ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
(2014/02/07)
トマス・H. クック

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評価 5

原題が、The Crime of Julian Wellsだ。
日本タイトルで軽く内容を説明してくれているようだが・・・・

異色作と帯にあるけれど、クック作品の系列の根幹を成しているものは同じだと思った。
そしてクックは、私にとってどの作品でも読む喜びを味あわせてくれる稀有な作家なのだとも思った。
大変面白く読んだし、一旦読んだら最後まで目が離せなかった、一体どうなるのだろうと。
そして途中の経過で、過去の見た出来事がみるみる様相が変わってくるところなど(ジュリアンとガイドのマリソルがひそひそ話している場面とか)は見事だった。

非常に苦い結末が待っている。
辛いのだが、それでもそこに行き着くまでのフィリップの心情、また妹のロレッタの納得のいかない気持ちなどが、焙り出されていくような過程に魅せられた。

最初の場面が「作家ジュリアン・ウェルズが湖でボートを出し自死するところ」から始まる。
静謐で美しい場面だ。
この作家がなぜ逝ってしまったのか。
作家の死を悼む文芸評論家フィリップはそれが受け入れられない。
執筆意欲のあったらしいジュリアンがなぜ妹にもフィリップにも何も語らずにこの世を去ったのか。

・・・・・・・・・・・
フィリップはジュリアンの妹のロレッタと共にジュリアンの過去を探っていくのだった。
二つのこと、フィリップが持っていた地図と最初の著書に書かれた「わたしの犯罪の唯一の目撃者フィリップへ」という言葉のみが頼りだ。
犯罪があったのだろうか、そしてフィリップはそれを見ていながら意識していなかったのだろうか。
そんな興味がこの言葉で湧き上がる。

探っていく途中で、フィリップは、自分がかつて太陽のようだったジュリアンと一緒にアルゼンチンに旅したことを思い出す。
ここで出会ったのが、フィリップの父(今は引退しているが)を通じて紹介してもらったガイドの女性ロレッタだ。
しかもロレッタはなぜか失踪したらしい。

ジュリアンの描く世界は、犯罪虐殺の世界だ。
章が最終章を除いてはジュリアンの著書のタイトルになっている(そして内容的にもややリンクしている)というのが巧緻な作りになっている。
ある国の裏側。
ある国の陰謀。
そこに暗躍するスパイがいて、二重スパイがいて、三重スパイがいて、密告があり、人の目があり、とこれが絵空事ではなく現実の世界である場所があったのだ。
残虐な行為をする犯罪者がいるが、それが国家規模で行われた国というのが実在はしているのだ。

点だったものがどんどん探していくうちに線になっていく。
ジュリアンのかかわった人に会っていくうちに、新たなことが次々と出てくるのだ。
そして二転三転の推理の結果・・・

「もし自分が死の直前のジュリアンに会ったら。
なんと声をかけるか。」
この答えをもフィリップは模索する。
そしてラストの美しく残酷な描写が、この本のある箇所と対になって心に残る。

全部読み終わってから、ロレッタ神父(孤児のマリソルを育ててくれた恩人)の言葉が実に身に染み渡る。
悪意ということについても考えさせられた、自分の考えていない悪意というのが発動されてしまうこともあるのだと。

以下ネタバレ
・マリソルに恋愛感情を持っていたとか
マリソルをジュリアンが直接的に殺したとか
マリソルが実はスパイであってジュリアンをはめようとしていたとか

それはそれは色々な憶測が出る。

しかし真実は
・マリソルはただのガイドであった
何も政治的思想を持っていなかった
・しかしフィリップの父がアドバイスしたことにより

「戯れ」にジュリアンが自分が情報を掴んだ、それはロドリーゴ神父が近々逮捕されるという情報だというのを
マリソルに流す、秘密諜報員の振りをして。
それをマリソルは真に受けて、バルガスという信用ならない男に相談してしまったせいで、逆に通報されてしまって拷問にあい死に至った。

(この背後にはフィリップの父のアドバイスがあったので)ジュリアンは自分の罪のみならずフィリップの父親の罪を暴くことはしなかった、フィリップを守るために。

・犯罪の目撃者というのは
ジュリアンが秘密諜報員気取りで神父のことをひそひそマリソルに話していた最後の場面の時に
フィリップがテーブルに来たから。