評価 5 (飛びぬけ)

とても私に合った作品で最初から最後までおおいに楽しんだのだった。
そして予備知識から私が思った作品と違っていた、地球の最後の日々に物好きにも殺人事件を追う刑事の話、と思っていたのだった。
確かにそうなのだが。

この世界がどんなにこれからの絶望に怯えているか、が人によって違うというのをまざまざと思い知らされた。
それは、個人が病気のために余命いくばくと言われるのとは全く違った状況であり、「全員が必ず死ぬ、死なないまでも地球そのものの状況が一変するだろう、半年後の小惑星の地球への衝突のために」という前提があるからだ。
非情な前提があるからこそ、このミステリは成り立っているのだ。
事件を追う刑事のみ、ではなく周りの人々の行動も克明に記されている。ここがとても面白い。
マクドナルドは倒産し、セブンイレブンもダンキンドーナツも何もなくなっている、あるのは海賊店のみだ。
このあたりがリアルな名前が出てきて
未来に絶望して自殺する人々、狂信的になる人々、快楽にふける人々、地球の中でも自分とは別の場所に落ちてくれることを祈る人々、すべての仕事を放棄する人々、薬にふける人々・・・。
でもこの中に、医療従事者がまだ存在していて、ヘンリー・パレス(主人公刑事)のような愚直な刑事もまだ存在している。
社会の混乱を抑えようとする人々が確実に存在しているのだ。
ここにぐっときた。

小惑星が半年後に地球に衝突する。
この世界で、同僚たちに呆れられながらも、刑事のパレスはある自殺事件を殺人事件ではないかと疑う。
周囲はほぼ全員が絶望からの自殺、と受け止めている中だった。
そして、死んだ男性の身辺を洗っていくと、彼が火災生命保険会社で実に几帳面な性格であり、一面人嫌いであり、この小惑星の衝突について何もリアクションをしない、ある時に突然怒った行動をした、会社で同僚の女性が唯一ぐらいに話をした女性であった、というようなことが分かっていく・・・・


何しろ、パレスが半年後の地球消滅を知りながら職務を全うしようとする姿に胸打たれる。
過程で、病院にも行くのだがここでも機能しているところがあり、そこで働く人たちにも頭が下がるのだった。
一方で、街では略奪があり、捕まったら死ぬまで拘束されるというのも単純に決まっている。
全てが非常に単純化せざるを得ないのだ、この世界では。

パレスが死んだ地味な元保険会社社員の家の中を見て回る姿がとても印象深い。
パレスがしていることは、死んだ男の思考をトレースする、ということだった。
そして几帳面な彼の棚の並べ方を見て、好感を持ったりするところもとてもわかったのだった。
またパレスの私生活で、どうしようもない男とくっついてしまう妹ニコルの描写にも筆が冴える。
可愛い妹を何とか救ってあげたいのだができないもどかしさがパレスの中にあるのだ。
元の恋人との思い出にふけるパレス(夢が多い)も人間味あふれるし、実際に元恋人と会ったりもしている。
また現在でも元同僚の死にあって動揺したりしている、このあたりも人間臭い。

誰が犯人か、という謎もさることながら、世界が揺らいでいる中で必死に捜査をするパレスが格好いいのだ。
また生きていることとは何か、迫ってくる危機に自分はどのように対応するのだろうか、と読んでいるとおのずと考えてしまう。
誰のせいでもない小惑星の衝突、という事象をとてもうまく組み込んだ推理小説だと感じた。

文章も短文が連なっていて小気味よく非常に読みやすい。
三部作らしいのでこのあとの作品をぜひとも読んでみたい、と思った。