ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)ノルウェイの森〈上〉 (講談社文庫)
(1991/04)
村上 春樹

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ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)ノルウェイの森〈下〉 (講談社文庫)
(1991/04)
村上 春樹

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評価 5

何度目かの再読なので今回特に思ったことを書いてみたいと思う。
・・・・・・・以下話に触れるのでネタバレ・・・・・・・

ノルウェイの森の話は
・共通の友人キズキを失った痛みを直子と主人公ワタナベが抱えていて。
それで抱えながら二人が惹き合う(ワタナベ側の方が強いけれども、思いは)
しかも直子が精神の病を抱えても
ワタナベがずうっとずうっと彼女を思ってる。
そこに緑という女性が入ってきて一種の風穴を開け、また直子と暮らしている同じ精神病院のレイコさんがいて・・・
という恋愛小説の話、

でもあるけれども、
今回読んでみて、
・この話というのは意外に時代を映し出している話だなあと思った。

「過去の恋愛への痛み」のようなものもあるけれども、
「当時の(1950年生まれという設定)日本の風俗がまちがいなく裏側にあって、それでその上に立って、人生に揺らいでいる若者が、その若さに惜別の賦」
というのを思ったのだ。
そしてそこにこそ私は感動した、今回は恋愛部分よりも。
性描写が多いのでそこにすごい目を奪われた、最初読んだ時には。
今回はそれよりも
ずうっとずうっと続いていくと思われる大学時代だがそれは終わりが来て、そしてそこから旅立っていく、様々な形で・・・というのがしみじみとわかったのだった。

なぜなら、
・これって学生運動がある。
その学生運動している人たちが、ある時を境に就職を意識して授業に出てくる様子をワタナベはひどく批判している。ここがいかにもワタナベが幼いと思ったのだ、今の私から見ると。若さだなあと。
・永沢という同寮の男は女を引っ掛け続ける一方でそれでも自分の道を邁進していて、卒業後を常に睨んでいる男であって、この男の造型がわかる、今この永沢みたいな人って(女性問題はともかく)珍しくないと思う。
・寮も右翼が経営してるっぽいのも印象深いんだけど(蛍にもある)、同室の地図のきちんとした男もまた印象深い。
そして、呼び出し電話!!!もうここが携帯がないとかそういう以前の問題として、呼び出し電話で私は時代を感じた・・・

最初の草原場面がとてもいい、改めてそれは思った。
散歩の中で井戸の話と、それに伴って自分を忘れないでといっている直子の様子と佇まいと二人の会話がとてもとても良い。
あと、やっぱり全体の会話がいいと思った。
更に魔の山とか、サリンジャーとかカポーティーとかアップダイクとか さりげなく文学作品が出てくるところも素敵だった。


・・・・
私が初回から?と思っていたことは
やっぱり今回も思った。
・キズキがなぜ死んだのか、というのが書かれてない。
理由ということで。
それはそれでいい。
だけど、キズキのことを緑と話すのも嫌なのだろうが、二人を結び付けているキズキが、ワタナベとビリヤードをしたあとで死んだという話はしている、直子と。
その時に、
「なぜだったんだろう?」
というのがどちらからも出ないのが不思議だった。
怖くて出せないんだろうか。
尚この病状悪化を心配していたのだろうか。
もし私だったら、呟きでもなんででも、なぜ?と出すだろうな、声にして。
そして直子と話し合わないまでも
もし私だったら何百回も自分で自分になぜ?と尋ねるだろうが、
ワタナベが自分で尋ねている部分もない。ここが疑問。

・つまらないところかもしれないが
緑の父が死ぬ間際に
その病院にワタナベが行く。
ちょっとの間緑を散歩させ息抜きをさせ、ワタナベが見守っている、父を。
様子を見ているとか話をしている(一方的にでも)とかまでは私はわかる。
だけど、飲み物を飲ます(これもまあ・・・出来るかもしれない)から始まって、しびんでおしっこ取る?
初対面なのに。
緑だって気に入った子ではあるけれど、まだ恋人未満だ。
普通ありえない・・・(というのは最初から思ったこと)

・あと・・・・
ちょっと話全体に自殺者が多い、というのは欠点だと思う。
キズキはいい。
直子もいい。
いいっていうか仕方がないんだろうな。
だけど、何も永沢のハツミというガールフレンドまでそうすることないんじゃないか。簡単に殺すなよ、と思う。
(村上春樹のインタビュー集をこのあと読んだら、3人殺すというのは最初から決めていたというのでなるほどと思った。もし3人だったら、ハツミ以外いないから)

・また
私には最後のレイコさんとの交わりの意味がわからない。
これは
悲しさを共有みたいのでわかる気もしないでもなかったんだけど、今回読んでやっぱりなんだかわからない。