評価 5

ショートショートと言ってもいいくらいの短すぎる短編が3篇おさめられている。
シーラッハの文章の怖さというのは、短くて一刺しする、というのもあるのだが、こちらに「何かしらの悪い予測」を持たせてくれる余韻にあるのではないか。
読む側は、(この恐ろしい予測が嘘であってくれ!)と祈るような気持ちで読み続ける。
でも一方で、(これが恐ろしい予測どおりであったら・・・)という仄暗い期待感もまたあることを否めない。
この物語三篇も形は違うけれど、悪い予測、に満ち満ちている。

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最初のパン屋の主人は、
妻の浮気相手と間違えた男を殺す、という蛮行で刑務所行き。
既にここで精神状態がおかしいと言われている。
でも何事もなかったようにパン屋を出所後再開し
そこで見かけた日本人女性・・・サクラに憧れる。

サクラのために作った手の込んだケーキ。
一方的な思いとともにサクラの家を訪ねるとそこに男が・・・

このあと、何も書いていない。
でも読者は悪い予測にさいなまされる。
もしかして?
でも何もなかったように、最高のケーキをぺろりと食べる男・・・
そしてラスト!
ある一行を何度も読み返すことになる・・・・
サクラの男を殺した、という予測はあるがそのあと平然とケーキを食べ続けるパン屋に、もしかして殺してないのかも、と読み手は無理矢理安心しようとしている。
が、最後の方で、サクラの男が胸にしていたペンダントと、肉片とが出てきて、やっぱり・・・と項垂れるのだ。


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次のザイボルトは真面目な裁判官の一生の話だ。
真面目すぎるくらいに真面目だ。
面白みがない男、とも途中で見えるくらいに真面目だ。
それなのに、定年退職後やることがなくなって役所に行き続けるという行動に出るところから、おかしいのではないか、と噂が広がる。
ここまでならまだ「定年退職後のやることがなくなった可哀想な人」だ。
けれど、このあとガレージに忍び込んだ人達、と勘違いして、車の持ち主の息子達をガレージに監禁したりする。
ここも「悪気はないが、勢いあまって勘違いした可哀想な人」だ。

このあたりで、とてもとても嫌な予測がこちらの胸に漣のように立ってくる。
もしかして可哀想な人なのか?本当に?
かなりかなりおかしい人だったのか?本当は?
→そして予測は的中し、「昔」からタイで男の子を買っていた裁判官だったというのが判明する、他ならぬその場所で死亡して見つかって。