2017.07.29 AX


「蟷螂の斧って言葉を知ってるか」


評価 5

伊坂ワールドが広がっていて満喫した。
小気味よい会話の妙があり、適切な比喩がある。
しかも今回は、「強い妻への考察」というのがあり、どうやったら家庭生活を円満に送るかというノウハウがうじゃうじゃ詰まっていて、それがまた適切なので大爆笑させてくれる、とというおまけつきだ。
細部のちょっとしたこと、がつながっていって、ある一つの出来事にまとまる爽快感がある、読んでいて。
小さなことでこれはなんだろう?と思っていると必ず後で回収がある。
ちょっとした色々なことへのくすぐりもまた楽しい。

過去作品、にもところどころで言及していて、そこもまたファンは(ああ・・・あのことね・・・)と楽しめる。
でも、グラスホッパー、マリアビートル、の一連の殺し屋シリーズではあるけれど全くこれ単体でも楽しめる作品でもある。

今回のテーマは『恐妻』だ。
もうこれが各所で笑えて笑えて!
本当は『最強の殺し屋』なのに強烈な恐妻家で常に動向をうかがっている、というところでぐふぐふ笑えるのだった。
なんせ、夜中に帰った時に、音がしてはいけないので魚肉ソーセージが必須というくらいに気を使っている夫なのだから。

本当は最強の殺し屋
仮の姿が文房具会社の営業マン
そして仮の姿が良き夫であり、良き父である。

と思っていたら、最後の方で、(もしかして違うのではないか)と思った。

本当は良き夫で良き父であり
仮の姿が最強の殺し屋で
更に仮の姿が文房具会社の営業マン。
こうなのではないか。
なんていい父なんだろう、たとえ人殺しでも。
なんていい夫なんだろう、たとえ残忍な人殺しでも。
最後まで読んでみて、つくづくそう思ったのであった。

・・・・
業界で、兜と言われる超一流の殺し屋がいる。
彼は、医者の所に行き指示を仰ぐ。
この医者は医者という名目でカルテの中に指示書を隠し、指示を病気の説明のごとく悪性腫瘍などの言葉に置き換えて指示を出している。
しかし兜は長年この仕事をしていて引退したいと願っている、愛する一人息子克巳と、愛する家庭のために。
引退には費用が必要だと医者に言われ、仕方なく仕事を続けているのだった。


兜の最初の話の殺しも、ぐいぐい読ませる。
なぜなら、息子の話、奥さんの話、が何気ないだけにこれが関係しているというのが読む側に最後の方でわかるという仕掛けになっているからだ。

息子の話
・この頃、学校に来た美人教師がいる。
彼女は学校の他の男性熱血教師と不倫しているらしい。
それが噂になっている。

奥さんの話
・この頃ご近所で突然二軒引っ越していった人がいた。

この二つを一つにまとめていくとは!
息子の通っていた高校をヘリポート代わりに使う計画。
女性教師はそれの片棒を担いでいた。
男性熱血教師はその行動を見とがめ、抹殺されたのではないか。
そして爆弾犯を兜は殺す。
女性教師は潜入した女。


息子の克巳君も本当にいい子どもだ。
高校生になってもこんなに両親と話をする、という時点でいい子だし、家庭のことをじいっと見ていて、父親の苦労(主に母親に対しての遠慮)も見抜いてちゃんと適切に声をかける。
そしてその声のかけ方に、兜は、ぐっときて息子を抱きしめたくなるほどなのだ。
奥さんはじゃあ勝手な奴かというとこれもそうではなく、ごくごく一般的な夫を疑わない(まさか殺人犯だとは思ってない)普通の愚痴をこぼし普通以上に一人息子に心を砕く、母親なのだ。

次のBeeでは、庭に巣を作ってしまったスズメバチの巣の退治の話と言ってしまえばそれまでだ。
けれど、それをやらないでねと何度も念を押されたのに、完全防備で宇宙人のような格好でやってしまう兜の姿が笑える。
しかも笑った挙句に、最後転がってしまうというのが後で繋がってくる妙がある。
最初に息子の話で飼っていた猫が死んでしまって動揺した母親が心無い言葉を小さな息子にかけた、というエピソードが語られる。
全くこの話関係なさそうだが、最後転がっている兜を宇宙人に見立てきっちり回収している。
また、この物語で出てくる「敵」は、毒を刺すというのを得意技にしているようなので、これもまたハチへの防御と同時に殺人犯への防御にもなっている。


次のCrayonでは、友達がいなかった兜がボルダリングスポーツを通じて、同じように妻を警戒している男松田と偶然友達になる。
恐妻家としておおいにおおいに話は盛り上がる、久々に兜が心を開ける人間ができた・・・
しかもこの人の娘が息子の同級生だったという偶然も加わり、がぜん親近感がわく二人・・・
そしてこの二人が飲みに行った時に思わぬ事件に巻き込まれ・・・
この話の中で、松田が語っていた「子供がクレヨンで描いた絵」というのがあとから兜の所でも出てきて、最後の話に繋がる。

男たちに絡まれ、偶発的に自分の鬱屈も出て相手を倒してしまい、打ちどころが悪くて死なせてしまった兜の友達松田。
兜と二人で初めての身に行った時の出来事だが、これを兜はお得意の自分の組織を使って消し去ろう、と画策する。
松田を助けようとしたのだ。
そして死体はなくなり、消し去られたが、同時に松田一家は引っ越していった・・・離婚したらしい・・・(というのを「息子の同級生の話」として語られるのが秀逸)


またボルダリングのホールド(出っ張っているところ)に掴んでいるときの気持ちを二人で話し合うところも読ませる。
必死につかんでいる二人。
落ちないようにつかんでいる二人。
それはとりもなおさず、家庭を作っている二人の気持ちでもあった。
更に、ここに兜の妻から久々に会った息子の同級生のお母さん友達との印象深い会話が加わる。
それは、
4人で話していた時に、一人のご主人が亡くなった、事故で、
というのを全員が知っていて話していた。
そこでご主人が亡くなった人へ一人の女性が慰めるようなことを言ったら
「事故で夫を亡くした人間の気持ちなんてわからないくせに」
と怒られ黙ったという話だ。
一面から見るとこの話、悪気がなかった人の無防備な話、なのだが、
このあとで息子の克巳が同級生のお母さんなので事情を知っていて、
言った当人も、事故で自分の娘と夫を数年前に亡くしていた
ということを知る。

Exitは動の話。
あるビルの警備員と万引き少年を同時に目撃した兜が知り合いになる。
そして警備員奈野村に、夜中に自分の息子を連れて警備をしたい、それは息子の要望なのだ、という話をされる・・・・

この物語、途中まで結局この二人の話し合いがどうなったかわからない。
いきなり、数人の子供たちと奈野村の子供が話しているところに、兜が遭遇する、そのあと更に数人の子供たちを追い詰めているときに別の死体に遭遇するという話に転がっているからだ。
まさに動。
そして・・・・

兜は奈野村と友達になれるのかとも思っている。
けれど、実は奈野村も組織をやめたい兜と同じ側の人間であった。
最後死闘が繰り広げられる、二人の間で。
縦軸と横軸のクロスワードだけではない、とあとで呟くように、このデパート内で何が起きていたのかと複雑な事件を自問自答するのだった。



この物語の中で、古山高麗雄の戦争の名話がとても巧く引用されている。
友人と知人との違いについて述べよ、とか、捕虜を温めてあげることが必ずしも捕虜にためにならなかったとか。
そしてこの話をしながら、兜は前日のミッションで、
・いきなりボウガンが部屋の中から飛んできたのをよけた話

・バス停で待っていた数人の高齢者とのバトル
を思い出すのだった。

そしてラストのFINE。
この前の話の最後で、既に兜は死ぬということが記載されている。
そしてFINEでは既にあの高校生だった克巳が大人になっていて結婚して子供もいて、「自殺した」兜とそのあと少し精神の状態が悪くなった今も存命の奥さんの姿、などが描かれている。
一体、兜に何が起こったのだろうか。

途中で兜の視点もまた描かれる。そこで彼が飛び降りる経緯が書かれている、克明に。

兜の残したものを納戸で克巳が開いた時に泣けた。
そこには
・クレヨンで描いた克巳のお絵かき(おとうさん、がんがってくれてありがとう)の絵。(これが松田の話に繋がる。松田の娘も全く同じような絵を彼に送っていて松田はそれを心の支えにしていた。それは兜も同じことだった。)
・大学ノート3冊(フローチャートで、奥さんがこう話せばどう返すか、のやり取り。笑える)
・キッズパーク開園!のチラシ(ここでは意味が分からないのだが、この章をラストまで読んだら超絶に泣ける話)
・どこのものだかわからない鍵一つ。

克巳は本来のお父さんの職業を知らないので、暗中模索で探っていく。
まずは、鍵からなのだが、杳としてつかめない。
そして、あの指示を出す「医師」にたどり着いてしまうのだった。
ここで、読み手側は、(危ない・・・克巳君・・・・)とはらはらする、医師は悪者であるのだから、お父さんを殺した多分張本人であるのだから。
けれど、無防備な克巳は医師に近づいていく。
そしてひょんなことから、鍵の場所を発見するのだった、それはあるマンションのカギだった。うるさい管理人のいるマンションの鍵。
うるさい管理人が、「ここは親族は入っちゃいけない」と絶対に入れてくれない。
押し問答をしているうちに医師がやってきて
自分は親族じゃないからと無理矢理入るとボウガンが飛んできて死亡。
ここは前の章のEXITで、兜が実際に出会った部屋の話を模倣している、けれど「うるさい管理人」を擁することによって、自分の家族の安全は守りたかったのだった。
ここで、兜の章で、「マンションを探している時に、管理がしっかりしているところ」と指定した意味が分かる。
そして何度も管理人と話してこれこそ自分の求めていた管理人だ、そして体も丈夫そうだし死なないだろうという目星を付けるのだった、(その直前から、引退したいと言っていた兜は執拗に命を狙われる)


最後まで、克巳は兜の本当の職業を知らなかった。
そして近くのクリーニング店の店主は、奈野村であり、自分と息子を助けるために兜は死んだと言うのだった>と言われても克巳は何のことだかわからないのだが。

ラスト。
兜の遠い過去で、結婚する前の妻と出会った時のことが語られる。
ここで、チラシ配りをしていた妻(納戸で息子の克巳が見つけたキッズパーク開園チラシはこの時の物)と出会う。

このラストでとても泣ける。
ここから全てが始まっていくのだ。