ソロモンの偽証 全6巻 新潮文庫セットソロモンの偽証 全6巻 新潮文庫セット
(2014)
不明

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評価 5(飛びぬけ)

映画の前篇を見たので、もう一度読んでみた。
(映画の前篇は素晴らしかった、ここをこうしたらいいなと言う部分はあるにせよ。
あとこの人は原作とは違うというのも勿論あるにせよ。
この、藤野涼子を見つけたというところで既に成功なのではないか、この映画)


中学生達が実に生き生きと描かれている。
ここにはいじめの構造があり、強者がはびこっていてそれを学校は駆逐できない。
思い切りいじめられている女子がいて、絵に描いたようなワル三人組が校内をのし歩いている。
そんな中、一人の少年が学校の屋上から自殺した。
これだけでもスキャンダルなのに、そのあと、自殺が嘘でワル三人組が彼を殺したという怪文書が三通マスコミも含めて流出してしまうのだ。
一体、これは殺人なのか、自殺なのか。
自殺だったとしたら学校は予防を怠ったのか。
ここに翻弄される中学生達がいて、彼らが自分達の手で裁判をしよう、と言う物語だ。
それは決して法的拘束力があるわけでもなく、ただただ真相をはっきりさせたいと言う純粋な思いからであった・・・



二度目なので以下完全ネタバレする。↓



2回目に結末がわかっていながら読んでいた時に思ったのは、冒頭の見事なところだ。
一見、たいしたことのない場面に見える、「小林電器店の前の電話ボックス」で一人の少年が電話をかけているのを小林電器店の店主が見ている(これがまた宮部作品に出てくる常連さんのような下町の実に気のよいややお節介とでもいえるおしゃべりなオジサン、人が良く憎めない。しかもこの人がキーを持っていた。)。
彼はこの少年に声をかける、なぜなら彼が思いつめたような顔をしていたから。
その電話ボックスではしばしばトラブルが起こったから。
この話、途中までちょっと忘れられている、しかも弁護人神原君達、検事の藤野さん達両方が小林電器店に後半接触する、ここから、死んだ柏木君「宅」に電話していたのは誰かというのがきわめて重要になってくるからだ。

読者はここで電話ボックスにいた人として誰を思うだろう。
最初読んだ時に、私は本の中で追跡している人達のように、「柏木君本人」が電話をかけているのだと推測した、彼自身の何かのために。
何かはなんだかわからないが。
が、この仮説が途中で崩れ柏木君ではないと言うことが判明する。
ということは、神原君か、と読者も推測できる、私もそう思った。
というのは、小林電器店のオジサンの言葉は、証言の前から、神原君が柏木君に似ていたことを示唆している。
しかも途中途中で神原君は野田君にも似ているけれど(体の華奢な感じとかで)、柏木君にもちょっと感じが似ている、と呟かれているのだ、色々な人に。
そして、私はこれが神原君の電話だとしたら、「神原君が実は殺人犯であって現場にいて柏木君を殺した人?」と見事にミスリードされた、最初の時に。

神原君が他校生徒なのに、「なぜこの裁判に関わっているのか」というのが柏木君への友情だけではすっきりしないからだ。
なぜだろう、というのは登場人物全員の中にふつふつと溜まっている、澱のように。
神原君が犯人という神原悪人説が、実は真逆で
「神原君が柏木君に一種悪質なゲームを仕掛けられ、自分の出自(アル中の父親が母親を殺した殺人犯でしかもそのあと自殺をする、神原君はそこから養子に出される)をネタにされ、それに関係する場所から「柏木君から」電話をかけさせられていた」
ということが判明するのだ。
なんて残酷なゲームなんだろう。
負の感情に、悪の感情に、引きずり込まれている柏木君がここで鮮やかに描き出されている。
悪の権化は柏木君だったのだ。
柏木君の心の闇は深い、死んでしまったので非難すること何も出来なくなってしまったが。
そして彼の兄の言葉の一つ一つが重みをここで増してくる、小さい頃から体を弱いのを盾にして両親を独占し兄の動向をうかがっていた巧緻な弟・・・・という前段階の伏線がここでとても生きてくる。
しかも神原君は雪の日に屋上まで呼び出され、そこで背を向けた立ち去ったあとに、柏木君は飛び降りるのだった。
死に取り付かれていた男の子、行動よりも理が勝ってしまっている男の子、自分が自分以上だと思っていた男の子、誰にも理解されない自分と言うのを強烈に持っていた男の子、そして自分より不幸な人生なのになぜ普通に暮らしていけるのかと暗い情念を神原君に向けた男の子、それが柏木君だった。

野田君が神原君のために何度か憤激したり泣いたりするところがとてもいい。
最後のところで神原君が自分が未必の故意で柏木君を殺した、と言うことに対して
彼を一緒に死なせようとしていたのかも、と新たな意見を出すのも野田君なのだ(そしてこの意見も実に全うで納得できる)
かたくなで誰の言葉も信用できなかった怪文書を作った張本人の三宅樹理さん。
最初はたった一人の友達松子を死んだからスケープゴートにして平然としている。
誰も彼もが憎くて仕方がない、検事役の藤野涼子ですら徹底的に憎んでいる。
この憎しみは、学校内で大出君たちのひどい中傷と暴力に晒されてきて、彼女の自我がずたずたになっているというところから始まっている。
彼女もまた悪の心に取り付かれているのだ。
神原君が大出君の暴力を糾弾している時に(この糾弾も面白い、本来は弁護人だから弁護なのに、「殺人のみを違うと言うがために過去の暴力を認めようという趣旨が見事にきいている、しかもこれには三宅さんへの呼びかけも入っていて迫力があるシーン)、神原君が自分の気持ちをわかってくれた、と三宅さんは感じるのだ。
たった一人でもわかってくれた人がいた!
そうなのだ、たった一人でもいい、わかってくれる人がいたら、柏木君も死ななかっただろう。
だからこそ、最後皆に嘘とわかっても、自分が怪文書を出したと言うことを認めても尚、自分は屋上で大出君たちを見た、というのだ、これは三宅さんの精一杯の神原君への感謝だと思う。

大出君は暴力の男だ、何も考えずただただ自分の本能のままに動く、そして手下というべき二人の友達も同じように動く。
ところが、大出君も途中から、考え始める、先生の誰も、警察の誰も出来なかったことを彼に引き起こしたのは、裁判であり、弁護人になって必死に大出君を弁護してくれる弁護人の神原君であった。
ちょっと立ち止まるようになる大出君、そしてその手下達も徐々に変わってくる。

・・・・
この物語、周りの子供達が目立たない子でも書き込まれているところがとても良い。
たとえばヤマシン、重要な人間だ、彼には大出君すら手を出せないし目立たなく皆のところを巡回している。そして裁判でも彼の実力は発揮され、ちょっとした暴力トラブルがあったら彼がさっと手を差し伸べてくれるので安心だ。

かなめちゃんも、松子と同じクラブにいる良心的な子だ。
清潔な感じで、彼女の言う一言一言に重みがあり、松子のことを三宅さんに悪く言われて、動揺している姿とかも胸打たれる。
まり子と向坂君も二人とも成長している、気がいいのんびりの二人組は、皆から夫婦と冷やかされていても気にしないおおらかさがある、そしてまり子がなかなか侮れず、物事の本質を突いた発言をするようになるのだ、いつもは成績も器量もずうっと藤野涼子より落ちていると自他共に認めているのに彼女が光る場面があってそこも素晴らしい。
人望のある竹田君もバスケットボールクラブののっぽさんだけれど、この子も陪審員長の役割をきちっと果たしている、でこぼこコンビも微笑ましい。