2012.01.30 キャンバス
キャンバスキャンバス
(2011/12/20)
サンティアーゴ ・パハーレス

商品詳細を見る


評価 5

異常な話、迷宮の話、ではなく実に真っ当な意味での普通の小説だと思う。
最後まで読んで、あわてて最初のほうを読み返した。
ある部分が非常に重要な部分になっているのだが、そこをさらっと読んでいたから。
でも確かに記憶にはあって、ここがこうつながるのか・・・という思いがよぎったのだった。
作者のたくらみ、としては成功していると思う。

フアンという息子を持つ世界的画家のエルネスト。
その絵はピカソ以来の天才といわれ、非常に価値のある作品を描くといわれている。
エルネストが門外不出の自分の絵『灰色の灰』を競売にかけ、それをプラド美術館が買い取ったところから話は始まる・・・・


エルネストが「ある瑕疵を絵に見つけた」とパーティー直後から騒ぎ出し、描きなおしたいその部分をときょうれつに言い始める。
プラド美術館が買い取った時点から既に絵は美術館のものだから(しかも法外な値段で)、そんなことが許されないのは自明のことだ。
それなのに言い募るエルネスト・・・・

頑固オヤジっぷりにフアンもフアンの妻もそして読者もイラッとするのだ。
なぜ今更描きなおしなのかと。
フアン夫妻などこのことで仲たがいまで始まるのだ。
しかもラストの方で、エルネストが脳の病に罹ったというのも示唆されているのでますます(妄想の入った老人のたわごと)と受け止められる、そこまでは。

このわがままぶりに翻弄されるのは息子夫婦だけではない。
エルネストのかつての絵の師匠のベニートも何とか奪還して欲しい、エルネスト自身の絵を、と脅迫まがいの事までされる(かつて脅迫されるようなことをベニートはしていた)
そしてベニートの計らいで一人の泥棒が紹介される・・・

・・・
この話、絵の行方という一点に絞ればこれは割合想像が付く。
私が驚いたのは、「なぜ直したいのか」と画家が思ったことの理由だった。
また人間模様が過去と現在を巧みに織り込みながら実にきめ細かく描かれている。
息子のフアンの絵に対する挫折と希望、フアンの妻の気持ちの揺れ動き、エルネストの妻の物語(つまりフアンの母)、エルネストの師匠のベニートとの関係、また絵の泥棒とはいえ美術愛好家のビクトルの心持ち・・・・・・

それぞれの挫折感とそれでも生きていかなくてはならない人生というのに、私は巻き込まれるように読み進めたのだった。

以下ネタバレ
・絵の泥棒は
「贋作とすりかえる」という技を持った泥棒だった。
そしてベニートにかつて贋作作りを持ちかけられた事を覚えていたエルネストは
それをその時に断るのだが、それをもって、贋作作りをやっていたらしいベニートを脅迫する。
ベニートが絵の泥棒を紹介する。

・エルネストは小さな子供が見えた、それは息子のフアンだったという妄想を口走ったりして、
挙句の果てに死んでしまうのだが、
『灰色の灰』の贋作は、息子のフアン夫妻の家にかけられている。
と思っていたが
それが実は本物で、プラド美術館の方が贋物であった、というのにフアン自身が気づく。
つまり泥棒はやってのけたったのだった。

・自分の家の絵が本物というところは想像がつく。
それよりも、フアンが自分の家のものが本物で、プラド美術館が贋物と気づくきっかけになったのが、父のエルンストが言っていた、「端の一点」なのだ。
そこに小さな指紋を見る。
そしてそれは、最初の所(6ページの最初の数行)に、小さかったフアンが指を乗せたということだった。

つまり
エルンストという画家は、ある角度から見えた息子の指紋を見つけそこを描き直したいと必死に思ったのだった。
これを息子に黙っていたのは愛情ゆえなのだろうか。