世界を回せ 上世界を回せ 上
(2013/06/11)
コラム・マッキャン

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世界を回せ 下世界を回せ 下
(2013/06/11)
コラム・マッキャン

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評価 5

群像劇であり、ある人物とある人物が意外な繋がりがある、と思っていると、またその人物が別の人物と繋がりがある、というようにぐるぐると繋がっている物語だ。
映画化されるらしいけれど、どの場面も映像が浮かび、とても楽しめた
以前に見たアルトマン映画のようだった。

どの場面も心に深く刻み込まれ、言葉の一つ一つも慈雨のように心の奥底に何物かを注いでくれる。
(上空での訓練のために、雪の上のワイヤーで練習をし、雪の上に飛び込み出られなくなった小さなエピソードとか、地下鉄の中のちょっとした署名(サイン)を見つけようとする男のエピソードとか、電話をツインタワーの近くにかける技を使うハッキング集団のエピソードとか、クレアが自分のゴージャスな自宅に低所得者層と言われる友達を呼ぶ時の長々と続く躊躇いのエピソードとか、全ての小さなエピソードも見逃せない)

更に、一見、このツインタワーの男が意味ないようにも見えるのだが、実はこの男の存在が、時間がいつかを読者に教えてくれ、その出来事への各自のスタンスからその人たちの生き方も見えてくる。
(裁判場面を見るまで、コリガンの事故、と、ツインタワーの男の事件は並列であると思っていた。
しかし実際には、この裁判があってから、コリガンの事故があり、つまりはツインタワーの男の事件はコリガン事故の前なのだ。ここでいくつかのイフも生まれる。もし裁判官が(クレアの夫)それほどツインタワーの事件に興味を覚えていなかったら、もっとコリガンの(というか親子の娼婦の)事件が裁かれるのがもう少し遅くなっていたらコリガンの事故は起こってのかどうだったのかと言うイフが)

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冒頭でワールドトレードセンタービルのツインタワーの間にワイヤーを張って歩いていく男の姿が描写される。
これがとても印象深い。
なぜなら、数十年してから、このツインタワーがあのようになくなる、というのは誰しも知っていることだから。
この今の私達の目、でこの物語を読んでいるとあらゆるところに、色々な思いが堆積層のように重なっていく。
ベトナム戦争への評価はこの当時でさえ批判されているが、今、既に評価が固まっているのにも思いを馳せるし、当時まだ最先端で特殊な人しかやっていなかったパソコン、インターネットを扱おうとするクレアの息子のジョシュアが、このベトナム戦争で亡くなったというのもまた皮肉な話だ。

ベトナム戦争の時代で、この話の中にもこれはとても大きな出来事として描かれている。
子供を亡くした母親達の集い、というのも現実にある。

・・・
縦軸に大きな一本の線としては
・修道士として貧しい娼婦に自分の自宅を解放しトイレを使わせ休憩させた神のような弟のコリガン。
しかしコリガンには愛する女性が実は出来ていた。
修道士と男性との間の葛藤で悩むコリガン。
そして彼の兄がアイルランドからやってくる。
がある。
そこに
・コリガンの事故に関係した二人の芸術家崩れの夫婦(特に女性)
(その女性とコリガンの兄とのやり取り)
・娼婦の

・優秀な成績の高等教育を受けながらそれを生かしきれない黒人のグロリア
・グロリアと同じく息子ジョシュアをベトナム戦争で亡くした富裕層のクレア
・コリガンと一緒にいた娼婦の事件と同時にツインタワーの間を歩いた男の裁判をしたクレアの夫
・親子で最低の生活をして生きながらえている娼婦二人(ジャズリンが娘)

などが絡まってくる。