評価 5(飛びぬけ)

最初から最後まで私の好み爆発の本だった。
とてもとても堪能できた一冊だった。


上巻と下巻と趣が違う。
共通しているのは、各登場人物の心理描写が鮮やか過ぎるほど鮮やかだと言うことだ。
特に、三人称の語りではあるけれど、視点はフランシスという独身女性の「目」で見られている。
だからフランシスの心の動きと言うのが、読んでいて感情移入するし、時に反発し時にわかると思い、のめりこむようにして彼女の動きを追っていった。
上巻で愛が語られ、喪失が語られ、大戦が語られる。
ああ・・・こういう話の方向なのか?・・・と思っていると(そこもまた面白いのだが)下巻で全く予想だにしなかった方向に話が転がっていく。
更に、そのあと、ある嘘、が剥がれていくにしたがって、全員を巻き込んだとんでもない事態に至っていくのは、まさにサスペンスと言えよう。

独身で母親と一緒に住んでいるフランシス。
戦争があり、お金に窮しているフランシス親子は、大きな家の部屋を人に貸し出すことにした。
そこにやってきたのがレナード・バーバーとリリアン・バーバーと言う若い夫妻だ。
二人は若さに溢れていて美しいカップルだった。
そして、同じ家に住むので、共通の部分、階段とか出入り口とかで顔を合わせることになる・・・・
お互いを知っていく家族達・・・


上流階級でありながら(言葉が違って明らかにわかるらしい)人を雇う金すらなく、ひたすら床磨きをするフランシス。
彼女の床磨きの執拗さ、というのは下巻になって別の意味を持ってくる。
またフランシスと、バーバー夫妻の出会いの場というのも全部読み終わってから読み直してみると感慨深い。
フランシスには決して捨てられない母がいる。
母は、戦争で息子二人を失った上、夫まで亡くしているのだ、かつてフランシスは母か恋人かというところで母を選択したと言う過去がある。
この母の役目も際立っていて、特に下巻になってフランシスを危ぶみながら恐れるところ、そして最後の最後まで何も言わないところ、でもフランシスが自分がどうなっても嫌いにならないでね、と言うと、実に母親らしく毅然として成るはずがないと言うところ、など、ある種行き過ぎになりかけるストッパーでありながら、母親らしい目を持っている人間だ。
フランシスを理解している人間の一人なのにも関わらず、フランシスはどうしても全てを母に話すことができない。
そして母も戦争で身分も肉親も喪失した女だ。

フランシスは過去に政治に物言う元気な女性であり、刑務所に一瞬だけお世話になったくらいの女性だ。
母だけが知っている秘密、があったのだが、それをリリアンに語ったところからある物語が生まれていくのだ。
分岐点、をフランシスはいくつかこの話の中で考える、あそこで真実を言っていたら、あそこでこういう行動をしていたら、と。
でも私は、最大の分岐点は、フランシスがリリアンに語った秘密の部分が大きな分岐点だと思うのだ。
そしてフランシスは戦争の家族の喪失に加えて、恋人を失ったという限りない喪失感を抱いている、これもまた戦争があって母を見捨てられない立場になった、ということもあるだろう。

かたや、リリアン・バーバーははかなげな女性、と見える、最初の方で。
美しい物が好き、芸術家肌であり、器用であり、フランシスの昔の服のリフォームなんてお手の物だし、髪を切ってセットするまでできる腕を持っている。
ダンスが大好きで、魅力的な人間だ。
フランシスにも頼り切っているように見える。
そう見えていたのだが、ある一点で、(この人は?)というのに気付く、そのあたりの描写が非常に読ませる。
騒々しく品のない実家一族がリリアンの後ろにあった、というのも読みどころだ、この人達がわいわいフランシスの家に来て騒ぐ場面など見えるようだ、赤ちゃんや子供の騒ぎ声までが。

・・・・・・・・・・・・・・
一転、下巻では殺人事件が起こる。
読者は、誰がどうやって殺人したかというのがわかっている。
犯人の苦悩、犯人の戸惑い、犯人の心がこれまた見事な描写で伝わってくる。
そして犯人が捕まって、裁判・・・・・・


今の時代からすると、DNA鑑定とかないのがもどかしい。
落ちていた帽子の毛根(あっただろう)、殺された人の傷跡、殺された人の服についていたいくつかの髪の毛、また素人でも知っているルミノール反応、と警察側が落としたところは大きい。
基本形が、「警察が事情聴取の中で犯人を捜していく」
ということになっているのだ。
新たな展開がこのあと待っているのだ。

そこで、「犯人」はどぎまぎする、おおいに動揺する。
この裁判が続いていく間の心理の動き、が非常に読み応えがあった。

美しい場面も多い。
スケートの二人が心通い合った場面も読んでいてわかるなあ・・・と思ったし、公園である人に絡まれてきた時に片方がきちんと追い返す場面なども印象深い。
ホームパーティーの後、二人で夜道を帰る場面も忘れがたい。
また夢のような共同生活を語る一人に、それに見合った置物を思わず買ってしまう姿も印象的だ(しかもこの置物、最後の方で色褪せて(同じものだが見る目が違うので色褪せて見える)再登場する。)

誰かと誰かが愛し合う。
それによって周囲の人が傷つく。
傷ついても全うできる愛というのもあるだろう。
けれど、多くの場合は、周囲の人が傷ついた状況(事後)と、ただ二人の世界で愛し合っていた状況(事前)とは違ってしまっていると言うのを痛感した、周囲が変わっていけば、引き離すことの出来ないように見える愛も普通は変質してしまうのだと、否応なく。

以下ネタバレ

・フランシスは同性愛者であった。
そして過去にクリスティーナという女性と同棲しようとするが、母かクリスティーナかで母を選ぶ。
そのことを僅かに後悔している。

・フランシスはこのことを下宿人のリリアンに話す。
(ここが最初の分岐点と思われる)
お互いに強く惹かれていることをそのあと知り、フランシスとリリアンは同性愛の関係になるのだった。
二人は激しく愛し合うようになる、フランシスはリリアンを求め、リリアンもフランシスを求めていく。
上巻はこの二人の強烈な禁断の愛と、隠し続けなければならないもどかしさと、どうしても二人でいたいというはざまで戦う二人の気持ちの揺れ動きが描かれている。

一方でリリアンは夫婦生活も続けていて、夫婦で旅行に行ったあとに自分が妊娠していたことが発覚。
堕胎しようとして(前にもしたことがある&その前には流産している)薬を買いに行く。
薬を飲んで始末してフランシスとその後始末に追われていた時に、運悪く夫のレイが戻ってくる。
言い争いから、レイに二人の関係を話してしまったフランシスにレイはつかみかかるのだが、その後ろから灰皿たてで、リリアンが殴りつけ殺してしまう。

・・・
・ここで二人の関係は共犯者になる。
なんとかこの後始末をしようとして、フランシスはリリアンを叱咤激励しながら外で殺されたように偽装工作する。

・ところが、このあと思いもよらず、一人の青年が犯人として逮捕される。
それは、レイが実は不倫をしていて、その不倫相手の恋人だった。

・フランシスは葛藤する、自分たちが最初に本当のことを言えばこの青年は死刑にならずに住んだのではないか。
そして更に、フランシスはある事実に気付く、リリアンはこの不倫を知っていたのではないか。
そして、500ポンドの保険金が自分に入ることを知っていたのではないか。
自分が殺人の片棒を担がされただけではないのか。

・レイが死んだところから、フランシスとリリアンの関係は変質してくる。
夢のような未来の物語はいつしか消えていくばかりか、お互いに触れ合っても違う光景が浮かぶようになる。
フランシスの母親はうっすらと(かなりくっきりとかもしれない)この関係性に気付いていて、レイの死にもおおいなる疑問を持っていたが、真犯人が捕まったと言うので安堵する。が、まだ心のどこかに娘を疑う気持ちがゆらゆらしている。