2007.08.31 夜想
夜想 夜想
貫井 徳郎 (2007/05)
文藝春秋

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評価 4

居心地のすごく悪い本。
私にはそう感じられた。
ぎりぎりの線だと思う、私の許容範囲の中で。
また推理小説としても私から見るとぎりぎりの線だと思う。
好みから言えば、この間、性描写がああだこうだ言った西澤保彦の『収穫祭』の方がまだしも好みであった。

痛いほど貫井さんの言いたいこと書きたいこと、というのはわかる。
心をこれでもかと叩きのめされた人たちの救いになるものというのは一体何なのか。
その人たちを本当に癒し、心を穏やかにしてあげられるものは何なのか。
闇の世界から引きずり出してくれることとは何なのか。
そういうのにこの小説は答えてくれている。

慟哭、と違うのは、慟哭は『全てを失った人が新興宗教に救いを求めていく話』だけれど、『夜想』は『全てを失った人が新興宗教(本人たちは違うと言っているものの)を立ち上げる話』なのだ。
そしてまた慟哭は『実に胡散臭いもの=新興宗教』の目線だけれど、夜想は『もしかして新興宗教ではなく純粋な人助けの集まり』といった視点になっている。
ここらが慟哭と表裏一体というところだろう。
ベクトルの向かい方が反対なのだ。

事故で家族を失って生きている甲斐がない雪藤という男。
喫茶店で軽く占いをやっていた、しかし超能力がある遥という女。
この二人が結びついて、ある団体を作っていく・・・

前半は(新興宗教とはこうしてできるのか、こうして作れるのか)というノウハウ本のようだった。一瞬私でも作れるかと思った。このあたりが楽しめるかどうかにかなりこの本の評価がかかっているとも思う。、
迷いながら絶望のふちをさまよいながら、カウンセリングに行きつつあがく雪藤。これが私には今ひとつぴんとこなかった。何をするのも甘いし、先の見通しがないまま自分のマンションの鍵を他人に預けたりする。最後になってみて(ああ・・こうだったから仕方ないのか)とも思うのだが、それでも読んでいる間居心地の悪いことといったらこの上ない。
また遥のスタンスも雪藤を頼るのはわかるのだが、何だか曖昧だ。嫌なら嫌といえばいいのに、主婦たちに牛耳られ、段々知らない人たちが増えてきて。ここらも読んでいて実に居心地が悪い。
間の話で、自分の子供を東京で捜す母親、の話が出てくる。これ、何だか私にはわかってしまったところがまた痛かった。この手法、どこかで見たような気がした。

最後の方ある一点が明かされると同時にどうっと色々なことがわかっていく。伏線があったこともわかっていく。大きな伏線が最初から一つあったこともわかるのだが、実はここも私はわかっていた。なぜなら様子があまりに妙だったからだ。

人の言葉によって励まされ納得して自分自身を考えたい小説。
人から言葉をもらいたい人は楽しめる小説。
私にはそう思えた小説だった。

以下ネタバレ
・カウンセラーが妄想というのはかなり初期段階でわかった。ここあまりにカウンセラーの役割を果たしていないので、そして格好とかもなんだか曖昧なのでわかる。ただわかってからの主人公の反応が面白かった。
・東京で娘を探すこの母親もまた、子供を殺していると言うのはわかった。なぜなら途中で警官が家に来るのを警戒しているから。あの家に固執しているから。ただ、もう一人知らない女を入れていたというのはわからなかった。
・雪藤が顔の切れた人形を遥だと錯覚する場面。ここも面白かった。こういう面白いのをもっと先の方で出して欲しい。それでわからないのが、ここで人形というのがわかったと同時に、(これも何でわかったんだろう?いきなり妄想から覚めたのか?)全部を疑問に思う雪藤に私は納得がいかなかった。今まで精神状態がおかしい人がいきなり頭の中が晴れたのか?
・あと決定的な傷を顔に負わせると言う発想そのものが私は嫌だ。遥、こんな団体作らなきゃ良かったじゃないか。闇の中でも何でも。だから最後の場面で雪藤との再会も今ひとつ乗れず。顔の傷は一生残るんだ。