2015.08.31 新車の中の女


「わたしはまだ海を見たことがない。」

評価 5

新訳と言うので読んでみた。

最後がわかっていても尚且つ楽しめるミステリ、だと思った改めて。
この話、自分が揺らいでくると言う話だ。
自分自身が揺らいでくることほど怖い話ってないだろう。
華麗なテクニックを使い心理描写の巧みさと言ったらどうだろう、類を見ないくらいに優れている心理サスペンスと言えよう。

ある地味なタイピストの女性が、ひょんなことから社長の車サンダーバードを駆って南仏に出かけることになる。
地味な生活だったのに、一回こんなことをしてみたいという誘惑に駆られたのだった。
ところが、その行く先々で、この間はどうも、とかこの間泊まった人、とか彼女が行ってない場所で声をかけられる。
手を誰かに襲われ怪我すのだが、それすらもこの間も左手に包帯を・・・と言われてしまう。
不安に思っていたところに更に追い討ちをかけるように、警察官がこの間停めた人ですね、と停車させる・・・
一体自分はここを回ったのだろうか?記憶のないうちに?


最後の章で全てがわかってみれば、(あーそういうことなのか)と納得できる。
でもそこまでは、いちいちどこの箇所でも、(なんなの!)(いったい!)(この状況は!)と主人公と共に驚愕し続ける仕掛けが素晴らしい。
一番怖いのは
「全く自分でも予想していなかった道を南に行っているのに、その予想を超えるようにそこここで自分の足跡があるということ」
なのだ。
もしこれが誰かの仕掛けならこれが出来ないだろう、なんといっても、社長を飛行場で見送ってからの彼女の心の動きは誰も予想しえなったのだから。
またもし彼女が記憶喪失とかの病気で、このような行動をとっているというのも途中考えられる(ちょっと神経症的なところもあるから)
でもそうすると、途中途中の実に冷静な判断は何だろう?と言う疑問が出てきて、更に頼まれて社長の家で徹夜でタイプしたと言う記憶まで嘘なのかと言うところに発展すると、話そのものが成り立たなくなってくる。

・・・
後半、思いもよらないものが出てくる。
そしてそれをめぐって、更なる窮地に立たされる女性主人公がいる。
男も入れ替わり立ち代り出てくる、ジゴロのように一瞬取り付いた男が彼女を捨てサンダーバードで逃げていく場面も忘れがたい。

そしてラストのおとぎ話のその後。
ここも実に味わい深い。
連城三紀彦の解説もまた熟読させてもらったが読みでがある。

以下ネタバレ
・すべては社長夫婦(奥さんは女主人公の昔の友達)の仕業だった。

予想できなかった道を「偶然」行ったのだった。
そしてもしここを偶然行かなければ、女主人公は社長によって殺されていたのだった。
(うしろから彼女をついてきた社長。
途中のドライブインの洗面所で左手を叩き潰したのも彼)


サンダーバードのトランクにあったものは、死体。
それは社長の妻が密会していた相手であった。
それを途中でトランクに入れ込む社長。
気付かず、女主人公の一時の恋の相手は、「死体」ごと、サンダーバードと共に行方をくらますのだった。
でも、女主人公はそれをうまく追って行って、結局サンダーバード死体入りは、彼女と共にあるようになる。