2016.03.18 体の贈り物


評価 5(飛びぬけ)

数年前に読んでそのときにも号泣したが、今回も涙腺崩壊だった。
死、の話、なのだが、これって教科書にしてもいいくらいの短編集だと思う。
(教科書だとつまらないと思ってしまうだろうか・・・・)

解説で柴田元幸も書いているように、この物語を要約したのを読んでみると全く食指を動かさない自分がいる。
「エイズになった人達を支えるホームケアワーカーの人が、その面倒を見ていくうちに人生を知っていく・・・」

ああ・・・暗い死にまつわる話、と思ってしまうだろう、知らなければ。
でもこの物語、死を語ってはいるけれど、そしてそれを見つめるのはとてもつらいことだけれど、本質は、
「人間がどのように生きるか」
ということなのだと思う。
最後まで人間らしく生きたい人達。
でもそれが体の機能の衰えで段々かなわなくなっていってしまう歯痒さがある。
それを助けていき心に寄り添っていくのが、語り手のホームケアワーカーの人達だ。
あまりに接触しすぎると相手が嫌がる。
あまりに踏み込みすぎると相手が心を開かない。
でも接触し、踏み込まない限りは、彼または彼女に危険が伴うので横を見ながら目の端っこで観察しているこの様子・・・・

人間が生きていく営みで、食べていく、排泄する、歩く、泣く、笑う、そして怒る、悲しむ、がある。
実際の動きとともに感情は必ず付きまとってくる。
そこにどう寄り添っていくか。その寄り添いの物語でもあったと思う。
わめく人もいる。
騒ぐ人もいる。
でも、ほとんどは自分の運命を受け入れていて、静かに何かを待っている、その何かは何だろう?
友達からの言葉か、家族なのか、それとも自分自身が作り上げた何かか?
死を目前にした人達がどのようにそれを自分なりに受け入れていくのか、周りがどのように受け入れていくのか、そこもケアの人の目を通して描かれている。

・・・
と同時に、奇妙な明るさもまたある。
この中で、ホスピスを絶対に拒否している男の人が出てくる(動きの贈り物)
それはとてもわかる、ホスピス=もう死に行く人になるわけだから。
どうしても入りたくない。
でも入ってしまった挙句そこで友達ができ、友達は次々に死んで行って自分が取り残される。
そしてこのラストの見事なことと言ったら!
希望に満ちたなんて素晴らしい終わり方なんだろう。
それがたとえ偽物の希望であったとしてもなんて美しい幕切れなんだろう。
ホスピスにいたエドはある日ぷいっと出て行ってしまった。
その後行方はわからない。
けれど、ホスピスにいた人達にとってみれば、「生きてここから出た人がいる」という希望を持たせてくれたのだった。


ゆるくいくつかの話が連携していて、ここに出ていた人が今度はもっと悪化してここに出てきているという短編集だ。
ラストのコニーが自分が幸せだと言ったところではもう涙が止まらなかった。
そして、彼女の周りにいた家族が、ここにいるよ、みんないるよと呼びかける場面も。