2017.09.10 Y駅発深夜バス


評価 4.5

Y駅発深夜バス・猫矢来・ミッシング・リング・九人病・特急富士の5編が入っている短編集だ。

この中で、表題作のY駅発深夜バスが飛びぬけて素晴らしい。
アンソロジーにもとられていたようだが、私は読むのがこれが初めてなので、読めてよかった!と思った作品だった。
深夜バスに乗る男の気持ちに沿って、何とも魅力的な謎の提示で始まっている。
何やら、怪しい気配のバス、もしこのまま普通に読んでいたら、(もしかして怪談?)と思わせてくれるような不気味なバスだ。何しろ、必死の思いで乗ったバスは、車掌は無口だし、運転手は目深に帽子をかぶってあさっての方向を向いているのだ。
しかも乗っている乗客全員が黙ったままだ。

更にこの話が最大限に面白いところは休憩のために、パーキングエリアに止まる。
その時に、トイレに急いでいった主人公が見たものは、『灯りを消していた店舗』であり、その中をのぞくと全員が同じ方向をじいっと見ていた・・・』というまさにホラーの様相が呈されている。
これってキングのホラー作品のあれこれを思い出す場面だ。
いったいこれは何だ?
主人公とともに私もここでは戦慄した。

帰宅しても妻から、帰宅した時刻が自分が思っていた時刻と違っていたと言われる。
しかも土日は自分が載ったと思った便がなかったという事実・・・
一体あのバスは何だったのだ?
酔った自分の記憶違いだったのか。
夢だったのか。
(かなり酔っぱらっていた主人公で、しかも深夜という設定がまた記憶の曖昧さを助長している)

と思う間もなく、今度は同じマンションで起こった仲の良い夫婦の悲劇の話に移行する。
そして・・・謎解きをする人物が・・・

この話、起承転結がとてもうまい具合に働いていて、謎がぺろっとめくれる謎解きが素晴らしかった。

・・・・
九人病も一種のホラーミステリのように見える。
見えていたのだが、ラストの方で、ミステリ?と思ったそのあとで、また一枚違ったカードが切られる。
そこがすごいと思った。
冒頭の全く関係なさそうな刑事が重要な位置を占めている作品ともいえよう。
偶然鄙びた温泉宿で同室になった男とのやり取りが、これは乱歩の世界を体現しているようで不気味だ。

語りの面白さ、というのが存分に発揮されている。

・・・
猫矢来は、なぜ新品のペットボトルを隣人は塀の上に置いたのか、という謎が中心になっている。
この話、学校内部の話が中心で、主人公たちにも好感が持てるので、シリーズ化したら楽しいだろうなあ・・・と思った。

以下ネタバレ

・Y駅発深夜バスでは
最大の謎、パーキングエリアで灯りの消えた休憩所で人々が同じ方向を向いていた、のは、
全員がしし座流星群を見ようとする集まり、だった。
深夜バスを運転していたのは、マンションの知り合いだった。
しかもそれは深夜バスではなく、夜行バスだった。

家族ぐるみで交際していたマンションの知り合いのある一家の夫と、主人公の妻はダブル不倫をしていた。
そして、主人公の妻は、相手の妻をマンションベランダから落とした。
最後にわかるが、主人公の妻は不倫の果てで彼の子供を妊娠していたのでこの蛮行に及んだのが一番大きな理由だろう。

2017.09.07 湖畔荘



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『偶然か、必然か』


評価 5(飛びぬけ)

傑作。

最初からなんてどきどきさせてくれるんだろう。
誰かが(おそらく女性というのはわかる、ドレスなのだから)雨の中、何かが入っている案外重い箱を埋めている姿・・・しかも、捜索隊とか警察とか不気味な言葉が連なっている。
もしや箱の中身は・・・?
そして話が開幕する・・・

ケイト・モートンの謎の作り方が今回は更に多方面多視点に張り巡らされている。
決して謎解きだけではなくそしてつまりはミステリの部分だけではないのに、ミステリ部分がふんだんあるからこそ優れた小説にもなる、という典型のような作品だ。
最初から最後までおおいに楽しめた。
間違いなくページをめくる手が止まらなくなった、特に上巻の終わりのデボラの一言と言ったらどうだろう。
ここで、え!と声をあげ、下巻に突入したのだった・・・
下巻のラストあたりで、またしてお、おお!
伏線も随所にちりばめられていて、非常に巧みな叙述トリックもあるように読めた。
秘密秘密秘密!の嵐!!

何よりも、『ある同じ物事が別の人の目を通してみると全く違って見える』場面が随所に見られそこも素晴らしい。
それはある種の思い込みのバイアスであったり、見る人の観察不足だったり、見る人が幼すぎだったり、色々と理由は違う。けれど、同じ事象が全く違った意味合いが出てきて、真実がその奥深くにある、という面白さがある。
同じ日、それはきらめくようなミッドサマーのお祭りの日(そして非常に重要な日)、の当日のそれぞれの思いも語られているわけだが、出し方もまた巧妙だ。ずらずら出すのではなく、ばらばらと、ここで!?というように当時の人たちの気持ちと行動を描写していく。
またそれだけではなく、同じ場面の人たちの様子、もまた見え方が違ってくる。
一つ出してみれば、子供がいなくなった後の記者会見で二人の夫婦が憔悴しきってマスコミの前に出る、という場面などまさにそうだ(もっともっと沢山あるのだが)。
ある人は夫が憔悴した妻を支えると見た。
これが一般的な見方だ。
しかし別の人が見ると・・・また違ったように見える。
万華鏡のように色合いが全く違って見るのだった。

この物語、私の心のどこかのポイントを押してくれて懐かしいなあ・・・と思わせてくれた。
イギリスのコーンウォールにいたわけでもなく、家族に大きな秘密があったわけでもないけれど・・・
なぜなのだろう、と思って考えてみたのだが、それは誰しも持っている
『小さい時にはよくわからなかった家族の様相、付随して周りで起こった出来事』
が大人になって紐解けている、という部分だったような気がする。
アリスの純粋な目でしかも探偵になりきっているので自分ではよく見ていたつもりの周りの情景が、実は自分の思っていた以上の展開をしていた、これに70年近くたって気づいた、というところにひどく惹かれたのだ。
しかもアリスだけではなく色々な人が色々な思惑を持っているので、事実を事実として知っている人たちはほんの少数だ。
後刻になってあの時はこうだったんだ、とわかる瞬間、こういうことってあったなあ・・・と思わせてくれたのだ。
そこがとても懐かしい箇所だった。

・・・・・

今回、話が3つあり、しかも同じような話が重なり合っているのも話の効果をあげている。
・一つは、70年前に起こったお屋敷での一人の赤ちゃんの失踪事件
・一つは、現代の捜査している側の女性刑事の扱った(そして失敗したらしい)母が子供を置き去りにした事件
・一つは、現代の女性刑事の過去の母子事件
どれも母と子、の物語であり、重層的に響きあっていく。
70年前の失踪事件に首を突っ込んだ女性刑事セイディが、徐々に徐々にもつれた糸を紐解いていくが、この過程で自らの私生活を顧みて、また自分が失職寸前になっているある刑事事件をふと思い出す、という話が続いていくのだ。
でもメインはやはり湖畔荘で70年前謎の失踪を遂げた赤ちゃんの話だ。

70年前、湖のほとりに瀟洒な湖畔荘があった。
そこには3人の少女と一人の男の子と両親と使用人たちが幸せに暮らしていた。
最後に生まれた男の子、セオは皆に特に愛され可愛がられていた。
ところが、ある祭りの日に、1歳になろうとしているセオが自宅のベッドからいなくなる。
必死の警察の捜査にもかかわらず、杳としてその行方はわからなかった・・・

70年後、仕事のトラブルから閑職に追いやられたロンドン警視庁の女性刑事セイディは、あるきっかけから過去のこの事件の謎解きを始めるのだった・・・解いている間に、そこに住んでいた姉妹の一人のミステリ作家アリスと知り合う。またかつてこの事件を担当した刑事にも面識ができる・・・
彼女自身の私生活の問題も絡まって、話は進んでいく・・・


冒頭の方で、少女三人の佇まいが描かれていてそれも興味深い。
特に、闊達なアリスは印象深く、庭師のベンジャミン・マンローに恋焦がれている。
それは少女特有の熱に浮かされたような恋なのだが、本人はかなり真剣で、アリスは小説を書いてはベンジャミンに見せて感想をもらっている。
姉のデボラは年が上なので婚約が決まっていた、彼女はアリスよりも落ち着いた雰囲気があり、ごくごく常識的な優等生の長女だった。
またやや変人とみなされている末娘のクレメンタインは、独自の彼女の物の見方、行動の仕方をしているほんの子供だった。

最後まで読んで、2章に戻ると(1章は土に誰かが何かを埋める話なので、実質2章から物語は始まる)、ここに物語全般の全ての重要登場人物のその人となりが描かれているのがわかる、このあたりが非常に巧みだ。
彼らが本当はどういう人間だったのか。
本当は何を考えていたのか。
本当は誰が誰の思惑を知っていて、誰が誰の考えを知らなかったのか。
言わなかったこと、言ったこと、言ったことの中にも嘘のこと、はいったい何だったのか。
これらが2に凝縮されている。
最後まで読むと、2の日は、ミッドナイトサマーのお祭りの実に重要な日、であることもわかる。

たとえば。
・お気に入りの乳母ローズは辞めさせられていて、謹厳でうるさ方の次の乳母ブルーエンにされていて、ローズと母が言い争いをしている場面をアリスは見ている(重要)。
・ミスター・ルウェリンはこの屋敷に昔からいる男性で、どうやら作家らしい。そしてアリスと仲良しで、この日、あずまやで11時半に待ち合わせを何度も念押ししている(重要)
そして、彼が若い頃挫折した話もちらっと出ている(重要)
・また庭師のハリスの息子が戦争で脳をやられてしまったのを知り、父のアンソニーが一生彼を雇うというのも明記されている。(これのみ読むと、なんて思いやりのある雇い主、と思うが実はこれも重要)
・書斎にこもって研究を重ねる愛する父の姿もアリスによって描写されている(重要)
一番目を引くのは
・アリスの母、エリナ・エダヴェインが厳しい人間であり、秩序を守ろうとしている人間で、良妻賢母であり、子供たちを大層厳しく育てようとしている。
・この夫婦は愛し合っているが、人付き合いはほぼしていない。

またこの時にはなんとなく簡単に読み過ごしているが、
・エリナが最後の子どもセオを妊娠8か月の時に、アリスの大好きな庭師ベンジャミンがやってくる、そして母らしくなく腕まくりをしている姿をアリスは目撃している、という部分もあとから全てを知って読むと感慨深い。

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アリスが後年、本当にミステリ作家になっていて、彼女が存命の姉のデボラに会う話はとても面白い。
アリスが死ぬほど誰にも知られたくなかった秘密、とは一体何だったのか。
このあたりの捉え方が違っている衝撃があった。
しかもこの前に最後の妹クレメンタインによって、アリスがあることを見られた、という場面がある。
しかしクレメンタインはその事実をアリスに告げることは出来なかった。

登場人物表
1933年
・アンソニー・エダヴェイン・・・湖畔荘の当主 
・エリナ・エダヴェイン・・・アンソニーの妻
・デボラ・・・長女
・アリス・・・次女
・クレメンタイン(クレミー)・・・三女
・セオ・・・長男
・コンスタンス・・・エリナの母

・ダヴィス・ルウェリン・・・作家、エリナが子供のころから同居している男。エリナの魔法の扉という本を書いて一躍有名になっている。

ハワード・・・アンソニーの親友
ソフィー・・・ハワードの恋人

使用人
・ベンジャミン・マンロー・・・季節雇いの庭師
・ローズ・・・乳母
・ブルーエン・・・ローズの後の乳母

2013年
・セイディ・スパロウ・・・ロンドン警視庁女性刑事
・バーティ・・・セイディの祖父
・ルース・・・バーティの亡妻
・ルイーズ・クラーク・・・バーティが今お付き合いしている女性


・アリス・・・ミステリ作家(1933年に少女時代で登場)
・デボラ・・・アリスの姉(1933年に少女時代で登場)
・ピーター・・・アリスの男性秘書
・クライヴ・・・湖畔荘の事件を当時扱った元刑事。



セイディが扱ってる事件
・ナンシー・・・2013年育児放棄で失踪中の女性マギーの母
・ケイトリン・・・ナンシーの孫でマギーの娘

・ドナルド・・・セイディの同僚刑事





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また母エリナの描写が多方面から語られている。
少女時代のエリナ、学生時代のエリナ、恋するエリナ、結婚して幸せの絶頂であったエリナ、そして・・・彼女が大きなこの物語の主人公であると言ってもいいだろう。
そして彼女の母との確執もまた特記事項だ。
エリナが母としてセオや娘たちと向き合う話でもありながら、コンスタンスという強烈な母とエリナという娘の話でもここはあると思った。

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年代的に言うと、
・1910年代のロンドン、で、のアンソニー、ハワード、エリナの幸せな学生時代と恋とその顛末
・1930年代のコーンウォールでのアンソニーとエリナとハワードのその後
・2000年代のコーンウォール、ロンドンをまたがるセイディとエリナアンソニーの娘のアリスの話
と3つの世代が入り乱れている。
これだけの年月が流れている話、なのに読み手に興味を持続し続けさせる筆致というのが素晴らしい。
そして、折々にセイディの心の内も吐露されて、彼女が一体どんなことで謹慎処分をうけたのか、また私生活でどのような苦しみを持っていたのかというのも徐々に明らかになっていく。そのあたりも非常に読ませるのだ。


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<以下ネタバレ>



・一見仲の良かったアリスの両親は、実は戦争で心に大きな傷をったアンソニーをエリナが必死に周りから隠している、という夫婦であった。
かつてのアンソニーは医学を目指す優秀で自由闊達なハンサムな男性であった。
しかし戦争中の出来事でアンソニーは心のバランスを失い、帰国後もシェルショックという心の病を発症する。
エリナは全員にそれを隠し通そうとし(特に娘たち)、厳しくなるのだった。

そして庭師としてやってきたベンジャミン・マンローは庭師以前にエリナと知り合い、エリナとベンジャミンは双方を愛するようになる。
その結果できたのが最後の男の子セオだった。
しかしクレメンタインにベンジャミンとエリナは密会のその場面を目撃され、クレメンタインは長女のデボラにそれを相談する。デボラはその秘密を持ちきれなくて、父に相談してしまうのだ。
そして父はこれを知り、更にはセオがベンジャミンの子どもということも知る。
(この時点で、アンソニーがセオを殺した?と私も思った。
精神状態が不安定な人で赤ちゃんの泣き声に敏感な人だから。
それをわかって隠している妻のエリナの姿もまた浮かんだくらいだった。が、違った)

エリナは夫アンソニーの精神状態に非常に危機感を持っていて、特に赤ちゃんの泣き声に激怒するアンソニーに手を焼いていた。そして、エリナはセオをベンジャミンに盗み出してもらい、どこか安全な家庭で育ててもらうという決断をする。
全ては狂言誘拐だったのだった。
目論んだのは、エリナとベンジャミン。

(エリナの少女時代の描写を見ると、活発で利発で何にでも興味津々で跳ね回っていて、アリスとかクレメンタインの風体なのだ。
だからなぜエリナが大人になって母になってこういう謹厳実直なまじめすぎる人間になったのか、という謎はここで投げかけられている。夫の病を家族からまた世間から隠す、という大きな目標があったからだった。これによってこの夫婦が人付き合いをしなかったというのもとてもわかる、人付き合いをしたらばれてしまうから、夫の病気が。)

(また、乳母のローズが解雇されたのは、ローズの子どもがセオ(ローズと主人のアンソニーの子ども)と私も思った。
だからセオを誘拐したのはローズだと。
けれど、実はローズを解雇したのは、『気がつきすぎる』優秀な乳母であるので、彼女のもとから赤ちゃんを盗み出すことは出来ない。老齢の(口うるさいが目が届かない)乳母を雇い直すことによって、『子供を盗み出しやすくする』意図があった。そしてこれはうまくいったのだった。)

エリナとエリナの母コンスタンスとの確執はあった。
エリナの物語を書いてくれた小説家ダヴィス・ルウェリンはコンスタンスの最初の子の出産に立ち会って死産だった。そしてそれを生涯にわたってコンスタンスはルウェリンのせいだと思っている。
ルウェリンはこの事件をきっかけに医師をやめ、小説家になったのだった。
そして小説によって王宮に招かれるということになったルウェリンを逆恨みしたコンスタンスの手で、殺されるのだった、奇しくもミッドナイトサマーで子供が誘拐されたその日に。
(コンスタンスが死産というのを口走るので、エリナが死産したと思っていたが(私もセイディも)、実際はコンスタンス自身の死産だった)
そして、エリナはこれがきっかけとなり、コンスタンスを施設に収容させるのだった。

・アリスは、ベンジャミンに恋焦がれるあまり彼に身を捧げようとする。
しかしベンジャミンに止められ、断られおおいに傷つく。
(ベンジャミンはアリスの母と通じていたわけだから当たり前なのだが)

後に飛行機事故で死んでしまう末の妹クレメンタインが見てしまった、とアリスに告白するのだが、それを(自分が身をささげようとして拒絶された場面を見られた)と勘違いしたアリスがいる。
そしてクレメンタインが話すのを遮ってしまってそれっきりになる。
ここまでの描写でアリスとベンジャミンは性的関係があったのか?と読み取れるのだが、実は関係はない。
ただ、手ひどくふられたのだった。
そして上巻の最後で、今度は長姉のデボラがこの話を蒸し返し始める。
またもやアリスは自分が身を捧げようとしたのにふられた場面をデボラにまで知られたのか、と思うのだが(読者は性的関係があったのかとここではまだ疑っていたという二重構造)これもまた違っていて、デボラは自分がセオを死に導いたのだ、という驚くべき告白をする。

またアリスは屋敷内の秘密の通路をベンジャミンに教えた、子どもを誘拐して身代金を要求するという物語を聞かせた、ということでベンジャミンが犯人ではないか、そしてアリスがそれを唆したのではないか、と怯えていた。
デボラはデボラで、自分が父親に打ち明けたことから、父親がセオを殺したのではないかと怯えていた。
二人が別々に、自分こそがセオの失踪の原因だ、と思っていたのだった。

実は、クレメンタインもデボラもある真実を把握していた。
母のエリナがベンジャミンと関係があったのだ、
という真実を。
ずうっと知らなかったのは、アリスだけだった。
更に、長姉だけに、デボラは父の病気のこともうっすらと知っていて、父の病気を隠そうとしている母の努力も知っていた。

ちなみに冒頭で箱に入れたものは(これが、ずうっとセオの遺体ではないかと思っていた。)、ベンジャミンにてひどく振られた時に持っていたバイバイ・ベイビーというアリスの書いた小説だった。
埋めた人間はアリス、で70年後にそれを掘り起こす。

・アンソニーが家で研究をしている、という場面が多くみられる。
これが、アリスの目を通してみると、尊敬している父であり、自然史を研究している父であるのだが、実際は戦争からの発作を起こすのを恐れ、部屋に閉じ込められていたというのが実情だった。また危なくなると、娘たちに危害が及ばないように、妻のエリナが娘たちを町に連れ出し、彼と距離を置く、ということまでしている。
ここは、何をしてアンソニーは生活を立てているのか?この階級だから働くことは必要なかったのか?という疑問が読んでいて沸いた。また途中で医師になる青年のアンソニーが出てくるだけに、ちょっとした違和感はあったのだ、ここは見事に騙された。

・ラストで、調べていた女性刑事セイディの祖父バーティが当のセオだということがわかる。(・・・驚いた・・・)
養子に出した後、ベンジャミンは何度もバーティを訪ねて遊んでいるが、戦争で命を落とす。
そしてベンジャミンからセオの行く方を聞いた母のエリナは、セオの元に訪ねてくるのだ、自分が母とは言わずに(というのをバーティは覚えていた、エリナの顔とともに)


アリスの弟はセイディの祖父バーティ→アリスとセイディは血の繋がりがある(アリスが大伯母ということになるのか。ここでローズの話の中で大叔母が出てきたことが呼応)
祖父バーティは養子に出された→その孫のセイディもまた自分の子どもを養女に出している、というところに呼応しているから。)
そして、セイディが若い頃の過ちで産んだ子供シャーロットが養女に出されている。
つまり、エリナが断腸の思いで危険回避のため手放した小さなセオは生きていたし、しかも脈々とその血は繋がっていたのだ、セオから孫のセイディに、そしてセイディの娘のシャーロットへと。

・ローズが(可愛いし気が利くし若いし)もしかしたら当主のアンソニーと関係していて子供を産んでいて、それがセオと想像したのは違っていた。
が、これが考えられるのなら、
ベンジャミンとエリナが密通していたと知った時点で、すぐにセオがベンジャミンとの間の子どもだ、と皆気づかなかったのだろう?想像しなかったのだろうか?(ここは、ベンジャミンとエリナの密通を知った時点で、さすがにすぐに私は思ったので、なぜ気が付かないのか・・・と思ったものだった)


・調べている刑事の祖父が探していた小さな子供だった、というのは、出来すぎのような話の流れだけれど、私はこれは受け入れられる話だ、と思った。
元々、創作の話が大好きだったアリス達だったのだから、ここはおとぎ話にしても良いのではないかと。
最後、70年ぶりに会う姉と弟の再会場面は感動的だった。

どうしてもどうしても我が子に会いたくて、少年だったセオの所に行って話をするエリナの姿も忘れ難い。
いなくなったあと、湖畔荘を事実上捨てロンドンに移ったわけだが、そののちのエリナの人生はどうだったのだろうと思いを馳せる。



評価 5(飛びぬけ)

ジョー・ウォルトン、やっぱりはずせない。
どの作品を読んでも常に心のどこかをぎゅっと突いてくてる。
本当に最後の最後まで堪能した、特にラストの数ページの心の泡立たせ方が素晴らしい。
また読書好き、本好きの人に小さなくすぐりも沢山入っている、いわくベオウルフを熱弁する(!)トールキンが先生だったとか、途中で、アラン・チューリングが顔を覗かせるとか(映画イミテーションゲームのカンバーバッチを思った)、哲学者のウィトゲンシュタインがパーティに現れるとか・・・、ミドルマーチ、学寮祭の夜、TSエリオットへの言及・・・。
更に、フィレンツェの町の素晴らしさも際立っている作品だ。ウフィツェ美術館の所蔵品の数々、フィレンツェの町自体のすばらしさ、またイタリア全体への愛に満ち溢れている(ジェラートが美味しそうで目が回った、ジェラートが何回も何回も出てくるけれど、最後のビイとのジェラートの場面が忘れ難い)

この話は、『もしあの時にあの選択をしていたら』という割合よく見かけるSF設定だ。
(読んだばかりの佐藤正午のYとかも思い出す)
でも設定はSFであるし、当然話の中にそういう部分は沢山あるけれど、いわゆる
・タイムスリップして人生をやり直す、
とか
・あの時にどうにかなってしまった人を助ける、
とか
・意図しないのにタイムスリップしてしまった、
とか
そういう類のSFではない。
読んでいると実に普通の優れた小説を読んでいる感じだった。
けれどそれは、両方パトリシアでありながら、片方はトリシアの物語であり、片方はパットの物語だ。
目次を見ると一瞬眩暈がするくらいに混沌としているが、読んでいると全くその違和感はなかった、じわじわと心の中に物語が染み渡ってくる。
(もしも別の道を歩んだら、という意味では、Yの形の人生ではあるのだが、『藁で包んだ納豆』の形のように、最初と最後が一致していて、途中が枝分かれして、最後にまたまとまる、形の人生だ。)

並行していた人生、それが並列で並べられて語られていく。
それがどういう状況を元に語られているか、というのは冒頭にある。
そして最後にもある。
だから読者は冒頭を読み、そうなのかこの人の状況は!、と思いつつ読み始めることになる。
そしてこの大団円の言葉の爆発の数々!
最後の最後での数ページでこんなに力強くそして衝撃的な言葉を残してくれたことに驚いた。
しかもこの小説、単純にもしこうだったらこの人生だった、という小説ではなく、歴史改変小説の要素も多分に持っている。
なんせ、かたや核戦争とテロにまみれ、甲状腺癌で大切な人がどんどん死んでいき、そして月に核弾頭を積んだミサイルがいる世界なのだから。具体的なケネディ大統領のキューバ危機の話とか、事実を踏まえての物語もまた構築されているあたりも素晴らしい。

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それにしても、子供の時代のパトリシアの(これは共通)海岸での
『両親と兄とパトリシア』
の美しくそして幸せそうな様子と言ったらどうだろう。
幸せ、を体現するような家族のほんの小さな幸せがここにはあり、愛する両親がいて、両親も愛し合っていて、ちょっと大人びる寸前の兄がいて、そしてパトリシアに世界を教えてくれる優しい父がいて、それを見守る美しい母がいる。
しかしこの小さな印象深いエピソードの中にも、これがひとときのものであり、将来に薄雲がかかっているという会話も巧みに織り込まれている、いわく、ナチ党の台頭の話とか兄が近々寄宿舎に入るとか・・・
不穏な影も忍び寄っているのだ、間違いなく。
それでもこの海岸の美しいエピソードが、全編を覆っている。
特に、父親との素晴らしい会話がのちのちまでパトリシアの胸に残るのがよくわかる。
この数年後、兄は戦死して、父も亡くなり、無力化した母がいて彼女は将来的に認知症になるということを考えるととてもこの幸せな場面がいとおしい。

途中マークとの結婚での悲惨な箇所が読むのが辛いほど迫真に迫っている。
教育は受けていたがクズだったマークとの不毛な結婚生活の実態が痛々しい。
・・・・
・・・・・


<以下ネタバレ含みます>
ラストが素晴らしいのは、
この二つの世界がどちらも世迷言ではなく真実であり
老女のパトリシアがどちらの世界を選択するかによって決まる、と考えるところにあると思う。
彼女の小さな選択、マークと結婚するか否かの電話のやり取り。
これが世界を分断するのだが、片方を選択することにより片方の世界は消滅するのだ、つまり子供たちも片方側しか残らないのだ。
さてパトリシアはどちらを選択するのだろうか。
というところで終わっている。
個人的な幸せなのか、社会的安定なのか。
それよりなによりどちらかの子供を消すという行為ができるのだろうか。
というようなことに至るまでを畳みかけるように語られている。


冒頭で老人施設にいるパトリシアが認知症のため非常に混乱している。
VC(very confused)と看護師に書かれるほどに混沌としているパトリシアの脳裏には、自分が何人子供がいたのかすら曖昧だ。
ここを読むだけだと、認知症ゆえ、子供の顔すら見分けられない老女の物語、と読めるだろう。
けれど、実際はこのパトリシアが、
・マークという男性と結婚するのにイエスと言ったかノーと言ったか
の分岐点で、
1.イエスの人生は、トリシアの人生
2.ノーの人生は、パットの人生
に分岐している。

1のトリシアの人生は、結婚が悲惨だった、マークを選んだこと自体が失敗であった。
一見知的で思いやりのあったマークは、自分の成績が悪かったことから思い通りの職業につけずしかもパトリシアの呼び名まで友達とともに軽くつけようとする、その結果トリシアに。
彼から来たラブレターの束を信じて教師という職業をなげうって彼のもとに来たものの、彼の受け入れ態勢は整っていない。
しかも、思いやりのない性交渉で、心ならずも妊娠を繰り返し、堕胎も繰り返し、医者にとがめられるまでになる。
快楽の全くないパトリシアの性交渉であった。
しかしその結果複数の子供を持つことになる。
そして思いやりのないのは全てに敷衍していって、マークは自分のことしか考えていない非常に旧弊な男だというのがわかる。
信じていた離れていた時期のラブレターを燃やされるに至って、パトリシアは自らの甘さを思い知らされる。

2のパットの人生は、結婚が愛情に満ちている、変則的なものの。
彼女は愛情を女性に持ったのだった、レズビアンのカップルがここに誕生する、ビイというかけがえのない女性に出会うのだった。
しかも、彼女との間に子供は出来ないので、第三者との性交渉によって子供を持とうという気持ちに二人ともなる。
交渉をしてくれる男性はカメラマンであり、マイクルという善人であった。
そしてパトリシアとビイは複数の子供を持つことになる。

愛情は2の方が優れていて、しかも仕事という面で、1のマークという旧弊な夫からの横槍がないので、イタリアに魅せられた(これもマークの結婚を断って友達とイタリア旅行に行ったことから始まるので、断ったことの功績は大きい)パトリシアは本を出版する糸口をつかみ、これ以降彼女は本の執筆でお金を稼げるようになる。
しかし、社会情勢を見ると、2の場合はテロが横行し、愛する人たちがテロに巻き込まれ(これでビイは両足を切断することになる)、また核爆弾攻撃(米ソ双方がお互いの国に対して限定的ではあるが核攻撃をした)によって放射能が蔓延し甲状腺癌にマイクル、ビイの二人が侵されることになる。

・・・・
途中、1の方の人生のパトリシアが、ちらっとビイを見かける場面もある。
この場合、世界には同じようにビイは存在しているけれど、パトリシアと知り合うこともなくひたすら樹木の研究を続ける研究者として遠くで出てくる(どちらでもビイは樹木研究者)。→そして最後にパトリシアが思うように、この世界だったらビイはパトリシアに会うということなくても、足をなくす人生ではなかった。

読んでいて、パトリシアの人生が、1にしろ2にしろ段々近づいてきたと思った。
1のパトリシアは悲惨な結婚なのだが、そこが吹っ切れてから徐々に彼女らしさを取り戻していく。
彼女らしい闊達さ、知的な行動、人好きなところが開花していくのだ、1の抑圧されたパトリシアもまた。
2のパトリシアは最初から全開であるパトリシアなので彼女の才能を遺憾なく発揮しているのだが、この後半と1の後半がとても重なってくる。
そしてどちらも子供には恵まれている。
1は、ダグ、ヘレン、ジョージ、キャシー。
2は、フローラ、ジニー、フィリップ。

月については
1では国際宇宙ステーションと月面基地。
2ではヨーロッパ連合の軍事基地。

・結婚相手のマークは1の後半で、ゲイということがわかる、男性と暮らしているというところから。
そして2のパトリシアはレズビアンであった。
なのでこの二人の結婚はうまくいかなかったのだろうか。
1のパトリシアもレズビアンの要素を持っていたのあろうか。

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1と2で共通項は
・友達のマージョリーの登場
・マークの登場(しかし2では遠景のようになる)
・パトリシアの母親が高齢になった時に認知症になる
・母親が認知症になると同じく、パトリシアも認知症で施設に預けられる
(冒頭がこの場面で、パトリシアが混乱しているのがわかり、彼女の子供が何人だったのか誰がいたのかというのが『彼女自身の頭の問題』とここでは思ってしまう)

・・・・・
8月の読書メーター
読んだ本の数:7
読んだページ数:1712
ナイス数:207

風ヶ丘五十円玉祭りの謎 (創元推理文庫)風ヶ丘五十円玉祭りの謎 (創元推理文庫)感想
ここからいきなり読んでしまうという暴挙・・・でもとても面白かったです。日常の謎をばしばし解いてしまう、ちょっと癖のある屈折した男子高校生裏染天馬の姿も好印象、他の高校生たちも(特に卓球部女子二人)生き生きと活写されていました。表題作は真相に(せこい・・・)と思いつつ、なぜ50円玉を屋台のお釣りに設定したのか、そして誰だったのか、というのを楽しみました。冒頭の丼の話もものすごく納得、男子高校生の気持ちがわかります。密室からの脱出という天使たちの残暑見舞いも非常に学校という場所を巧く使った真相だと思いました。
読了日:08月31日 著者:青崎 有吾
少女は夜を綴らない少女は夜を綴らない感想
理子が、悠人に頼られることによって居場所があると思う気持ち、そこはとても読ませました。
読了日:08月31日 著者:逸木 裕
Y (ハルキ文庫)Y (ハルキ文庫)感想
話が非常に入り組んでいますが、その分とても楽しませてもらいました。もしあの時ああだったら、の話を見事な一編の物語に織り上げています。SFとミステリと究極の恋愛小説の混合体。冒頭の電車場面を最後になって読み返すと、感慨深いものがありました。全く記憶のない男から親友を名乗る電話があった部分から始まるストーリーもまた魅力的で、一体どこが本当なのか、この人は今どこにいるのか、という謎に満ち満ちていて、それがするりと解ける部分が感動的に面白かったです。また自分の身を挺して恋人を守るという恋愛部分にもぐっときました。
読了日:08月31日 著者:佐藤 正午
花のようなひと (岩波現代文庫)花のようなひと (岩波現代文庫)感想
色付きの挿絵と佐藤正午の文章を楽しみました。短編が続いた後、最後に中編が。どちらも短いのであっという間に読めますが、滋味深いです。日常のさりげないことから花を絡めての短編は、何かの予兆に満ち満ちているのです。ちょっとした人の心の揺らめきが光ります。どれも長編の書き出しになりそうで、(このあとこの二人はどうなるのだろう?)とか(このあとこの人はどういう行動をするだろう?)と思いを巡らしました。語り口も、手紙、メール、普通の文章、独白、と多様でした。中編の幼なじみは秘密めいていて美しく切なくて心に残りました。
読了日:08月27日 著者:佐藤 正午
晩夏の墜落 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)晩夏の墜落 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)感想
好きな本でした。プライベートジェットに複数の人がいて墜落、そしてその一人のみが助かって子供を海の中で救うヒーローとなる、という話なのですが。ジェットに乗っていた富豪たちが一癖二癖ある人たちなので、陰謀説、テロ説、と噂が飛び交い・・・。この本、『なぜそれが起こったか、誰か事故を起こした人がいたのか』だけに焦点を当てると真相はそれほどでもと私は思います。ただ、その過程でジェットに乗り込んでいく人たちの人生がどうだったのか、のところが読ませます。ばらばらの人生が一点に集約していく面白さ、があると思いました。
読了日:08月27日 著者:ノア・ホーリー
大雪 (大型絵本 (2))大雪 (大型絵本 (2))感想
多分、ですが、同作者のウルスリのすずをおおいに気に入った私に、両親が買ってくれた本だったと思います、これまた小さい頃の愛読本。今度のウルスリ君はお兄さんで、妹愛に満ちていて、妹を助けるのですが。大雪の場面とカラフルなそり行進場面との対比が素晴らしくて。素朴な感じの絵なんですが、今でもひきつけられます。
読了日:08月27日 著者:ゼリーナ・ヘンツ
ウルスリのすず (大型絵本 (15))ウルスリのすず (大型絵本 (15))感想
小さい頃の愛読本。懐かしくて懐かしくて!すず、が日本のすずと違う形でどういう音色がするんだろうなあ・・・と想像したのも遠い思い出。パレードの先頭を歩くためにちょっとでも大きなすずを持ちたいウルスリ君の気持ち、そして今となると一晩いなかった息子を案じる両親の姿、にも心打たれます。パレードの晴れやかな顔と言ったら!!
読了日:08月27日 著者:ゼリーナ・ヘンツ

読書メーター


評価 4.9

第三弾からいきなり読んでしまったけれど、この青春小説おおいに楽しめた。
順番に読むと、ところどころである、くすぐり、とか引用とかもっとわかってもっと楽しめること請け合いだろう。
けれど、ここから読んでもとても楽しい。

ちょっと屈折した裏染天馬という男子高校生が日常の謎を解いていく。
本当に小さな学校内、または学校外でもまだ学校のしっぽを引きずっているような場所で、小さな謎があって、それを見事に推理していくという、他愛もないと言えば他愛もない話だけれど、よく読むと、ああ!なるほど!とすとんと落ちる推理がそこにはなされているところがお見事だ。
平成のクイーンと裏表紙にあったけれど、最初の方での推理はホームズを思い出す推理で、身近なものからこれこれだっただろう、という観察眼の勝利の話でもあった。

何しろこの高校の面々が溌溂としていて、読んでいて心が明るくなる。
どの子も生き生きと活写されている。
探偵役の天馬はもちろんのこと、卓球部の二人組の柚乃と早苗の可愛いことと言ったらどうだろう。
また新聞部部長の香織も時折とても重要な場面で顔を出している。

どの話もいいが、特に表題作の風ヶ丘五十円玉祭りの謎夏祭りでなぜどの屋台でも50円玉でお釣りをくれたのか。
その指示は誰が出したのか。
というこの謎、非常に面白かった。
最後、せこい・・・と思いつつ、確かにこれってあるんだろうなあ・・・と思わせる妙がある。
落ちた50円玉を拾うアイディア。小銭が多ければ落とすものも多くなるというアイディア。
この話の中で、懐中電灯をあてる部分がとても好きだった。


もう一色選べる丼は、
二色丼という丼の特性を生かし、なぜ置きっぱなしにしてしまった生徒がいたのか、果たしてその生徒は誰だったのか、またなぜ丼の半分を残しているのかわざわざ二色丼を頼んだのに、という何重もの謎が満ちている。
日常の謎なので、どうでもいいと言ってしまえばそれまでだけれど、どうでもよくなくてぐいぐい読ませる力がある。
学生生活であるなあ・・・この気を遣う感じ、ととても微笑ましかった。
付き合ったばかりの彼女が作ってきてくれたお弁当は嫌いなとんかつ弁当だった。
でもその気持ちを傷つけないように、お弁当の中身を捨てた後、空腹を満たす半分と、とんかつで汚れた箸を作るために二色丼の一方はとんかつにしたのだった。偽装工作する男子高校生がかわいらしい。



針宮恵子のサードインパクトは、不良っぽい針宮という少女が年下の気の弱い彼が吹奏楽部でいじめられているのではないかという疑いを持ったことから話は進む。
これまた少女たちの心理を突いていて、あるある!!こういう場面と思ったものだった。
暑いので少女たちがはだけて練習している姿を『唯一の男子部員に見られたくない』という心理がとてもよくわかったのだった。だからこそお使いに出されていて、これはいじめではなかったのだった。
そして針宮が彼との交際を宣言するところも好き。


天使たちの残暑見舞い、かつてなぜ少女たちが抱き合っていたのかという謎から、密室から少女たちが消えた謎まで一気呵成にこれまた読ませてくれる。
この日記に書かれたことは実際にあったことなのか?
学校がどういう状況だったのだろうか?
学校という特殊な場所で行われること、ということを見事に出していると思った。
まさか消防の訓練の時とは!はしご車から脱出とは!
この日記でぐっすりその前に学校内で寝てしまったと書かれているところが、誰もいなくなった不思議な校舎を作り上げている、避難訓練の日だった!!あるある、学校では。


その花瓶にご注意を、は、裏染の妹の話だ。
花瓶がこわれていた謎をこれまた水の有無から見事に推理していく。



評価 3.9


冒頭から、非常に暴力的で自暴自棄な特異な加奈子、という少女が登場する。
彼女と友人である理子とのムンクの叫びについてのやり取りも印象に残る。
彼女の存在が一瞬なくなったか・・・と思われた時に、今度は加奈子がとてもこの話の重要なファクターであったということがわかってくる。

理子。
加奈子の小学生の時の友人であり、学校内でボードゲームクラブに入っている。
クラス内では、派手なグループの沙苗という少女に眼を付けられているが、マキというそれなりに友人もいる。
家庭では兄と精神を病んだ母との三人暮らしで、理子が家事を一気に引き受けている。
そして理子が夜に綴る夜の日記には人には見せられない話が次々と綴られて行った。
近所の河原でホームレスが殺害されたという事件をきっかけに、理子の何かが暴発する・・・
そしてそこに現れたのが、悠人という一人の男子学生だった。


理子の家庭の悲惨さ、というのは、母の言葉の暴力によるものだ。
父の死によって、40過ぎて産んだ理子に母の言葉のはけ口は向かう。
彼女の家庭内放棄により、毎日の食事の用意は理子になったのだった。
理子の兄は中学教師となっている。
理子はある時点から毎朝ホームレスの近くをジョギングする兄がホームレス殺しの犯人じゃないかという疑いを持つ。

また加奈子の弟、ということで登場した悠人の家庭もまた悲惨だ。
龍馬という暴力に支配された父親に日常のように暴力を受けている。
そして殺意を持つようになっていた悠人。
死んでしまった加奈子もまたこの家庭に育っていたのだった。

加奈子との複雑なやり取りを経て、加奈子の死に加担してしまった理子は、心の病を持っている。
つまりこの小説、心の病を持った人がそれはそれは多くいる小説だった。
いいところは、居場所が自分を認めてくれる悠人との間にできたということに喜ぶ理子の姿はとてもいとおしかったところだ。
でも全体には私の好みの小説ではなかった、申し訳ない。

以下ネタバレ
・夜綴っていた陰惨な人を殺す日記が、理子の歯止めになっていた。
加奈子がクラス全員を殺すといっていたストリキニーネを加奈子の飲み物に混ぜ、加奈子はそれが効いてきたころ、高いところから落ちて死亡してしまう。
ここに立ち会った理子が精神を病む。
(加奈子のせいで、いい加減にしてほしい!と思った、私は)
しかしこのストリキニーネは嘘の粉だった。
(ますますいい加減にしてほしい!!と思った、私は)

・一方で、加奈子の弟の悠人もこのことを知っていて、姉を殺したことを発表されたくなかったら、理子に自分の暴力的な親を殺してほしいという相談を持ち掛けるのだった。
悠人もストリキニーネは嘘で、加奈子の死には理子は関係ないということを知らなかった。
(悠人とのやり取りは好き。でも児童相談所に行けと思ったものだった。何でも殺人すればいいという発想が・・・)

・理子の兄、に至っては、痴漢。
は????
生理中の女性に欲情する?は????
血にまみれたナプキンを収集する?は????
しかも教師???
変態で、気持ち悪さ爆発というか、これが平然と他のエピソードと同列に書かれているというところが、なんだか、だった。
しかも母がそれを知っていて庇っていた?は????
理子の家、どれだけ壊れていたんだろう。
彼女こそ施設に行った方がまだしもいい家庭環境じゃないか。
暴力的な父と暮らす悠人よりも更に悲惨な家庭だと思った。悠人はまだ暴力支配というわかりやすい状況だし。
そして、
兄は最後どうなったんだろう?
理子が告発して捕まったんだろうか?
それを庇っていた母と理子と二人になったんだろうか?

・理子の唯一の友達らしきマキの姿が今一つ見えないように思った。
正論は言うのだが、そしてその正論でホームレスの女性を救ったという功績?はあるけれど。
肝心な時にいてくれない感じが漂うのだった。

・そして、読み終わってちょっとわかったことがあった。
この話の中で、まともな大人、というのが出てきていないのだ。
まともなのは、立ち直ったホームレスの女性のみで、あとは担任もダメだし、親たちもダメだし。
マキの親とか、薫の親とかどうなんだろう。
2017.08.27 Y


評価 5

佐藤正午祭りまだまだ続く・・・

・・・・・・・・・・・・

非常に面白い。
出だしから魅了され、途中困惑しながらも(何しろ話が複雑)、大変満足して読み終わった。

ジャンプ、もそうだったけれど、
(もしあの時にああしていなかったら)がテーマになっている。
そしてこちらはもっとそのことを突き詰めていて、SFになってしまっているという・・・

・・・・
まず出だしで衝撃的な電車の話がある。
これは何だろう?と思っているとぶつっとそこで切れる。
そして全く別の話が始まる(この作り方も面白い、最後まで読んで最初のこの電車シーンを読むと感慨深い)

私(秋間文夫)のもとに『全く記憶のない親友』北川健と称する人からの電話がある。
話をしてみるが全く分からない。この人は誰だろう?
何かの勧誘なのか?
何かの宗教なのか?
しかも私(秋間文夫)は妻が出ていって離婚の最中という悲惨な状態であった。
そして数日後、北川の秘書から、貸金庫に一枚のフロッピーディスクと500万円の現金とある女性名義の預金通帳を受け取る。
フロッピーを読むと・・・


最初の北川の話を聞いていると『私(秋間文夫)』の気持ちがよくわかる。
何やら荒唐無稽で、向こう側の言っていることがさっぱりわからず、かすかに記憶のあるジュールとジム(お互いが好きだったトリュフォーの突然炎のごとく、から来ているのだろう)まで例えに出されているが、こちらは記憶がゼロだ。
このあいまいなまま、大金とわけのわからない話の入っているフロッピーディスクをもらうという戸惑いが痛いほどわかる。
(フロッピーディスクに、時代を感じるが)
これは何かの小説なのか?
その売り込みなのか?(私は、出版社に勤めている)

ねじれたねじれた物語。
そこには一人の女性を何とかして電車の事故から救おうとする一人の男性の時空を超えた愛の話であった。

何度も何度も同じような場面が出てくるし、話もくどいほど丁寧だ。
そこが嫌いな人もいると思うがこここそが真骨頂なのだと私は思った。
このくどさ、しつこさこそがいいなあと思わせるところなのだと。

またラスト近くで、ある人間がこの全ての話の中の誰であったのか、というのが氷解した時に、ああっと思った。
そうだったのか。
最初からいたのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・

<以下ネタバレしています>
・水書弓子という人間が生きたか生きなかったか、というのが
非常に周りの人に影響を与えている。

・北川健は、電車の中で会った女性に一目ぼれする(1980年9月6日)
何度か出会ったあとに、ようやく彼女とある駅で一緒におりて一緒に行動することを承諾させる。
ところが、北川が電車内に傘を忘れたのをある小学生の女の子が車内から指摘。
それを彼女が取りに戻る。
その時に、北川は違う車両から降りた一人の男に声をかけられていた(これが秋間)
ドアが閉まり彼女は苦笑して次の駅から戻る、というような所作をする。
が。
彼女は永遠に彼のもとには戻らなかった、なぜなら先頭車両の人たちは次の駅までの間の電車転覆事故で亡くなっていたか、または重傷を負っていたから。
彼女はバレリーナ志望で一命はとりとめたが重傷を負った脚に、そのあと絶望して自殺した、数年後に。
北川と彼女の線は交わることはなかったのだった。

・これを北川は、タイムスリップすることによって、なんとか食い止めようとする。
北川がタイムスリップできるというのに気づいた時に徐々にその期間が延びていることに気づいて、いつかこの時に行けるのだろうと想像する。
この駅で、傘を無視すれば。
この駅で、彼女を降ろす頃ができたならば。
その一心で北川はタイムスリップするのだった。
これを映画の手法になぞらえて、アイリス・イン、アイリスアウトと名付ける。
うまくいかないので、何度もタイムスリップ。

・彼女の名前は水書弓子。
今ディスクを読んでいる出版社に勤める秋間の妻であった。
この世界では、水書弓子は、秋間弓子になり、秋間との間に一人子供をもうけている。
そして離婚しようとしている(これが現在)

・西里真紀。
彼女は北川と結婚した女性。
彼女は、両親をこの電車事故で亡くしている。

●一度目の人生
・秋間がホームで北川を見かけたので秋間も北川も事故にあわなかった。
・しかし傘を取りに行った水書弓子は重傷。
西里真紀の両親は電車事故で死亡。

このあと秋間と北川は親友に。
タイムスリップの理解者も秋間、そして秋間は映画監督。
秋間の目の前で北川はタイムスリップするのだった(こちら側の体は死亡する)

水書弓子、自殺。
西里真紀とは二人の子供を持つ、北川と。

●二度目の人生(タイムスリップする、上の一度目の人生の先から電車事故まで戻る)
・水書弓子は助かる。
・秋間をこの電車に乗らせるなという言葉を残して、北川は西里真紀の両親を救おうとする。
・が、かなわず北川自身が事故に巻き込まれ、重傷に。

このあと、
水書弓子はバレリーナの夢を捨て、秋間と結婚。
西里真紀は、ホテルの宴会係。
映画の会で秋間と知り合い深い関係になっている(これが現在)

・北川の秘書は、最初の電車事故の時に小学生で
傘が忘れられているのを知って
声をかけた女の子だった。
なので彼女はこの話が本当だ、とわかっているのだった。
北川は元妻の西垣真紀の名義で多額の通帳を残して、秋間に託している。

・新たに現在の時点でわかったこと。
ピュアという描写が続いているように見えた水書弓子は、不倫をしていた。
そして、のちに秋間と結婚した弓子との間の子どもはどちらの子供か非常にあいまいなものだった。
彼女が降りようと思った駅は実家のある下北沢ではなく、不倫相手のいるもっと先の駅だった。
また彼女は自分の才能に見切りをつけていたので、いずれにしてもバレリーナにはならなかった。
(苦い真相)

・最後のところで、北川は再び電車事故のところにタイムスリップしたように見える。
またYの分岐ができるのだろうか。



評価 4.8

素敵。
色付きの絵本を読んでいるようで、素敵。
(挿絵が色付き)
短編が並んだあと、最後に幼なじみの中編が入っている。

話そのものは、長編になる前の萌芽、という感じが漂う。
でもどれも趣向が凝らされていて、全く飽きないし、語り口も、
ある時には子供たちへの呼びかけの先生の言葉
ある時には披露宴を欠席しようとしている女友達へのメール、
ある時にはちょっとしたものから過去の思い出、
と変化に富んでいる。

日々の暮らしの中で、ふっと思ったことを小説にする、ってなんて素晴らしいことなんだろう。
そういう想いを味合わせてくれる本。
やさしさに満ちている本。
花が絡んでいるので、より一層美しいものに触れた、という気持ちにさせられる。

私が特に好きなのは、
・待ち人・・・これも先を読みたい気持ちが。この不安を感じた女性と彼とはうまくいったのだろうか・・・
・光の色・・・夢を思い返す話だけれど、美しい、夢を思い返す部分が特に。
・マフラー・・・空港行きのラウンジでマフラーを間違えた女性の話・・・まだまだ続くのだろうかという予兆が。
・幼なじみ・・・妻の知らない夫の思い出話なのだが、過去に戻っていく構成がとても読ませる。
2017.08.26 晩夏の墜落



評価 5


この本、評価が難しいと思った。
というのは、
プライベートジェットが落ちた

偶然乗り合わせていたスコットという売れない絵描きが必死で大富豪の幼い息子を救助して、海の中を死に物狂いで泳ぐ。

助けられる

当然スコットはヒーロー扱い。

ところが、視聴率目当てのマスコミから、実はこれが仕組まれた事件ではないかという疑いがかかり、スコットが過熱する報道の矢面に立たされる。
という流れなので、当然こちらも、
『一体本当はこのプライベートジェットが落ちたのは事故だったのか、偶発だったのか、それともテロだったのか、陰謀だったのか、そして何より肝心の犯人は誰だったのか』
という興味に流れそうになる。
途中でスコットは本当にヒーロー?とこちらまで疑ってみたくなる。
誰か生きているのか?他にも?と途中途中で思ったりもする、そいつが真犯人かとも。
でも最後まで読むと、犯人の動機とか犯人像とか、それほど、あ!とは思わない(と私は思った)。
正直に書けば、これが動機?と思うところもある。
この部分ではそうなのだ。

・・・・・・
けれど上に書いたような点を加味しても、私はこの小説、とても面白いと思った。
というのは
『事故で死んでいる人達』
のそれまでの人生が語られているのである。
この部分が非常に面白く、それぞれの人生がありそれぞれの生き方があり、それぞれがある一点で集約される、そこがまさにプライベートジェットの中だったのだ。

●売れない絵描きのスコット。
住んでいる島の市場で出会った女性マギーに声をかけられ、別荘に来ている彼女が帰りに乗るプライベートジェットに同乗させてもらうことになった。
売れないマギーの子どもはレイチェルとJJ。
プライベートジェットには他に、こわもての護衛のギル・バンク、機長のジェームズ・メロディ、副操縦士のチャーリー・ブッシュ、客室乗務員のエマ・ライトナーがいる。
更に、デイヴィッドの知り合いの銀行家ベン・キプリング、ベンの妻サラ、も同乗していた●

出てくる人たちは、
プライベートジェットを持っているくらいなのだから大富豪のデイヴィッド・ベイトマンがいる。
彼はマスコミの寵児でありALCニュースの代表者でありメディア王と呼ばれている。
彼を困らせていたのが、全てにやりすぎの司会者ビル・カニンガムだ。
ある事件でやりすぎたため、デイヴィッドがビルをどうするかというところで、デイヴィッドの運命は尽きる。
なので、そのあとビルはいわばやりたい放題で、ねつ造したともいえるスコットの攻撃をし始める品性のなさがある(ビルを見ていると、映画ダイハードのマスコミの男を思い出す・・・・)
彼の奥さんは、元学校の先生で非常にノーマルな感覚を持っているのだがこのところデイヴィッドについていけない。
仕事中毒の夫といるのが本当に正しいことなのか、息子と娘の幼さに救われながら、自問自答する毎日だ。
またこの二人の娘レイチェルが誘拐されたという過去があった。
このことから二人は、護衛というものをつけている。
そしてこの護衛もイスラエル生まれであり、複雑な状況で育ったというのが描かれている。

ベン・キプリングは違法なビジネスに手を染め訴追を受ける直前であった。
彼のみそれを知っていたが、妻のサラは全く知らない。

・・・・
また助かったJJは一夜にして大富豪の幼き子になるわけだが、彼女を引き取る叔母の善良さ、というのも際立ち、それと対比するように、クズの男の叔父の姿も目に焼き付いている。
またスコットをかくまってくれるこれまた大富豪の女性がいる・・・

最後の最後の方で、なぜこうなったか、というのが語られる。
全ての人の思いが、このプライベートジェットの墜落で終わり、そして九死に一生を得た、スコットとJJは新しい人生を踏み出していく・・・

この話、
もしプライベートジェットに乗らなかったら、
という選択肢は、誰にもあったわけだ。
でも全員11名がこのプライベートジェットに乗ってしまった、神に導かれるように。
もし乗っていなかったら、
全員が助かったわけだが、そのあと、というのもまた考えさせられる。
・デイヴィッドは離婚していたのではないか、マギーと。
・ビルはデイヴィッドによって葬り去られたのではないか
・ベンは確実に刑務所だろうか
・サラも没落だろうか
・スコットは売れ始めようとしていた絵で出世していたのだろうか
・このお金の有り余ってる中で、JJとレイチェルは普通に育っただろうか
・JJの叔母は男と結局は別れたのだろうか。
・客室乗務員のエマはまともな人生を歩めたのだろうか

サイドストーリーも生き生きとしているので、それはそれは考えさせらえるのである、この人たちの人生を。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
どの場面も鮮やかであり、立ち上がってくるような物語が目の前に展開している。
人生、というのを深く考えさせられたのだった。
2017.08.26 大雪


評価 5

これまた小さい頃の愛読本。
ウルスリのすずを目にした方が早いという記憶なので、あまりに気に入っている私を見て両親が買ってくれたのだろうか?(これまた記憶では本が小さかったような記憶が・・・)

こちらはお兄さんになったウルスリ君。
フルリーナが妹でお兄さんのそりにつける毛糸を手に入れようとする。
ところがフルリーナが大雪に埋もれてしまい・・・

これは大雪が主体であるので、大雪場面がすさまじく、そしてその対比で明るい場面(特にラスト)が美しさが際立つ。
カラフルな絵本であり、ウルスリのフルリーナへの家族愛が滲み出ている一冊だと思う。
23ページの誇らしげな二人の姿が大好き!