2016.02.19 部屋



評価 5

読み始めたら止まらなくなった。
この本に関しての一切の知識を持っていなかったらもっともっと最初のほうの場面、わからないことだらけではないかとそこは惜しかったのだが、ここを帯にも粗筋にも書かないとどういう話かというのもわからないので、それはいたし方ないだろう。
子供の語り、で(それも言葉が発達しているとはいえまだ5歳)とても幼い。
言い間違いも沢山あるし、たどたどしいところもある。
訳者の方、とても大変だったと思う、この訳は。
後書きに、訳す上の「ルール」というのがいくつかあって、なるほどこういうルールと言うのを作らなければ出来ないだろうなあ・・・と改めて感心したのだった。

これは、7年間もある男によって一重利の少女が変質者の男に監禁され、そしてそこで子供を生んで育てたという監禁物語だ。
こういうと実に暗い話、と思えそうだ。
でも冒頭から始まるのは、なにやら楽しい「部屋」での遊び風景だ。
ここにいる5歳のお誕生日を迎えたばかりの子は、お母さんが大好きで大好きでならなくて、お母さんからのプレゼントを楽しみにしている。
自分の背を測って壁に刻み付けたり、部屋の全てを測ると言うことを思いついたり、テレビの中のキャラクターに感情移入したり、お昼ご飯を食べる時刻を気にしたり。
何より、5歳のジャックは、お母さんと話すのを楽しみにしているのだ、言葉遊びも含めて。
ここを読んでいて、監禁というのが頭になければ、なんて幸せな楽しそうな二人なんだろう、と思うことだろう。
たどたどしいジャックの言葉にほろりとしながらも、もしかしてここはとても楽しいところ?と錯覚しそうになる。
その錯覚を起こしてくれるのは、ジャックの「ママ」なのだ。

「ママ」である彼女がしたことは、テレビの時間をきちんとさせること、自分が苦しんでいる歯痛があったのでジャックが虫歯にならないように気をつけていたこと、あるだけの本を読んであげて血となり肉とにしてあげていたこと、たまに見える天窓の空が本物であることを教えてあげたこと、体育をさせるためにわずかな空間で走らせたこと、体力を落とさないようにしてあげたこと、男が来る時にはその姿を見せないように洋服ダンスの中に隠れさせたこと、
そしてここが地獄であるはずなのに汚い部分見えない部分はジャックからなるべく遠ざけ、日々自分を暴行しに来る男とジャックを接触しないようにさせていたという賢い選択をしていたのだ。
これが、イタリア映画の「ライフ・イズ・ビューティフル」を喚起させた。
ナチに捕まって強制収容所の悲惨な体験をしているはずなのに、お父さんはこれがゲームだと幼い息子に言い聞かせ楽しませようとするあの姿がジャックのママにかぶった。

・・・・
しかしこの小説、監禁されました→なんとかジャックを使って助けを呼びました→やっと助けられました→万々歳、では終わらない。
だから監禁のサスペンス小説とは一線を画している。
どちらかと言うと、監禁の「その後」の方がずうっと重みがある。
この特殊な部屋で過ごしたジャックの外の世界への驚きとためらいが下巻になると一気に襲ってくる。
左右、と寝る前にジャックがママとやっていたことが、前半で何をしているのかわからなかったことも、後半でわかり、それがいかにこの世界では異常なことかというのもわかってくる。

外に出てからのジャックの目。
それは驚きに満ちている。
友達を持ったことがない子、ハグをしすぎる子、スーパーで何かを買うのにはお金と交換というのを知らない子、公園を知らない子、レゴで遊んだことがない子、シロップをかけたことない子、本当の意味のぺろぺろキャンディーを食べたことがない子、沢山の人に会ったことがない子、靴を履いたことがない子、

大空を見たことがない子、雨にあたったことがない子、外の光が眩しくてたまらない子、海を見たことがない子、蜂に興味を持って触れてしまう子、時々大声を出してしまう子、怒ると人を殴ってしまう子、

生まれて初めてつるっとこの世に出てきたような純粋な子供がジャックなのだ。
でも語彙力だけは、部屋の中での母とのやり取りでついているし、理解力も人一倍ある。
ジャックの目を通してもう一度この世界を見直してみると、こんなに美しさに溢れているんだ、と再認識させられる。
当たり前と思った出来事がなんて輝いて見えるのだろう。

この物語の中で、ママのお母さん、つまりジャックの祖母が大活躍する、後半の方で。
そして、祖母が再婚しているのだが、その相手のぎりじい(義理のお爺さん)がまたとてもいいスタンスを取っている。
ぎりじいが出てくるたびに、ほっとできるのだ。
(祖母の前の夫が示す拒否反応(自分の娘を犯した果てに生まれたジャック)が普通だろう。)
ジャックと同時に救出されたジャックのママもまた心を病んでいる当然のことながら。
だからジャックを助けてあげたいと思っていても、自分自身が立ち直っていないのでジャックになかなか寄り添ってあげられないのが読んでいてももどかしい。

そしてラスト。
とてもいい場面だった。
乗り越えなければ成らないことをジャックが提案してくれたのだから。

以下ネタバレ
・ジャックが住んでいた「部屋」を見に行こうと提案する。
ジャックとジャックのママと二人で見に行って、そこでジャックは部屋の中のそれぞれのものにさよならを言い、部屋にもさよならを言って決別したのだった。

・左右のおっぱいを5歳のジャックがまだ飲んで精神の安定をはかっていたことが、
解放後わかる。
それはジャックのママの精神の安定にも繫がっていたのだろう。