2015.08.31 斜陽


評価 5

次回の100文で名著で、これが取り上げられるので読んでみた。
何年ぶりだろう!!

そして、私の記憶は、「お母様が・・・・」というところがラストだと改竄されていた・・・・

・・・・
最初の方からすうぷを静かにすするお母様の姿の印象的な描写で始まる。
そこから、例の有名場面、いきなりお母様が庭に降り立ち、そこで、おし・こをするしかも立ったままで、という衝撃のシーンが続く。
この場面実に印象的だった、なんで突然このような場面が?
しかし今読むと、人間の一番下賎なこととされていることをしてもなんら不快感を与えず(衝撃はあるけれど不快感はない)、優雅にそういうことをできることの象徴、として描かれているのだなあと思ったりした。

没落貴族の話だから、お母様も甘いし緩いし、書き手の娘も甘いし緩い。
娘が「結婚して子供を死産して当時としては終わりと言った感じの離婚をした出戻りの娘」とは見えない。
全くの生娘のような感情を持ち、弱っていくお母様にも涙し、放蕩息子の兄の姿にも涙し、そして何よりも、恋に恋していくのだ、それは思いもかけないある作家への思慕だった・・・・

この思慕もなんだか娘の独りよがりのように見える。
何度手紙を出しても返事は来ない。
母が死んでから思い余って直接たずねていくという馬鹿勇気はある(ここも生娘っぽい一途な感情)
しかも本人に会う前に家に突然押しかけて相手の奥さんと子供に会っているという馬鹿ずうずうしいところもある。

そして本人に会ったら(なんせ6年ぶり)、酒飲みで猿のようになっていて、歯も抜けている、とある。
それなのに彼に抱かれる気持ちにまではなるところもまた、一途に思いつめた彼女らしい。

でも彼女のラストがすごい、こういう展開が待っているとは!
当時としてものすごく画期的な展開だと思った。

・・・・
兄は兄で苦悩している。
無頼派を気取っているが、それになりきれない自分を見つめてもいる。
最後のところで手紙があるがこれまた貴族の手紙だ、どうしようもないくらいに。
兄は母を愛していて、彼女が最後の貴族だと言うくらいだが、母のような生き方も出来ない。
そしてラストの手紙で心情を姉に告白し・・・・・

・・・・
一方で、ほぼ全編に出てくる母は、ふわりとした優雅な母だ。
身体も衰えて行って、そのあたりの描写は辛い。
子供への愛に溢れていて、でも実生活をたくましく乗り切るだけの力も知恵もない。
ただただ最初の家で死んでいればよかったぐらいに思っている。
次の家を叔父任せ(母の弟)にしているのは、大丈夫なのか、と現代の目から見ると思ってしまうが、そこはまた違う感情があるのだろう。

この母がいたからこその兄と妹。
そして兄がいたからこそ母は生きる希望が少しだけあった。
母の弱弱しさを見ていると、頼りないと思った娘ですらしっかりしているように見えるのが不思議だ。
娘は少なくとも途中までは畑を耕すことぐらいはしていたのだから。
また戦争中に動員されていたので、そこで働くと言うことを知っていたのだから。
母はそういうこととは生涯無縁で生きてきた。
後半お金がなくなって着物を売るようなことになっても尚、普通に平常心で生きていくその姿がすごいと思った。