2017.11.22


評価 5(飛び抜け)

ちょっと必要があって読み直してみた。
それで、この話、思い切り大人の話、だと思った、諦観が溢れ出ている話だから。
昔から三部作の中でも好きな話の方であったけれど、今読み返してみると、自分が猛烈に好きなんだ!というのがよくわかった。それは私が年をとったからだ、と思う。
希望に溢れている鼻息も荒い10代の頃は、どこかに強くは惹かれるけれど、でもこの真の味みたいのはわからなかった(と思う)。
そして全てを知って読んでいると、この小説、非常に巧みなミステリ仕立てにもなっているのだ。
一方で現代だったらあり得ないだろうなあ・・・という関係性が根幹になっているので、そこはややこの時代、を考えないと理解しがたいかもしれない。

(以下話の筋に完全に触れます)

・・・・
まず最初、縁側の場面から始まる、ここが実に実に印象深い。
近いという字の近がどういう字か、とのんびり妻に聞く夫がいて、それに物差しで近の字を書いて見せる妻がいて、夫婦のさりげない会話がある。
その字がへんてこに見えてこないか?と聞く夫がいて、妻がそんなことはない、と答えている。
今だったら、それはゲシュタルト崩壊ですよ!と何人もの人が突っ込むところだろうが、妻はさりげなくまさか、と答えている。
妻の言葉も会話に出てくるのだが、今読むとこれがわかりにくいけれど、当時の女学生言葉が使われている。
だから妻は女学生のような雰囲気の妻なんだなあ~ということもわかる。
あと、よくわからない佐伯さんというのが出てきてそこにどうやら夫が行かなくてはならいないらしい。
とりあえず郵便を出すか、とそこものんきに夫が出ていく。
そうこうしている内に夫が出ていってそこに弟らしき学生の小六(ころく)がやってきて何やら佐伯さんのところに行ってほしいとせっついているのだ。

・・・・
さて。
ここまで読んで、一体全体佐伯さんって誰?
小六はなんでこんなに兄をせっつくの?行ってほしいって何なの?
そもそも宗助とお米という夫婦はどういう夫婦なの?
ここまでで宗助夫婦に子供はいなそうだが、子供はいないの?

という盛り沢山の疑問がむくむくと湧いてくる。
それ以上に、この夫婦、活気がないといえば活気がない。しかも住んでいるところが崖下って・・・
夫婦二人では話しているものの、他に客も来なければ誰かの所に行くこともない。
しかも、今読んでみると、うっすらとだけれど、お米と小六という二人の関係がちょっとどちらがどちらとは言えないが、思わせぶりがある、というのが見えてくる。

・・・・
この夫婦の成り立ちというのが出てくるのって、かなり後だ。
そこまで崖上の宗助夫婦とは対照的な大家さん一家(子沢山で裕福で闊達な夫)とか、そこに入った泥棒の一件で大家さんと宗助が親しくなったとか、お米が活躍した古い屏風を買ってもらう算段とか(この部分好きで、目に浮かぶ)、それをまた大家さんが買った話とか、が繋がっていく。
比較的すぐにわかるのが、佐伯というのは叔父さんで、お父さんの遺産をいわば食い潰した男、で、本来なら宗助怒るの巻があってもよさそうだが、ここもまた諦観の人、なのだ、宗助は。
わけのわからない叔母さんの(叔父さんは死んでしまったので)言い訳を聞いている宗助を見ると、戦え!と思ったりする。
小六の気持ちがちょっとわかったりするが、でも小六も兄頼みでなくて戦えばいいじゃないかとも思ったりする。
途中で、元気のよい小六が宗助の若い頃と似ている、と記述されているけれど、小六も宗助も所詮いいところのボンボンなのだ。
だから人を激しく罵ったり戦ったりすることができないのかなあ・・・とここまででは思う。
また崖上の大家さん一家は、「もしかしたらあり得たかもしれない自分のもう一つの人生」と宗助が思うような人生だ。
お金に困らず働かなくても良いくらいにあり、奥さんもいて子供たちのにぎやかさに囲まれている。
話好きな大家さんと、口数の少ない宗助の対照がここでも際立っている。
ところどころで、子供がいないというのをお米が苦にしているらしい、ここではこの話はタブーらしいというのもわかってくる。
お米が具合が悪くなった経緯から、これがどういうことだったのか、というのはある程度分かってくる。
(子供の話の中で、お米が占い師に見てもらった話のエピソードもまた秀逸で、これも強烈に記憶に残る)

でもこの夫婦の諦観はこれだけじゃないのだ!

14章に入って怒涛の如く真実が明らかになってくる。
そしてこの14章からの畳みかけの文章が素晴らしいと思った。
ここまでも面白いには違いないのだが、疑問で頭がパンパンになっているところに、こうなんですよ、とお米と宗助の過去をつまびらかにしていくところが本当に読ませる。
お米と宗助は、元々友人の安井と暮らしていたお米がいて、安井の親友の宗助がいてという三人の友達だった。
でも最初にお米を見出して彼女を手中に収めたのは安井だった。
それを奪った宗助がいた。


この事件が起こるまでの宗助の学生時代が描かれているが、この闊達なことと言ったらどうだろう。
人と話すのが好きで、病気知らずで、どこにでも簡単に出かけて行って、気性はまっすぐで親にも愛されていて、しかもまだ父親が生きているので全くお金には不自由しない男だ。
きらきら光り輝いているような誰しも憧れるような男だ。

でも人の女を奪った、という一点でこの二人は日陰の暮らしを余儀なくされる。
(今だったら考えられない、三角関係の痴情のもつれは今でもあるとは思うけれど、人から指をさされ、学校までやめ、ましてや親から感動でお金ももらえなくなる、というのは現代ではほぼあり得ない。
更にもっと現代ではあり得ないと思ったのは、罪の意識というのを女を奪った安井に対して持つ、というところだ。
現代でも悪いとは思うだろう、けれどきっと年月の間にそれは忘れられて行って自分たちの生活に追われていくだろう。)
けれど、宗助夫婦は一生の負い目、として安井とのことを肝に銘じているのだ。
だから父から勘当同然になり、お金がストップされても、それを受け入れるしかない。

また大家さんのところに、偶然大家さんの弟の知り合いが来るというので誘われて、それが実は安井だったというのを知った時の宗助の狼狽っぷりも読みごたえがある。
決して決して妻にはこのことは語らない、最後まで語らないのだ、それは宗助の愛でもあり恐れでもあると思う。
そして妻にはそう言わず、山門をくぐり、禅寺で修行をしようとまでする宗助の動揺ぶりの描写も見事だ。
結果悟りは開かなかったのだが、彼の最後の場面は、また縁側での夫婦の会話で終わる。

・・・・
一生をかけて償っていく夫婦の姿、落としたものなくしたものはあまりに大きいのだが二人ともその大きさには触れない、決して。
安井の名も出さない、ある時を境として。
ひっそりと生きていく諦観に満ち満ちた二人の姿が心に刻み付けられる。

愛情って何だろう?という思いにもとらわれる。
愛していたのだからこそ結婚した夫婦がいて、でもそれは思っていたのとは違った静かすぎる生活であった・・・しかも生活が困難な時代すらあった、あれだけ良い暮らしをしていた宗助なのに。
夫婦の仲は良い、良いがさざなみは静かにこの夫婦の周りに起こっている、それはお米の急な病気だとか(この時の宗助のうろたえ方描写も好き)、自分の管理しきれなかった父の財産の事、そこから波及する弟の学費工面の問題、そして極めつけは、思ってもみなかったところに登場する安井本人の影・・・
一生この夫婦は静かに暮らしていけたんだろうか?
一瞬たりとも破綻のにおいはしなかったのだろうか?
もしかして崖上の大家さんの人生は自分の人生だったかもしれない、と宗助が思う時点で、後悔の多い人生というのを認識しているのだろうか?

私が今とても分かるなあと思ったのは、『宗助夫婦が静かに諦観をもって生きていること』の部分だ。
私が若い時に、この部分がわかるようなわからないような、何でもっと活気をもって生きないのか!と思ったものだった。
誰か友達を連れてくる。
誰かの家に行く。
皆で遊ぶ。
夫婦二人で思い切り羽目を外す。
この夫婦は全てこういう事を投げうって、隠者のような生活をしている、しかも昔とはいえ東京の暮らしの中での隠者だ。
この部分が、年齢を経て読むと、こういう生き方もあるなあ・・・と思えてくる部分なのだった。
ひっそりと生きる。
その小さなさざなみの起こる生活の中で自分を見つめていく。
宗助夫婦は自分達の引き起こしたことに罪の意識を思い切り感じてそこからこういう生活に入っていっているわけだが、それでも二人の生活は綿々と続いている。
この生活もまたあり、なんじゃないか。
今の私はそう思えてきて仕方がないのだ。

同時に、この生活、彼らが50代、いや40代ならまだしもわかるのだが・・・ということもまた思ったのだった。
隠者は何歳でも隠者になりえるわけなのだ。


評価 5

この小説、単行本の時に話題になったのだろうか?
私は見過ごしていた、きっとなったのだろうが・・・(調べてないのでわからないが)

とても面白い。
読んでいてわくわくするし、文章も好みだし、タイトルにもなっている戯曲マクベスの使い方も絶妙だ。
物語全体を見てみると、多少、作り物めいたところ(偶然が過ぎるところ、多少古めかしい感じが否めない描写、あり得ないだろう、という現実の展開、突っ込みどころ満載の女性への気持ちetc)もあるがそれすら瑕にはならず、逆に物語全体の虚実入り混じった雰囲気を上げている、元々が、マクベスを土台にしている物語なのだから余計にその効果はあるのだ。。
これは、会社小説でもあるので、もしかして私の苦手な方面のお仕事系の済小説が入ってくる話かなあ・・・と思っていた(その側面もおおいにあるのだが)
通読してみれば、これは恋愛小説であり強烈な青春への惜別という物語であると感じた。そして犯罪小説でもあり、ハードボイルドの要素もまたある。
また、人によってどの部分に重きを置いて読むかというのが変わってくるのがこの小説だと思う。

・・・・
38歳の中井優一は、IT企業のJプロトコルに勤務している。
そして東南アジアを中心に暗号化された交通ICカードの販売に携わっていて、東南アジアで活躍している。
勢い、東南アジアの事情には精通していて、高校時代の友人伴浩輔と会社で再会し彼と一緒にバンコクでの商談を成功させる・・・


前半ではこの中井優一が非常に会社で有能な人間で、とんとん拍子と言ってもいいくらいに出世して行っているのがわかる。
38歳にして副部長であり、社内的には左遷でありペーパーカンパニーの要素を持っていても、その代表になれるのだから。


食べ物描写(飲み物描写)も非常に魅力的でおいしそうだ。
中井のお気に入りで何度も何度も出てくるキューバ・リブレ((コークとラムのコークをダイエットコークにしたフェイク・リバティ、
伴が執拗なまでに食べてはまっている雲吞麺、
マカオのポルトガルのレストランで素手で豪快に食べるアフリカンチキン、
サイゴン駅前でおじさんが普通に売っているとてもおいしいヤシの実ジュース、
とその街の風が匂い立ってくるような描写とともに食べ物が語られていく。
何かがあればラムとダイエットコークを手にしている中井がいて、雲吞麺に向かう伴がいる。

商談をまとめて帰宅の途上で寄った、マカオの娼婦からマクベスの魔女同様のご託宣を得る中井の姿がある。
「あなたは、王として旅を続けなくてはならない。」と。


中井の親友が伴浩輔であり、高校時代に学校の教師が名前から連想してマクベスのバンコーだと指摘されているのが回想で出てくる。
高校時代、鍋島冬香という女子にほのかな思いを寄せていたというのもここでエピソードとともに甘い思いを持ちながら紹介されているのだ。
一度たりとも忘れたことのない鍋島冬香。
どんな女性と付き合っていても忘れたことのない彼女とは何もなかった(付き合ったこともなかったのに)のに、心に常に留めている中井の姿がある。

このあと、中井は仕事を大成功したのに社内的には左遷させられるという出来事が起こる(社長とはいえ)。
二年先輩の元上司である由起子との付き合いもあり、彼女からその左遷の情報を手に入れる中井。
中井のいた会社には様々な側面があった・・・
このあたりは会社小説の側面が大いにある。

このあと、高校時代にほのかに思いを寄せていた鍋島との繋がりが思いもかけないところで登場してくるのだ。
そしてこのあとの展開で、決して普通の現実の会社では起こりえない事件が引き起こされていく。
常に常にマクベスの予言に引きずり回されている中井の姿が心に残る、自分が王として旅を続けるという予言に。
またこれに伴い、伴がマクベスのバンコーであるという思いも拭いきれない。
現実とマクベスの物語が錯綜し中井の行動のあちこちに影響し始める部分が非常に読ませたのだった。

積み木カレンダーの秘密とかこのあたりも細部だけれどとても面白い。
また某人と出会う箇所も、亡命しているある国の人ということなのだが、ここもまた現実とリンクしてある特定の人を想像したりする。
またパスポート偽造などで、実際には今度は中井自身が亡命するということになってくるのもスリリングだ。

中井と伴を見ると、一見伴の方が豪快だし仕事においても有能なように見える。
そしてスポーツ万能で人からの信任も厚く優秀な伴は高校時代に光っていた。
しかし。
伴が中井のことを評してこう言っている。
「中井には誰かを羨ましいと思う感情が欠けているんだよ。
だからおまえは恐ろしい。
俺はおまえが怖くて虚勢を張っているだけだ」
名台詞ではないか、これは。

マクベス、が土台になっているので、結末は予測できる、滅びに向かっているのだろうなあと。
最後の一行で小さな満足の溜息をついて本を閉じたのだった。

ネタバレ付記
シェイクスピアのマクベス
・かねてから、心の底では王位を望んでいたスコットランドの武将マクベスは、荒野で出会った三人の魔女の奇怪な予言と激しく意志的な夫人の教唆により野心を実行に移していく。王ダンカンを自分の城で暗殺し王位を奪ったマクベスは、その王位を失うことへの不安から次々と血に染まった手で罪を重ねていく……(新潮文庫紹介から)

マクベスは魔女たちからはいずれ王になるお方という予言を受ける(これが中井がマカオの娼婦から言われた王は旅を続けるという予言に繋がる)
疑心暗鬼になった王マクベス(中井優一)は、戦友のバンクォーまで殺してしまう(これが伴浩輔に繋がる)
王マクベスはかつての家臣に命を奪われる。

・後半、中井自身が殺人者になるという展開に度肝抜かれた。
しかも彼は亡命者になり外の世界にもう出られなくなってしまうのだ・・・

・鍋島冬香がどこに出てくるかと思っていたがこのような登場とは!
最初から見えていたのだ、彼女は。
彼女が整形をしたという時点で、近くにいる森川が鍋島冬香と気づくべきだった・・・
2017.07.10 ミツハの一族


評価 4.6

これってあれ?あれ?あれ??
いくら鈍い私でも、あれ?と思った。
そして解説を読んでやっぱり!あれ。
だって・・・一章の終わりから二章にかけ、そして最終章に至るまであれで満ちている・・・
最後、ひどすぎやしないか・・・

かつての北海道の地に
未練を残して死んだ者は鬼になり、生活の基盤である水を濁す。
その鬼を見て、その未練を想像する役目を持つ人間が集落にいる。
まず見てその様子を語るのが、八尾一族の水守、水守は、昼は目を開けられず夜になってようやく見ることができる。
そして鳥目役は昼間しか世の中を見ることができないが、彼が水守のいったことを分析して、未練を考える。


黒目がちの鳥目役の八尾清次郎が主人公となっている。
彼はH帝国大学で学ぶ医学生だが、水が濁ったことによってたびたび故郷から呼び戻される。

不可思議な水守と鳥目役の関係が目を引く。
どちらも目に一種の障害があるので、昼に目を開けるものと、夜に目を開けるもの、ということで二人の接点がほぼないのだ。
それでも二人の苦悩というのはそれぞれにあるので、なんとなく二人は理解しあっている。
強烈に美しい水守に徐々に惹かれていく清次郎の止まらない気持ちというのが切ない。
それぞれの未練、というのは、それほど大きなものではない、謎として。
でもその未練が鬼に自分をしてしまったというのが痛いほどわかる。

ラストもまた切ないし残酷だ。

以下ネタバレ

これはBL?
水守が一章で女であると思っていたら男だった、という驚愕事実がある。
それでもなお、彼(彼女)に惹かれ続ける清次郎。
最後その気持ちの未練ゆえに、事故で死んだ清次郎の霊は鬼になってしまった・・・


評価 5

とても面白かった。
童話?ちょっと苦いところのあるメルヘン?
いわゆる寓話、だと思うけれど、難しく考えなくても話として面白い。
人間の二面性ということですぐにジキルとハイド氏を思ったが、全くアプローチは違っている。

ぼく、が語り手であって、ぼくの叔父さんメダルド子爵がトルコ軍との戦争に行く。
そこで砲弾にあたり、左右まっぷたつに吹き飛ばされる。
そのうち、奇跡的に助かった部分が右半分。
右半分は悪の部分であった・・・


奇想天外なストーリーと言っていいだろう。
くっきり悪と善が分かれていて、しかも体が割れてしまっているのだから。
体半分が悪で満たされていて、それが前半は悪の限りを尽くす・・・
面白くない物語になるかもしれないスレスレのところを書き込んでいる。
とりあえず半分でも子爵は子爵なので、彼の言うことは絶対であり、しかも彼の言うことはどうも戦争以後理不尽で残虐なことが多い。
それに領民たちは気づいているものの、どうしようもない、手をこまねいているだけだ、何しろ子爵なのだから。
とりあえずは偉い人なのだから。

また、らい病患者の村というのが描かれている。
ここは隔離されていて、皆が半狂乱のような放埓な生活を送っている彼らであり、そしてそれはそれで成り立っている村でもある。
悪の子爵は自分の乳母を病でもないのにここに送り込む、という蛮行まで行っている。
この村も話の中で一つの重要な場所になっている。
なぜなら、後半で・・・

村の中にも、おかしい、悪いことばかりやってるじゃないかと思っている人もいる。
甥である「ぼく」もびくつきながらも、彼に見つからないように見つからないようにと腰をかがめている。
悪の右部分は、半分の癖に、ある少女を自分の妻にしたいと思った。
この少女、なかなか馬鹿じゃないのだ、読んでいて、ここがとても重要なところだと思った。
両親が、悪の方でも子爵なのだから!結婚した方がいい!!と乗り気なのだが、少女は彼の悪の部分を懸念している。
そこはしっかりわかっている少女、なのだ。

・・・
この話、後半になって、今度は左半分が実は生きていて、善になって戻ってきているというのがわかる。
ここで右半分悪と、左半分善が勢ぞろいするわけだ。
善はそれこそ善をしようとしている、ありがたい、と思っている人たちの姿もあるのだが、らい病患者の村に行ってその放埓さを改めようと呼びかけるに至って、彼は疎まれる(ここが非常に面白い)
善は善を成しているだけなのに、と、納得がいかないだろう。
ここに、複雑な普通の人間の感情が見えてくるのだ、善のみでは物事の本質は見えず物事ははかどらず、また悪のみでは悪政になるという真実があるのだ。

最後、両方と結婚を受け入れる約束をした少女が大きなことを成し遂げる。
無垢の少女の勝利、ともいえよう。


評価 5


とても面白く読んだ。
この対談集、騎士団長殺しを特に読んだ後だとさらに興味深く感じるだろう。
ここに対する言及が多いので、読んだばかりだと、あ!なるほど!と思うところが多かったからだ。
また別作品にも話が及んでいるので、そこもぐいぐい読めたのだった。

川上未映子のインタビューってどういう感じなのか知らなかったのだが、村上春樹の本を読みこんでの質問だし(よく勉強している!)、かといって過剰にのめり込みすぎてもいないし、もってまわったインタビューでもないし、決めつけもないし、このスタンスは好感が持てた。
村上春樹も答えやすかったと思う、このインタビューなら。
時に笑いながら(笑ったのは、プラトンのイデアなどを川上未映子が必死に読んできたのにという部分)読んだのだが、率直に知らないことは知らないと村上春樹も語っている。

彼の自分の作品を忘れているのも発言を忘れているのも、すごいことだなあと逆に思ったりした。
なんだかどちらが作者かわからなくなってるじゃないか!(それほど川上未映子は読み込んでいる)
毎日10枚のペースで書くということ
天職と自ら言っているということ
戯曲よりも何よりも小説が自分に会っているんだということ
そしていろいろなところで語られている、地下室のまた下の地下室の話(ここも川上未映子の絵が光る)のこと
特徴的な比喩の出方のこと(決して比喩帳があるわけではない・・・)
日本近代文学のこと
日本文壇のこと
どうやって世界に羽ばたいていったのかということ・・・・


村上春樹よくぞここまで語った、と思った。
これを読んで、もっと自由に村上春樹を読んでいいのだなあ・・・と改めて思ったのだった。
解釈はそれぞれ、受け止め方もそれぞれ、という単純なことを思い知ったのだった。
洞窟の中で語り部がとびっきり面白い物語を語る、それを純粋に楽しもうと思った。

騎士団長殺しで、まりえが主人公の男の人に、胸のことを相談するのが私は読んだ時に違和感があったのだが(思春期の娘が男の人に相談する?)、村上春樹の言葉ですごくここは落ちたのだった(244ページ)
いわく彼を男として見ていないと。
だからこそ二人の会話は内面的で思念的な会話になるのだと。
そしてまりえがそういう関係の持てる人をずうっと求めていたのだと。
12歳ぐらいの女の子が安心して胸のことを話せる相手、だと。

またまりえがワードローブに隠れている部分の話もとても興味深かった。
一体あれは何だろう?と思っていたから。



評価 5

好みあるだろうと思う、挿絵部分については。
私はとても良いと思ったけれど、自分の思いとは違う挿絵に、え、と思う人もいるだろう。
けれど、このセレクションのすばらしさを評価したい。
それぞれ有名な作家だけれど、選ぶのはマイナーな作品だ。そしてどれもぐっと面白い。
岡本かの子に始まって、川端康成で終わる楽しさがある。

この中で、快走、は含み笑いをもって読み終えた。
きっと今の女子だってジョギングしているよ、の時代では何のことやら?なのだろうが、書かれた当時の状況を考えると、こんな風に走るということ一つとってみても不自由な思いで走っていたし、こっそり走っていたのだろう。
弾けるような娘の若さがありそれを持て余して走るとすっきりするという発想の豊かさよ!
最後の両親の言葉までふくっと微笑める作品だ。

葱、は、この情景そっくりではないけれど極めて似た状況ってあるなあ・・・こういうことって、とかなり激しく思った。
夢を見たい。
だけど現実もある。
人間は生きていかなければならない。
そしてこのお君さんは夢心地のデートの最中に安い葱を見つけて何のためらいもなく買ってしまうのだ。
誘った田中君のがっかりした感じが伝わってきた。

地唄はいかにも有吉佐和子的、な短編だ。
芸事の道にいる父娘がそれぞれの思いをなかなかうまく伝えられない。
父が最後に取った行動が光る。

表題作の耳瓔珞も、またきわめて円地文子らしい話だ。
体の病気で夫に見捨てられてしまう滝子、死口という言葉が生々しくこちらに迫ってくる。
そしてそれだけではなく、夫には触れられない滝子の女心の揺れ、のようなものが描かれている。
最初は、高梨画伯から、そして後半は滝子が誘いをかけうぶな男をどぎまぎさせる次郎さんの躊躇いまでが流れるように描写されているのだ。

神、います、は短いけれどものすごい作品だと思った。
最初の方で温泉場(どうやら混浴らしい)で、妻の幼い体を洗っている夫が艶めかしい。
と思ったら、この状況がなぜ起こっているかというのが徐々にわかってくる。
妻は手足が動かせない病なのだ。
そしてさらに驚くことに、この情景を見ている鳥屋という男性が、妻を知っているそれも少女のころに傷つけた女性だったということに気づくのだった。
その内容はわからない、書かれていないから。
けれど、一気にここに持ってくる面白さがミステリのようだ。
そして鳥屋の気持ちがあちこちにさまよっていく・・・このあたりが、もう鳥屋が身勝手な解釈をして、神、います、まで思っていくというところに鳥屋の人間性が見えるような気がした。
これって勝手な理屈なのだ、鳥屋の(と私は思う)

・・・・・・・・・・・・・・
桃のある風景(岡本かの子)/快走(岡本かの子)/葱(芥川龍之介)/むすめごころ(川端康成)/あばばばば(芥川龍之介)/地唄(有吉佐和子)/耳瓔珞(円地文子)/佐々木のおはるさん(白洲正子)/蛍(織田作之助)/神います(川端康成


『ミステリの形や手法をとった効果で読者の心に食い込む小説はたくさんある。
また精緻な作り物以上のものでなかったとしてもそれを生み出したのは人間だから、
優れたミステリの中には<人間という存在の面白さ>がみっしり詰まっていると考えている。』


評価 5(とびぬけ)


これまた連載時(日経新聞)から楽しみにしていて、早く一冊になれ!と思っていた本。
期待にたがわず、というかそれ以上で一冊を読んでみると、有栖川有栖の選んだ『ミステリ国の人々』の『らしさ』が際立っていた本だった。
読んでいてわくわくしていて、ミステリにいる住人と仲良くなった気すらしてきた。
ミステリガイドだけれど、大上段に構えたものではなく、それこそ初心者からちょっとうるさい熟練者まで魅了してくれる一冊だと思った。
しかも、いわゆる名探偵のみの列挙(前半でホームズ、後半でポワロとかクイーンは出てくるにせよ。助手、家族、被害者も出てくる)ではなく(そもそも、ミステリ国の名探偵、ではんくミステリ国の人々、なのだから、周辺の人でもオッケー)、これは誰だっけ?というような人もいる。
たとえば、スコット・ヘンダーソンって誰?と思った、何度も読んでいるにもかかわらず、しかも主人公にもかかわらず。
それほど影の薄い名作『幻の女』の主人公だ。
これを読みながら、そうだそうだ、彼の描写が少ないんだなあ・・・と改めて思ったのだった。大した男ではないんです、という言葉に大爆笑、確かにそうだ、事件に巻き込まれてしまうが彼自身は大した男ではない・・・

柳川とし子(大誘拐)はすぐにわかった、とし子刀自だ!と。
痛快なこの作品、ネタバレがあったら悲しいなあと思っていたがそこは有栖川有栖、
『刀自がそのような行動をとった理由は、それは書けません』
と思い切り読者をひきつけておいて突き放す。
この絶妙な感じが素敵だ。

コーデリア・グレイ(女には向かない職業)が、けなげにやっていく初心者の女性の自立と心の成長話、と私は思っていたのだが、継承の話、という、ダルグリッシュに光を当てた解釈もとても心に響いた。そうか継承の話でもあるのか。

読んでいない本もたくさんあるので、ぜひ読んでみたいものだ。
またオッターモール氏の手、は私は退屈と思ったのだが、この解説されている視点でもう一度読んでみたいものだ。

・・・・・・
ヴァン・ダインーS.S.ヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』『僧正殺人事件』/シャーロック・ホームズーコナン・ドイル/松下研三ー高木彬光/明智文代ー江戸川乱歩/スコット・ヘンダーソンーウィリアム・アイリッシュ『幻の女』/アリスーウィリアム・アイリッシュ『消えた花嫁』/金田一耕助ー横溝正史/三原紀一ー松本清張『点と線』『時間の習俗』/黒後家蜘蛛の会ーアイザック・アシモフ/サッカレイ・フィンージョン・スラデック『黒い霊気』『見えないグリーン』〔ほか〕
2017.05.21 無限の書



評価 4.8

面白い、特に中盤のあたりが面白い。
話がSFあり、ファンタジーあり、一冊の本の謎あり、アラジンの魔術の話のようなところあり、イスラム文化へのあれこれ、現代的なハッキング、と多くの側面を持って語られていくので一気に読ませる。
更には、本当の男女の愛とは、の恋愛のあれこれをも語ってくれている。
現実と思えば、ファンタジー魔法の世界、ここと思えばまた現実、と目まぐるしく場面も変わっていく。
後半、現実の体制が崩壊し、ネットの世界もあれこれとあり、映画のインセプションを喚起させられた。

けれど、後半(砂漠に投げ出されて魔界の後)あまりにどたばたっとしていないか。
また最初の方で高貴な女性の人と交わるのだが、その高貴な女性の姿が全く見えなくなるのはいかがなものか。
この人の人となりの魅力がよくわからないまま、知的で美しく物を知ってる住む世界の違う高貴な人、というのでずうっと通しているけれども。
また、私はサイバーパンクが苦手な方なので、これとアラビアンナイトが融合したこの話、ちょっとばかり乗れなかった部分も多かった。
アラビアンナイト部分は面白いには違いないのだが・・・(だから中盤あたりは面白い)


・・・・

中東の砂漠に囲まれたシティと呼ばれる専制国家で暮らしている青年アリフ。
彼は23才でありハッカーとして暮らしている、資産家の父の第二夫人の母とともに。母はインド人である。
混血なので彼の将来は何もないに等しい。
しかし、ネットの世界の中では彼は非常に高く評価されている。
そんな彼が、現実である高貴な女性と知り合い一夜を共にする。
ところが・・・


身分差がある世界というのがまず大前提になっている。
格差社会ということだ。
そして更にここに追い打ちをかけるように、中東なので女性は高貴な人たちは黒いベールを顔にかけている。
(ここで黒いベールをかけなくてもいい貧民のダイナがかけているところがとても可愛いし、この女の子の将来的な賢さに繋がっている)
女性の地位もおのずと低いのが結婚を勝手に親にきめられる、処女性が重要視されるというところでよくわかる(これは現実にリンクしているのだろう)

アリフが恋人にいきなり別れを告げられて、彼女から不思議な一冊の古書を渡されたというところから物語が展開していく。
アリフが政府保安局の検閲官ハンドに追っ手を差し向けられるところから攻防が始まる。
攻防と言っても最初のうち、アリフが逃げるのみなのだが・・・
そこに物語の世界の身と思っていたジンが出てきて彼を助け始める・・・


この中でアリフと同じく幼い頃から貧困の中で育ってきたダイナの一途な感じがかわいらしくて際立っていた。
後半逃げる時に彼女が賢いんだ、というところを何度も見せる。
最初の方で、高貴な人と結ばれていて彼女に熱中していたアリフが、徐々にダイナに惹かれていく姿も好ましい。

また一緒に逃げて助けてくれるヴィクラムも異様な姿をしているものの、誠実なジン(幽精)だ。
彼がいたからこそ全員が助かることにもなるのだ。
逃げ込んだモスクで偶然会ったピラル師の高潔な姿も忘れ難い。
更には、もうだめかと思った時に、のんきな(と見える)王子様が(本物の第何王子)、拷問されていた牢にやってきて、(この人はネットの中の一人で体制側に自分はいるけれど、実は反体制なのだ、という人)救出してくれる場面も読ませるのだ。

民衆のうねりというのが解説にあるようにアラブの春などを思わせた。
このあと、を知ってる現実の私としてはとても複雑な気持ちになるのだが。


本の中の言葉、そこに究極の知識があるという設定は、ネットの仮想世界と本の現実世界を繋げる意味で面白い試みだと思う。
ところで、アリフというのはハンドルで、ずうっと何が本当の名前なんだろうと思っていたら最後の最後で、モハンマド、ということがわかる。
ああっ!だから名前をハンドルにして自分の本名で呼ばれるのをかたくなに拒んだのか!とここで納得したのだった。(モハンマドはイスラム教の預言者)
(クルアーンというのが多分コーランのことだろうというのは文章の中で予想がついたけれど、文章中に註が欲しいと思った)
2017.05.16 紫のアリス


評価 4.5

人生最悪の日、と思った日に、紗季という女性が夜の公園で男の変死体を見つける、というところから始まる。
夜の公園にいたのは、その変死体だけではなく不思議の国のアリスのウサギだった・・・


月夜にアリスのウサギ!そこに一つの変死体!

こんな幻想的なところから始まるミステリだ。
最初、アリスのウサギ、というので幻想かファンタジー方向と思ったら、意外にウサギの正体はすぐに出てくる。
そしてそれは現実的なものだった。
後半が気になって一気に読む本で、途中の伏線が最後にまとまっていくというのはある。
けれど、最後まで腑に落ちないところもまた残るのだ。
読ませるが、、、、と私は思った。


三人称ではあるけれど、とりあえず紗季の視点なのだが、これがふっと消えるのだ。
この子の視点が消えたなあ・・・・この間は何をしていたのかなあ・・・と何度思ったことだろう。
だから紗季の見ているもの全てが信頼感がない。
しかも記憶が時々飛んでいるのも読んでいるとわかる。都合の悪い時に飛んでいる?と疑わしくさえなってくる。
でも本人は大真面目で、本当に記憶が飛んでいるのだ。
記憶の飛んでいた時に何が起こったのか、は、読者は想像して大体それは後半で(やっぱり)ということで出てくる。

彼女がなぜ絶望していたのかというのは、不倫していてそれを清算して会社を辞めた状況、というのもこれまたすぐに出てくる。
しかもその不倫相手がさっくり死んでいた、(殺されていたっぽい)というのもすぐに出てくる。
紗季が殺したのだろうか?
更に、公園の変死体の話が一向に出てこないけれど、これは彼女の妄想なのだろうか。

そう、この本、紗季の妄想なのか、記憶の改竄なのかよくわからないままに読み進む本なのだ。
どこからどこまでが真実なのかさえ揺らいでいる。
冒頭の方の引っ越し場面で実に印象的なものがごみの日に捨てられる・・・これは・・・と誰しも思うだろう。
そしてあとで部屋の中で残された→段ボール←があったのがわかると更に思うだろう。
しかしここさえはっきりしない、何だったのかは。

そしてお節介な独居老人が住むマンションに住むことになった紗季・・・・
高校生の時の劇のことまで思い出すのだが、そのあとのことがどうしても思い出せない・・・
ここから独居老人たちとともにアリスの謎、死体の謎、を解いていく・・・


最後のお茶会が忘れられない。
ここ、幻想かと思う場面だ、あり得ないだろう・・・
読ませる作品ではあるものの、好きかどうか聞かれたら、微妙・・・な感じの作品だった、私には。


評価 4.5

久々の吉本ばななエッセイ。
年齢的なことから見て普通のことかもしれないけれど、ご両親がお亡くなりになってる記述を見ると、ほんのり悲しくなる。
そして彼女のお姉さんと彼女とご両親の旅行の思い出とか、日々あったこととかがさりげなく語られると、全く知らない人たちなのにちょっと淋しくなる。

比較的自分の身辺についてありのままに書いているので、(法律的には結婚していなかったんだ・・・)とか(高齢出産だったんだ・・・)とか、そもそも(お子さんがいるんだ・・・)とか(義理のお父さんとの交流があるんだ・・・)とか、私は全く知らなかった事実が次々に出てくる。
ほこっとした部分もあるけれど、人の生死を見つめ、メダカの生死も見つめている、そういうことが同列に並んでいる、というのがいかにも吉本ばなな、だと思った。
思ったよりスピリチュアルな部分はなくて、思ったままの身辺雑記の趣があった。