評価 4.7


日常の謎みたいな話が次々と連作で出てくる。
短い話で、ショートショートぐらいに短いミステリが連続して書かれている。

事件を解決していくのはミステリ作家のシャンクス。
彼はベストセラー作家ではないけれど、それなりに売れている作家だ。
彼にいくつもの謎や事件が発生すると依頼がいくようになっている。
シャンクスの奥さんは、ロマンス小説家に突然なっている・・・
シャンクスの友人の作家たちも登場し、それはそれは賑やかな謎解きになっていくのだ・・・


最初の話はまず見ていただけで(しかも横には奥さんが記者と話している)、ある犯罪を見とがめた、シャンクスの話だ。
この話、大好きだ。
三人の男しか出てこないのにここで犯罪が行われているというのを見抜いたシャンクスが素晴らしい。
そしてさらにすごいのは、それを一緒にいた奥さんのコーラに気づかれないということだ。
ここでもう恐妻家というのがよくわかる(この後も何度も出てくる)、けなげなシャンクス・・・・

この上の話と同じ感じが、シャンクスの手口、だ。
これはATMの話でそこで故障から自分のATMから引き出されるまでの手口、をシャンクスが見抜いている。
これも本当にありそうで面白い。

またもう一つ同じ感じの話がシャンクスの記憶だ。
同じ場所にずうっと住んでいるシャンクスたちが昔ここに何があった、何の建物があったと昔話をしているだけに見える。
ところが宝石店の横の空き地を見た時に・・・
これも想像から始まる一つの鮮やかなミステリになっている。

・・・・・・・・・
私がこの作品の中で一番驚いたのは、シャンクスの年齢が最初の方に書いていなかった(と思う)ので、ずうっと若い夫婦とばかり思っていた。
語り口とか発想がそうなのかなあと。
しかし途中で50代!!ということがわかってそこに驚愕したのだった。

全体にやや小粒か。
いや、こういう作品だから小粒でいいのか。
この作品が悪いわけじゃない。
きっとこういうほのぼのとしたミステリが読みたい気分の時に読んだら最高だったんだろう、本当にお茶でも飲みながら。
コージーミステリ的な本が読みたい人にはぴったりの本だと思う。
悪いところはない作品集でそれなりに楽しめたのだから、ほのぼのしていない私ですらも。

・・・・・・・・・
合間合間に著者よりひとことがあるのは楽しい。

シャンクス殺される、もミステリの大会の一部で殺人事件が起こるという設定があり、そこで起こった盗難事件で真相を見抜いている。
マルタの鷹の初版本が盗まれた、しかしそのあとに返却されたのは何故か。
しかもこれがなぜ盗まれなぜ返却されたかの回答がほんの小さな出来事からシャンクスはわかるのだ。



評価 5

愛すべき一冊。
こんな小さな文庫なのに棟方志功の版画がついているのもなんとも嬉しい。


読んだ童話もあれば読んでない童話もあって、時代背景があるので、戦争とか入っているし、何より差別用語もバンバン出てくる。でもそれは決して不快なものではないのは、やむを得ず出てきて必要があるからこそ出てきて、何の悪意もないというのが伝わってくるからだろう。
戦争と言っても日露戦争がついこの間の時代の話だ。
だから日露戦争の話もちょくちょく出てくる。

・・・・
ごん狐、は改めて読んでみると、兵十側の心の動きは書いていない。
狐の方は書かれているのだが(ここがとても可愛らしい、神様が物を届けてくれる、という兵十の言葉にがっくりとして舌打ちをする狐の姿が)
そして唯一、ラストのところで兵十が行ったこと、に対して、兵十の言葉がある。
そのあと兵十がどうしましたよ、どう考えましたよ、というのは一切なくぶちっとそこに書いてある通りだ。
ここがとても良いと思った、あとは自分で考えろと言わんばかりの話の作りが、意図していないとは思うものの、よく作られているなあと思った次第だ。

手袋を買いに、もなんとも可愛らしい話。
これも狐だが、見えていない人間の手袋を売る人のやさしさがこちらに伝わってくるような話だ。
そして助けてもらったのに気づかない子狐、人間が怖いものだと教え込んでいたのにそれとは違った人間を発見する母狐、この二匹の言葉が何とも優しい。

牛をつないだ椿の木、も有名な話だ。
これが日露戦争の話で、ラストの方で招集される話だ。
どうしたって井戸が欲しいという思いが一人の人間の生き方を変えていく・・・ラストに至る経過が読んでいてじわっと伝わってくる。

おじいさんのランプは、やはり日露戦争時代の話を、おじいさんが孫にしているという外枠がある。
そして中の話は、その時代に一旗揚げようと決心し、ランプを元手に儲けた一人の男の人の話、なのだが、ランプの時代が終わった時に取る行動がすがすがしい。
そして外枠と繋がる時に思いも書けない光景が広がっていく。
2018.03.28 ヌヌ



評価 5

大変面白く読んだ、人の奥底にある心理を描いている作品として。
面白くと言っては問題があるとは思うのだが・・・
なぜなら冒頭の衝撃のシーンからこの物語は始まる。

パリ10区のアパルトマンで幼い子供が二人殺された。
若い夫婦は共働きで、そこにヌヌと呼ばれた子守兼家事を任されたルイーズが殺したのだった。
ルイーズも後追い自殺を図るのだが・・・
完璧な仕事をしていたルイーズ。
全面的な信頼を寄せられていたルイーズ。
彼女がいったいなぜ?


冒頭から子供が殺された、それもヌヌと呼ばれた子守に、ということがはっきりと書かれている。
この悲劇に至った過去の話がそのあとずうっと続いていく。
どの段階でこの悲劇が防げたのだろう?
読んでいて私はそれをひたすら思っていた。
再び仕事をしたいとミリアムが思った時?
ヌヌを採用する時?
ヌヌに違和感を感じた時?・・・

子供二人を抱えて、自分の仕事がゼロになりノイローゼ近くなる妻のミリアムの姿もまた痛々しい。
夫のポールも協力的であるようで自分の仕事に打ち込んでいて、徐々に二人の子供からは距離ができるようになる。
そしてさらに、子供たち二人、長女のミラは我が強く非常に扱いづらい癇癪持ちの子というのが読んでいてわかる、これは育てるのが大変だろうと。長男のアダムはまだ赤ちゃんで頑是ないが、それはそれで手間がかかる、何しろ赤ちゃんなのだから。

この二人がヌヌを探そうと思ったのは当然の成り行きだろう。
そして面接風景もある、ここでも私は思った、(もしこのだらしない感じのヌヌを採用していたらこの悲劇は起こらなかったのか・・・)
結果として、彼女たちは完璧に家事をやってくれて完璧に子供たちを見てくれるルイーズを採用する。
そして素晴らしい働きを見せてくれるルイーズがいる。
部屋は美しくなり、快適に家事は回っていって料理は巧いし、子供達もなじんでルイーズに絶対の信頼を置いている。
ルイーズがいなければもうこの家は回って行かないとまでなっていく。
この過程の描き方がとても巧い、と思った。
安心して子供を預けられるばかりか、家まできれいになっていって余裕のできる若夫婦がいる。
心にも余裕ができて、妻も夫もそれぞれの仕事に打ち込める。
しかし・・・ここで妻がふらっと不倫のにおいを醸し出し始める場面もある(一瞬、パートナーとの出来事があるのだが・・・)
けれど、おおむね二人は満足しているのだ、ヌヌに。

なぜなら二人は自分たちが行く高級リゾートにまでヌヌを招待してあげるのだ。
破格の扱いで、いくら子守であると言っても彼女への待遇としては異例だろう。
このあたりまで蜜月状態の三人だ。

・・・・・
が。
読んでいて、いくら親しくなったように見えても、ヌヌは全て主人たちの家を知っている、けれど主人たちは一向にヌヌには全く関心を持たない、どこに住んでいるか、またどのような家族がいるかというのも見えてこない。
途中からルイーズの側が語られていって、ルイーズにも子供がいてその子供が家を出てしまって一人暮らしという哀しい状況がわかってくる。
そして、主人夫婦も、少しずつ少しずつ、ルイーズに違和感を感じてくる。
注意することもあるようになってくる。
特に、ルイーズが長女のミラに冗談でお化粧とマニキュアをしてあげた時の、ポールの激怒っぷりは忘れ難い。
階級が違うという現実がここで明らかになる。
また大きな出来事しては、捨ててあった調理した鶏をまた引きずりだして、子供に食べさせたのを母親のミリアムが発見したところだろう。
ここで既にルイーズの異常さが表面化している。

ルイーズが絶えず接しているのは恵まれた人たち、恵まれた子供達。
それはいくら自分が頑張っても手の届かないところの人たちであった。
どんなに優しくしてもらってもルイーズ本人は所詮ヌヌ、であるのだ。
そしてまたルイーズも、あれだけ見ていた子供達から目を離し始める。
ぼんやりしている時間が多くなる。
公園でもヌヌ仲間にも一歩置かれた存在となっていって・・・

・・・・・・・・・
この物語、人の心の移ろいも描いているし、恵まれた人への羨望、過去への想い、自分だけがという思いも描かれている、
また人がどのように変質していくか、その変質の裏側にある人の心の奥底の気持ちというのは何かというのを抉り出してくれる作品だと思う。
ヌヌという存在が、日本だと今ひとつわからなかったが、解説を読んでとてもよくわかった。
ある時まではぴったりと並走してくれたような人が突然消える理不尽さは、子供にとっても相手にとっても何かしらを残すのだろう。


評価 4.8

普段、(知らない人の家の話は面白くない)と思っていたのだが、お二人の対談で始まるこの本、案外面白かった。
お二人が再婚であること、妹さんが国際結婚であること、妹さんの旦那さんがチェリストであること、お姉さん(夏井いつき)がお孫さんが4人いること、娘さん息子さんが何をしているかということ、など、夏井いつき以外は知らないのになんで面白く読んだのだろう、と自問自答している。
最初にこの家の家系図まであるので、今、この人の家を説明しろと言われたら説明できそうな勢いだ。

この本、最初に有名な俳句を出している。
その解釈が書いてある。
この俳句は私はほぼ知らない、そして解釈を見てほおほおなるほど、と思って読んでいる。
(そして興味深い句がたくさん出ていて、おおっと毎回面白く読んでいる)
そのあと二人の対談があるのだが、これが自分たちの境遇を語るとともにこの俳句にもまた別の俳句にも触れていくので、その部分が非常に面白いんだと思う。

ばさばさっと斬ってくれるテレビ通りの夏井いつきの語り口もまた潔い。
俳句を読むという事。
人生を考えるという事。
そのあたりが二人の人生にも重なって、家族の話も私の中でこなれて受け入れられたのだろう。
2018.02.08 ノックの音が


評価 5

大変楽しく読んだ。
一体何年ぶりだろう・・・数十年ぶりか?

一番最初に読んだ星新一作品がこの本だった。
ショートショートも知らなかったので衝撃の本だった、本ってこうやって書いていいんだと。
短篇とはまた違ってさらに短いしかも最後にオチのようなものまであるゴージャスさ。
でも当時、この作品、ちょっと軽めにみられていたと記憶している。
今だと、あの星新一、と認められているけれど、私の読んだ時代は、誰でも書けるのね、ぐらいの扱いだったように記憶している。
ここがそう錯覚させてしまうほど気楽に読めるし読みやすい。
一作、は落ちたものにせよ似たものを小説が好きな人だったら書けるだろう、そのあとこれだけ膨大な作品群を生み出す星新一というのは一体どんな巨人だったんだろう・・・
今読んでみると、当然ながら誰にもこれだけの質の物をたくさん書けるわけではなく、短いながらも創意工夫が詰まった一冊だと思う。

・・・・
ノックの音が、で始まる一冊。
全く古びていないという恐ろしい一冊だ。
ちょっとしたサスペンス風の物から、ホラーっぽい物、ちょっと笑える作品まで多種多様だ。

どれを読んでもくっきり覚えていた。
特に『暑い日の客』で精神分析医のところにやってくる奇妙な女が犬と豚と口走るので、それに合わせたアドバイスを送った話は、印象深い。
最後にこのからくりがわかって度肝抜かれる。
また、『金のピン』は超常現象の死んだ人を呼び出す金のピンから、ラスト思いがけない真相がわかってくるという、ちょっとホラーミステリにでもなりそうな一作だ。
『計略と結果』は強盗に入られた医師が警察からの確かめの電話に真実を告げられないもどかしい話、と思いきや、意外な方向に展開する。ラストまで油断できない一作だ。

また殺人でお金を強奪しうまくやったと思ったのに、隠れ家で呪術系の人形を老婆から受け取ったことで絶望的なジレンマに陥る『人形』の破壊力もすさまじい。
『現代の人生』と『華やかな部屋』は両方とも洋服ダンスが大きな隠れ蓑になっているところが共通している。
現代の人生での洋服を取り換えたばかりの逆転の皮肉、華やかな部屋の間男のユーモラスさが心に残る。
2017.12.22 粘土の犬


評価 5

仁木悦子の兄妹を主人公とした作品は何冊か読んでいるけれど、こうしてまとまった一冊が出たので大変嬉しく手に取らせてもらった。
今読むと、風俗のことでわからない言葉すらある。けれどそこすら愛らしい。
推理小説であるので謎解きはあり、しかも殺人事件ですらあるのに、作風からこちらの懐にぽんと飛び込んでくるような作品にどれも仕上がっている。

私がこの中で一番心惹かれたのは
『おたね』だった。
かつて自分を可愛がってくれた女中のおたねの悲惨な結婚後に待っていたものは・・・
この面白さは、ある事件がありその事件の真相はこうじゃないか?というのは読んでいてなんとなくわかるのだが、そこではない。
おたねがのらくらの夫を殺したというのは当初から何となく想像ができる。
しかし、おたねが、『夫がもし別の行動をしたら、助かった、という選択肢を残していた』というところが非常に面白いしかえる。しかもその別の行動は、自分の子どもを助けるか否かという選択であった。


表題作の粘土の犬、も読ませる。
これは目の見えない子供が犯行現場にいた、という特異な状況であるのを最大限利用した犯人が、些細なことで犯行がばれる、という顛末である。
どう見ても粘土で作った犬にしか見えないものを作者の盲目の小学生はそれは殺された母だと言う。
上にあるのは六角形の形のものだ。
そして六角形は犯人が身に着けていたカフスボタンに子供が触れたからではないかという推理が展開される。
それを聞いている犯人が・・・・
ぬいぐるみの犬が火鉢に落ちたのを見ている犯人が、そのことを知らない振りをして、ぬいぐるみの犬に言及するところが犯人割れになる。なぜならそのぬいぐるみの犬こそが、その当日に犯人が見たものでしかあり得ないものだったからだ。


弾丸は飛び出したも突拍子もない設定で読ませる。
テレビ画面のギャングが銃の引き金を引いた瞬間に現実に老人が死ぬ・・・しかも現実の弾丸で胸を撃ち抜かれて。
この出だしはなんて魅力的なんだろう。
ここだけで読んで得をしたと思わせる一作品だ。

ラストの罪なきものまず石を投げうて、も心に残る。
今だったらあり得ないだろう!!と思うようないい人過ぎる牧師の元に、非行少年あがりの源吉がやってきて、食事をさせたどころか若い娘がいるのに泊めてしまうのだ。
この源吉像がとてもとても良くて憎めないのだ、人の良い牧師と元気の良い娘ともに忘れられないキャラクターだ。
教養はないだけに、素直でありしかも自分の頭で考えている。
話そのものよりも人の動きがとても心に残る一作品だった。
このシリーズ、もっともっと書いてほしい、と思うと惜しい。




かあちゃんは犯人じゃない/灰色の手袋/黄色い花/弾丸は飛び出した/粘土の犬/赤い痕/みずほ荘殺人事件/おたね/罪なきものまず石をなげうて


評価 5

表題からわかりにくいのだが(表紙の副題と写真でわかる感じもするけれど)、ナチ政権下のドイツにいた子供たち、ではなく、『ナチスの人たちの実際の子供たち』という意味だ。
衝撃だった。
破壊力のある本だった。
なぜかというと、心のどこかで
(ナチスの子供たちは、当時子供だったので自分の父親ないし母親がどういう事をしていたか知らない。だから知った時に、衝撃を受け、自分を恥じ、自分の出自を隠し、親を恨み、自分の生活が何百万の死と引き換えにあったことに吐き気を催していた。その後生き抜くためには、改名し違う人生を選択していた。自分は関与していなかったとはいえ、決して明るい人生を歩むことは出来なかった・・・)
というストーリーを私が無意識に考えていたからだった。
それが・・・

まず、沢山のナチス高官がいるので、沢山の子供たちが出てくる。
しかも子沢山で兄弟姉妹が多くいる家もある(国策でもあったので)
この多くの子供たちは、家での父を見ている、家でいかに自分を可愛がってくれたかという父を。優しかった父を。良き家庭人であった父を。
彼らは怪物でもなんでもなくて普通以上に素晴らしい人間であった、子供たちから見ると。
(このあたりは、この本にも出てくる大論争をかつて引き起こしたハンナ・アーレントの『イエルサレムのアイヒマン-悪の陳腐さについての報告』に通じるところだろう。しかも実際にこの本では、子供たちが証言しているので信憑性が高いしよりリアルである。)
その父が外に出て指一本でユダヤ人の子供たち、または老人、または女性をガス室に送っていたという事実を知った時、人によって反応が様々なのだ。

ある子供は、父の姿を知っても崇拝している、どころか、無罪を信じ(!)その意志を継ごうとすらして極右に走っている、またこれに追随する人たちも現実にいる、彼女もしくは彼をあがめようとする危険な集団が。
ある子どもは、父がそういう事を行ったのは、ヒトラーのせいであり、自分の父親は単に巻きこまれたのだ、と父を正当化しようとする、ヒトラーが全てを掌握していたとは思えないのに。
ある子どもは、全てが間違いであって、虐殺も何も虚構でありなかったことなのだ、だったらそこからなぜ生存者が出てきたのだ、という話を信念とする。
そしてある子どもは、父のやったことに嫌悪感を持ち、父の名前でいつか自分が裁かれるのではないか、見つかるのではないか。という恐れに直面している(この反応が一番私が想像していた反応だった)

驚いたのは、ほぼ全員が改名していないことだ。
しかもありがち、な名前ではおそらくない名前なのに。
ヒムラー、ゲッペルス、ヘス・・・その名前を言えば、誰もがナチスを思うのに改名してない、それによってトラブルも現実に起きていて、ある者は学校を拒絶され、ある者は職場で拒絶され、ある者はホテルで拒絶される、拒絶の嵐なのだ。
それでも、改名しないこの気持ちはどこから来るのだろう。
しかも海外では名前+苗字をそのまま父から引き継ぐこともあるので、ナチスの父とそのまま同じ子供、というのもまたいるのだ。それでも改名しないとは。

共通しているのは、豪奢な暮らしから終戦に至る時に劣悪な環境に転落し、父は銃殺もしくは亡命、母は投獄もしくは監禁、そしてそれに伴って自分も投獄されるまたは親戚に引き取られるという苦難の道を戦後歩むことになるのだ。
母がゲットー地区に行って、素敵な工芸品を強奪してきたのを実際に自分の目で見ていた子供がいる。
家の庭でユダヤ人遊びをして、お父さんに怒られた記憶のある子供がいる。
家の中の使用人に何をしても怒られず、でも自分は使用人と仲が良いと思い込んでいた子供がいる。
アウシュビッツの近くに住んでいて庭のイチゴをそのまま食べてはいけない、洗いなさいと指導された子供がいる(アウシュビッツからの『灰』が飛んできていた、という事実を読んで私は愕然としたけれど、これを後年知ってこの子(知った時には大人になっているにせよ)は吐かなかっただろうか?)

彼らの両親との(父親母親同士が仲良かったか悪かったかは別にして)豪華な思い出は数限りなくあるのだが、後半の生活の落差があまりに激しい。
牢獄で他の高官の妻と知り合う自分の母親の姿もまたある。
(牢獄の他高官の妻の苗字で、フォン・シーラッハの名前が何度か出てきたので、あ!と思った。おそらくこれは、あの作家のフェルディナント・フォン・シーラッハの祖父の奥さんだろう。彼は祖父がナチ党全国青少年指導者と公言はしている。)

・・・・
現実、があり、人の心の動き、というものがある。その、人の心の動きというのは私の軽い想像などぶっ飛ばしてくれるものなのだ、ということがよくこの本を読んでわかった。
ホロコーストにあった側、そこから辛くも生き延びた側、の話は小説にせよ実録にせよ読んできたのだが、こうして加害者側の生の声というのは自分の奥底を揺さぶられる感すらした。

・・・・・・・・・・・・・・・
・ハイリンヒ・ヒムラー・・・警察機関一切を把握。ナチス親衛隊(SS)長官でユダヤ人の絶滅計画を推進実行。(自殺)
・ヘルマン・ゲーリング・・・一時期ヒトラーの後継者と目される。空軍元帥で最終は国家元帥。ユダヤ人絶滅に関与。(死刑判決後に服毒自殺)
・ルドルフ・ヘス・・・親衛隊大将。単独飛行で英国に渡り仲介しようとして失敗。(終身刑)
・ハンス・フランク・・・ポーランド占領後のポーランド総督になりクラクフをはじめとして多くのポーランド人を虐殺。(死刑)
・マルティン・ボルマン・・・ヒトラーの側近と個人秘書。ヘス失脚後、官房長となり絶大な権力を持つ(南米に逃亡と言われていたが服毒自殺説もある)
・ルドルフ・ヘース・・・アウシュビッツ収容所所長(死刑・上の親衛隊大将ルドルフ・ヘスとは同名異人)
・アルベルト・シュペアー・・・ヒトラーと一番近かったと言われている建築士。後に軍需大臣。(20年の服役の末釈放されたのち心臓発作で死亡)
・ヨーゼフ・メンゲレ・・・アウシュビッツ収容所の囚人を囚人を用いて人体実験などを行使。(南米に逃亡したのち、水泳中に死亡)
2017.09.24 ねじの回転


評価 5

新訳ということで何度目かになるけれど読んでみた。
とても読みやすい。
そして強烈に引き付けられる小説だ。

いつもこの小説を読む時に忘れているのだが(今回も忘れていたすっぽりと)、
子供達の異様さ、これは何だったんだ?という不可解さが残る結末、家庭教師の供述、幽霊の有無、という諸々に心をまず奪われるので、物語の構造、を改めて思い出した。
ストレートに、これこれこうだった、という語り口ではなく、まず前置きがある。
しかもそれは、
『炉辺に集まった人たちが怪談話をする』ような会で語られた話であり(怪談を語り続けていく百物語のようだ)、
ここで既に表題のねじの回転という言葉が、ダグラスという男から出ている。
(ついでに言えば、ダグラスの言葉に続いて二人いれば二ひねりだろうという面白くもない(と私には思えた)茶々すら観客から入ってくる。炉辺の皆がリラックスして発言できる場なのだろう。)

じゃあこのダグラスが自分の体験として話した物語なのかというと、これがまたもって回っていて、
・ある女性が書いたものがある
・その人は20年前に亡くなってしまった美しい人だった
・ダグラスはトリニティカレッジ在学中に帰郷した時に彼女に会ってほのかな恋心を抱いた(らしい)
というダグラスからの話が続く。
さて、ようやくダグラスからこの話が始まるかと思うと、まだまだじらしていて、
・この手記が木曜日にならないと届かない
という告白が出る。
ええ!木曜日まで待つ?皆さんそれほど暇人?
当然そこまでに帰宅する人たちもいて(そうだろうそうだろう)、そして少数精鋭がこの物語を聞くことになるのだが・・・・。

ここがまた最後の複雑さになっていて
・語り手はダグラス、だけれど
・この物語をダグラスから託された『私』という元々のこの話の話し手がいる
ということが記されている、ダグラスの死後の後。
『私は、この語りの炉辺にいた人物であり、聴衆の一人であった、そして最初から『私』という人称で登場していたのだった。

つまりは、物語が始まるまでに
・ダグラスが炉辺で手記を読む
・その物語をダグラスから『私』が受け取る
・手記を書いた家庭教師
が前段が描かれている。
これによって、かなり前の話ということがわかるし、手の込んだ経緯で『私』がこの手記を語っている、ということもわかる。
嵐が丘とかの物語と同じなのだが、語り手のある外枠があるのは。
ねじの回転は更にそこに行きつくまで執拗なまでにダグラスからの話としているし、炉辺で語ることになった最初のダグラスの様子や、皆の様子も描いている。
ところで、ダグラスって誰だったのだろう?

・・・・・・・・・・・・・・・・
物語は、イギリスのある屋敷に家庭教師として入った女性が、幽霊を見ていくという物語だ。
そこに幼い二人の可愛らしい兄妹マイルズ・フローラがいて、彼らもその幽霊を見ているらしい。
そして幽霊に影響されているらしい。
悪の世界に兄妹が引きずり込まれるのを阻止しようとする勇敢な家庭教師だ。
全てが、らしい、のは、本当にこの家庭教師が幽霊を見ていたのか、兄妹も邪悪な感じが漂うがこれは家庭教師の錯覚なのではないか、という疑念が読むたびに沸くからだ。
自作自演?無意識にせよ、家庭教師の?という思いがよぎる。
また幽霊がいるとすれば、見える人と見えない人がいるのはなぜだろう。
この物語の中で唯一普通の人、と見えるグロースさんには何も見えないのだから。
ラストの衝撃のことは本当だったのか。→突然幼い兄の心臓が止まって死んでしまう
しかし、それでもなお、揺らぐ家庭教師の心の変化というのがこちらに痛いほど伝わってくる、焦りと汗が滲み出てくるような恐怖というものがひしひしと文章から伝わってくるのだ。
読んでいると巻き込まれ感が半端ない。
読み手もまた幽霊を見ている、確かにと思う場面が連続してある。
なぜ誰もわかってくれないのか。
なぜ自分しか邪悪な存在を理解していないのか。
こういう家庭教師のジレンマというようなものすら伝わってくる。

14章の教会場面が一つの分岐点になっている話、でもあると思った。
14章で兄のマイルズと家庭教師は初めてがっちりと向き合う、彼が放校になった学校について自ら触れることによって。
そして家庭教師は教会に入って行けず、このあとまた幽霊を見ている・・・

・・・・
それで。
『私』は誰なのだ?
再び、
ダグラスって誰なのだ?
2017.05.16 人間じゃない


評価 4.7

それぞれの作品が何かの綾辻作品のスピンオフのような作品だ。

・『人形館の殺人』の後日譚赤いマント
・『眼球奇譚』シリーズ崩壊の前日
・『どんどん橋、落ちた』の犯人当て連作の番外編として急遽書かざるを得なかったという洗礼
・『深泥丘』の番外編蒼白い女
・『フリークス』連作人間じゃない --B〇四号室の患者--

ホラー、ミステリ、不思議話、と魅力いっぱいの作品がつまっている。

表題作が思い切り怖い。
ずずっずずっというような擬音を見ているだけでも何かが出てきそうな気がする。
場所が病院だけに余計に怖さが増している。
絵がおのずと浮かぶ作品だった。

冒頭の赤いマントは、ごくまっとうなミステリだと思う。
誰もいないはずのトイレから聞こえた声、そして血の赤・・・
印象的な事件の後、その真相がわかるのだが・・・

最後のあとがきを読んでいると、洗礼が、書くべくして書かれた作品だ。
お世話になった故人との大学時代からの長い間の繋がりが、謎解きというイベントを通して描かれている。
その思い出とともに犯人当てミステリを構築しているのだ。



評価 4.5

のんびり進む夏目漱石の話だ。
もっともっと専門的なのもあるのだろうが、これはこれで微笑ましく、入門の一歩として楽しめたのだった。
先日来、ドラマで漱石をやったのでなにかこういうものを読んでみたいなあ・・・と思って手にしたのだが・・・。

漱石がものすごく身近になるし、会話とかがもう本当にあったかのようだ。
見合い相手としてきた金之助に一目ぼれした鏡子。
苦労するが大成するといわれた占い師の言葉を信じて結婚する鏡子。

小説家であって神経を病んでいる漱石がいかに扱いが大変だったかというのがよくわかる。
一般的には悪妻ということでとおっている妻は実は夫を懸命に支えていたのだということがひしひしと感じられた。