2011.06.19 白桃
白桃―― 野呂邦暢短篇選 (大人の本棚)白桃―― 野呂邦暢短篇選 (大人の本棚)
(2011/04/19)
野呂 邦暢

商品詳細を見る


評価 5

しみじみといい本だった。
ざっと読むのが惜しくて、ちびりちびり読んでいく、そういう滋味溢れる本だった。
文章に惹かれ、そして話に惹かれ、ある部分まで来ると、さっと身を隠す、そういう話だった。
話の大団円で、ぱっと投げ出される私がいた。
そして残された私は、その投げ出されたのに茫然としながら、余韻に浸っていた。

最初の白桃からぐっとくる。
ここには貧しい子供の二人が、両親に言いつけられ、かつて恩がある酒場に妹の病院代を仮に行くと言う大役を背負っていく。そこで出されるのが白桃。
三人称ではあるものの、基本、弟視点なので、弟は食べたくて仕方がない。
でも兄に手をはたかれて食べられないまま話は進んでいく。
そのうちに、なぜ父が無職なのか
なぜこの一家はこのようになったのか
なぜ幼い兄弟二人が酒場にきたのか
弟の万歳がいえなかった屈託とは何か
というのがつまびらかになっていく。
そしてラスト、母が迎えに来たところで、兄があることを言う。
弟が、あくまで子供の視点で自分の重要なことを思う部分の描き方が非常に上手い。
夜の闇というのを通して、彼の気持ちの変遷が見事にわかる。
そしてこの一家全体の陰のようなものもまた。

十一月は詩のような物語だ。
どの一ページにも詩情が溢れ、書き抜きたくなるような言葉ばかりだ。
十一月になったらこの物語をふっと思い出すだろう。

水晶の男女の悲しいことと言ったら。
女は病気であり、男はそれを看病しているが同時に旺盛な食欲もある。
貧しい二人の会話がやるせなく響いてくる。
生きていくという意味を考えたりする。


藁と火は原爆の話だ、というのが読んでいるとわかる。
だから心の気持ちとして
(それはしないほうがいい)
(そこには行かない方がいい)
というのがせめぎ合う。
でもきっと現実はこうだったのだろうと。
爆心地ではなくてちょっと離れた地域でこうだったのかという驚きもある。
少年の目線というのがまた痛々しい、この母親は一体このあとどうなったのだろう、必死に食べ物を作ろうとしていた祖母はどうなったのだろう、と「この後」を考える。

そしてはじめて読んだ鳥たちの河口。
これもまた、最初の一文から最後の一文まで一本の糸が通っている。
体の悪い妻がいて、無為の日々を送っている夫が干潟で鳥達の写真を撮っている。
油まみれになった鳥を助ける姿。
写真集を出そうと持ちかける出版社の男。
燃える船体。
カスピアンターンという名前だと分かった鳥。
これらが一つ一つの情景になって静かな物語ながら、手に取るようにこちらの心になだれ込んでくる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


白桃/歩哨/十一月/水晶/藁と火/鳥たちの河口/花火