2018.06.24 滅びの園



評価 4.8

前知識がゼロだったので、最初の方から読んでいくと、(これはもしかして幻想の話?夢の話?)思ったりもした。
話は読ませる読ませる!
何しろ、『現状に不満な一サラリーマンが突然ある日別のとんでもなく素晴らしい街に降り立って、しかもそこからは元いた場所にかえれず、誰も東京を知らない、ここがどこかというのも曖昧だ』という状況なのだから。
しかも来た男も、だんだん前の意識がぼやけてくる、記憶がぼんやりとしてくる。
最初は戸惑っていた男も、徐々にこの町に慣れ、時々起こる魔物退治という儀式のようなものを皆としたり、山に入って鉱物をとってそれはそれはお金持ちになったり、町の人たちに受け入れられたり・・・で願ったりかなったりの生活だ。
更には、ここで男はなんと結婚し子供までもうける、一人娘のそれはそれは可愛いことと言ったら・・・・

ここまでもとても面白い。
男の置かれているこのわけのわからない状況、というのが夢物語のようで、それでいて実感があり、最初と最後しかない列車とか、高いところから見ても先の方には森以外何もないとか、鉱物の出現具合とか、美味しいコーヒーを飲ませてくれるお店とか。
心温まる物語になっている。

ところが、途中からこの話一変する。
男がいる場所が、単純に彼の夢物語でも幻想でもなく、いきなりSFの展開になっている。
彼の外側では地球がとんでもないことになっていて・・・
ここでようやく、ああ・・・こういうことでこのサラリーマンはここにいるんだ、というのがわかってくる。
同時に、この人は元の場所に戻りたくないだろうなあ・・・人類の命がかかっていようといまいと嫌だろうなあ・・・というのもひしひしと伝わってくる。

・・・・
最初のサラリーマンの話から一転して次は二人の中学生の男女の物語になる。
これも独立して青春物語として美しい。
朝走る二人の男子中学生と女子中学生の何気ない会話、そこから生まれる友情、ほのかに女子の方が感じている初恋のにおい、このあたりがよく描けている。
一見するとこの話は最初の話と繋がりがないように見えるのだが、ここから今度は地球側のブーニーという生物(生物でもないのだが)の怖さがわかるし、どんなに破壊的かというのが目に見えて分かってくる。
だからこそ、1の話の中で、なんとかブーニー退治をしてほしいという話が出たんだ、と納得する。

ブーニーへの耐性が人によって違うという設定もまた面白いし惹きつけられる。
女子中学生のせいこがたまたま高い耐性を持っていたためにここから話がまた広がっていく・・・

設定に無理が見られずどの設定も割合すんなり受け入れられる。
こんなに荒唐無稽なのに、ばかばかしいと思わず読めたのは、きちんとしたバックグラウンドを作って話を進めているからだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・
後半からラストに至るところがやや惜しい、と思った。
特にラスト、このまま夢を見させてあげたかった。

以下ネタバレ
以前この男の仮想世界で殺された人の仇討ちのように病院で殺されるとは・・・
あまりにあっけない死で・・・
2018.05.31 白墨人形



評価 4.8


最初の衝撃シーンから始まる。
ばらばら死体の頭部を誰がどこに持って行ったのか?
そしてそもそもこの死体は誰なのか?
頭部を持って行った人間は何のために持って行ったのか?

ここから1986年の少年の日々、と2016年の大人になった彼らの話がある一点まで交互に語られる。
全体に主人公の少年エディの視点で描かれている(ここは重要だと思った)

グロテスクな部分も随所に散見される。
楽しいはずの移動遊園地が一転するところなど圧巻だろう。

途中途中で、ええっという驚きもある。
チョークマンが出てくるたびに一体これは???とぞくっとする効果もある。
また少年時代から時を経た今の彼らの姿が描かれることで少年時代が一層鮮やかによみがえってくる。
更に、少年時代では子供だからわからなかった他人の家の事情、というのが大人になって見えてくるところがあり、そこも読ませるところだと思った。

1986年、少年のエディ(本名エド・アダムズ)は、医師の母と物書きの父との間に生まれ、特別裕福ではないが気の合う仲間と幸せな日々を送っていた。
彼らと過ごす秘密基地ごっこなどの遊びは心ときめかせたものだった。
ところがある日移動遊園地に行った時に出会ったワルツァー(メリーゴーランドのようなもの)衝撃的な事故から、エディの運命の歯車は別の方向に動いていく・・・



彼の仲間は女の子を含め4人いた。
・ニッキー・・・赤毛の少女で牧師の娘
・ファット・ギャヴ・・・太り気味の少年本名ギャヴィン、家は金持ち
・メタル・ミッキー・・・不良の兄ショーン・クーパーがいて歯列矯正をしている。本名ミッキー・クーパー
・ホッポ・・・貧しい母子家庭で、母親は清掃員をしている。本名デヴィッド・ホプキンズ

この子供達のその後(語り手のエディも含めて)が2016年で語られている。
そして途中まで冒頭の殺された少女が一体誰なのか、というのは明かされない。
どうやらこの事件に男の子たちがかかわっていたということはなんとなくわかってくる。
だから読者はある時点までそれは→途中まで全く話に出てこない仲間の少女ニッキーだったのか←という思いを持つことになる。

金持ちのファット・ギャブのお誕生日パーティー、皆の軽口と悪態つきの楽しさ、仲間が集まって行く森への憧れ、でもまだお母さんの羽の元から逃れられない少年たちの姿が瑞々しい。
そんな中にもこの町の実情は語られている。
貧富の差がありすぎる現実。
エディのお母さんが育てられない女性を助けるために堕胎していたのを反対するグループの過激さ。
エディの両親のやっていることの(収入格差もあるが)そこはかとない齟齬。
メタル・ミッキーのお兄さんのいじめの悪辣さ。
ホッポの家の乱雑さから見る彼の極限の貧しさ・・・またホッポの犬の毒殺死・・・
そしてラストまで語られていないのだが、どう見てもあっただろう、と思えるたった一人の少女ニッキーのある秘密・・・
ニッキーは父親の牧師に性的虐待を受けていたと想像できる。
肩の傷がある描写があるのと(おそらく押さえつけれた)、男の子と付き合うのを極端に牧師が敬遠させようとしていたのと、ニッキー本人が毛嫌いしていたので

でも子供時代の彼らは自分の事と遊びに夢中で他人のそんな状況にまでは目がいかない。
あるのは目の前にある事実だけだ。

・・・・・・・・・・・・
チョークで暗号を描いていくというアイディアを出したのは、ワルツァーの事故の時に知り合った色の白いアルビノの教師ミスター・ハローランだった。
ミスター・ハローランの描写が薄気味悪く、一種異形の人なのでどよんとした彼の感じがこちらに漂ってくる。
彼を慕っているエディは、ハローランがワルツァーの事故で半死半生になった女の子を助けた、またメタルミッキーの兄のあまりにひどい虐めから救ってれた、という事実を知っていて彼もまたそれに尽力したので、彼の価値をわかっている。
でも一方で、ハローランの家に行った時に、彼の描いた詳細な絵の中に、助けた女の子の絵とか亡くなった妹の絵を見つけることも同時にしている。
部屋の中にあったハローランの描いた絵、が後で読み返してみると、(ああ・・なるほどなあ・・・)と思うところだった。

一人一人色の違ったチョークマンを描くことによって暗号にした少年たち・・・
 
・・・・・・・・・・・・・
暗号のはずが誰かがそれを知って、あちこちにチョークマンが出現していく。
そんな折、エディを痛めつけようとしていたメタルミッキーの兄が池で溺れ死んだのだった。
また、ニッキーの父親の牧師が教会で何者かによって半死半生になりその周りにはチョークマンが所狭しと描かれている。
更にワルツァーで顔を傷めた少女が森で殺される事件がある。
一方現在の2016年のエディたちの元に、チョークとチョークマンが首つりをしている絵、がどこからか送られてくる。
チョークマンから逃れられない元少年たち・・・

・・・・・・・・・・・・・・・
途中の施設のおばあさんの預託のようなことがうまく物語に入り込んでいる。
これと、ハローランの言う言葉とが呼応して、エディの心に刺さっていく。
一方で、チョークマンの不気味さもまた光る、本来は笑えるようなチョークマンなのに・・・
ただ一方で盛り込みすぎか、話の内容が。
悪が誰かというのはすれた読者ならすぐにわかり、冒頭のばらばら死体の事もぼんやりと頭の中でわかってくる。
だから、衝撃度ということでは薄いと思う。


以下ネタバレ
・牧師は、
ワルツァーの事故に遭った女の子エリーサの隣にいた女の子ハナと密通していた。
ハナは警官の娘であり、妊娠してしまった。
警官は、おなかの子の父親が死んだショーン・クーパーだと思い込み、葬式に乗り込みひと騒動する。
しかし実際には、牧師が父親だった。
そしてハナが生んだ子供がクロエ。
彼女は、自分の異父姉妹のニッキーと住んだ後に、エディの元に来て住んでいた(2016年現在)

・教師ハローランは、事故に遭ったエリーサと愛し合っていた。
エリーサは森で殺される。
犯人はそののち自殺したはハローランであるという事で終わった。
しかし実際は
犯人は牧師。
なぜなら、エリーサが髪の毛の色を染めていたので、自分の子供を妊娠し産もうとしているハナを殺した、と薄暗がりの森の中で牧師は勘違いしてエリーサを殺したのだった。

・ミッキーが大人になって戻ってきてこの一連を本にすると言ってきた。
彼も池で死亡したが彼を殺したのはホッポ。
なぜなら、ミッキーを憎んでいたのと、ミッキーが運転するのを知って酒に薬を入れて運転を誤らせたのはホッポという事に気づいたから。
この事故の結果、ミッキーは大丈夫だったが、ファットギャブは半身不随になった、ミッキーはホッポにそれを彼に伝える、といったので殺した。
・ホッポの犬は、認知症になりかけていた母親が餌と間違えて毒を与えてしまったものだった。

・ラスト、エディの収集癖がここで機能している。
(この結末、そうだろうなあ・・・冒頭の場面、と思わせる描写がいくつもあった。
エディが極度な収集癖を持っていたこと、ワルツァーの子が半死半生になって飛んでくる前に彼女の美しさにうっとりしてたという事、教師ハローランの家で彼女の絵を見た時の反応・・・)

冒頭の少女の頭部を持って行ったのは、エディだった。
そしてそれをずうっと保管していた・・・

・髪の毛の色と体型が似ているから間違えて殺した、というのがちょっと弱い。
そしてそこに強烈な驚きがあるわけでもない。

・チョークマンの不気味さというのが途中まで機能しているように思えたが、途中でやや消えていったような気がした、多方面に罠が仕掛けてあるので、チョークマンが目立たなくなっているような気がした。
<多方面とは>
・大人になったファットギャブが半身不随になっていた
・大人になったミッキーの死
・語り手と暮らしていたのが、ニッキーの異父妹であり、つまりは牧師の子どもであった
・移動遊園地の遊具のすさまじい事故で顔を損傷した女生徒と教師との禁断の恋物語
それに伴う教師の自死と女生徒の不可解な死
・ミッキーの兄の死

・オタク的要素を持っていた語り手エディが最後に記した、かつての殺された少女の頭蓋骨を持っていたという事実




評価 4.8

敏腕でしかも仕事ができる女性弁護士アイゼンベルク。
彼女はシングルマザーで娘を育てている最中でもあった。
ある日彼女の元に奇妙なホームレスの少女がやってくる。
彼女が言うには、自分の友人のホームレスが無実の罪で捕まっている・・・
最初歯牙にもかけなかったのだが・・・


ラヘル・アイゼンベルクという女性弁護士のキャラクターがなかなか強烈だ。
そもそも彼女と離婚した夫は諸々の事情により同じ弁護士事務所にいまだに勤めている。
夫は若い女性と不倫をしてラヘルと離婚しその若い女性と同居しているのだが・・・読んでいるうちに(ああ・・・これじゃあ、別れるのも無理はない・・・強すぎる、ラヘル・・・)とちょっと思ってしまったのだった。
ある時は感情に任せて事務員を解雇して、そのあとでやっぱりそれはなかったことに・・・
また、弁護士ではあるけれど汚いものは大嫌いだ。
このあたりの偏屈っぷりと強情さも彼女の持ち味の一つとはなっている。
でも読んでいると、元夫が限りなくいい人にもまた見えてくるのだ・・・

しかも依頼を受けた話の中で、ホームレスになっていたのはなんとラヘルの昔の恋人でかつては物理学者であったはずの男だったことが判明する。
なぜ彼がそこまで転落したのか・・というのも描かれている。
この時点で知っている人の犯行ということで辞退はないのか?
弁護士側だからないのか?

女性の殺害容疑で逮捕された元恋人のハイコ・ゲルラッハの無実を証明するために、ラヘルは動いていく。
しかもこの殺人が普通の殺人ではなく猟奇的殺人になっている、遺体の両手を切断し頭に釘で打ちつけたという事実が浮かび上がってくる。

・・・・・・・・・・
この小説、最初のところでラヘルが人里離れたところで、誰か犯人に粘着テープで縛られているという衝撃的シーンから始まる。
そして彼女の頭に去来するものは、奇妙なスタイルになっている死体の解剖所見であった・・・
このシーンを念頭に入れておくと、ラヘルが後半で何かのトラブルに巻き込まれたらしいというのが想像がつく。

あいだあいだに、レオノーラという見知らぬ車に追いかけられている子供連れの女性の話が挟み込まれている。
これが何を指すのか、また途中でレオノーラ達はある家に入れられるのだが、そこで何が行われているのかなかなか後半になるまで結びつかない。

ラヘルには一方で娘のザーシャがいて彼女も反抗期なのか、母親のいう事を聞かないのだ。
学校でもトラブルを起こすし、ラヘルの頭を家庭的なところでも悩まし続けさせている。

・・・・・・・・・・・・・・
二転三転する話で、そこここに驚きもあった。
法廷ものと思ったがそこはそれほどなく、どちらかというとエンタメ路線が非常に色濃く出た作品だと思う。
ややそこが色濃すぎる気もしたのだが・・・


最後の言葉が気になるので、この続きも読んでみたい。



評価 4.9

短歌にさほど興味がないのに読んだのは、作者が穂村弘だったからだ。
そして読んでとても面白かった。
この本、画期的ではないか。

というのも、何かの文章があってそれを『添削していい文章にする』、こちらの方がいいですよね、というのはよくある。
それがどちらかというと普通だ。
でもこの本は、逆で『改悪例』を出して、前の短歌と比べてほら悪くなったでしょだから前の短歌はこういうところが優れているんですよ、という実に説得力のある説明が並んでいる。

大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってかわいい大きさ(元の歌)
大仏の前で並んで写真撮るわたしたちってとても小さい(改悪例)


灯の下に消しゴムのかすを集めつつ冬の雷短きを聞く(元の歌・河野裕子)
灯の下の文字に消しゴムをかけながら冬の雷短きを聞く(改悪例)
灯の下に鉛筆の文字を記しつつ冬の雷短きを聞く(改悪例)


改悪例では、誰もが普通に考えそうな短歌の言葉選びが載っている。
ああ・・・わたしでもこちらの言葉を選びそうだ、というような一般的な言葉が並んでいる。
でもぐいっと人の心に刺さる、人の心に残る短歌というのは、ある言葉選びが非常に大事なんだなあという事がよく分かったのだった。
共感より、驚異。自由な表現とは何か。
そこまで考えさせてくれる短歌入門の本であった。


評価 4.9


私はかつて読んだこちら

で読んだのだが・・・

ドラマ化されるというので、その前におさらいと思って読んでみた。
この話、頭が非常によく自由闊達で美人の女の子、しかも大学を優等で出ているのにもかかわらず研究職とかではなく自分の気持ちで家政婦のようなことをして、なくてはならない存在になっている、ルーシーという若い女性が大きな大きなポイントとなっている。
彼女に惹かれる男性はこの中で多く、なんと当主の爺様までよろめいている(爺様、分をわきまえろ!!)
だからマープルものではあるけれど、ルーシーありき、のミステリなんだと思う。

出だしが非常に魅力的だ。
松本清張の小説にでもありそうな場面で、

『二つの列車がすれ違う。
その一方の列車に老婦人が乗っている。
うとうとしていて、目を開け、ふとすれ違う列車を見ると、その車内で、一人の男が女の首をのしかかって絞め殺している』

というものだ。
老婦人の狼狽たるや・・・しかも老婦人という設定がお見事だ。
これが若者だったら皆すぐに信じてくれただろうが、老婦人なので、どうも周りの人も?という感じで信じてくれない。
しかも彼女はミステリを直前に読んでいるのがわかってしまう。
どう考えても、うとうとしてそれで刺激された幻想、もしくは夢なんじゃないか?と疑われるのももっともだ。

マープルの友達だったので、マープルに憤懣やるかたないこの気持ちを老婦人はぶつける。
そしてマープルはこの人の言っていることをほぼ信じるのだった。
なぜなら、この人がぼけてもいないし、嘘をつく人でもないし、夢見がちな人でもない現実的な人だったから。

・・・・・・・・・・・・・・
マープルが送り込んだのがルーシーだった。
その列車が通りかかるあるお屋敷に・・・・

そこにはすべてのお金に執着を持つ当主が病気と言って(実はたいした病気でもない)ベッドにいた。
そしてお金のない息子たちもうろうろしている。
加えて、長男は戦死したらしいが、実は子供がいたのではないかという疑惑まで途中で持ち上がってくる。

・・・・
相続争いの話、であるのだが・・・
正直、誰が犯人か、というのがわかった時に、おおっという驚きは少ない。
第一弾の殺人があり、その後第二の殺人があり・・・第二の殺人は、ぼんやりその人がもしかして犯人では?と思っていた人だったので、そこで多少は驚いたのだが・・・
それよりも、そこに至る過程であちこち行くのが面白い。
また、何よりも殺された女性が一体全体誰だったのか?(これが犯人に繋がるのは言うまでもなく)という謎も最後まで引っ張っていってくれる。
恋愛模様として、ルーシーが二人のうちのどちらを選ぶか、というのも最後までわからないのでそこをあれこれ推理するのもまた楽しい作品だった。

以下ネタバレ

・妻が医者に実はいた、という驚きがある。
石棺に入れられたいたのは、妻。
莫大な財産を持つ屋敷の女性と結婚するために、妻は医師にとって不必要になっていたのだ。
カレーに入っていると思わせて、その前の飲み物にヒ素を入れたという細工ができる人。

・絞め殺していた人の後姿、を見た列車の中の老婦人が
同じような場面を見て犯人はこの人だ、というのは、絵としては成り立つけれど
これでいいの?みたいな気持ちもまた湧き上がってくる。
もしかして同じような体つきの男性だっているかもしれないのだから。

・最後、ルーシー嬢がどちらの男性を選んだか、という事に関しては、
私は

そうあってほしいなあと思うのが、ブライアン。
子供がルーシーにほのめかしているし認めているから。
子供のためにもそうあってほしい。
が、同時にこの子供に言われた時に、ルーシーは困惑もしている。
セドリックに心惹かれているからこそ困惑しているのか、という見方もできる。

だが、またブライアンが犯人かもしれないという時にとても動揺しているルーシーもまたいる。
どちらなんだろうか・・・



評価 4.5

いつもの詠美お姉さんといった感じのいい女指南本。
というと軽い物っぽいけれど、語り口は軽いのだが結構まともなことを言っている。
ちょっと、熱血ポンちゃんシリーズの味わいがある。
それにしても山田詠美はエッセイも小説もうまいなあ・・・作家になるべくしてなった人の一人だなあ・・・と改めて思った。

前向きシンドロームの一篇なんて、前向きでいなくてはいけないというのに対して、辛辣な一言を放ってる。
一点堅気じゃない主義も笑いながらそうだなあ・・・と思って読んでいた。
森瑤子さんの話が久々に聞けたのも嬉しかった。

いつまでたっても憧れの人、だ。



評価 4.5

たまーにぶたぶたエキスがほしくなる時がある、主に疲れている時に。
荒唐無稽と言えば荒唐無稽で、なことあるはずがない!!という気持ちになればそれまでの話だが、ぶたぶたシリーズを読んでいると、(もしかしてぬいぐるみも生きているかも?)(もしかして山崎ぶたぶたさんがいるかも?)とか思えてしまう時がある。


ぶたぶたさんとはぬいぐるみだが生きている。
今回はラジオに呼ばれた本屋のぶたぶたさんが、ぶたぶたさんのお悩み相談といったところで答えを出してくれる。

この話の面白いところは、
最初ぎょっとするのだ、知らない人は。
なんせぬいぐるみのちっこいのがしゃべってもぐもぐ鼻の下のあたり(口だろう)を動かすのだから。
え?と思う当然の反応がある。
でも知っている人達はそれを受け入れている。
ばかりか、ぶたぶたさんはとりあえず中年男性という設定であり、しかも人間の奥さんと人間の子供たちがいる!

ぬいぐるみと思って侮っていると、意外に彼からは渋い答えが返ってくる、極めて真っ当な渋い答えが。

・・・・
失敗した、と思ったのは、これってぶたぶたの本屋さんの後の作品だったので、そちらを先に読むべきだった・・・
今回もぶたぶたさんにほんわかしながら本を閉じたのだった。
私の体の中にぶたぶたエキス満杯!
2018.02.23 肺都


評価 5

面白い!!
三部作本当に楽しませてもらった!!
この本、絵も大きな要素になっている。
章ごとに現れる暗い絵が一体何を示しているのかというのも興味があるし、また語っている人がどういう人かというのもわかって大変楽しい。なんてへんてこな愛すべき絵なんだろう。
見開きのロンドンの地図とか家系図とかもじっくり見たけれどここも堪能できた。

クロッドとルーシーの行方がただただ気になっていたし、その後はどうしたのか?と思っていたのだが・・・
三部までついてきて良かった・・・

・・・・・・・・・・

今回は、堆塵館がなくなってしまったので、ロンドンの一つの家に固まって雌伏しているアイアマンガー一族たちの物語だ。
特に、クロッド!!!
恋した相手ルーシーの喪失に呆然となっているクロッドの姿が痛々しい。
呆然となりながら、物を破壊していくすさまじさを発揮するクロッドの新たなる力も大いに見せてくれる。

この中で、後半ルーシーがまたぴちぴちの生き生きした女の子で登場してくれるのが本当に待ち遠しかった。
元気なルーシー、めげることのないルーシー。
彼女のたくましい生き方には目を見張るものがある。
今回は生き残った子供たちの頭領になりなんとか警察から追われいてる自分たちを生き延びさせる戦いを挑むのだ。
(このあたり、ロンドンだし、ホームズの手伝いをしてくれるベイカー街遊撃隊の子供たちのようではないか!)
そしてその間にも愛するクロッドを探していくという作業もいとわない。
クロッドの方も読んでいるので、ルーシーとクロッドが互いに求めあいながら、なかなか出会えないのが本当にもどかしいしいとおしい。

一方でアイアマンガー一族は、ロンドンを決してロンドンとは認めない。
LondonをLundonとし(lunが肺なのでタイトルを肺都としたのだと思うが言い得て妙!)都市を暗闇に包む。
ばかりか、人をどんどん『物』に変えていく。
この話、コレクター魂を刺激する、物の物語でもあると思った。
何しろ、次から次へと物が出てくるのだ・・・

口から黒いものを出して世界を闇に包んでしまう力を持つ女性・・・
この造形も非常に面白く読んだ。
これは物語だけれどこういう瞬間って本当に世の中にはあるのではないかとまで思った、戦争の前とかに。
世界が闇に包まれる瞬間、というのが絶対に絶対にあるだろう、いつの戦争の前にも。

・・・・・・・・・
一方で、クロッドのいいなづけのピナリッピーもなんとか愛されようとして涙ぐましい。
しかも、相手の乳首をつまむ技(?)を持っていてここも笑える。

また階級意識というのも読んでいてとても感じたことの一つだった。
必ず召使がいて上の者はそこに対して横柄ですらある。
それがまた許される世界だ。
アイアマンガーは一般の人間からさげすまれているが、じゃあアイアマンガーの世界は全部平等化というとそうではなくここにもまたれっきとした上下関係があったのだった。

全てが集約されて大団円を迎える第三巻。
壮大な冒険物語ともいえるし、壮大なダークファンタジーともいえるだろう。



評価 4.9

このミステリ、ハティが『大人の女性であったなら』かなり印象の違った小説になるだろうとまず思った。
ハティはまだ高校生であり、ちょっとした才能は見られるものの(特に演技面で)まだ海の物とも山の物とも知れず、幼いのだ。
自分では同級生よりかなり上をいっていると思っているが読んでいると幼さがそここに隠れ見える。
一方で、ハティを指導する学校の先生は大人だ。
この対比がまずあることに注目したい。
もしハティが大人の女性であったら、この話、悪女物に分類されるのだろう。
なぜなら、ハティは誘惑しているから。
誘惑を拒絶しても拒絶しても迫ってくるから。
これが、『自意識の高い無知な女子高校生』がやるからこそ、悪女ではなく、悪女ぶった背伸びした女の子、の姿になるのだと思う。


両親のハティへの思い、同級生の男の子が彼女にしたいと思うハティへの思い、国語教師ピーター、保安官デルの視点も入り乱れ、それぞれの思いが交錯する。
ハティは死んでしまった、誰かに殺された、というのは最初の方ですぐにわかる。
ではなぜハティは殺されるまでの気持ちを誰かに駆り立てさせたのか。
ハティの生前の生き方というようなものも描かれていく。
またそれぞれの人の家の内情というようなものも(特に教師のピーター)晒されていく。
ピーターの家は、義理の母との確執で巧くいっていた妻との関係もピリオドを打つ寸前になっていた。この描写もまたすさまじく、ピーターが追い詰められていくというのもまた痛いほどわかるのだ。

・・・・・・・・・・・・・・
読み終わった後、(私もハティの部分があったなあ)と学生時代を思い出した。
私のみならず、多くの女の子がハティだった時を持っているだろう。
傲慢でちょっと人より秀でていると自負していて、周りが子供だと思っていて、でも何者でもなく、尖がっていた時期があっただろう。
そう思うと、ハティは演技というのを実生活にも持ち込んでいた。
そのあたりも読んでいくと、両親から見たハティの姿、女友達から見たハティの姿、教師ピーターから見たハティの姿、とくるくるめざましく変わっていくのがわかる。

演技の才能があり、他の高校生とは違った雰囲気をまとった少女ハティ。
彼女は廃屋で死体となった。
シェイクスピアの劇の後に何者かに殺害されたのだった。
いつも明るかった人気者のハティに何が起こったのだろう。


ザッツ青春という感じのハティが非常によく描かれていた。
そして背伸びをしようとする彼女の姿も、こんな田舎町では終わりたくなく都会に出て女優になりたいという彼女の願望もまた見事に描かれている。
誰が殺したという興味よりも、ハティのリアルな姿に目を奪われた。
また、劇のマクベスが大いにモチーフになっている。
このあたりの皮肉さもきいていたと思ったのだった。



評価 4.5

私の好みの海外の本と被る部分がとてもある本たち、というので連載当初からずうっと追っていた。
今回一冊の本になるというので読んでみた。
そしてやはり好みはかぶっている、取り上げられている本が読んでいる本が多いのだ。
ブエノスアイレス食堂、本泥棒、料理人・・・
日本の本は読んでいないのがあるので、そこは興味をひかれて読んでみたいと思ったものだった。

あるテーマに向けて書かれている。
ある時には、事件のその後、であり、ある時には辞書を編む人々、であり。
たまに、本当の偏愛本もあるけれど、そのテーマくくりというのが基本になっている。
読んでいて、感想が違う本もあるし、全く同じ本もあるしそれはそれで面白い。

ただ・・・
いかがなものだろう・・・ペットロスはおおいにわかるものの・・・
それの部分を収めるために他の部分を削ったのだろうか?(読み違いだったら申し訳ない、あとがきでそういう風に読み取れた)
あと・・・この悲しみは著者個人の悲しみであるので、そこを書評集に書くと言うのはいかがなものか。
これは書評集であってエッセイ集ではないのだから。

私は冷たいんだろうか。