FC2ブログ
2018.10.22 タンジェリン


評価 5

とても面白く一気に読んだ。
濃い心理サスペンス小説だ。
舞台がモロッコという特殊な場所なので、それが効果を否が応でも盛り上げる。

読んでいて、あれとかあれとか色々な本を思い出したが、その本たちと一線を画しているのは、これが『タンジール』というねっとりとした暑さにまつわりつかれる、そして物乞いが横行している人の多い街であったこと、というところだろう。
ローズとルーシーという二人の女性が語りを交互にしていてほぼこの二人の心象風景と出来事に終始している。
が、もう一つの主人公は、タンジールという街なのではないか。
独立する直前のタンジールの喧騒、怪しげな人たちの横行、そこにいる現地の人と欧米達の対立・・・
だからこの話、ローズとルーシーとタンジールの三つ巴の話、と思えたのだった。

またこの話の怖さ、は自分の信じる話を誰も周りが信じてくれない、という怖さだと思う。
サスペンスでよくあることだが、自分だけは真実を知っているのだが何らかの事情(本人が精神を病んでいるのでそれは違うと思われたり、別の証拠が出て来たり、全員が嘘をついていたり)で認められない怖さだ。
誰か一人でも信じてくれる人がいたら!
アリスの叫びたいような気持は痛いほどわかった。

・・・・・・・・・・・・・・
モロッコのタンジールは欧米からの独立を目の前にして騒然としている。
そこに夫のジョンと共にアメリカから移住していたのが、資産家のアリス。
彼女は一歩も部屋の外に出ようとしていない。
そこに突然大学時代のルームメイト、ルーシーが訪ねてくる。
そしてアリスとジョンの家に逗留することになった・・・
この二人はあること以来、疎遠になっていたのだった・・・


ルーシーとアリスのほぼ交互で語られていくので同じ場面を二人が語っている場面もある。
そして、アフリカに訪ねてきてくれた友達のルーシーを完全に喜んでいないアリスの姿から、(きっとこの二人には何かあったのだろう・・・)と読み手は推測できる。
けれど何があったかはちょっと先までわからないままに話はどんどん進んでいく。
読んでいて、(アリスの頭がおかしい?)(アリス、気にしすぎ?)(アリスは何を?)とアリス部分がよくわからない部分が多くあった(最後まで読むとわかる)

進んでいく中で、二人のこのような特質がわかってくる。
・アリスは神経質でおとなしく従順で両親は死亡しているものの、いいところのお嬢さんで、叔母に今は信託財産を預けて庇護されていて、今は夫に庇護されている。が、経済的には富裕であり、夫の遊興費も全てアリスが出していた。
タンジールになじめずずうっと部屋の中に引きこもっている。
夫ともうまくいっているとはいいがたい。

・ルーシーは、貧困層の生まれであるらしい。が、頭が切れ闊達な女性で一人で街歩きもすれば、市場にも首を出してすぐにタンジールの町になじんでいく。その中で、ペテン師として有名なユーセフという現地の男とすら交流するようになった、しかも気まぐれからアリスと名乗って。

・・・・
アリスとルーシー。
二人が心を寄せあった大学時代の話が途中で入れられて、二人がお互いに魂の双子のようにお互いを認め合ったというのがわかってくる。
しかし・・・・ある出来事が二人の仲を永久に裂く・・・

読んでいて、ルーシーに対する気持ちというのが私の中で変化していくのが面白いと思った。
最初、(引きこもっていたアリスを心配してくれて外に出してくれる親切な人)であり、そのうちにそれが過剰になっていき(これは女性同士の友情を越えた愛なのかもしれない)と思いはじめ、(もし仮にそうであっても彼女ほどアリスを考えてくれる人はいない)と思っていた。ところが大学時代の過去をアリスが思い出している時に、これが全て崩れるのだ、(もしかしてルーシーは?え??アリスがそこはかとなく忌避するのはここから来ていたのか???)
ルーシーに対する好意から微妙な感じになり、ええ、そうだったのという嫌悪感を引きずり出すという手腕がすごいと思った。

アリスを街中で案内している過程で、アリスの夫が浮気をしているのを見つけたとしても、それはそれで仕方がない。
ルーシーは前と変わらない情熱で、なんとか大学時代の二人に戻りたいと熱望している。
アリスとルーシーと二人で夫のジョンを置いて、この地を抜け出そうと提案したりする。

途中でルーシーがアリスの服を着る、それをアリスに見られてしまう、という場面が両方から語られている。
アリスのにおい、アリスの雰囲気、それを身にまとってルーシーが陶然としていた姿・・・この場面(服を着て鏡に映す場面)、太陽がいっぱいでもあってその場面を強烈に思い出した。

アリスが非常に神経質であり、両親の死から神経を病んでいたという描写もあり、彼女が叔母によって庇われて生きてきた、そして今は旦那さんによって庇われていた、というのがよくわかる。
混沌とした政治状況下で今にも暴動が発生しそうなタンジールの町と、やはり混沌としている精神状況のアリスがオーバーラップしていく。

・・・・・
この小説、後半の畳みかけが凄まじい。
大学時代の死亡事件はそれはそれで驚いたのだが、そこからのルーシーの動き、茫然としているアリスの姿が映像を見ているようだった。


以下ネタバレ
・ルーシーとアリスは大学時代に一人の富裕な男性と知り合う。
アリスはその男性トムと恋をして婚約した。
婚約したことによって、アリスはルーシーと距離を置くようになるがルーシーは友情以上のものをアリスに感じていたのでそれが許せない。そして車のブレーキを細工して、トムと同乗者のアリスがそれに乗り、
トムは死亡、アリスは辛くも一命をとりとめる。
このことをアリスは最初から疑っていてルーシーではないかと思っていた(と訴えるが誰もきいてくれない)
事故直後から行方をくらましたルーシー。

・ルーシーは稀代の嘘つきであり、貧しい両親が死んだとアリスに嘘をついていた、そもそもの出会いの最初から。
アリスの信託財産を管理している叔母に取り込み、別の名前ソフィを名乗り、タンジールの彼女の住所を聞き出し乗り込んでいくのだ。ただひたすらアリスを自分のものにしようとするために。

・ルーシーはアリスと大学時代の初期のような仲良しに復活したいと思っていた。
ところが、アリスはトム殺しを疑っていたので、自分を開放していないで、しかも二人でモロッコ内で旅行にようやく行った時に途中まで調子よくいっていたのだが、途中であの事故はブレーキがという口を滑らすルーシーがいた。
ブレーキが悪くてというのは誰も知らないし発表されていない犯人のみが知る事実だったのだ。
ここでアリスはルーシーが犯人と確信する(と同時にここまであやふやだった読者も確信する)

・ルーシーはジョンをも断崖の上から落として殺す。
このあと、画策をして、自分がソフィというかつての友人のふりをして、アリスの叔母の前に登場する。
(アリスの叔母はルーシーという名前は事故当時にアリスから聞いていたのでわかっていた。けれどソフィは聞いていなかったので受け入れた。しかもパスポート偽造までされていた)

・ここからルーシーはソフィになる。
全くアリスの言い分は誰にも信じてもらえなくなっている。
神経を病んだ人の扱いになり、その施設に収容されるようになっている。

・そしてラスト、ルーシーは今度はアリスになって全ての信託財産を受け取ることに成功する。
ルーシーがあれほど愛したアリスはもう廃人に近くなっていて、ルーシーの愛は冷めていたのだった。


評価 5(飛び抜け)

非常に好みの本だった。
と同時に、読む前に想像していた本と全く違っていた本でもあった。
言葉の一つ一つが巧緻に張り巡らさせていて、ただただストーリーを辿るだけではない物語を読む喜びを味合わせてくれる一冊だった。
読んだ直後はもちろん、読んでしばらくたっても心の中で全裸で屋敷を歩いていた女の子の姿が目に浮かんだ。
特別な一日、というところでキャサリン・マンスフィールドの園遊会をふと想起した。

1924年の3月にイギリスのとある屋敷のメイドが、マザリング・サンデーという休暇に違う屋敷の三男と逢引きをすることになった。
彼らの関係は7年前から始まっていた・・・
そしてメイドは全裸で知らないその屋敷を歩き回るのだった・・・


これだけ読んで、イギリスの階級社会の話、だと想像していた。
勿論その面は強く出ている、何しろ片方は超がつくお金持ちの坊ちゃんであり、片方は孤児のただのメイドなわけだから。
どう見ても、坊ちゃんがメイドをもてあそんでいる、結婚するまでの間、としか見えない。

が。
この話、階級差の話だけで終わらないところが素晴らしい。
彼らがいかにこの逢引きの秘密を守ってきたか、メイドのジェーンがいかに賢い使える子だったか(失礼ながら尊大な子の坊ちゃんの数倍頭がいい)、それに対し近くの屋敷の坊ちゃんのポールは兄を二人戦争で亡くした事を背負ってはいるものの自らの境遇を何の疑問もなく受け入れていた男だった、というのも途中までの記述で十分すぎるほどわかるのだ。
人称がわたし、であるところも、彼女であるとこもあるし自由自在に変化していてそこに全く違和感を感じさせないところも読ませる。
また、これは過去の話であり、現在のジェーンらしきおばあさんは既に年老いており何らかの功を成しているということもまたわかる。
だから現在の視点と過去の視点とがこれまた入り混じりほろ苦くそして美しい三月の『ある一日』を鮮やかに描き出してくれている。
何より私が途中のある一文でひっくり返るほど驚いたのは、82ぺージの最初から二行目だった。
ミステリではないが、ここでミステリのような要素が出てくる、ええ!この展開は!!!いったい!!!

・・・・・・・・・・・・・
密会を果たした後、男の側のポールは当然のように2週間後に結婚する婚約相手との待ち合わせに堂々と車で行く、という事をじいっとしていてまだ全裸でベッドに横たわるジェーンに告げる。
(ほら、ポールは尊大だ・・・そして頭悪いのがわかる・・・)
全裸で動こうとしないジェーン。
そしてついには、身支度を整えた(この場面も非常に印象深い、ズボンをはくのに大変時間がかかるところも忘れ難い。時間がかかったことによって、待ち合わせの時間に更に遅れているというのがこの後の展開に響いているところがお見事)ポールは、自宅屋敷の鍵をジェーンに預けて車で出発する。
そのあと、の場面もくっきりと脳裏に焼き付く場面だ。

全裸で屋敷中を歩き回るジェーン。
なんと!!
ここに女中のジェーンがいることだけでもまずいのに、裸!!
図書室に行き本を撫でるジェーン(もともと本が好きな子だった。自分の勤め先のお屋敷の図書室でもご主人に許可を取って本を読んでいたくらいに。)
キッチンに行き、おそらく坊ちゃん用に残されたパイをほおばるジェーン。
鏡に自分の全裸を映すジェーン。
誰もいない屋敷で、それこそ禁忌の喜びに浸っているジェーン。
否、これは喜びなのだろうか?
そして突如鳴った電話の音に驚きながらも賢明にも受けなかったジェーン(この電話が重要だったというのはあとでわかる)

ジェーンの想像があちこちに飛んでいくところもまた読ませる。
それは、もしもこうだったら、という想像、もしも彼女がこうしたら(彼女と言うのは主に婚約者への想像が多い)、という想像、車を走らせているポールへの想像、ポールの婚約者への想像・・・・
・・・
この屋敷から出て颯爽と自転車を走らせているジェーンの姿が美しい。
何物かから解放され、3月にしては暖かいマザリング・サンデーを思い切り楽しんでいる自分も受け入れられる。
ここには、間もなく結婚する坊ちゃんにもてあそばれていました、というような悲壮感も惨めさも何もない。
そんなことは超越して、世界に愛されているような感覚のジェーンの若々しい姿が温かい6月のような風に乗ってこちらに飛んでくる。
本が好きで本を愛し、この残りの休暇の半日を思い切り楽しもうという意欲に満ちている。
彼女のある種分岐点になる一日の内の半分はこうして終わった・・・そして・・・
そして強烈な出来事が。

・・・・
後半で彼女が何者になったのか、そしてその後の人生と言うのがわかるところも誠に好ましい。

≪以下ネタバレ≫


・後年、ジェーンは作家になっていた。
メイドの後、書店勤務、そして大学関係者との親交、夫になるべく哲学者との出会い結婚、そして夫の死、自らの本が売れてインタビューを受けるジェーンの姿が描かれている。

・ジェーンとの交情のあと、焦らないで行ったはずのポールは自動車事故で亡くなっていた。
彼が死亡したというのが82ページにぱっと書かれている(なので驚いた)
彼女は自分の屋敷に残りの休日を過ごそうと戻ってきたときに、先に帰っていた雇い主からそれを聞き青ざめる。

さて、茫然としたジェーン。
彼女はそのあとの始末ということで、自分が全裸で歩き回ったその屋敷に雇い主と共に行くことになってしまう。
驚愕して動揺するジェーン。
渋々ついていくと、そこには坊ちゃんの屋敷のメイドが既に帰宅していて、シーツなども片づけられていた。
果たして彼女はジェーンと坊ちゃんの事を知っていたのだろうか?というのは永遠の謎だ。


評価 5(飛び抜け)

帯にコードネーム・ヴェリティを超える傑作とある。
読んでみて、ああ・・確かに超えるかも!素晴らしい作品だ!と素直に思った。
前作のマディが出てきているのが何とも懐かしいけれど(そして話の端々に『彼女』も出てくるのが泣ける)、単独でこれを読んでも全く問題がない。
今回はローズという一人の飛行機乗りの女性が、ナチスに捕らわれた強制収容所の話になる。
しかし強制収容所の話は胸が詰まる事ばかりなのに、それなのにこのラストの突き抜けた美しさとある種の神々しさと言ったら!
どのような場所でも人々が手を携え希望を持って歩いていくというのを肌身でひしひしと感じた。

飛行士のローズは友達のマディの結婚式に出たり、自分の恋人のニックに結婚を申し込まれて当惑したり、大好きな詩を作って皆に聞かせたり、戦時でありながら、実に娘らしい生活をしている。
1944年9月に、飛行士のローズは、戦闘機輸送の途中でドイツ軍につかまってしまう。
そしてラーフェンスブリュック強制収容所に送り込まれる。
そこでは、飢えと寒さとそしていつ死刑になるかわからない恐怖との闘いの日々であった・・・


冒頭からしばらくは、ローズの普通の日常、但し戦時であるという事を除いて、が彼女のノートに描かれているという設定になっている。
そこには恋人ニックに結婚申し込みをされてどうする?とちょっと困ってるけれど心の中で嬉しいローズの姿とか
子供達が偶然手にした不発弾の処理にどきどきするローズの姿とか
ラジオから伝わてくる強制収容所の話を(まさか!)と思いながら聞いているローズとか(これがあとで実際に入るので話としてパンチがある)
同じ飛行機乗りのマディとの楽しい会話(但し戦時中のあれこれを含めて、なので当然マディの友人が死んだ話も出てきたりする>これが前作コードネーム・ヴェリティの後日譚たる所以)とか
常に詩を書いていて、それが愛らしい詩で皆に無邪気に披露したりとか・・・

全体が戦時中の大きな黒い雲が上にあるというだけで、ローズの日常はちょっとおしゃれでちょっとかわいい。
『わたし』語りになっているので、爆弾が怖いとか率直な感想も書いてある。
まだまだ死にたくない元気いっぱいのローズの姿が見て取れる。
そして彼女の家はきちんとしたどちらかというと裕福な家であり、叔父さんが有力者であるということもわかってくる。

・・・・・・・・・・・
そして暗転。

突然彼女の行方が杳としてしれなくなる。
そこには彼女の母、彼女の叔父、そして親友のマディ、マディの夫らの手紙から絶望的な様子がよくわかる。
全員がローズは死んだと思っていたのだった。

ところがローズは戦闘機を輸送する途中で運悪くドイツ軍にとらえらえる。
最初、ローズは甘く見ていたと思う、なぜなら説明すればわかってくれると思っていたから、彼女はアメリカ人であったし。
だからまだ周りを見渡す余裕もあったし、くっすっと笑う気持ちもあったし、あとで(あれを食べておけばよかった・・・)と臍を噛むことになるパンを拒絶するということさえしたのだ。
ここまではローズは彼女の意志というものを持っていた。

が。
ラーフェンスブリュック収容所に着いてから、もうここから出られないのだ、ということにローズは遅まきながら気づく。
飢え、寒さ、強烈な不潔さ。
それらがいきなりローズを取り巻いているのだった。
過酷な労働に従事する彼女の前に、収容所で出会った仲間たちがいた。
ポーランド人のうさぎと言われていた彼女たちは、以前ローズがラジオで聞いていて、まさかと思った生体実験をされた娘たちであり、不要な手術、ただの実験のために足を痛めている者がそれはそれは山のようにいたのだった。
この人体実験の話は読んでいて本当に辛い場面だ。
強制収容所で行われた無残な実験のための手術によって、まだ若い女の子たちが健康な足を失い足を引きずるように歩くようになってしまったのだ。

強制収容所で、ローズが作る詩が美しい。
時に強烈に状況を語っている詩というのもあるけれどほとんどは今の状況に絡めた希望の歌でもある。
周りの少女達が、今度はどういう詩?と聞いてくる姿がいとおしい。
また恋人ニックとの想像の話に聞き入る少女達や、ここを出たら(そもそも出ることが絶望的)海に行こうという話がどんなに皆を勇気づけたことか。
死体の運び人になったり、トイレがないので溝で用を足したり、その掃除をさせられたり、あらゆる過酷な汚い仕事が待っていても、少女たちはなんとかそこから生き延びようと努力する。
過酷な収容所ですら、見えないくらいのかすかなユーモアがローズたちにはあり、生きようという強い強い意志がそこには厳然としてあったのだった。

私がこの中でぐっときたのは、知らせて、という言葉だった。
この悲惨な状況を世界の人に知らせて。
こんなひどいことをされたって、世界の人に知らせて。

切実な彼女たちの気持ちが伝わってきた。
知らせるために74人の名前を覚え込むローズ。
ローズを逃がすために(何しろ彼女は言葉を発信している)犠牲になった少女もいた。
そしてラストの神々しいとでもいえる場面と言ったら。


この話、ローズが収容所から脱出して見つかった、そして叔父が取ってくれたホテルにいるが人間ではもうなくなってしまったくらいに虚脱状態だった彼女の現在の姿と、収容所にいた時の彼女の姿が交互に出てくる。
昔のの闊達さがなくなってしまったローズはいかにしてそうなったのか。
そしてここからローズは立ち直れるのだろうか。
そのあたりも非常に読みどころだったと思う。

以下ネタバレ

・ローズは無事逃げその途中で仲間とはぐれる。
が、のちに一番足の悪いローザに再会し彼女に言われ、海に行くのだった。
皆があれだけ憧れていた海に。

・収容所の皆があれだけ話を聞きたがったニックは別の人と結婚していた。

・ローズの身代わりとなってカロリーナはガス室に送られた。

・マディは収容所を出てからのローズを支えた。






評価 5(飛び抜け)

期待していた以上に面白い面白い!!!
冒頭からの一連の作り方が、(あ・・もしかして!!期待しちゃう???)みたいな作りだ。
上巻の間、しばらく忘れてはいるのだが・・・
ミステリ好きにはもちろん、メタフィクション系が好きな人も、コアにクリスティのみが好きなんですよと言う人も、みんなみんな楽しめる本だと思った。

まずこの話、扉を開いたところから、は?の連続だ。
ロンドンの女性編集者が、自分の人生を変えた本がカササギ殺人事件だと言っている。
ずうっと自分の読書遍歴を交え、どうやら編集をしているらしいだけはわかる人間が出てきてカササギ殺人事件の本を語っている・・・
この本の事じゃないか?
この人は誰だ?またこれは『本当は』誰が書いた本なのか?
『わたしとちがって、あたなはちゃんと警告を受けたことは忘れないように。』
この一言がラストに綴られて現代の女性編集者の語りはいったん終了する。

そのあと、突然作者紹介のページがあり、それには作者、アラン・コンウェイとなっている。
(え?誰?とまず思う。ホロヴィッツじゃなかったのか?)
そして、そのあと、アティカスビュントシリーズの既刊の紹介がある。
(何?このシリーズは?私が知らないだけ?)
そしてそのあと更に更に、本シリーズに対して寄せられた絶賛の嵐の声が各マスコミから一行ずつずらっと並べられている。
(え?自画自賛?)

それで、そのあとなのだ。
最初に『カササギ殺人事件』という扉がある。
けれど、この後
『名探偵アティカス・ピュントシリーズ、カササギ殺人事件 アラン・コンウェイ作』
という第二回目の扉がある。
作品タイトルの扉が二つあるという事だ。そして登場人物表が・・・
いったいこれは?

もうこのあたりで、もしかしてメタフィクションっぽい匂いがすると思った。
しかしそのあと、普通に探偵さんの話が始まる。
でも私はこのシリーズを読んだ事がないので(あるとすれば)、アティカス・ピュントの探偵っぷりをじっくり堪能しながら読んでいた。

上巻と下巻とばさっと違った雰囲気だが、これまた味がある。
上巻でも思い切り楽しんで誰が犯人かどきどきしたが、下巻でのけぞるほど驚いてこれはこれでまたわくわくしながら読み進んでいった。
にしても。
この作りも素晴らしいのだが、本来のカササギ殺人事件の真相の驚く事と言ったらどうだろう。
逆だったのだ・・・私の考えていたことと。
そしてなんて心が鷲掴みにされる結末なのだろう。
もしかして、と何度も思った人間もいたにはいたのだが、ここまでの事は予想だにしなかった。
最後まで飽きることなく一気に読んだ一冊だった。

1955年7月にサマセット州のパイ屋敷で、一人の家政婦の葬儀が行われている。
彼女の名前はメアリ・エリザベス・ブラキストンだ。
鍵のかかった屋敷の階段の下で死んでいた彼女は、どうやら掃除機のコードで足を引っかけたらしい。
本当に事故だったのか、それとも・・・
彼女の死に小さな村の人たちの心にさざなみが押し寄せる。
メアリは決して全員に好意を持たれていたわけではなく、どうやら皆の秘密を少しずつ握ることに快感を覚えていたらしい。
そこに現れるのが名探偵アティカス・ピュント。
彼の相棒がジェインムズ・フレイザーだ。


この時代背景と場所がもうクリスティ作品そのものだ。
のんびりとした田園風景と閉ざされた環境の中にある村の人たち、ここはマープルのセント・メアリ・ミード村などすらも思い出す。
最初の方の称賛の声の中に、気をつけろ!エルキュール・ポワロよ!頭の切れる小柄な外国人がやってきた。君のお株を奪おうとしている!というのがあるのもむベなるかな・・・
簡単な言葉で言えば、他人の家に首を突っ込みまくる家政婦メアリは、詮索好き、お節介焼き、という事だった。
痛いところを知られている村の人たちの誰が犯人になってもおかしくない状況だ、もしコードに引っかかって1階に転落死したのが事故でなければ。

そして彼女の死からしばらくして第二の殺人事件が起こり、ギリシア系でありユダヤ系のアティカス・ピュントがやってくるのだ。
彼はドイツからの難民(しかも強制収容所で一年暮らしている!)としてイギリスに移住。以前は警察官をしていた。
イギリスに移り住んでからは私立探偵として活躍しているきちんとしている小柄な男だ(ここで既にベルギー生まれのポアロを思う。最後まで関係者全員が集まるまで真犯人を言ってくれないところ、途中の推理の経過を言ってくれないところ、などもポアロを思う。)。彼が何度も名前を間違えられるのもご愛敬だ。
そして彼の助手は純朴な感じの男、オックスフォードを卒業し役者もやっていたソフトなジェインムズ・フレイザーだ。

牧師は自分の家の目の前の森をこよなく愛していた。
そこをマグナス・パイが開発業者に売りに出しているというのを知り、激怒していた。
妻も勿論怒っていた。
第二の殺人が起こってから、今度は殺人された人への村人への想いがあちこちに飛びながら描かれていく。
このあたりもとても読ませる部分だと思う。

おおいに上巻を楽しみながら、ラストの一行で、えええ???
突然これ????

≪以下ややネタに触れます、やや、ですこの部分は。完全ネタバレはそのあとにあります≫

もっと驚きがあるのは下巻のトップだ。
一体全体?
ここで上巻は一つの虚構であり、はっと夢から覚めたように下巻で私たちは現実に引き戻される。
上巻で描かれた一つの世界、があり、下巻では今度は編集者スーザンが見た現実があり、二つの事件は見事なくらいに重なり合っていくのだ。
二つが合わせ鏡のようになっている。

下巻は完全に最初の現代の編集者スーザンの話になっている。ほら最初に出てきたじゃない・・・とそこを読み返してみたりする・・・
スーザンは本の中で、この上巻を私たちと同じように読んだ。
そしてラスト、探偵が犯人の名前を言うのだが、そこで唐突に終わっていて、そこでなんでここで終わっていてこの先はどうなってるのか?原稿はどこにいったのか?とスーザンは疑問に思い始める。

ここに至って読者の私たちは、カササギ殺人事件はアラン・コンウェイが書いた作品であり、彼の作品を出していた出版社にスーザンが勤めていたという構図が見えてくる。
スーザンではないが、本当にこの先はどうなったんだ!

スーザンが上巻の総てを読んで誰が犯人かと根拠とともに列挙していくのも、ミステリファンの心をくすぐる場面だと思う。
実にそういうのがわかるからだ。

でも驚きはここからだ。



≪以下完全にネタバレです≫

推理小説を愛する編集者スーザンとしては、なんとしてもこのあとの原稿が欲しい。
また出版社としてもドル箱のアランのこのあとの原稿は欲しい。
スーザンは編集長と話したりしているが・・・ところがアランは自殺していた。
しかも、遺書を残して。

スーザンはなくなった原稿を求めてアランの自宅、足跡を辿り始めるのだが・・・
ここまでもクリスティへのオマージュを含め非常に面白いのだが、ここから更に面白くなる。
なぜなら、上巻で出てきた人たちが実際に名前を変えて出てくる、ほんのりと本名と近い名前で作品中の名前があったという事がわかってくる。
しかも小説そっくりの屋敷まである。
スーザンは小説のサー・マグナス・パイがアランであると推測する。

シンドラーのリストの中の、俳優のベン・キングスレーが探偵アティカス・ビュントのモデルだという事もわかる。
自宅には、過去アランと暮らしていた男ジェイムズがいた、彼が探偵の助手のモデル。
アランの姉のクレアは弟が殺されたという。
そしてクレアは学校でアランがひどいことをされたと言っている。

現実世界で、作家のアランは過去メリッサという女性と結婚していて子供まで成していた。
が、彼女を捨て若い男のジェイムズに走ったのだった。
アランの故郷に行き、牧師のモデルを発見する、彼もまた牧師だったがアランと学校が一緒でアランに虐められていたという。

アランの家の隣に住むジョン・ホワイト(彼とアランが高いところでつかみあってる写真までスーザンに送られてくる)、原作の内容を考えたと主張するウェイター、ドラマ化の話でアランと金額面で口論になったプロデューサー、アランの別れた息子フレディ(小説のパイの息子と同じ名前)、と人々も入り乱れている・・・
加えて、スーザンの恋人のアンドレアスは学校の教師だがアランと同僚の時があった。
そして彼はアランを嫌っていたのがスーザンには不可解だったが、同じく学校の同僚メリッサが最初アンドレアスと付き合ってアランに変わったという事を知り納得する。
またアティカス・ビュントを思いついたのもメリッサだと知る、アランはもっと高尚なものを書きたかったがミステリで売れたのでこれで通すしかなかった。アランはそのことに非常に不満だった。

アランを殺したのは、編集長のチャールズ。
理由は、これだけ売れているアティカス・ビュントシリーズをアランがふいにしようとしているからだった。それはアティカス・ビュントがいやいや妻の勧めで作られた名前であり、アナグラムを総動員すると女性蔑視の下品な言葉になる事を世間に発表するというからだった。
なので殺した、11年もかけて育てた作家に裏切られるという事だった。そしてアランは病気で長くて6か月の命だったのだ。

この全てをスーザンに指摘され、チャールズはいったん引き下がったかに見えたが反撃、そして放火して、焼死させようとするがそこにアンドレアスが来てスーザンは死ぬ一歩手前で一命をとりとめる。
逃げたチャールズは後に収監される。

・・・・・・・・・・・・・・・
カササギ殺人事件の真相

・メアリの息子のロバートは一見普通の男だったが、彼こそが弟を溺死させた犯人だった。
それをメアリは窓から見ていて、ロバートの狂気の心を知っていた。
だから、メアリが、悪い血が婚約者のジョイと結婚すると続くと言ったのは、決してジョイのダウン症の兄の事を言っているのではなく(残されたメアリの手記からみんなそう思ってひどいと思ったのだが違った)、自分の息子のことを言っているのであった。
狂気の自分の息子と結婚する娘との間に生まれた子供が狂気の芽を持った子供になるのではないかという不安がメアリにあったのだ。
かつて愛していた犬を殺したのもロバート。
学校で皆から一歩離れて見られていたのも狂気の影を学校の皆が何となく感じていたから。

そして最も重要なことは、
一見メアリは、過保護に外から息子を守っていたように見えるが、実は狂気の息子から外の人たちを守っていたのだった。
更にメアリは息子から自分が攻撃されていないように、安全策としてパイ氏の金庫に幼い頃の彼の弟殺しの真相を書いておく。もし彼女が死んだら、それを開けて読むようにパイ氏に頼んでおく。

必死にロバートはこの手紙を探すが見つけられず、そしてパイ氏は読んでしまう。
そして知られたと思ったロバートにパイ氏は殺される。

メアリの造型が、お節介焼き、人のことに首を突っ込む嫌な婆さんという感じだったのが、この殺人癖を持ったロバートの存在がわかったところから全てひっくり返る。彼女は善意の人であり皆を守っていた人だった。
ここが見事。

・・・・・・・・・・・・

(個人的覚書)

●オズボーン牧師・・・スズメバチの話をメアリにされていてびくついている
奥さんのヘンリエッタ
・夫婦仲は良い。
・牧師の説教は長い

●エミリア・レッドウィング医師・・・メアリの第一発見者。庭園管理人ブレントに呼ばれ外から死体を見て、窓を破って中に入り死亡を確認。メアリとは普通に話す仲だった。ある忙しい日に自分の管理している棚から一本の劇薬が盗まれたことに気づいている。それをメアリが死ぬ前に彼女に話していた。
画家のアーサー・・・売れてない画家。パイ家の絵も描いている。
・夫婦仲は良い
・息子のセバスチャンは反抗的で今ロンドンに一人暮らしをしている
・元医師でこの村の出産の多くを手掛けた父は、認知症を患っていて現在施設にいる。たまに頭がさえわたる時がある。エミリアは何度も面会に行く。

●ジョニー・ホワイトヘッド
ジェマ・ホワイトヘッド

・二人で骨とう品店をやっている。
元々の地元の人ではなくロンドンから来た人たちらしい。
ジョニーはメアリが死ぬ前に店に来てメアリと話しているのをジェマに見られている。

●クラリッサ・パイ
元々はパイ家の双子であり、現在当主と兄妹であったが、最初に生れなかったために法律によは兄に全てを奪い取られ、経済的に厳しい生活を送っている。

●ロバート・ブラキストン
死んだメアリの息子。
幼い時に、弟を湖の事故で亡くしている。
母親の締め付けが非常に厳しかった。
今、最愛の女性と結婚しようとしていたのだが、彼女をも母親メアリは気に入らないらしい。
そして母の働き場所であるパイ家の当主サーマグナス・パイのおかげで就職先も決めてもらった。
今、ジョイという美しい娘と婚約中になっている。
メアリが亡くなる前に激烈な喧嘩をした(のを何人かに知られている)

●サー・マグナス・パイ
フランシス・パイ
・夫婦仲は良くない
・二人で一手に財産を乗っ取り贅沢をしている。

●メアリ
結婚していたが、子供の事故の死亡に絡んで、離婚していた。
一人残されたのが、ロバートで彼を自分の思うがままに動かしている。


・・・・・・・・・・・・・・


2018.10.09 監禁面接


評価 4.7

タイトルから多くの人が、採用される側が監禁されて面接をされる(つまり圧迫面接のようなものの強烈版)と思うだろう。
でも全く違っていた。
そして、ピエール・ルメートル、やっぱり一筋縄ではいかない。
この人質拘束ロールプレイングで採用を決める(それも二つ)という発想も驚くが、第二章で展開される話に息をのむだろう。
そして二章の最後で二人が呟く言葉の意味がわからず、第三章を開くと、ええ!という驚きがあった。

企業買収の影響で企業をリストラになったアラン。
なんとかしのいでいたアルバイトを上司を殴ったことによって首になる。
無職になったアランは就職活動をするのだがうまくいかない。
そしてついに、ある一つの大企業から思いもかけない書類審査通過に続き筆記試験合格の知らせがあったのだ。
ここぞとばかりに飛びつくアラン。
しかしそこで出された最終試験の条件は思いもよらないものだった。
就職先企業の重役会議を襲撃し、重役たちを監禁、尋問せよ。これが与えられた任務だ。
重役たちの危機管理能力と、採用候補者の力量の双方を同時に査定するというのだ


この話、二重の構造になっているのでちょっとややこしい。
そもそもこの大企業の人材コンサルタント会社がしたいことは、リストラだった。
その大規模リストラをする人間を5人の中から選ばなくてはならない。
5人の候補者がここに集まっている。
これが第一弾の候補者。

そして、アランが課せられたのは、
・上記の第一弾のリストラをする人の候補者の誰が適任か。
それは物事に動じない人間が必要だ。ということで
フェイクの武装集団がここにやってきて、候補者たちをパニックに陥れる。
当然候補者たちは動揺する。
その動揺している候補者の中から誰が一番冷静な判断を下せるのか。

それを見極めるのが第二弾のアランたち採用候補者の試験だった。

つまり、
・リストラをする人間の候補者
・それに適している人を見極める能力を持っている新規採用候補者
の二つが同時に進行していることになる。
端的に言えば
・候補者(アラン達新規採用候補者)が候補者(リストラをする人の候補者)を選ぶ
という形になっているのだ。
かくして、人質拘束ロールプレイングが始まっていく。

・・・・
このミステリ人称が変わっていく三部構成だ。
第一部はアランの視点で連綿とつづられている。読んでいくうちに、彼はもう58歳だという事、美しい妻と二人の成人した立派な娘がいるという事、娘のうちの妹が弁護士であってばりばり働いている事、娘のうち姉はアランがあまり気に食わないいけすかない銀行家と結婚している事、企業の採用の仕方人質拘束ロールプレイングを妻が知ると当初から激烈に反対している事などがわかってくる。

そして、彼はどうしてもこの会社に受かりたい。
妻の反対を押し切ってでも受かりたい。
妻に嘘をついてまで、相手の情報つまり人質になる人たちの情報を得るために探偵会社に頼もうとする。しかしここにも先立つものがない。そして恥知らずにもアランは嫌いだった、上の娘の夫に借金を申し込むが断られる(このあたりがアランがひどすぎるし横暴すぎるので、娘の夫の方が普通の人間に見える)
そして娘にどうにか話を取り付け騙したようにして新居の資金をもらって事を成す(だ・・・だめなお父さん・・・アラン・・・)。

そしてカミンスキーという元刑事の指導もあり万全でこの奇妙な採用試験に臨むアラン・・・
ともかく情報が欲しいのだ。
情報情報情報!!
情報をかき集めるアランの姿が必死すぎる。

この話の中で、周辺の人、たとえば、友人のシャルルがとてもいい人で、周りがいわば身勝手なアランを盛り上げてくれている。

ところが。
第二部になり一気に話が別の方向に曲がっていく。
第一部でこうなるんだろうなあと思った展開は、アランが苦労して手に入れた予備知識をもとに活躍するんだろうなあ・・・なのだが、それを一気に覆してくれる。
え、真相はこんなことに?
だからアランがこんな行動に?
そして第二部の語り手は元傭兵部隊にいた強者警備会社のフォンタナになる。
彼が見たアランの様子が見物の章だ。
偽の人質拘束ロールプレイングが、なぜか本物の人質拘束ロールプレイングに一気になっていく描写が読ませる。

そして第三部の『そのあと』部分が際立っている。
第二部の最後で二人がやられたと思ったことは何だったのだろう?
彼らが気付いたこととは何だったんだろう?
ここは必ずそのページをめくり返して読むと思う。
第三部自体はとても映像的でどの場面も絵が浮かぶ。
激怒しているフォンタナとアランとの争い、そして娘の弁護によって行われる裁判、とここまた読みどころたっぷりだ。

後半、最初の章でさえない男だなあ・・・と思った初老の男は一皮も二皮も剥けていた。
最後、ハッピーエンドではないある意味苦い結末ではあるが、このアランなら大丈夫という気もしてくる。
9月の読書メーター
読んだ本の数:4
読んだページ数:1066
ナイス数:127

悪意の夜 (創元推理文庫)悪意の夜 (創元推理文庫)感想
面白く読みました。夫が転落事故で亡くなったあとに遺品整理をしていたら、そこにミス・ラッシュ関連文書と上書きのある空の封筒が一枚・・・当然妻のアリスは夫とラッシュの関係を疑います。ここに息子が連れてきた美女がミス・ラッシュ。偶然なのかそれとも意図したことなのか。このミステリで私が面白いと思ったのは過去への遡及でした。今の出来事が過去のあることに起因している、そしてそれが非常に巧くサスペンスを形作っていて動機にも納得しました。加えてお得意の夢遊病もありました。ウィリング博士は後半出てきます。惜しいのは手紙か。
読了日:09月30日 著者:ヘレン・マクロイ
静かに、ねぇ、静かに静かに、ねぇ、静かに感想
大好き。どれもネットに関連した毒のある三篇でした。最初の話は海外を旅行する三人の男女の話で、イタイのです、三人とも。ネットにアップしないと美味しい美しいが確認できない人たち、アラフォーの男女というところがますますイタイのですが、たまに語り手がふっと正気の目で自分達を見るところがおおっ!2番目はネット買い物依存症の主婦の話でキャンピングカーでもう一組の夫婦と旅行の話ですが。最後がきいてます、一種ホラーです、いったい何が???ラストは一組の経済的にどん底夫婦の話で、これまた辛い話。印、が印象深かったです。
読了日:09月30日 著者:本谷 有希子
錆びた滑車 (文春文庫)錆びた滑車 (文春文庫)感想
ミステリのたくさんの要素がぎゅっと詰め込まれていて、濃縮されたミステリの楽しさがありものすごく面白かったです。葉村晶シリーズですがここから読んでも全く問題はありません。シリーズの中でも私はこの作品とても好きな作品の一つです。相変わらず不運な葉村晶・・・最初おばあさん同士のトラブルに巻き込まれるという不運に始まり、一人の少年と出会い、事故に遭い記憶を失った彼がなぜ事故当日そこにいたのかという一見シンプルな疑問を解くミステリですがどうしてどうして。伏線があちこちに張り巡らされ読ませます。中盤から後半がお見事。
読了日:09月19日 著者:若竹 七海
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら (宝島SUGOI文庫)もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら (宝島SUGOI文庫)感想
もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら、というタイトル通りの本。文豪だけではなく求人広告とか自己啓発本とかもあります。タイトルにも力が入っていて、1973年のカップ焼きそば(村上春樹)とか、焼きそば失格(太宰治)とかくすぐりネタはいっぱい。最初うまくできてるなーと笑っていたのですが、ただ・・・いかんせん飽きました、途中で。ごめんなさい。ぱらぱらっと気軽な感じで読んでいくのが吉かと。
読了日:09月19日 著者:神田 桂一,菊池 良

読書メーター
2018.09.30 悪意の夜


評価 4.9

とても楽しく読んだ。
特に動機がわかるという意味ではわかりすぎるほどにわかるし、迫真のサスペンスという言葉も偽りがないと思う。

出だしが実に楽しい。

夫を転落事故で亡くしたアリス。
彼女が遺品の中に空の封筒を見つける。表書きにはミス・ラッシュ関連文書とあった。
一体誰なのだろう?ミス・ラッシュとは。
疑心暗鬼に捕らわれるアリスの前に息子が一人の女性を連れて現れる、その名前がミス・ラッシュ。
この美人は夫が書いたラッシュという名前の人物なのか。
夫とミス・ラッシュは関係があったのか。
大切な息子にミス・ラッシュが近づく理由は何なのか。
またアリスは混乱の中に陥る・・・


このところ、夫が奥さんに残した手紙とか遺品のミステリを読んでるのが多い気がする・・・個人的なことだが。
もっと言えば、転落事故で誰かが亡くなったというミステリも多い気がする、たまたま、だろうが。

このミステリ、過去への遡及の部分が私は非常に高くかえた。
なぜその犯行をしてしまったかという根本の原因が過去にある、というのはミステリでよくある手法だ。
この場合、戦争というのが暗く影を落としており、人間性がそこで落ちていくさまというのも描かれ、その結果何年もしてからこの事態が引き起こされたという、実に鮮やかなサスペンスになっていると思う。

加えて、マクロイらしく、夢遊病を一つの重要な事項として入れ込んでいる。
そう、奥さんのアリスは夢遊病だったのだ。
だから誰かが亡くなったりしたら、自分が殺したのではないかという二重の苦難を背負っている人ということになる。
これに目をつける犯人・・・

非常に惜しいと思ったのは、息子の感じが後半消えていくような感じがしたのだった。
最初の方から中盤であんなに出ていたのに。
ウィリング博士との邂逅もやや出来すぎの感じも漂う。出番は遅くてもいいとは思うのだが。
また、これはもう翻訳の問題だが、The Long Bodyが意味ある事だけに、悪意の夜のタイトルも好きだしThe Long Bodyの翻訳では何のことやら?なのだろうが、とても惜しいと思ったのだった。



評価 4.9

ネットをやっている人ならすごくすごくわかる感覚の話だ。
更に、SNSをやっていればなおさらのことわかる。

後味は悪いのに、なんでこんなに読むのにのめり込むのだろう。
やっぱり本谷有希子、巧いなあ~と思う。
状況説明が確実だし、劇方面の人のせいもあるけれど何しろすべて目に浮かぶ。

最初の話の本当の旅が非常に印象深い、これだけどす黒い話なのに。
知り合いの海外旅行に行った人たちの話だが、40歳前後の人たちが男女三人でシンガポールに行く。
そこでラインをしあってお互いの写真を取り合って自分を確認する行為が外から見ると痛々しい。
でも語り手も十分そこはわかっていて、時折、怖いくらいの冷静な目で自分たちを見つめるのだ、そこがとても面白い。
それは、日本を出る格安航空のカウンターから始まり、シンガポールの屋台村で食事をするに至るまでずうっと続く。

美味しそう、ぼくたちは充実している、これこそが旅の醍醐味だ・・・
ともかくもイタイ。
イタイのだが、それが痛々しくなってくるのは後半だ。
どんな場面になってもアップし続けなくてはならない人たち・・・

・・・
次の話奥さん、犬は大丈夫だよねも印象深い話だ。
あまり知らない夫婦とキャンピングカーで旅行をしようとしている夫婦。
この夫婦がなぜキャンプをしようとしているか、というところが中盤に出てくる。
奥さんが、ネットの買い物依存症だったのだ。
ネット、というところがミソで、これがやめられなく断ち切れないものだ、というのがひしひしと伝わってくる。
全く旅行なんか行きたくない。
まずい、そして犬の毛がふわふわ待っているような車に乗りたくない。
怪しげなまずい珈琲なんか飲みたくない。
最初はこの文句を言っている奥さんの気持ちが実にわかる。
が、途中から、(あ、この奥さん変だ・・・)とわかってくるところが怖い。
奥さん同士の会話で買い物依存症について話し、子供について話しているところなどぞくぞくする。
そしてこのラスト!!!
一体!!!え?????ホラー??
なんだかわからないものを夫婦で見に行って声が消えていくという・・・

最後の話でぶのハッピーバースデーも印象深い。
でぶでぶ、と夫に言われている女性。
彼女の歯並びが悪いことを指摘する夫がいて彼は働かない。
でぶと言われた奥さんはようやく手に入れた職を失いたくない。
しかし段々夫は彼女に歯を治せと強要し始める・・・・

この話での読みどころは、印、だ。
印、が自分についているのではないか、それは色々なことをあきらめてきた印ではないか、と奥さんの口元を罵倒し続ける。
夫が言う印。
それは思い込みではないかと妻も思うし言うのだが夫は徐々にこの印説(しるしせつ)にのめり込んで、歯の矯正のモニターになればというところまで話が進んでいく・・・のだが・・・

2018.09.19 錆びた滑車


評価 5

ほんと贅沢なこと!
これを文庫書き下ろしで直で読めるなんて!
葉村晶シリーズの最新作だけれど、これから読んでも一向に問題はない。
もしこれが面白かったらシリーズを戻っていく面白さがあるし、その場合(ああ・・この人はここに出てきたのか!)という感動もあるし、この小説でも満身創痍の葉村は前からこんなに不運が訪れたのか、とそこも、にやっとできるだろう(死ぬというところまではさすがにいかないので、気の毒に思いながらにやっとできる)
いずれにしても、シリーズを読んでいた人も楽しめる、読んでいなかった人でこれが最初の人もまた読みたいという意欲に駆られるミステリだ。
また話の筋に直接は関係ないけれど、葉村の勤める古本屋の楽しいミステリラインナップも開陳されている(ラストにもあるという贅沢)
このあたりのミステリ好きへのサービスもとても楽しい。

・・・・
出だしは尾行していたおばあさん同士のトラブルからそれに巻き込まれた葉村が負傷し、
このおばあさん同士のトラブルですったもんだしているうちに、当事者のおばあさんの持つ古い木造アパートに住む顛末がある。
(このぼろいアパートと言ったら!!)
そしてそこからある少年と出会い

『交通事故で記憶を失った少年ヒロトがなぜ当日遊園地に近い場所に父と一緒にいたのか。』

という謎に向かっていく話だ。
一見とてもシンプルに見える。
けれど、非常に奥深く伏線もあちこちに転がっていて、最後にちゃんと回収されていく。
最初の巻き込まれ落ち、の葉村の姿が意味ないと思っていたら、これまたラストにちゃんと回収されている。
葉村の最大のピンチの時に、このおばあさんの言った言葉が甦り、生き延びるのだった。とっさにさけて突き飛ばしたのよ・・・

細かく描写してくれているので、そこがもう読んでいて楽しくてたまらない一冊でもある。
描かれているのは、市井の人たちであり何気ないどこにでもある住宅街である。
そこに起こる一つ一つはシミのような出来事の数々・・・
更に、過去の話にまで話は飛んでいくのだ。

・・・・・・・・・・・・
このミステリ、前半がやや混沌としている、俗な言葉で言えばとっ散らかっているのだ。
ここを乗り切りさえすれば、後半非常に楽しめる。
・古本屋のイベントを成功させなければならない問題
・長年住んでいたシェアハウスを引っ越さねばならない問題
・シェアハウスで一緒に住んでいた女性の思いを断ち切れない男性が、もしかして自分が知っているあの男性だと確信した問題
・病院の近くのヒロトの父の働いていたレストランの問題
・病院でいなくなったお爺さんが見かけれたという情報の扱い問題
こういうのが前半で転がっている。
そして放火、爆発、火事・・・

このあたりから話がどんどん進んでいく。

以下ネタバレ



1.青沼李美・・・ヒロトの母。若い頃のアジアの放浪の時に、佐藤和仁という男と出会う。
和仁はお坊ちゃんで大麻を持っていたのでそれで付き合って三週間同棲しただけだった。
その後、自分の本当に愛する男、青沼光貴と会う。
日本に共に帰国して、結婚、ヒロトを授かる。そして狐とバオバブというレストランで働くようになる。
妊娠中に和仁と再会し、彼から大麻の事で脅迫されるようになる。

2.ヒロトが生まれて二か月目に、彼らの家に和仁がやってきて李美の前で包丁を持って暴れる。
そして抵抗しているうちに和仁に包丁が刺さって死亡。
帰宅した夫の光貴と話し合い、死体の処理は光貴に任せて、アメリカに李美は飛ぶ。

・・・・・・・・・・・・・
3.観覧車の中で成長したヒロトが友達と大麻をやったと話した時に、この一連の出来事をヒロトに話す光貴。

4.そのことを詫びに遊園地に行ったヒロトと父親が何者かによって車ではねられた。
それは、
一緒に観覧車に乗っていた片桐竜児は優良な就職先も決まったので、このことをばらされては困ると思い、母涼子と相談し、母の父親がヒロト親子をはねる。

5.病院院長の妻マリカは、結婚していながらも光貴に心を寄せている。
元々殺された和仁に、李美が警察に行くらしいと吹き込んだのはマリカである。
そして李美を抹殺してほしかった(結果は李美が和仁を殺す結果になった)
しかし結果として李美はアメリカに逃亡を余儀なくしたので、光貴は一人になった。
殺人を知っているという事を盾に、光貴がアメリカで家族三人で李美と合流しないようにした。
更に光貴に李美に会いに行くのなら麻薬性鎮痛剤を秘密裏に持ち込めと脅した。
更に更に、ヒロトと関係を持つ。

6.和仁の死体はどこにあるのか、ということについては、病院の標本見本の中に紛れ込ませられていた。





評価 4.1

 
書店で見た時に、もう文庫?と驚いた。
もう、って単行本が出てからどのくらいたつのかは知らないが・・・
ついこの間単行本で話題になった本、というイメージがあるので、え、と思ったのだった。
(今調べたら2017年の6月が単行本発行らしいので、やはり異常な速さの文庫化!)

日本や世界の人たちの、作家だけではない物を書く人たちの文章をパロディで書いている、しかも内容は
『カップ焼きそばの作り方』
という更にここでも笑いがとれるような内容だ。
最初から笑って読まれる、という事を想定しているのだろう。

しかも絵は(絵というか漫画は)

もし手塚治虫が太宰治を描いたらを田中圭一が描いたら

と二重構造になっている。
いや三重なのか・・・
目の付け所が、カップ焼きそばであり、そして作家にとどまらない人選というのがミソだと思った。
タイトルも、太宰治だったら、焼きそば失格とか、村上龍だったら限りなく透明に近いお湯、とか、ここもまたサービス精神にあふれている。
ちょっと真面目な人だと、(なんで私の好きな作家をこんな風におちょくるのよーきーーっ)と怒りそうな気もする。
文体が模写されているので、そこも読んだけれど、よく出来ているなあ・・・という印象だった。

ただ・・・全部繋げて読むと、飽きるのは確かであり、このアイディアは素晴らしいのだが読み返すかと言ったら読み返さない気もするのだ。