抱擁、あるいはライスには塩を抱擁、あるいはライスには塩を
(2010/11/05)
江國 香織

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評価 4.9

久々に江國作品でいいなあ・・・と思った作品だった。
恋愛の話より、一族の話に心惹かれた・・・

現代版斜陽(傾いてはいないけれど)のような話で、ここには裕福な奇妙な柳島一族の物語が記されている。
最初の部分で、子供が数人出てきて、まず小学校に行かせる話(学齢になっているのに行ってないで家庭教師についている!)が出てくる。
この子供視点の描写がとてもきめ細やかで、この子供たちの佇まいのようなものが伝わってくるのだった。
そしてこの子供たちのおばあちゃんがロシア人だということもわかってくる。
この屋敷には大勢の人間が住んでいて、出戻りの叔母、無頼漢の叔父、父、母、子供たち、祖母がいるのだが、読んでいくと徐々にこれが非常にとんでもない一般から見ると歪んだ形をした一族だと言うのがわかる。
愛人の子供が平然とここで育てられているし、不倫の果ての子供が堂々といるし、叔母は甥に思い入れたっぷりだ。
そして
小学校生活をまっとうできない異色の子供たちがいて、特異さがそこに際立って現れているのだ、この一族の。

そして時制が逆行し、また進み、逆行しというように語り手も変われば時も変わってくる。
これによって、叔母の百合がどのような悲惨な理不尽な結婚生活をしたのか、叔父がどういう海外生活を無頼に送っていたのか、という一世代前の子供たちというのもまた話の年輪に加わるのだ。
この中で寿司屋さんが家族に招かれて、赤ちゃんが生まれたお祝いに行く場面が、唯一「外から見たこの一族」なのだが、ここもまた周到に準備された章だったと思う。
いつも自分のすし屋に来る夫婦を夫婦だとばかり思っていた寿司屋。
ところが屋敷に行ってみると、妻と思っていた人間は愛人であり、
しかも本当の夫婦のところにも年がずれた子供が生まれていると言う複雑さに寿司屋は目を丸くする。
更にその愛人の子供はここで育てられることになっているという不思議もある。
寿司屋の視線を通じて、私達読者も、この奇天烈な状況を追体験できて、寿司屋の真っ当な感想にぐいぐい頷くのだった。

この話、ラストにおばあちゃんの(ロシア人)サプライズがある。
秘密暴露と言うのか・・・・
ここにも度肝抜かれたのだった。

「みじめなニジンスキー」「かわいそうなアレクセイエフ」の合言葉。
「ライスには 塩を」という言葉の意味。
これらが非常に上手に使われていたのだった。

以下ネタバレ
・おばあちゃんとおじいちゃんはかつて留学先で出会って結婚した、と皆がすんなり思っているが。
実はおばあちゃんの好きな相手はおじいちゃんと一緒についてきた屋敷の人間であり、彼と会いたいがために、おじいちゃんと結婚したのだった。