七人の敵がいる七人の敵がいる
(2010/06/25)
加納 朋子

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評価 4.2

読んだ人がどこかしら、何かしら、特に女性だったら、ああああ・・・と思い当たることがある本だと思った。
特に既婚で子供がいる人だったらPTAの役の押し付け合いのあれこれ、学童のあれこれ、スポーツクラブでのあれこれ、姑とのあれこれ、夫とのあれこれ、なんて痛いほど分かるだろうし、
未婚であっても、町内会のあれこれ、先生とのあれこれ、上司とのあれこれなんてわかるわかる!の連続だろう。
そして自分の身に起こったことをあれこれ思い出しては
(小説だからこう行くけど、現実はこうはいかなかった!)
(小説だから陽子がばりばり物申せるけど、現実ではこうは言えなかった!)
(小説だから陽子の周りに人が寄せ集めでも吹き溜まりでも集まるけど、現実では孤立していた!)
(現実ではこんな風にもつれないで、私は巧く立ち回った!)
みたいなことを、おのおのが想起するのだろう。

この小説で陽子はハードに働くワーキングマザーになっている。
それで最初の方の学校のPTAで巧く立ち回れない。
真っ向勝負に出てクラス中の反感を買ってしまうのだ。
ここが痛快!と思う人と、どうだろう、に思う人とわかれるところだろう。
私は、ここらから中盤まで、なんていらいらする人間だろう陽子は、と思っていた。
これで編集者なのか、これで勤めていられるのか。
周りの気持ちを読み取れずして仕事が出来るのか。
あと人を使わず全部を自分で背負い込んでいくってあまりに頭が悪くないか。
頭が悪いと言うのが語弊があるとすれば、あまりに周りを見下してないか。

が、途中である親子関係の真実がわかる。
ここで、加納朋子の書くところの陽子が
「なぜこれほどまでに子供のことにむきになって熱心になるのか」
というのがわかってくるのだ。
(これがわかった時に、もっと姑とか小姑に大きな顔をしていいと思ったりした)

専業主婦VS働く主婦と言う構図も見えるのだが、決してそれだけではなく私には、
話のわかる人VS話のわからない人の構図にも見えてきた。
専業主婦の中にも話のわかる人もいるだろうし、働く主婦のほうにも話がわからない人がいる(この小説にも出てきている、専業主婦で話がわかる人数人が)

ただ、小説として、私は読んで痛快!という心境には程遠かったのも事実だ。
ああ・・そうですねえ・・という感じしか受けなかったのだ。
単にこういう小説を自分が必要としていなかったからかもしれないのでまた別の機会に読んだら違う感想が出るかもしれない。

・月曜日の水玉模様→レインレイン・ボウ とゆるくつながっている連作