評価 5(飛び抜け)

限定愛蔵版が出たので本当に久々に読んでみた。
そして同じように同じところで(第十章の終わりの一文の衝撃たるや!わかっていても)おお!と驚き(礼儀です)、最後の一文に涙したのだった。

十角館という非常に魅惑的な設定であり、孤島殺人の物語だ。
だから物語の中で行った人たちも、読み手も当然そして誰もいなくなったを思うだろう。
途中でそのことを指摘する部分もあったし、インディアン人形ならぬ殺人予告の札が置かれる。
孤島に行ったのが、某大学のミステリサークルの大学生たちであり、彼らには推理小説に関連するニックネームがついている、ポウ、カー、オルツィ、エラリイ、アガサ、ルルウ、ヴァンとなっているのだ。

この話、ミスディレクションもよく効いていると思う。
思い込み、というのが非常に巧く作用している。
プラス、十角館という舞台の見事さ、あのカップのラストの使い方などこのあたりはからくり時計を見ているような面白さに満ちている。
また、殺した方法、のみではなく、『動機』が非常によくわかるというのも私のお気に入りだ。

にしても、終わりにプラスで各界の人たちからのこの作品への思いが小冊子(というのにはあまりに豪華だけれど)綴られている。
なんて多くの人に影響を与えた本なのだろう。
なんて多くの作家の琴線を刺激した本なのだろう。

この本があったからこそ生まれた作品、この本があったからこそ生まれた作家、それを考えるととても感慨深い。

以下ネタバレ

・本土にいる江南(かわみなみ)の名前がどう見てもコナンに見えるのは指摘されている。
そして彼のやめたサークル内のニックネームはドイルであった。

そして彼の友達がいる、守須だという。
どう考えても、モーリス・ルブランであり、『無意識に』読み手は(ああ・・この人は、ルブランかモーリスなんだなあー)と思う。
しかしこの小説では、『伝統で辞めた先輩の名前を受け継ぐ』とフェアに書いてあるので、別に守須がモーリス・ルブランである必然性というのは全くない。
このあたりの思い込みの引っ張り方が巧いと思う。
そして10章の終わりで、守須が、ヴァンだったということがわかる瞬間の驚きと言ったら!

じゃあ、島にいたヴァンは誰だったんだと思うのだが、彼が夜の間に海からボートで抜け出していたのだ。
(なんていう体力!執念?)

・最初のところで真実を書いた瓶を流すという描写がある。
そしてラスト、その瓶が偶然守須のところに流れ着く。

「あそこにいるおじさんに、これを渡してきてくれないかい」

これが最後の一文だ。
おじさんとは、多分真相に気づいて守須のところにやってきた島田。
2017.12.29 ソラリス



評価 5(飛び抜け)

前のソラリスの陽のもとには読んでいてけれど、本当に私はわかっていたんだろうか?
恋愛部分にしか目がいってなかったんじゃないだろうか?
いや今回も完全に把握しているんだろうか?
しかも最後までわからないところはわからない、一体ソラリスの海とは?知性とは?
それにもかかわらず、とても面白く読んだし、どこもかしこも何度も読み返したいような言葉の連続だった。
いかしてる、と言っていいのかもしれない。
今回新訳、しかもあとがきを読むとプラスのページがあり(削除されていたらしい)、ポーランド語からの直訳ということで、おおいにおおいに期待して読んで、その期待通りの本だった。

SF小説としてもう様々な読み方が自由自在にできるというところが既に名作たる所以だろう。
途中ソラリス学が入って生みの濃密な描写があって、そこが前の本で苦戦したところだったのだが、今回そこすら面白く読めた、時間はかかったが。
惑星ソラリスがどのような形状なのか、がまず語られる。
海で覆われた惑星ソラリス・・・
どのように表面が動いているのか。
彼ら(彼ら、かどうかもわからないが)は意思の疎通ができるのか。
そもそも、人間の考える意思の疎通という概念を持っているのか。
言葉のようなものを有しているのか。
それとも敵対した心を持っているのか。
心のようなものがあるのか。
非常に高度な生命体のように見えるけれど、自らの軌道を修正しているのはソラリスそのものなのか。
赤と青の二つの太陽がある宇宙空間で回っている惑星ソラリスの存在意義は何か。

ソラリスに対しては昔から多くの科学者が研究してその過程で多くの人が亡くなってもいる。
そういうことが読んでいくと文献とか主人公のケルヴィンの言葉からわかってくるのだ。

しかもこの導入部分の素晴らしさと言ったらどうだろう!

心理学者ケルヴィンはソラリスの上空にある宇宙ステーションにソラリス研究のため派遣される。
そこで歓待されると思いきや、ケルヴィンが見たのは荒れ果てたステーションの内部だった。
知り合いのギバリャンの姿はどこにも見えないし、疲れ果てているように見えるスナウトの話すこともはっきりしない。
しかももう一人いるサルトリウスは部屋にこもっていて出てこない。
中で働いているはずのロボットたちも見えない。
一体どうしたのだろう?
何が起こったのだろう?


<以下話に触れます>


折角宇宙の果てまで行ったケルヴィンが最初の方でお気の毒、としか思いようがない状況に置かれいる。
これは、ミステリ小説の導入部分のようだ。
唯一不満足ながら話せるスナウトの指をよく見ると血がついていた・・・(ますますミステリ)

しかも!
上半身裸で下に黄色いスカートをはいたかなり巨大な黒人女性がどすどすと廊下を歩いているのをケルヴィンは見かけるのだ。
一体誰?
ケルヴィンならずとも度肝抜かれる展開だろう。
ここでもスナウトに全てを聞こうとするのだが、スナウトがはっきり答えない、出てくるのは曖昧模糊とした答えばかりだ。
何が起こっているんだ!!
このあとスナウトが話すことが本当とすれば
・ギバリャンは死んだ
・ロボットたちは倉庫に入れた
ということだけははっきりした。
そしてもう一人のサルトリウスの所に行くが、彼は彼でドアを開けてくれない。

・・・・・
ここまででも非常に引き込まれる導入部分だ。
ケルヴィンは知力は高いがごくごく普通の人間なのでここまでのことが全く理解できない。
外を見るとソラリスの海が不気味にうねっているだけだ。

ところが、ここからの展開で、ケルヴィンはある種巻き込まれるのだ、この全体に。
なぜなら、ケルヴィンの愛した女性ハリーが何故か部屋の中に座っている。
ケルヴィンは驚愕する、なぜならハリーはちょっとした言い争いの末10年前に自殺してしまった人間だったからだ。
このハリーはそっくりのハリーであり、ケルヴィンの心を大いにかき乱す。
が、このあとこのハリー1をケルヴィンは偽者と考え宇宙空間にロケットで飛ばしてしまうのだ。つまり抹殺してしまう。

やれやれ終わったと思ったら、再びハリー2が訪れるという事象が起こる。
え!ハリーはいなくなったんじゃないのか???
そして徐々にこの幻影ともいうべきハリーは、『ソラリスの海が見せている』ということがわかってくる。
人間の一番奥に潜んでいるトラウマを現実に呼び起こすのがソラリスなのだ。
でもなぜ?
この答えは最後までわからない。
途中で、子供が何のために?という質問する場面が出てくるけれど、まさにこの何のために?というのは読んでいる間中頭の中をよぎっているのだ。
人知を超えたおおいなる考えがあるというのは神でもあると思うが、この場合ソラリスの海は神のような存在になっているのか。

ケルヴィンがハリー2の血液を調べる場面も印象深い。
ずうっと顕微鏡で探っていくと、形成されているのがニュートリノということがわかってくる。
完全に人間ではないハリー2がそこにいた。

ハリー2が段々学習していって、最初はただの(最初のかハリー1の)ハリー模造品だったのにケルヴィンの心を推し量るハリー2に成長していく。
そしてケルヴィンはこのハリー2に恋をするようになるのだ。
この部分もとても切ない、なぜならハリー2は最初の人間ハリーに似ているからこそケルヴィンは心惹かれたのだし、尚且つ、ハリー1に対しては宇宙空間に飛ばしてしまうという措置をとっている。ハリー1とハリー2の違いって何だったのだろう?と考えた。
ハリー2とここから飛び立ち普通に地球で二人で暮らす生活を夢見るケルヴィンもまたいる。

・・・・・
一方で、スナウトとかサルトリウスのトラウマが何だったのか、というのはぼんやりとしかわからない。
子供?黒人?
ではなぜそれが?というのは最後まで読んでもこれまたわからない。

一方でソラリスの海はうねっている、ずうっとそこにある。
高度な知性を持っているけれど、それは人間の考える知性とはおそらく全く違う種類の知性だった。
何年もの間、ソラリスとコンタクトを取ろうとしているソラリス学の権威達がいるけれど、異質、としか言いようがない行動なのだ。
そもそもなぜトラウマを探ってその擬態を宇宙ステーション内に出したのか、それすらわからない。
悪意というものがあるとすれば、これは混乱させようとする意図なのだろうがそうでもなさそうだ。

とまれ、ケルヴィンの起きているときの脳波を照射してからは、海は異常な動きをする。
その挙句に擬態を送ってこなくなるのだ、これは偶然のヒットなのか。
それともこちらが嫌だと思うことを向こうが察知したのか。

生きている海。
思考しているだろう海。
人間が予想しえる範囲のコンタクトというのが何だったんだろう?という疑問にも再びぶち当たる。
何らかの目的を持っていた、とケルヴィンは考えるけれど、目的そのものがあったのだろうか。

・・・・
ラストが非常に感動的だ。
ハリー2が自ら自分のみを滅ぼしてから、ケルヴィンは海の中に降り立つ。
(この時点でケルヴィンは三回ハリーを失っている。
一度目は人間のハリーの自殺。
二度目は幽体ハリー1を自ら宇宙空間に飛ばすことによって殺す。
三度目は幽体ハリー2が彼女なりの方法で自殺)

海で、古代遺跡のようなものを見たり、島を見たり、さまざまな擬態を見るのだった。
そして彼は、最後に思うのだった。

『それでも、残酷な奇跡の時代が過ぎ去ったわけではないという信念を、私は揺るぎなく持ち続けていたのだ。』
2017.11.06 屍人荘の殺人


以下ネタバレ含みます

・・・・・・・・・・・・・・・

評価 4.4

大学生サークルが集まって(合同とはいえ)別荘に来てそこでクローズドサークルが発生する、
その発生の仕方が今までにない斬新なものだった、

という作りなのだ。
冒頭の方から、ちょっと昔の学生アリスのような趣もある推理会話が並んでいる、明智君(!)と葉村君という二人のミステリ愛好会、の二人の会話が。
葉村君の視点で進んでいくのだが、どこかで明智君の名前について突っ込みがあると思ったけれどそれはない、あるものとして捉えられている。
ここに美人の学生探偵らしき剣崎比留子が加わって(というか彼女が加わらせて)、前年何らかの事件が起きたらしい映画研究会の合宿に参加することになるのだ。

クローズドサークルの館の作り方って今までいろいろある。
簡単なのでよくあるのは、雪に埋もれて全ての情報が遮断され孤立状態になるというクローズドサークルだ。
または豪雨で橋が落ちて分断されるといういわば気象系で遮断されることが多い。
ところが。
この話、もう一つ別の犯行を行っている人間がいる話がある。それが途中途中に不気味に入ってくるのだが、注射によってゾンビのような状態に人をして音楽フェスの場から次々と感染者を広げていくという途中からゾンビの話になってくるのだ。
肝は間違いなくここであり、この話、
「ゾンビによって一軒家の二階三階まで押し上げられた(一階はゾンビがひしめいているので行けない)究極のゾンビクローズドサークル」
なのだ。
ここが面白いと思う人はこの話に乗れただろうし、私のようにゾンビそのものが苦手な人はここでかなり溜息をつくだろう。

別荘でも殺人が起こっている、ゾンビとは関係ない時点で。
けれどゾンビが発生して追い詰められたことにより、犯人も頭を使ってゾンビを利用しようとするし(何しろ犯人にとってはゾンビは想定外、なのだから)、犯人以外の人たちにとってはゾンビには追いまくられるわ、犯人はこの中の誰かだわ、という悲惨な状況になるわけだ。

面白いところ、といえば、ゾンビに追い詰められてからのエレベーターのトリックなどは楽しく読んだ。
ゾンビを上まで来させるけれどまた下におろす方法とかの彫像を使った重さのトリックは面白い。
また部屋の電気がカードキーでついたり消えたりするところから、一時的に音楽が止まったというところに目をつけて真相を推理するところ、カードのすり替え、いうここのトリックも非常に面白いと思った。
またアナログ時計とデジタル時計の違いで、時間の言い方が違うところから、発見した事実というのも読ませた、確かにデジタルってこういう曖昧な言い方はしないなあとうなずいたのだった。

・・・・
この話、もう一つ私が乗り切れなかった最大の原因は、そもそも去年のこの合宿とやらで、女子学生への暴行事件が起こっていることだった。
これは最後までもしかして勘違いだった?という作りを期待していたが、それどころではなく、その暴行事件のために自ら命を絶った先輩の敵討ちのためにここに乗り込んできたという犯人の言葉を聞いて、ああ・・・何ということだ・・・と思った。
つまり昨年の馬鹿者によるレイプによって自殺者が二人出てるってことだ。
暴行事件が起こったところに、同じメンバーがいけしゃあしゃと現れる(持ち主とその友達の大学OBってどこまで鬼畜なんだ!)今度は新しい獲物を狙って。
このあたりどうなんだろう。
ベースになってる部分がこれなので、読んでいてかなり辛かった。
ここにそれを承知で皆を誘う映画研究部部長の進藤は、就職のためとはいえ一体どういう神経をしてるんだろう?しかも彼女連れって・・・(この彼女がゾンビにおかされ、進藤がそれをこっそり部屋で介抱していたがそのまま彼女にやられた話が後からわかるが、自業自得!と私は思った)

よくわからないのが、
犯人の静原さんの気持ちが、殺しに至るまでが見えなかったのだ。(彼女があんな三人殺して当然です、というのは私も大いに同意するのだが、殺して当然と実際自分が殺す計画をするのとはおおいに違うと思うので)
尊敬する先輩がそういう自殺をしました、原因はこれだったのです、というのはわかったのだが、殺人に至る強烈な動機というのが彼女の言葉の中に見えなかったのだ。
これがまだ姉、とか妹ならわかる、それは肉親だから。
肉親以上の何かモチベーションを犯人側が強烈に持っているかどうかというのがちょっとばかり薄いかなあと思った。


評価 3.9


冒頭から、非常に暴力的で自暴自棄な特異な加奈子、という少女が登場する。
彼女と友人である理子とのムンクの叫びについてのやり取りも印象に残る。
彼女の存在が一瞬なくなったか・・・と思われた時に、今度は加奈子がとてもこの話の重要なファクターであったということがわかってくる。

理子。
加奈子の小学生の時の友人であり、学校内でボードゲームクラブに入っている。
クラス内では、派手なグループの沙苗という少女に眼を付けられているが、マキというそれなりに友人もいる。
家庭では兄と精神を病んだ母との三人暮らしで、理子が家事を一気に引き受けている。
そして理子が夜に綴る夜の日記には人には見せられない話が次々と綴られて行った。
近所の河原でホームレスが殺害されたという事件をきっかけに、理子の何かが暴発する・・・
そしてそこに現れたのが、悠人という一人の男子学生だった。


理子の家庭の悲惨さ、というのは、母の言葉の暴力によるものだ。
父の死によって、40過ぎて産んだ理子に母の言葉のはけ口は向かう。
彼女の家庭内放棄により、毎日の食事の用意は理子になったのだった。
理子の兄は中学教師となっている。
理子はある時点から毎朝ホームレスの近くをジョギングする兄がホームレス殺しの犯人じゃないかという疑いを持つ。

また加奈子の弟、ということで登場した悠人の家庭もまた悲惨だ。
龍馬という暴力に支配された父親に日常のように暴力を受けている。
そして殺意を持つようになっていた悠人。
死んでしまった加奈子もまたこの家庭に育っていたのだった。

加奈子との複雑なやり取りを経て、加奈子の死に加担してしまった理子は、心の病を持っている。
つまりこの小説、心の病を持った人がそれはそれは多くいる小説だった。
いいところは、居場所が自分を認めてくれる悠人との間にできたということに喜ぶ理子の姿はとてもいとおしかったところだ。
でも全体には私の好みの小説ではなかった、申し訳ない。

以下ネタバレ
・夜綴っていた陰惨な人を殺す日記が、理子の歯止めになっていた。
加奈子がクラス全員を殺すといっていたストリキニーネを加奈子の飲み物に混ぜ、加奈子はそれが効いてきたころ、高いところから落ちて死亡してしまう。
ここに立ち会った理子が精神を病む。
(加奈子のせいで、いい加減にしてほしい!と思った、私は)
しかしこのストリキニーネは嘘の粉だった。
(ますますいい加減にしてほしい!!と思った、私は)

・一方で、加奈子の弟の悠人もこのことを知っていて、姉を殺したことを発表されたくなかったら、理子に自分の暴力的な親を殺してほしいという相談を持ち掛けるのだった。
悠人もストリキニーネは嘘で、加奈子の死には理子は関係ないということを知らなかった。
(悠人とのやり取りは好き。でも児童相談所に行けと思ったものだった。何でも殺人すればいいという発想が・・・)

・理子の兄、に至っては、痴漢。
は????
生理中の女性に欲情する?は????
血にまみれたナプキンを収集する?は????
しかも教師???
変態で、気持ち悪さ爆発というか、これが平然と他のエピソードと同列に書かれているというところが、なんだか、だった。
しかも母がそれを知っていて庇っていた?は????
理子の家、どれだけ壊れていたんだろう。
彼女こそ施設に行った方がまだしもいい家庭環境じゃないか。
暴力的な父と暮らす悠人よりも更に悲惨な家庭だと思った。悠人はまだ暴力支配というわかりやすい状況だし。
そして、
兄は最後どうなったんだろう?
理子が告発して捕まったんだろうか?
それを庇っていた母と理子と二人になったんだろうか?

・理子の唯一の友達らしきマキの姿が今一つ見えないように思った。
正論は言うのだが、そしてその正論でホームレスの女性を救ったという功績?はあるけれど。
肝心な時にいてくれない感じが漂うのだった。

・そして、読み終わってちょっとわかったことがあった。
この話の中で、まともな大人、というのが出てきていないのだ。
まともなのは、立ち直ったホームレスの女性のみで、あとは担任もダメだし、親たちもダメだし。
マキの親とか、薫の親とかどうなんだろう。
2017.07.26 ジャンプ


評価 5

祝直木賞受賞!佐藤正午!

ということで、過去作を再読してみた。
全くのゼロの目ではなく、最後を知っている(途中の展開も知っている)目で見てみると別のところが前回とは違って際立ってくる。
基本は失踪の物語だ。
それもリンゴ一つのための失踪・・・明らかに松本清張の失踪物語とは違う展開だ(途中で主人公が松本清張を読んでいるという場面も何度か出てくる)
非常によくできている話だと思う。
失踪、をめぐる男女の心の機微の話でもあるのだが、ミステリとしてもとてもよくできている。
どちらに比重を置いて読むかは読者の好みなのだろう。
徐々に徐々に明らかになっていく失踪の謎・・・が読んでいてわくわくする。

しかも。
この話が人の心を掴むのは、誰にもあり得ること、だからだ。
「ある日突然失踪する」という心は普通の人の心のどこにもちょっぴりだけ存在している。
この話の場合、きっかけはリンゴだったけれど、ふとした時に芽生えた失踪の衝動というのが誰にもぐっとくる掴みの一手だ。

その失踪が、誘拐などされたものなのか(他者によって)、自らの意志なのか(自分によって)、またどちらでもなく単なる事故なのか(神の手によって)、ここは全く冒頭の方ではわからない。
しかも一晩明けて戻ってきました、やあすみません、という場合だって沢山転がっている。
だからこそ、最初の方の警察とのやり取りもとてもわかるし(まだこの段階では事件扱いできないだろう)、また主人公の男性が出張先にそのまま行っちゃったというのもわかるのだ。
なぜなら、翌日にやあやあがあるかもしれないから。

・・・・・

前半で、さっそくみはるの姉との会話のやり取り(この物語、会話が非常に良い)が生き生きとしていて、情景が見えてくるようだ。姉の佇まいもわかる、そして姉はふっとフェイドアウトしてしまう、「僕」の人生から(理由はあるのだが)
最初の方で必死な捜索状況というのも実にこちらに迫ってくるものがある、警察に届けたり、来た手紙を見てみたり・・・
しかしいったん戻ってきたのではないかということがわかると、じゃあ一体今はどこで何をしているのだろう?その前になぜ突然戻ってこなくなったのだろう?という疑問が次から次へと湧いてくる。
コンビニから突き止めるということをようやく思いつきそこから探っていくと、妙なことに巻き込まれたみはるの姿も浮かび上がってくる。
と同時に、彼女の大学時代、そしてそこから更に深酔いしたバートはいったい何というバーだったのか、というのがわかってくるあたりもまた読ませる。

「僕」は強烈なカクテルを知らない店でガールフレンドと飲んだ。
前後不覚となった「僕」は、ガールフレンドの南雲みはるのアパートに転がり込む。
朝リンゴを食べる習慣がある「僕」のために、みはるはコンビニにリンゴを買いに行った・・・
5分で帰ると言い残して。
ところがそのまま姿を消してしまったみはる・・・
行方を探すのだが、さっぱり見つからない・・・


<以下ネタバレになる部分があります。>



まずこの主人公に最初読んだ時には、(なんて男だ!!)と嫌悪感を抱いたのだった。
なぜなら、ガールフレンドの失踪の翌朝、心配しながらも出張に行ってしまう奴なのだ。
普通ここで何か交通事故にあったのではないかとか、コンビニに行くとか、考えるだろう。
バカなの?と思ったものだった。
また、もっとなんて男だ!と思った部分は、失踪したみはるを探しているので、てっきりこの男はふがいないながらもみはるオンリーの男と思っていたら、途中で年上の女が突然ショールームで馴れ馴れしく出てくる。
なんだなんだ?と思っていると、なんと生意気にもこの男は両天秤してた?は???
もうここで、なんて男だ!!というのが決定的になったものだった。

が。今読み返してみると、この「僕」は、典型的なサラリーマンの悲哀を背負ってもいるのだ。
会社の穴をあけちゃいけない、会社の用事が最優先だ、という普通の男であるということに気づくのだ。
なぜなら、この後半の方でも会社を優先している、どんなことがあってもやっぱり会社優先の典型的なサラリーマンだ。
両天秤、と思ったが、これは優柔不断の男だからだ。
しかも年上の女性、とは別に結婚の約束をしたわけでもなく、実に軽い気持ちで付き合っている。
一方、みはるは新しいガールフレンド(本人もガールフレンドとしているだけあって)であり、まだ未知の存在だ。
だから、振り子がどちらに揺れるか、のような感じでふらふらしている状態だったと思う。

この物語、最初の方からとても凝った作りになっている。
最初のところで自分が道を外したのは一杯のカクテルだったが、その前の段階で別の年上の男性が自分が道をずらしたのは一足の靴だった、と語っているのは、失踪したみはるの別れていた父の話、であったからだ。
これが後半みはるの失踪を探っていくうちに、沖縄のみはるの父のところで彼が聞いた事実である。

・また最初にいなくなった時に、テーブルの上にあった差出人のない水色の封筒。
・さらに、みはるが言っていた「誰からかわからない無言電話」がこの頃多い。
・ある日曜日に自分が新宿のフルーツパーラーで女性と会っていたという事実。
これらは全て後に「僕」の妻になる年上の女性の仕業だった。彼女は「僕」と結婚したかったのだ。
このことを結婚して子供もできた後で知った驚愕というのは「僕」を打ちのめしただろう、その策略を巡らした彼女と結婚しているわけだから。

●みはるの流れ
・コンビニにリンゴを買いに行く

・具合の悪くなった大学生がいて、救急車を呼んで同乗することになる

・病院で大学生は落ち着いたのだが、そこで偶然大学時代の親友の一人と出会うことになる
親友は夫の病気で来ていた、そして夫は亡くなった

次の朝、自分のアパートに戻る➡ここ重要。
しかし「僕」は出張中。
テーブルの上の手紙を持って再び家を出る。

葬儀まで彼女は付き合う。
そこで親友の夫の隠し子らしき子供と出会う。
祖父母に家に暮らしたくないので家出してきた子だ。
みはるは自分も父の顔を知らないのでその少女に同情する。
彼女を静岡まで送り届けようとしてホームで水色の手紙を読む(ここには自分が結婚したいと書いてあった)

子どもは自分の生みの母親がいる高松に行くという。
それにみはるはついていく。

東京に戻る。➡ここ重要。
ここで「僕」が新宿のフルーツパーラーにいることを目撃し確認。
「僕」の将来の妻が書いた手紙は本当だと確認する。

沖縄で実の父親と出会う。
モデルになる。

有田に行く。
陶器のデザインをしている。


評価 4.6

ドメスティック・ノワール、というのがよく意味がわかったようなわからなかったような気がしていた。そして、裏のあらすじを見て、ママ友の軋轢の話?っぽく思っていたのだが、それはそうでもあり、全く違った側面もまたあった。
後半、真実がめくれていくにつれ、これってサスペンス要素のある話だなあと思ったのだった。
まさかこのようなことが陰で行われているとは。
途中で何度かハイスミスに言及したところがあり、実際に作品名も出てくるのだが、ハイスミスを意識して書いているなあ・・・と思う部分も多々あった。
一人の人間の裏の面がべろっと出てくるところがとても楽しめたのだった。

ステファニーのブログも巧みに使われている。
ブログの虚実もまたあらわになっている。
またママ同志の微妙なヒエラルキーも作用しているところも面白い(ここは日本と一緒)

シングルマザーのステファニーは、同じ幼稚園のママ友に親友ができた。
その名前はエミリー。
お互いの子供同士が仲良かったこともあるのだが急速に仲良くなった二人。
ある日、エミリーは息子をステファニーに預けたまま失踪する。
ステファニーから見れば、理想的な夫、潤沢な資産と美貌を持ったエミリーが子供を残して失踪するということ自体が意味が分からなかった・・・


そしてステファニーは自分のやっている育児ブログで、情報提供を呼びかけるのだ。
ブログの功罪がここで明らかになってくる。
ブログは書き方によれば、ある一定の人に向かってのメッセージにもなりえるのだ。

ステファニーの語りで進んでいく前半は、彼女の暗い過去もまた映し出している。
なぜ彼女がシングルマザーになったのか。
そして彼女の最大の秘密は何なのか。
そしてその最大の秘密の後の、更なる秘密とは何なのか。

一人の人間が出来上がるのは必ず彼女もしくは彼の過去があり、過去が人間を追ってくる。
それが如実に出た作品だった。

惜しいのは、最後だと思う。
最後、もうひとひねりがあっても良かった、こちら側の反撃とか。
あとエミリー側のある一つの秘密、は割合最初の方でわかる。
これはちょっと使い方が安直だと思う。

以下ネタバレ
・後半は失踪していたエミリーの告白になる。
エミリーと夫のディヴィッドは保険金目当ての犯罪を計画していた。
エミリーは死んでいなかった。
保険金を受け取ったら、ディヴィッドと海外に逃亡するつもりだった、息子を連れて。
それまでの間、息子を安全に生かしておいてくれる人が、わざと近づいた友達ステファニー。

しかしエミリーーが双子というのを知らなかったディヴィッドは、彼女のDNAが死体と一致したために、彼女が死んだと誤解する。
そしてステファニーと深い仲に。

代わりに死んだのが、エミリーの双子の妹(ドラッグで身を持ち崩している女)
この双子、というのは、最初の方で双子の絵がある家なので割合容易に想像がつく。

・エミリーを崇拝し、そして羨み、ついにはその座を乗っ取ったと思われるステファニー。
一見地味で(ここがブログを見ると非常に明るく張り切っている女性に見える)、普通のシングルマザーに見えたが、彼女は異母兄と密通していたという穢れた過去があった。
そしてそれを結婚後も続けていて、見破った夫は絶望して異母兄とともに車の事故で自殺したのだった。
これが最大のステファニーの過去。
さらにわかった過去が、ステファニーの今いる子供が、異母兄の子供、であるということだった。

・最後エミリーは、夫はどうでもいいので(ステファニーと密通しているし)、息子のみ取り戻したいと思う。
そして息子の幼稚園に遠くから顔を出し、息子に合図を送る。
息子は、食事の席でママに会ったと言って、ステファニーたちを戸惑わせる。
ほどなくエミリーはステファニーの前にも現れ、彼女は死んでいないんだということを確信するに至る・・・

保険会社のプラガーがやってきて、保険金のことで調査し始めたので、エミリーの誘いに乗ってステファニーはエミリーの夫に罪を擦り付ける車殺人を共にすることになる。
プラガー死亡。
そこにあった指輪から警察はエミリーに事情を聴きに来るが、巧みにエミリーはステファニーに話を誘導する。
そして警察はステファニーに。

エミリーは高跳びの用意をする、愛する息子とともに。

・・このラスト、ステファニーがもう一回、反撃すればいいのに、と思った。


評価 4.9

前の続き・・・・を待っていたが、期待以上に面白い。
またまた次が待たれる!

前巻で、小学校の同級生たちが、ある都市伝説を信じたばかりに、ぽーんと違う世界に行ってしまった、そこは異世界だったというのが語られている。
これが普通のタイムトラベルとかではない物語になっているのは

・飛ばされた世界がそれぞれ違うところになっている。
ある者は過酷な場所で働いている、ある者はそこで芸術の第一人者になっている、ある者はスポーツで秀でている・・・
・プラス、『今』ではないのだ。
飛ばされた時点では小学生、でも今は、もう成長して脳内で忘れさせられているもしくは忘れようとしている過去・・・
・ここに同じ同級生二葉(ふたば)が再会することによって、皆の記憶が開いていく

というところだ。
成長しているのである、彼らは、それぞれに名前を変えながらも。

・・・・
今回、二葉がこの世界の秘密を紐解く人間の存在を明らかにした・・・
途中まで二葉とこの人物の関係性が、男と女かと思う、読者も本の中の人たちも。
しかし・・・・

今回は、それなりにきつい職場とはいえそこに同僚も出来てなじんでいる長谷川歩巳の葛藤と覚醒が描かれている。
これもまた二葉が触媒になってのこと・・・
さて次はどうなるのだろう?

以下ネタバレ
・カギを握っているらしい社長は『12,3歳の少年』であった。
2017.06.05 素敵な日本人


評価 4.4

さくっと読める短編集。
相変わらずとても読みやすい。

正月の決意は、夫婦の決意、そして夫が書初めに何を書いたかというのが最後にわかって、ああ・・こういう話なんだ・・・と思った。
初詣に行ったら思い出す作品になるだろう。

十年目のバレンタインデーはちょっと怖い話。昔の彼女に呼ばれてある程度期待してほいほい出ていったら・・・という売れっ子作家さんの話。
こういう女性がいたらたちまち人生アウトだ。

今夜の一人で雛祭りは、娘を嫁に出す父親の気持ちと、雛祭りのちょっとした勘違いが絡み合って一つの物語になっている。
にしても娘さんの嫁ぎ先、大変そうだ・・・

君の瞳に乾杯は、男の方の状況がよくわからないので、怪しい人だと思っていた。
ラスト、ちょっと驚いた。

レンタルベビーは近未来?の話だけれど、笑えない、将来この世界があるかもしれない。
子供のロボットを借りて子供を育ててみる体験をする女性の話だけれど、最後にちょっとだけオチがあってそこは全くわからなかった。

壊れた時計は窃盗する人が、ある余計なことをしたばかりに・・・・という話。
確かにデジタルでは…わからない状況・・・

サファイアの奇跡は、猫の恩返し・・・

クリスマスミステリは裏の裏をかく相手と同対決するか、というのがキーになってくる。

水晶の数珠はSF話だ。
父と子が仲良くないのだが、オーディションを受けようとしている息子。
反対をしている父。
そして一通の手紙が・・・水晶の数珠の使い時というのが最後にわかる。

・・・・・・・・・・・・・・・

正月の決意/十年目のバレンタインデー/今夜の一人で雛祭り/君の瞳に乾杯/レンタルベビー/壊れた時計/サファイアの奇跡/クリスマスミステリ/水晶の数珠
2017.06.01 少年時代




評価 4.5

ほっこり昭和の少年時代の話、と思いきや、ラストのエピローグで、(ああ・・こう繋がっていたのか!)というのがわかる。
深水黎一郎、一筋縄ではいかない!

最初の話は、町を練り歩くチンドン屋さんについていった小学生の話だ。
そこで帰り際に、シゲさんという男の人と仲良くなり、柔道をひそかに教わったりする。
そして、後半、ある事件が起こるのだが・・・
この顛末がラストに小学生がどうしたかということによって、描かれている
シゲさんがその事件の現場に重要な証拠品サキソフォンを小学生の男子が隠す、というところが描かれている。
もしこれがあったら、シゲさんは殺人の容疑者になっただろう。
実際は、事故ではあったものの、シゲさんがそこから逃げたことには間違いがないのだから。


次の話は方言に笑った笑った。
お父さんとお母さんがなんとも豪快で、ひ弱な子供を育てている、というのが目に浮かぶ。
子供は標準語を話していて(多分学校で言われるのだろう)、両親の言葉が時々わからず、・・ってどういうこと?と聞き返している。
ここに一匹の犬がもらわれるのだが・・・
現実的な両親と、犬との生活を夢見る息子の間に齟齬が生じている。
両親の方言の罵倒がなんだかくすくす笑えるのだ。
血統書付きの一儲けしようとしている両親、単純に犬をかわいがっている息子・・・
最後は、元父親と呼ぶまでに事態は発展するのだ・・・

最後の話は、高校の理不尽な柔道部の話だ。
どう見てもしごきにしか見えない柔道部のOBたちのしごき。
ここで、柔道とJUDOの違いを私は初めて知った、こういうことだったのか。
そして仲良しの1年生たちが友情と成長していく姿が描かれていく。
その過程で、事故があるのだが、ここで思いもかけないことがわかる。
2話の元父親と成長したその息子が出てきて、更に10年後のエピローグでこの息子に孫ができたというところまで話は進む。

以下ネタバレ

2年後のエピローグ
ここで大学生の柔道大会の中量級で優勝した、2話の話の中の栂瀬(とがせ)孝之が、1の小学生だということがわかる。
柔道をあの日シゲさんに教えてもらった小学生は、シゲさんの嫌疑を助けたばかりではなく柔道の道に進んだ。
これらを何も知らずに、シゲさんは、簡易宿泊所で見ている。
孝之は言う。誰に伝えたいかと言われた時に
両親と、そしてシゲさんに、と。

2017.05.13 最愛の子ども



評価 5

最初から最後まで懐かしさに胸をキュッとさせられるような小説だった。
ある意味、百合要素もある小説だ。でもそれのみで語るのにはあまりに勿体ない。
セクシュアルな部分も入っているし、女子高生同士の疑似家族のありようもあるし、少女同士の軋轢も、親との葛藤もある、小さな男子との関りもまた。
この懐かしさは、じゃあどこから来るのか、と思った時に『「まだ何も将来の異性も自分の在り方も何も見えていない女子高生の心の流れ』というのが描かれていて、そのあたりが琴線をつかんだことから来ているのだと思った。
また、遠くの未来も何度も想像されている、それは遠くであるとともに喫緊の大学生の自分を想像するところから始まり、自分が大学生活を送ったらとか、自分と男性が付き合ったら、とか、自分が働いたらとか、の想像だ。
いまある自分の女子高生の時代を『遠くの目』でいったん眺めおろしている。
このあたりも書き方が巧いなあと思った。

このところ、学校物小説というと、まずいじめとかはぶかれるとか突出していて違和感を感じるとか、果ては女子同士のグループのぶつかり合いとか、その方向性のものが多いような気がしていた。
それはそれで読めるのだが、普通の女子高生、普通に過ごしている女子高生でちょっとだけ周囲から浮き上がっている子、がなんとなくクラスにいて、なんとなく皆がそれを受け入れていて、なんとなくのグループがあって、なんとなくのリーダーがいて(これまたボスではない)、という等身大の姿が鮮やかに切り取られている、周囲の『わたしたち』とともに。
そう、この物語、人称が非常に特異なのだ。
『わたしたち』視点があちこちに散逸されていて、文章全体が揺らいでいて(そこも非常に面白い)、パパ役の日夏、ママ役の真汐、王子役の空穂を見ている。
そしてそれは、実際にあったことかどうかは別にして、『わたしたち』の想像、妄想でもあるのだ(と何度も書かれている)。
途中、何度か、このわたしたちの主語のわたし、は誰なのか?と思ったことがあって読んでいったのっだが、周囲の誰かではあるけれど、『わたしたち』であることだけしかわからなかった。
そしてこのクラス、仲が良いので有名なクラスでもある。だからグループはおそらく日夏グループのほかにもあるのだろうが、そこもゆるく全部が繋がっていている感じが漂っている。
体育の走り高跳びの部分とかも本当に見事だと思った。
こういう出来事って忘れているけれど掘り起こしてもらった気がした、全く同じことではなくても、運動神経の鈍い子の感じとか、最終場面まで進める子の感じとか、とてもリアリティーがあった。


冒頭から、私立の女子教室(一応男女共学だが、男女別クラスになっているのでクラスは女子ばかり)での女生徒同士の会話が始まる。
この会話が秀逸で一気に物語に吸い込まれていく。
なんて瑞々しい感情が流れている会話なのだろう。
なんて何かを予感させる会話なのだろう。

冒頭、真汐というちょっと尖がった少女が反抗的な作文を書き、先生に呼び出されるのをその周りの子たちがわいわい話して待っている。
ここに一人かつてやはり教師に反抗的だった真汐を全員の前で素手でぶって逆に立場を取り戻させ、そのあと親友になった日夏がいる。
またこの二人にいつもいつも可愛がられている空穂がいる。
空穂は忙しい看護師の母と二人暮らしなのだが幼い頃から彼女に軽い虐待を受けている。
日夏がパパ、真汐がママ、そして男の子という設定で王子が空穂という疑似家族が出来上がっている。
日夏も真汐も看護師の母がいない時には空穂の家に泊まり込みに行くほど空穂を「可愛がっている」・・・
空穂はグループの皆にも可愛がられていて、いつも誰かしらにちょっかいを出されている・・・


この小説の中で、美少女の苑子が意外に侮れないなあと思っていた。
中身がないと思われている苑子。
話しても全く面白くないと思われている苑子。
でも女子のグループの中に彼女の美少女ぶりにひたすらあこがれている女子生徒もまたいる。
気持ちを推し量ることのできない苑子、それでもあまりの美しさで周りは目がくらんでいく。
こういう少女、高校生の時に確かにいるなあ、クラスに一人はと感慨深かった。
そして、彼女は当然のように男子クラスの男子から告白を受け付き合い始めるのだが、あっさりと別のリーダー格の男子生徒と付き合い始める・・・
気持ちの裏とかを考えない美少女の残酷な傍若無人ぶりは最強だ、そして後半のそのリーダー格の男子生徒の行く末にちょっと残酷な笑いが漏れたのだ。

中心人物の日夏。彼女自身はどちらかというと常識人であり、この中で大人であり(パパだし)、なんでもこなす女子高生である。
彼女は真汐を気にして意識している、常に。
それは彼女のことを心配して皆の前でぶった日から、ずうっとずうっと気にし続けている。
ママ役の真汐は、不器用に生きていくのが途中でわかっていく。
そしてその実際の家庭での窮屈さも徐々にわかってくる。
空穂の家は、虐待と放置があるのに、空穂がある意味したたかに生きているのがすごいことだ。
彼女もまたぼうっとしているようで大人にならざるを得なかった女子高生だった。
この三人が、修学旅行でお尻をぶつことを始めたり、三人で空穂の家に泊まって寝たり、空穂の顔を撫でまわしたり(これはでもグループの多くの子もやっている)、とセクシュアルなことの萌芽、のようなことが次々に行われていく。
ところが途中で、真汐がここから抜けていってしまうのだ・・・
そこで家族の均衡が崩れていっている、というように読めた。

・・・・・・・・・・・・・・・

面白いと思ったのは、学校だけの世界ではなく、彼女たちの家庭環境もきちんと書かれていたことだ。
女子高生なのだから家庭があってそこは学校とともに重要な場だ。
だからそこを描かれていることによって、(ああ・・だから真汐は・・・)とか(ああ・・日夏の家は・・・)とか、(ああ・・だから空穂は・・・)とか(あああ・・・だから美織は・・)とか心の中に落ちていく部分が多いのだ。
美織の家庭で、彼女の家に集まって美織の(歌の好きな夫婦仲が良い)父のコレクションしたポルノを見るという集まりの楽しいエピソードも、特殊ではあるけれど、一つの家の形として心に刻まれる、そこにいる女子高生のヴィヴィッドな会話とともに。

途中である現実的な出来事で、疑似家族は崩壊する。
そしてそれは現実的な対処法を一家族の両親が提案してくれて、一人の女子高生が救われていく。
彼女が救われることで他の『わたしたち』の女子高生も救われるし、家族の残りの二人もまた救われる。
読んでいて(この世界、ずうっと続け・・・)とひそかに思ってしまった。
でも女子高生の時代は永遠には続かない、虚構でも現実でも。

そしてラスト1行で私はぐっときたのだった。