評価 4.7

アーサー王伝説があり、竜がいる世界であり、騎士がいる世界であり、ファンタジーめいており、記憶をなくした人間達の話、という事前の情報は入っていた。
このファンタジー部分と言うのがとても引っかかっていたのだが・・・・
ファンタジーはアイテムとしてはつかわれているが、さほど気にならない。
話としては次々と新しい展開があって、引き付けられるし思わず読みふける。

イニシエーションの旅、と言うのを思った。
メタファーが多くて、いかようにもこの物語、受け取れる。
これでいいのか?受け止め方は?と何度もページを繰ったのだった。
が、ここからは好みだろうが、どちらかといえば、カズオ・イシグロのファンタジー要素(要素ではあるが厳然としてあるにはある)が入っていない小説の方が私は好き、かもしれない。
場面場面が目に浮かぶし、会話も非常に示唆に富んでいて滋味深い、とは思う。
実に読ませるのだが、が!

以下ネタバレあり。



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最初の、穴倉(!)のような所に住んでいる人間達の姿(これがブリテン人となっている)があり、そこに二人の老夫婦がいる。
この老夫婦はなぜか皆から疎まれていて、真っ暗闇の中で生活している(ろうそくを普通の人間は使えるようだが、この二人は使わせてもらえない)
二人とも集団の中でいじめにあっているようだ。
おまけに二人とも記憶が曖昧になっていて、息子がいる、ということは思い出しても、さて息子はどうしたのかというのは思い出せない。

最初、この二人のみが記憶をなくしている、ちょっと老いてしまった老人の話、と思っていたら、そうではなかった。
霧がかかっているこの世界、皆が過去の記憶をぼんやりとなくしているのだ。
でもこの記憶をなくす、というのが、読んでいると、微妙にばっくりなくしているというのでなく、ある部分のみの欠落でしかも人によって違う、というのが徐々にわかってくる。
それが証拠に、老夫婦が二人で息子のいる島に行こう!(なんで島が突然出てきたのかここもわからないのだが)と思い立った次の日もその次の日も、「息子の島に行こう!」ということは忘れないのだ。
この記憶は保たれている、しかも二人に(だから記憶をなくしている、と言っても、ある部分のなくし方なので、ここがわかりにくい)
お姫様と老妻ベアトリスを呼ぶ夫アクセルがいて、二人はよろよろと旅に出る。

そして旅先で色々な人に出会っていく。
最初にのちのちに意味深い船頭にあって、深い会話がある。
最初に訪れた、サクソン人の村では、長に庇われるものの、村全体が騒然としている。
そこでは悪鬼にやられた村人がいて、囲いの外を警戒する警備人も浮き足立っている。
ここで出会ったのが、サクソン人の若い騎士ウィスタンと、子供で鬼に噛まれた跡が身体にあるというので村人からリンチにあわされそうになっている子供エドウィン。
彼らとともに二人は旅することになる、村を出て。
(ここで、サクソン人とブリテン人の抗争、違いのようなものも語られていて、ここがとても興味深い。
閉鎖された村から異形のものを追い出す(鬼に噛まれた跡のある子供)というのも、村の掟のようだが、元々老夫婦も自らの意思とはいえ、自分の住んでいた穴倉からいじめられて出てきたわけだから共通項はある。
またここで謎の一つ、なぜみんなが記憶をなくしていたのか、と言う謎が解ける。
それは竜クエリグの出す忘却の霧で皆が記憶をやられていたのだ。)

老妻ベアトリスの具合が今ひとつ良くないので、その救済もかねて名高い僧のいる修道院に行こうとする一行。
しかしその途中で今度は別の騎士、自称アーサー王の一派の老騎士に出会う。
この老騎士は、なぜか老人を見るとはっとする・・・隠れた記憶があるので一体何なのか。
修道院で、味方もいて敵もいて、地下に入ったり騙されたり、人に助けられたり、ここは一種の活劇だ。
そのあと、ばらばらになった一行がまた一つになり、瀕死の状態の若い騎士ウィスタンもまたエドウィンとともに合流していくのだ。
(老騎士ガウェインは、実は竜を守っていた。
最終的にウィスタンにやられてしまうのだが。
竜をやっつける場面は案外あっさりとしている、それよりもその後に語られる、忘れられた巨人が目覚める、動き出すというのが実に怖い、忘れると言うことでブリテン(ケルト系)とサクソン(ゲルマン系)の友好の絆が保たれていたが、それがぶっつりと切れるということなのだ。

また仲の良い夫婦と思っていた老夫妻には実はさまざまなことがあった。
老人のいない間の妻の不貞、そしてそれに対する老人の対処に反発した息子の家出とそのあとの死、死んだ息子の墓参りを禁じた老人の横暴さと老妻の悲しみ・・・・)

最後、また船頭の話に戻っていく。
老妻ベアトリスは身体が悪い、それはずうっと最初から語られている。
だから船頭は死の世界への船頭だと思った、私は。
老妻のみが船頭に乗せられて行って老人は取り残されるが、自ら川に入っていく・・・