評価 5

堪能した短編集だった。
どの短編も意外性があり、そして主人公の記者としての記者魂のようなものも感じられる。
同時に記者の持つ宿命(他人の生活に介入する)への逡巡も感じられる。
いい取材をしたい、けれども実際に事件に遭遇した周囲の人への心遣いもある。
このはざまで揺れている主人公の姿に心打たれた。
王とサーカスの世界に繫がるものがこの作品には確かにあった。
ミステリとしても非常に面白く、小さなことから推理する太刀洗の姿に潔さのようなものまで感じたのだった。

主人公は女性のフリージャーナリストの太刀洗万智(たちあらいまち)。
非常に優秀で、取材のコツのようなものを心得ているのが小気味がいい。

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真実の10メートル手前
ある会社が倒産してその経営者と妹早坂真理が失踪していた。
早坂真理はテレビコメンテーターにも出ていた有名人だ。
それを追う太刀洗と藤沢と言うもう一人のジャーナリスト。
太刀洗はあらかじめ、早坂真理の妹から電話記録を入手していてそこからどこにいるか、どのような状況だったかを鮮やかに推理する。
この推理の仕方がテンポが良いし、面白い。
会話記録が途中にあるのだがそこから現在の位置と場所と話した人までを類推する太刀洗。
そしてラスト・・・ラストがこの作品のタイトルにもなっているのだ、と目を見開かされた。
・おばあちゃんのうち、からどちら側のおばあちゃんかというのを推理する。
雪で、場所を特定。
・飲んでいた、食べ物も食べていた、うどんのようなもの、というので
ほうとう、そして呑めて食べられるこの時間オープンの店というので場所特定。
更に男の人に介抱された、というので、そのやり取りから外国人というのまで推理。ついでに外国人はタクシーを降りる時にぶつかりそうになった自転車の男だったが、タクシーが自動で開くというのに慣れていないことからこの人が外国人だというのを推理。
また、注文の時のイエスノーで、持ってきたものが矛盾しているので外人と推理。
が、車が止まっているところまでは見つかったが、既に中で死亡していたという苦い結末。


正義漢
この作品、短いけれど、視点が途中でカメラのように変わって、それとともに読んでいる人の視点も変わって感情も変えてくれてとても面白い、と思った。

電車に飛び込んだ人がいるらしい。
その人の写真を撮っている傍若無人なジャーナリストがいる。
録音までしている。
その現場写真を撮ろうと、跪いて電車の下まで撮ろうとしている。
なんて卑しい人なんだろう・・・
思わずそこに一歩近づいて見ると・・・・

ミステリとしてやられた!と言う気持ちになった。
最初のほうから途中までは、(この傍若無人なジャーナリストめ!何がしたいんだ!)と視点の人とともに怒っている自分がいる。
ある一つの言葉に違和感を感じながら。

事故ではなく事件と言っていたジャーナリストは太刀洗だった。
これは突き落としだった、電車内で騒いだ人を突き落とす「正義漢」
だからこそ、太刀洗はこのような振る舞いに出て、おびき寄せたのだった、正義漢を。
もう一人が彼の顔写真を撮る。
この話の中で、太刀洗が本当に卑しい顔をしていたのか、それとも作っていたのか。
そのあたりのわからなさもジャーナリズムを考えさせられる。


恋累心中
二人の高校生の心中から、別のあることに思い至る太刀洗がいる。
別々の場所で心中した。
高校の先生に話を聞きに行く太刀洗。二人の先生に話を聞くことが出来る。
心中した二人は確かに愛し合っていたようだが・・・・

しかし意外な展開が待っていた・・・・

名を刻む死
これも大好きな作品。
タイトルが後半で胸に響く。

62歳の一人暮らしの男性が孤独死した。
発見したのは、中学三年生の京介だった。
彼の元にはジャーナリスト達がたむろして、その状況を聞き募る。
たまたま臭いがして、たまたま覗いたら死亡していたと言うことを彼は語っていた。
そこに太刀洗が行く・・・

この物語、名を刻む死というのを、この近所からはうるさ方と思われていた男が日記に記していたというところから、これは何を指しているのかというのが最後になってわかってくる。
彼は新聞にも投稿を何度かしていた。
その投稿内容は読んだが、太刀洗が指摘したところ、私は読み逃していた、そこか、問題はと驚いた。
そして彼がしていたこともまた。

実の息子からすらも疎まれていた死亡した老人。
息子の発言から(全てが彼の見方ではあるものの)、手に負えない老人だったと言うことがわかる。
自分が偉くて一番で周りをさげすむ男であった。

老人は無職と言われることを望んでいなかったのだ、あくまでプライドを持ち続けあくまで「元会社役員」にこだわり続ける。
息子が彼のまだ志望していないところに来て、見殺しにしたというのがわかる。
更に、第一発見者の京介が自分も見殺しにしたのではないか、お父さんの下に名前だけでも肩書きだけでももらえないかというのをお父さんが拒絶したのはなぜか、と言う気持ちに襲われているのを太刀洗は救ってくれる。


ナイフを失われた思い出の中に
自分の幼い姪をナイフで殺傷したとされている。
16歳の少年が3歳の姪を殺したというセンセーショナルな事件。
少年はこれを認め、殺したと言う手記まで書いた・・・・
そして姪の母、つまり姉がいて、少年と姉の金をせびる父親もいるという劣悪な家庭環境であった・・・

この話は、太刀洗とともに、「彼女」の姉がやってきて一緒に取材に同行している。
さよなら妖精からずうっと読んでいると感慨深い人間だ。
彼女の視点、彼女の思考もまた辿れるし、同時にこの事件の深い真相というのが現れた時になるほどと唸らされる。

少年が不幸だった姉のために姪を殺した、というところまでは納得できた。
でもこれは真相ではなく、少年と姉の父親が犯人だった。
ひそかに侵入し、お金を取ろうとしていた。
身勝手な祖父によって殺されたのだった、三歳の子供は、騒いだがために。
少年は姉の犯行だと思い込み、不幸だった姉を助けるために自分の犯行だと周囲に見せ付けた。


綱渡りの成功例
水害でたった一組生き残った老夫婦。
救出は非常に困難を極め、ようやく救出した時には数日経っていた。
彼らが命を繋ぐべく食べたのはコーンフレークだった。
これが息子が持ってきたものという話になっていたのだが・・・・

緊急時でこういうこともあるだろうなあ・・・と思わせられた一品。
美談に仕立て上げようとするジャーナリズムの本質を突いている。
コーンフレークで?と思うのは誰もだと思うのだが、そこから発展する推理が美しい。

まず、息子は一緒に祖父母のところに行った自分の子供のためにコーンフレークを買っていた。
それが残ったのでたまたま両親が食べることになって助かっていた、と言う偶然の産物がコーンフレーク。
非常食のために残したのではなかった(けれどジャーナリズムはここを美談にしたがった)

暑い時期だったので、生き延びるために隣の冷蔵庫を借りていた、牛乳が腐らないために。
(コーンフレークをどうやって食べたのかというのが太刀洗の最初の疑問。しかも説明書き通りに食べたと言う、じゃあ牛乳は?どうやって確保したのだろう?電気がきていないこの家で。)
隣の家は人は助けられない状況だったが電気が来ていて牛乳を冷やせた。
つまり、人を助けられないのでそこは見捨てて、自分たちの牛乳を確保したのだ。
これに彼らはやましさを感じていた・・・・