評価 5

長いミステリだったが、面白いので一気に読んだ。
「ホテルで長逗留していたある男が自殺している・・・
しかしこの自殺説に疑問を呈した彼と交流のある有名女流作家が推理小説作家の有栖川有栖に相談する」
と言うところから幕開けする。

前半、火村先生はほぼ出てこない(大学の試験の最中で忙しい)
有栖川有栖が一人で奔走して一人で探って一人で戦っている。
お前はこれに気付かないのか!ともどかしく思ったり、ここはこういうことがわかったのか!と感心したり、色々な感情が有栖川有栖とともによぎった。
このあたり物足りなく思う人も多いだろうが、私はこれはこれでいいと思った、読者目線でアリスが色々なところに行き色々な感想を折々に漏らしてくれるからそれはたまらない楽しさがある。

ホテルに長逗留するくらいだから当然ホテルの人達とは交流がある。
オーナー夫妻を含め、支配人、レストランの人達、同じような逗留している人達、顔なじみ、と他の人と接触をどうやらそれほど持っていなかった男にも交流、というのはほのかにあるのだ。
穏やかな男、静かな男、というイメージのこの男の壮絶な過去の姿が徐々に暴かれ、過去の彼が浮かび上がってきて、鍵の掛かった彼の人生が炙り出されてくる、というのがこのミステリの真骨頂だ。

(ついこの間読んだアーナルデュル・インドリダソンの「声」をちょっと思い出した。
こちらは、最初からめった刺しで他殺であるのがわかりきっているというのは全く違うのだが、
・ホテルで過ごしている(客と従業員と言う別はあるにしろ
・穏やかな性格として目立たない生活を送っている
・恨まれるような感じは今の姿から想像できない
・過去に何があったかというのをほぼ誰も知らない
・過去の栄光と挫折を持っている
というところが重なってると思った。)

・・・・・・・・・・・・・
梨田と呼ばれている死んだ男。
彼の孤独と彼の浮き沈みのある人生、ある一点で踏み外してしまった人生、というのがこちらに迫ってくる。

特徴ある体の一部の扱い、なぜ彼が上機嫌の時があったのか、なぜ彼は自殺するはずもないのか。
このあたりの攻め方が私はとても面白く思った。
加えて、

途中途中の、ウールリッチの小説聖アンセルム923号室への言及もまた時宜を得ていて、これまた非常にぐっときた。
(ウールリッチ自身もホテル暮らしでそこで亡くなっていることにも言及しているのだが、ここもまた適切だ。)
さらには淀殿を書いている女流作家からの依頼、と言う形になっているので途中で淀殿のかいつまんで解説もある。
大阪の中之島の地形というのも全く私は知らなかったけれど知らない人にも、この場所の特殊性も理解できたし、大阪の町全体が手に取るようにわかってくる。
これはミステリには関係ないといえば関係ない話だが、こういう話があることによって、ぐっと話が膨らんで面白くなっている。)

ある事実だけ、なら犯人の動機があと一歩、弱い・・・と思ったのが正直なところだ。
ここまで積み上げてきたのに、犯人は意外な人間ではあったし、犯人がその人でしかありえない状況というのも論理的に非常に理解できたものの。
しかしそのあとの展開がある。
ここが素晴らしいと思った。

以下ネタバレ

・梨田はかつて友人に騙され、自分の愛していた女性が他の男性とあっているというのを真にうけ
車を走らせている途中で、ひき逃げ事件を起こしてしまっていたのだった。
このことで刑務所に入ることになる。

・愛していた女性は、その時に本当は友人の女性(何十年か後ににアリスたちが証言を取るために会う人)とハワイのホテルでバカンスに行っていたのだった。
ハワイで恋人梨田の事故を知り、その女性は、人工授精で子供を作ろうと決意する。
そして知り合いの医者のところで、精子を取って置くようにと梨田に指示する。
帰国後人工授精で妊娠出産。
しかし梨田の出所した時には、彼女は亡くなっていて、しかも子供の出生の秘密を知り証明できる医者は震災で亡くなっていたのだった。

・そして梨田は、育った鷹史という息子の傍で暮らして生きたいと思い、オーナーのホテルに逗留する。
そのうち、鷹史の奥さんが妊娠していることを知り、孫が出来たことに大喜びするのだ、陰ながら。

・(読者側からは、鷹史は何らかの方法で出来た、梨田の息子だろう、と推測できるので、有栖川有栖の行動がもどかしい。
ここも作者の作戦なんだろうが。
更に、鷹史の奥さんが妊娠している、というのはかなり初期の段階の描写でわかる。
有栖川有栖はここも気付かないので、読者側はもどかしい、ここも作者お見通しなんだろうが。)

・殺したのは
同じホテルに泊まっていた露口と言う女性。
彼女は、オーナー夫妻の美菜絵の友人であった。心の中では友人美菜絵に強烈に嫉妬している。
失恋で心を痛めていたため、美菜絵の世話になりホテルに逗留していた。
彼女は、看護師でもあったので、梨田の緊急のときに介護をして信頼を得て、彼の身の上話を聞く人間になる。
そしてその中で、嫉妬していた友人の美菜絵の夫鷹史が梨田の子供であることを知る。
更に友人美菜絵が妊娠していることも知る。

・実は露口と梨田とは面識があった(ここからが動機として素晴らしいところ。上の友達への嫉妬、だけでは殺しの動機として非常に弱いから)
露口は気付いていて梨田は気付いていなかった。
電車内トラブルで席を譲らず毒づいた露口はネットにそれを晒され、良縁と思われる婚約すら破談になっていた。


・最後露口はこういうことを言う。
梨田が本当のことを鷹史に打ち明けたら、彼が怒って追い出すかもしれない、ホテルから。
だから黙っていればいいのに。
言わないまま死ねばいいのに。
という殺す側にしては、複雑な矛盾した思いを彼女は持っていたのだった。