福永武彦戦後日記福永武彦戦後日記
(2011/10)
福永 武彦

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評価 5

ここで終わるのか・・・・
ページを閉じ終わった瞬間になんともいえない気持ちがこみ上げてきた。

大好きだった(過去形だけど今も好き)福永武彦作品。
その作品がこのような福永武彦の身辺の状況下で生まれたとはほとんど知らなかったのだ。
常に常に貧困との戦いであり、しかも戦後になっているのにその貧困たるやすさまじい。
加えて、福永自身の胸の病で決して体も丈夫ではなく、しかし一方で乳飲み子を抱えた奥さんもいて切羽詰っている。
でもこの若者の目がきらりと澄んでいるのが印象的だ、なんて志の高い人間なのだろう。
いつか自分が文学の道で身を立てたい!という一心で、帯広から長野を経て東京、またこれは父への借金の申し込みだが(結果的に出来なかったが)岡山まで足を運ぶ。
なんとか自分と澄子(妻)と夏樹(乳飲み子)の生活を安定させたい。
なんとか文壇に出たい。
なんとか自分の足跡をこの世に残したい。

最初の池澤夏樹(福永武彦の子供)の序文も非常に印象深いし心打たれる。
彼がいみじくもここで語っているように、私達は既に福永武彦が作家になったことを知っている。
福永武彦が作家になる前に死なずに、ここにも何度も出てくる加藤周一、中村真一郎らとマチネ・ポエティクなどを作ったということも知っている。
数々の作品と評論を発表したのも知っている。
でもこの時点では、福永は何者でもなく、ただただ妻子を妻子ですら居心地の悪い帯広の実家に預けて自分のみを何とか立てたいと思っている若者に過ぎない。
ここらあたりが非常に胸打つのだ。
頑張れ頑張れ、と声援したくなる。
私の大好きな「風土」という作品がこういう中で生まれて来たと言うことに驚嘆した。

さらに、離れて暮らしている澄子との仲も険悪になっていき、澄子が自殺一歩手前だったという衝撃の話も後半で出てくる。
澄子自身も文学を志していて、そして彼女から見れば福永は妻子を置いて自分だけ上京した男、なのだから、それはそれは葛藤があっただろう。

不幸は続いて、ようやく落ち着こうとした場所が火事になったり、病気が再発したり、これでもかこれでもかと生活の打撃が福永を襲う。
常に貧困がまとわりついているのだ。
途中の、帯広の中学校の英語の教員になる際にこれ自体は不本意なのだろうが、夏樹のために夏樹のために、という文章に涙がこみあげた。
池澤夏樹はどういう思いでこれを読んだのだろう。
決して妻を捨てたわけでもなく子供を捨てたわけでもなく溢れるような愛情はあるのだが、お金のために身動きが取れないジレンマがある。
ここがなんとももどかしい。

それでもこのあと、離婚ということを後世の私達は知ってはいるけれど、最後の未来を見据える明るい若者の目というのに気高さを感じた。