評価 4.9

興味のない人には、これが???と思う事だろう。
まさに今年からこれをやりたい!!と思っていた私にはうってつけの本だった。
興味津々どころか私の興味のツボ中のツボを突いてきてくれる。
(ついでに言えば著者の松田青子さんの読書エッセイもまたツボを突きまくってくれた。
読みどころとか読んだ本とかが被っていて、そうなのそうなお!!と手を取り合いたかった。
そういう意味で、勝手に波長が合う人と思っている)

これは何の本かと言えば、風景印の本なのだ。
風景印ってなに?と思う人が多いだろうけれども、郵便局で(それも一部の)頼めば風景の印を消印代わりにおしてくれるサービスだ。
だから?と言われればそれまでなのだが・・・(このあたりがこれが???と思う人が必ずやいるだろうと思うところ)
コレクター魂を刺激するばかりか、その風景印に描かれている場所はその近くの物や場所なので(たとえば上野だったらパンダとか、国会内郵便局だったら国会議事堂とか)歴史も感じられる。

私が一点わかっていなかったのは、消印だから出さなくてはいけないのかと誤解していたことだった。
それは違って、消印だから切手は確かに必要だが、別にそれはハガキでなくても良くて普通の紙の切手を貼って風景印をその場で風景印をおしてもらってそのまま帰宅するということができるらしい。
要はこの中にもあるように御朱印帳のようなものだ。

・・・・
東京を制するということで、東京の各区の郵便局で風景印を押してもらっている。
当然ながらうまい下手、またお気の毒なことにその人の責任ではないが印そのものが古びていたりインクが少なかったりして巧く押せない、またはその人の力の加減で巧く押せないというのも描かれている。
しかし郵便局の実名を挙げているので、かなりかなりこの本、いい評価のところが多いがちょっと失敗しちゃったところは責任をさぞ感じているだろう。

一番感動した風景印は大森郵便局の原稿用紙の風景印だった・・・なんて素晴らしい・・・

この収集、ポケモンGOに似てるなあ・・・と思いながら読んでいたら、まさに途中でその話が出てきた。
同時にやるのに(なんせポケモンGOも歩く)都合がいいということだった。
2018.01.09 図書館島



評価 4.7

評価をつけるのに逡巡した。
ある箇所は飛び抜けて良くて思い切り話に惹きつけられる、いかに私がファンタジーが苦手であっても。
流麗な文章と精密な描写で全てが目の前に立ち上がってくるような気持ちにさせられる。
ああ・・なんて美しい文章なんだろう・・・と何度もはっとさせられた。
(訳者の方のご苦労がしのばれる・・・)
幼い頃に読んだ物語、そのものを味わうという気持ちにさせられた。
一方で、
勝手なこちらの予断であるけれど、タイトルから想像される図書館が前面に出て、という箇所はあまり見当たらない。
(幽閉された島が巨大な王立図書館はあるのだが・・・)
書物が非常に重要な何かでごっそり書物の名前が出てくるかといえばそうでもない。
後半、一種活劇のようになってくるのも意外と言えば意外だ。
そして何よりも次から次へと新しい言葉、新しい用語、新しい場所の名前がぼんぼん絶え間なく出てくるので、最初読んだ時にこれを把握するのに手間がかかった。否、手間がかかるといういい方は失礼にあたるだろう、そここそがこの話の真骨頂なのだから。微に入り細に入りの描写が。
けれど、まだ前の何かの言葉が把握しきれていないうちに次の言葉がどんどん出てくるというのは読み手にとっては嬉しいような、難儀なような、そういう複雑な気持ちなのだ。

冒頭の地図も折あるごとに見ていたのだが、私の見方が悪いのか、どこがどうなのかよくわからない。
何しろ国の名前も海の名前もすべて架空なので、恐ろしくテキスト(物語)と突合せに手間がかかるのだ(また手間がかかる・・・)


紅茶諸島の中の小さな辺境の島ティニマヴェト島。
そこで胡椒によって財を成した一族がいた。
長は独裁的な趣のある男だったが、二人の息子のうちの見込みのある次男に全てを託そうとする。
そして彼は異国から来た師によって、別の国の言語を教わり、外の世界に目を向ける。
父親の死後、胡椒の買い付けはあるのだがそれよりも何よりも外の世界が見たくて、船で憧れの帝都オロンドリアに旅立っていく・・・従者とともに。


とはいえ、前半は非常に読みやすい(たとえ次々と知らない言葉ができたとしても)。
一種横暴の極みにいる父親が亡くなって、ようやく外の世界に胡椒の買い付けという名目で出ていくことができるジェヴィックという青年が主人公だ。
彼の生い立ちも詳しく書いてあってここは、どろどろとした王様の一族の家族模様を描くように描かれている、また一種王様のようなのだ、父親は。
発達の遅れている兄にがっかりする父親に見込まれた唯一まともと思われた次男は、父の計らいによって異国の師にあらゆることを教わる、皮肉なことに父親が必要のないことまでこの師から賢い息子は学ぶのだった。
このあたりは、風景描写と合わせてとても面白い。
そして船で旅立つのだが、この船の中で決定的な出会いをする・・・一人の難病に取りつかれていた少女ジサヴェトと出会うのだ。
これが運命の大きな転機となる・・・・

中盤から、ジサヴェトの幽霊に翻弄される主人公がいる。そして一人になってしまったジサヴェトも(ああ・・・なんで帰ってしまったんだ、従者は・・・・)
彼の行動を狂気とみられ、彼は異国の地で幽閉されてしまうのだった・・・
ジサヴェトの幽霊がいるとして(本人の精神疾患ではないとして・・・まあファンタジーだから幽霊なんだろう・・・)そうするとジサヴェトの幽霊とは何か?
ここからまた話が展開していく。
幽霊を見るという事自体禁忌と思っている一団がいるのだ。


オロンドリア帝国は実は二つに分裂していた。
書かれた言葉、つまり『文字』を信奉しそれこそが真実と主張する石の教団と、
口伝えによる教育、つまり『声』を大切にして文字に重きを置かない女神信仰の人たち、
との対立構造だ。
この中に投げ込まれたのが主人公の青年だ。
彼はまさしく死者の幻影を見て、幻聴を聞いている。


死者の声を聞くことを罪としている石の教団。
死者の魂を天使と呼び、文字ではなく〈声〉を信仰し、ジサヴェトは天使との交霊者であり、彼自身を聖人として認める女神信仰の人たち。
ここに巻き込まれていくのだ、否応もなく。
そして死者になった少女ジサヴェトが切望して最初からずっと青年が拒絶していることは、『自分についての本を書いて』ということなのだ・・・・

翻弄される主人公の姿が心に焼き付く。
2017.12.27 蝶のいた庭


評価 5

監禁の物語だ。
おぞましくどうしようもない悪夢の迷宮に紛れ込んだような話なのに、読むのを文字通りやめられなくなるのはなぜだろう。
この閉ざされた世界がもし現実にあれば吐き気のするような世界なのに、文章で読むとちらっと(とんでもない悪夢だがひょっとして倒錯的な美しさがある?)と思えてしまうのはなぜだろう。
一種幻想的であり、この幻想的部分を全く感じずに現実であったら・・・ばかり考えたら、ただの薄気味悪い後味悪い話、で終わるだろう。
一人の少女の口から、閉ざされた『ガーデン』が描かれ広がっている。

滝があり小川があり外界から全く遮断されている場所、ガーデン。
そこに10人以上の美し少女たちが集められ身ぎれいにされ、『庭師』の思うがままにされていた。
彼女達はどこからか時期をずらして連れてこられ、ある一定の年齢になると剥製にされる。
背中に蝶の羽の刺青の刻印を刻まれそこで過ごす少女達の前途は・・・


しかしこれを語るのは、彼女が犯人側か全くの被害者側かわからない、年齢不詳でしかも本当の名前すらわからない少女マヤの供述からだ。
全体は、取調室だ。事情聴取を行なっているのは 、FBI特別捜査官のハノヴェリアンとエディソンだ。
ある事件で十数人の若い女性が救出 され、保護されるが、誰も口を閉ざしていて語らないので、この中のリーダー格の若い女性に様子を語らせているのだ。
彼女はいったい何者なのだろう?
彼女は真実を語っているのだろうか?
彼女のどこに真実があるのだろうか?
この取調室と、彼女の供述が交互に描かれていく。
物語のこの『よく素性のわからない少女が語っていく』作り方がとても巧みであり、こちらをぐいぐい惹きつける。
マヤの語りに翻弄されるのは、聞き手の刑事達だけではなく、読者の我々もだ。

<以下内容に触れます>

次々とわかってくるガーデンの様子がある。
取調室にいるマヤが語るたびに、悲惨な少女たちの状況が広がってくる。
しかし肝心な場面になると、マヤのはぐらかしが始まって、茫漠として全体像がなかなかつかめないもどかしさがある。
監禁された少女達は互いに助け合っていくのだが、中には精神を病む者もある。
どうしても元の世界に戻りたい者もいる。
21歳になると自動的に殺されるという事もわかってくる、そこまでの命を何とか繋いでいる少女達の姿があり、連れてこられて混乱している少女を元からいる少女が納得させようと言葉をかける場面もある。
少女によって家の状況が違うので、帰りたい家がある恵まれた少女とそうではない少女に分かれるところもまた興味深い。

監禁、性暴力、部屋の中の盗聴器、完全に隔離されているガーデンという場所。
完全に『庭師』に把握され肉体のみならず精神の自由すら奪われている少女達がいる。
庭師の作ったこの世界に少女たちはピンナップされた蝶のようにとめられてしまっている。

この話、中盤になってやや動いてくる。
なぜなら、庭師には息子が二人いて、兄は父親の庭師同様(それ以上?)不遜でありやりたい放題である酷い人間なのだが、弟デズモンドはガーデンそのものの仕組がよくわかっていない、が、ある日全ての真実を否が応でも知ることになるのだ。
大学生の彼は、父親を信じたい気持ちとこれを通報したら自分たち家族が滅びるという気持ちと、少女たちの悲惨な様子を実際に見ている現実とで揺れている。
しかし彼もまたマヤと関係を持ってしまうところから、彼自身のモラルというのがなくなってしまったのかと思っていた。
が・・・

・・・・・・・・・・・・

この話、どうしてもジョン・ファウルズのコレクターを思う。
監禁、ということもそうだが、コレクターでは監禁する側の人間が元々『蝶』の収集家でもあったところから蝶繋がりもある。
が、大きく違うと思ったのは、(集めたのが一人と複数とか、地下室ではないとか、性的暴力が行われないとかの外部的なことは別にして)蝶のいた庭では、全く相手の少女たちの心情とか心の動きとかを庭師は考えていないのだ。
愛されたいとも思っていないし、自分が愛しているとも思っていない。
ただただ純粋に(という言葉は語弊があるが)自分の欲望のために収集して加工した美しい少女達、なのだ。
それに対して、コレクターの男は、相手が自分を愛してくれるかもしれない、自分のことを気にかけてくれるかもしれないという精神的な欲望を持っている。
どちらも歪んでいるが、蝶のいた庭の方がドライな男なのだ、ウェットなコレクターの主人公とは違って。
しかも庭師はあろうことか日常生活も普通に送っていて妻も子供二人もいることが徐々に判明してくる。
何の躊躇いもなく、陶器のように精神がつるっとしている庭師がいて、なぜいけないのか?とそこすらわからない男なのだ、おそらくは。

・・・・・
彼女たちが一致団結して立ち上がったのは、ほんの幼い少女を頭の狂った長男がさらってきた、という事実だ。
まだ子供ともいうべき少女になんとか蝶の羽のタトゥーを入れさせまいと皆思う。
なんとかこの少女にこれ以上の凌辱を与えまいと思う。
そこから脱出が企てられるのだが・・・

・・・・
ここでは名前という事も大きなこととして浮かび上がっている。
マヤは、イナーラであった。
けれどこれすら本名ではない、偽名である。
庭師がつける名前と偽名、この二つをマヤは同時に持つ。
そして、マヤがガーデンの生活を語っている中には、彼女自身の離婚した両親、そこからとんでもない祖母に引き取られ・・・というようにほぼネグレクトされていた彼女の生い立ちもまた浮かび上がってくる。
このあたりが非常に重層的な部分だと思った。

ラスト、あることがわかる。
けれど、このあることは、ここまでに行きつくまでのあまりの大きなガーデンの話に圧倒され、なんだか小さく見えたのだった。


評価 5

これって、きっと評価分かれる作品の代表格、のような気がする。
私は途中で(ああ・・・こういう感じの展開になるんだなあ・・・)と思ったところからが期待を裏切ってくれて非常に面白かった。
真剣な切羽詰まった場面なのに、自分が笑っているのに気づいた。
だって・・・あまりにあまりの展開。
一種のバカミス&バカSFのところもあるのだが、そこが愛すべきバカなのだ。
そして、ラストが思いやられた、ここまで面白いけれど、どうやって大団円を迎えるのだろう?
そしてこの美しいラスト!!!こういう手があったのか!!!
とそこにも驚いた。
驚きに満ちた小説だった。

話はこういう感じで始まる。
二流大学で不本意ながら教えるジェイソン。
彼は物理学会で大いに期待されながらも、家庭を大事にすることによって自分の仕事をセーブして、いわば仕事の名誉を捨て穏やかな家庭を選択したのだった。
彼の愛妻ダニエラと愛する息子と平凡だが幸せな生活を送っている。
ところが、ある晩謎の覆面の男に誘拐されることに始まり、暴行され気絶する。
目覚めるとそこは・・・


前半は比較的ありがちな設定だ。
暴行される→気絶する→わけのわからない病院のような場所で目覚める→周りの人は全員自分を知っているようだ→しかし自分には全く覚えがない

ここで普通の人がどうするか、というと、自宅に帰ろうとするだろう。
誰しもそういう行動を起こすだろう。
ジェイスンも勿論そうして自宅に帰ったのだが、自宅そのものが変化している。
しかも愛する妻も息子もいない、一体どうなっているのだ。

こういう場合この本にもあるけれど、いくつかのパターンが考えられる。
一番考えられるのは、周りが壮大な嘘をついていて、自分が知らない間に何かのたくらみで周りを変化させ(または変化したように見せかけた自宅にごく似た場所を作り出す)、妻子もこれに加担するという、何らかの意図を持ったパターンだ。国家ぐるみの犯罪なのか。誰かの非常に手の込んだいたずらなのか(でも何のために?)
そして改変された自宅には、ジェイスンが有名な人気科学者になったことの証明の証書まである。
これは一体何なのだ?

ジェイスンが暴行を受けている、また注射を打たれているというところから、脳に損傷を受けもしかして、幸せな家族がいた記憶と科学者であった事実とのどちらかがジェイスンの間違った記憶、ということも考えられる。

(また読み手側からは、この段階で、→もしかして並行世界に移動した、多元宇宙の話?←という疑いもまた沸いてくる。
そうすると、一体なぜ、という疑問がまた沸いてくるし、能面をかぶってジェイスンを暴行した彼は誰でどういう意図を持っていたのかという疑問も新たに出てくる。)

ともかくもここからのジェイスンの真相を確かめるべく奮闘する姿が読んでいてがんばれ!と応援したくなる。
なんせ一人なのだ、頑張っているのが。
誰かこの事態に気づいて一緒に頑張ってくれればいいものを、誰も加勢してくれないし、ジェイスン一人があちこちに出向いておかしい!いったいこれは何の世界だ!!と驚くところから始まっている。
そしてようやく画家で大成した(しかしジェイスンと結婚はしていないし子供もいない)妻のダニエラを見つけ出し彼女に自分に起こったことの全貌を話し安らぎの地を得る、と思った間もなく、衝撃的な事件が起こる。
いったいこれは何なのだ???

・・・・・・・・・・・・
後半、全てがわかった時に、この家族のとる行動が印象的だ。
何にもまして愛を取るという行動を一貫して取るといういわばロマンティックな展開なのだが、そこがおおいに心打たれたのだった。

以下ネタバレ

・多元宇宙で何人もジェイスンが色々な違った世界にいる。
そこに行く装置で行き来した、「賞ももらい成功したバージョンのジェイスンが、科学者としては二流だが平凡な暮らしをしているジェイスンのところにやってきて、彼を自分の世界に送り込み自分はまんまとダニエラと息子を手に入れた」というのが真相。
もしあの時にああだったら、を具現化していて、最初の方にも妻のダニエラが妊娠により絵を断念したとあるし、その場合のもし子供をあきらめていたらダニエラとジェイスンが別れてダニエラは絵で成功していて、ジェイスンは科学で成功していたというパターンができる。
前半でジェイスンが最初に出会ってそして殺されたダニエラが、まさにこの成功したダニエラであった。

最初にジェイスンを覆面で脅し半殺しにして別の世界に送り込んだ犯人が別の世界のジェイスンであることは割合簡単に想像がつきく。
このあたりまでは「自分の思っていた家がなかった、人がいなかった」という衝撃をもってしても、普通の読み心地だと思う。
が、ここから俄然面白くなる。
特に本物のジェイスンが本物の元の世界を見つけ出し、そこでダニエラと息子をつかみ取り、そのあとのラストに至るところが面白い。

・途中、メッセージで何人ものジェイスンが出てきたのに笑った笑った。
いったい何人いるんだ、ジェイスン!

・最後の場面で何十人もの満たされないジェイスンがいる。
けれど本当のジェイスン(いや皆も自分が本当のジェイスンとは思っているが)が本当のダニエラと息子を連れ、装置に入るのを見守るシーンが圧巻だ、
そしてそこから通路を経て、扉を開け元の世界に戻るのではなく、全く別の世界に行くというのが読ませる、しかも息子チャーリーの夢見た美しい世界へと。
2017.11.05 月明かりの男


評価 4.6

今の目で見るとあちこちで、それはないだろう!と突っ込みたくなるところがあった。
古き良き時代のミステリだからだろうか。
そこはそことして。
相変わらず、掴みはオッケーであって、最初から
『警視正が飛んできた紙を拾うとそこに奇妙な殺人計画が書いてある』
というキャンパス内の出来事が描かれ
それとともに、一人の亡命科学者と知り合いになる、そして彼の実験室こそがその殺人計画の場所であった・・・更にここで彼は重要な発言をしている、自分が死んだらそれは自殺ではなく他殺である、と。
といういわば、後半に至ると全てを暗示している話が描かれている。

しかも紙に書いてあった指定の午後8時にとりあえず警視がその場所に行くと
拳銃の音がして、それはマッドサイエンティストというべき男が
自分の子どもを実験台にして、爆音を立てて実験をしている最中だった・・・

ここまでで心をがしっと掴まれる。
更に、この後、拳銃盗難事件が起こり、学生が暗い中タイプライターを打っていたり、冒頭の亡命科学者の死体が見つかるに至って、目撃者の証言が集め始められる。ところが、三者三様過ぎて話にならない、全員が走り去っていく犯罪者らしき人の姿を月明かりの中で見ているのだが、全員が違うのだ、容姿も違うし、性別すら違う。一体誰が嘘を言っていて誰が真実を述べているのか。また嘘を言っている人はなんのために嘘を言っているのか。また殺された亡命科学者は自殺なのか、他殺なのか。

ここに精神科医ウィリングが登場し、この矛盾に満ち満ちている事件を解決しようと乗り出してくる。

・・・・・・・・・・・・・・
中盤以降、嘘発見器、言語連想検査、が出てくるに至って、ちょっと失速の感がある(ここが現在の目で見るとわくわく感が少ない、嘘発見器や言語連想検査がありふれているということで、目新しさがないし価値が下がっている。)
(また亡命科学者がダッハウの強制収容所から逃亡してきたユダヤ系の男性という設定なのだが、この作品が発表されたのが1940年)
亡命科学者がかつてウィーンで迫害された時に、ナチスの若者に実験室に踏み込まれて研究装置を壮絶に破壊され自分は収容所に入れられたという描写もまたある。
更にこの亡命科学者の秘書をしているギゼラという美しい女性は、ウィーンからの亡命の時に、自分の心が揺れ動いた話をしている。
このあたり、直接ミステリの謎ときには関係ないのだが、非常にこの時代の風俗等を実感として読ませるところでもあった。

以下ネタバレ
・犯人はソルト博士。
自分の妻をも殺した、愛すると見せかけて。

・しかしとても重要な証拠が、タイプライターの違いとは・・・(フランスとアメリカは違うらしい)
腑に落ちるような落ちないような。

・途中で謎の幽霊が出てくる(lこのあたりの描写もまた面白いには違いないのだが)
面白いのだが、実は真相が夢遊病、夢遊病って・・・ここなども時代を感じさせる。
これを出したら、何でもありになるのではないか。

・嘘発見器を拒むか拒まないか、でその人の心理状況を想像するというのもなんだか乱暴・・・
嘘発見器を信用している、という前提がなければこの話が成り立たない。
そして今の目、で見ると、嘘発見器がさほど絶対性のあるものではないと思っているので。

・この話の中で一番の感動は、
ギゼラが登場した話であること!
別作品で出てくるので、最初のウィリング博士とのこういう出会いだったのか!!
一方で彼女とキスを唐突にするというのをこれではじめて見たら、職権乱用?まだ彼女も犯人かもしれない?とか色々思う、そして他作品を読んでしまった読者側としては、他の作品を読んでしまっているので、ギゼラが犯人から当然抜けてくる、という残念さがある。
2017.10.05 デンジャラス


評価 5

谷崎潤一郎の話、というのでちょっとだけ敬遠、敷居が高い、ように思っていたが、一旦読み始めたらあまりの面白さに止まらなくなった。
谷崎作品で、誰がどのモデルになっているか、どういう人生を谷崎が過ごしてきたか。
何度かの結婚、複数の姉妹への憧憬、佐藤春夫への細君譲渡事件、膨大な書簡・・・・そういうことの知識が私の中に『ぼんやりとは』入っていた。
けれど、この作品、細雪の雪子のモデル、つまり谷崎夫人の松子の妹の重子の視点、という実に魅力的な視点になっているのである。
だからとても読みやすいし、頭に入りやすい。
冒頭の方でちょっとだけごちゃっとする家の様子があるけれど、メモを取らずとも家系図が例えなくても人物表がなくても、中盤以降は誰が誰かどういう関係かというのはさくさくと頭に入ってきた。
重子の語りで始まって語られる文豪谷崎は、その行動の立派さもあるし、幼さもある、また矛盾した行動もあるし、食に相変わらず執着しているさまも描かれている。
ここに描かれている谷崎になんて惹きつけらるのだろう。
谷崎の輪の中に入っている人達、谷崎に否応なく巻き込まれている人達、それは男女を問わず、重子の亡くなった夫もそうだったし(彼が細雪でモデルになった場面に文句を言うところは理解できた)、重子もそうだし、松子の連れ子もそうだし、また重子の養子になった息子の嫁が谷崎となにやら秘密の書簡をやり取りしているさまも読みどころだ。

強烈な怪人のような谷崎、老いても尚朽ち果てることを拒んでいるような谷崎。
そこから生まれる作品の数々の凄まじさは強烈なのだ。

作家が虚を描きながら、実もそこにあるという、複雑なことをしている、というのも読み取れたのだった。
重子の『小説の毒は、兄さんだけでなく、周囲の人間をも侵してしまいます』という言葉が印象的だった。
谷崎が実際の人間の皮だけ借りてその中身を全く変えることができるんです、という言葉もまた心に刺さったのだった。

・・・・・・・・・・・・・
実際の谷崎作品の色々が取り上げられていて、どういう風に誰がモデルになっているか、というのもはっきり書かれている。
これは文献とか、今だったらウィキペディアで読めばわかること、ではあるのだが、この小説仕立てのデンジャラスという作品の中で、実際の重子が語ることによって鮮やかに浮かび上がってくる。
谷崎がそこで息をしているような気持ちにすらなってくる。

自分が細雪の雪子のモデルと自負する重子。
そして対になるように谷崎を必死に支え自分こそが理解していると思う姉の松子。
松子には連れ子の娘息子を谷崎に見てもらっているという恩義もまたあったのだ。
また、子供のいなかった重子に松子の連れ子の長男が息子になる、そして嫁を貰う。
この嫁がまた強烈な嫁の千萬子なのだ。
彼女と谷崎が深まっていくその手紙を最終的に誰でも読めるように放置する谷崎の所業もある。
また瘋癲老人日記が出来上がっていくさまもまた読ませる。

なんとか千萬子への執心から離させたいと思っている重子の姿がある。
そしてそれは、自己確認でもあったと思うのだ、彼女はいつまでも日陰の女だったのか。
姉松子の妹としてしか存在しない女だったのか。
最後の最後で重子はそれを確認しようとしてある答えを谷崎から引き出すのだった、ここは老女と老人との戦いのような場面だ。
そしてもっと怖いのはそれを密かに聞いていた、姉松子の姿もまたあるのだ・・・

・・・・・
関西弁がとてもこの物語の雰囲気を高めている。
再び谷崎潤一郎作品をこの目線で読んでみたいと思った。
2017.07.25 冬雷



評価 4.4

重苦しい話ではあるけれどとても丁寧に描かれている話、で、ある意味とてもよくできている話、でもあると思う。
冬雷の不気味さと、この話の感じもとてもあっている。
現代とは思えないがんじがらめになった風習とそして狭い地域に住む人たちの目・・・
・・・・
また冒頭はストーカーだったらしい愛美(まなみ)という女の子の遺書が見つかって彼女が自殺したというのはすぐにわかる。
愛美の立ち位置というのはこの物語の中でどういう感じなのだろう?
その興味で読み始めた・・・

・・・・

旧弊な町の伝統を担っている旧家と神社がある。
子どもがいない旧家の後継ぎとして孤児院から引き取られた主人公代助がいた。
同い年の神社の巫女を務める跡取り娘は真琴といい、幼いころから高校まで代助と真琴は切っても切れない友情以外の物もはぐくんできた、お互いに逃れられない運命の中で。


冒頭で夏目代助というので、あ!と思ったが、やはりこれは夏目漱石の作品を考慮に入れていたというのが途中でわかる、
代助が捨てられた時に横に置かれていたのが、夏目漱石のそれから、であった、そこから夏目代助という名前を付けられたのだった。
跡継ぎとして千田家に連れてこられ鷹匠としても鍛えられる代助。
町では特別扱いをされ、厳しい指導ながら溶け込んでいく代助の姿が雄々しい。
ところが、途中で千田夫妻にまさかの子供が生まれ、一気に代助の地位は下がっていく、なぜなら千田夫妻の本当の子供が全てを受け継ぐことになったから。
なんてひどいんだろう。
引き取っておきながらこれはないんじゃないか・・・
そしてまさかの義弟である幼子の失踪・・・代助が殺人の犯人と目される・・・・
ひどすぎる。
この町、警察はいるのか?
こんな警察がある世界ってどうなんだどうなんだ?と思った。

12年後に戻った代助は、義弟が思わぬ場所から発見されたのを知る、そして今度は、愛していた真琴が嫌疑を受けているとも。
(またしてもこの警察!!馬鹿????)と思った。
更に思いもかけない真相が・・・・
代助が愛美をもてあそんだというのは、愛美の赤裸々な日記からわかっていて、それを読んだ愛美の兄が東京で代助に暴行するまでに至ったわけだが、その日記には真実が描かれていたのか・・・
また祭りの最中になくなった真琴の実の母親が残したビデオテープはいったい何を示していたのか。どこにあるのか。

以下ネタバレ
・愛美は真琴の父と関係があった。
それをあたかも憧れていた代助とともにあったような日記を書いていた(愛美も馬鹿?)
しかも妊娠中絶をに介している。

・一方で真琴は最後に代助と契り、子供をもうけていた。
それが千田夫妻の子どもとして、今育てられている娘だった。

・愛美は自分は中絶したのに、真琴は生んだというので嫉妬していた。

・当時一人だった代助の義弟を殺したのは愛美。
そしてその隠ぺいを手伝ったのが真琴の父たち。



けれど、私にはこの重苦しい最後まで光がない感じが合わなかった・・・申し訳ない。
この因習に満ちた村からなんで出ない?というのを何度も何度も読んでいて思った。
代助が気の毒すぎるだろう・・・・
警察はバカ?というのも何度も思った、大正時代じゃないんだから、DNA鑑定とかさすがにあるだろう?
また、愛美の偏執狂的なところも怖かった。



評価 4.7

伊集院静の旅にまつわる話。
旅に出るとはそもそもどういうことなのか。
世界に出ていろいろなところを旅しているその旅行記ではなく、そこであったこと思索したことが淡々と語られている。
ある時には親しい者の死を思い出し、またある時には娼婦の佇まいからその街を知り、またある時にはギャンブルをすることで自分を持ち崩す寸前まで行く。
とはいえ、思わず居住まいを正されるような大人の言葉も多い。

人が旅をするということ。
それが孤をどうしても意識していくことに繋がるということ、だからこそ若い人に旅をすることを勧めるという意味が分かる。
また、ナポレオンの話、ゴッホの話、、ジョイスの話、と偉人や芸術家の話も折々に含まれていて、その考察もまた楽しめた。
私が一番読んで、おお!と思ったのはゲルニカの一本の木の話だった。
他の伊集院静の本でもこれに触れられていたので既に知ってはいたが、バスク地方の人たちの矜持とまたここを爆撃した意味というのがとても伝わってくるエピソードだった、ピカソのゲルニカの絵とともに。


評価 
4.9

読むのが本当に辛かった・・・泣けて泣けて仕方がなかった・・・
いわゆる実はこういう不思議な話があったんですよ、ということだけではなくて、あくまで、不思議な話がある前後の家族の形とその間の不思議な出来事と残された人たちの生きようとする力のような話だった。

311のあの震災で大切な家族を亡くした東北の方たち。
その方たちのその後、のことであり、当時のことであり、それらが生々しい証言で語られていく、普通のノンフィクションとは違うのがこれが「死者からのしるし」を語っていることだ。
だからここをフィクションととらえる人も当然いるだろう、科学では割り切れないことなのだから。
またなんだ夢なんだ・・・と思う人もまたいるだろう、夢と思ってしまえばそれまでだから。
たとえ夢でなくても、偶然なんだ・・・と思う人もまたいるだろう、偶然で片づければ終わってしまうことだから。
けれど。
この遺族にとってはこれは紛れもない事実であり、そこではノンフィクションであり、また丹念に聞いていった作者にとっても事実として語りを聞いていったノンフィクションであることには間違いがない。

この中で、もちろん人の死の重さはどれも変わらないものの、逆縁のすさまじさに茫然となった。
子供が先に死ぬということ。
かわいい盛りの子供を失うという無力感。
あの大川小学校の子供が二人登場しているのにも胸が詰まった。
また小さな子供も登場している、遺影を見ると本当に可愛らしい・・・
この子たちがどういう思いで大好きなお母さんの元を離れざるを得なかったか、という圧倒的な事実の前には、「しるし」の部分がフィクションであろうがノンフィクションであろうが変わりはない。
人は絶望からどうやって立ち直っていくのだろう、絶望の淵にいた人たちが、「しるし」を見ることによってどんなに救われているのだろう。
これがとても心に刺さった一冊だった。

津波による被害で亡くなった方たちは、あまりに理不尽な死であり、遺族にとっても怒りの持っていきようがない死である。
そして遺族は、夢の彼らのお告げ、部屋の中のプラレールがスイッチが入る姿、亡くなる前に来てくれた、床の音がした、というのを近くの人と同時に経験している、それをある時は泣きながらある時は淡々と語ってくれるのだ。
常に死者が一緒にいてくれると思うことで生きていく糧にする気持ちは痛いほどわかった。
あの時ああしていたら、こうしていたら、と悔恨の尽きない中、夢の中で笑顔を見せてくれる亡くなった家族に会えてどんなにか嬉しかっただろう。

「死者からのしるし」は恩寵なのだ、残された人への。
2017.03.14 地中の記憶


評価 4.8

過去と現在が交互に語られるミステリだ。
そして時を隔てての町の記憶の物語でもある。
最初が非常に難しい、とっかかりとしては。
なぜなら、どれがどう問題なのか、よくわからないからだ。
アニーという屈折した少女が死んだ人間を発見するけれど、これはそもそも殺人事件なのか。
アニーを魔女のように思っている周辺の人たちはいったい何なのか。
アニーの家族とはいったい何なのか。
このあたりがぼんやりしているので概観がわからない。
また過去の章に入ってくると、この現在の章と同じ人が(当時も今も生きている人)出てきて更に混乱していった。
が。
ある時点で、こういうことだったんだ!!とするするとベールがほどけていく。
ここがとても面白いと思った。
ジュナのキャラクターが忘れ難い、魔女のような扱いをされているのだが、性に奔放であり生きることに貪欲な彼女が他人をなぎ倒していく生き方が心に残る。

・・・・・・・・・・・・・・
1952年の方では黒目の背の高い少女アニーが三人称で描かれている。
彼女がどういう立場にいるか、どういう感じの少女かというのが最初の方ですぐにわかるように語られていく。
もしかして彼女のことを気に入っているような行動をしている少年ライス・ファルカーソン(彼は保安官の息子、さらに言えば、ジュナの時代の女性保安官が祖母)がアニーの周りをうろついている。
ライスはどちらかといえば素直なのに、アニーは常に突っかかる。
このあたりの風習で、15の年に井戸をのぞき込みそこで顔を見た人と結婚する(!?)という行事も馬鹿にしている風情だ。
ところが、アニーはその実、夜に井戸に誰かの顔を見に行くのだった、好奇心に駆られて。
そこに妹のキャロラインもこっそりついていく。
ここで、思わぬ死体を見つけるのだが・・・
ここから過去への扉が開いていく。
屈折アニーと美しいキャロラインの対称が、そのまま過去のジュナとサラ(この場合姉だけれど)に繋がっていくところも興味深い。

一方で、1936年の方は、とりあえず「サラとジュナ」という姉妹の名前のタイトルが章のところについている。
でも語り手は「わたし」だ。
そのわたし、が誰なのかはすぐにはわからないものの、読んでいくと、ああ・・これはサラのことなのだな(姉)とわかってくる。
サラ、がそれでは、1952年の方ではいったい誰なのか、というのはまたこれがあとからわかってくるのだ。→サラはアニーの義理の母だった。ジュナは望まれている子供でもなく、最初からちょっと家族から距離を置かれている。
普通の少女だったサラは、予言者的な能力を持っているさらに気後れしているところもある。
ある種呪術的なジュナの存在が町全体に広がっていく。
ジュナは魔の存在であり、何かがあってジュナは数え歌になるほどの有名人だというのもわかってくる。

・・・
話がとても小出しに語られていくので、あるところで、(このことはアニーは知っているのか?)と思っていて、それが数ページ後で、(ああ・・知っていたんだ・・・)というのがわかったりする→自分がジュナ叔母さんと呼ばれている人の実の子供だということ。

ジュナが一体過去に何をしたのか、どういう事件があったのか、というのもまた徐々に語られていく、もどかしいほどに徐々に。
ジョゼフ・カール・ベインという人間が初めての公開絞首刑された時にかかわっていた人物がジュナらしいというのは比較的最初の方に出てくる、何しろ数え歌になっているくらいなのだから。
自分がその娘であるという自覚がアニーの中に確実にあるのだ。

過去の事件の中でのハイライトは、サラとジュナのひ弱な弟デイルがジュナと一緒にいた時に行方不明になってしまった事件だろう。
必死に探す家族がいる、町の人がいる。

ジュナ叔母さんがいつか来てくれるという期待。
毎年クリスマスカードをくれたジュナ叔母さんのやさしさ。
これが最後まで読んでいくと全く別のものに様相が変化していくのもまた読ませる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
以下ネタバレ

・1936年のサラとジュナの中での「わたし」はサラ。
サラは1952年ではアニーの育ての母になっている。

・ジュナは、複数の男性と関係を持っていた。
そして、自分のおなかの中にいる子供は、絞首刑にされたジョセフ・カール・ベインの子供だと主張するのだった。
実際はその子は、地主のエイブラハムの子供。

・折り悪くデイルがいなくなった時に、遠くから帰宅したばかりのジョゼフ・カール・ベインが容疑者として連行され、彼からの自白をとった、と言われる。
その後、その自白の場からデイルは瀕死の状態で見つかり、けれど、そのあと回復に向かい、そしてそのあとジュナの看護の元再び悪くなり死亡してしまう。
加えてジュナのおなかのなかには子供がいる。
ジョゼフが全ての犯人だとされるのだった。

(デイルがいったんよくなってから悪くなったのは、ジュナの看護のせいなのだろうか?
デイルが記憶喪失の時はいいが、もし記憶が戻ったら自分とエイブラハムのことを知られてしまう。
ジュナは被害者を装っていたが、実は魔の存在そのものだった)

・生んだばかりの子供(アニー)をジュナはお父さんにどこかに連れて行ってと叫ぶ。
彼女は呪われているという言葉さえ吐く。
アニーをどうしても育ててあげたかったサラ。
それにかっとなったサラは、板でアニーを打ち殺してしまう。

季節ごとに届いたクリスマスカードはサラが作ったものだった。
サラは、アニーの母となったのだった(そののち、自分の子供キャロラインを生んだ)

・サラが昔好きだったエリスともジュナは関係を持っていた。
それにサラは衝撃を受ける。
そしてエリスを諦め、ジョン・ホールランと結婚するのだ。

・1936年のデイルがけがをしたのは、アビゲイルがたまたま強く彼を押してしまったことに起因するものだった。
デイルは、エイブラハムとジュナの密会を覗いていた。
そのあとアビゲイルが押してしまってデイルが大怪我をするのだが、そのことをジュナに話すと「これが父さんに知られたら、自分もエイブラハムも追い出されるのでやめてほしいと言われその通りにする。
ジュナのでっち上げでジョゼフは絞首刑になったのだ。