評価 4.8

前作ミスター・メルセデスの続編。
また懐かしい面々に出会えるし、懐かしい面々のその後、を見ることもできる。
懐かしのホッジスは今は人探しの私立探偵をしていて、ファインダーズ・キーパーズという会社を作っている。
そこの社員がホリー。
ジェロームはハーバードの学生になって帰省しているという設定だ。

今回ミステリという要素もあるのだが、ホラー的な要素も非常に強い、と思った。
特にモリスが迫ってくる様子、待ち伏せしている様子は鬼気迫るものがあった。
血は溢れ出るほど出るし、追いかけられるし、斧は使われるし、完全このあたりスプラッタと言ってもいい。
一方で少年ピートの宝探し場面というわくわくするところもあるし、彼の家族思いかが発端となったほのぼのとした側面も語られていく。
ミステリでありホラーでもあるのだが、ロススティーンとモリスとの会話、ピートと学校の教師との会話などで、文学的な部分もとても楽しめる一冊となっている。
作者がどういう作品を良しとしているのか、というのが垣間見える箇所でもある。

過去に起こった暴走車によって障害を負ったピートの父親。
精神的にはもちろん金銭的なことによりピートの父親と母親の口論は毎日耐えることがなかった。
そんなある日、ピートは偶然木の根の下から一つの旅行鞄を見つける。
そこを覗き込むと・・・そこには、大量のお金と大量のノートが入っていた・・・
そこでピートはこのお金を小分けにして両親に匿名で送ることにするのだが・・・


冒頭はピートの話で始まらない。

強盗モリスが、偏屈な今は引退した作家ロススティーンの家に入り込むところから始まる。
ロススティーンの小説にのめり込んでいるモリスは、金もだが、彼の小説の主人公のその後を知りたいので原稿も欲しかった。
両方を手に入れロススティーンを殺し、相棒二人も殺し、全てが巧く行ったと思ったモリスなのだが、泥酔して一人の女性をレイプしてしまうところからそれが発覚し、刑務所に何十年も閉じ込められることになるのだ・・・
そして仮釈放の日が来た!


モリスの悲惨な人生というのも語られる。
また彼がどれだけロススティーンの作品の主人公に救われていたか、救われたあまりにのめり込んでいるのかというのもまた語られる。
だからモリスにとっては彼の小説が書かれているノートというのは過酷な刑務所でも生きるよすがでもあった。

一方で、ピートはそのようなことは全く知らない。
彼の目から見れば、単純にお金に困った我が家に対しての救世主がかばんの中にあった、ということなのだ。
けれど、ここで特に重要なのは、ピートもまた文学好きの少年でロススティーンの小説に魅せられた一人であったということだ。
だから彼はこのノートの重要性が(お金でいくらというのはわからないにせよ)おぼろげにわかったのだ。
また読む楽しみというのも同時に彼にはあった←結局彼しかこのノートは楽しめなかった。

・・・・
しかし問題はピートの妹の進学資金まで現金が続かなかった、ということだ。
家族思いのピートは何とか妹の資金を捻出したいと思い、悪徳の古書店主アンディのところにロススティーンのノートを売りに行くのだが逆に脅迫され悪夢を見ることになる。

この話、偶然が色々ある。
そこが作りすぎという感じもするのだが・・・
・まず、モリスが住んでいた元の家、がピートの住んでいる家であった。
・そもそもモリスとピートは同じ町に住んでいたので、時間の違いはあれ、モリスは土地勘がある。
・古書店主アンディは、モリスとかつて友達であり、アンディの奇妙な助言で盗んだノートが簡単に売れると思ったモリスがいた。
・ピートの妹ティナがかつて親友だったのがバーバラで、バーバラはジェーロームの妹。
なので、ジェローム、ホリー、ホッジスという三人組にここで出会うことになる。

・・・・
点であったモリスと、もう一つの点であったピートが重なり合う時点が非常に怖かった。
ここに入るな!と読みながら思うのだが、ピートは入ってしまう。
そこで見たものは・・・

ラストとても印象深かった。
そして次巻がラスト、おそらく・・・あることが起こるだろう・・・

以下ネタバレ
・古書店でピートが見たものは、血まみれになった古書店主アンディの姿だった。
そこから抜け出すためにピートもまた斧を強盗モリスに投げつける←血まみれ。

・モリスがピートの妹のティナを人質にしたところで、ティナは殺されると思った。
また、ピートの母に銃口を向け発射した時点で死亡した、と思った。
(頭蓋骨で済んでいたらしい)

・何度も何度もモリスが侵入し、「そのもの」を見て、踏み台にまでしている箱、が
まさかピートが「あのノート」を入れている箱だった。
この場面もぞくぞくする。

・この使ったお金についてはどうなるんだろう?
誰かに返すことになるのだろうか?

・ホッジスの体の具合があまりよくないようなので、次巻・・・危ないと思う、ホッジス。

・前話で捕まえて今病院にいるブレイディは、脳の損傷により、ポルターガイスト的なことができるようになったのか?
彼は今、本当は意識があるのか?
2017.11.11 花嫁の叫び


評価 4.7

映画界のスターのそれはそれは素敵な男性と北岡早馬と結婚する。
幸せの絶頂にいた伊津子・・・
北岡は再婚であり、彼女の前妻は数か月前謎の死を遂げていた。
その屋敷に行くと、前妻の貴緒の事を慕う和服の女中頭の佐起枝他、舅 居候、庭師等がいて、口々に前妻の事を誉めそやす・・・
この物語に合わせて、新しく書かれた花嫁の叫びという脚本の通りに映画が進められていく・・・


この話を読み終わると、(最初から私は気づいていましたよ!)と言いたくなる。
そういう気持ちに駆られるのだ。
事実私もそう思っていた。
けれど、よく考えてみれば、気づいていると思っているのは、『うっすらと違和感を感じていた』のレベルで、真相にはほぼ全く気づいてはいなかったし、この語りの技術に翻弄されていたのだった。
疑惑の点、はある。
でも点はいつになっても点であって、自分の心の中によどんでいて、線にはなっていない。
最後まで読んでみると、それがあたかも線になっていたような印象を持つ(だから最初から分かっていたと錯覚する)そういうミステリだった。

恩田陸の解説にもあるように、このミステリは、ある小説もしくは映画を見ているといないかで全くサスペンス度が違ってくる。
そのバイアスがかかっているかかかっていないかで、このミステリの読み方が変わってくるのだ、それも強烈に。

冒頭の方から、けなげで初々しい新妻が徐々に北岡の人生に巻き込まれていくという様子が描かれている。
かなり癖のある映画界の人々の思いやりのない言葉の数々があり、誰も彼もが絶世の美女で傲慢すら許されていてそれでも人をひきつけてやまない早馬の前妻貴緒の事をあらゆる意味で懐かしんでいる。
こんな中、それを聞いている新妻も大変だ。
頼りになるのは、夫の北岡のみなのだが・・・

ただ、風俗的なことでやはり今とは違うなあ・・・と思った部分は多くあった。
ハネムーンがホネムーンだし(英語をそのままローマ字読みした?)、
何よりも、ピアスをしているというのが全く普通になった現代では、ピアスをしている人自体がそんなに珍しくないのでここも時代を感じるだろう。

以下ネタバレ
・ゴシックっぽい作り、で、新妻が前妻のいた館に行き女中頭に虐められるという構造は、恩田陸も指摘するように明らかに『レベッカ』を意識したものだろう。
それが下敷きになっているのだろう。
だっから、あの小説で新妻がけなげだったように、この新妻伊津子もけなげである、というバイアスが当然かかる、レベッカを読んでいる人には。
十分この文章だけでもけなげだけれど、それを一層強固にするのがレベッカの影、なのだ。

・犯人は、伊津子。
彼女が前妻を殺し、前妻の愛人も殺していた。
前妻から早馬と伊津子の不倫を持ち掛けられる伊津子。
それは前妻と彼女の愛人との共謀であったのだった。しかし伊津子はそれを
途中の毒殺も企てた(佐起枝に伊津子の正体を気づかれたため佐起枝を殺そうとたくらむ、がやめていた。しかし佐起枝は自分自身でそうとは知らず毒杯をあおってしまったのだった。)


評価 5 

途中まで読んで、正直、
(今回、珍しく伊坂幸太郎の話に強烈には乗れなかったかも・・・)
と思っていた。
つまらなくはない、それはもう彼のお得意の話術で面白いし、会話も際立っているし、これがどう繋がる、という興味もあったし、ましてや「あの」黒澤が出てくる。
けれど、それにしても・・・立てこもり事件で犯人説得の話・・・と繋がっていく話で、オリオオリオ、星占い、新婚の綿子ちゃんへの思い、警察官側の家族喪失の事情、レ・ミゼラブルが引き合いに出されるところ・・・などは面白いものの・・・語りも「俺」が語る兎田視点、「私」が語る春日部課長代理視点、作者視点(神視点と言ってもいい)も折々に入ってこれも慣れたのだが・・・このままずうっとこの調子で進んでいくのかなあ・・・とちょっぴりだけ倦んでいた。
が!!!!
途中で、本当に驚いた!!!本を落とすほど驚いた!!!
私が見ていた景色が全く違ったものに変化したではないか、それも目の前でくるっと。
綿密な計算の元、前半だらだらっと続いていたように見えた会話の数々、一人一人の事情などが後半全く違った姿で現れてくる。
なんてすごい小説なんだろう。

・・・・・・・・・・・
仙台の住宅街で人質立てこもり事件が発生した。
SITが出動するも、立てこもりの家から逃亡不可能な状況下、犯人側と警察側との交渉が始まる。
そして犯人側からは予想外のことが要求される、いわく一人の人間を探せ、と。
犯人側の事情は、自分の属している組織からある男を一日で探さないと愛妻を殺すというものであった・・・

兎田というのがある犯罪組織の末端にいる(人を誘拐するのを旨としている集団)男で、彼は今、犯罪組織のトップから、新婚の愛する綿子ちゃんを拉致され、彼女を返してほしければ、折尾豊というコンサルタント(オリオン座に詳しく別名はオリオオリオだ。稲葉のグループに追われながらも、不運な事に勇介にぶつかり、喧嘩になって頭を強打して死亡。勇介の家に隠されたが、最後は
(折尾は組織の金に手を付けて追われている)そして、折尾のGPSから想定される家に入り込むのだが、彼はいない。
折尾はいなかったことから(→実際には、不可抗力の事故からこの家の息子があやめてしまい、この家のベッド下にいる、死体で。最後は立てこもりの実行犯の罪を被される形になり2階から落とされる。←)兎田は妻を救うためにここで立てこもりを始める。

黒澤は単純に泥棒であるが、仲間が落としたらしいメモを拾いに行って、この立てこもり事件に巻き込まれる、当初はこの家の父として存在しているのだが、兎田に途中で見破られる。
そして兎田の苦境を見て一肌脱ごうと決意して壮大な計画を思いつく。

・・・・・・・・・・・・
この計画、が後半効いてくる。
前半の総てが後半への伏線、ジャンプ台になっていると言っていいだろう。
121ページの「私にはこの折尾というのが胡散臭く感じられて仕方がなかった。会ってからまださほど時間がたっていないにもかかわらず、信用できない、と思わせるのだから、これでよくコンサルタントが務まるものだと感心した。どう見ても、一般人とは思えない。・・・」のくだりも最初に読んでいるのと、最後まで読んでこの部分を読むのとでは大いに違う味わいがある。
妻子を亡くした警察関係の人間の話も後半回収されていく。
時系列が行き来するがそこすらおおいなる魅力になっている。
まさか、の出来事の連続の面白さを存分に味合わせてくれた小説、だと言っていいと思う。

以下ネタバレ
・警察は早い段階で、折尾と接触している。
ところが、この折尾は実は、兎田のために一肌脱いでいる泥棒黒澤であった。
誘拐された綿子ちゃんの居場所を探し出せる唯一の手段は、警察の情報を頼みにするしかない。
警察のその場所に一番近くいられるのは、折尾に成りすますことだった。

・立てこもり事件で、ニュースに流してもらい、組織のトップの稲葉に知らせようとする計画だった。
それは、前半で見えていた「母子のいる(そして折尾の死体もあり黒澤もいた)家」で立てこもりをしようとしていた兎田の考えとは別に、『隣の家』で偽の立てこもりをしようというものだった。
そうすれば、出発可能だししかも稲葉が兎田のGPSを見ても不審に思わない場所だ。
隣の家の立てこもりを黒澤は二人の部下に任せる。

つまり、
冒頭の方で見ていた景色は、兎田が黒澤とともに、住宅街の母子を盾に、折尾を要求しているという立てこもりの図。そしてこの後、警察は自分のところに折尾を確保している。
後半真相がわかった後の本当の景色は、兎田と黒澤が共謀して、住宅街の母子の家には兎田がひっそりといて、交渉しているのは隣の家の図。隣の家には、黒澤の部下の中村が犯人役、今村が住人役になっている(この家には人がいない)
家には三人いることにしている(これは兎田が稲葉に三人いると言ってしまったから)
そしてこの場合、警察が確保していた折尾は折尾に成りすました黒澤である。
2017.10.19 日の名残り


評価 5

ノーベル賞受賞記念ということで読み直してみた。
静謐な物語であり、イギリスの話なのになぜか懐かしい香りのする物語だ。

品格ある執事をひたすら追求するスティーブンス。
お屋敷もいまや主人が変わり、アメリカから来た主人になった。
イギリス人貴族に彼が勤めた昔の良き日々を胸に抱きながら、彼が昔一緒に働いていたミス・ケントンを訪ねていこうとする・・・美しい田園風景を楽しみながら、スティーブンスの旅は続く・・・


まずお屋敷のご主人に対する敬愛が半端ない。
これは前にも思ったのだが、今回はテレビドラマダウントン・アビーを見たのでそのあたりが非常にすっきりと頭に入ってくる。
お屋敷の貴族のご主人は、下で働く者にとって威嚇している者とか搾取している者ではなく、自分たちを導いてくれる人、なのだ。
だからその人に間違いがないという信念の元に執事以下屋敷の奉公人たちは働くのだ。
だからもし、お屋敷のご主人がいない時でも彼の悪口を言うものはいないだろうし、働きをさぼる(多少は気を抜くだろうが)こともないだろう。
お屋敷のご主人は、ある意味父親以上の皆の父親、なのかもしれない。
こうした良き時代、にひたすらダーリントン卿に仕えていたスティーブンスの身の程をわきまえた、今の目で見るとへりくだりすぎている姿が印象的だ。
そこに一人の女性がやってくる・・・

・・・
この物語は、話として、スティーブンスが旅行している間にずるずるっと思い出した過去のこと、そして旅行をしている現在のことが入り乱れて書かれている。
旅行は初めての旅行らしく、折り目正しい執事らしく、時に失敗や誤解を生みながらきちんきちんと旅の行程を進めている。
彼は自分の人生を振り返りながら、どの時点が自分の道を決定的に変えた時点なのか、というのも見極めようとする。
あくまで礼儀正しく、滅びゆく伝統のイギリスのお屋敷生活を懐かしむスティーブンスがいる。
しかし彼の回想で、ダーリントン卿のお屋敷でどれだけ重要な会議が行われたかという自負もある代わりに、ダーリントン卿がある勢力に利用されていたという実に残念な回想も混じっている。
それを止めることも出来なかったスティーブンス。
それは立場があるのでできないのだ、耳打ちすらも。

最後のところの男性と女性との再会でもし、が二人の心を去来する。
長い年月、いがみ合ったり、笑いあったり、ココアを飲む時間を楽しみにしていたり、つまらないことからその時間をなくしてしまったり、そういう時間の大切さというのは失ってから気づくものだ。
そして最後の女性の告白・・・

帰らない日々、そして帰らない時間。
遠い日を思うスティーブンスの最後の海岸の場面が目に浮かび、忘れ難い。
2017.09.23 初恋と不倫


『いつも臭くてごめんね』


評価 5

この作者なので読んでみたが、なんて面白いんだろう。
なんてミステリアスなんだろう。
最後の方までどういう方向に転がっていくかわからない面白さがに満ち満ちている。
読んでいると、この言葉の投げかけにどきどきしてくるのだ、呼吸が早くなるような気がしてくるのだ。
そこにこだわるか、というところにこだわってくるしつこさのようなものが後を引く。
しかもこの話、書簡体(メールが主だけれど、最初の話は手紙で始まる)が主だ。
男女がお互いに自分の言葉で相手を説得しようとしたり、自分の言葉で自分を語ろうとしている。
それに対する相手の言葉が、多少ずれていたり、大きくずれていたり、またぴったり寄り添っていたり、反発されたり、そのあたりの機微も非常に緻密で読ませる。

不帰の初恋、海老名SAは、いじめの話から始まる。
下駄箱の中に一通の女の子からの手紙が・・・レトロなこういうのってあったなあ・・・と思いつつ読み進めていくと、これは『いじめられている男の子に対する、手を差し伸べている女の子』という深刻な状況の話というのがわかる。
最初男子玉埜広志はそれをはねのける。
けれど女子三崎明希はその言葉でたじろがず、引かない。
ここからやり取りが始まって、なんで男子が学級のみならずその扇動をしている担任教師までに無視されているのか、という真相が明らかになっていくのだが、ここがぎょっとするところだ。(→担任が女子の写真をこっそりとっていたことを玉埜が見かけそれで担任が無視するようになる、これを三崎が終業式でばらして、玉埜はこのいじめ地獄から抜け出すことになる
ここまでだって鮮やかな逆転劇だ。
しかも、この短いやり取りの中で、女子生徒の手の異常さ、それがなぜ起こったか、彼女の普通ではない家庭状況が如実につまびらかになっていく。

でも話はここで終わらない。
成人した後の二人、というのもきっちり描かれている。
成人した後、交流はなかったのだが、今度は女子の三崎が婚約者のバス運転手の事故車に乗っていた、というところから、玉埜の介入が始まるのだ。
今度は、女子を男子が助ける番になってくる。
そして。
このやり取りの中で、徐々に明らかになっていくバス運転手の実像・・・
私が最大に驚いたのは、この中で、『かつて小学生の時に救われた男子玉埜が、あの下駄箱の手紙をもらった日に実は何をしようとしていたのか』ということだった。(→金槌を持って行って、担任を殴ろうとしていた

・・・・・
カラシニコフ不倫海峡もまた読ませる。
全く知らない女性田中史子からのメールに戸惑いを隠せない待田健一。
彼の奥さんは、アフリカで行方不明になっている。
どうやらそこで撃たれたらしい・・・
それを知っている田中史子から、インタビューを取りたいというメールが来る。
ところがまず、田中史子の肩書自体が二転三転し、更には、彼女がある男の妻で、夫と待田の妻が不倫をしていて今でも普通に生きて暮らしている、という新事実を伝えられる・・・
つまり、お互いに不倫をされ残された同士の男女だったのだ。
そしていつしか、田中と待田は男女の仲に・・・

不倫の話か!と待田も読者も思う。
そして、待田は葛藤の末、奥さんの話を本にしそれがヒットするのだった。
ところが・・・

この鮮やかな逆転に次ぐ逆転と言ったらどうだろう。
最後の方にある、トイレ掃除のおばさんの忘れ難いエピソードと言ったらどうだろう。
どんどんどんどん話が進んでいって思わぬ着地点につく快感が確かにここにはあった。

(個人的覚書
どちらにも、豆生田(まみゅうだ)という奇妙な男性が登場。
狂言回しのような役だが非常に重要な役)



評価 4.8

素敵。
色付きの絵本を読んでいるようで、素敵。
(挿絵が色付き)
短編が並んだあと、最後に幼なじみの中編が入っている。

話そのものは、長編になる前の萌芽、という感じが漂う。
でもどれも趣向が凝らされていて、全く飽きないし、語り口も、
ある時には子供たちへの呼びかけの先生の言葉
ある時には披露宴を欠席しようとしている女友達へのメール、
ある時にはちょっとしたものから過去の思い出、
と変化に富んでいる。

日々の暮らしの中で、ふっと思ったことを小説にする、ってなんて素晴らしいことなんだろう。
そういう想いを味合わせてくれる本。
やさしさに満ちている本。
花が絡んでいるので、より一層美しいものに触れた、という気持ちにさせられる。

私が特に好きなのは、
・待ち人・・・これも先を読みたい気持ちが。この不安を感じた女性と彼とはうまくいったのだろうか・・・
・光の色・・・夢を思い返す話だけれど、美しい、夢を思い返す部分が特に。
・マフラー・・・空港行きのラウンジでマフラーを間違えた女性の話・・・まだまだ続くのだろうかという予兆が。
・幼なじみ・・・妻の知らない夫の思い出話なのだが、過去に戻っていく構成がとても読ませる。
2017.08.26 晩夏の墜落



評価 5


この本、評価が難しいと思った。
というのは、
プライベートジェットが落ちた

偶然乗り合わせていたスコットという売れない絵描きが必死で大富豪の幼い息子を救助して、海の中を死に物狂いで泳ぐ。

助けられる

当然スコットはヒーロー扱い。

ところが、視聴率目当てのマスコミから、実はこれが仕組まれた事件ではないかという疑いがかかり、スコットが過熱する報道の矢面に立たされる。
という流れなので、当然こちらも、
『一体本当はこのプライベートジェットが落ちたのは事故だったのか、偶発だったのか、それともテロだったのか、陰謀だったのか、そして何より肝心の犯人は誰だったのか』
という興味に流れそうになる。
途中でスコットは本当にヒーロー?とこちらまで疑ってみたくなる。
誰か生きているのか?他にも?と途中途中で思ったりもする、そいつが真犯人かとも。
でも最後まで読むと、犯人の動機とか犯人像とか、それほど、あ!とは思わない(と私は思った)。
正直に書けば、これが動機?と思うところもある。
この部分ではそうなのだ。

・・・・・・
けれど上に書いたような点を加味しても、私はこの小説、とても面白いと思った。
というのは
『事故で死んでいる人達』
のそれまでの人生が語られているのである。
この部分が非常に面白く、それぞれの人生がありそれぞれの生き方があり、それぞれがある一点で集約される、そこがまさにプライベートジェットの中だったのだ。

●売れない絵描きのスコット。
住んでいる島の市場で出会った女性マギーに声をかけられ、別荘に来ている彼女が帰りに乗るプライベートジェットに同乗させてもらうことになった。
売れないマギーの子どもはレイチェルとJJ。
プライベートジェットには他に、こわもての護衛のギル・バンク、機長のジェームズ・メロディ、副操縦士のチャーリー・ブッシュ、客室乗務員のエマ・ライトナーがいる。
更に、デイヴィッドの知り合いの銀行家ベン・キプリング、ベンの妻サラ、も同乗していた●

出てくる人たちは、
プライベートジェットを持っているくらいなのだから大富豪のデイヴィッド・ベイトマンがいる。
彼はマスコミの寵児でありALCニュースの代表者でありメディア王と呼ばれている。
彼を困らせていたのが、全てにやりすぎの司会者ビル・カニンガムだ。
ある事件でやりすぎたため、デイヴィッドがビルをどうするかというところで、デイヴィッドの運命は尽きる。
なので、そのあとビルはいわばやりたい放題で、ねつ造したともいえるスコットの攻撃をし始める品性のなさがある(ビルを見ていると、映画ダイハードのマスコミの男を思い出す・・・・)
彼の奥さんは、元学校の先生で非常にノーマルな感覚を持っているのだがこのところデイヴィッドについていけない。
仕事中毒の夫といるのが本当に正しいことなのか、息子と娘の幼さに救われながら、自問自答する毎日だ。
またこの二人の娘レイチェルが誘拐されたという過去があった。
このことから二人は、護衛というものをつけている。
そしてこの護衛もイスラエル生まれであり、複雑な状況で育ったというのが描かれている。

ベン・キプリングは違法なビジネスに手を染め訴追を受ける直前であった。
彼のみそれを知っていたが、妻のサラは全く知らない。

・・・・
また助かったJJは一夜にして大富豪の幼き子になるわけだが、彼女を引き取る叔母の善良さ、というのも際立ち、それと対比するように、クズの男の叔父の姿も目に焼き付いている。
またスコットをかくまってくれるこれまた大富豪の女性がいる・・・

最後の最後の方で、なぜこうなったか、というのが語られる。
全ての人の思いが、このプライベートジェットの墜落で終わり、そして九死に一生を得た、スコットとJJは新しい人生を踏み出していく・・・

この話、
もしプライベートジェットに乗らなかったら、
という選択肢は、誰にもあったわけだ。
でも全員11名がこのプライベートジェットに乗ってしまった、神に導かれるように。
もし乗っていなかったら、
全員が助かったわけだが、そのあと、というのもまた考えさせられる。
・デイヴィッドは離婚していたのではないか、マギーと。
・ビルはデイヴィッドによって葬り去られたのではないか
・ベンは確実に刑務所だろうか
・サラも没落だろうか
・スコットは売れ始めようとしていた絵で出世していたのだろうか
・このお金の有り余ってる中で、JJとレイチェルは普通に育っただろうか
・JJの叔母は男と結局は別れたのだろうか。
・客室乗務員のエマはまともな人生を歩めたのだろうか

サイドストーリーも生き生きとしているので、それはそれは考えさせらえるのである、この人たちの人生を。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
どの場面も鮮やかであり、立ち上がってくるような物語が目の前に展開している。
人生、というのを深く考えさせられたのだった。
2017.07.24 星の王子様


評価 5

え!
色付きだった?
中の挿絵を見てまず驚愕したのだった、久々に読んだのはもちろんなのだが、岩波文庫から出たというので大喜びで開いてみたら・・・。
色付き挿絵?

本当にフランス語で普通に訳せば、「小さな王子」というのは正しい訳なのかもしれない。
けれど、最初の刷り込みがあるので、もう頭の中で星の王子様でしかあり得ない自分もいる。
またこの訳しか読んだことがないけれど、丁寧な言葉の美しいことと言ったらどうだろう。
ここにはやり言葉とかは一切ない。
それだけに、点燈夫とか、街燈とか、口輪とか、古い言葉もまた輝いてくる。
「・・・・できやしないよ」「・・・してごらんよ」なども、今の言葉では実際ないのかもしれないけれど、なんて閑雅な響きなんだろう。
小津映画を見ているようだ。

この話、様々なところで引用されているし、大人が読んで含蓄のある童話としても有名だし、それぞれの受け止め方のある話なのはもちろんだ。毎回政治家にこそこれを読んで欲しいという気持ちにもなる(読まないだろうが・・・)

・・・・
最初のところで、ウワバミが象を飲み込んだ絵、というのがとても印象的な話だ。
これがどう見ても帽子にしか見えない大人。
そしてちゃんとそれを見分けた星の王子様という子供。
この対比が克明に描かれている。

実に印象的な人たちが何人も出てくる。
そして大人の目で読めばこの人たちは明らかに社会の縮図であり、王であり政治家であり経済を回している企業人であり、ということがわかってくる。
また愚直なまでに自分の仕事をしている人もいるということも見えてくる。

有名なキツネとの会話場面もまた心に刺さる。
もしこれが普通の状況で同じことを言われたら、それほど刺さらないだろう。
けれど、童話でありファンタジーの場面で、そして一人(一本)残されたバラの花を思いながら
「大切なことは目には見えないんだよ」
と言われ、頷かない者があるだろうか?
また、「ぼっちゃん」という問いかけがまことに優しいし心地よい。
今、ぼっちゃん、と人様のお子様を言わないだろうが、ここではこのぼっちゃん、が生きている。
そしてそのまま受け入れたいような言葉だ。

星の王子様との出会いが、ある意味絶望的な状況で出来上がっているというのも今読むと新鮮だ。
何しろサハラ砂漠で不時着して、直さなければ帰れないし死ぬしかない飛行士がいる。
そこにどこからともなくやってきた星の王子様。
こんな状況でしつこく話を聞いてくる、またはしてくる王子様との会話もまた大変なのだ、普通の人間の飛行士にとって。
それどころじゃなくて、もう水なのだ!と最後の方で本音が出て、そして美しい美しい井戸の場面の会話になる。

・・・・・
今回、岩波文庫を読んでみたのは、お子さんの内藤初穂さんのエッセイを読んでみたかったのもある。
星の王子様の秘話とでも言ったらいいのだろうか。
心血を注いで翻訳した星の王子様が、石井桃子さんから回ってきたというのを私は初めて知ったのだった、ここで。
しかも石井さんは最初別の人に翻訳を頼んでいるのだが(山内義雄さん)、これは私の雰囲気ではない、内藤先生だ、ということで内藤濯の名訳が生まれたのだという。
なんて、美しいそして牧歌的な話でこの物語の翻訳が決まったのだろう。
自分が自分が!という欲よりも、合っている人、と翻訳を譲ったのもあっぱれだし、それを受け入れまた期待以上の翻訳に仕立て上げた内藤濯の手腕にも頭が下がる。

美智子皇后とのある出会いから、この物語を通じての交流、も微笑ましく読めた。
そして、例の星の王子様の落語家の言葉をご本人はどう思ってるんだろうなあ・・・とずうっと思っていたが、やっぱり激怒していたか!だろうなあ・・・と納得したのだった。
2017.07.17 ピンポン



評価 5

ピン・ポン・ピン・ポン・ピン・ポン!
エエエエエエ・・

へ・・・変な話!!過剰に溢れかえっていすぎるよ!なんでもかんでも!
そしてラストこの回収の方法か!すごい!
面白い!
なんて変な話を思いつくんだろう?

SFでもなく奇想と言えば奇想だけれど、それのみでもなく。
夢の話であるようでそうでもなく。
それにしてはあまりにスケールが大きく、また細かい部分は細かすぎていて。
そもそも、「二人の男の子が学校で壮絶にいじめられていた肉体的にも精神的にも」という話からピンポンの卓球台がなぜか外にあり、放置されていてそこでいじめられっ子の二人がピンポンをする・・・」というところで、
あ~いじめられていた二人がピンポンによって救われて友情をはぐくむ話ね、と思いきや、そうでもなく(その部分もあるけれど)

じゃあ、ピンポンを文字通り手玉に取って、ハレー彗星を待ちわびるへんてこな人の集まりと絡み合い、地球の存亡を考える・・・気宇壮大な物語に変貌してい後半がきわめてSFに近い話・・・かというとそれだけでもなく。

この話の巻き込感にずるずると引き込まれていくのだ、読んでいるうちに。
どんどんどんどん新しい人、新しいエピソードが出てくる、釘とモアイの二人の少年に振り回されながら、ピンポンを見ながらこの話の深部にぐいっと自分が入り込んでいくような気がしていた、読んでいる間中。


・・・・・
モアイ像にそっくりでモアイとあだ名をつけられていた口数の少ないモアイ。
釘とあだ名をつけられていた少年。
この二人はクラスのチスという少年グループから壮絶ないじめを受けている、暴力は時に致命傷になりかねない暴力沙汰に発展している、その他にも恐喝、脅し、気まぐれな呼び出し、性的虐待、と言語を絶するいじめは尽きない。
お互いに話すことのなかったモアイと釘は、ある日、外で卓球台を見つけ、ピンポンを始めることになる・・・横には古びたソファまで・・・


ピンポンを始めることで、多くの人と出会ってい釘たち。
チスの愛人マリ、双子がいる卓球洋品店のセクラテン、バスの運転手、お金をあげればマッサージをしてくれるホームレスの老人たち、乾電池を舐めて死んでしまうハレー彗星の会の太った人・・・・そしてモアイが語る超絶に面白いジョン・メーソンの小説の話・・・
そもそも、このモアイと釘はごくごく普通の、いや普通以上の感受性と頭を持った二人の少年だったのだ。それが読んでいくとよくわかる。
その合間合間にも失踪したチス(自分の女を殺した容疑で警察に追われている)から呼び出しがありまたいじめられ、チスの手下たちに呼び出されまたいじめられ、という連鎖は止まってないのだ。

釘たちがその合間にお互いのことを知っていく。
モアイは絶大なお金持ちであり、お屋敷にお爺さんと二人で暮らしているということがわかってくる。
また釘の親たちは釘がいじめられているのにも全く気付いていない共働きの二人で善人ではあるが、息子の動向には重きを置いていない。
この物語の中で、卓球用品店のセクラテンの存在は大きい。
何くれとなく世話を焼いてくれる。
そしてラリーができるほどに釘とモアイは卓球が上手になっていく。

セクラテンは後半実に意外な卓球史を教えてくれ、彼らにこの世界がずうっと試合のジュース状態だと教えてくれるのだ。
彼らは偉大な人たちの中から一緒に戦ってくれる人を二人選ぶ(このシーン笑える、どの偉人が卓球ができそうかと古今東西の中から選ぶ作業)
そして・・・

以下ネタバレ
・空からハレー彗星ではなく(だからハレー彗星の会とかの話も無駄ではなかった)、大ピンポン玉が落ちてきて、それが地球上に来ると大地に地震が起こり、地球が卓球界(!)になってしまう(この部分の説明もとても楽しい、地球をピンポン玉に見立てた話で、ちょっと横に向けると、ちょっと落とすと・・・)

ネズミと鳥とのピンポンの試合の勝者が人類の存亡を握っているのだった。
彼らと闘うのが、釘とモアイそして二人の偉人たち。
勝った方が、人類をアンインストールするか、そのままにできるか、をチョイスできるのだった。

そして釘たちは勝者になりアンインストールに頷くのだった。

(こんな変な話(誉め言葉)を書いた作者の顔を見たいものだ!と思って裏表紙を開けたら!
そこにまた人を食った作者の顔が!なんとまあ・・・


評価 4.7

私にとって驚きの一冊。
どう驚いたかというと、帯とかで私が想像していたのは
『非道な父に監禁され、虐待され、そこでなぶり殺しの目にあっていた少女の脱出劇』
だと思っていたから。
18年間父と二人きりで暮らしているとあったので、てっきり監禁物語と勝手に思ってしまったのだった。

ところが、これ、監禁の物語ではない。
監禁は終わっていて(何しろ父親は死んでいる)、そこからもう出られる状況の少女がいるのだ。
ところがその少女は気味の悪い遺言執行人と結婚しなければすべての財産をあげないよという父の非道な遺言が残されている。
この男というのは、父の友人なので、当然年を取っている。
父の監禁が終わったと思ったら、今度は父の友人の監禁か・・・と少女ベティも読者も暗澹とした気持ちになるのだった・・・
そしてその友人から逃げるために、ベティは非常に勇気ある行動で逃げていくのだ、しかも一人の純情な青年を巻き込みながら。

・・・
つまりこれ、ロードムービーの様にかなり最初の部分からなっている。
追われる逃げる、追いつかれる、更に逃げるの連続の話だ。
ベティは父に教わった護身術を駆使しながら、生き延びていく。
そして、弁護士事務所に保管されていた父の遺品から、自分の出生を割り出していくのだった。

この一緒に逃走するデッカーの造形がとても良い。
彼のすがすがしい行動とか、あまりに愚直すぎる行動とかもどきどきしながらも見守っていけるのだ。
一方で、ベティは人と接したのが父親しかないので、まずそこから徐々に外の世界に慣れていく。
喧嘩腰だったベティを変えていったのはデッカーのやさしさだと思った。

ベティが自分の母親と父親との手紙から、彼らのロマンスひいては自分の境遇を想像するところが面白い。
が、なんだか荒唐無稽?という感じも否めない。
このために、ベティは監禁されていた?

以下ネタバレ
その結果、想像で全く別のところに行きついたベティ。
彼女が本当の父親と思って一緒に暮らそうとしたのは、単なる母親のストーカーだった。
そしてこのストーカーに対抗するために、本当の父親(一緒に暮らしていたのが本当の父親)はベティに護身術などを教えたのだった。