シューマンの指 (100周年書き下ろし)シューマンの指 (100周年書き下ろし)
(2010/07/23)
奥泉 光

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評価 5(飛び抜け)

「音楽はもうすでにある。それは人間が演奏するしないに関係なくもうここにある」

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なんて企みに満ち満ちた作品だろう。
音楽小説でありながら、恋愛小説であり、ほろ苦い青春小説であり、そしてまた大きなミステリ小説の仕掛けも隠されている。
シューマンの音楽が絶えず裏側で流れているので、これを読んでいると実際にその音楽が聞きたくなる。
(この小説とシューマンのCDをペアで売ったらいいのに、とさえ思った)
音楽を文学で表現するのは難しいと思うのだが、そこを見事に表現していて、シューマンに対する薀蓄からその曲の背景から曲調から全てを表現しきっている。
しかし何よりも、このラストの空前のミステリぶりといったらどうだろう。
ミステリというのを逸脱して幻想の世界にさえ食い込んでいると思われるのだ。

途中のプール場面あたりから不穏な雰囲気に満ちていて、曲調というかこの小説の調子のタガがはずれてくる。
ある一点で変わった曲・・・ではなく小説・・・
高み目指そうとする芸術家の卵、シューマンに魅せられている魂の叫び、そこから引き出される悪魔に魂を売っても欲しいと思う芸術の真髄・・・・
そして後半、めくるめく展開に真底驚いたのだった。
読み終わったあと、最初のところに戻ってまたプール場面を詳細に読んでいくと・・・
この小説が非常に企みに満ちているというのがよくわかるのだ。

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話は海外在住の鹿内堅一郎から里橋優(男性)へ宛てた手紙で始まる。
海外で永嶺修人(ながみねまさと)のピアノ公演があったと言う報告だ。
そして彼はピアニストの知り合いでかつてどうやら指を切断したらしい。
けれど、指を再生する技術があり、指が再生して見事に復帰を果たしたらしい。
これをもらった優は医師であり(指が再生する技術があるものか)と思うのだ・・・・


この段階でまだこの三人がどういう関係かはわからない。
一種特殊な指が再生するというところにぎょっとはするのだが・・・・

そして話は永嶺修人(高一)との出会いがあった高校時代に遡る。
そこで彼は期待の星であり既にデビューが決まっている新進のピアニストとして入学してくるのだ。
彼と近づいてシューマン談義をするのが、里橋優(高三で音大志望。結果として一浪してから進学)。
そこに収集癖のある鹿内堅一郎(高二)が加わり、ダヴィッド同盟なるものが出来る。
そして三人で芸術談義のようなシューマン談義のようなことが語られていく、それぞれの色で。


三人の友情が語られ(鹿内がやや馬鹿にされてはいるものの)、
修人と優の絶え間ない接触と友情が芽生えていき、
そこに修人の謎の恋人(絶対に修人の好みではなさそうな冴えない女子)が現れる。
音楽性と神性。
神と触れるような研ぎ澄まされた音楽との触れあい。
高みに登ろうとすればするほど、自分の能力とのジレンマに悩む日々。
それらが語られている・・・・

この小説、途中でプールでの殺人事件がある。
それは女子高生がプールで殺されると言う話ではあるけれど、その時に
・里内優が修人のピアノを学校のピアノ室の外で惚れ惚れと聞いていた(完全無欠の音楽だった)
・同時に美術の吾妻先生がやってきて一緒に外で聞いていた
・修人の演奏が終わると同時に、悲鳴が。
・プールに駆けつけると女子生徒がプールに投げ込まれいていて、そこに鹿内の姿も。
ここから一気に話が転調していくのだ。
ねじれていくといったらいいのだろうか。

このあたりからミステリ的にとっても面白くなってくる。
犯人は誰かというのも勿論だが、なぜこの殺人が行われたのか、というのが最後までわからない。
そして女子生徒の別荘に皆が行くあたりから、指の話まで一気に進んでいく。
最後の最後まで驚かせてくれた作品だった。


<以下ネタバレ>

・修人が同性愛者というのが大きなポイントとなっている。
(これは「実際の」
永嶺おさむも同性愛である。
(なぜなら、途中でK先生から(里橋優の先生)、永嶺おさむの噂を聞き、彼が師事しているピアノの先生と彼が同性愛の関係にあり、もつれたので破門された、という話が出てくるから)
同時に、語り手の里橋優も同性愛である(吾妻先生と関係を持ち、最後に永嶺修人とキスをしている・妄想の中とはいえ)

<殺人事件について>

●最初の解釈(里橋優の当時の解釈)
ノートで語っているのは「里橋優」
そして彼が語っているのには、
殺人事件は修人を問い詰めた結果
女子高生岡沢美恵子を修人が殺した。
彼女との一線を越えようとして修人が乗り出して騒がれたから。
修人は解離性障害のような精神の病である。
ここで末松佳美が来て、そのあと機敏な行動をして彼を庇ってくれた。

末松の蓼科別荘である事件があったのは。
末松佳美が修人に切りかかって指を落とし
指を修人が暖炉の火に投げ込んだ。

このあと末松佳美は自殺。

●次の解釈(里橋優の年を経ての解釈)
「里橋優」は更にノートに綴る。
最初の解釈で納得をしたものの
年を経て矛盾があることに気づく。
彼の新解釈は
・女子高生岡沢美恵子を殺したのは吾妻先生(修人は間接的に押しのけて失神させたぐらいはあるかもしれない)
・吾妻先生と修人が愛し合っているのを岡沢美恵子に見られたから。
・これに末松佳美(吾妻先生と修人のことを知っている)が加担して、演技をしてくれる。
・だから暖炉に投げ込んだ指は吾妻先生の創作物だったのではないか。
・行き詰っていた修人は、これで音楽から解放されたのではないか。


●最終解釈(里橋優の妹の解釈、まだ現在生きている吾妻先生への手紙)
「里橋優」は年老いてから「次の解釈」を書いて失踪する。
今度は「里橋の妹」が推理。

ここで驚くべき事実が判明。
・最初から永嶺修人という人物はいなかった、これは里橋優の頭の中にいたもの。いわば分身。
・ただ、永嶺まさとという本物のピアニストはいたことは事実で、里橋の学校に来ようとしていたのも事実で(でもこなかった)指を怪我したのも事実。
・修人・・・シューマンの当て字。
・吾妻先生と愛し合っていたのは里橋優。
ここからは妹の推理。
・全てを知っていた末松佳美を殺したのは、吾妻先生と里橋優なのではないだろうか。
なぜなら蓼科に行ったレシートがあるからだ。
・武蔵野市民ホールの永嶺は本物の永嶺まさと。
彼に向かって、優は暴言を吐いたのだった。

最後指が切り取られ、防腐処理がしてある(里橋優のもの)のを妹が見つける。

(私の疑問点
138ページで山に行く話がある。
これで、鹿内が修人から来て一緒に行くといって困っているの電話という話は、一切が優の妄想ということなのだろうが・・・・
実際は優が一緒に山に二人で行った(鹿内と)ということなのだろうが・・・
見えないもの、いないもの、とあくまでして欲しかった気がする。
会話を鹿内がした、と話している、というところがおおいに惜しい。
読者は書かれていることを見るしかないので、ここで修人が実在化してしまっている唯一の場所のような気がするのだが。
ミステリとして成立させるならば。)