春から夏、やがて冬春から夏、やがて冬
(2011/10)
歌野 晶午

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評価 4.9

嬉々として読んだ。
もしかしてこういう仕掛けがあるのではないか?これがこれなのではないか?とあらゆることを想像しながら読んだけれど、ラストで、私の思っていた方向が全く違っていた、というのがわかったのだった。
ミステリではあるけれど、どちらかと言うとある人間ドラマとして、私は楽しめたのだった。
救済ということを深く考えた。
本当のラストで、ちょっと心打たれさえしたのだった。

万引き犯人の薄汚れた若い女性と、一人の真面目なスーパーの保安責任者が、万引きの現行犯の場面で出会ってしまう。
保安責任者は心に深い傷を負っている。
捕まった側の若い女性に何を保安責任者は見ているか。
そして抱えている深い傷が明らかになっていく時、若い女性が何を考えたか。
このあたりの描写がとても優れていると思った。

徐々に徐々に心の傷が小出しにされていく。
最初は、ただ喪失の物語であったのに、それはただの喪失ではなく悔恨と怨嗟と絶望に満ちた喪失であったのだというのが途中で分かるのだ、それは読者も聞いている側の若い女性も。
男性の痛みというのがこちらに迫ってくるほどこの話は読んでいてのめりこめるのだと思う。
ここが何度も繰り返しのように出てくるけれど、それはボディーブローのように読者の心に沈み込んでいくのだった。

ただ、ちょっとした疑問もあった。
そこはどうなのだろう、と。

以下ネタバレ
・保安員の男は家族を亡くしている。
妻はともかくも、全ては娘の自転車事故、から始まっている。
ひき逃げ犯人はいまだに捕まっていない。
そして娘の自転車事故、は、
彼が注意しなかったウォークマンを耳にしていた、というところから、巻き込まれた、と自責の念に駆られている。

保安員の男は、自分の娘と同い年の万引きの女性に娘を見ている。
そして同居の男のDVに悩まされ、生活困窮の女性に少しずつ援助してあげようとするのだ、なぜなら保安員の男は余命いくばくもないから。
それは食べ物であったり、少額の現金であったりするのだが、打ち解けるうちに大金を彼女に貸す名目であげようとさえするのだ。

・ところが、途中で彼女のメールを見ると
そこには、彼女と友達自身が、実は娘の犯人であるというのが克明に記されていたのだった。
そしてウォークマンを聞いていたと言う痕跡をわざわざ作ると言うほど悪質なひき逃げ犯人であったと。
そして保安員の男は熟慮の末、彼女を殺して服役するのだが・・・

・実はこのメールは贋物というのを、主治医が調査の結果、看破するのだ。
娘の事故当日、彼女は東京にいなかった。
更にメールのあて先の共犯者の友達は、中学生の時に死んでいた。
だから、自分によくしてくれている保安員の自責の念をなくすための、女性の一世一代の芝居だったと言うことがわかる。
が、このことは、保安員の怒りを燃やして殺人者にするというところまでは予測できなかった。
そして主治医もこの真実を保安員に告げることはない・・・

・・この女性が、
ここまで頭回るかなあ・・・というのが私の疑問だ。
読んでいて、それほど頭が良さそうではない。
それなのに、この段取りを考え(自分が殺されることを念頭に置かないのはわかるにしても)、これを更に文章にしてメールに残すと言うのは・・・かなり頭がいることだと思うから。