2012.02.29 道化師の蝶
道化師の蝶道化師の蝶
(2012/01/27)
円城 塔

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評価 4.9

大変面白く読んだが、理解できたかと聞かれたら自信がない。
粗筋をまとめよ、と言われても自信がない。
ただただ、この文章に引きずられこの文章の世界を彷徨ったというのが正直な感想だ。
語り手と時空が飛び飛びになっていて断絶しているようである地点で結びついている。
物語を読んでいるとそれが小説内の小説、というのが途中でわかったりする。

言葉の物語として、蝶のイメージ、それを捕獲するイメージ、銀色の虫取り網、そしてラストの蝶のはばたきの行方のあたりが非常に美しいと思った。
この世界では何でもあり、と思いつつ、それでもあれやこれや考える作業が非常に楽しかったのだ。
途中、女性?それとも男性?と考えるけれど、それすらどうでもよく、ここでは何でもありの世界なのかさえ思う。

(以下個人的覚書)

・最初に「わたし」が出てきて、飛行機にいる。
A・A・エイブラムスという銀色虫取り網で着想を取ろうとしている人間がいる。
「わたし」は飛行機で読書できない。
A・A・エイブラムスが旅の間しか読めない本があるといいという着想を虫取り網で捕らえる。

ここから物語が展開すると思いきや、実はこれは多言語作家の友幸友幸の「猫の下で読むに限る」の翻訳であった(小説内小説)
友幸友幸の姿がここから見え隠れして世界各国に移動して作品も散らばっている。
そして更に、途中で私が、え、と思ったのは、友幸友幸がもしかして女性?ということなのだ。
子宮癌という言葉がある。
また、モロッコでのひとこま(お婆さんに言語を教わっている女性)があるからだ。
ここでお婆さんと語り合っている女性は友幸友幸なのだろうか?
それともお婆さんが友幸友幸なのだろうか?

そしてまだまだ話は混沌としていて、友幸友幸を探しているエイブラムス氏のエージェントが登場する。
エイブラムス私設記念館で友幸友幸の手芸品がある。
これを読み解こうとする「わたし」がいるのだ(女性らしい)
ということは、この「わたし」は友幸友幸ではないのだろうか(モロッコの女性とこの「わたし」が一緒だったとしたら)