評価 4.6

ノーベル文学賞受賞者に申し訳ない。
よくわからなかった、このウィルヘルムという人間が。
読みが浅くて申し訳ない。

同時に、ああ・・・こういう人いるよなあ・・・形は違っても現代でも、とも思った。
ちょっと人当たりが良くいい男だが甲斐性がない。
人好きはするので人は寄ってくるけれど、根無し草のような人間。
そして男から見ると意外なのだが、女性にはもてる。

44歳のトミー・ウィルヘルムは全てがうまくいっていない男だ。
妻子には逃げられ、職が何ヶ月もなく、父と同じホテルに住んではいるが、金がない。
そして怪しげな男にそそのかされ投資に手を出すが・・・


まず、ウィルヘルムがことあるごとに堅実な父の懐を探ろうとする、援助してもらおうとするという根性そのものがどうなんだろう?と思った。
その前に普通にお前が働け!と。
働き口がないのだったら、まずこのお金のかかるホテルは出ろ!と。
これは妻子が逃げるのも当然だろう。
しかも生意気なことにこの状況でも愛人がいたりする。
その場合か!!!

更に、投資をなけなしのお金700ドルでつぎ込むのだが・・・
これを持ち掛けたタムキンという男がなんともかんとも胡散臭い。
しかもウィルヘルムも胡散臭いと言ってるではないか。
なんでその男にお金もないのにつぎ込むんだ!!!
タムキンが話す言葉の中にこの日を掴めがあるのだが、この日を掴めなかったらどうするんだ?

なにしろタムキンがあまりに胡散臭く(そしてその通りであった結末)彼の言う事がいちいち身に沁みない。
金銭欲を離れて真実の心で愛せとタムキンに言われても・・・(でもこの言葉がウィルヘルムに通じるのだ、なぜかラストに)

しかしこのウィルヘルムに起こった出来事をずうっと読んでいく作業は面白かったのも事実だ。
ウィルヘルムのハリウッド進出の失敗の顛末→父の知り合いのパールズ氏との会話からセールスマンをやっていた過去→父の、自称医者のタムキン批判→妻マーガレットとの別居の真相→セールスマンをしていたろジャック者をやめた本当の理由(女性問題で首になった)→タムキンからの株投資への誘い→104ページでこの日を掴めのタムキン発言→仲買会社のホールに二人で入る→タムキン失踪→妻マーガレットからの金の催促→タムキンを探してチャペルに行き告別式で泣く・・・

・・・・
ウィルヘルム、いまでいう、ダメ男の典型だ。
働かない、でも理想は高い、親の金をひたすらあてにする、それでいて愛人がいる・・・
しかも自分の生活がこうなったのは、いつも人生の選択時に『違った方向を選んだ』ことにある、としている。
奥さんの選び方も間違った、仕事の選び方も間違った、などなど・・・・
後悔してばかりいないで前に進め!!

・・・・・・・・・・・・・・
そしてラスト。
人様のお葬式で覚醒するウィルヘルム。
多分これは人類愛に目覚めたということなのだろうが、それより普通に働いてほしい、と一小市民の私などは思った。


評価 4.6

8編の短編が入っている小説だ。
もうこれでもか、というくらいに小川洋子の独特なワールドが詰め込まれている。
静謐な物語、の数々・・・・が広がっている。
荒唐無稽な話、と言ってもいいだろう。

きっと届く人には届くのだろう・・・・
今回、私にはあまり響いてこなかったのだった、申し訳ない。

・・・・・
作家にストーカーのように迫っていく仮名の作家は怖かった。
段々おかしくなっていく作家のファンの気持ちと行動がちぐはぐになっていくところ、が読んでいて薄気味悪く、最後断罪されるところもやっぱりと思いつつもぞくっとした。

一つの歌を分け合う、は一番好きで、レ・ミゼラブルが全編にわたって書かれている。
自分の大切な息子を失った叔母。
彼女が自分の息子が出ている、と言い張ってレ・ミゼラブルを見ていたあの日。
これが遠い過去になっていて、今はもう今の自分がそれを思い返しながらレ・ミゼラブルを見ているという設定が読ませるのだ。

乳歯、は、海外の美術館で迷子になった子供時代の回想の話。
聖遺物との絡みで、最後乳歯が出てくるのが印象的だ。

かわいそうなこと、は自分の中でかわいそうなこと、を決めている子供の話だ。
彼が、少年野球を見ていて、補欠で出番の少ない少年に思いを馳せる場面が忘れ難い。

先回りローバ/亡き王女のための刺繍/かわいそうなこと/一つの歌を分け合う/乳歯/仮名の作家/盲腸線の秘密/口笛の上手な白雪姫
2018.04.19 銀河鉄道の父



評価 5

とても面白かった。
最初、宮沢賢治の評伝っぽい?感じの話と思ったけれど、完全な小説で、読みやすくしかも一気に引き込まれ一気に読めたという小説だった。
とても好感が賢治の父親に持てた。
なぜかといえば、溢れるほどの賢治の父親像が余すところなく描かれているからだ。
過保護と言えば過保護だ、それも超がつく過保護だ。
幼い頃のチフスで医者や看護婦に止められても自分で世話をすると言いきって全てをしてあげる父親(そして自分は生涯にわたる腸のダメージを受けた。でもこのことを最後まで愚痴ってない)
学生寮の先生が宮沢と呼び捨てにしただけで心配する父親。
けれど、賢治の父親が自分でそれを自覚しつつ止められない気持ちというのに逡巡するところ、そして結局は甘々になってしまうところなどが真に迫っていた。

また賢治の父親は、自分が進学を阻まれたという過去を持つ。
成績優秀だったのに質屋に学問はいらないという父親の言葉に従ったのだ。
だから父も教養があり、しかも見通す目を持っている。
冷静な目で、賢治を常に見ている。
いかに溺愛していても、賢治が人造宝石を売りたいと言えばそれはお前にはできないと一蹴するだけの冷静さはあるのだ。
質屋の店に賢治を立たせ、そこでいかに彼が客商売に向いていないかというのを実感するのもこの父親なのだ。

宮沢賢治。
裕福な質屋の長男に生れ溺愛される。
学校時代は優秀な成績を通しているが、河原の石にも興味を持ち石っこ賢さんとまで言われる。
妹のトシとは仲がとても良く、彼女と一緒に物語を作っている・・・
しかし実務面は全く向いていなく、ようやく農学校の教員の口を世話してもらったのだった・・・


小説の中で、大きな大きな出来事の一つは、妹のトシの死、だと思う。
この小説を読んでいると、一種独特の賢治の妹へのかかわり方というのが見えてくる。
兄と妹を越えた愛、を感じてしまうのだ。
妹に作ってあげたお話、妹と一緒に作ったお話、そして妹も裕福な家の後押しで当時としての女子高等教育をうけることになる。
彼女の死に方は、有名な永訣の朝で知っていたが、勝手に小さい時に亡くなっていたのだと思っていた、でも彼女は大人になってから病み、そしてそれを両親もサポートしていて(このせいで家のかなりのお金を消費するという現実もある)、ここでも賢治の登場だ。献身的に尽くす賢治の姿・・・
賢治の病人に対峙する姿、というのは、賢治の幼い時に病気で死にかけた賢治に寄り添った父親の姿をも彷彿とさせる。

・・・・
現実世界では、商才のなかった賢治。
けれど、教員という職を得て、最初の頃こそ戸惑い、生徒も戸惑ってはいたが、徐々にその教える能力、また物語を語ってあげる能力が開花していく・・・

しかしようやく本が出ると思ったら(いかに自費出版に近いものと言えども)今度は賢治の病・・・

・・・・
両親は辛かっただろう。
早世してしまう子供達を看取っていくのだから。

折々に馴染みのある童話や詩が入ってきて、こういう時期にこうやってできたのだなあ・・・と改めて面白く読んだのだった。
そしてこうやって大切に育ててきて生前はほぼ認められなかった賢治が、後世こんなに有名になって皆が愛読する作家になったと聞いたら、どんなにかこの父親は喜んだことだろう・・・それを思うと胸が詰まる。

2018.02.09 皇帝と拳銃と


評価 4.8

内容は非常に面白い。
どの話にも二人組の刑事がいる。
・一人はイケメンの、俳優にでもなりそうな顔とスタイルを持った爽やか刑事鈴木
・一人は死神のような様相で葬儀屋としばしば思われるくらいの暗い雰囲気をまとった乙姫警部
最終的には、主に乙姫警部が鮮やかに事件の謎を解決するのだ。
この二人の凸凹コンビとても面白いので、これからも連載に使ってほしい。

コロンボを明らかに意識していて、倒叙推理小説になっている。
だから最初に誰が犯人かというのを読者はわかっている、その手口とともに。
それをどうやって解き明かしていくのか、そこを見せてくれるのが死神の顔をした乙姫警部だ。
最後に部屋を出ていく時、尋問が終わってほっとしている犯人に向かって一言思い出したように言葉を投げかけるのも、コロンボと同じだ。

この中で特に面白かったのが、劇団員の話恋人たちの汀だった。

強欲な叔父。
彼は異常に嗅覚が敏感であらゆる消臭スプレーを部屋にまいていた。
そこに現れた甥の劇団員の男。
叔父から自分の恋人を愛人として差し出せという理不尽な要求に激怒し、殺してしまう・・・・


この物語、劇団員のチラシの形がくっきりと机に残っている(A4の紙というのが見て取れる)とというところから、チラシが確かにここにあったというのを導き出す手がかりがお見事だと思った。
劇団のチラシなので犯人の甥が持っていったのだが・・・
後の鑑識の結果、上の方に置いてある劇団の山のようなチラシには消臭スプレーがかかっていなかった。
ということは、これは、積まれたチラシの『二枚目』であったという証明になった。
また偽装工作で、恋人を別の男性とカフェで見かけさせる作戦も、逆に彼女が偽証をしているということになっていった。更に彼女に偽装工作を頼んだ時間が、死体発見の時間より早い、というので犯人特定につながっている。


表題作皇帝と拳銃と、は、皇帝が大学の先生という設定だ。

皇帝と呼ばれる稲見教授。
彼の元に来たのが、事務の経理の男だった、そして彼は使い込みを指摘し皇帝を恐喝したのだった。
けれど皇帝の稲見教授は、事前に拳銃を持っていた。
拳銃から弾が本当に出るという事を見せつけ、事務の男を屋上まで連れていく・・・


冒頭で、別部屋から何冊ものおおぶりの本を移動して本棚に並べそこに拳銃から弾を発射して、大学の先生を恐喝していた事務職員を逆に脅す場面がある。
後半本の移動が大きな問題になる。
これだけの本の移動をどうやったか。
それには段ボールが当然必要だった。そして段ボールのところに指紋がついていた。
また移動された本は掃除の状態から何だったかわかるのだが、その本のそれぞれの内容の脈絡がない。
つまり犯人が内容ではなく、単純に棚の本をごっそり欲しかっただけというのが見て取れた。
また屋上でまだその先があると思わせ、事務職員を歩かせるトリックは、すぐに乙姫警部が見破った。


運命の銀輪は、殺人を河原で起こし、何食わぬ顔で帰宅した男を刑事達が追い詰める話だ。

最初の部分で自転車、を盗もうとしたホームレスが問題になっていることがわかる。
このホームレスがなぜ殺人犯の自転車を覚えていたのか。それは、
登録番号が、自分の誕生日とこの年の47歳というので偶然一致したいたからだった。
また、犯人が宅配便(殺人直後に家に帰って宅配が来る)のサインした文字がやけに丁寧だったという事もあった


最後の吊られた男と語らぬ女は異色作だ。
ややすっきりしない、なぜなら
醜形恐怖症が今一つぴんとこないからだ。
美しいのに自分が見にくいと思い込む女性の物語。
そしてこの話、自殺であるのに他殺のように見せかけるという逆のことをしていることに注目したい。


・・・・・・・・・・・・
とまあ、話は面白いのだが・・・。

乙姫警部の形容に『うっそりと』の乱用が目立つ(ほぼ30ヵ所ぐらい)
なんでこんなにあるのか、同じページに連続であるところさえある。
うっそりと、はちょっと特殊な言葉だし最初の方では効力があった気もするけれど、これだけあるというのは何かの意図なのか。
そこが気になってならなかった。

(後半うっそりとのっそりとが混在しているところも何ページか・・・
2018.02.08 北の空と雲と


評価 4.7

ある意味素晴らしい、ずうっとずうっと全くぶれていないのが。
どこまでもシーナであり、どこまでも変わらずシーナの道を行っている。
たまにこの世界に思い切り浸りたくなって読みたくなる。

東北地方を何度か分けて旅している写真と文章がある。
(何度か分けているようだが、この本ではそこがとても分かりにくい。
第一回とか第二回とかそこを書いてほしかった。
きっと雑誌連載の時にはここがわかったのだろうが、一冊になるとわからない)


美味しい煮干しラーメンを求めて。わしわしラーメンを食べる。
いい表情の子供達に出会ってその無邪気なあいさつに感動する。
男同士で馬鹿話をして何もみのりがないのにおおいに盛り上がる。

このみのりのなさ、こそが椎名誠の旅の原点だと思った。
そして皆があこがれるのはわかる、何もみのりはないものの、そこには自然があり少年のような目があり、仲間がいるのだから。
好きな写真を撮って、好きな文章を書いてそれを本にする、というのを体現した人の一人だと思った。


評価 4.5

すごく面白そうになりそうな『気配』のようなものは感じる、全体に。
が・・・
最初の方で、姉ジュリーが夜の寝床から誰か男性に誘拐されていたのを目撃するジェイン、という妹がいる。
この絶望的な状況がここでよくわかる、侵入した男にナイフを突きつけられながら部屋から出ていく姉・・・
非常に印象的な場面だ。

そしてそこから8年がたち、というところから物語は始まる。
これは、監禁、の物語というよりも、監禁から逃れて帰ってきた我が子、の話、でもあるのだ。

13歳のジュリーが誘拐されて音沙汰がなかった。
何物かに誘拐されたままだったのだが、唯一の目撃者が寝室の近い妹のジェインだった。
両親は八方手を尽くすが、全く手掛かりはなく絶望のどん底に落とされる・・・
しかし8年後、ジュリーが家に戻ってきた!!


母の立場の一人称の語りが入ってくる、だから母の感情の流れというのはここでわかってくる。
一人の娘がいなくなり、もう一人の娘も今は家を離れている。
そして彼女の心の奥底には、ジェインはあまりの恐ろしさにクローゼットの中で数時間震えて両親に話すことができなかった、という事実が残っている。
これは、初動捜査ができなかったという決定的な出来事だ。
残された娘ジェインに対しても、なぜ、その場で言ってくれなかったのかという忸怩たる思いが母親の脳裏から失せない。
このあたりが読んでいてとても分かる感情だ。

一方でジュリーが育った姿で戻ってきて、嬉しさ爆発で、でもその間に起きたことを徐々に聞いて知っているうちに暗黒の心に覆われるように母親はなっていく。
毎日のように性虐待されていた自分の娘。
そして全く変わってしまった娘。
彼女を受け入れたい、どんな贅沢でもさせてあげたいという気持ちから一緒に服を選びに行ったりする。
大学から戻ってきていた妹のジェインも受け入れようとするし、父親もまたぎこちないながらも大喜びでジュリーの帰還を喜ぶのだ、ある意味父親の方が無邪気に喜んでいる姿が描かれている。

・・・
しかし時がたつにつれ、ジュリーがいくつかの秘密を持っているのに気づく母親がいる。
加えて、私立探偵のアレックスが、彼女はジュリーに化けたある一人の少女であってジュリーはもう死んでいるという証拠を出してくる、ジュリーそっくりの少女が歌っている動画をユーチューブで見つけて・・・
しかもジュリーはここ半年性行為はしていないと言ったのに、妊娠していて流産する。
この矛盾は?

揺れ動く母親の心が手に取るようにわかった。
本当のジュリーなのか?それとも偽者でジュリーに非常に似た誰かなのか?

途中色々な名前の人が出てくる。
誰だろう?これは?
一体この場面は何だろう?
と読者は思う。

最後、本当に悲しい事実がわかってくる。
読ませるのだが・・・

ただ、ジェイン(妹)の姿が今一つ最後の方でよくわからない。
ジェインもひどく傷ついているのは確実なのに。
あと父親の不倫問題が途中で入ってくるが(ジュリー基金の横領とともに)、ここも必要だったのか。
また次から次へと新しい名前の新しい人が新しい生活をしている姿が読み取れる。
これの何も答えがないままにまた、母親独白が始まり、ラストまで行くと新しい名前の新し人達が何かというのはわかるのだが、この『カタルシス』のようなものが少ないように思えた。
ああ・・・そうだったのか!!という落としの部分がぎゅんとこちらにこない。

以下ネタバレ
・色々な名前はジュリーだった。
色々な名前になって、ジュリーは生きのびてきたのだった。

・両親のもとにやって来た女の子は本物のジュリーだった。
私立探偵が持ってきた死体の写真は、一緒に暮らしていた別の少女だった。
ジュリーは生き延びたのだ。

・元々、知り合いの人間に連れていかれただけで、ティーンエイジャーのジュリーは自ら出ていった。
そのあとが悪夢のようなことが起きるとも知らずに、無邪気に一人の男性を信じて。

・最初、両親ともにジュリーを見た時に、ジュリーと認識させる何かがあった。
それこそがジュリーが本物であるという証拠なのではないか。
ここに疑いを持つという母親側の心理がもうちょっと描かれていたら、と思ったりした。
再会した瞬間、ジュリーと認めたわけだから、そこには親として何らかの絆があったのだろうから。
2018.02.07 この世の春




評価 4.9

時代小説音痴とでもいう私が読めたので、時代小説としてのハードルは低いんだと思う。
どちらかというと、ミステリの世界が色濃い。そこにプラス重要な要素が加わっている・・・
よくこの世界観を時代小説に取り込もうと思ったものだ、とそこにも感心した。

とは言いながらも、最初の方で誰が誰の関係者なのか、この用語は何なのかとか(時代小説特有の用語)戸惑いもあった。
しかしそこは親切にも、フリガナが必ず章の最初の方には振ってあり(全ての小説こうして欲しい。名前の特殊な読み方とか忘れるし)、人々の人間模様は最初の扉の裏に人物相関図があるのでそこを参考にし、用語はすぐに解説がある。
最初、押込(おしこめ)????と思っていたのが、後半、うん、あのことね、とすぐにわかるようになる、なんといっても目の前の世界に押込の当主がいるのだから。
本当に巧いと思う、達者に書いているというのが読んでいて頭を何度もよぎったのだった。

江戸時代半ばの六代将軍徳川家宣の時代。
下野北見藩二万石に起きた政変からこの物語は始まる。
北見藩藩主の若き北見重興(しげおき)は、新参の伊東成孝に藩政を任せ切りにしていた。
「病重篤」を理由に代々の家老衆によって強制的に隠居させられる(いわゆる「押込(おしこめ)」)。
重興は藩主の別邸・五香苑の座敷牢に幽閉され、憎まれていた成孝は切腹した。


冒頭にこの成孝の幼児の息子が必死に助けようと連れて走ってきた女人とともに多紀の目の前に現れる。
まずここで各務多紀という若い女性が父親とともに登場する。
彼女はなぜここにいるのか、というのは徐々に紐解かれていき、よんどころのない事情で嫁ぎ先から戻ってきた出戻りだったということがすぐにわかってくる(けれど彼女がそれではなぜそこから戻ってきたかというのは後半までわからない)
多紀の疑問は、なぜ父が成孝失脚の時に頼りにされたのかということだった。
そもそも成孝という人物は本当に権力を笠に着て藩主を操っていたのだろうか。

・・・・・
このあと五香苑という当主が幽閉された館に勤めることになった多紀。
常に多紀を見守ってくれる従兄半十郎、医者、藩主を幼い時から見守る元家老石野織部らとともに、藩主重興を見守っているうちに、重大な重興の秘密に触れるのだった・・・

この禁忌の重興の心の襞に触れていく多紀の姿が徐々に歩み寄っていくという感じで好ましい。
気丈ではあるけれど、決して芯がぶれない女性多紀の姿は男以上に凛々しくてそして頼もしい。
一方でこの禁忌の心の動きは非常に現代的なテーマでもあるので、医者がなんでこんなに現代医学的なことを言えるのかなあ・・・優秀な医者なのかなあ・・・という違和感は確かにあった。


以下ネタバレです。


重興は多重人格になっていた。
ある時には強い男性になり、ある時には幼子の女性名の男子になっている。
その分裂ぶりが凄まじい。
目の前にこの豹変ぶりを見て、徐々に多紀はこの分裂が何で起こったのか、というのを重興の言葉をもとにして、解き明かそうとするのだ、そこにはもちろん医師の診断も入っているし、幼いころから見守ってきた石部の話も入ってくる。
重興の父を殺したのもほかならぬ重興であった(違う人格に支配され)

そこにプラス城下で幼い男の子が神隠しに何年にもわたってあっている、多紀の母方の実家が先をを見るみたまくり〉なる魂を操る技を持つ一族であることもわかってくる。
更には、死んだと思っていた成孝は洞窟のようなところで生きていたのを助け出し、彼の口から、母方の実家の出土村が全員死亡の出火があったいきさつを聞き、成孝がその真相を探るべく重興に近づいたことを知るのだ・・・(が、このあと成孝はすぐに行方不明になる)、成孝と多紀は血のつながりがあった。

(この話、幼児虐待の話だ、しかも性虐待。それによってダメージを受け、多重人格になる重興の姿が痛々しい。
プラス、操られていたとはいえ、父親から息子への性虐待だ。
ここが、多紀以上に私は読んでいて辛かった。
性虐待だけでも辛いのに、ここに肉親が加わるとは・・・
しかも殺された子供達が、この息子への性虐待をするための前座のようなもの、というのが更に更に辛かった。)


前半から中盤までは謎が多かったので、何?なんで?(特に死んだと思った成孝が生きていたのには驚いた)と思って読み進めていたのだが、後半はもう多重人格がほぼ決定で、しかも性虐待も決定というところで、これが操られていた父親であってもなんでも、読み進めるのがかなり苦しかった。

救いは、五香苑の使用人であるおごうやお鈴(この顔にやけどをした女の子の造形も非常に良かった)や寒吉、のすがすがしい姿と、多紀の必死に生きる姿だ。あと不器用に生きているように見える半十郎、そしてなんといっても重興のことをずうっと見守ってくれる石部織部の姿が忘れ難い)
2017.12.30 海月通信



評価 5

毎年買っているシリーズなのだが・・・今回出版がちょっと早い?というような気がした。
年末押し迫ってからだと、確かに見落とすしなあ・・・
これを読まないと一年が終わらない・・・

今回も一年振り返って、あれこれあれこれ世間であったなあ、映画ではこういうのがあったなあ・・・という中野翠さんの視点で語られていく。
今回ちょっと思ったのは、いつも映画の趣味が違うなあ・・・と思っていたのだが、意外に今年は合っていた(ベイビードライバーとか、ララランドとか)
ラ・ラ・ランドの試写の時の話は笑える。
スマホをそんなにやりたかったら・・・本当に本当に映画館でスマホをつける人って何だろう?と毎回思っていたので、抗議した女性素晴らしい。
しかも試写会って映画ファンが集まるのじゃないのか?そこでスマホって・・・

小池人気の都議選が今年だったのね、と改めて思った、もう昔の事のような気が・・・いわば一周回ったのがこんなに早いんだ、小池さん・・・と思ったのだった。

・・・
中野翠さんのイラストがちょっとついていてそのページも案外楽しい。
似ている、俳優さんとかその人に。
そこはかとないイラストなのに似ているところがおかしみがある。
また、俳句が毎月ついたというのも嬉しいところだった。

サンデー毎日の連載をまとめた本なので、(ああ・・・これが出た直後に読んでいたら!)と思うことが多々あった。
(終わってしまった運慶展覧会など彼女の口を借りるとなんて楽しそうなんだろう!行けば良かった。)


評価 5

とても良かった。
穂村弘の読書日記なのだが、単に感想が書いてあるだけではなく、また評論でもなく、彼独特の目線で本を語っているスタンスがたまらなく面白い。
いつも彼の読んだ本について書いてある文章を読むたびに不思議な気持ちになる。
それは、
自分が本を読んだ感想を自分は巧く語れないけれど、プロなので私の思いを巧く言葉に出してくれたというのではなく(そういう書評家もいるけれど)、
『自分では思いもよらなかった感想だけれど、もしかして心の奥底ではこれを考えていたのかも!そうかも!いやきっとそうに違いない!』
という激しい思いに駆られるからなのだと思う。

たとえば、ジャブリゾの新車の中の女の場面で、子供がトランクにいる死体について語る話が出ている(132ページ)
子供がまだ死を知らないのであの人は眠っているんだよ、というところまでは読者は考えるだろう、私もそこは思った。
けれど、ここが人の心を揺さぶるのは、このあとに続く穂村弘の文章だ。
『我々もまた本当の意味では死を知らない。死すべき運命を知識としては自覚しているだけで、実際の詩を体験していない点では「子供」と同じ。だからこそ心の深いところを揺さぶられるんじゃないか』
ああ・・・なるほどなあ・・・

また初めての半村良を読んだ時の話(168ページ)もそうだ。
半村良を「奇想天外な世界像の背後に、びりびりくるような真面目さを感じて胸を打たれる作家がいるけれど、半村良もそのタイプだろうか。』とくくっている。
そしてこの作家群に、楳図かずお、筒井康隆、平山夢明を出している。
ああ!!なるほど!!!確かに繋がりがある!!

・・・・
古本屋さんでちょっとした高い本を買うかどうか悩んでいる姿もまた好ましい。
また穂村弘の文章を読んでいると、貶してはいないが、自分には合わなかったなあというニュアンスが(あくまでニュアンスというところが上品な雰囲気を醸し出している)びしびしこちらに伝わってくる、そこもまた一興だ。

漫画もよく読んでいて(何しろフラワーズを予約している!)、自分が初めて読むという既存の文学作品もまた躊躇なしに語っている。
知ったかぶりをしない、偉そうな感じがない、というのも穂村弘の特徴の一つだ、そしてここもまた好ましい。
偉ぶることのないほむほむ、この姿勢を崩さずに楽しい本の話を続けて欲しい。
2017.12.27 狩人の悪夢


評価 4.7

面白く読んだ。
夢と矢が重要なアイテムになるミステリだ。
ミステリ作家有栖川有栖と臨床犯罪学者火村英生のシリーズの中でも比較的好きな作品の一つだった。
ホラーとミステリという分野は違うけれど、作家が二人出てきてお互い作家業、作家道についての意見を持っている、というところでもまた読ませる。(そして非常に重要だ)

対談で知り合った売れっ子作家でありホラー作家の白布施正都に誘われ、彼の京都の住まい『夢守荘』に有栖川有栖は招かれる。
白布施の担当編集者江沢鳩子とともに。
しかしその翌日、白布施のアシスタントがかつて住んでいた獏ハウスと呼ばれる家で一人の女性が殺されている、
女性の右手首はなかった・・・


犯人、動機というのは、最初の方からすれた読者ならわかると思う、比較的ありの感じの話だから。
けれど、手、がわからなかった。
なぜ、右手が切断されていたのか。
そして、そこに残されたもう一つの血まみれの手形というのは何だったのか。

ここを最後の方で、火村が推理して犯人に突き付けてくる。
このあたり非常に読みごたえがあると思ったのだ、冒頭の方でたまたま落雷があり、たまたま木が倒れるということが記述されているが、それがこんなに大ごとになっていくとは・・・

一番のクライマックスは、犯行後犯人がどういう行動をとったのか、というところだった。
そしてなぜそれをしなければならなかったか、という理由もわかるにつれ、なるほど、と思えてくる。

・・・・
被害者の女性像というのがわかってくるにつれ、そしてその(切ない)文通の最後の言葉が明らかになってくるところなど、昭和の懐かしき推理小説の味わいとすら思ったのだ。
またこのミステリ、火村と有栖川との掛け合いもまた楽しい、薀蓄話も楽しいし、火村のいまだに見る悪夢というのも興味がある(結局謎はわからなかったのだが最後まで)