2018.06.24 城の王



評価 4.5

ど・・・どうすれば・・・

一読してこれを青少年が読んでどういう風に感じるのか、というのをまず知りたいと思った。
いやいやいや・・・
どうしたらよかったのだ?彼は?
どうしたらどうしたらどうしたら?

完全なる悪意から自分を守るにはどうしたらよかったのだろう?
理不尽な仕打ちから逃げ出せない時にどうしたらよかったのだろう?
そんなことを投げかけてくれる作品だ。

読んでいる時に強烈に思い出したのは、蠅の王だった。
複数の少年たちのサバイバルの話だけれど、そしてラストは大いに違うけれど、途中の過程で人間の悪意というのが剥き出しになるというところは、酷似している。

・・・・
11歳のキングショーは母とともにあるお屋敷に入ってくる。
それは彼らがお金がないので、母が下働きとして使用人としてということだった。
キングショーは素直な少年だったが、同じ年齢の屋敷のフーバーに最初から目の敵にされている。
そのうち母はこの屋敷の主、フーバーの父と懇意になっていく。
が、キングショーはフーバーのいじめに耐えられず家出をするのだが・・・


自然描写が美しいことで定評があるらしいが確かに、家出をした後の森の描写などはとても美しい。
昼に美しい森が夜にどんなに不気味になっていくかも合わせて見ると興味深い。
そしてこの話の中でともかくも、悪意、が際立つのだ。
それはフーバーの悪意。この悪意の何が怖いかというと、意味のない悪意だからだ。根拠のない悪意だからだ。
やや根拠があるとすれば、自分のお城のような場所に他人が入り込んできてしかもその母親が自分の父を誘惑しようとしている(とみている)悪意だが・・・
同年代の無邪気な少年に対するフーバーの悪意はこれだけではない気がする。
もう根から腐っている人間の悪意が噴出する。
ともかくも読んでいると、こんなにも人に対して悪意が持てるのかと思うほどの凄まじい悪意を持っているフーバーの姿が忘れ難い。
そしてそれに対して、ちょっと弱いキングショーは何度も何度もフーバーをやっつける機会がありながら、気が弱いのとまた心優しいのがあり彼を助ける方向に行く。
ここが読んでいてとてももどかしい。
なぜながら、フーバーがそんなことでたやすくいい子になるとは思えないからだ。

そもそも家出をしたキングショーのあとをついてきたのはフーバーだ。
それにもかかわらず自分のせいじゃなくお前のせいだ迷ったのはと言い切るフーバーがいる。
誰もキングショーを信じてくれないというジレンマが彼にはある。
肝心の母親さえ信じてくれない。
そして自分で転んでけがをして助けてもらったのに、キングショーにやられたと嘘をつくフーバーの姿が憎々しい。

このあとも城塞のようなところに皆で遊びに行った時に落ちたフーバーの姿がある。
ここからフーバーは入院なので、ちょっと新しい友達がキングショーに出来て、これが本当の普通の関係なんだというのがキングショーも徐々にわかってくる。
しかし残念ながらこの救いの神になりそうな友達すら、キングショーの本当の怯えとかフーバーの嫌がらせの悪質さには気づいてくれない。わかってくれない。ここまたもどかしさがある。
退院して屋敷に戻ってきた途端、またフーバーの嫌がらせが始まる。

しかもキングショーは母に対してとても複雑な感情を持っている。
生きていくためとはいえ男に媚びる母の姿がなんとも嫌なのだ。
だからフーバーにそこを指摘されるのが一番彼にとっては屈辱なのだと思った。
しかもここからは、キングショーとフーバーが同じ学校の寄宿舎に入るという事が決まったらしい・・・
キングショーの絶望たるや・・・

最後!!!
どうやって終わると思ったら!!!
これか!!!
これなのか!!!!え!!!!


以下ネタバレ
後味悪いどころか、なんで善人のキングショー少年が自殺なんだ!
しかも、お母さんは、これでもフーバーのお父さんと結婚するのか?
2018.04.23 絶景本棚



評価 4.8

人の本棚を見るってどうしてこんなに楽しいのだろう。
しかもここに出ている人達は、名うての本マニアたちだ。
この本棚が面白くないわけがなかろう。

図書館のようになっている本棚
玄関から連なっている本棚
横向きの本がたくさんある本棚
資料室っぽい本棚。
魔窟と言ってもいい本棚、
と見ているとくらっとする。


書名とかも見えるのでそれを見ていると、新井素子さんの本棚にトンボソのおひめさまの最初のバージョンが見える、わたしも大好きだった本の一冊なので、きっと彼女もこれをバイブルのようにしていたのだろう。そしてやはりSFの本も沢山見えるのだった。

川出正樹さんの本棚のポケミスのそろい具合も見ていてとても楽しい。
ミステリ系が多いのだが、昔の本とか貴重な本もザクッと揃っていて見ていて目の保養になる。

祖父江慎さんの本棚は、装丁の人なのでそういうたぐいの本が多いのかなあと思っていたが、八犬伝が異常にある。漫画関係だけで何冊あるのだろう?
また漱石の坊ちゃんも何冊あるんだろう?この人、気に入った作品をとことん集める人らしい、というのが本棚から見えてくる。

横向きでは、鏡明さん、日下三蔵さんがもう魔窟の代表格なのではないか。
きっと本人はなんとなくどこに何があるかがわかっているとは思うのだが・・・・

・・・・・・・・
しかし本棚を見ていてつくづく思うのは、本って自分の好みがくっきり出るので、いくら本があってもまったく興味の沸かない本棚も失礼ながらある。
本って本当に嗜好品に近いものなのだなあ・・・と思った次第だ。




評価 4.8

作者のセバスチャン・フィツェック作品の中で、私はこれが今のところ一番好きだ。
船の中で人が失踪していく・・・
しかもこれに乗り込むのが、自らの妻子も同じ船で5年前に忽然と姿を消したという過去を持つ心を病んだ捜査官マルティンだ。
もっとどきどきするのは、2か月前に消えた、と思った少女アヌーク・ラマーが突如として出てくるという不思議・・・しかし彼女の母親は一向に見つからない・・・
もしこの捜査官だったら、(もしかしたら自分の息子もまた生きているのではないか・・・)という思いに駆られること確実だろう。

繰り返される母と子の消失劇、というのがこのミステリの基盤になっている。

・・・・・・・・・・・・

ミステリとして、多くのプロットが次々に流れてくる。
・船の中らしいところに監禁されている女性は一体誰なのか。
彼女に向かって、ある『一つの質問』をし続ける見えないん人物とは誰か。
そもそもそこはどこなのか?
彼女が最終的に出した一つの質問への答え、は何だったのか。

・船室を回るメイドを拷問する男は誰なのか。
偶然コソ泥がその場面を見てしまうのだが、彼はどうするのか。
また見られたと知った時に男はどうするのか。

・船を売ることを考えている船主がいて、買い手の中米の男とのやり取りは何か

・最初のところに戻って、最初の段階で囮捜査官という特殊任務に就いていたマルティンを呼び出した謎の富豪の老婆は誰なのか。
彼女の言う「この船には恐ろしい秘密が隠されているのよ……」とは何を指しているのか。


・・・・・・・・・・・・・
最後まで読んで、こういう終わり方かと思った。
と思ったら、これは最後ではなく、もっと意外なことが明かされていく、ここが驚きのつるべ打ちなんだなあと思ったのだった。
真相は決して心地よいものではない。
でも真相として非常に納得のいく真相であったことも事実だ。

驚きの連鎖のところが、ちょっとサービス過剰かなあ・・・と私は思った。
エンタメ作品として面白いのだが、過剰部分で話全体が軽い感じになっている。
それが好みの分かれ目といえば分かれ目なんだろうけれども。




評価 5

読んでみて、私の思った感じとちょっと違うなあ・・・というのが第一印象だった。
このタイトルだけ見ると、『混乱のシリアの中で秘密の図書館を作ってそのことで皆が平穏な気持ちになる』というようなことを思い描いていた。
この部分も確かにあるのだ。
本はどんな場でも人の心の救いになるから。

が!
私の思っていた甘っちょろい考えはこの本を読んで粉砕された。
混乱のシリアどころではなく、一つの町が全く孤立させられ、全ての配給物資が行かず、来るのは爆撃ばかりという状況下の人々の生きていく物語だったのだ。
ダマスカスの近くの町、ダラヤ。
私はこの話を読んで、初めてダラヤの名前を知った・・・
市民がアサド政権に抵抗しているが、それが、政府寄りのメディアでは狂信者テロリストと報道されている。
一方で政府軍の空爆で建物は破壊され、一般人の人たちもどんどん犠牲になっている。
樽爆弾の怖さがここに記されている。
そして女性たち、子供達は決して表に出ないのに、後半の方で女性たちの実名入り署名があるメールは悲痛な叫びで満ちている。
また、当時のオランド大統領に向けて送った必死の書簡は彼に読まれたのだろうか。

このノンフィクションの面白いところは、そこに実際に行って取材したノンフィクションではなく、いまどきのネットで繋がりが悪い中若者がその状況を逐一送ってくれる、という形をとっているところだ。
何しろ繋がらない、雑音が入る、その前に爆撃がごくごく近くで起こっているという状況下で、若者たちへのインタビューを敢行した作者がいた。

・・・
若者たちが読んだ本というのは、瓦礫の中から拾い集めた本であり、なんとか地下に図書館を作っていく。
その中にはクッツェー、サン・テグジュペリなどの作家があると思えば、7つの習慣のようなビジネス書も熱心に読まれている、そしてその読み方はおのずとビジネスマンが読むよ味方とは違っている。ここでの読み方になっているのだ。

結局は、友達は死亡し、また町全体も陥落してしまう、という事になってしまうのだが、そこまでの軌跡、若者たちの本を読む情熱によって起こる成長ぶりが如実にわかる。

また作者は随所で自分の子供を出し、一種の罪悪感とともに(そうは書いていないが文章から伝わってくる、なんせこちらは安全な場所にいるわけだから)子供になるべく怖いものを見せないようにと配慮していく。
けれど、作者と子供の周辺ですら、全く違った種類のテロが起こりそこに遭遇してしまい、ダラヤの人々の日々の痛みを改めて感じるのだった。

・・・・・・・・・・
まだシリア問題は解決がついていない。
それどころかアメリカとロシアの応酬の火種になっている、今の時点で。
希望を失わない若者たちの姿が心に残った。


評価 4.9

なんでこの本を読もうと思ったのか忘れていたのだが、思い出した、映画化だった。
でもその映画は見ることができなくて、本のみ残ったわけだが・・・

・・・・・・・・・・
私はこの作品とても面白かった。

老齢の男がいる。
彼は過去に殺人をしたと自分で言っている、でもそれは一緒に暮らしている娘にも内緒だし、誰にも言っていない。
ここしばらくで、また殺人が近所で起こり始める・・・


老齢の男キムは、徐々にアルツハイマー病によって脳が侵されていく。
物忘れが激しく幻視、妄想が始まる(とある)
一緒に住んでいるウニという娘ももうお父さんは違うお父さんになっちゃったと友達に電話しては泣いている。
そしてウニに恋人ができたらしい。
けれどその恋人は、父親の老齢の男から見るとどう見ても殺人者なのだ。
大切な娘のウニに警告をだすが全く聞き入れてもらえない・・・



・・・・
ここまで読んで、ウニの付き合っている相手の男が殺人者というのはキムの妄想なのではないか、と思った。
なぜなら、車のトランクから血が出ているのを見ただけだから。
これは狩猟の動物の血なのではないかとも。
そして彼(キム老人)の過去の殺人も、思い込みで妄想なのではないかとも。

録音、記録、首から下げた自分のIDとあらゆることをして、自分の記憶と闘っているのだが、近辺のことはどうしても忘れてしまう。
何度聞いても忘れてしまう彼の気持ちを思うと可哀想にすらなる。
けれど一方で、過去の何人もの殺人はくっきりと彼の心に刻まれているのだ。
そして途中途中でキムは非常に哲学的な思考をする、オデュッセイまで持ち出して彼の思考を補強するのだった。
キムの内省の様子がとても読ませる。

徐々に壊れていくキムの行動・・・
ウニが殺される前にウニの恋人の彼を殺さなければならないという気持ちに駆り立てられる・・・・
一方でアン刑事というずうっとこのあたりで起こった過去の殺人を含めて調査しているいい年の男の刑事が何度もやってくる、というところあたりから全体が揺るぎ始める・・・

そして突然ウニと連絡がつかなくなる。

・・・・
後半、驚いた。
今まで盤石と思った地面がひっくり返った気がした。
一体なんだったんだ?
何が起こっていたんだ???
ウニはウニだったのか?

以下ネタバレ
・『この説明によると』ウニは介護士。
彼女を殺したのはキム。
過去にも殺人をしている。
でもそうなのだろうか?

・大量の殺人が竹林から見つかる。
とすると、本当にキムが殺した人たちなのか。
今、の殺人の犯人は誰なのか?

・ウニの恋人と思っていた人は刑事であった。
これは一体?全てはキムの妄想か?
アン刑事は妄想だったのか・・・そうすると一緒に座って話していたのは全てキムの妄想か。そうなのだろう。

・老人ホームにウニと一緒に行ったのは本当なのか?
これは介護士として一緒に行ったのか?
行ったという事実そのものが嘘なのか、
それとも行ったのか?

・老人のアルツハイマーで忘れてしまう、という話が基本になっている。
何度も聞かれた犬、はいなかったのかいたのか。そしてもしいたとすればそれは自分の家の犬なのか。
最後死体の手を持ってきたのだから、いたのだろう。
どこからが老人の妄想なのか、どこが本当の事なのか。

もし老人がアルツハイマーではあったとしても
・過去の殺人は本当
・子供の時に暴力の父を殺した(というか防御した
・自分に子供がいた
という部分は本当なのか。
過去への追走は本当だったのだろうか。
また、最終では刑事として、途中では娘のウニの恋人として登場するパクジュテは本当に警官なのか。


評価 5

何かの本を読むときに、別の下地になる本を読んでいたらもっと深く読める、という事って実際にあると思う。
けれど、そればかりを考えていると、何かの本が永久に読めないというジレンマに陥ることがある、一冊の本を読むのにもう一冊読まなければならないのだから。
だから基本、別の下地になる本をすっ飛ばして何かの本に取り掛かるというのも全くいいんだ、とも考えている。

が。
この物語は、ジェーン・エアを読んでいるのと読んでいないのとでは、受け取る感じが全く違うのだという感じがする。
名前もジェーン・スティール。
そして何よりこの主人公は大のジェーン・エアマニアとでもいうべき、ジェーン・エア愛好家なのだ。
章のそれぞれにジェーン・エアからの引用があるのはもちろん、主人公のジェーンも常に(あのジェーン・エアだったら・・・)というように、この小説を心に携えて生きていっているといっても過言ではないだろう。
また驚くほど彼女の境遇がジェーン・エアと似ているのだ、冒頭から。

誰かが死んで誰が犯人だ、それを推理する、というタイプのミステリを期待している人には肩透かしだろう。
なぜなら、このミステリは大恋愛小説でもあり、尚且つ活劇もあり、ヴィクトリア朝時代の雰囲気が丸々こちらに伝わってくるいわゆる普通の小説でもあり、また友情物語でもあり、一種の歴史小説でもあり、と多彩な面を持っているからだ。
殺人はある、それも頻繁に。
殺人者からのその告白がラスト近くにある人に対してなされるが、この部分もとても読ませる、ああ・・・この相手の反応が一番私の求めていた反応だろうなあ・・・という納得の反応だ。

ジェーン・スティールは父親のいない中、フランス人の母と一緒にハイゲートの屋敷の一角に住んでいた。
母屋には叔母と従兄エドウィンが居住していた。
母を9歳で亡くし、叔母によって厳しい寄宿学校に入れられたのだった、その前にある重大な事件が・・・
寄宿学校での理不尽な校長からの生徒への精神的肉体的暴力、食事なしの刑罰に耐え、ジェーンはここで一人の親友を得る。
その名前はレベッカ・クラークだった。
しかしレベッカがあることで校長の不興を買い、食事なし生活で死に至る寸前まで行った時に・・・


ジェーン・エアの悲惨な幼少時代、寄宿学校、そして親友ができるところ、と、ここから家庭教師につく、その主人との恋愛というところまで非常によく似ている。
なぞっているといってもいいだろう。
だが、解説にもあるように、かつての自分の屋敷に偶然家庭教師として入ったジェーン・スティールの目の前に現れたのは、ジェーン・エアのロチェスター氏では勿論なく、インド帰りの男性だった。
(インドの内乱のことが途中入ってくる。ここがややなじみがないので把握しづらいのだがゆっくり読むとわかってくる)
屋敷にジェーン・エアのような秘密もなく(別の秘密はあるのだが)、でも好奇心多いジェーン・スティールが屋敷の中を探検するというところもいかにも彼女らしい。
ジェーンのぐいぐい前に行く(たまに行き過ぎる)精神がこの時代に合っていないけれど、それがまた読む者に爽快感を与えている。
親友レベッカと二人で新生活を始めようとする生き生きとしたジェーンだが、たとえ貧乏でも屈しないなんとかそこから脱する手立てを動いて考える、という精神に満ち溢れている。
そしてレベッカとの新しい生活で落ち着いた感じは、新しい家族を両者が持ち得たというところで、微笑ましくまたほっとする一場面だ。
ここから暗転・・・・なのだが・・・

・・・・・・・・・・・・
主人公のジェーン・スティールは言うまでもなく、周りに出てくる人たちの造型が際立っていることと言ったらどうだろう。
どの人も非常に個性的で、特に寄宿学校で一緒に苦楽を共にした親友レベッカ・クラークの才気溢れ曲がったことに嫌いで、歌が上手で線の細い感じがひしひしとこちらに伝わってくる。
寄宿学校での極悪非道な校長ヴェルサリス・ムントの小憎らしい感じもわかるし、音楽教師リリヴェールの優柔不断さ、周りの女学生たちの一人一人も個性が焙り出されている。
家庭教師の屋敷に行ったら行ったで、インド帰りの主人の不思議な風体、主人チャールズ・ソーンフィールドも際立っているし(何しろ登場場面から不思議な手袋をしているところからして!!奇妙な人!!)とともにいる不思議な執事サルダール・シン、顔に大きな傷のある家政婦カリマ・カウル、家庭教師をすることになった闊達な少女サジャラ・カウル、とこうして書きだしていっても沢山の人がうごめいているのに、誰も彼もがくっきりと眼前に浮かび上がってくる。
また忘れてはならない重要人物がサム・キルフェザーという警官である、彼の存在はある時期は全く見えないで隠れているのだが、非常に大きな役割を持っていて、更にジェーンの運命をも握っている人物なのだ。この人の考え方もとてもとても身に染みる。

後半何度もジェーンがよくわからないままに何かの事件に巻き込まれている、という場面がある。
主人のチャールズ・ソーンフィールドの秘密というのも徐々に明らかになってくる。
このわけのわからない人たちが昔に何かがあったことで屋敷を襲ってくる感じが、ホームズの作品のいくつかを思い出すなあ・・・と思っていたら、解説に作者がシャーロキアンだと書いてあったので、なるほどなあ!と膝を打った。


評価 5

お・・・面白い・・・
ページをめくる手が止まらなかった。

帯に、『この展開、予想できるはずがない!」という扇情的な言葉が目を惹く。
私は、ある一つの重要なことはこうじゃないか、と比較的初期段階からわかっていてやっぱりね、だったが(きっとミステリ好きの人だったら途中でわかると思う)、191ページのラストで茫然とした。
これはもしかしてこういう感じになっているけれど、間違いであり叙述ミステリのようなものであり、ディーヴァーのようにひっくり返しがこここそあると思っていた。が、なかった。ええっこれで!という展開だった。

出だしは解説にもあるようにハイスミスの見知らぬ乗客に非常に似ている。

大金持ちの実業家のテッド。
彼はヒースロー空港で見知らぬ美女リリーと知り合う。
酔った勢いで、テッドは彼女に自分の妻が不倫をしていて妻を殺したい希望があるとついつい打ち明けてしまう。
リリーはそんな女は殺されて当然だ、と言って協力を申し出るのだ。


旅先で声をかけられる。
殺人の希望を持っている人間がいる。
お互いに知り合いでもなんでもない人達だ。
ただただ旅先で出会った二人なので、何の痕跡も残らない。
交換殺人じゃないということは大きな違いだけれど、シチュエーションは非常に似ている。
が、全くここからは話の動きが違う。

当然ながら見知らぬ乗客のように交換殺人ではないので、なぜリリーがテッドの妻を殺したい気持ちに共感したとはいえ殺人を手伝ってくれる気持ちになったのか、というのが最大のテッドの謎であり、読む側の謎でもある。
そしてこの二人が徐々に徐々にお互いに寄り添いだすのがよくわかる。
最初は何かあるのだろう・・・と思っていたのだが、もしかして愛情?と途中で思えてくるほどであり、事実リリーの気持ちもテッドの気持ちもあるところで振り子のように『愛』の方面に動いている。

・・・・
妻ミランダを殺したい願望を持つテッドの気持ちがまず本人から語られていく。
彼がいかに美貌の妻ミランダを愛していたか、大金持ちなのでどれほど彼女に贅沢な暮らしをさせていたか、そしてほぼ彼女のために豪華な家を新築していたのにこともあろうにその工事業者とミランダが交渉を持っているのを双眼鏡で見てしまった、その屈辱感を感じているのがよくわかる。
しかもそれを何食わぬ顔をしてミランダはテッドに対してごく普通にふるまえる人間だった。
これにも何度もテッドは衝撃を受けている。
そして反比例するようにリリーに心が動いていき、最終的には殺人はしなくてもいいからリリーと一緒にいたいぐらいまで心が動いていく。

そして殺害を手伝ってあげる、と言った旅先の女性リリーのモノローグが始まる。
彼女の語りは、ちょっと前に戻っている、14歳の時のリリーの過去の一点から始まっているのだ。
これで、リリーがどういう人間だったのか、が恐ろしいまでに語られていく。
テッドはほぼ現在に対してリリーの語りの起点は過去から現在に一本の線が流れている。
リリーの家の特殊なことと言ったらどうだろう。
両親にほぼ放置され、そこに様々な人が出入りし、リリーが14歳になる頃には彼女を色欲の目で見る男が現れる。
リリーはそういう自分の置かれた位置を実に冷静に客観的に見ている少女だった。

そして大学に入るリリー。
そこで出会った男性エリックと恋仲になるけれど、彼の前の彼女がフェイスという女性だった。
フェイスの次の恋人がフェイスであり、エリックとリリーは一心同体と思っているのだが、リリーはここで思わぬ事態を経験する。
そしてその経験こそが次のステップのリリーを生み出している。

・・・・・・・・・・
一方でミランダの章もある。
ここはありがちな家庭環境だろう、経済的には悲惨ではあるけれど。
なぜミランダがミランダになりえたのか。
大学教授だった父が不行跡により永久追放されお金も地位も失い、母の愚痴を聞いて育ったミランダの姿が痛ましい。
お金お金お金!
彼女に付きまとっているのは常にお金、だった。
それがその後の人生を大きく変えていく。

そして刑事ヘンリーの章もある。
彼は話の辻褄が合わないところ、なぜなのかというところに疑問を持ち、なかなかいいところまで推理が行くのだが、あるところでしてやられる。
なぜなら彼がある女性に心を惹かれているからだった。
その部分がネックになって一種の自爆をしてしまう。
まんんまと犯人にしてやられたといった感じの刑事ヘンリーだ。

が。
最後、これだけ逃れていたのに基本的なところで崩れる・・・愕然とするラストが待っている。

<以下ネタバレ>




・リリーは14歳の頃から殺人をしていた。
もっと前には猫を殺していた。
サイコパスと言っていいだろう。

14歳の時の殺人は、家に泊まり込んでいたチェットという画家であり貞操を脅かされたリリーは彼を井戸の中に突き落としその上に石を投げ入れ何食わぬ顔をして生きていく。
大学時代の彼女は、一瞬恋人のエリックに救われたように見えた。
が、週末だけリリーと会うエリックを訪ねて都会に行ったリリーはそこで驚きの事実を知ることになる、彼は元恋人のフェイスと寝ていたのだった。
そしてエリックを殺害することを決心する。
誰にもわからないように、泥酔してピーナッツアレルギーの食べ物を食べさせて死亡させる、あくまで彼の間違いとして。

そして工事業者のブラッドがテッドを殺す事件が起こる。
これはミランダの指示だった、つまりテッド・ミランダ夫妻は両方でお互いを殺す計画を立てていた(が、ミランダが一歩早かった。
191ページの驚きはこれ。主要人物のテッドが死んでしまった・・・と呆然となる)

が、リリーはさっそくブラッドに接近して今度はミランダを殺すように画策する(この部分反対側からも書いていてとても面白い。最初の感じだとどちらをブラッドが殺したかわからない。が、ミランダを殺した)
そし手次にブラッドを殺すリリーがいる。
つまりここまでで4人殺している。
ブラッドを最初のチェットを入れた井戸に同じように入れこんで隠匿する。

・途中で、大学時代のフェイス(エリックの元恋人)と、ミランダが同じ人物というのがわかる。
ここはあまり驚きがなくおそらくそうだろうと想像がついたことだった。
名前は違うが行動として似ているしこれだけリリーの周りに重要な人物としていたのに、フェイドアウトというのはないだろう、と思ったからだ。

・最後刑事がいいところまでいくのだが、結局リリーに逃げられてしまう。
このままだったら終わったのだろうが、実に最後に皮肉な手紙がリリー宛てに父親から来る。
『井戸のある農場が売られて全てがひっくり返されつつある』と。

・読み終わった後、もしテッドが生きていたら、と思った。
もし彼が生きていたら、リリーはこれ以上殺人を犯さずに一緒に生きていけた人間だったんだろうか。
それとも同じようにサイコパスとして気に食わなければ平然と殺害していったのだろうか。

・リリーが強烈すぎるので、ミランダが普通の女の人に見えるのが不思議だ。
ミランダもミランダで欲があり、全てにおいて金であり、自分を高く売ろうとしている人間であり、機転もきくし頭も悪くない。
けれど、リリーの『冷静さ』『動じなさ』(サイコパスの特質)にはミランダも負けてしまうのだ。
そこが非常に面白いところでもある。




評価 4.7

角田光代の小説は好きでよく読むけれど、エッセイはほぼ読んでいない。
と思ったら、書評集は読んでいたのだった・・・彼女の書評はとても的確で読んでいる本であれば(こういう事を自分はこの本を読んだ時に言いたかったんだなあ・・・)と何度も思ったのを覚えている。
この本にも何冊か本に関するエッセイがあるけれど(書評というのか)これもまた読ませる。

この本は恋の話、物を書く人間の話、もあるのだが、ふと日常で疑問に思ったことが書き綴らている。
そのスタンスがとても心地良い。
大上段に構えるのではなく、あくまでちょっと自分はこういう恋の経験がありましたがいかがでしょう?というような緩い感じの書き方だ。
食べ物の話も楽しいし、旅の話もとても楽しい(だから角田光代の旅エッセイを読みたいと改めて思った)

そして、豪華ゲストとの対談もとても楽しめた。
三浦しをんとの対談は打てば響くような対談であり、各所で大笑いしながらそうだなあ・・・と相槌を打ちたいような気すらした。
本を選ぶ基準、感動したら電車内でも泣いてしまうかどうか、面白くない本を語る時の話、と話は尽きない。
これを読んでいると、角田光代という人がとても純粋な人のように見える。無邪気に聞いている姿が目に浮かぶ。
吉本ばななとの対談も楽しめた。



評価 5(飛び抜け)

限定愛蔵版が出たので本当に久々に読んでみた。
そして同じように同じところで(第十章の終わりの一文の衝撃たるや!わかっていても)おお!と驚き(礼儀です)、最後の一文に涙したのだった。

十角館という非常に魅惑的な設定であり、孤島殺人の物語だ。
だから物語の中で行った人たちも、読み手も当然そして誰もいなくなったを思うだろう。
途中でそのことを指摘する部分もあったし、インディアン人形ならぬ殺人予告の札が置かれる。
孤島に行ったのが、某大学のミステリサークルの大学生たちであり、彼らには推理小説に関連するニックネームがついている、ポウ、カー、オルツィ、エラリイ、アガサ、ルルウ、ヴァンとなっているのだ。

この話、ミスディレクションもよく効いていると思う。
思い込み、というのが非常に巧く作用している。
プラス、十角館という舞台の見事さ、あのカップのラストの使い方などこのあたりはからくり時計を見ているような面白さに満ちている。
また、殺した方法、のみではなく、『動機』が非常によくわかるというのも私のお気に入りだ。

にしても、終わりにプラスで各界の人たちからのこの作品への思いが小冊子(というのにはあまりに豪華だけれど)綴られている。
なんて多くの人に影響を与えた本なのだろう。
なんて多くの作家の琴線を刺激した本なのだろう。

この本があったからこそ生まれた作品、この本があったからこそ生まれた作家、それを考えるととても感慨深い。

以下ネタバレ

・本土にいる江南(かわみなみ)の名前がどう見てもコナンに見えるのは指摘されている。
そして彼のやめたサークル内のニックネームはドイルであった。

そして彼の友達がいる、守須だという。
どう考えても、モーリス・ルブランであり、『無意識に』読み手は(ああ・・この人は、ルブランかモーリスなんだなあー)と思う。
しかしこの小説では、『伝統で辞めた先輩の名前を受け継ぐ』とフェアに書いてあるので、別に守須がモーリス・ルブランである必然性というのは全くない。
このあたりの思い込みの引っ張り方が巧いと思う。
そして10章の終わりで、守須が、ヴァンだったということがわかる瞬間の驚きと言ったら!

じゃあ、島にいたヴァンは誰だったんだと思うのだが、彼が夜の間に海からボートで抜け出していたのだ。
(なんていう体力!執念?)

・最初のところで真実を書いた瓶を流すという描写がある。
そしてラスト、その瓶が偶然守須のところに流れ着く。

「あそこにいるおじさんに、これを渡してきてくれないかい」

これが最後の一文だ。
おじさんとは、多分真相に気づいて守須のところにやってきた島田。
2017.12.29 ソラリス



評価 5(飛び抜け)

前のソラリスの陽のもとには読んでいてけれど、本当に私はわかっていたんだろうか?
恋愛部分にしか目がいってなかったんじゃないだろうか?
いや今回も完全に把握しているんだろうか?
しかも最後までわからないところはわからない、一体ソラリスの海とは?知性とは?
それにもかかわらず、とても面白く読んだし、どこもかしこも何度も読み返したいような言葉の連続だった。
いかしてる、と言っていいのかもしれない。
今回新訳、しかもあとがきを読むとプラスのページがあり(削除されていたらしい)、ポーランド語からの直訳ということで、おおいにおおいに期待して読んで、その期待通りの本だった。

SF小説としてもう様々な読み方が自由自在にできるというところが既に名作たる所以だろう。
途中ソラリス学が入って生みの濃密な描写があって、そこが前の本で苦戦したところだったのだが、今回そこすら面白く読めた、時間はかかったが。
惑星ソラリスがどのような形状なのか、がまず語られる。
海で覆われた惑星ソラリス・・・
どのように表面が動いているのか。
彼ら(彼ら、かどうかもわからないが)は意思の疎通ができるのか。
そもそも、人間の考える意思の疎通という概念を持っているのか。
言葉のようなものを有しているのか。
それとも敵対した心を持っているのか。
心のようなものがあるのか。
非常に高度な生命体のように見えるけれど、自らの軌道を修正しているのはソラリスそのものなのか。
赤と青の二つの太陽がある宇宙空間で回っている惑星ソラリスの存在意義は何か。

ソラリスに対しては昔から多くの科学者が研究してその過程で多くの人が亡くなってもいる。
そういうことが読んでいくと文献とか主人公のケルヴィンの言葉からわかってくるのだ。

しかもこの導入部分の素晴らしさと言ったらどうだろう!

心理学者ケルヴィンはソラリスの上空にある宇宙ステーションにソラリス研究のため派遣される。
そこで歓待されると思いきや、ケルヴィンが見たのは荒れ果てたステーションの内部だった。
知り合いのギバリャンの姿はどこにも見えないし、疲れ果てているように見えるスナウトの話すこともはっきりしない。
しかももう一人いるサルトリウスは部屋にこもっていて出てこない。
中で働いているはずのロボットたちも見えない。
一体どうしたのだろう?
何が起こったのだろう?


<以下話に触れます>


折角宇宙の果てまで行ったケルヴィンが最初の方でお気の毒、としか思いようがない状況に置かれいる。
これは、ミステリ小説の導入部分のようだ。
唯一不満足ながら話せるスナウトの指をよく見ると血がついていた・・・(ますますミステリ)

しかも!
上半身裸で下に黄色いスカートをはいたかなり巨大な黒人女性がどすどすと廊下を歩いているのをケルヴィンは見かけるのだ。
一体誰?
ケルヴィンならずとも度肝抜かれる展開だろう。
ここでもスナウトに全てを聞こうとするのだが、スナウトがはっきり答えない、出てくるのは曖昧模糊とした答えばかりだ。
何が起こっているんだ!!
このあとスナウトが話すことが本当とすれば
・ギバリャンは死んだ
・ロボットたちは倉庫に入れた
ということだけははっきりした。
そしてもう一人のサルトリウスの所に行くが、彼は彼でドアを開けてくれない。

・・・・・
ここまででも非常に引き込まれる導入部分だ。
ケルヴィンは知力は高いがごくごく普通の人間なのでここまでのことが全く理解できない。
外を見るとソラリスの海が不気味にうねっているだけだ。

ところが、ここからの展開で、ケルヴィンはある種巻き込まれるのだ、この全体に。
なぜなら、ケルヴィンの愛した女性ハリーが何故か部屋の中に座っている。
ケルヴィンは驚愕する、なぜならハリーはちょっとした言い争いの末10年前に自殺してしまった人間だったからだ。
このハリーはそっくりのハリーであり、ケルヴィンの心を大いにかき乱す。
が、このあとこのハリー1をケルヴィンは偽者と考え宇宙空間にロケットで飛ばしてしまうのだ。つまり抹殺してしまう。

やれやれ終わったと思ったら、再びハリー2が訪れるという事象が起こる。
え!ハリーはいなくなったんじゃないのか???
そして徐々にこの幻影ともいうべきハリーは、『ソラリスの海が見せている』ということがわかってくる。
人間の一番奥に潜んでいるトラウマを現実に呼び起こすのがソラリスなのだ。
でもなぜ?
この答えは最後までわからない。
途中で、子供が何のために?という質問する場面が出てくるけれど、まさにこの何のために?というのは読んでいる間中頭の中をよぎっているのだ。
人知を超えたおおいなる考えがあるというのは神でもあると思うが、この場合ソラリスの海は神のような存在になっているのか。

ケルヴィンがハリー2の血液を調べる場面も印象深い。
ずうっと顕微鏡で探っていくと、形成されているのがニュートリノということがわかってくる。
完全に人間ではないハリー2がそこにいた。

ハリー2が段々学習していって、最初はただの(最初のかハリー1の)ハリー模造品だったのにケルヴィンの心を推し量るハリー2に成長していく。
そしてケルヴィンはこのハリー2に恋をするようになるのだ。
この部分もとても切ない、なぜならハリー2は最初の人間ハリーに似ているからこそケルヴィンは心惹かれたのだし、尚且つ、ハリー1に対しては宇宙空間に飛ばしてしまうという措置をとっている。ハリー1とハリー2の違いって何だったのだろう?と考えた。
ハリー2とここから飛び立ち普通に地球で二人で暮らす生活を夢見るケルヴィンもまたいる。

・・・・・
一方で、スナウトとかサルトリウスのトラウマが何だったのか、というのはぼんやりとしかわからない。
子供?黒人?
ではなぜそれが?というのは最後まで読んでもこれまたわからない。

一方でソラリスの海はうねっている、ずうっとそこにある。
高度な知性を持っているけれど、それは人間の考える知性とはおそらく全く違う種類の知性だった。
何年もの間、ソラリスとコンタクトを取ろうとしているソラリス学の権威達がいるけれど、異質、としか言いようがない行動なのだ。
そもそもなぜトラウマを探ってその擬態を宇宙ステーション内に出したのか、それすらわからない。
悪意というものがあるとすれば、これは混乱させようとする意図なのだろうがそうでもなさそうだ。

とまれ、ケルヴィンの起きているときの脳波を照射してからは、海は異常な動きをする。
その挙句に擬態を送ってこなくなるのだ、これは偶然のヒットなのか。
それともこちらが嫌だと思うことを向こうが察知したのか。

生きている海。
思考しているだろう海。
人間が予想しえる範囲のコンタクトというのが何だったんだろう?という疑問にも再びぶち当たる。
何らかの目的を持っていた、とケルヴィンは考えるけれど、目的そのものがあったのだろうか。

・・・・
ラストが非常に感動的だ。
ハリー2が自ら自分のみを滅ぼしてから、ケルヴィンは海の中に降り立つ。
(この時点でケルヴィンは三回ハリーを失っている。
一度目は人間のハリーの自殺。
二度目は幽体ハリー1を自ら宇宙空間に飛ばすことによって殺す。
三度目は幽体ハリー2が彼女なりの方法で自殺)

海で、古代遺跡のようなものを見たり、島を見たり、さまざまな擬態を見るのだった。
そして彼は、最後に思うのだった。

『それでも、残酷な奇跡の時代が過ぎ去ったわけではないという信念を、私は揺るぎなく持ち続けていたのだ。』