2017.11.23 黒い睡蓮


『ある村に、三人の女がいた。
ひとり目は意地悪で二人目は嘘つき、三人目はエゴイストだった。』


評価 4.9

モネの睡蓮の有名な村ジヴェルニーで、絵画コレクターでありそして滅法好色な眼科医が殺される。
眼科医は女性に手が早く、村でも有名な美貌の小学校の女性教諭ステファニーにも言い寄っていた。
ステファニーは結婚しておりその夫はジャック・デュパンだ。
また眼科医もまた結婚していてその相手はパトリシア・モルヴァルだ。
この殺人事件が、眼科医への愛憎の絡んだ恨みから来るものなのか、またはモネに関する財団があるので絵画取引での怨恨のためなのか。
事件を担当するセレナック警部はまず女性教諭ステファニーに話を聞くことにする・・・


驚いた。
ただただ、愕然とした。
技巧に満ちたミステリでとても面白く読んだ。
ある部分までは、起こっていることは殺人事件でありそれを捜査している刑事がいるという大筋のところがあり、それプラス事件が起こったのが観光客もやってくるようなモネの『睡蓮』の村であるのでモネの教養小説の趣もある、というミステリになっている。
この部分、読ませるが、あるところまで来ると推理が進まないし、しかも村人の長靴を集める?という捜査方法だし、捜査している警部が美人小学校教師にめろめろになるし(違反だろう!と突っ込んでいた)、折々に挟まれるお節介そうな老婆は一体どういう役割をこの事件で果たしているのか、だし、つまりは、読ませるのだが一体全体捜査はどうなってるのか!犯人は誰なのか!というので悶えながら読むことになっていく。更には何が問題なのか段々わからなくなってくるのだ。
途中の死体消失も、これは妄想なのか?少女の、と少女の母と同じく思ったりする。
途中まで少女の周りの友達が全員妄想の人かと私なんかは思っていた・・・・

巧緻にできたミステリだ。
あるところで、ばくっと真相が割れ、そこから謎が解けていくスタイルのミステリだ。
ただ・・・いくつか私には腑に落ちない点もまたあったのだった。
あと・・・腑に落ちないのとは別に、違反じゃないか・・・と思った箇所もあったのだった。

以下ネタバレ
・最初のトリックは名前トリック。

この村の子どものそれぞれの小さい頃のあだ名が以下の通り
●ステファニー(大人名)はファネット
●ジャック・デュパン(大人名)はヴァンサン

●後に眼科医のジェローム・モルヴァルはカミーユ
●後にジェロームの妻になるパトリシアはマリ

●本当の名前がアルベール・ロザルバは、ポール(小学生の時にジャック(ヴァンサン)に溺死させられた)

・・・・・・・・・・・・・
・次のトリックが、このミステリが時系列に描かれていないということだ。
読んでいる限り、眼科医の死、アメリカ人老画家の死は同時期に起こっているように見える。
またステファニーの夫と、ステファニーと駆け落ちをしようとしたセレナック警部との対決場面も同時期に起こっているように見える。

実際は、
これが全て同列に描かれているので、全て『同一の時期に違った事件が起こっている』と読み手は思う。
けれど実際には、

・老アメリカン人画家ジェイムズの死(ステファニーの子供時代その1)
・ポールの死(ステファニーの子供時代その2)

・眼科医の死(ステファニーが結婚してからの大人になった時代)

というのはこの順番に起こっている。



・奇妙な老女がうろうろしている話がある。
同列に、眼科医が殺された話、が出てくる。
またファネットという絵の上手な小学生の女の子がいて、絵を描いているうちにある老人の男性と知り合う。
彼の名前はジェイムズでファネットの絵を認めてくれているのだが、ある日殺される。
ところが、ファネットが殺された場所に行ってもその死体はすでになくなっている。
しかもこれに関してなぜかセレナック警部たちは気づいていないし動こうともしていない(なぜなら過去の事件だったから)

ファネットの信頼のおける大好きな男の子ポールもまたある日溺れて亡くなってしまった(なぜならファネットが気に入っていたのに嫉妬してヴァンサンが殺したから)
ファネットの好きではない同級生、ヴァンサン、カミーユ、マリも折々にファネットの周りをうろつくのだった。
小学生たちを見つめる小学校教諭ステファニーの姿もまた何度も描かれている、一種執拗なまでに(ステファニーはファネットであるということを隠すため、でも決してファネットとステファニーは同時にいないということにも気づく)
そして事件の捜査をしているセレナック警部は、人妻ステファニーに強烈に惹かれていく・・・

ステファニーとセレナック警部が駆け落ちしようとしているところに、ステファニーの夫ジャック・デュパンが現れる。
そして犬のネプチューンを殺し、先に来ていたセレナック警部に脅しをかけて立ち去らせるのだった。
ジャックは妻のステファニーに偏執狂的な愛を抱いていた。
妻の心はとっくに離れていたが。

この直後、505ページでネプチューンが現れて読者はぎょっとする。
けれど、これは何代目かのネプチューンだった。

・513ページでファネットとステファニーが同一人物である、という驚愕の事実がわかる。
そこから、ステファニーの夫の告白により全てが明らかになる。

・途中でローランタンという老警部が出てきて、なんだかローランス・セレナック警部と名前が似ていて紛らわしいなあ・・・と私は思っていた。しかもローランタンとセレナックは連絡を取り合っているようでもなく、いったいどういう関係で、どういう意図でローランタンは捜査しているのか・・・?と思っていたら。
ローランタンはローランスが年老いた時のあだ名であった・・・

・一人称のステファニー老女語り、で、実際は回想なのにあたかも目の前で見えるように描いている叙述トリックだ。
が、これ、違反っぽい感じもするのだが・・・
なぜなら、最初のところで、時も書かれているのだ2010年と。
だから当然読者はこの老女(後から思えばステファニーの成れの果て)が見た眼科医の死体の話、はこの時点と思うだろう。
ここは回想といえばそうなのだが・・・
一人称、何でもできるなと。

・腑に落ちなかったのは、
アメリカン人画家のジェイムズ死体をもう一度探しに行ったステファニーが見つけられなかったこと。
これに関して、死の床にあるステファニーの夫が移動したと言っているが・・・
ラッキーと言えばラッキーな話であるけれど、そしてこういうこともあるだろうけれど・・・

・ステファニーが夫のジャック・デュパンの異常性にうすうす気づいて、つまりは全くそりが合わず、相手が愛してくれても自分は愛せない、というところも、やや腑に落ちなかった。
ここがもっと夫から逃れられない感じ、とか、夫が勝手に執着する感じ、とか、もっと際立たせればいいのに、と思った。
たまに、勝手にステファニーが不倫をしたと見えるのも確かだ。
2017.11.22


評価 5(飛び抜け)

ちょっと必要があって読み直してみた。
それで、この話、思い切り大人の話、だと思った、諦観が溢れ出ている話だから。
昔から三部作の中でも好きな話の方であったけれど、今読み返してみると、自分が猛烈に好きなんだ!というのがよくわかった。それは私が年をとったからだ、と思う。
希望に溢れている鼻息も荒い10代の頃は、どこかに強くは惹かれるけれど、でもこの真の味みたいのはわからなかった(と思う)。
そして全てを知って読んでいると、この小説、非常に巧みなミステリ仕立てにもなっているのだ。
一方で現代だったらあり得ないだろうなあ・・・という関係性が根幹になっているので、そこはややこの時代、を考えないと理解しがたいかもしれない。

(以下話の筋に完全に触れます)

・・・・
まず最初、縁側の場面から始まる、ここが実に実に印象深い。
近いという字の近がどういう字か、とのんびり妻に聞く夫がいて、それに物差しで近の字を書いて見せる妻がいて、夫婦のさりげない会話がある。
その字がへんてこに見えてこないか?と聞く夫がいて、妻がそんなことはない、と答えている。
今だったら、それはゲシュタルト崩壊ですよ!と何人もの人が突っ込むところだろうが、妻はさりげなくまさか、と答えている。
妻の言葉も会話に出てくるのだが、今読むとこれがわかりにくいけれど、当時の女学生言葉が使われている。
だから妻は女学生のような雰囲気の妻なんだなあ~ということもわかる。
あと、よくわからない佐伯さんというのが出てきてそこにどうやら夫が行かなくてはならいないらしい。
とりあえず郵便を出すか、とそこものんきに夫が出ていく。
そうこうしている内に夫が出ていってそこに弟らしき学生の小六(ころく)がやってきて何やら佐伯さんのところに行ってほしいとせっついているのだ。

・・・・
さて。
ここまで読んで、一体全体佐伯さんって誰?
小六はなんでこんなに兄をせっつくの?行ってほしいって何なの?
そもそも宗助とお米という夫婦はどういう夫婦なの?
ここまでで宗助夫婦に子供はいなそうだが、子供はいないの?

という盛り沢山の疑問がむくむくと湧いてくる。
それ以上に、この夫婦、活気がないといえば活気がない。しかも住んでいるところが崖下って・・・
夫婦二人では話しているものの、他に客も来なければ誰かの所に行くこともない。
しかも、今読んでみると、うっすらとだけれど、お米と小六という二人の関係がちょっとどちらがどちらとは言えないが、思わせぶりがある、というのが見えてくる。

・・・・
この夫婦の成り立ちというのが出てくるのって、かなり後だ。
そこまで崖上の宗助夫婦とは対照的な大家さん一家(子沢山で裕福で闊達な夫)とか、そこに入った泥棒の一件で大家さんと宗助が親しくなったとか、お米が活躍した古い屏風を買ってもらう算段とか(この部分好きで、目に浮かぶ)、それをまた大家さんが買った話とか、が繋がっていく。
比較的すぐにわかるのが、佐伯というのは叔父さんで、お父さんの遺産をいわば食い潰した男、で、本来なら宗助怒るの巻があってもよさそうだが、ここもまた諦観の人、なのだ、宗助は。
わけのわからない叔母さんの(叔父さんは死んでしまったので)言い訳を聞いている宗助を見ると、戦え!と思ったりする。
小六の気持ちがちょっとわかったりするが、でも小六も兄頼みでなくて戦えばいいじゃないかとも思ったりする。
途中で、元気のよい小六が宗助の若い頃と似ている、と記述されているけれど、小六も宗助も所詮いいところのボンボンなのだ。
だから人を激しく罵ったり戦ったりすることができないのかなあ・・・とここまででは思う。
また崖上の大家さん一家は、「もしかしたらあり得たかもしれない自分のもう一つの人生」と宗助が思うような人生だ。
お金に困らず働かなくても良いくらいにあり、奥さんもいて子供たちのにぎやかさに囲まれている。
話好きな大家さんと、口数の少ない宗助の対照がここでも際立っている。
ところどころで、子供がいないというのをお米が苦にしているらしい、ここではこの話はタブーらしいというのもわかってくる。
お米が具合が悪くなった経緯から、これがどういうことだったのか、というのはある程度分かってくる。
(子供の話の中で、お米が占い師に見てもらった話のエピソードもまた秀逸で、これも強烈に記憶に残る)

でもこの夫婦の諦観はこれだけじゃないのだ!

14章に入って怒涛の如く真実が明らかになってくる。
そしてこの14章からの畳みかけの文章が素晴らしいと思った。
ここまでも面白いには違いないのだが、疑問で頭がパンパンになっているところに、こうなんですよ、とお米と宗助の過去をつまびらかにしていくところが本当に読ませる。
お米と宗助は、元々友人の安井と暮らしていたお米がいて、安井の親友の宗助がいてという三人の友達だった。
でも最初にお米を見出して彼女を手中に収めたのは安井だった。
それを奪った宗助がいた。


この事件が起こるまでの宗助の学生時代が描かれているが、この闊達なことと言ったらどうだろう。
人と話すのが好きで、病気知らずで、どこにでも簡単に出かけて行って、気性はまっすぐで親にも愛されていて、しかもまだ父親が生きているので全くお金には不自由しない男だ。
きらきら光り輝いているような誰しも憧れるような男だ。

でも人の女を奪った、という一点でこの二人は日陰の暮らしを余儀なくされる。
(今だったら考えられない、三角関係の痴情のもつれは今でもあるとは思うけれど、人から指をさされ、学校までやめ、ましてや親から感動でお金ももらえなくなる、というのは現代ではほぼあり得ない。
更にもっと現代ではあり得ないと思ったのは、罪の意識というのを女を奪った安井に対して持つ、というところだ。
現代でも悪いとは思うだろう、けれどきっと年月の間にそれは忘れられて行って自分たちの生活に追われていくだろう。)
けれど、宗助夫婦は一生の負い目、として安井とのことを肝に銘じているのだ。
だから父から勘当同然になり、お金がストップされても、それを受け入れるしかない。

また大家さんのところに、偶然大家さんの弟の知り合いが来るというので誘われて、それが実は安井だったというのを知った時の宗助の狼狽っぷりも読みごたえがある。
決して決して妻にはこのことは語らない、最後まで語らないのだ、それは宗助の愛でもあり恐れでもあると思う。
そして妻にはそう言わず、山門をくぐり、禅寺で修行をしようとまでする宗助の動揺ぶりの描写も見事だ。
結果悟りは開かなかったのだが、彼の最後の場面は、また縁側での夫婦の会話で終わる。

・・・・
一生をかけて償っていく夫婦の姿、落としたものなくしたものはあまりに大きいのだが二人ともその大きさには触れない、決して。
安井の名も出さない、ある時を境として。
ひっそりと生きていく諦観に満ち満ちた二人の姿が心に刻み付けられる。

愛情って何だろう?という思いにもとらわれる。
愛していたのだからこそ結婚した夫婦がいて、でもそれは思っていたのとは違った静かすぎる生活であった・・・しかも生活が困難な時代すらあった、あれだけ良い暮らしをしていた宗助なのに。
夫婦の仲は良い、良いがさざなみは静かにこの夫婦の周りに起こっている、それはお米の急な病気だとか(この時の宗助のうろたえ方描写も好き)、自分の管理しきれなかった父の財産の事、そこから波及する弟の学費工面の問題、そして極めつけは、思ってもみなかったところに登場する安井本人の影・・・
一生この夫婦は静かに暮らしていけたんだろうか?
一瞬たりとも破綻のにおいはしなかったのだろうか?
もしかして崖上の大家さんの人生は自分の人生だったかもしれない、と宗助が思う時点で、後悔の多い人生というのを認識しているのだろうか?

私が今とても分かるなあと思ったのは、『宗助夫婦が静かに諦観をもって生きていること』の部分だ。
私が若い時に、この部分がわかるようなわからないような、何でもっと活気をもって生きないのか!と思ったものだった。
誰か友達を連れてくる。
誰かの家に行く。
皆で遊ぶ。
夫婦二人で思い切り羽目を外す。
この夫婦は全てこういう事を投げうって、隠者のような生活をしている、しかも昔とはいえ東京の暮らしの中での隠者だ。
この部分が、年齢を経て読むと、こういう生き方もあるなあ・・・と思えてくる部分なのだった。
ひっそりと生きる。
その小さなさざなみの起こる生活の中で自分を見つめていく。
宗助夫婦は自分達の引き起こしたことに罪の意識を思い切り感じてそこからこういう生活に入っていっているわけだが、それでも二人の生活は綿々と続いている。
この生活もまたあり、なんじゃないか。
今の私はそう思えてきて仕方がないのだ。

同時に、この生活、彼らが50代、いや40代ならまだしもわかるのだが・・・ということもまた思ったのだった。
隠者は何歳でも隠者になりえるわけなのだ。



評価 4.8

前作ミスター・メルセデスの続編。
また懐かしい面々に出会えるし、懐かしい面々のその後、を見ることもできる。
懐かしのホッジスは今は人探しの私立探偵をしていて、ファインダーズ・キーパーズという会社を作っている。
そこの社員がホリー。
ジェロームはハーバードの学生になって帰省しているという設定だ。

今回ミステリという要素もあるのだが、ホラー的な要素も非常に強い、と思った。
特にモリスが迫ってくる様子、待ち伏せしている様子は鬼気迫るものがあった。
血は溢れ出るほど出るし、追いかけられるし、斧は使われるし、完全このあたりスプラッタと言ってもいい。
一方で少年ピートの宝探し場面というわくわくするところもあるし、彼の家族思いかが発端となったほのぼのとした側面も語られていく。
ミステリでありホラーでもあるのだが、ロススティーンとモリスとの会話、ピートと学校の教師との会話などで、文学的な部分もとても楽しめる一冊となっている。
作者がどういう作品を良しとしているのか、というのが垣間見える箇所でもある。

過去に起こった暴走車によって障害を負ったピートの父親。
精神的にはもちろん金銭的なことによりピートの父親と母親の口論は毎日耐えることがなかった。
そんなある日、ピートは偶然木の根の下から一つの旅行鞄を見つける。
そこを覗き込むと・・・そこには、大量のお金と大量のノートが入っていた・・・
そこでピートはこのお金を小分けにして両親に匿名で送ることにするのだが・・・


冒頭はピートの話で始まらない。

強盗モリスが、偏屈な今は引退した作家ロススティーンの家に入り込むところから始まる。
ロススティーンの小説にのめり込んでいるモリスは、金もだが、彼の小説の主人公のその後を知りたいので原稿も欲しかった。
両方を手に入れロススティーンを殺し、相棒二人も殺し、全てが巧く行ったと思ったモリスなのだが、泥酔して一人の女性をレイプしてしまうところからそれが発覚し、刑務所に何十年も閉じ込められることになるのだ・・・
そして仮釈放の日が来た!


モリスの悲惨な人生というのも語られる。
また彼がどれだけロススティーンの作品の主人公に救われていたか、救われたあまりにのめり込んでいるのかというのもまた語られる。
だからモリスにとっては彼の小説が書かれているノートというのは過酷な刑務所でも生きるよすがでもあった。

一方で、ピートはそのようなことは全く知らない。
彼の目から見れば、単純にお金に困った我が家に対しての救世主がかばんの中にあった、ということなのだ。
けれど、ここで特に重要なのは、ピートもまた文学好きの少年でロススティーンの小説に魅せられた一人であったということだ。
だから彼はこのノートの重要性が(お金でいくらというのはわからないにせよ)おぼろげにわかったのだ。
また読む楽しみというのも同時に彼にはあった←結局彼しかこのノートは楽しめなかった。

・・・・
しかし問題はピートの妹の進学資金まで現金が続かなかった、ということだ。
家族思いのピートは何とか妹の資金を捻出したいと思い、悪徳の古書店主アンディのところにロススティーンのノートを売りに行くのだが逆に脅迫され悪夢を見ることになる。

この話、偶然が色々ある。
そこが作りすぎという感じもするのだが・・・
・まず、モリスが住んでいた元の家、がピートの住んでいる家であった。
・そもそもモリスとピートは同じ町に住んでいたので、時間の違いはあれ、モリスは土地勘がある。
・古書店主アンディは、モリスとかつて友達であり、アンディの奇妙な助言で盗んだノートが簡単に売れると思ったモリスがいた。
・ピートの妹ティナがかつて親友だったのがバーバラで、バーバラはジェーロームの妹。
なので、ジェローム、ホリー、ホッジスという三人組にここで出会うことになる。

・・・・
点であったモリスと、もう一つの点であったピートが重なり合う時点が非常に怖かった。
ここに入るな!と読みながら思うのだが、ピートは入ってしまう。
そこで見たものは・・・

ラストとても印象深かった。
そして次巻がラスト、おそらく・・・あることが起こるだろう・・・

以下ネタバレ
・古書店でピートが見たものは、血まみれになった古書店主アンディの姿だった。
そこから抜け出すためにピートもまた斧を強盗モリスに投げつける←血まみれ。

・モリスがピートの妹のティナを人質にしたところで、ティナは殺されると思った。
また、ピートの母に銃口を向け発射した時点で死亡した、と思った。
(頭蓋骨で済んでいたらしい)

・何度も何度もモリスが侵入し、「そのもの」を見て、踏み台にまでしている箱、が
まさかピートが「あのノート」を入れている箱だった。
この場面もぞくぞくする。

・この使ったお金についてはどうなるんだろう?
誰かに返すことになるのだろうか?

・ホッジスの体の具合があまりよくないようなので、次巻・・・危ないと思う、ホッジス。

・前話で捕まえて今病院にいるブレイディは、脳の損傷により、ポルターガイスト的なことができるようになったのか?
彼は今、本当は意識があるのか?
2017.11.12 アナログ




評価 4.2

恋愛小説・・・という触れ込みで確かに恋愛小説だが・・・

よくわからないのだが、作者が照れながら書いているのだろうか?
文章のそこここにそれが伺える気がしてならない。
でもそれは本人を知っているからそう思ってしまう自分がいるのか(というのがよくわからない)

文章は失礼ながらそこそこは読ませる。
が・・・

幼いころからの親友が二人いて、独身で、仕事もバリバリやっているデザイン事務所に働くサラリーマンの悟。
彼が偶然出会ったみゆきという女性に強烈に心惹かれるのだった。
彼女は文学音楽映画に造詣が深く、悟の生きてきた世界とは違った世界に生きているようだ。
木曜日ごとの逢瀬を楽しみにする悟。
一方で悟は余命いくばくもない母が施設におり、苦労を掛けた母のことを思うと胸が詰まるのだ。


が・・・
途中で入る、友達との会話があまりに下品だ。
ここが照れているのかなあ・・・恋愛小説を書いているということに、と思った箇所だ。
もし照れていないのなら、面白くもない下品な会話を延々と続けていくどういう意味があるのか?
下ネタ全開の会話をしているので、この親友たちがどんなにそのあと言い働きをしてみゆき捜索に向かってくれても、なんだかなあ・・・という気持ちが拭えない。

あと後半いろいろわかってくるのが、唐突、としか思えなかった。
更にそのあとの展開もまた。

以下ネタバレ
最後みゆきが意外な過去の持ち主で、結婚歴もありしかもかつて海外在住の有名なバイオリニストだったということまでわかる。
木曜日の逢瀬に間に合わせるために交通事故って!
いきなり事故でいきなり意識がなくいきなりこの人の介護・・・
これって映画のめぐり逢い?

ううむ・・・
2017.11.11 花嫁の叫び


評価 4.7

映画界のスターのそれはそれは素敵な男性と北岡早馬と結婚する。
幸せの絶頂にいた伊津子・・・
北岡は再婚であり、彼女の前妻は数か月前謎の死を遂げていた。
その屋敷に行くと、前妻の貴緒の事を慕う和服の女中頭の佐起枝他、舅 居候、庭師等がいて、口々に前妻の事を誉めそやす・・・
この物語に合わせて、新しく書かれた花嫁の叫びという脚本の通りに映画が進められていく・・・


この話を読み終わると、(最初から私は気づいていましたよ!)と言いたくなる。
そういう気持ちに駆られるのだ。
事実私もそう思っていた。
けれど、よく考えてみれば、気づいていると思っているのは、『うっすらと違和感を感じていた』のレベルで、真相にはほぼ全く気づいてはいなかったし、この語りの技術に翻弄されていたのだった。
疑惑の点、はある。
でも点はいつになっても点であって、自分の心の中によどんでいて、線にはなっていない。
最後まで読んでみると、それがあたかも線になっていたような印象を持つ(だから最初から分かっていたと錯覚する)そういうミステリだった。

恩田陸の解説にもあるように、このミステリは、ある小説もしくは映画を見ているといないかで全くサスペンス度が違ってくる。
そのバイアスがかかっているかかかっていないかで、このミステリの読み方が変わってくるのだ、それも強烈に。

冒頭の方から、けなげで初々しい新妻が徐々に北岡の人生に巻き込まれていくという様子が描かれている。
かなり癖のある映画界の人々の思いやりのない言葉の数々があり、誰も彼もが絶世の美女で傲慢すら許されていてそれでも人をひきつけてやまない早馬の前妻貴緒の事をあらゆる意味で懐かしんでいる。
こんな中、それを聞いている新妻も大変だ。
頼りになるのは、夫の北岡のみなのだが・・・

ただ、風俗的なことでやはり今とは違うなあ・・・と思った部分は多くあった。
ハネムーンがホネムーンだし(英語をそのままローマ字読みした?)、
何よりも、ピアスをしているというのが全く普通になった現代では、ピアスをしている人自体がそんなに珍しくないのでここも時代を感じるだろう。

以下ネタバレ
・ゴシックっぽい作り、で、新妻が前妻のいた館に行き女中頭に虐められるという構造は、恩田陸も指摘するように明らかに『レベッカ』を意識したものだろう。
それが下敷きになっているのだろう。
だっから、あの小説で新妻がけなげだったように、この新妻伊津子もけなげである、というバイアスが当然かかる、レベッカを読んでいる人には。
十分この文章だけでもけなげだけれど、それを一層強固にするのがレベッカの影、なのだ。

・犯人は、伊津子。
彼女が前妻を殺し、前妻の愛人も殺していた。
前妻から早馬と伊津子の不倫を持ち掛けられる伊津子。
それは前妻と彼女の愛人との共謀であったのだった。しかし伊津子はそれを
途中の毒殺も企てた(佐起枝に伊津子の正体を気づかれたため佐起枝を殺そうとたくらむ、がやめていた。しかし佐起枝は自分自身でそうとは知らず毒杯をあおってしまったのだった。)
2017.11.06 屍人荘の殺人


以下ネタバレ含みます

・・・・・・・・・・・・・・・

評価 4.4

大学生サークルが集まって(合同とはいえ)別荘に来てそこでクローズドサークルが発生する、
その発生の仕方が今までにない斬新なものだった、

という作りなのだ。
冒頭の方から、ちょっと昔の学生アリスのような趣もある推理会話が並んでいる、明智君(!)と葉村君という二人のミステリ愛好会、の二人の会話が。
葉村君の視点で進んでいくのだが、どこかで明智君の名前について突っ込みがあると思ったけれどそれはない、あるものとして捉えられている。
ここに美人の学生探偵らしき剣崎比留子が加わって(というか彼女が加わらせて)、前年何らかの事件が起きたらしい映画研究会の合宿に参加することになるのだ。

クローズドサークルの館の作り方って今までいろいろある。
簡単なのでよくあるのは、雪に埋もれて全ての情報が遮断され孤立状態になるというクローズドサークルだ。
または豪雨で橋が落ちて分断されるといういわば気象系で遮断されることが多い。
ところが。
この話、もう一つ別の犯行を行っている人間がいる話がある。それが途中途中に不気味に入ってくるのだが、注射によってゾンビのような状態に人をして音楽フェスの場から次々と感染者を広げていくという途中からゾンビの話になってくるのだ。
肝は間違いなくここであり、この話、
「ゾンビによって一軒家の二階三階まで押し上げられた(一階はゾンビがひしめいているので行けない)究極のゾンビクローズドサークル」
なのだ。
ここが面白いと思う人はこの話に乗れただろうし、私のようにゾンビそのものが苦手な人はここでかなり溜息をつくだろう。

別荘でも殺人が起こっている、ゾンビとは関係ない時点で。
けれどゾンビが発生して追い詰められたことにより、犯人も頭を使ってゾンビを利用しようとするし(何しろ犯人にとってはゾンビは想定外、なのだから)、犯人以外の人たちにとってはゾンビには追いまくられるわ、犯人はこの中の誰かだわ、という悲惨な状況になるわけだ。

面白いところ、といえば、ゾンビに追い詰められてからのエレベーターのトリックなどは楽しく読んだ。
ゾンビを上まで来させるけれどまた下におろす方法とかの彫像を使った重さのトリックは面白い。
また部屋の電気がカードキーでついたり消えたりするところから、一時的に音楽が止まったというところに目をつけて真相を推理するところ、カードのすり替え、いうここのトリックも非常に面白いと思った。
またアナログ時計とデジタル時計の違いで、時間の言い方が違うところから、発見した事実というのも読ませた、確かにデジタルってこういう曖昧な言い方はしないなあとうなずいたのだった。

・・・・
この話、もう一つ私が乗り切れなかった最大の原因は、そもそも去年のこの合宿とやらで、女子学生への暴行事件が起こっていることだった。
これは最後までもしかして勘違いだった?という作りを期待していたが、それどころではなく、その暴行事件のために自ら命を絶った先輩の敵討ちのためにここに乗り込んできたという犯人の言葉を聞いて、ああ・・・何ということだ・・・と思った。
つまり昨年の馬鹿者によるレイプによって自殺者が二人出てるってことだ。
暴行事件が起こったところに、同じメンバーがいけしゃあしゃと現れる(持ち主とその友達の大学OBってどこまで鬼畜なんだ!)今度は新しい獲物を狙って。
このあたりどうなんだろう。
ベースになってる部分がこれなので、読んでいてかなり辛かった。
ここにそれを承知で皆を誘う映画研究部部長の進藤は、就職のためとはいえ一体どういう神経をしてるんだろう?しかも彼女連れって・・・(この彼女がゾンビにおかされ、進藤がそれをこっそり部屋で介抱していたがそのまま彼女にやられた話が後からわかるが、自業自得!と私は思った)

よくわからないのが、
犯人の静原さんの気持ちが、殺しに至るまでが見えなかったのだ。(彼女があんな三人殺して当然です、というのは私も大いに同意するのだが、殺して当然と実際自分が殺す計画をするのとはおおいに違うと思うので)
尊敬する先輩がそういう自殺をしました、原因はこれだったのです、というのはわかったのだが、殺人に至る強烈な動機というのが彼女の言葉の中に見えなかったのだ。
これがまだ姉、とか妹ならわかる、それは肉親だから。
肉親以上の何かモチベーションを犯人側が強烈に持っているかどうかというのがちょっとばかり薄いかなあと思った。


評価 5

表題からわかりにくいのだが(表紙の副題と写真でわかる感じもするけれど)、ナチ政権下のドイツにいた子供たち、ではなく、『ナチスの人たちの実際の子供たち』という意味だ。
衝撃だった。
破壊力のある本だった。
なぜかというと、心のどこかで
(ナチスの子供たちは、当時子供だったので自分の父親ないし母親がどういう事をしていたか知らない。だから知った時に、衝撃を受け、自分を恥じ、自分の出自を隠し、親を恨み、自分の生活が何百万の死と引き換えにあったことに吐き気を催していた。その後生き抜くためには、改名し違う人生を選択していた。自分は関与していなかったとはいえ、決して明るい人生を歩むことは出来なかった・・・)
というストーリーを私が無意識に考えていたからだった。
それが・・・

まず、沢山のナチス高官がいるので、沢山の子供たちが出てくる。
しかも子沢山で兄弟姉妹が多くいる家もある(国策でもあったので)
この多くの子供たちは、家での父を見ている、家でいかに自分を可愛がってくれたかという父を。優しかった父を。良き家庭人であった父を。
彼らは怪物でもなんでもなくて普通以上に素晴らしい人間であった、子供たちから見ると。
(このあたりは、この本にも出てくる大論争をかつて引き起こしたハンナ・アーレントの『イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』に通じるところだろう。しかも実際にこの本では、子供たちが証言しているので信憑性が高いしよりリアルである。)
その父が外に出て指一本でユダヤ人の子供たち、または老人、または女性をガス室に送っていたという事実を知った時、人によって反応が様々なのだ。

ある子供は、父の姿を知っても崇拝している、どころか、無罪を信じ(!)その意志を継ごうとすらして極右に走っている、またこれに追随する人たちも現実にいる、彼女もしくは彼をあがめようとする危険な集団が。
ある子どもは、父がそういう事を行ったのは、ヒトラーのせいであり、自分の父親は単に巻きこまれたのだ、と父を正当化しようとする、ヒトラーが全てを掌握していたとは思えないのに。
ある子どもは、全てが間違いであって、虐殺も何も虚構でありなかったことなのだ、だったらそこからなぜ生存者が出てきたのだ、という話を信念とする。
そしてある子どもは、父のやったことに嫌悪感を持ち、父の名前でいつか自分が裁かれるのではないか、見つかるのではないか。という恐れに直面している(この反応が一番私が想像していた反応だった)

驚いたのは、ほぼ全員が改名していないことだ。
しかもありがち、な名前ではおそらくない名前なのに。
ヒムラー、ゲッペルス、ヘス・・・その名前を言えば、誰もがナチスを思うのに改名してない、それによってトラブルも現実に起きていて、ある者は学校を拒絶され、ある者は職場で拒絶され、ある者はホテルで拒絶される、拒絶の嵐なのだ。
それでも、改名しないこの気持ちはどこから来るのだろう。
しかも海外では名前+苗字をそのまま父から引き継ぐこともあるので、ナチスの父とそのまま同じ子供、というのもまたいるのだ。それでも改名しないとは。

共通しているのは、豪奢な暮らしから終戦に至る時に劣悪な環境に転落し、父は銃殺もしくは亡命、母は投獄もしくは監禁、そしてそれに伴って自分も投獄されるまたは親戚に引き取られるという苦難の道を戦後歩むことになるのだ。
母がゲットー地区に行って、素敵な工芸品を強奪してきたのを実際に自分の目で見ていた子供がいる。
家の庭でユダヤ人遊びをして、お父さんに怒られた記憶のある子供がいる。
家の中の使用人に何をしても怒られず、でも自分は使用人と仲が良いと思い込んでいた子供がいる。
アウシュビッツの近くに住んでいて庭のイチゴをそのまま食べてはいけない、洗いなさいと指導された子供がいる(アウシュビッツからの『灰』が飛んできていた、という事実を読んで私は愕然としたけれど、これを後年知ってこの子(知った時には大人になっているにせよ)は吐かなかっただろうか?)

彼らの両親との(父親母親同士が仲良かったか悪かったかは別にして)豪華な思い出は数限りなくあるのだが、後半の生活の落差があまりに激しい。
牢獄で他の高官の妻と知り合う自分の母親の姿もまたある。
(牢獄の他高官の妻の苗字で、フォン・シーラッハの名前が何度か出てきたので、あ!と思った。おそらくこれは、あの作家のフェルディナント・フォン・シーラッハの祖父の奥さんだろう。彼は祖父がナチ党全国青少年指導者と公言はしている。)

・・・・
現実、があり、人の心の動き、というものがある。その、人の心の動きというのは私の軽い想像などぶっ飛ばしてくれるものなのだ、ということがよくこの本を読んでわかった。
ホロコーストにあった側、そこから辛くも生き延びた側、の話は小説にせよ実録にせよ読んできたのだが、こうして加害者側の生の声というのは自分の奥底を揺さぶられる感すらした。

・・・・・・・・・・・・・・・
・ハイリンヒ・ヒムラー・・・警察機関一切を把握。ナチス親衛隊(SS)長官でユダヤ人の絶滅計画を推進実行。(自殺)
・ヘルマン・ゲーリング・・・一時期ヒトラーの後継者と目される。空軍元帥で最終は国家元帥。ユダヤ人絶滅に関与。(死刑判決後に服毒自殺)
・ルドルフ・ヘス・・・親衛隊大将。単独飛行で英国に渡り仲介しようとして失敗。(終身刑)
・ハンス・フランク・・・ポーランド占領後のポーランド総督になりクラクフをはじめとして多くのポーランド人を虐殺。(死刑)
・マルティン・ボルマン・・・ヒトラーの側近と個人秘書。ヘス失脚後、官房長となり絶大な権力を持つ(南米に逃亡と言われていたが服毒自殺説もある)
・ルドルフ・ヘース・・・アウシュビッツ収容所所長(死刑・上の親衛隊大将ルドルフ・ヘスとは同名異人)
・アルベルト・シュペアー・・・ヒトラーと一番近かったと言われている建築士。後に軍需大臣。(20年の服役の末釈放されたのち心臓発作で死亡)
・ヨーゼフ・メンゲレ・・・アウシュビッツ収容所の囚人を囚人を用いて人体実験などを行使。(南米に逃亡したのち、水泳中に死亡)
2017.11.05 月明かりの男


評価 4.6

今の目で見るとあちこちで、それはないだろう!と突っ込みたくなるところがあった。
古き良き時代のミステリだからだろうか。
そこはそことして。
相変わらず、掴みはオッケーであって、最初から
『警視正が飛んできた紙を拾うとそこに奇妙な殺人計画が書いてある』
というキャンパス内の出来事が描かれ
それとともに、一人の亡命科学者と知り合いになる、そして彼の実験室こそがその殺人計画の場所であった・・・更にここで彼は重要な発言をしている、自分が死んだらそれは自殺ではなく他殺である、と。
といういわば、後半に至ると全てを暗示している話が描かれている。

しかも紙に書いてあった指定の午後8時にとりあえず警視がその場所に行くと
拳銃の音がして、それはマッドサイエンティストというべき男が
自分の子どもを実験台にして、爆音を立てて実験をしている最中だった・・・

ここまでで心をがしっと掴まれる。
更に、この後、拳銃盗難事件が起こり、学生が暗い中タイプライターを打っていたり、冒頭の亡命科学者の死体が見つかるに至って、目撃者の証言が集め始められる。ところが、三者三様過ぎて話にならない、全員が走り去っていく犯罪者らしき人の姿を月明かりの中で見ているのだが、全員が違うのだ、容姿も違うし、性別すら違う。一体誰が嘘を言っていて誰が真実を述べているのか。また嘘を言っている人はなんのために嘘を言っているのか。また殺された亡命科学者は自殺なのか、他殺なのか。

ここに精神科医ウィリングが登場し、この矛盾に満ち満ちている事件を解決しようと乗り出してくる。

・・・・・・・・・・・・・・
中盤以降、嘘発見器、言語連想検査、が出てくるに至って、ちょっと失速の感がある(ここが現在の目で見るとわくわく感が少ない、嘘発見器や言語連想検査がありふれているということで、目新しさがないし価値が下がっている。)
(また亡命科学者がダッハウの強制収容所から逃亡してきたユダヤ系の男性という設定なのだが、この作品が発表されたのが1940年)
亡命科学者がかつてウィーンで迫害された時に、ナチスの若者に実験室に踏み込まれて研究装置を壮絶に破壊され自分は収容所に入れられたという描写もまたある。
更にこの亡命科学者の秘書をしているギゼラという美しい女性は、ウィーンからの亡命の時に、自分の心が揺れ動いた話をしている。
このあたり、直接ミステリの謎ときには関係ないのだが、非常にこの時代の風俗等を実感として読ませるところでもあった。

以下ネタバレ
・犯人はソルト博士。
自分の妻をも殺した、愛すると見せかけて。

・しかしとても重要な証拠が、タイプライターの違いとは・・・(フランスとアメリカは違うらしい)
腑に落ちるような落ちないような。

・途中で謎の幽霊が出てくる(lこのあたりの描写もまた面白いには違いないのだが)
面白いのだが、実は真相が夢遊病、夢遊病って・・・ここなども時代を感じさせる。
これを出したら、何でもありになるのではないか。

・嘘発見器を拒むか拒まないか、でその人の心理状況を想像するというのもなんだか乱暴・・・
嘘発見器を信用している、という前提がなければこの話が成り立たない。
そして今の目、で見ると、嘘発見器がさほど絶対性のあるものではないと思っているので。

・この話の中で一番の感動は、
ギゼラが登場した話であること!
別作品で出てくるので、最初のウィリング博士とのこういう出会いだったのか!!
一方で彼女とキスを唐突にするというのをこれではじめて見たら、職権乱用?まだ彼女も犯人かもしれない?とか色々思う、そして他作品を読んでしまった読者側としては、他の作品を読んでしまっているので、ギゼラが犯人から当然抜けてくる、という残念さがある。
2017.11.02 漫画番外編


全く連載中も読んだことがないので、危惧の念半分以上という気持ちで読み始めた・・・
ああーすごくすごく良い!!!

途中で何度か声を立てるくらいの勢いで笑わせてもらったし、全く逆の感情で泣きたい場面もあった。
作者の矢部さんは、自分でも自虐的に書いているけれど、「おとなしい」芸人さん。
何度かテレビで見ているが、細い、おとなしい、影が薄い(失礼)ぐらいの印象しかなかった、私にも。
その人がこんな名作を!

彼の独特のペーソス溢れるものの見方とかなんて真っ当なんだろう!
彼の普通に暮らす感覚、普通に物事を扱う感じってなんて自然なんだろう!
これは、
『二階に矢部さんが店子としていて、一階に大家さんが住んでいる』
という奇妙な一軒家の同居の話だ。
最初のうち、87歳になる大家さんの電話とかで戸惑う。多分ちょっとうざいと思ったに違いない、普通の人だったら絶対にそう思うから。
借り手と貸し手の関係で、ここまでぐいぐい来られて、外に出ている洗濯物の心配までされて挙句はとり込まれて・・・絶対にうざい、干渉しないでくれと思うだろう。
けれど、矢部さんはそれを思っても、困ったなぐらいでふわっと受け止めている。
どころか、だんだん大家さんに近づいていっている。

毎月の家賃支払いの時に、家にあがってお茶を飲む矢部さん。
昔の戦争の話を聞く矢部さん。
初恋の人の話を聞く矢部さん。
綿あめを食べたことがない大家さんに綿あめの機械を買って一緒に食べる矢部さん。
なんていい人なんだ!!
なんて優しい人なんだ!!
極めつけはいっしょの旅行であった。
え、大家さんと一緒の旅行?と思うのだが、この流れを見ているとそれが全く不自然ではないということがよくわかる。

・・・・・
私がほろっと来たのは、誕生日の話だ。
矢部さんの誕生日、おはぎに仏壇のろうそくって、笑いながら泣けた、大家さんの心意気に。
そして大家さんの誕生日に矢部さんの贈った素敵なもので、大家さんが大喜びしている図にも泣き笑いした。
大笑いしたのは、センサーの話、で、大家さんがずうっと矢部さんがつけたり消したりしてくれていると思い込んでいて感謝していて、それを矢部さんがそこまで暇では・・・と思うところもくすっと笑ったし、センサーの前でやり取りする場所が檻のようなところに思えれば思えてそこにも笑ったのだった。

大家さんがソファに座っていて、長い間座っていてすぐに立ち上がれない話、も泣けた。
老人がすぐに行動できないで、それをごまかしながら話を続けて
何度かよっこいしょと立ち上がろうとしてやっぱりだめでまた話を続けて・・・
この姿を矢部さんが温かい目でまっすぐに現実を見ていて、そしてきちんと描いているところに泣けた。

あと突拍子もないちゃらい後輩。
これが意外に曲者で、大家さんを笑わせるという技を仕掛けてくる、これに対する矢部さんのほのかな嫉妬というのも実にわかったのだった。
自分が懸命にやってることが外れ、この後輩の方が大家さんを笑わせている事実。
彼が病院に持ってきたお菓子の方が喜ばれた事実。
こいつめ!なんでこいつが!というのが見て取れたのだった。

ごきげんようという大家さん。
伊勢丹が御用達の大家さん。
若い頃は海外旅行にも行かれていた大家さん。
経済的には非常に恵まれていると拝察するけれど、彼女の可愛げのある様子というのがこちらにもほのぼのと伝わってくる。
死というのが遠くないとご自分自身も自覚していて、この中でも入院というエピソードがある。
住んでいた一階が静かになって誰もいないという状況に矢部さんがうろたえる感じが、この絵から伝わってきた。
また、道の途中で偶然大家さんを見かけると、普段より小さく見えたという点描も効いている。

・・・・・・・・・・・
矢部さん、お父様が絵本作家というのは初めてこれで知った。
脈々とその血を受け継いでいるようにも見えた。
一見、この表紙だと、絵が雑のように見えるけれど、本を開いてみると意外に背景が詳しく描きこまれている。
何もない場面は何もない意味がある(というのが頭がいいんだろう)

最後の最後で表の表紙をとって、後ろ表紙のところを見ると、大家さんの絵と言葉が!
ここにもふくっと笑ったのだった。
2017.11.01 2017年10月漫画

あの、あの坂口安吾の
あの、桜の森の満開の下、を
よくぞ漫画にした、と思いました。
すごい、これ。

桜の森のざわめきとかそこに呆然と立っている姿とかうしろを振り返ってみる姿とかが際立っています。
また、
後半の常軌を逸した行動に出る女の姿も奇々怪々なのがこうして漫画になると壮絶であって・・・

これと対を成して発行された
こちら。

実は上の桜の森~の漫画家の衝撃度が大きくて
こちらはまだ読んでないのですが。
きっと期待にたがわぬ作品だと思います。
(文庫化、らしいのですが、初めて文庫で読むことができました、私は)

(そしてぜひとも再読したくなったのが

これ、上記二冊の原作が入っています。

(私のささやかな希望は
このまま近藤ようこさんの
青鬼の褌を洗う女、の漫画化も見たいなあ・・・
戦争と一人の女も漫画化してほしい・・・と思ったらこちらは既に彼女の手によって漫画化されてました。
読みたい!