラスト、おそらく・・・あることが起こるだろう・・・

以下ネタバレ
・古書店でピートが見たものは、血まみれになった古書店主アンディの姿だった。
そこから抜け出すためにピートもまた斧を強盗モリスに投げつける←血まみれ。

・モリスがピートの妹のティナを人質にしたところで、ティナは殺されると思った。
また、ピートの母に銃口を向け発射した時点で死亡した、と思った。
(頭蓋骨で済んでいたらしい)

・何度も何度もモリスが侵入し、「そのもの」を見て、踏み台にまでしている箱、が
まさかピートが「あのノート」を入れている箱だった。
この場面もぞくぞくする。

・この使ったお金についてはどうなるんだろう?
誰かに返すことになるのだろうか?

・ホッジスの体の具合があまりよくないようなので、次巻・・・危ないと思う、ホッジス。

・前話で捕まえて今病院にいるブレイディは、脳の損傷により、ポルターガイスト的なことができるようになったのか?
彼は今、本当は意識があるのか?
2017.11.12 アナログ




評価 4.2

恋愛小説・・・という触れ込みで確かに恋愛小説だが・・・

よくわからないのだが、作者が照れながら書いているのだろうか?
文章のそこここにそれが伺える気がしてならない。
でもそれは本人を知っているからそう思ってしまう自分がいるのか(というのがよくわからない)

文章は失礼ながらそこそこは読ませる。
が・・・

幼いころからの親友が二人いて、独身で、仕事もバリバリやっているデザイン事務所に働くサラリーマンの悟。
彼が偶然出会ったみゆきという女性に強烈に心惹かれるのだった。
彼女は文学音楽映画に造詣が深く、悟の生きてきた世界とは違った世界に生きているようだ。
木曜日ごとの逢瀬を楽しみにする悟。
一方で悟は余命いくばくもない母が施設におり、苦労を掛けた母のことを思うと胸が詰まるのだ。


が・・・
途中で入る、友達との会話があまりに下品だ。
ここが照れているのかなあ・・・恋愛小説を書いているということに、と思った箇所だ。
もし照れていないのなら、面白くもない下品な会話を延々と続けていくどういう意味があるのか?
下ネタ全開の会話をしているので、この親友たちがどんなにそのあと言い働きをしてみゆき捜索に向かってくれても、なんだかなあ・・・という気持ちが拭えない。

あと後半いろいろわかってくるのが、唐突、としか思えなかった。
更にそのあとの展開もまた。

以下ネタバレ
最後みゆきが意外な過去の持ち主で、結婚歴もありしかもかつて海外在住の有名なバイオリニストだったということまでわかる。
木曜日の逢瀬に間に合わせるために交通事故って!
いきなり事故でいきなり意識がなくいきなりこの人の介護・・・
これって映画のめぐり逢い?

ううむ・・・
2017.11.11 花嫁の叫び


評価 4.7

映画界のスターのそれはそれは素敵な男性と北岡早馬と結婚する。
幸せの絶頂にいた伊津子・・・
北岡は再婚であり、彼女の前妻は数か月前謎の死を遂げていた。
その屋敷に行くと、前妻の貴緒の事を慕う和服の女中頭の佐起枝他、舅 居候、庭師等がいて、口々に前妻の事を誉めそやす・・・
この物語に合わせて、新しく書かれた花嫁の叫びという脚本の通りに映画が進められていく・・・


この話を読み終わると、(最初から私は気づいていましたよ!)と言いたくなる。
そういう気持ちに駆られるのだ。
事実私もそう思っていた。
けれど、よく考えてみれば、気づいていると思っているのは、『うっすらと違和感を感じていた』のレベルで、真相にはほぼ全く気づいてはいなかったし、この語りの技術に翻弄されていたのだった。
疑惑の点、はある。
でも点はいつになっても点であって、自分の心の中によどんでいて、線にはなっていない。
最後まで読んでみると、それがあたかも線になっていたような印象を持つ(だから最初から分かっていたと錯覚する)そういうミステリだった。

恩田陸の解説にもあるように、このミステリは、ある小説もしくは映画を見ているといないかで全くサスペンス度が違ってくる。
そのバイアスがかかっているかかかっていないかで、このミステリの読み方が変わってくるのだ、それも強烈に。

冒頭の方から、けなげで初々しい新妻が徐々に北岡の人生に巻き込まれていくという様子が描かれている。
かなり癖のある映画界の人々の思いやりのない言葉の数々があり、誰も彼もが絶世の美女で傲慢すら許されていてそれでも人をひきつけてやまない早馬の前妻貴緒の事をあらゆる意味で懐かしんでいる。
こんな中、それを聞いている新妻も大変だ。
頼りになるのは、夫の北岡のみなのだが・・・

ただ、風俗的なことでやはり今とは違うなあ・・・と思った部分は多くあった。
ハネムーンがホネムーンだし(英語をそのままローマ字読みした?)、
何よりも、ピアスをしているというのが全く普通になった現代では、ピアスをしている人自体がそんなに珍しくないのでここも時代を感じるだろう。

以下ネタバレ
・ゴシックっぽい作り、で、新妻が前妻のいた館に行き女中頭に虐められるという構造は、恩田陸も指摘するように明らかに『レベッカ』を意識したものだろう。
それが下敷きになっているのだろう。
だっから、あの小説で新妻がけなげだったように、この新妻伊津子もけなげである、というバイアスが当然かかる、レベッカを読んでいる人には。
十分この文章だけでもけなげだけれど、それを一層強固にするのがレベッカの影、なのだ。

・犯人は、伊津子。
彼女が前妻を殺し、前妻の愛人も殺していた。
前妻から早馬と伊津子の不倫を持ち掛けられる伊津子。
それは前妻と彼女の愛人との共謀であったのだった。しかし伊津子はそれを
途中の毒殺も企てた(佐起枝に伊津子の正体を気づかれたため佐起枝を殺そうとたくらむ、がやめていた。しかし佐起枝は自分自身でそうとは知らず毒杯をあおってしまったのだった。)
2017.11.06 屍人荘の殺人


以下ネタバレ含みます

・・・・・・・・・・・・・・・

評価 4.4

大学生サークルが集まって(合同とはいえ)別荘に来てそこでクローズドサークルが発生する、
その発生の仕方が今までにない斬新なものだった、

という作りなのだ。
冒頭の方から、ちょっと昔の学生アリスのような趣もある推理会話が並んでいる、明智君(!)と葉村君という二人のミステリ愛好会、の二人の会話が。
葉村君の視点で進んでいくのだが、どこかで明智君の名前について突っ込みがあると思ったけれどそれはない、あるものとして捉えられている。
ここに美人の学生探偵らしき剣崎比留子が加わって(というか彼女が加わらせて)、前年何らかの事件が起きたらしい映画研究会の合宿に参加することになるのだ。

クローズドサークルの館の作り方って今までいろいろある。
簡単なのでよくあるのは、雪に埋もれて全ての情報が遮断され孤立状態になるというクローズドサークルだ。
または豪雨で橋が落ちて分断されるといういわば気象系で遮断されることが多い。
ところが。
この話、もう一つ別の犯行を行っている人間がいる話がある。それが途中途中に不気味に入ってくるのだが、注射によってゾンビのような状態に人をして音楽フェスの場から次々と感染者を広げていくという途中からゾンビの話になってくるのだ。
肝は間違いなくここであり、この話、
「ゾンビによって一軒家の二階三階まで押し上げられた(一階はゾンビがひしめいているので行けない)究極のゾンビクローズドサークル」
なのだ。
ここが面白いと思う人はこの話に乗れただろうし、私のようにゾンビそのものが苦手な人はここでかなり溜息をつくだろう。

別荘でも殺人が起こっている、ゾンビとは関係ない時点で。
けれどゾンビが発生して追い詰められたことにより、犯人も頭を使ってゾンビを利用しようとするし(何しろ犯人にとってはゾンビは想定外、なのだから)、犯人以外の人たちにとってはゾンビには追いまくられるわ、犯人はこの中の誰かだわ、という悲惨な状況になるわけだ。

面白いところ、といえば、ゾンビに追い詰められてからのエレベーターのトリックなどは楽しく読んだ。
ゾンビを上まで来させるけれどまた下におろす方法とかの彫像を使った重さのトリックは面白い。
また部屋の電気がカードキーでついたり消えたりするところから、一時的に音楽が止まったというところに目をつけて真相を推理するところ、カードのすり替え、いうここのトリックも非常に面白いと思った。
またアナログ時計とデジタル時計の違いで、時間の言い方が違うところから、発見した事実というのも読ませた、確かにデジタルってこういう曖昧な言い方はしないなあとうなずいたのだった。

・・・・
この話、もう一つ私が乗り切れなかった最大の原因は、そもそも去年のこの合宿とやらで、女子学生への暴行事件が起こっていることだった。
これは最後までもしかして勘違いだった?という作りを期待していたが、それどころではなく、その暴行事件のために自ら命を絶った先輩の敵討ちのためにここに乗り込んできたという犯人の言葉を聞いて、ああ・・・何ということだ・・・と思った。
つまり昨年の馬鹿者によるレイプによって自殺者が二人出てるってことだ。
暴行事件が起こったところに、同じメンバーがいけしゃあしゃと現れる(持ち主とその友達の大学OBってどこまで鬼畜なんだ!)今度は新しい獲物を狙って。
このあたりどうなんだろう。
ベースになってる部分がこれなので、読んでいてかなり辛かった。
ここにそれを承知で皆を誘う映画研究部部長の進藤は、就職のためとはいえ一体どういう神経をしてるんだろう?しかも彼女連れって・・・(この彼女がゾンビにおかされ、進藤がそれをこっそり部屋で介抱していたがそのまま彼女にやられた話が後からわかるが、自業自得!と私は思った)

よくわからないのが、
犯人の静原さんの気持ちが、殺しに至るまでが見えなかったのだ。(彼女があんな三人殺して当然です、というのは私も大いに同意するのだが、殺して当然と実際自分が殺す計画をするのとはおおいに違うと思うので)
尊敬する先輩がそういう自殺をしました、原因はこれだったのです、というのはわかったのだが、殺人に至る強烈な動機というのが彼女の言葉の中に見えなかったのだ。
これがまだ姉、とか妹ならわかる、それは肉親だから。
肉親以上の何かモチベーションを犯人側が強烈に持っているかどうかというのがちょっとばかり薄いかなあと思った。


評価 5

表題からわかりにくいのだが(表紙の副題と写真でわかる感じもするけれど)、ナチ政権下のドイツにいた子供たち、ではなく、『ナチスの人たちの実際の子供たち』という意味だ。
衝撃だった。
破壊力のある本だった。
なぜかというと、心のどこかで
(ナチスの子供たちは、当時子供だったので自分の父親ないし母親がどういう事をしていたか知らない。だから知った時に、衝撃を受け、自分を恥じ、自分の出自を隠し、親を恨み、自分の生活が何百万の死と引き換えにあったことに吐き気を催していた。その後生き抜くためには、改名し違う人生を選択していた。自分は関与していなかったとはいえ、決して明るい人生を歩むことは出来なかった・・・)
というストーリーを私が無意識に考えていたからだった。
それが・・・

まず、沢山のナチス高官がいるので、沢山の子供たちが出てくる。
しかも子沢山で兄弟姉妹が多くいる家もある(国策でもあったので)
この多くの子供たちは、家での父を見ている、家でいかに自分を可愛がってくれたかという父を。優しかった父を。良き家庭人であった父を。
彼らは怪物でもなんでもなくて普通以上に素晴らしい人間であった、子供たちから見ると。
(このあたりは、この本にも出てくる大論争をかつて引き起こしたハンナ・アーレントの『イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』に通じるところだろう。しかも実際にこの本では、子供たちが証言しているので信憑性が高いしよりリアルである。)
その父が外に出て指一本でユダヤ人の子供たち、または老人、または女性をガス室に送っていたという事実を知った時、人によって反応が様々なのだ。

ある子供は、父の姿を知っても崇拝している、どころか、無罪を信じ(!)その意志を継ごうとすらして極右に走っている、またこれに追随する人たちも現実にいる、彼女もしくは彼をあがめようとする危険な集団が。
ある子どもは、父がそういう事を行ったのは、ヒトラーのせいであり、自分の父親は単に巻きこまれたのだ、と父を正当化しようとする、ヒトラーが全てを掌握していたとは思えないのに。
ある子どもは、全てが間違いであって、虐殺も何も虚構でありなかったことなのだ、だったらそこからなぜ生存者が出てきたのだ、という話を信念とする。
そしてある子どもは、父のやったことに嫌悪感を持ち、父の名前でいつか自分が裁かれるのではないか、見つかるのではないか。という恐れに直面している(この反応が一番私が想像していた反応だった)

驚いたのは、ほぼ全員が改名していないことだ。
しかもありがち、な名前ではおそらくない名前なのに。
ヒムラー、ゲッペルス、ヘス・・・その名前を言えば、誰もがナチスを思うのに改名してない、それによってトラブルも現実に起きていて、ある者は学校を拒絶され、ある者は職場で拒絶され、ある者はホテルで拒絶される、拒絶の嵐なのだ。
それでも、改名しないこの気持ちはどこから来るのだろう。
しかも海外では名前+苗字をそのまま父から引き継ぐこともあるので、ナチスの父とそのまま同じ子供、というのもまたいるのだ。それでも改名しないとは。

共通しているのは、豪奢な暮らしから終戦に至る時に劣悪な環境に転落し、父は銃殺もしくは亡命、母は投獄もしくは監禁、そしてそれに伴って自分も投獄されるまたは親戚に引き取られるという苦難の道を戦後歩むことになるのだ。
母がゲットー地区に行って、素敵な工芸品を強奪してきたのを実際に自分の目で見ていた子供がいる。
家の庭でユダヤ人遊びをして、お父さんに怒られた記憶のある子供がいる。
家の中の使用人に何をしても怒られず、でも自分は使用人と仲が良いと思い込んでいた子供がいる。
アウシュビッツの近くに住んでいて庭のイチゴをそのまま食べてはいけない、洗いなさいと指導された子供がいる(アウシュビッツからの『灰』が飛んできていた、という事実を読んで私は愕然としたけれど、これを後年知ってこの子(知った時には大人になっているにせよ)は吐かなかっただろうか?)

彼らの両親との(父親母親同士が仲良かったか悪かったかは別にして)豪華な思い出は数限りなくあるのだが、後半の生活の落差があまりに激しい。
牢獄で他の高官の妻と知り合う自分の母親の姿もまたある。
(牢獄の他高官の妻の苗字で、フォン・シーラッハの名前が何度か出てきたので、あ!と思った。おそらくこれは、あの作家のフェルディナント・フォン・シーラッハの祖父の奥さんだろう。彼は祖父がナチ党全国青少年指導者と公言はしている。)

・・・・
現実、があり、人の心の動き、というものがある。その、人の心の動きというのは私の軽い想像などぶっ飛ばしてくれるものなのだ、ということがよくこの本を読んでわかった。
ホロコーストにあった側、そこから辛くも生き延びた側、の話は小説にせよ実録にせよ読んできたのだが、こうして加害者側の生の声というのは自分の奥底を揺さぶられる感すらした。

・・・・・・・・・・・・・・・
・ハイリンヒ・ヒムラー・・・警察機関一切を把握。ナチス親衛隊(SS)長官でユダヤ人の絶滅計画を推進実行。(自殺)
・ヘルマン・ゲーリング・・・一時期ヒトラーの後継者と目される。空軍元帥で最終は国家元帥。ユダヤ人絶滅に関与。(死刑判決後に服毒自殺)
・ルドルフ・ヘス・・・親衛隊大将。単独飛行で英国に渡り仲介しようとして失敗。(終身刑)
・ハンス・フランク・・・ポーランド占領後のポーランド総督になりクラクフをはじめとして多くのポーランド人を虐殺。(死刑)
・マルティン・ボルマン・・・ヒトラーの側近と個人秘書。ヘス失脚後、官房長となり絶大な権力を持つ(南米に逃亡と言われていたが服毒自殺説もある)
・ルドルフ・ヘース・・・アウシュビッツ収容所所長(死刑・上の親衛隊大将ルドルフ・ヘスとは同名異人)
・アルベルト・シュペアー・・・ヒトラーと一番近かったと言われている建築士。後に軍需大臣。(20年の服役の末釈放されたのち心臓発作で死亡)
・ヨーゼフ・メンゲレ・・・アウシュビッツ収容所の囚人を囚人を用いて人体実験などを行使。(南米に逃亡したのち、水泳中に死亡)
2017.11.05 月明かりの男


評価 4.6

今の目で見るとあちこちで、それはないだろう!と突っ込みたくなるところがあった。
古き良き時代のミステリだからだろうか。
そこはそことして。
相変わらず、掴みはオッケーであって、最初から
『警視正が飛んできた紙を拾うとそこに奇妙な殺人計画が書いてある』
というキャンパス内の出来事が描かれ
それとともに、一人の亡命科学者と知り合いになる、そして彼の実験室こそがその殺人計画の場所であった・・・更にここで彼は重要な発言をしている、自分が死んだらそれは自殺ではなく他殺である、と。
といういわば、後半に至ると全てを暗示している話が描かれている。

しかも紙に書いてあった指定の午後8時にとりあえず警視がその場所に行くと
拳銃の音がして、それはマッドサイエンティストというべき男が
自分の子どもを実験台にして、爆音を立てて実験をしている最中だった・・・

ここまでで心をがしっと掴まれる。
更に、この後、拳銃盗難事件が起こり、学生が暗い中タイプライターを打っていたり、冒頭の亡命科学者の死体が見つかるに至って、目撃者の証言が集め始められる。ところが、三者三様過ぎて話にならない、全員が走り去っていく犯罪者らしき人の姿を月明かりの中で見ているのだが、全員が違うのだ、容姿も違うし、性別すら違う。一体誰が嘘を言っていて誰が真実を述べているのか。また嘘を言っている人はなんのために嘘を言っているのか。また殺された亡命科学者は自殺なのか、他殺なのか。

ここに精神科医ウィリングが登場し、この矛盾に満ち満ちている事件を解決しようと乗り出してくる。

・・・・・・・・・・・・・・
中盤以降、嘘発見器、言語連想検査、が出てくるに至って、ちょっと失速の感がある(ここが現在の目で見るとわくわく感が少ない、嘘発見器や言語連想検査がありふれているということで、目新しさがないし価値が下がっている。)
(また亡命科学者がダッハウの強制収容所から逃亡してきたユダヤ系の男性という設定なのだが、この作品が発表されたのが1940年)
亡命科学者がかつてウィーンで迫害された時に、ナチスの若者に実験室に踏み込まれて研究装置を壮絶に破壊され自分は収容所に入れられたという描写もまたある。
更にこの亡命科学者の秘書をしているギゼラという美しい女性は、ウィーンからの亡命の時に、自分の心が揺れ動いた話をしている。
このあたり、直接ミステリの謎ときには関係ないのだが、非常にこの時代の風俗等を実感として読ませるところでもあった。

以下ネタバレ
・犯人はソルト博士。
自分の妻をも殺した、愛すると見せかけて。

・しかしとても重要な証拠が、タイプライターの違いとは・・・(フランスとアメリカは違うらしい)
腑に落ちるような落ちないような。

・途中で謎の幽霊が出てくる(lこのあたりの描写もまた面白いには違いないのだが)
面白いのだが、実は真相が夢遊病、夢遊病って・・・ここなども時代を感じさせる。
これを出したら、何でもありになるのではないか。

・嘘発見器を拒むか拒まないか、でその人の心理状況を想像するというのもなんだか乱暴・・・
嘘発見器を信用している、という前提がなければこの話が成り立たない。
そして今の目、で見ると、嘘発見器がさほど絶対性のあるものではないと思っているので。

・この話の中で一番の感動は、
ギゼラが登場した話であること!
別作品で出てくるので、最初のウィリング博士とのこういう出会いだったのか!!
一方で彼女とキスを唐突にするというのをこれではじめて見たら、職権乱用?まだ彼女も犯人かもしれない?とか色々思う、そして他作品を読んでしまった読者側としては、他の作品を読んでしまっているので、ギゼラが犯人から当然抜けてくる、という残念さがある。
2017.11.02 漫画番外編


全く連載中も読んだことがないので、危惧の念半分以上という気持ちで読み始めた・・・
ああーすごくすごく良い!!!

途中で何度か声を立てるくらいの勢いで笑わせてもらったし、全く逆の感情で泣きたい場面もあった。
作者の矢部さんは、自分でも自虐的に書いているけれど、「おとなしい」芸人さん。
何度かテレビで見ているが、細い、おとなしい、影が薄い(失礼)ぐらいの印象しかなかった、私にも。
その人がこんな名作を!

彼の独特のペーソス溢れるものの見方とかなんて真っ当なんだろう!
彼の普通に暮らす感覚、普通に物事を扱う感じってなんて自然なんだろう!
これは、
『二階に矢部さんが店子としていて、一階に大家さんが住んでいる』
という奇妙な一軒家の同居の話だ。
最初のうち、87歳になる大家さんの電話とかで戸惑う。多分ちょっとうざいと思ったに違いない、普通の人だったら絶対にそう思うから。
借り手と貸し手の関係で、ここまでぐいぐい来られて、外に出ている洗濯物の心配までされて挙句はとり込まれて・・・絶対にうざい、干渉しないでくれと思うだろう。
けれど、矢部さんはそれを思っても、困ったなぐらいでふわっと受け止めている。
どころか、だんだん大家さんに近づいていっている。

毎月の家賃支払いの時に、家にあがってお茶を飲む矢部さん。
昔の戦争の話を聞く矢部さん。
初恋の人の話を聞く矢部さん。
綿あめを食べたことがない大家さんに綿あめの機械を買って一緒に食べる矢部さん。
なんていい人なんだ!!
なんて優しい人なんだ!!
極めつけはいっしょの旅行であった。
え、大家さんと一緒の旅行?と思うのだが、この流れを見ているとそれが全く不自然ではないということがよくわかる。

・・・・・
私がほろっと来たのは、誕生日の話だ。
矢部さんの誕生日、おはぎに仏壇のろうそくって、笑いながら泣けた、大家さんの心意気に。
そして大家さんの誕生日に矢部さんの贈った素敵なもので、大家さんが大喜びしている図にも泣き笑いした。
大笑いしたのは、センサーの話、で、大家さんがずうっと矢部さんがつけたり消したりしてくれていると思い込んでいて感謝していて、それを矢部さんがそこまで暇では・・・と思うところもくすっと笑ったし、センサーの前でやり取りする場所が檻のようなところに思えれば思えてそこにも笑ったのだった。

大家さんがソファに座っていて、長い間座っていてすぐに立ち上がれない話、も泣けた。
老人がすぐに行動できないで、それをごまかしながら話を続けて
何度かよっこいしょと立ち上がろうとしてやっぱりだめでまた話を続けて・・・
この姿を矢部さんが温かい目でまっすぐに現実を見ていて、そしてきちんと描いているところに泣けた。

あと突拍子もないちゃらい後輩。
これが意外に曲者で、大家さんを笑わせるという技を仕掛けてくる、これに対する矢部さんのほのかな嫉妬というのも実にわかったのだった。
自分が懸命にやってることが外れ、この後輩の方が大家さんを笑わせている事実。
彼が病院に持ってきたお菓子の方が喜ばれた事実。
こいつめ!なんでこいつが!というのが見て取れたのだった。

ごきげんようという大家さん。
伊勢丹が御用達の大家さん。
若い頃は海外旅行にも行かれていた大家さん。
経済的には非常に恵まれていると拝察するけれど、彼女の可愛げのある様子というのがこちらにもほのぼのと伝わってくる。
死というのが遠くないとご自分自身も自覚していて、この中でも入院というエピソードがある。
住んでいた一階が静かになって誰もいないという状況に矢部さんがうろたえる感じが、この絵から伝わってきた。
また、道の途中で偶然大家さんを見かけると、普段より小さく見えたという点描も効いている。

・・・・・・・・・・・
矢部さん、お父様が絵本作家というのは初めてこれで知った。
脈々とその血を受け継いでいるようにも見えた。
一見、この表紙だと、絵が雑のように見えるけれど、本を開いてみると意外に背景が詳しく描きこまれている。
何もない場面は何もない意味がある(というのが頭がいいんだろう)

最後の最後で表の表紙をとって、後ろ表紙のところを見ると、大家さんの絵と言葉が!
ここにもふくっと笑ったのだった。
2017.11.01 2017年10月漫画

あの、あの坂口安吾の
あの、桜の森の満開の下、を
よくぞ漫画にした、と思いました。
すごい、これ。

桜の森のざわめきとかそこに呆然と立っている姿とかうしろを振り返ってみる姿とかが際立っています。
また、
後半の常軌を逸した行動に出る女の姿も奇々怪々なのがこうして漫画になると壮絶であって・・・

これと対を成して発行された
こちら。

実は上の桜の森~の漫画家の衝撃度が大きくて
こちらはまだ読んでないのですが。
きっと期待にたがわぬ作品だと思います。
(文庫化、らしいのですが、初めて文庫で読むことができました、私は)

(そしてぜひとも再読したくなったのが

これ、上記二冊の原作が入っています。

(私のささやかな希望は
このまま近藤ようこさんの
青鬼の褌を洗う女、の漫画化も見たいなあ・・・
戦争と一人の女も漫画化してほしい・・・と思ったらこちらは既に彼女の手によって漫画化されてました。
読みたい!
10月の読書メーター
読んだ本の数:9
読んだページ数:3270
ナイス数:256

Ank: a mirroring apeAnk: a mirroring ape感想
前作も非常に楽しんだので今回も期待していました。そして今回もまた面白かったです。突然京都の町で普通の人間同士が殺戮を始める、これはパンデミックか?霊長類の話から壮大な人類の歴史、DNAの話などこのあたりが好き嫌いの分かれ目だと思います。なぜ殺戮が始まったかという謎も興味はありますが、どちらかというと私はその間に入る人間の歴史の薀蓄などの方に惹かれました。「あるもの」がこの話の鍵になります。今回は文章の中の体言止めがやや多いなあと前半部分はそこに引っかかったのといくつか腑に落ちないところもあったかなあ。
読了日:10月29日 著者:佐藤 究
ホワイトラビットホワイトラビット感想
途中まで(あ・・・ちょっと今回の伊坂幸太郎合わないかも・・それなりの面白さは保っているものの・・・)と思っていました。が!ある時点で驚き狂喜乱舞。後半の怒涛の展開にただただ驚愕の連続でした。面白い!とても!!今まで私の見ていた景色は何だったのかと改めて冒頭からもう一度読むと、見事に最後に全てが回収されているのがわかります。星座やレ・ミゼラブルとかの小ネタも面白いし、今回は作者視点(神視点)も入っているし、あの「彼」も、あの方々も出てくるし、折々にくすっと笑えるし、サービス精神満載。見事なエンタメです。
読了日:10月29日 著者:伊坂 幸太郎
未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)感想
単行本の時に何で読まなかった自分のバカ!と思ってましたが。わかったんです、お仕事小説、会社小説と思って敬遠していたということが。今回読んでみて、その側面は大いにあるけれど、壮大な青春小説でもあり恋愛小説でもあり犯罪小説でもある、と思いました。面白かった!まず文章が好きです、いつまででも読んでいたくなるような文章でした。シェイクスピアのマクベスを随所に絡ませているところもお見事で、バンコーの使い方、魔女の予言、王の使命と行く末と両者を重ね合わせて一気に読みました。そして初恋の冬香は?・・と思っていたら!
読了日:10月26日 著者:早瀬 耕
連城三紀彦 レジェンド2 傑作ミステリー集 (講談社文庫)連城三紀彦 レジェンド2 傑作ミステリー集 (講談社文庫)感想
表紙の作家さんたちの鼎談までついているだけでもどきどきするのに、更に彼らがセレクトした連城三紀彦作品でありその作品ごとについている一文もある、というゴージャスな一冊。それぞれの作家さんがどういう作品を選ぶのかなあという驚きと楽しさもまたあります。私は冒頭の伊坂幸太郎セレクトのぼくを見つけてで誘拐物の逆転を面白く読みました。(この後伊坂最新作ホワイトラビットを読むとさらに感慨深いかも)。度肝抜かれたのが関西弁で語られる白蘭、ある種の宮部作品を思わせる他人たち、一種の完成形の夜の自画像、など堪能しました。
読了日:10月26日 著者:連城 三紀彦
金木犀と彼女の時間 (ミステリ・フロンティア)金木犀と彼女の時間 (ミステリ・フロンティア)感想
タイムリープ物。女子高生の菜月がタイムリープできる(でも5回限りで最後の5回目で決定)体質であるという設定で、クラスの中のある人間が死ぬのを何度もタイムリープで阻止しようとするお話でした。誰が犯人なのかというのも興味ありましたが、それとは別に学園生活のあれこれ、友達との摩擦などのエピソードの方が生き生きしていてそこは面白く読みました。ただ・・・タイムリープが自分の意志ではなくいつ起こるかわからないところ、ラストに至る箇所の展開、タイムリープした後の他の時間軸はどこにいったのか、とか色々疑問は残りましたが。
読了日:10月26日 著者:彩坂 美月
日の名残り (ハヤカワepi文庫)日の名残り (ハヤカワepi文庫)感想
ノーベル賞おめでとうで再読。特にラストの海岸場面、忘れ難くその場にいるかのような気持ちになりました。ドラマダウントン・アビーを見た後だと、この感じが更に良くわかるようになった気がします。古き良き時代のイギリスのお屋敷で執事として采配を振るっていたスティーブンスの身の程をわきまえた、今の目で見るとへりくだりすぎている姿が印象的です。でもこれが彼にとっては喜びであり、ダーリントン卿という尊敬できる主人に仕えるというのが彼の矜持であったのだと思いました。そして気づかなかった愛の行方。静謐で素晴らしい話です。
読了日:10月26日 著者:カズオ イシグロ
怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)怖い絵 泣く女篇 (角川文庫)感想
東京で展覧会開催中なので再読。このシリーズの人気は、一つの絵からヨーロッパ王族の歴史(血族の連鎖等)、ヨーロッパの歴史そのもの、当時の風俗・生活、果てはギリシア神話まで、その背景やひいては他の本や映画などを引き合いに出してくれるところがまことに楽しいからだと思います。単に背景のみではなく話が広がっていくのです。ということでこの本にセレクトされた絵のどれも見入ってその話の広がりを感じました。しかし表紙のしかしレディジェーン・グレイの処刑が表紙になっているけれど、インパクトのあることと言ったら!斬首って大変。
読了日:10月26日 著者:中野 京子
小川洋子の陶酔短篇箱 (河出文庫)小川洋子の陶酔短篇箱 (河出文庫)感想
楽しいっ。小川洋子がセレクトした短篇がずらっと並んでいるだけでも豪華なのに、それぞれの作品に対しての小川洋子のエッセイとも短篇ともつかぬ一文がプラスされているところまでずずーいと楽しめました。他の本で既読の作品でもこうして新しく読んでみるとまた違った切り口で読むことができました。私は、中井英夫の牧神の春を動物園で必ず思い出すし、梶井基次郎の愛撫の猫話も日和聡子の行方も忘れられないのですが。今回小池真理子の流山寺がめちゃくちゃ怖かったです!木山捷平の逢引きのそこはかとないエロス、葛西善蔵の遊動円木もお見事。
読了日:10月26日 著者:小川 洋子
デンジャラスデンジャラス感想
大変面白く読みました。細雪の雪子のモデルになった谷崎の妻松子の妹の重子の視点から語られていきます。ぼんやりと知識としてあった細君譲渡事件、姉妹への拘泥、老人になってからの嫁への偏愛ぶり、膨大な書簡などが重子の語りで鮮やかに描き出されこちらに伝わってきました。谷崎王国とでもいえる彼の『輪』の中に文字通り取り込まれた人の多いこと多いこと!虚実入り混じった小説が、皮の中に違う中身があることもある、と言い放つ谷崎とか、重子の嫁千萬子への反感とか、最後の最後での谷崎からの言葉の驚きとか。谷崎作品を再読したくなり。
読了日:10月05日 著者:桐野 夏生

読書メーター


評価 5 

途中まで読んで、正直、
(今回、珍しく伊坂幸太郎の話に強烈には乗れなかったかも・・・)
と思っていた。
つまらなくはない、それはもう彼のお得意の話術で面白いし、会話も際立っているし、これがどう繋がる、という興味もあったし、ましてや「あの」黒澤が出てくる。
けれど、それにしても・・・立てこもり事件で犯人説得の話・・・と繋がっていく話で、オリオオリオ、星占い、新婚の綿子ちゃんへの思い、警察官側の家族喪失の事情、レ・ミゼラブルが引き合いに出されるところ・・・などは面白いものの・・・語りも「俺」が語る兎田視点、「私」が語る春日部課長代理視点、作者視点(神視点と言ってもいい)も折々に入ってこれも慣れたのだが・・・このままずうっとこの調子で進んでいくのかなあ・・・とちょっぴりだけ倦んでいた。
が!!!!
途中で、本当に驚いた!!!本を落とすほど驚いた!!!
私が見ていた景色が全く違ったものに変化したではないか、それも目の前でくるっと。
綿密な計算の元、前半だらだらっと続いていたように見えた会話の数々、一人一人の事情などが後半全く違った姿で現れてくる。
なんてすごい小説なんだろう。

・・・・・・・・・・・
仙台の住宅街で人質立てこもり事件が発生した。
SITが出動するも、立てこもりの家から逃亡不可能な状況下、犯人側と警察側との交渉が始まる。
そして犯人側からは予想外のことが要求される、いわく一人の人間を探せ、と。
犯人側の事情は、自分の属している組織からある男を一日で探さないと愛妻を殺すというものであった・・・

兎田というのがある犯罪組織の末端にいる(人を誘拐するのを旨としている集団)男で、彼は今、犯罪組織のトップから、新婚の愛する綿子ちゃんを拉致され、彼女を返してほしければ、折尾豊というコンサルタント(オリオン座に詳しく別名はオリオオリオだ。稲葉のグループに追われながらも、不運な事に勇介にぶつかり、喧嘩になって頭を強打して死亡。勇介の家に隠されたが、最後は
(折尾は組織の金に手を付けて追われている)そして、折尾のGPSから想定される家に入り込むのだが、彼はいない。
折尾はいなかったことから(→実際には、不可抗力の事故からこの家の息子があやめてしまい、この家のベッド下にいる、死体で。最後は立てこもりの実行犯の罪を被される形になり2階から落とされる。←)兎田は妻を救うためにここで立てこもりを始める。

黒澤は単純に泥棒であるが、仲間が落としたらしいメモを拾いに行って、この立てこもり事件に巻き込まれる、当初はこの家の父として存在しているのだが、兎田に途中で見破られる。
そして兎田の苦境を見て一肌脱ごうと決意して壮大な計画を思いつく。

・・・・・・・・・・・・
この計画、が後半効いてくる。
前半の総てが後半への伏線、ジャンプ台になっていると言っていいだろう。
121ページの「私にはこの折尾というのが胡散臭く感じられて仕方がなかった。会ってからまださほど時間がたっていないにもかかわらず、信用できない、と思わせるのだから、これでよくコンサルタントが務まるものだと感心した。どう見ても、一般人とは思えない。・・・」のくだりも最初に読んでいるのと、最後まで読んでこの部分を読むのとでは大いに違う味わいがある。
妻子を亡くした警察関係の人間の話も後半回収されていく。
時系列が行き来するがそこすらおおいなる魅力になっている。
まさか、の出来事の連続の面白さを存分に味合わせてくれた小説、だと言っていいと思う。

以下ネタバレ
・警察は早い段階で、折尾と接触している。
ところが、この折尾は実は、兎田のために一肌脱いでいる泥棒黒澤であった。
誘拐された綿子ちゃんの居場所を探し出せる唯一の手段は、警察の情報を頼みにするしかない。
警察のその場所に一番近くいられるのは、折尾に成りすますことだった。

・立てこもり事件で、ニュースに流してもらい、組織のトップの稲葉に知らせようとする計画だった。
それは、前半で見えていた「母子のいる(そして折尾の死体もあり黒澤もいた)家」で立てこもりをしようとしていた兎田の考えとは別に、『隣の家』で偽の立てこもりをしようというものだった。
そうすれば、出発可能だししかも稲葉が兎田のGPSを見ても不審に思わない場所だ。
隣の家の立てこもりを黒澤は二人の部下に任せる。

つまり、
冒頭の方で見ていた景色は、兎田が黒澤とともに、住宅街の母子を盾に、折尾を要求しているという立てこもりの図。そしてこの後、警察は自分のところに折尾を確保している。
後半真相がわかった後の本当の景色は、兎田と黒澤が共謀して、住宅街の母子の家には兎田がひっそりといて、交渉しているのは隣の家の図。隣の家には、黒澤の部下の中村が犯人役、今村が住人役になっている(この家には人がいない)
家には三人いることにしている(これは兎田が稲葉に三人いると言ってしまったから)
そしてこの場合、警察が確保していた折尾は折尾に成りすました黒澤である。