2016.02.29 Xのアーチ


評価 5

難解だったような気がするが、終わってみるととても面白い作品だった。
難解なのは、途中でぽいっと時制も場所も何の前触れもなく変化し、しかもそこに同じ人が形を変えて出てくる、というところにあるだろう。
お得意の幻視なのだ。
黒い時計の旅の方がわかりやすい。
でもこの作品も黒い時計の旅と同じくらいに読んでみると面白い部分に溢れていた。

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最初の方で、アメリカ建国の父と言われる第三代大統領トマス・ジェファーソンが出てくる。
アメリカ大統領と言う知識はあるけれど、この人、奴隷反対の人じゃなかったか?
実際にこの人が自分の言っていることと矛盾して黒人奴隷を愛人にしていた、というエピソードは知らなかったのでここは創作かと思った(エピソードなので本当のところの真偽はわからないらしいが)

彼の愛人にした女性がサリーという黒人女性。
彼女を犯し、そして革命の嵐が吹き荒れているパリに連れて行く。
パリには当時奴隷制はない。
そこから、
・アメリカに戻るか、愛人として
・このままパリに残るか
と言う選択肢がサリーに残される。
そしていくつかの条件をつけながら愛人としてアメリカに行く、という選択をした(はずだった)


このあたりまでは愛憎渦巻いているが全くの普通の小説だ。
けれど、サリーにしてもトマスにしても、性の行為はするがお互いの考えていることは別々の方向のこと、といった不思議な感じのする描写が続くのだ。
更に、64ページ(文庫本・以下全て文庫本)で、サリーはトマスの元から逃げている間に熱に浮かされ不可思議な体験をする。
自分を驚きのまなざしで見るある洞窟のような場所に住んでいる女の子に出会う。
その子はポリーと呼ばれ、これはサリーのこの時点では仕えている主人の娘である(娘を父親トマスのところに届ける役目がサリーであった)
そして奥から、サリーを見て驚愕する初老の男が出てくるのでサリーは逃げる。
この部分と呼応しているのが468ページの描写で
ここではポリーは、死んだサリーの娘になっている、そして洞窟から出てきたのは、別の場所別の人間になっていたサリーを愛したメガネの男エッチャーだった(自分の子供でもないのだが、ポリーを頼むと言うサリーのいまわの際の言葉を聞いて一緒に暮らしている)
 
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この物語の最初の転換点は
82ページで、傍らに寝ているトマスを何度もナイフで殺そうと思っているサリーが、次に行った場所は、
教会が絶対的な権力を握る近未来都市であり永劫都市であった。
なぜそこにいたかというと、『アメリカにわたったサリーが次々に子供を生むのだがある日突然トマスが姿を消す。それを追ってアメリカインディアンの村にたどり着きそこで寝ていると、次に起きたのが』全く知らない寝床だった、隣りの男がナイフで刺されて死んでいた(あとからナイフではないと言うことがわかる)という設定になっている。
ここでは
この事件を捜査するウェイドという大柄の黒人刑事がいて、彼が黒人を侮辱したマロリーと言う同僚の男の鼻をつぶす(これはウェイド部分とエッチャー部分と両方で記載がある)。ウェイドはストリッパーのモナに心奪われる。
また、エッチャーという眼鏡の男がいて彼はサリーに執心する、二人は恋に落ちるのだった。
サリーはここでは、普通に夫がいて普通に子供のポリーがいて穏やかな暮らしを送っている。彼女は「欲望」という教会(支配者)の及ばない無法地帯に住み、奴隷制がないこの世界で自由に暮らしている。けれどもそれで幸せかと言うと不安感に包まれている。
けれど、エッチャーが前の奥さんと離婚し、サリーと一緒になろうとし始めるところから綻びが出てくる。
エッチャーは教会の重要なポストにいた。
そして教会が必死に隠そうとするもの、それが本なのだが、この時制の乱れたことが書かれた秘密文書を手に入れる。

このあと、最終でベルリンに移る。
ここにいたって作者のエリクソンも登場してくる(スキンヘッドの男に殺される結末)。
このベルリンも一筋縄でいかないベルリンであって、猛獣が徘徊するベルリンでもあり、ベルリン市内のあちこちに突如として出没する新壁も登場する。
そして前半でたいしたことのないことで出てきた青年ゲオルギーがここで再登場して、主役になっていく。
またサリーたちが行ってしまう氷の国の描写も忘れがたい。
サリーと夫を行かせたのに、人の良くさえ見えるエッチャーはそこになかなか行き着けない、逮捕そのほか理不尽なことに巻き込まれまくっている。
あちこちに登場する、幸福の追求という文字が刻まれた「石」も狂言回しになっている。


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歴史がねじれているというところが非常に面白いし、美貌の黒人女性サリーの一つの選択が大きく歴史に関わってきたと言うところも読んでいく原動力にもなった。