評価 4.8

思い描いていたよりずうっと良い作品だった。
方言(この場合東北)が巧く機能しているし、話そのものも面白く読ませる。
途中で方言の塊が沢山飛び込んでくるが、それがリズム感をもってこちらに伝わってくる。
徐々に彼女の生い立ちが語られていくのもまた読ませる。

子供たち二人を育て終え、夫に先立たれた桃子。
彼女の頭の中には誰だかわからない人が沢山出てくる、それも生まれ育った東北の方言を使って話しかけてくる。
生きること、それは彼女にとって孤独と向き合う事。
いい思い出もあったし、辛い思いでもあった人生。
そこを彼女は生き抜いていく・・・


東北で何の不思議もなく、おら、と自分のことを読んでいた少女。
彼女が学校で始めて自分をわたし、という事を知り、それを使ってみたいが周りとの違和感を感じるあたり、含羞を感じるあたりの描写が非常にストレートに伝わってきた。
また子供達との関係性も徐々に語られていくけれど、それは同時に自分と母との関係に及び、ひいては自分の結婚式の直前に田舎を逃げるようにして都会に来て最初の夫と知り合った経緯を語ることでもある。
夫とのやり取りも何とも微笑ましく、恥じらいがあって初々しい。

後半、桃子さん自身の過去の自分が次々にひょこっと登場してくるのもまた幻想的で良かった。

第158回芥川賞受賞。



評価 4.1

自分の学生時代に、これと全く同じことがなかったとしても、(ああ・・・あったなあ・・・こういう心のすれ違いみたいのは)と思わせる一冊だった。
どこもかしこも懐かしいのだ、学生時代のモラトリアムの時代に自分が思ったこと、将来への漠然とした不安とそして夢、対人関係、その全てがきゅっと凝縮されている。
まさにタイトル通りの、青くて痛くて脆い、の話だ。

・・・・・・・・・・・・・

男子学生が語り手になっているので、そこがやや私としてはもどかしかった。
なぜかというと、この男子学生がなんとも歯痒いのだ。
もうちょっとなんとかしてくれ!と思うような男子学生なのだ。
彼の思考回路というのが今一つ納得できないし、後半に至ると、なんでそれをそこまで?、と思うこと多いのだ。
このあたり、共感する人と共感できない私のような人間とに分かれるだろう。
ここが青くて痛くて脆い、ところなのだろうか?
現実を見て秋好が自分の道を進んでいるのはそれはそれでいいんじゃないのか?
私にはそう思えて仕方なかったのだった。

入学したてから人とそれほどかかわりを持たない方針を打ち立てている『僕』に、積極的にかかわってくる一人の目立つ女子生徒。
目立つ女子生徒、秋好は、目立つと同時に理想論を授業でぶちまけ、周りから浮いていた。
そんな彼女に目を付けられ一つのサークルを結成した大学生男子。
そのサークル名はモアイ。
しかしモアイは時とともに違うものになっていく・・・


途中まであることが伏せられている。
そこでかなりの人が驚くとは思うのだが・・・

以下ネタバレ

・秋好が途中まで死んだ、と思っている。
ところが、彼女は巨大な就活セミナーのようなものになったサークルモアイの代表者だという事がわかる。

・細々と始めたモアイ。
しかし徐々に形を変えて、最終的サークルモアイに入ることは就活に勝つこと。
そしてモアイのメンバーは学内でも大きな幅をきかせている。
4年の間にそういう事になっていたモアイから『僕』は脱退しているのだが、最後の方で、モアイを解体すべくネットに投下するのだ、モアイの実情を。
この部分が何ともかんとも・・・私には納得できなかった。

 『僕』の私怨の気もするし、また、最後の秋好とのやり取りもなんともかんとも・・・
2018.05.17 5月ベスト本


今月特に特に面白かった本は雪の階。
奥泉光のいいところがぎゅっと詰まった本。
『ある事件』の前夜の貴族の女性のあれこれと、闊達に動く庶民の女子の恋の顛末がいきいきとした語り口で語られて行きます。

ミステリ性あり、幻想風味あり、何よりもくすっと笑える場面あり、で、隅から隅まで楽しめました。
出来得るならば、こののち、を描いてほしいというのが切なる希望です。

・・・・・・・
あともう一冊、は・・・
一冊というかこの中の一編の表題作、とてもヒットしました私の心の中に。
忘れられない一作でした。
今まで読んだ川上作品の中で私としてはベスト。

一見平凡、でもちょっと困ったことも散見する・・・、ぐらいに始まる主婦の普通の日常世界がみるみる変容・・・
変容っぷりが素晴らしいです。
作者の作品がこういうのだったらいくらでも読みますっ!!ついていきますっ!



評価 4.9

川上未映子作品の中で、これは好きな方だと思った。
どの話も心に残るし、どこかしら心に引っ掛けのフックのようなものを残してくれる。
どの話も巧いなあ・・・と素直に思えた。
4作品入っている。

表題作ウィステリアと三人の女たちが一番良い。
何かを連想させるなあ・・・と思っていて考えていたのだが、村上春樹の何かを想起させるような感じの話だ。
普通の子供がいない主婦がいて、普通に日常を送っているのに、ある日突然目の前の家が解体される。
そこには老婆が住んでいたらしい。
夫との仲もそれほどではなくなっていた29歳の彼女は、ある一人の女性にそそのかされるようにして解体の家に入っていくのだ・・・そこで彼女が見たものは・・・・

異世界というほど異世界ではないのだが、確実にそこで彼女は変容し、また世界も彼女の周辺で変わっていく。
徐々にその真っ暗な闇に取り込まれいていくその感じがとても良いし、そこから抜け出て現実に戻った時に、夫と再び会い彼の現実の言葉を聞く場面も読んでいて面白い。
ウィステリアの出方も非常に読ませる。

・・・・・・・・・・・・・・

彼女と彼女の記憶について、も、有名な女優になった女性が同窓会に出席したところから話が始まる、
彼女が忘れていた、かつて友達にしたこと。そして今のその友達の消息も恐るべき事態として語られていく。
一体何が友達にあったのだろう・・・
ちょっとした記憶があるかないか。
そこに悪気があるわけではないけれど、してしまったことの数々はどういう意味を人生で持ったのだろう。
そういうこと全てが開かれていく時、戦慄を禁じ得ない。
2018.04.02 3月漫画


はあああ・・・終わった・・・
長い長い旅を終えたような気持ち。

絵、に関しては色々言いたいこともあるのです、でもでも!
ちゃんと最後にスウェーデンのオスカル一世を出して、由来をさりげなく語り
オスカルなどの主要人物はいないものの
その後のヨーロッパの激動、フランスの動きを克明に語ってくれるところが最後まで読ませました。
そして、フェルゼン・・・はああああああ・・・ここでも溜息・・・・時は流れる・・・

ラスト、思いもかけない某有名漫画とのコラボが!
ここは作者の遊び心、とみるべきで、目くじら立てないで温かい目で見てあげたいものです。

本当にありがとう、こんな素晴らしい作品を世に出してくれて。
2018.03.06 半分世界


評価 5

変な話!
すこぶる面白いけれど。

この話、くくりとしてはSFだけれど、奇想部分も非常にあると思う。
そして日本の話ではあるけれど、海外の話を翻訳しました(名前は別にして)と言われてもわからないだろう。
スリリングで突拍子もない展開が待っている。
多分読者が予想している範囲を超えている作品だと思った。

・・・
たとえば最初の吉田同名。

なんてこった!
吉田大輔という実に平凡なサラリーマンが突然電車を降りて自宅に向かう間で19329人になった話だ。
増殖の物語だ。
これは、自分がもう一人いるとか、自分が増えるとかSFの話で意外に目にしていることがあったように記憶している。
けれど、この話の優れているところは、アイディアに頼っていない(増えたというアイディア)ところだ。
増えたぐらいは考える人が多いだろうそのあとの普通の展開も。
皆が戸惑い、皆があたふたするところまでぐらいは。
奥さんが拒絶するところぐらいまでは。

そのあと、なのだ、この話の真骨頂は。
この人たちが増えて一体どうなるのか。
最後の部分で驚愕した、こういう展開方法があったのか・・・と。
廃病院で収容された吉田さんたち。
彼らは思考も嗜好も一緒なので、最初無気力になっていく。
が、ある時からここに秩序ができ始める、同じ名前で同じ人でもリーダー格が明らかに表れ、分担化され、ヒエラルキーがあえて作られ、そこは一種の村のようになっていく。
そしてこのラスト!!!なんと自分の肉体と肉体を重ね合わせ始める・・・


次の半分世界。
これも家が半分になってしまってぱっかり開いてしまってそこに住んでいる人が見えてしまう我が家、という設定そのものはアイディアだ。
けれどそこに住んでいる人達を次第に観察し始める人がいて、その人たちの名称がついていって、住んでいる人が藤原さんだからフジワラーと呼ばれるようになる、というのもありそうな笑える話だ。
真剣に彼らの行動を熱狂的に見張り続ける人たちがいて、その視線を感じている藤原さん一家もいる。
この不思議なバランスと言ったらどうだろう。
しかも藤原さん一家の内情が徐々にわかっていく・・・
映画のトルーマンショーがあるけれど、国家全体で一人の人を見ているというところでちょっと思い出したりした。

白黒ダービー小史。
く・・・っくだらないっ、けれど笑える、おおいに笑える。
300年もの間、町が白黒に分かれてゲームを続けている町・・・
そこにロミオとジュリエットのように白チームと黒チームから恋人たちが現れる・・・・
この話、三崎亜紀のとなり町戦争をふと思い出すが、アプローチは全く違うのだ。
あくまで、おちょくってる感じの白黒ダービー小史であり、人を食ってる感じの白黒ダービー小史なのだ。

そしてバス停夜想曲、あるいはロッタリー999。
この話は読んでいる間中、コルタサルの南部高速道路を思っていた、非常に近しいものを感じた、行き交う不特定多数が集まってきて否応もなく彼らがかかわりを持つようになり、そこで何かが形成されるという部分において。

乗り継ぎのためにバスを降りるとただただそこには砂塵の舞う十字路があり、そこで皆が自分ン目指す場所への番号を持ったバスを待っている。
時刻表もなくそれはいつ来るかもわからないバスだ。
そこでサバイバルが始まるのだが・・・・

この話、このあと歴史になっていく、そこが非常に読ませるし面白い。
語り手が変わって別の物語を語り始めるたびにわくわくしてついつい話にのめり込んでしまった。

2018.02.28 魔女


評価 4.8

樋口有介の小説って、話の内容もだけれど、それ以上に会話が楽しめないと乗れないだろう。
この会話の一連を私は大いに楽しめる人間なので、この物語も最初から最後までおおいに楽しんだ。
多少、話として弱いところはあるにせよ、会話が読んでいるだけで浮き立つように楽しいのでもうそこでかなりの高評価になる、私の中では。

初恋の物語だ。
解説にもあるけれど作者の作品に初恋の物語が多く、そのどれもが瑞々しくて個人的には大好きだ。
そしてこの作品もまた、かつての恋人が生きたまま焼死させられるというショッキングな出来事から話は始まる。
でもいかんせん、彼女は、『昔付き合った彼女であり、なんとなく別れた彼女である』のだ。
しかも今は年上の彼女がいる広也(こうや)は、フリーターのようなことをしていて、定職もなく大学卒業後知人のガーデニングプランナーの手伝いをしている男だ。
いくら暇人とはいえ、昔の彼女の猟奇的事件を追うとは・・・でもここには強い人間がいて、それはテレビ局に勤めなんとかスクープをモノにしたい水穂という姉がいる。
強弱で言えば、強が姉で弱が弟いう構図だ。
そして弟である広也の乾いた一人称で語られていくのがとても魅力的だ、一種独特の雰囲気をまとっている。

学生時代に付き合って別れただけの千秋。
彼女が生きたまま焼死させられた・・・
テレビ局でスクープをモノにしたい姉の依頼もあり、弟の広也は千秋の身辺を探り始める、気楽な気持ちで。
しかし調べていくうちに、付き合っていた当時の千秋とは別の面を知り始める・・・



・・・・
広也は最初に疑問に思った、自分が覚えている元彼女の実家と改めて知った実家が違う。
ここが大きな疑問の一つとなって周りの人々(過去の知り合いの人を含めて)に彼女という人物像を聞いていく・・・(そしてこれはとても重要なヒントだった)
そして広也は、自分が知らない元彼女の姿を知っていく、ここがとても面白かった。
元彼女を語る人語る人で、全く人物像が違う。
このあたりが、なぜ?どうして?一体この人物の本当の顔はなに?なぜ放火殺人までされて殺されている?という謎が謎を呼んでいく。
しかも、彼自身はなぜ彼女が本当の姿を自分に見せなかったのか、という一抹の不安と哀しさのようなものもまとっている。
それはそうだろう、一時期とはいえ彼女と付き合っていたわけだから。
あの時の彼女の姿は一体何だったんだろう?
そういう疑問が出ても当たり前だろう。

以下ネタバレ

最後まで読んで、犯人の病院ソーシャルワーカーの牧瀬杳子と広也の最初の出会いとそのやり取り(52ページ)を改めて読んでみると、非常に面白い。
あとで広也がここがおかしいと思ったという発言がここで見て取れる。

千秋は多重人格であった、おそらく幼児期の幼児虐待のためであろう(連れ子で連れていかれ養父がいたという記述と煙草を押し付けられたような跡があったということなど)

これを読んでいて、少しだけ海外作品のヒルダよ眠れを思った。
2018.02.23 嘘の木


評価 4.4

嘘の木って何だろう?という興味で読み始めた。
嘘の木とは
『人の嘘を養分に育ち、食べた者に真実を見せる実のなる不思議な木』
だそうだ。
この話、強烈なファンタジーだった。

種の起源が発表された頃の話。
有名な博物学者サンダリー師が世紀の発見をする。
それは翼のある人類の化石だった。
この捏造が疑われ一家は夜逃げ同然でヴェイン島にやってくる。
娘はフェイスと言っておおいに博物学に興味がある少女だ。
弟は大切にされているハワード。
そして美貌の妻マートルがいる、サンダリー師は、逃れたきたこの島でも捏造の噂に苛まされる。
そして、死亡するのだが・・・


ここからサンダリー師が自殺なのかという疑問が浮上する。
もし自殺なら教会の教区に埋葬されないという悲劇がある(この他にもおおいに自殺は残された家族にとって不利というのがマートルの口から後半語られる、時代か)

そして事故死でもなく、彼が殺されたのではないかという疑問を持った娘のフェイスの活躍が始まる・・・
このあたりからミステリの様相も帯びてくる。
最初犬猿の仲だった少年の助けも借りて、フェイスは徐々に真相に迫っていく・・・

・・・
冒頭からしばらく、フェイスが置かれている状況があまりに酷いので目を覆うばかりだった。
ほぼ育児放棄の親たちのように見える。
とりあえず食事はさせてもらっているが、
幼い弟のハワードの面倒を見させられ、母親のマートルには無視され、父親にも冷たい言葉を投げかけられる。
それでもフェイスは父を敬愛し、愛していて、なんとか愛を勝ち取ろうとしているのだ。
このあたりの姿にはちょっとぐっときた。
14歳の少女の心の中にある葛藤、愛されたいという欲望、そして真実を追求したいという気高い気持ち、などが伝わってきたのだった。

そして父が死亡・・・
ここから嘘の木の発見に至り、嘘の木で島中に嘘を流していくフェイスの姿がある。
このあと、実を食べると真実がわかるというのだが、見えてくるものって、本当の真実であるかもしれないけれど犯人はこれこれです、真実はこうでした、というはっきりしたものではなく、暗示のようなものになっているところがなんとももどかしい(その夢をまた解釈しなければならない)
いわゆるヴィジョン、のようなものが見えるということだった。

・・・・・・・・・・・・
19世紀半ばという時代設定なので、女性差別がはなはだしい。
女性の頭の大きさまで計っているし(女性が男性より下位というのを示すために)、もし自殺だったら財産を国が全部没収というひどい掟もあるようだし、勉学したいというフェイスの夢も潰えそうだ。
逆に女性を武器にして生きていこうとする母のマートルの姿が雄々しくさえ見える、この時代だったらこれが一番の得策だというのを身に染みて知っていただろうから。
たいして賢そうでもない弟のハワードの面倒に追われているフェイスが哀れでならない。
最後、母のマートルの生き方もわかるにはわかってこの時代ならではの賢い生き方なのだろうが・・・フェイスのことを考えるといい母親であってほしいと強烈に思った。

死んだサンダリー師はある場所に手紙で呼び出されている。
このことからフェイスがこれを書けたのは発掘作業に携わっていた人の中にいる、と考え犯人を割り出していこうとする。
フェイスは幽霊が出たという偽の情報、偽のノート、発掘現場に落とした金貨、偽の合成写真(今でいう)などを駆使して、犯人を焙り出そうとするのだ。
そして出てきたのは、あまりに意外な人物だった・・・

・・・・・・・・
この話、正直辛かった。
フェイスが愛されようとしていてもがいているのに、両親はほぼフェイスが眼中にない。
これだけ父の死亡の原因を探ろうとしているのに、フェイスは実際には父からそれほどの愛情は受けてないように見える(幼い時を除いて)
母は生きる手段とはいえ、息子を数人なくして(ここは辛かっただろうと想像できる)やっとの思いでできた息子をたいして見もせずにこれまたフェイスに任せている。
が、嘘を広がらせていくフェイスの知恵というところは見るものがあった。今だったらこれがネットで拡散のようなことなのだろうが。
2018.02.20


評価 4.8

一気に読んだ。
最初の方で非常に辛い性描写がある、ここが最大の最初の方の難関(?)で、そのあと、4人の男女の中学生の頃の物語が始まるのだ。
この中学生の頃の描写が圧倒的に良かった。
・継父による暴力で痛めつけられて屈折している少年刀根秀俊。
・神社の宮司の娘で物言いがはっきりしている桐原美月。
・成績優秀で難なく何事もこなす正木亮介。
・母からの締め付けが厳しいのだが本人はふわっとしている雰囲気の中村陽菜乃。

男女二人ずつの一つの班が、課題に取り組んでいるうちに次第に接近する様が手に取るように見える。
こちらも一緒になって4人に加わっているような気すらした。
この中で最大に美しい場面は、4人で初めて海に行った時の場面だろう、そしてここはこの話の象徴的な場面になる。
青春の輝きと海のきらめきが重なってきらきらして思い出として胸に深く刻まれる。
このあとの暗転、があるがために、海の場面が更に際立っている。

・・・・
幼い時からの実母からのネグレクトと、継父からのいわれなき暴力により、鬱屈した感情を持つ秀俊の前に現れた九十九(つくも)というやくざめいた男は救ってくれたのだが、一体何者だったのか。
なぜ秀俊はこの男に眼をつけられたのか。
美月の成人した後の姿も描かれているのだが、可愛い娘は一体誰の子どもなのか。
『その後』の陽菜乃と亮介は一体どうしたのか。
謎は絶えず物語に付きまとっている。
その謎のいくつかは想像がつく、想像はつくけれども、謎の引っ張る力というのは見逃せない。
大事件が中学生の時にあり、その後の4人の姿も見事に描かれいてる。

途中、冒頭の辛い性描写を超えるもっと辛い出来事が起こる。
そして更に・・・・

何度も後半の方で、もしあの時こうだったら、ということがそれぞれの人間が思う。
ここもとても心に残る。
誰もが思うことだが特にこの小説の中の子供たちが成長して分岐点ともいえるあの時の事件を思ったらそう思うだろう。
いや、成長して思う、のは当たり前なのだが、事件が起こった当初からこの子供たちは思っているのだ、
美月はもし私が呼ばなかったら、と。
秀俊は直前に話しているだけにもしもっと俺がしゃべって引き留めていたら、と。
また陽菜乃自身ももしもっと気を付けていたら、と。
ここもまたとても辛いところだ。

以下ネタに触れています


・・・・・・・・・
・陽菜乃がレイプされるという事件もなんとなく想像ができた(すれた小説読みのさがです)。
これだけこの子をピュアに描いているから、前半。
ただ相手がこんな不特定の誰かではなく、秀俊の父親だと思っていたが・・・父親は九十九に殺されたんだろうなあ・・・。
なぜもっと早く殺さなかったのか、と思った。

・このあと復讐が始まりそのセッティングを秀俊がして、
実際にレイプ犯人を渡されたパイプで殺してしまうのが亮介でこのことで彼は一生の責めを自分に課すことになる。
そして長じて陽菜乃と結婚するが、その生活はすさんだものだった。
(ああ・・・被害者同士が結婚するという良さそうなペアだが。お互いに見るたびに思い出す苦しい結婚だっただろうと想像がつく・・・)

・九十九の手下の近藤の立ち位置がわからなかったのだが・・・
やけに美月のことと子供を注視していると思ったが・・・

美月の相手は近藤であり近藤の子どもが真帆であった。
そこに秀俊が優しく接しているので、近藤は秀俊に託す思いがあったのではないか。
(美月は近藤が死んだと正妻から聞かされている)
更に、近藤の妹は秀俊の実母だった。
だから近藤は秀俊の叔父にあたり、美月の子どもは秀俊と血の繋がりがある。

・美月がたまに霊感のようなものを発揮する。
これが・・・どうなのだろう、中途半端の出方のような気がした。
自分でも言っているように肝心な時には発動しないし、いったいこれは?

・秀俊は、美月の相かつての相手が近藤だとは知らない。
つまりは、陽菜乃の中学生のレイプ事件は不可抗力だったにせよ、そのあと復讐を秀俊が考え、九十九に依頼したということで、全員の運命が変わったということには秀俊は気づいていない(亮介の運命と自分の運命には気づいているにせよ)
・亮介は殺人をした
・美月は近藤にこの時に目を付けられその後いろいろあり、彼との子供を宿す
・秀俊はこれで九十九に完全に掌握される
・陽菜乃は中学卒業時に全員が隠しているはずの子の殺人事件を亮介から聞かされる

・最後亮介が死に、再び海に行く全員の姿が美しい。
色々なことがあって成長していった子供達がそこにいた。


評価 4.9

思いがけず最後泣きそうになった。
若林、侮れず・・・

単なるキューバ紀行の話と思っていた、芸人が書いた旅日記のような感じに思っていた。
その部分もあるが、ここには常に
『人見知りで自意識が思い切り高い自分』
をわかっている屈折した作者がいる。
彼は外側から自分をよく見ているので、自分をよくわかっていて、そこがふっと笑いたくなる巧みな文章だ。

キューバで会ったキューバ人だったらまず明るくダンスを踊りそうで多弁でありそうだ、という思い込みはとても分かる。
そしてそう思っていた彼の前に現れたキューバの案内人が無口でしかもシャイな青年だったとは。
もうここで大爆笑していた、なんで、案内される側が気を使わなくちゃいけないんだ!!
たった一人で旅をする。
日本人がほぼいないキューバに行く。
その最初のところから惹きつけられるし、若林が勉強が必要と思って家庭教師にまでわざわざついて日本史とかを勉強している姿にも好感が持てる。
この人、本当に外から自分が見える人なのだ、何が足りない、ので自分がそうなのか、というのが。

・・・・
キューバのクラシックカーの多さとかゲバラの話とかもそれは面白い。
けれど、それよりもたった一人で勇気をもってバスに乗り、しかもどこで降りるかわからないのに水泳の道具を持っていた白人の後からとことこ降りていく、その砂浜でビーチパラソルを交渉する・・・ああ・・素晴らしいではないか!
そしてこのあとのトラブルで、ぶんぶん怒りながら帰ってしまうけれど、このトラブルも含めて旅なので素晴らしいではないか!!

そしてラスト。
なぜ彼はキューバに来たのか。

そこが父親と関係していることがわかって、小さなミステリを読んでいるようだった。
亡くなってしまった父、これを読む限りでは仲がとても良い親子だ。
父が行ってみたかったキューバという国。
こういう思いで若林はキューバを回っていたのか、と思うと胸が熱くなった。