アイ・コレクター (ハヤカワ・ミステリ 1858)アイ・コレクター (ハヤカワ・ミステリ 1858)
(2012/04/06)
セバスチャン・フィツェック

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評価 4.9

エピローグから始まっているという奇抜な構想の物語だ。
しかも、ページを見ていると段々数字が減っていく。
どうやって話を作るのだろう、と思って読んでいると意外に話はただ、逆なだけで普通に進んでいく。

ベルリンの中で
子供を誘拐して母を殺し、設定時間内に父が探せなければ子供を殺すという殺人事件が連続で起こる。
殺された子供の左目がえぐられていた。


このミステリ、探偵役が探偵とか警察官ではなく新聞記者のツォルバッハという男だ。
彼は昔、ベルリン警察の交渉人として勤めていた。
この新聞記者というところが、この話のある重要な部分なのだと思う。
交渉人として挫折した経緯が冒頭で描かれている。
そして新聞記者として実に多忙に暮らしていて、自分の母親の入院している病院に頻繁に行くこともままならず、子供の誕生日にもなかなか間に合いそうにもないという家庭内のジレンマも抱えている、というのも最初の方から何度も出てきている(ここもあとで重要になる)
そしてツォルバッハがなぜか犯人にでっち上げられ(切られているはずの警察無線を傍受したり、犯人しか知りえないことを知っていたり、場所がなぜかわかったり)、つまりは容疑者になっていってしまうという構図がある。
読んでいる内に、くらっと(ツォルバッハが記憶喪失を繰り返していてもしかして彼が犯人?)と読者まで思わせるような周到さだ。
物理療法士アリーナのところにアイコレクターの犯罪者が来た、というアリーナ自身の言葉もまたある。
これについても調べてみても、なぜかツォルバッハがカメラに映っているという不思議な状況もあるので、ますます彼が犯人?と思ってしまう。
更に、ツォルバッハの母の入院している部屋の写真が、ツォルバッハと彼が見知らぬ少年と一緒に写った写真に変わっている。
ここで(ツォルバッハはやはり記憶喪失?)と疑念を抱いたのだった。

捕まっているトビアス少年の短い章も忘れがたい。
自分の状況がなかなか掴めない所から、なんとか脱出を図るけなげな少年・・・・

ミステリとして、「特殊な能力を持つ」盲目の女性物理療法士アリーナというのが受け入れられるかどうかがこの小説を楽しめるかどうかの鍵になる気がした。
触った人間から、見たものを幻視する。
私はここがとても面白いと思った人間なので、この先をこれでもかこれでもかと読み進めていけたのだった。
ゲームのような殺人を繰り返すシリアルキラーものであるが、この異常さというのがたまらなく面白い。
アイコレクターの手紙というのもまたとても読み応えがあった。
なぜこの人間がこのような犯罪に走ったのか。
ここもまた納得できるように描かれている。
そしてラストの何ともいえない心に澱が残るような締め、爽快感ゼロのエンディングもまた好みだったのだ(ここも感じ方が分かれる場面だと思う)

一番のメイントリックで、全ての意味がわかった時、まったく気づかなかったので、やられた!と思ったのだった。

以下ネタバレ
・アリーナの人に触れて幻視したもの、というのが
読者もツォルバッハもまたおそらくアリーナも「過去のもの」として思っている。
つまりその人が「過去にしたこと」に対しての幻視だと。
だからそれに沿って捜査を進めていこうとしている。

ところが、最後の方で実は、とわかったのは
幻視したものは、「未来の出来事」だったのだ。
この本がエピローグ(未来、なわけだから、プロローグから見れば)から始まり、章が逆になっている(未来からさかのぼって過去にいっている)、ということにもこれが繋がっていく。