2014.09.27 妻の沈黙
妻の沈黙 (ハヤカワ・ミステリ文庫)妻の沈黙 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(2014/08/08)
A S A ハリスン、A. S. A. Harrison 他

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評価 4.8

一気読みだった。

いつまでたっても殺人が起こらない。
動機はこれだけあるのに。
そして犯人も最初の方からわかっているのに。
三分の二読んだ時点で、(なんでもいいから早くあの男を殺せ!)という気持ちに私すらなってきた(これが狙いなんだろうか・・・)。
それだけ身勝手で許しがたい男なのだ、沈黙している妻の夫は。

男と女が交互に語る形式。
そして埃をたたけば出まくる夫に失踪する妻(「妻の沈黙」では妻は失踪していないが)
映像的な場面の数々。
どうしたって「ゴーン・ガール」を思い出すだろう。
けれど、妻の沈黙には心理学があり、しかもページをめくる吸引力はあるが、ゴーン・ガールのようなページごとの驚きはない、実に粛々と話が進んでいくのだ。
妻の沈黙では、ほぼ妻は動かない、この気持ちの良い家から(家の描写もなんともゴージャスで素晴らしい)。
夫は浮気相手から迫られてそちらに移行はするものの、なんとかかんとか理屈をつけてこの気持ちの良い家に戻ってきたりもする。
この男、財力さえあれば両方を維持していきたいのではないだろうか。
何しろ、自分本位であるから、自分を常に立てていて欲しく自分が好ましい環境にいたい、というのが根本にあるから。

こんな勝手な理屈があるだろうか。
家には美女といってもいい糟糠の妻がいていつも美味しいご飯を作ってくれている。
見晴らしの良い素晴らしい住居と美しい妻と料理とワインと飼い犬と言う夢のような生活。
しかもあちこちぶつかりながらも、自分の仕事も巧く行っている。
それなのにこの男と言えば・・・
旧友の娘を(しかも小さい頃から知っていた)関係を持ってしまい、挙句の果てに子供ができて結婚を迫られる。
妻をいやいや捨てざるを得なくなる、しかも新しい若い妻はわがままときている・・・
馬鹿な男としか言いようがない。

言いようがないのだが、まあ世間的にもよくある話だ、若い女性にくらっとなり全てを捨てるv中年の男・・・いくらでも話が転がっている。
それよりもこの話、奥さんがセラピストというところが非常に面白いポイントになっている。
しかもアドラー心理学というのを根幹としているので、あちこちに「幼少期」がいかにその後の人生に影響を与えるかということがちりばめられている。
それは、ひどい旦那が、「なぜ色々な女に走ってしまうのか」ということへの原動力(幼児体験)ももちろんあるのだが、奥さんがかつて大学で心理学の勉強途中自分がセラピーを受ける授業において、自分の幼少期を思い出す(それも封をしていた)というところが一種のこの小説の醍醐味にもなる。

妻の沈黙というように、妻は夫の浮気(それまでにもたびたびあった)を黙認していて沈黙している。
それが怖い、と思うと同時に日本だと多いだろうなあ・・こういう夫婦とも思った。
徹底的に自分たちで会話をして夫婦を成り立たせているかの国と、まあまあなあなあで何とかやり過ごしていく日本の夫婦というのを比較して見るのも一興かもしれない。

以下ネタバレ
・妻の幼少期に封印されていたもの、
それは、年の離れた兄に性的いたずらをされていたことだった。
(ここはなんとなく途中でわかる)

妻がセラピストになったきっかけの、弟が突然悪夢を見出し反抗的になるのを押さえられるのは自分だけと家族に褒められる、と言う話があるが、これまた弟も同時に兄に性的いたずらをされていてそれがきっかけて悪夢を見るようになったのだった。

・この中で、さらっとだが、夫が若い愛人に暴力を振るったとある。
これもこの男の属性を現していて、小さい頃に父が母に暴力を振るう家庭だったというのが尾を引いている。

・夫を殺そうと友達アリスンに大金をはたいて依頼した妻。
そして思い通り夫は殺される。
ところがアリスンに何度連絡をしてももう連絡が取れない。
しかも刑事が来る・・・・追い詰められる・・・

なのだが、結果
夫の親友で自分の子供に手をつけられたディーンが殺し屋に殺しを依頼して殺したということになった。
これが本当なのかどうかわからない。
殺し屋は頼まれているがやってないと言っているわけだから。
同時にディーンと妻が殺し屋に夫トッドを殺して欲しいと頼んだのは確かである。

・途中で、睡眠薬を大量に飲ませて夫を殺害したかもしれない、と言う場面も印象に残る。
鍵を抜いておくという悪意の場面も、妻の沈黙が恐ろしい。

・この話、一見すると、馬鹿な浮気男に耐える女、だめ男とできる女、と言う構図だ。
けれど、話が進んでいくにつれ、女つまり妻の側に非常に深いある問題(幼い時に兄に性的虐待を受けてそれを自分の中で閉じ込めている)があるということがわかる。
これが夫婦生活に陰を落としていることも間違いがない。
だからといって浮気をしてもいいということにはならないのだが。

・夫がHIVに感染しているかもしれないと怯える姿は哀れでもあり滑稽でもある。
しかし痒い、というあの描写はどう繫がっていくのか、よくわからない。
あれは病気だったのか、単なる思い過ごしだったのか・・・