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2019.07.17 続横道世之介



評価 5

なんて素晴らしいんだろう!!!
前作の横道世之介も素晴らしかったけれど、その続編をどうやって作るんだろう???(だって横道世之介で結末がわかってしまっているだけに)と思っていたがそれは杞憂だった。
逆に、横道世之介がどうなるかというのを知って読んでいるので、全てが許せて全てがこの上なく貴重な一瞬一瞬だなあと思いながら読むことになった。
くすっと笑える部分も沢山あった(一番笑ったのが、コモロンの家に大家さんがさくっと入ってきていて、テラスにいるという場面。笑った笑った!)
青春物としても一級品だろう。

これは過去の話でもあるけれど近未来の話でもあるのだ。
ここには現在まだ開催されていない東京オリンピックが描かれている。
そして、そこにとても重要な人物が思いもかけない状況で出ているのだ、このあたりの描き方もとても巧い。
なんといっても、世之介の自然体が胸を打つ。
こうであるべきとかこうしなくちゃというのが彼には一切ない。
流れるままに生きているというとだらしない人っぽいのだが、彼は清流の魚のごとく、流れて行っているのだ彼の人生を。
桜子と出会ったのも流れの中。
彼女の兄と出会ったのも流れの中。
桜子の息子を愛するようになったのも流れの中。
コモロンと居酒屋でぐだぐだ話をするのも流れの中。
床屋で知り合った(というかその前にパチンコの台の奪い合いで知り合った)寿司屋になろうという志を持つ浜ちゃんという女性とのあれこれも流れの中。
こうしてみると多彩な人物が彼の周りを流れていく。

横道世之介。
大学を出たものの、52社から断られいまやバイトとパチンコで生計を立てているという情けない状況だ。
友達のコモロンは、うまく大手の証券会社に滑り込んだ。
コモロンとは道が違ってもどこからともなく二人で待ち合わせしてしょっちゅう会っている。
そんな中、覗きがきっかけで、桜子という子連れの女性と出会うことになる。
桜子の兄の隼人、桜子の息子の亮太、そして桜子の父と知り合いになり、ヤンキーの洗礼をたくさん受けながら、世之介は桜子と徐々に付き合っていくようになる・・・


自然な世之介。
余りに自然すぎる世之介の姿に心洗われる。
無理して生きていなくていいんだ、というのが彼全体からにじみ出てくるのだ。
この小説にも出てくる言葉だが、善良な人、というのは読んでいて心地よい。
桜子の子供の亮太とゴミ箱の蓋で草の坂道を滑っていく姿とか、眠ってしまった亮太を背中に負ぶう姿とか、桜子の兄の隼人と二人で組んでバカバカしいとも思える役どころに本気になって亮太を怯えさせる姿とか読んでいて本当に世之介の人物像が迫ってくる。

また隼人が若い時の過ちで自分の知り合いを寝たきりにさせてしまった後悔から、ずうっと彼を見舞いに行っているという話の中で、さりげなくその家に上がり込む世之介が全く違和感ないのはどうしたことか!!これすらも彼の善良っぷりが全てを許しているということなのだろう。

・・・・
途中コモロンの一つの転換点がある。
彼が自己改革のセミナーのようなもので外で叫んでいる時に偶然世之介と会う。
善良なる世之介も、なにやってるんだと声をかけるシーンが忘れ難い。
コモロンがのちにどうなったかというのも書かれているが、この後の姿を思うとまたそれはそれで感慨深いものがあるのだ。

以下ネタバレ



・コモロンは証券会社を辞めて得意な英語を武器に海外に行って働いていた。

・隼人は被害者が死んだあとに、世界を回る船乗りになっていた。

・世之介は人を助けるために電車に轢かれて若い時に死んだ。

・桜子の息子の亮太は、走るのが好きで入賞は果たさなかったもののオリンピック選手になり、そして目の見えない人の伴走者にもなる。



評価 4.5

日曜の午後とかにお茶でも飲みながら、のんびり読むには最適の本。
益田ミリさんの絵もついて、ゆるりと楽しく読んでいた。

彼女がへこんだりむっとしたりするときに取る行動が、美味しいスイーツとアルコールとか、、、やるな!それでもいいんだ!とちょっと驚いたり、お父さんとの思い出で(お亡くなりになってる)それを誰にも言いたくない気持ちとかすごくわかると思った。そしてお父さんがまだいる世界を作っているという事も(英会話の先生と話している時に、家族はまだ全員いるという事になっている)。
お母さんが元気?と自分を心配してくれるという事のありがたさも、彼女はわかっていてそのあたりもちょっとぐっとくる、自分を機にかけてくれている人が、ここにまだいるんだというその気持ちに。


カジキマグロの脱水というのも面白い。
レストランで言われた言葉らしいけれど、脱水とは!!



評価 5

ストーリーテラーっぷりが半端なく発揮されている。
とてもとても面白い、それも出だしから。
二つの話が組み合わさっている。

一つは、『小説家になる前のライターの『わたし』が上野で偶然喜和子さんという年配の女性と出会ってからの話』、
もう一つは『帝国図書館の成り立ちとそこに集う沢山の人々と歴史の話』だ。

・・・・・・・・・・・・
謎の女性、しかもちょっと身なりが怪しい喜和子さんとの出会いが実に普通に描かれている。
彼女の魅力というのが徐々に徐々に溢れ出てくるのだ。
ベンチで偶然隣り合った人との会話、そこから喜和子さんとの付き合いが始まる。
喜和子さんという人のノンシャランとした自由な生き方がまぶしい。
お金にとらわれず、天涯孤独のような(あとで違うとわかるけれども)生き方、そしてここまでの来し方・・・・
彼女には、友達と言える既婚者の大学の先生、同じアパートに住む芸大生、そして過去の恋人らしきホームレス男性、古書店店主、と少数ながら人に取り囲まれている。
図書館の話を作家志望の『わたし』に書いてほしいと望む喜和子・・・・
『わたし』もいつかその渦に飲み込まれていく。

一方太字で描かれている図書館の話(たまに図書館そのものの告白になったり、図書館の近くの上野動物園の動物たちの話に移行したりしながらも)がある。
ここに集う文学者たちの姿のエピソードも大変面白い。
(永井荷風のお父さん!!こんな活躍していたとは!!)
また図書館そのものがどのように成り立っていったか、いかにしてそれを存続させようとしたかという図書館物語そのものも非常に面白い(まさか永井荷風の父親が!とか、そもそも福沢諭吉が海外からヒントを得て!とかとか・・・)
日本になかった概念図書館を作り上げていくのに尽力する人が必ず出てくる一方で、国策で戦争との費用の取り合いで必ず負けている図書館・・・この姿も先人たちがいかに苦労して図書館を作ったかという話で読ませる読ませる。

・・・・
そしてこの話の面白さは、ミステリ風味があるということだ。
そもそも喜和子さんとは何者だったのか。
彼女の話していた、小さい頃に一緒に暮らしていた二人の男の人というのは何だったのか。
彼女と母親との確執は何だったのか。
また逆に彼女と娘、また彼女と嫁ぎ先との軋轢とは何だったのか。
のんびりと自由に暮らしている彼女の背景にはいったい何があったのか。
これらが話を強烈に牽引していくのだ。
途中、数字のミステリまで混じっていて、更に、最後の最後に、皆が首をひねっていた部分がぱっと顔を出す。

おおいに楽しめておおいに読ませる一冊だった。

以下ネタバレ

途中喜和子さんが病気になり死ぬのに驚く。
が、ここからが真骨頂で、彼女の娘、彼女の孫娘が現れ、にわかに喜和子さんの本当の姿というのが見えてくる。
最後までわからなかった
どうやってゲイの二人と上野で出会ったか
という話が最後の数行で出てくる、喜和子さんを茂みの奥から見つけた瞬間を。

国策で戦時中動物園の動物が殺されたのは事実として知っていたのだが、これが猛獣が外に出たら困るということだとばかり思っていたが、この小説内で、そうではないということがわかってここも非常に驚いた。
2019.07.11 沈黙の少女



評価 5

評価5とつけておきながら、全てわかったかと問い詰められたら、ええっと・・・と口ごもるしかない。
すっきりとは終わらなかったからだ。
もっと言えば、ラストどういう気持ちで終わったらいいんだろう。
もやもやっとして3回読み直したが、それでもまだもやっとしている。

謝罪代行社は同作者の本で、これも同じように人称が変わっていくミステリで非常に面白く読んだ。
この沈黙の少女も同じく人称が変わっていって・・・そこに大きな仕掛けがある。
最初の方から読ませるので、ぐいぐいと話にのめり込んでいった。

主に
・わたし
・きみ
・彼ら
という一人称、二人称、三人称で語られていく。

わたしのパートは、最愛の娘を誘拐され、その復讐に萌えている父親の話であり、この部分はスリルとサスペンスに満ちていて非常に読ませる部分だ。なんせ娘を誘拐した(であろう)数人の男に自ら接触するわけだから。自分の身元も偽って。
わたしは、教師をしているのだが、パブで市井で普通の職業を持って普通に暮らしていると見える男達とわざと知り合いになる。
しかし、数人の男達も馬鹿ではないのでその駆け引きが非常に難しい。
妙に慣れていると思われないように、妙に緊張しすぎている(多少の緊張は必要)と思われないように、細心の注意を払って男達に接触する。それでも彼らは疑ってくるのだが、最終的には味方に引き入れ、次なる犯行に及ぼうとする・・・

わたしは自分が異常者であるというのを彼ら認識してもらわねばならない。
だから今は家にいる娘と二人暮らしなのでが、彼女に肉親ながら異常な愛情を持っているという事を告白までしたりする(当然嘘)

途中、わたし、がどうやって彼らを見つけたのか、どうやって接触できたのかというのがわかってくるにつれて、どんなに周到に準備していたのかというのがわかる仕組みになっている。

・・・・
一方で、きみ、はルチアという誘拐された娘の一人の話だ。
彼女は誘拐されたのだが、そこから辛くも逃げ去ったただ一人の生還者だ。
沈黙の少女というのは彼女の事で、生還してから彼女の両親にも誰にも口を開かない。
そこに同じように娘を誘拐されたわたし、が乗り込んでいくのだった・・・・
ルチアの心を開いていくさまがここでは読ませどころだ。
どうやって口を開かせるのか。
どうやってそこから自分の娘の時の犯行に結び付けていくのか。

・・・・
一番わかりにくいのが彼らの部分だ。
ここは文章としては短い。
けれど彼らの本質を描いている。

ラスト、これでいいのか!!というようなラストだったのだが・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下ネタバレ

・わたし、と一緒に家に暮らしているという娘が、想像上の娘でいないというのは比較的早くわかる。
だからここに男達の一人が行った時に娘がいなくて驚愕した場面はさして驚愕しなかった、やっぱりと。

・彼ら部分はこの男達ではない。

二重構造の誘拐になっている。

・348ページから始まる『本当の』狩人の彼らがまずいる。
これこそが、『彼ら』の章で語られている人達だ。
つまり、わたしが接触した数人の男は、本当の狩人ではない。
この人たちは、1917年ロシアとの国境近くでロシア兵がやってきたときに子供たちを森に逃がす。
そして狩りのノウハウを知った子供たちは、追ってきたロシア兵を血祭りにあげる。
ここから連綿と狩りの教育が始まるのだ・・・
(一族として頭がおかしいという事か?殺すという事に取りつかれているのか?
この狩る狩られるが現代まで続いているというのが意味が分からないところの一つ)

本当の狩人・・・ルチアを狩った。その他にも多くの少年少女を狩っては殺した。
最終的に、わたしが接触した男たちも氷漬けにして殺した。

・ルチアという沈黙の少女は本当の狩人に監禁され逃げ出した女の子。
逃走の時のシーンが迫力がある、一緒に逃げていた女の子の一人は、狩人の娘であり最後裏切られたりする。

わたし、の娘も本当の狩人に拉致監禁され殺された。

・無垢ということを
新しい方の狩人は、無垢を汚す、つまり小児性愛者と都合の良いように解釈したが、本当の狩人はそれをせせら笑って違うという。では『彼ら』にとっての無垢が何だったのか、そこが克明には書かれていない。(若いという事か。物をまだ知らない若者を狩るということか。ここが今一つ飲み込めなかったことの一つ)
6月の読書メーター
読んだ本の数:15
読んだページ数:5076
ナイス数:263

彼女たちの場合は彼女たちの場合は感想
従姉妹同士のアメリカノープラン旅行。ロードムービーを見ているようで楽しめました。逸佳が17歳、礼那が14歳と未成年でしかも女の子二人なので親目線だと非常に不安で危険だと思います、現実問題としては(事実危険な目に何度か合っているし)。途中までは親のクレジットカード払いでホテルなど泊まっていましたが、途中から止められてここからの方が話が面白いと思いました。行く先々で多くの人と出会い、二人が協力してアメリカの土地土地を巡っていく・・・犬を連れたお婆さんとの出会いが後半とても重要になってきます。
読了日:06月30日 著者:江國 香織
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルーぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー感想
とても良かった!!イギリス在住の母と息子のやり取りがなんとも心に響きます。元底辺中学校に入学した『ぼく』が出会ったのは、多様な人種、貧富の差歴然のクラスだった・・・『ぼく』自身も英語で話すものの外見から差別に合うことも。格差社会がくっきりと浮かび上がってきます。ピュアな『ぼく』の物の見方、様々な友達との交流が鮮やかに描かれ(特にダニエルとティム!)、それに対する母ちゃんの一言一言が胸に刺さります。一方で真面目な話だけではなく、クリスマスに自虐ラップをする問題児とか、学校のクラブ活動などの話も楽しみました。
読了日:06月30日 著者:ブレイディ みかこ
国語教師国語教師感想
前半の方であまりの男女の感覚のずれ(男女のテンションの違いと男女の視点の違い)に、うわーと一旦本を置き・・・そこから復帰してまた読み直してみたら!読ませました、最後まで。かつて同居していた男女が16年ぶりに国語教師と作家という立場で再会する。4つの部分があり、特にこの中で国語教師の創作の若い男性の監禁物語が非常に不気味で気味悪い物でした、しかも物語が進むにつれてある部分がそこにリンクしていくというマジックが。巧みです、話の持って行き方が。齟齬だらけの二人の話がまとまっていく快感が。ラストぐっときました。
読了日:06月29日 著者:ユーディト・W・タシュラー
無実はさいなむ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)無実はさいなむ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)感想
NHKBS放映で今やっているので再読。このミステリ、昔から言いたいことが沢山あり・・・ツッコミどころ満載なのです。が。が!設定がまず非常に面白く(お屋敷に生れも育ちも違う養子が5人!!って!)子供たちの個性がそれぞれ違って、しかも『善意』で引き取った当主の奥さんが・・・という回想部分も読ませます。加えて、既に死亡した犯人が当時主張したことが本当だったとわざわざ言いに来るキャルガリなる男がいて、長女の車椅子の旦那様、と多彩な群像劇。だからツッコミどころはあるけれど、愛すべき作品でもあります、私にとっては。
読了日:06月29日 著者:アガサ クリスティー
検察側の証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)検察側の証人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)感想
NHKBSが連続のドラマで今放映しているので、また読んでみました。もう欠点ないでしょう、というくらいの出来の戯曲。二転三転がこれほど鮮やかでクリアーなものってなかなか出会えないと再確認。全てがわかっていても面白いという古典中の古典。
読了日:06月29日 著者:アガサ・クリスティー
いくつになっても トシヨリ生活の愉しみいくつになっても トシヨリ生活の愉しみ感想
年末以外に中野翠さんの本が読めると得した気分、ラッキー!副タイトルにトシヨリ生活の愉しみとありますが、年老いても(というか老いている感じがしない!)いつもの作者であって、映画の話とかファッションの話とか読んでいて楽しかったです。おすすめ老人映画も八月の鯨、ストレイト・ストーリー、手紙は覚えている、小津映画と多彩でありこのあたりも読んでいてわくわくしました。ユニクロと無印の服に関する感想が私と同じで、そうなのです、日々とても助かるんですが、が。あと手作り手芸の話、大好きなのでそこも嬉しく読みました。
読了日:06月29日 著者:中野 翠
夫の骨 (祥伝社文庫)夫の骨 (祥伝社文庫)感想
面白かったです。9編入っていて全て家族の揺らぎ曖昧さ不安感を描いている小説。全てが予想を裏切られます、確実に。最初の方はありがちな普通の家庭の話から始まり、そこからなんと!!という数回にわたる驚きの展開が見事です。俗にいうイヤミスの範疇とは思いますが、中には明るいラストの絵馬の赦しなどもラスト一文がきいてます。鼠の家も暗い話ですがラストに光明が。表題作のラスト2ページの驚きで茫然とし(全て予想は違いました)、かけがえのないあなたのラストでDNAキットの意味がああっとわかりました、そういうことだったのかと。
読了日:06月22日 著者:矢樹純
冥界からの電話冥界からの電話感想
愛子先生の小説もエッセイも大好きで(なので、ここに出てくる北海道の怪異の話も知ってます)だからこそ、残念。死後の世界があるかないか、霊がいるかいないかの前に、死んだ少女の電話番号とか、少女の住所とか実在したのかとか、事故の事実確認とか、少女の兄はいったい何者なのかとか。もうそのあたりをとことん追及していただきたかったです。高林先生に対してもすみません、好感は持てません、なんであんなに胸の事を少女に何度も聞く?ここだけでかなり私にはなんだかなあの人間でした。ただあったことをありのままに書いたのでしょうが。
読了日:06月19日 著者:佐藤 愛子
三つ編み三つ編み感想
声高にジェンダー論とかフェミニズムとか叫ばれている小説は苦手なので、どうかなあと恐る恐る・・・ああっすごくいい小説!!インド、イタリア、カナダと違う場所で違う環境で生きていく三人の女性の物語です。三人の中でインドのスミタの話がやっぱり強烈で、現代?これは?と何度も何度も読み返しました、それほどひどい。そもそもどの話も話そのものが面白く、スミタの脱出劇、ジュリアの恋物語から会社の事へ、サラの焦りと全てに映像が浮かびます。また男性VS女性という構図ではないのも好感度大。ミステリのように最後三人の結びつきが!
読了日:06月18日 著者:レティシア コロンバニ
生物学探偵セオ・クレイ: 森の捕食者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)生物学探偵セオ・クレイ: 森の捕食者 (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想
ううむ・・・変人探偵というか、もうこれは、人間関係を構築できる人ではないというレベルの変人(でも恋はしてる!なぜ!)のセオ・クレイ。生物情報工学の部分が好きな人にはたまらないと思いました。しかし独自調査すればするほど自分の首を絞めるということになってくるのが・・・後半、かなり冒険活劇チックかなあ。
読了日:06月16日 著者:アンドリュー メイン
ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3ゆるキャラの恐怖 桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活3感想
大好きなシリーズ、クワコー!待ってました!大学の先生なのに、クワコーと生徒に言われるくらいに馬鹿にされ、そしてせこくてお金を常に使わないようにしていて本当に貧乏で、でもなんだか憎めなくて。今回はゆるキャラまでになってしまったクワコー。一緒にいる女子学生のネット語満載の浮ついた会話も笑いました(ホームレス学生も懐かしい!)。後半の話は、教育勅語が出てきてこれまたおバカな男子学生が色々指摘するのですが(それもひどい言葉で)ここ、納得できたのです、彼が言う事がいちいち。にしてもセミ!きのこ!要注意!
読了日:06月15日 著者:奥泉 光
たのしい暮しの断片たのしい暮しの断片感想
鋭い切り口の金井美恵子さんのエッセイというより、のんびりと暮らしの事、昔の事を語っている本でとても好感が持てました。本と映画に当然ながら詳しいので、長靴一つとってもそこから、映画のヘッドライト、ハックルべりフィンの冒険、そしてバードウォッチングまでの流れる文章を楽しみました。また鏡花随筆集など本への言及もありそこもまた読みどころ。幼い日々の出来事を綴っている竹とんぼとか雪だるまの話が澁澤龍彦の狐のだんぶくろ(こちらは男の子の幼い日々)などを彷彿とさせました。
読了日:06月15日 著者:金井 美恵子
赤い衝動 (集英社文庫)赤い衝動 (集英社文庫)感想
読みましたが・・・
読了日:06月15日 著者:サンドラ・ブラウン
十日間の不思議 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-1)十日間の不思議 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-1)感想
これまた再読。ライツヴィルもの三作目なのですがとりあえずこれを。これも大好きな話です。最初記憶喪失の男性の話から始まるので、一種サスペンスっぽい風情もありますが、そこからエラリイがまたしてもライツヴィルの町に!年の離れた夫のいる女性の境遇、そこにいる息子の境遇、息子と対立している叔父、そしてすべてを取り仕切っている人格者の父親と、9日目まですこすこ読んでいて、エラリイが謎を解き明かしてやれやれと思い、10日目になると!この衝撃、結構私は大きかったです。犯人がわかってから全部読み直すと巧妙な人物描写が!
読了日:06月15日 著者:エラリイ・クイーン
災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)災厄の町〔新訳版〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)感想
数年前に旧訳で再読して今回は新訳で再読。驚きました!解説にもあるようにハーマイオニーの名前変更!まずここに、えっと驚きました。非常に読みやすくなり、ライツヴィルもの大好きなので、この濃密な街の雰囲気とか改めて読んでも懐かしかったです。町の名家と言われている一つの家族の物語ですが、若きエラリイ・クイーンの行動が若いなあと思わせるところが多々あってそこも読ませます。婚約者が失踪したという衝撃の過去の出来事から始まり、途中の話の核となる手紙、姉妹それぞれの思い、エラリイの立ち位置と、ラストまで一気に読ませます。
読了日:06月15日 著者:エラリイ・クイーン

読書メーター


評価 4.9

楽しい!
二人の少女がアメリカを旅する話、なのだが、とても読ませるし何より二人の道中の話が楽しい。
折々に二人が家出をしたということから、二人のそれぞれの両親の様子が出てくる。
ここがまた現実に戻っているようで、更にこのことによって夫婦の亀裂みたいなものも浮き彫りになっていってそこもまた読ませるのだ。

逸佳と礼那。
二人はいとこ同士で、逸佳は17歳、礼那は14歳で、礼那は家族と共にニューヨークに住んでいる。
逸佳は不登校になりとりあえず今は礼那の家族と一緒にニューヨークに住んでいた。
ある時、二人は家出を決行する、アメリカ中を見てみようという気持ちの元に。


少女二人で最初は親のクレジットカードでホテル三昧だ。
特段に浪費しているわけではないが、いずれにしてもクレジットカードがあるというだけで二人とも安心して移動している。
けれど、ヒッチハイクも同時にしているので、贅沢三昧しているわけではなく、二人で知恵を出し合って暮しをたてながら移動しているのだ。
しかしアメリカでノープラン。
そしてそこにはたくさんの人がいる・・・・

現実的に安全、という事を考えると非常に無謀な旅でもある。
海外しかもアメリカで未成年の女の子二人での旅・・・案の定困った事態にも何度か会いかける(バイク事件が一番怖かった・・・よく逃れたものだ・・・)。
これを見ていると安全と危険って紙一重なんだなあと思う。
親たちが心配するのも無理はないと親視点では思う。
けれど、一方で、ロードムービーのようで彼女たちが途中途中で出会う人たちに励まされ、次の駒(すごろくのように途中で感じた・・・)に進んでいくところなど読ませたのだった。

特に。
クレジットカードを止められてからがとても良い。
不法とはいえ働いてお金を稼ぐようになった逸佳。そしてほのかに心を許す男の子も出てきて彼に電話をすることで精神の安定まではかっている。

この二人が、一方の逸佳がかたくなでありそれほど人に心を開かないし、英語がそれほど得意でもない。
一方の礼那が英語が堪能であり、心を開いているので多くの人と知り合うきっかけになる。
この対比が面白いし、逸佳がノーと思っていたことが後半ほどけてくる様もまた魅力的だ。
路上で倒されたお婆さんがいて、彼女の逃げ出して犬がいて、ここから二人の後半の旅が決まっていくというのもまた楽しい。

旅で色々なところに行って、長くいるところもあればさくっと離れるところもある。
けれど、礼那はまだ幼いのでよくわからないだろうが、逸佳の方はもうこの旅がこれで終わりの旅なんだ、こうして二人で長旅をすることはないんだということがわかっている。
もしすることがあってもそれは全く違ったたびになるという事も。
だからそのあたりの思いの強さというようなものは逸佳から伝わってきた。

ただ・・・
2・3気になったことを。

以下ネタバレ

・二人が旅に出るきっかけがあまりよくわからない。
そのあたりもっと描いてほしかった、二人が相談している姿とか、一人一人の心情とか。

・礼那の両親がうまくいっていないのが顕在化するわけだが、この二人の旅行によって。
母親が教会に行っていた意味がよくわからない、信者ではないのにこれだけ熱心に通っているという意味が。

・あと礼那の母親のUの発音が混ざっている単語の話は何だろう?
単にそういう話ということなのだろうか?
救いを求めていたのか?それは教会なのか?

・将来的に礼那の両親が離婚するらしいが・・・
この話、途中の流れから不仲で話し合いができない二人とはわかるのだが・・・そこまでなのか?
そのあたりが唐突に見える。将来の話とは言え。



評価 5

波(新潮社の販促誌)をずうっと見ていて、この連載が一番面白く一番楽しみにしていた。
今も続いているがそれが一冊の本になったというので、わくわくしながら読んだ。
波で読んでいても改めてこうして読んでみると、親子の会話が絶妙であり、母ちゃん、が素敵であり、息子君の逡巡、判断、友達への接し方に現代イギリスの問題点がクローズアップされる。
それはいわゆる、格差が大きいということなのだが・・・

イギリス在住で日本人の母とアイルランド人の父との間に生まれた『ぼく』。
ある意味特殊な環境の優れた(と一般的に思われている)カトリックの公立小学校に通っていた優等生の『ぼく』。
中学になって学校の選択があり、そこで人種も貧富も上下がある元底辺校だった・・・


主に子供の日々の出来事から、会話が始まりそこから見えてくるイギリスの現在。
友達同士の間も常に貧富の差(あまりに貧しいところは貧しい)があり、そこに気を遣うのも悪いし全く気を遣わないのも悪いしという心の葛藤がとてもわかる。
自分が理解できないくらいの貧しさを友達が持っているという現実がある。
そして、そこには、貧困のみならず、『ぼく』が直面する自分自身の問題でもある、人種問題も根強く横たわっているのだ。

・・・・・
何よりもこの本で読ませるのは、息子が持ち帰ってきた問題を母親がとても真剣に受け止めて(かといって過剰ではない)、彼女なりの判断をするのだが、必ずそこに息子の意見はどうなのかというのが見えてくるのだ。
教育の違いかもしれないけれど、息子君の意見がこれまたすごい。
何が正しいのか。
アイデンティティーとは何か。
大きなところで言えばそういうことだが、卑近なところで言えば見てくれも非常に良いのにクラスのみんなから疎まれている少年は微妙に差別論者だ、彼の家庭環境からだろうが・・・
一方で貧しい地域に住んでいて、兄弟が多く制服すら新調できない子もまたいる。
『ぼく』はどちらとも話せるしどちらとも付き合えるが、この二人が犬猿の仲というのは変わらない。

更に、東洋人の顔をしている彼を何くれとなく庇ってくれている上級生がいる。
彼もまた中国人という国籍を持っている。
彼が、『ぼく』を庇ってくれているという事、そのために事件が起こってしまったという事に『ぼく』の気持ちは乱れる、自分はそれほど自分のことをオリエンタルと思っていないのではないか、自分はどこかに属しているという意識がないのではないか。

学校の楽しい劇の事も印象深い。
演目はアラジンのミュージカルだがひょんなことから(声変わり!がキーとは!)最初差別的発言で反目していた子とある日仲良く話せる日が来る。
この時以降話すようになり不思議な友情関係が生まれる・・・・

クリスマスコンサートの問題児の自虐ラップも笑える。
そう、この本、真剣な話も多いのだが、笑える部分もとても多いのだ。

・・・・
折々に作者がかつて保育士であったこと、そこは底辺の保育園で実に多種多様の子供がいたこと、そして偶然その中の一人の成長した姿を見たこと、などが綴られていく。

とてもとても私的なこと(いわば息子の学校の話が中心だ)なのに、なんて普遍的なテーマを描いている一冊なのだろう。
子供らしい『ぼく』の言葉に何度も何度も胸を打たれた。
そして、エンパシーという言葉もくっきり胸に刻まれた。
2019.06.29 国語教師



評価 5

読み手の心をあちこちに持っていく話だと思った。
二転三転するのだ、話もそうなのだが、二人の男女に関する感情が揺れ動かされ翻弄させられる。
また作りも大変手が込んでいて、
1.メール
2.二人の作った物語が二つあり
一つは、男性側の祖父の自伝
一つは、女性側の非常に気味の悪い監禁物語
3.過去での出来事
4.16年ぶりの再会の時の会話
この4つで成り立っている。
これが絶妙に組泡合っているので、ある時には、監禁物語で(やっぱり!!)と思い、ある時には過去での出来事で(え?)と思う。更には現在と過去が描かれるので、そこでも違った光景が見えてくる。
一体何が真実だったのか。
そのあたりの揺らぎもある。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
最初の方で、すぐに次のことがわかる。

・昔付き合っていたらしい男女がいる。どうやら16年ぶりの再会らしい。
・女性側マティルダは国語教師であり、男性側クサヴァーはどうやら青少年向けの有名作家らしい。
・作家を招くワークショップがあり、それが『偶然』女性側の学校で開かれることになる、国語教師であるから当然ながら女性側がもてなす側のホストになる。
・この偶然を男性側は非常に喜んでいる。喜びついでにメールまで出す、個人的な思い出を語りながら。
・しかし女性側はそっけない。きわめて事務的に返している。


ここまでで、(ああ・・・きっと男性のクサヴァーはそれほど感じていないかもしれないが、女性のマティルダは何か深い傷を負ったのだな、過去に)ということは容易に想像がつく。
そしてやはりそのようなことが描かれていく。
ここまでは想像の範囲内だ。

子供を望んでいたのに全くその話に耳を貸そうとしなかったクサヴァー。
同居して16年(!)という長い年月にもかかわらず、最後あっけなく家を出ていくクサヴァー。
その陰には・・・・
もうこのあたりで、クサヴァーのクズ男っぷりが目についてくる。

ところが途中から実に不可解な展開が始まっていく。
それはマティルダの気味の悪い監禁小説とともに始まっていく・・・いったいこの話は何なのか、もしかして・・・

最初の方で感じた感情と読み終わってから感じた感情が全く自分の中で違っていたのだ。
そしてこれが、途中まで恨みとか復讐の物語とばかり思っていた自分が恥ずかしい。

・・・・・・・・・・・・・・
以下ネタバレ

・途中から、
『金持ちの女に乗り換えて、全てを手にしたクサヴァー』
が見えてくる。
そこが見えた時点で、更に最低のクズ男と思った。
またマティルダとは子供を作らないのに新しい女との間に子供が!!
更にヒットした物語を二人で作ったことは一切外に出していないというところでもまたクズ男っぷりが際立つ。

ところが途中から
クサヴァーの今があらゆる形で語られる。
それは、クサヴァーは結婚して子供がいるが、それは自分の子供ではなく奥さんの子供(同時期に奥さんが付き合っていた男からの子供)であった。
クサヴァーは無精子症で子供が出来なかったのだ(それをマティルダはクサヴァーが出て行ってから知る)

その子供が誘拐された、ベビーシッターが目を離したすきに。
永遠に見つからず、そして夫婦仲もそれで終了した。

・マティルダの創作した話には、若い男性を小さい頃から地下室に閉じ込めた監禁の物語が出てくる。
読んでいて
(この若い男性は、もしかしてマティルダがクサヴァーの子供を誘拐して育てているという実話なのか?)
という疑問が沸き上がる。
クサヴァーも同じような気持ちでいるのかともその時に思っていた。

・が、実際は

子供は事故死していた、牧場で、ベビーシッターとクサヴァーが情を交わしていた時に。
それをクサヴァーは知っていたのだ。
マティルダは自分の話が嘘だとわかっていたし、クサヴァーを問い詰めて真実を吐き出させる。
ベビーシッターの事も見抜いていた。
そしてすべてをわかったうえで、警察に行けとクサヴァーに諭す。

・マティルダは余命幾ばくもないので、クサヴァーに会いたかった。
あれだけ愛したクサヴァーに。
クサヴァーは、マティルダの病状は知らなかったが、わざとワークショップをマティルダの学校と指定したのだった。
マティルダ側も同じことをしていた。
誰よりも深くお互いのことを理解していた二人。
これは変遷を経てようやくこれが真実の愛だと気づいた二人の、愛の物語だったのだ。



評価 4.7

これもBBCの放映があるので再読してみた。
前と全く同じ感想の箇所は、消える、ということだった。
誰が消えるかというと、キャルガリだ(ドラマではカルガリーになっている)
解説にも書いてあったが、視点が一定していないということなのだろうが、ともかくも、探偵役がキャルガリだなと思っていると、ずうっとずうっとでなくなってしまうのだ。
一体どうしたことか?
なんか意図があるのか?
と最初読んだ時に思ったことまで思い出した(意図はないと思います)
あとラストのあれはやっぱりもやっとした。突然なに?なんで?(今も謎が解けません)


善意の慈善家の老婦人が殺された。
彼女の元には、引き取られた養子が5人、引き取られた家政婦、夫、夫の秘書、養子の一人の夫と多くの人がいた。
養子の中で手の付けられない息子のジャックが犯人だとされ、捕らえられた。
ジャッコはほどなく獄中死するが、最後まで自分が犯人ではないと主張して、その証拠に
『屋敷には行った。
帰りに車に出会って、見ず知らずのその車に乗せてもらった。』と言ったのだった。
ところがこの車の持ち主は見つからず、これまたジャックの嘘だと・・・思われていたのだが・・・


全ての事件が終わった、と皆が思っていたら、突然車の持ち主が現れる衝撃の幕開けがある。
持ち主がアーサー・キャルガリだ。
彼は近頃この事件を知って、自分のために迷惑をかけた人たちがいると思い訪ねてくるのだった・・・

・・・・・・・・・・
いいことをしよう!真実を告げたジャックの言葉が本当だと証明しよう!!と思ってきたのに皆から疎まれるキャルガリの姿が何ともお気の毒だ。
自分でもそれは愚痴っているのだが・・・
ジャッコが犯人だったら、ワルだったので家の人達がそれなりに納得していたのだ。
でももしジャッコが犯人でなかったら?
全員がお互いを疑心暗鬼の目で見るようになる。誰が本当の犯人なんだろう・・・
そして彼は誰にも頼まれていないのに独自に調査を始める。
4章から7章まではキャルガリが八面六臂の活躍だ。
読むほうも(ああ・・今回の探偵役はキャルガリなんだな)と思いつつ読んでいると、ふっと消える、8章から。消えたキャルガリ・・・
実にそこから18章再登場までキャルガリではなく、今度はフィルという養子の一人と結婚した車椅子の男性が探偵まがいのことを始める、人間観察ができるようになったと言って・・・

しかし、慈善家の女性がそもそもこの5人の生まれも人種も異なる子供達をどうやって養子にしたか、そして養子になった彼女たち彼らたちはどう思っていたのか本当は、というところが最大の読み場だと思った。
子供を愛する形が、伝わっているのか。
彼らは強権的な母に物質面では満足させられていたものの、心の面で本当に満足していたのか。
そして最後まで手を焼かせたジャックの本当の姿は何だったのか。
このあたりはとても読ませて面白い。
全員のキャラクターが生き生きと描かれいてる。
また、途中であるサイドストーリーのような人物が入ってくる。
この人の存在がたいしたことないな、と思っていたら最後非常に重要な役目だったんだ、というのが今回改めて注目したところだった。


以下ネタバレ

・後半フィルが殺され、ティナも殺される寸前まで行く。
それで犯人が分かるのだ(ここの展開も今一つ・・・)

犯人は家政婦のカーステンだった。

ひとたらしで年上の女性を篭絡するのが上手なジャッコにそそのかされ、カースティンは彼への愛のために雇い主を殺したのだった。
そそのかし役がジャッコ。
実行犯がカーステン。
ジャッコは自分に完璧なアリバイを持っていた(と思っていた、車を拾うところで)

ところが、途中のサイドストーリー的なところで、ジャッコの死後ジャッコの妻なるものが現れたことが、カースティンを逆撫でる。
殺人まで犯したのにジャッコには妻がいた、というところで目が覚めるのだった。

(ジャッコをカースティンが救わないのは、気持ち的にわかる。
が。
私の疑問は、なぜジャッコは自分を救うためにカースティンだったと言わなかったのかということだった。
だって自分は殺していないわけだから、実際に。
獄中死までが短かったのか?(しか考えられない)

・養子にした、裕福な家で満足な暮らしをしていない子供たちを育てた、というのが、子供達それぞれの記憶の中では必ずしもいいこと、としては記憶されていない。

・真相に近づいたフィルとティナを殺した、殺そうとした、のもカーステン。

・ラストいきなり、キャルガリとへスターが結びつくのだが・・・いったい??
医者はどうなった???え?



2019.06.23 検察側の証人


評価 5(飛び抜け

評価をつけるのもおこがましい・・・
BBCのドラマを見たので戯曲の方を何年かぶりにまず読んでみた。

どんでん返し、思ってもみなかった結末、ぞっとする最後。
こんな謳い文句がずうっとこのミステリは叫ばれていて、見る方も読む方も最初すごく目を凝らしてみている。
でも絶対にわからないと思う巧妙な作りだ。
どうやって、というのが最大のキーで、このことに関しては最初の方で一瞬だけ書かれている、そこも見逃せない。
また、すごく大胆な手口なので、ここもまた見逃せない。

ふとしたことで街中で知り合った二人の男女。
青年レナードはお金がなく妻ローマインと二人でつつましくささやかに暮らしている。
金持ちのオールドミスは金にあかせてレナードを屋敷に入り浸らせている。
そしてある夜にオールドミスが殺された。
当然レナードに嫌疑がかかるのだが・・・しかもレナードは相続の権利を持っていたのだった・・・


妻ローマインが最初は弁護側の証人でレナードがその時刻には家にいた、というのを証言してもらう手はずになっている。
ところがローマインがレナードを罵倒し始めるので、これは危険と『弁護側の証人』ははずされるのだ。
あろうことか、その後ローマインは『検察側の証人』になり、茫然とするレナードの前で彼が不利な証言をするのだった。
絶体絶命のレナード・・・ところが・・・

ここからが非常に巧い。
ローマインの造型もここまでに描かれいてる。

以下ネタバレ

・このミステリのポイントは
愛する夫のために語る妻の証言は、あまり重要視されないので無実を勝ち取れない事だ。
だから、本当は愛していた夫をなんとか絞首刑から逃れさせようとして、ローマインは逆手を取った。
不利な証言をローマインがして、別の人が(実はローマインの変装の人)その証言は嘘だったと証言して見せる。
これが唯一レナードを無罪放免する方法だった。


最初の方で
妻ローマインが
・外人であること
・かなりレナードより年上であったこと
・二人が籍を入れていないこと
・女優だったこと(ここが非常に重要になる)
というのは記されている。

ローマインは、違う女性に変装して化けた(ここが女優魂発揮)
自ら(外から見ると違う人間に見える)ローマインの言っていることが嘘だ、と証言する人間に成り代わる。
妻ローマインの言っていることが否定される。
つまりは、

レナードが釈放される方向に行く。

しかし、ラストもうひとひねりが戯曲にはある。
レナードは自分が刑務所に行くことも覚悟で(偽証罪で妻ローマインは問われることになる)絞首刑から救ってくれた妻を見事に裏切ってくれる。
彼には新しい恋人がいた・・・
そしてローマインは包丁でレナードを殺すのだった・・・