2011.12.13 水の柩
水の柩水の柩
(2011/10/27)
道尾 秀介

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評価 4

ヒットする人にはヒットするのだろうなあ・・・とまず思った。
主人公の少年逸夫は比較的まともな家庭で暮らしている。
もう一人の女子敦子は学校で壮絶ないじめを受けている。
タイムカプセルを掘り起こし、自分が書いた文章を取り替えると言う作業を女子が少年に持ちかける・・・
途中で少年の祖母の知られざる過去が見えてきてそれが女子のいじめと重なり合っていく・・・

女子の苛められる場面があまりに悲惨で読むのがとても辛かった。
この頃の小説でいじめの場面がとても多いような気がするのは気のせいか。
そしてそこで私は何時でもとても辛くなる、暗澹とした気持ちになる、小説とはいえ、これと現実がもし重なっているとすれば、と思うと。

沈んだダム、というのもなんだかよく見かける、なぜだろう?
このところで読んだ小説で沈んだダムというのが重なるのは偶然だろうか。
(辻村深月の水底フェスタもあるのだが、他にもあった記憶が)

・・・
この小説の中で、それぞれの章の最初の方で、あるトラップが仕掛けられている。
そこで知らず知らずの内に読者は(こうじゃないか)と思わせられる。
でもそこもちょっとわかってしまう。
またいくの話も途中であからさまにわかってしまう。
わかってしまったからと言って、それがマイナスにならない小説にもあるのだが・・・
また最後の最後で少年がすること、というのが私には、わかったようなわからないような、という気持ちにさせられるものだった。
きっとこの部分こそがこの小説を好きになるかならないかの部分だと思う。

また敦子の依頼(タイムカプセルを掘り起こしてくれ)に、こんなに逸夫は協力するのは、恋なんだろうか。
恋ならなぜクラスの中の敦子の惨状に気づかないのだろう。
主人公逸夫はとてもいい子だけど、これだけのことがたとえ女子の間でも行われているのに気づかないほど鈍いんだろうか。
まだいじめが続いているのかとわからないほどの生活ってどういうものなのだろうか。
このあたりが私にはとても解せなかったのだった。

以下ネタバレ
・バス場面で皆でダムにいく場面がある。
ここで少女敦子の姿は最後まで描かれていない。
話しかけてもいない。
文章から、もしかして敦子は自殺したのか、というのを読者に植え付けている。

・旅館を営む祖母のいくは、かつて大富豪のお嬢様だと自分を偽っていたのだが
実は貧困の中にいたことが、当時の同級生が旅館にきたことに寄って分かってしまう。
そして、当時たった一人の親友と遊んでいて助けられずに(振り払って)殺してしまったという自責の念がある。

・ダムにそれぞれの洋服を着せた人形を落とすのであった。