評価 5

連城三紀彦の短編、それも粒ぞろいの短編がこうして読めるというだけでもわくわくするのに、それぞれが有名作家の推薦文付きというのがたまらなく読ませる。
最初のところに作家からの一文がありそこで大いに心ときめかせて本文を読むことになるのだが・・・
ここからは各自の好みだ。
推薦してくれた作家が好きだからと言って、その人が推薦した連城作品が好きだとは限らない、というのが面白いところだ。
プラスこの文庫には、巻末に綾辻×伊坂×米澤の特別鼎談が収録されている。これも誠に楽しい。
なんてなんて贅沢なんだろう!!

・・・・
私はこの中で面白くて印象的、と思ったのが、自分が誘拐物を好きだというのもあるけれど、逆転の構図のようなものが見えた、冒頭の『ぼくを見つけて』だった。
子供から自分が誘拐されてるので助けてください、名前はケンイチだ、という電話が警察にかかってくる、しかも電話番号まで伝えて。
これだけで警察は色めき立つ。
けれど、その家に電話をするとお母さんが出てきて、自分の家の息子は普通に家にいる、と言う。
しかもこの家のケンイチくんの兄は幼い時に誘拐され殺されているという特殊な家であった。
そのあと生まれてきたのがケンイチだった。
一体どういうことなのか?
子供のいたずらなのか?
この物語の面白さは、子供が助けてくださいと電話をかけてきたところから始まる、『本当の事実』に至るまでの経緯だ。
その本当の事実が、想像を超えた事実だ。
あ!と思った、事実が分かった時に。
私たちが無意識に信じているものが、がらがらと崩れ落ちていく瞬間だった。
私たちが無意識に信じているもの、とは、お母さんという存在。
お母さんが自分の子どもが自分の子どもである、という嘘をつくはずがないという思い込みを突いている。
そのお母さんが実は自分の子どもを誘拐され殺された後、折角できて生まれた子供を亡くしたショックで、『他人の子どもと死んだ自分の子どもを生まれた時に入れ替える』という仰天の技を病院でやってのけたというのが真実だった。
近頃その事実を知ったケンイチ君は、それを『自分が誘拐されている』と表現していたのだった。


次の菊の塵も、一見読みにくい、薩摩藩士、会津藩、鳥羽の戦、乃木将軍崩御、と明治の終焉の話が絡んでいるから。
しかし読んでいくとこの短編の美しさがわかる、一輪の菊の清冽さがこちらの胸を打つ。
この中で外で走り回る子供たちの鈴(彼らは近所のおばちゃんがこれを持って走ると早くなるというので無邪気に持って走っていた)の意味が最後までわからなかったのだが、これがわかった時に、(ああ・・・そういうことだったのか・・・)と胸を打たれたのだった。→病床にある夫に帝の死を知らせる号外の鈴の音として妻が聞かせた。
また夫が詠んだ辞世の句の反転の仕方も鮮やかだ。

ゴーストトレインは、自殺未遂を扱っている話だが、赤川次郎の幽霊列車と連動した企画らしい。
列車に轢かれる寸前までいっているのに、轢かれない不思議とは・・・
これもまた味わいがある作品だ。

白蘭は、人気漫才コンビ県太と藩一の話だ。
女性にも奔放でしゃべりまくる県太と、不器用に生きていて県太のしりぬぐいをしている藩一。
関西弁のおっちゃんの語りで語られていくのだが、この作品、あるところで非常に驚いた。
全く全く分からなかった、この構図が。
鮮やかなそして壮絶な逆転劇になっている。
藩一の総ての罪をかぶっていてくれたのは県太であった。外側から見て、奔放でやんちゃなのは県太、地味でいつも県太のそばで損をしている役回りが藩一と誰もが思っていた。
しかし実際は逆。
県太は藩一を同性だが好きだったので全てを飲み込んでいたのだった。
恋愛トラブルで足を刺された時に藩一が県太に間違えられて悲惨な事件に巻き込まれたと思ったいたがそうではなくて、実際に藩一自身のトラブルであったのだった。


他人たちは、宮部みゆきの疑似家族物のR.P.Gを強く思い出した。
語り手は受験勉強のためあるマンションの一室を借りている小学校六年生の女子だ。
この語り手が、徐々にマンションに住んでいる人のことを語りだすのだが、ある部分で(188ページから189ページで)、え!!と驚き、そこからひもが解けていくようにこの話の全体像見えてくるのだ。
語りの妙と言ったら良いのだろうか。
はじめは、他人のように冷静に語っていた、隣人や別の部屋に住む人たち、というのは自分の家族であった。
針金を使って母の部屋に侵入した大学生の男性は自分の兄。
離婚経験のあるインテリアデザイナーは自分の母。
よく仕事がわからないマスコミ関係に勤めているらしい男が自分の父。
自分の部屋の上のほぼ寝たきりの男が自分の祖父。
母、父、そして兄、祖父が同じマンションの違う部屋に住んでいるという構造だ。
そして両親の離婚を進めていくうちに・・・
本当の家族だったのが他人になっていくというラスト、皮肉な結末が待っている。


夜の自画像は、語り手が事件を語っていく話だ。
この話のキーは、利き手と鏡と火事だ、そしてまた自画像は一体誰を描いたものなのか、という謎も仕掛けてくる。
語り手の父はある画商である。
かつてその父が発掘した天才画家波島がいて、彼との間で事件が起こる。
誰が刺したのか。
誰が被害者なのか。
犯行直後の火事で混沌とした事件の真相を、この事件の目撃者でもある語り手の画商の息子が考えていくのだ。
残された絵と羽織で真相に気付くところが圧巻。

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「ぼくを見つけて」「菊の塵」「ゴースト・トレイン」「白蘭」「他人たち」「夜の自画像」
2017.09.30 蘭の館




評価 4.5

まだ途中なのでよくわからないのだが、出ているここまでの感じで書いてみる。
まず出だしが非常に魅力的だ。

湖のほとりの素晴らしい館で育てられた6人の娘たち。
母はいないものの、優しい(そして出張がち)の父に愛情深く育てられる。
ところがこの6人の娘たちは、血の繋がらない養女であった。
そして父が死んだ時に・・・


大きな謎は

『亡くなった養父がなぜこの6人をあえて養女にしたのか』

という謎だ。
これが現在の話になっていて、養父が死んだ時に遺書とそれぞれの娘の出生地らしい座標が残されていた。
長女マイアが解読し、自分の座標のリオ・デジャネイロを突き止めそこに実際に行くのだ、自分は何者かというのを探りに。
そして同時にこれは、養父がなぜ自分を引き取ったのかという謎にも繋がっていく。
養父の職業もよくわかってないというのもある、ここまた不思議な謎だ。
謎に満ちた物語が開幕、ここにおおいに惹きつけられる。

・・・・・・・・・・・
中盤から、リオ・デジャネイロにあった蘭の館の老婦人との出会いから、館の主の一族の歴史が紐解かれていく・・・
ここから過去の恋愛話場面と、現在のマイアの場面とが交互に語られていくのだ。
過去の恋愛話は、80年前位にマイアとそっくりの女性が婚約者がありながらヨーロッパ旅行に行った際に出会ったある彫刻家との愛の物語だ。
リオ・デジャネイロのあの彫刻の手、の話が出てくるので、そこはとても興味深いし面白い。
が、この恋愛話、数奇と言えば数奇だけれど、私から見るとちょっとありふれている感じもした、愛していない婚約者を残して結婚前の旅行に行ってそこで恋に落ちる・・・なんだかあまりに身勝手ではないか、寛大な心でヨーロッパに行かせた婚約者の気持ちは!!
プラス父親がごり押しする結婚があり、相手には理不尽な姑がいる(このあたりもありふれてる)
しかも、この話、延々と続くのだ→その彫刻家がリオ・デジャネイロにやってくるまで(なんでやってくるんだ!)
そして結婚しているのに彼女は彫刻家と深い仲に・・・(だからここも夫が可哀想すぎる、夫が暴力を振るってるわけでも彼女を愛していないわけでもないのに・・・)

現在のマイアが生き生きとしていて、子持ちの作家と(この人が素敵っぽい・・・行動的だし理知的)恋愛しているのとは対照的だ。

・・・・・・・・・・・・・・・

だから・・・
まだわからない、この小説の評価が。
6人いるので6人の娘の物語がこのように続いていくのだろうか。(7人いそうな感じもあるけれど)
一気に読ませるのだ、この物語、吸引力は非常にある。
けれど、今のところ、過去の恋愛話部分はは、私にはあまりに微妙だった、という感想だ。
また次が出たら必ずや読むだろうが・・・・
次に期待したい。



評価 4.6


映画の話で出来上がっていて、最初に質問があってそこに宇多丸が答えていってこういう映画がそれにはありますよ、というアドバイス的なことを言う、という作りになっている。
かなりマニアックであり、こういう映画がありますよ、と言われてもその映画の名前を見たことも聞いたこともありませんよ!というのがたくさん出てくる。
そこはいいのだが。
そしてつまらなくはないのだが。

これって、聞いて楽しんでいる時と、文字でこうして読んでいる時とは違うんだろうなあ・・・というのととても感じた本だった。
きっと宇多丸のあの口調で、ばしばし映画を語ってくれて小気味よくこれは?これはどう?というのを聞いていたらとてつもなく楽しいだろうなあ・・・というのは想像できる。
そのあたりが、本でちょっとだけ消える気がするのだ。

ともあれ、見たい映画はたくさんできた。
これは見ろ!みたいな映画は押さえておきたい。
宇多丸師匠の言うことなのだから!
2017.01.21 楽天道


評価 4.9

この間新刊を読んで楽しかったので、かつての文章を編集してこれも読んでみた。
楽しい!
というか、ぶれない佐藤愛子がすごすぎる!
そして、新刊ではもう大人になってしまった(50代とあった)響子さんがまだ未婚であり、遠藤周作の息子さんとの縁談の話とかがあったり、もう懐かしさ満載であった(で、この顛末に大いに笑った。遠藤周作もすでに鬼籍の人に・・・)

年代別っぽくなっているけれど、ただただ理不尽に怒っているわけではない佐藤愛子。
そのあたりが人々の共感を呼ぶのだろう。
実に怒り方が正しい怒り方なのだ。
2016.12.09 ローマ帝国


評価 5

こういうローマ帝国ものってたくさん出ている。
その中でも、たまたま手に取って読んでみたけれど、この本、コンパクトにまとまっていてとても面白い。

ローマの成り立ちから語ってはいるけれど、そのあとの皇帝たちの成り立ちや変遷を肉薄したわかりやすい文章で綴ってくれている。物語を読んでいるように滑らかに頭に入ってくる(ずうっと覚えているかというとそれは別なのだが・・・)
新しい秩序を生み出す改革、策に溺れる者、大衆社会はいったいどうなっているのか。
絵巻物を見ているように読めたのだった。
実際写真や図版が多いのでそこもまた読むのにおおいに手助けとなる。

濃いローマの人たちの人間ドラマが息づいている。
この人の本もっと読んでみたいと思った。


評価 5

ああ・・懐かしいし、このあたりの村上春樹も大好きだったことを思い出した。
そして今読んで、電子機器(ウォークマンとかですね)については古びてはいるものの、弾むような春樹節がそこここに炸裂している。加えて、今は亡き安西水丸さんの絵もまた感慨を持って見る。

いわゆるエッセイではあるけれど大上段に構えるのではなく、ちょこちょこっと日常を描いているように見える。
けれど、ちょこちょこっが実はとても難しいのだと思う。
そして、ぶれてない、この頃から村上春樹はかたくなまでに村上春樹であり、時計の増殖の話もディックの世界と結び付けてみたり、シェービングクリームの話、とかも読んでいて海外の話のようだった(海外の短編小説のようだった)。

そして読んでいると知らず知らずのうちに、非常に影響を受ける作家だとも思った、生き方にしても文章にしても。
これは憧れ、というのとはちょっと違って自分の深部に何らかの影響を及ぼすような、という意味で。


評価 5(飛びぬけ

面白い!
アルゼンチンの奇書という触れ込みだけれど、迷宮に入り込んだような読書だった。
第一部が終わり、第二部で、え!
また違った世界が広がっている。
次を読んでみるとまた違っている。
あ、ここは予測可能だ、と油断しているとまた違った展開が待っている。
いったい自分は誰なんだ、この世界は何なのだ、系の話が好きな私にはたまらなくのめりんだ一冊だった。

自宅で拳銃自殺しようとしている男テッド・マッケイがいる。
自殺が何の理由かはここでははっきりとはわからない。
ただこの人に奥さんと小さな娘たちがいて、彼女たちが出かけていて戻ってきたときにその惨事を娘に見せないような配慮をしたりしている(貼り紙とかで)
脳内の声のようなものが聞こえてくるので、なんだろう?とは思っていた、私は。
そこにひょっこり玄関を激しく叩く音が・・・・
リンチという男がまさにその時にやってきて、なんとかこの自殺を食い止めようとする、それも奇妙な方法で。


奇妙な方法とは、ある「組織」から伝言をテッドに依頼されていて、それは「自殺する代わりにある男エドワード・ブレイン(これは殺人犯なのだがうまく法の手を免れた)を殺せ。そしてそのあとにもう一人殺せ。」
というものだった。
そのもう一人、とは、テッドのように自殺願望がある男ウェンデルという男だという。
そして、テッドはこれを実行する、最初の殺人をうまくやりおおせるのだった。
そのあとリンチの所在を探すのに、自分の昔の旧友のパーティーに行って、聞きだすのだった。

更に、湖畔にいるウェンデルという男も殺すのだが、彼は家族がいないとリンチに聞いていたのに、なぜか妻や子供達が近くから戻ってくる声がする、それに非常に動揺するテッド。
リンチが嘘をついていたのだろうか。
間に、穏やかなセラピストローラがいて、ここで幼い日のチェスの思い出を語る、と同時に父親の浮気の現場にいたという悪行を見た、という心の闇も告白するのだった。

そしてキーワードがオポッサム。
この動物が見えたり消えたりしている・・・・
またチェスと関係している(幸運の印)の蹄鉄も重要なファクターになってくる、あとあとまで。

(以下ネタバレしている箇所があります)

・・・
第二部に行くと、まず驚くのは全く同じ状況が広がっている。
いわく、拳銃自殺しようとしているテッド。
そしてここでは、医者が頭に腫瘍があると言っていることが判明する。
ということは、腫瘍のなせる業なのか、オポッサムとか無数の言葉は。
第二部では、自分の妻ホリーの愛人がウェンデルであるということを突き止めた、と思ったのに、本当はリンチと愛人関係であった、とテッドは理解する。

ここでもセラピストのローラが端々に出てきている。

・・・
第三部、ここでようやく全貌が見えてくる。
なぜなら、精神病院に入れられているから。
しかしローラはこちら側の人だったのか、今までしたこと、見たものは何だったのか。
テッドには本当に奥さんのホリーがいるのか。
どこが本当の世界なのか。
という疑問が次々に沸き起こる。

そしてラスト、非常に奥底に隠れていた、ある一つの極悪な事実が開かれていくのだった・・・

ネタバレ
テッドの父親は連続殺人犯人であり、次々に女性を殺していた。
幼い時に、テッドはそれを目撃しているが封印していた。
大学時代にある教授が殺されたのもテッドの父親が犯人だった、なぜならテッドの恋人がその教授と付き合っていて、暗がりで教授をテッドだと父親が思っていたから。そしてテッドが父親が連続殺人犯だと知っている、と思い込んだから(実際は思っていなかった)
テッド自身も殺されかけてるのだった。

ウェンデルは、テッドのもう一人の分身。
実際のテッドの別荘が、湖畔のウェンデルの家だった。
実際のテッドにはホリーという妻と小さい娘が二人いる(だからウェンデルも妻と娘が二人いる)

第一部で、殺してほしいと最初に頼まれた人間(殺人犯であるが、この人自体も)は、テッドの腹違いの弟だった。

そしてテッドは廃工場の火災で亡くなる。
同じ場所にいたローラは助かる。



評価 4.9

楽しい!
思った以上に楽しいエッセイだし、あと文章の量が多い(エッセイでこれも大事な観点です)
スカスカの文章じゃなくてみっちり詰まっているといった感じの文章だ。
しかも書いてあることがいちいち私のツボを押してくる。
好みとか興味の方向性が同じ部分が多いんだからだと思う・・・が・・・1979年生まれか・・・

最初テイラー・スウィフトについて書いてあって最後も彼女で締められている。
ファン、らしいがこの分析が素晴らしい。
歌詞について言及していて、そうそうそうそう!そこがテイラーはすごいところなんだ!!と頷きまくっていた。
他にも、ポニョの名前の不思議さの話(これも笑えた)、フィギュアスケートのブライアン・オーサーがプーさんを持っている件(大爆笑した、誰もがそこはかとなく思っていただろうが言葉にできなかった・・・)、写真はイメージですの意味合いの微妙な変化(これまた深い考察で唸った)、数々の映画への熱いメッセージ(特に怒りのですろーどについての考察がすごかった・・・)。
万年筆沼(この沼のネーミングも秀逸!)のあたりも感心したし、岩館真理子ワンピースを探している話も元女子ならわかるわかる!だし(しかももし発見したとしても自分が漫画の主人公たちとは違った容姿だということを突き付けられることもある、これはエッセイには書いていないけれど)、映画館での席指定への考察(そうなの!どこが問題ではなく周囲の人の様子が問題というのもわかる!)。

本と映画に特化している話が多い。
また舞台についてもあるし、いい意味でのオタクなのだ、この人。
そのオタクっぷりがこちらの琴線にぴったり合うと(私は合った)これほど楽しめる話もないだろう。


評価 4.9

久々の村上春樹の紀行文を楽しんだ。
彼の紀行文を読んでいると、若いなあ・・・と思ってしまう。
そして懐かしいなあ・・・と思ってしまう。
多分、「旅に対するスタンス」というのが村上春樹は若い時と変わっていないと思うのだ。
新しいもの、新しい光景、新しい食べ物、に対して貪欲に、でも貪欲に「見せずに」きわめておしゃれな感じなスタンスで立ち寄っていくそのスタンスが。
そしてちょっとしたことで、くすっと笑ったり、考え込んだりするスタンスが。
このあたり、村上春樹はとても柔軟なんだと思う、考え方が。
グローバルなんだと思う、物の見方が。

この中で特にノルウェイの森を書いたギリシャの島の再訪に胸打たれた。
ここで全てが(その前も作家活動はしていたがノルウェイの森が決定付けたという意味で)変わったのだなあと思うと読者としてそれは感慨深かったのだった。
2015.10.13


評価 5

とてもよく出来ているし、読ませる物語だ。
一見、台湾の話、なので、ちょっととっつきにくいかなと思ったりもしたが、どうしてどうして。
青春物語とも読めるし、一種の強烈な台湾(と共に中国、日本)の歴史もあるので、ぐいぐい惹き付けられるのだ。
おまけに、ミステリの要素もある、ときては!
エンタメとして申し分なく楽しく読み終わったのだった。
そして、ラストがとてもとても良い、どういう終わり方をするかと思っていたら、このような・・・・

1975年、偉大なる総統の死の直後、敬愛する祖父は何者かに殺された。
17歳の破天荒な「わたし」には、まだその意味はわからなかった。
国民党、
中国から台湾、そして祖父の人生の黒い歴史とは。


出てくる登場人物も全員魅力的だ。
何度も出てくるやくざ者まがい(のちにやくざ者になってしまって、そのまたあとに変転する)の小戦、高校時代のエピソード出てきて後半再び出てくる雷威、可愛い年上の毛毛、更に「わたし」の家庭の特徴あるお父さんお母さん、そして殺されてしまった祖父、宇文おじさん、と魅力的な人物を挙げよと言ったら、枚挙に暇がない。

特に、暴れてはいるがなんだか憎めないでくすっと笑ってしまう、親友の小戦の姿は忘れがたい。
小戦が何とかやくざから脱会しようとして、宇文おじさんをも巻き込んでいくところも読ませる。
初めての恋愛の毛毛の可愛らしさも、日本製のパンツをパンツと思わずショートパンツと思って張り切ってはいてしまうところとか、ちょっとすねるところとか、際立っていて、こういう女の子だったら手放したくないだろうなあ・・・というのがわかる。

そして更に祖父の死の謎を解いていくうちに意外な事実にぶちあたるところも圧巻だ。
一体誰が、風呂桶に沈めるという残虐な殺し方をしたのだろうか。
この謎が解けたときに、ああ・・・だからか・・・と色々な感情がうねるように読者に来るのだ。

またなぜ毛毛が突然別れたのか。
彼女は本当に医者と結婚したいから、別れを切り出したのか。
この恋愛の謎も後半でミステリのように明かされる。
ここも見事だ。

・・・
この物語、途中で未来のことも書いている。
だから、もう全てが終わった、その場合、子供が死んで自分たちがもう離婚しましたよ、せっかく毛毛の失恋のショックから立ち直って結婚したのにその結婚はうまくいきませんでしたよ、というのが明かされている。
だからこそ、ラストの文章の切なさが胸にしみるのだ。