2011.08.30 嵐が丘
世界の文学〈第12〉E.ブロンテ (1963年)嵐が丘 詩

評価 5(飛びぬけ)

何年、いや何十年ぶりだろう。
必要があって読み返してみた。
この河野一郎訳で染まっているので、これで読み返してみることにした。
図版が特殊で実に懐かしい。
一度見たら忘れられない挿絵だ。
最初の方で、ヒースクリフが犬をけしかける場面があって、その犬の絵など、強烈に怖い。

(以下、内容に触れます)

・・・
構造的には、最初から二つの語りが組み合わさっていて、
「嵐が丘屋敷を借りたロックウッドさん」と「ここの話をしてくれるディーンさん」という形になっている。
だから語られる物語、なのだ。
ロックウッドは最初に出た、キャサリン二世に惹かれる心のうち、というのもちょっと覗かせているのが微笑ましい。

ヒースクリフの常軌を逸した復讐物語とも見えるが同時に、キャサリンへの限りない愛という純愛物語でもある。
かつて読んだ時に、キャサリンが金持ちのエドガーとなんだかんだ言って結婚してしまうというのが、なんだか納得が出来なかった。
が、年月がたち、読んでみると、
キャサリンの心模様というのもまたわかる。
ヒースクリフがキャサリンのセリフを全て聞かないうちに出奔してしまって、そのあと探しても探してもいなくて絶望するキャサリン。
病気になるキャサリン。
魂が一つと思っているのに、その魂の片割れが消えてしまって(しかも自分の言葉を途中まで立ち聞きしたせいとまでわかる)いるキャサリンの悲しさもある。
また実際問題として、ヒースクリフと一緒になったとしても、経済的に最初のうち全く成り立たなかっただろう。

復讐とキャサリンの愛情のために戻ってきたヒースクリフは、かつて苛められた当人ばかりかその子供までをいたぶり始める。
更に、自分がキャサリンの義妹と結婚して出来た子供(遠くで産んで母は死ぬ)リントン・ヒースクリフにも愛情を注がない、ばかりか、ここもまたいたぶるのだ。
かつて自分を苛めたキャサリンの兄ヒンドリーは身を持ち崩させ、その子供ヘアトンは粗暴に放置状態で育てる。
たとえヘアトンを無教養にしたところで、父親のヒンドリーはもう死んでいるわけだ。
だからこのあたりはヒースクリフの自己満足のいたぶり、とも言えよう。

善意の人、というのがちらちら見える。
たとえばヒースクリフを間違って愛したと思い込み駆け落ち結婚までしたキャサリン義妹のイザベラなどは、それであって、ヒースクリフの愛をひたすら求めている。
また、キャサリンと結婚したエドガーもそれほど悪意がある人ではない。
更に、キャサリンが産み落としたキャサリン二世もまた無垢な少女である。
こうした白い珠のような人達も、徐々にヒースクリフの黒い珠に飲み込まれ、我を忘れていく、というところが読んでいて実に面白い。

また全体に陰惨な話なのに、よく読んでみると、夏のヒースの丘の美しさもキャサリンの口から語られているところも興味深い。映画も見たのだが、この二世達の話はカットされていたのだった。