火星に住むつもりかい?火星に住むつもりかい?
(2015/02/18)
伊坂 幸太郎

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「この状況で生き抜くか、もしくは火星にでも行け。
希望のない、二択だ。」

評価 5

エンターテインメント小説ではあるけれど、テーマとしてはとても重い。
やりきれない公権力の横暴がまかり通っている架空世界を描いていながら、これがもしかしたらありえるかも、と思わせてしまう筆力がある。
簡単にぱぱっと読むことは出来ないのだが(何しろテーマが重苦しい)、読み終わってみると、前半の伏線が丸ごとすべて回収されていて心地良さが体中を駆け巡った。

会話が相変らず巧妙だし、色々な所の文章が楽しめる。
楽しめるだけではなく、その意味があとからわかってくることが多いのだ。
(床屋でのさりげない会話とか、最初の方の交通事故隠蔽の話とか、キャベツの青虫の話とか・・・・

この世界は「平和警察」と名乗る警察が君臨している。
交代制の「安全地区」と言う名の下に徹底的に市民が監視される。
各所に監視カメラが設置される。
警察は、市民を見張り、そして彼らからの密告で成り立っている。
密告されると何かの真犯人かどうかということよりも、
真犯人である、と言うことを前提としての過酷な拷問が行われる。
果てしなく続く拷問、
しかも家族まで巻き込まれる。
挙句の果ての公開処刑・・・・
これが出来て以来、犯罪件数が減っていると言うのが公式の見解なのだが・・・

そこに現れたのが一人のヒーロー正義の味方。
彼は一体何者だったのか。
平和警察の追跡が始まる・・・



中世の魔女狩りの理不尽さを語っていると思うとここにはそれ以上でも以下でもない魔女狩りが真面目に行われている。
最初のリストラをしている男が理不尽に死んだ、というところから始まって、高校生のいじめの話が出てくるあたりなど、つながりは一切わからないものの後から読むと見事だと思った。
この高校生のいじめの場面に、既に「正義の味方」が黒ずくめで現れているのだ。
そしてこれは最後の章でどういうことかわかってくる。
ここに出てくる多田(いじめ側)と佐藤(いじめられる側)はラストの公開処刑の場所でもとても重要な人間になってくる。

そして防犯カメラの図がある理容室の場面。
ここもあとから読み直すと非常に面白い構造になっている。
床屋談義のようにここで人々はあらゆることを語っていく。
さまざまな人が訪れてさまざまなことを語っていくのだ。

更に、傲慢な平和警察に対抗しようと言うグループも出来ている。
この人達が活動しようとして、ある種の挫折をするのだが、ここまた、あ!という出来事がある。
(→金子ゼミの仲間、というのが政府への反逆グループだとされていて、ここに加わる人もいたのだが、実はこれは警察が作っていたゼミで、不審者を洗い出す効果を持っていた。これを考え出したのが下に書いた真壁)

そして中盤でとても重要な人物、平和警察で警察官らしからぬ真壁鴻一郎と言う人間が登場すると話の軽快さが加速度的に増していく。
彼は仙台駅の新幹線改札口の手前で部下と合流する(ここもとても重要、ラストで)
彼が部下と捜査していくのだが、なかなか警察官を殺した何かを使った男(当初何かということしかわからない)が見つからない。
それを徐々に「正義の味方」を追い詰めていく真壁。
彼の推理はシャーロック・ホームズのようで、ちょっと他の並みの警察官とは一線を画している。

・・・・
重い話だが、そして笑っては本来いけないのだが、そこここにくすっとした笑いの要素もちりばめられている。
三分間は人間は鉄棒にぶら下がってはいられない話。
虫の擬態の話。
虫が死んだ振りをする話。
拷問の方法の話。
平和警察のマジックミラーが逆の話。
煎餅屋の宣伝の話(とても後半重要な話になる)

偽善者の話というのは笑いはしなかったが、深かった。
何度か出てくるけれど、ここはとても考えさせられた。

なぜこの人達が選ばれて助けられたのかと言う話にもなって、ここで高校生が意見を出すのだが、これまた笑える意見だった。(→名前に誠ととか真とかが入っていると言う意見
でも笑えるが、この世界だとこれがもしかして本当かも?と思ってしまうところもある。

後半誰が正義の味方か、というのが争点となってくる。
誰もがある人間を正義の味方だろう、と思っていると、全く別の人間が浮かび上がってくる。
このあたりも読みどころだ。

以下ネタバレ
・正義の味方は、磁石を使って悪者をやっつけている。
これを開発した研究室にいた鷗外君という若者が正義の味方と思われていたが
実は床屋の旦那が正義の味方だった。

そして真壁は死んだと思わせて、実は生きていて警察内部から平和警察をやっつけようとしていたのだった。
真壁が反対側の人間と言うのは割合すぐにわかる。


・救うのに選ばれた人間は、
この床屋に来た人だった。
全員を救うことは出来ないから。