慈しみの女神たち 上慈しみの女神たち 上
(2011/05/26)
ジョナサン リテル

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「シュトゥルムヴァンフューラー!」

評価 5

質量ともに圧倒させれる。
二段組の細かな字が連なり、しかも二冊組・・・・
しかし読み始めると、冒頭部分で、ある老人の衝撃的な回顧談というところからおおいに引き込まれる。
「あなたたちは」と常に読者を意識している語り口、そして彼がどんな行為を行ったか。どういう人生を辿ったか、が次々に描かれていく。
彼はナチスの元SS(ドイツ親衛隊将校)である。
法学博士のマクシミリアン・アウエという人間であり、若い頃、ポケットに小説を抱くような学級肌の男だ。
当初ウクライナで虐殺場面に多数会い、周りの兵士達のサディズムが高揚していくのを間近で見たりする。
そののち少数民族調査などをしているのだが・・・・
中立立場を貫いたため初期に激戦地のスターリングラードに飛ばされてしまうほどだ。
戦線で心を痛め、嘔吐症状が出たり、悪夢に絶えず悩まされたりという実に普通の神経を持った人間なのだ。
この人間がどのように歴史に巻き込まれ変貌していくか。
そして彼そのものの元々の性癖はどのように関わっていくか。
この物語、後半でアウエそのものが大変変わっていく。
残虐ということに麻痺していく、慣れていくというのが後半でわかるのだ。

ユダヤ人絶滅の任務と正義を負わされた兵士達がどのように動いていくか。
総統の意思も去ることながら、それを実行していく実行部隊の様子はどうだったのか。
後に戦争犯罪人といわれる実在の名前をあらゆるところに配置しながら(ヒットラー・ヒムラー・アイヒマン・ヘスなどなど・・・)それらが大きなうねりになってこちらに巨大な迫力で迫ってくる。
(特にこの中でアイヒマンとの出会い部分がとても興味深く描かれている)

・・・・・・・・・・・・・
読んでいて途中大変息苦しくなった。
胎児引きずり場面とか、ユダヤ人を閉じ込める強制収容所の不潔で卒倒しそうな場所とか、公開処刑で人間を外に吊るすとか、更には、スターリングランドの壮絶な敵も味方もない辛い辛い戦闘場面とか、途中でダンテの話が出てくるがまさに地獄絵そのものなのだ。
またナチスそのものだけではなく、たとえばロシアの戦争孤児の狼藉っぷりとかウクライナ民族を使った公開処刑場面、も胸苦しくなってくる。
動物園発想もすさまじい(人間の動物園を作って家庭を作らせ見学者に観察させ民俗学をそこで研究しようと言う代物。これを語られて勿論おかしいと思うものの、聞いている人間が非常に納得してしまう語り口と言うのが更に怖い。)

この物語は、一方で戦争という大きな核があるが、もう一方で、アウエの性癖と妄想というのも散りばめられている。彼の過去と過去の家庭というのも折々に入り込んでいるのだ。
失踪した父への求めても叶えられない愛、
双子の姉ウナに対する屈折した愛つまりは近親相姦、
男性を誘っては犯される立場になるアウエの性的な傾向(なぜだろうと思っていたので、犯されることでウナと同一化の立場になる、という巻末の解説でとても納得した)、
再婚した母への想いと屈折した愛情とその裏返しと殺人、
とギリシア神話との関連も編みこまれてくる(タイトルもオレステイア三部作の一つそのもの)
このあたりも非常に巧みに物語に組み込まれていて、重層的な物語としての厚みを増している。

後半で母殺しを追った二人の刑事が出てきて絶えずアウエを悩ますのと同時に、強制収容所でのユダヤ人労働者の生産力向上の任務を負ったアウエがいかに労働力にならない劣悪な環境におかれたユダヤ人を労働力にしていくか、そしてハンガリーのユダヤ人をどのようにしていくかというのがもう一つの大きな職務上の悩みになっていく。
しかし歴史のうねりはこのような人間の小さな悩みを吹き飛ばすような方向に一直線に走っていくのだ。

全篇にいたる混沌と混乱、死と直面した人間の魂のありよう、垣間見える人間性、そしてそのような最中ですらいや最中だからこそありえる性への欲求。
ただ一筋の灯りと見えた同僚トーマスには最後何があったのか。
そしてそこに至らしめたのは何だったのか。
最後の一行の文章とともに全てがこちらに迫ってくる。

以下ネタバレ
・親友トーマスを最後殴り殺すのだった。