2016.07.02 希望荘


評価 5

杉村三郎シリーズの最新刊。
前作であのようなことになった杉村が一体どういうことになってるのか、という興味もあった。
全4作でなっている。
どれも苦い味わいの部分が少なからずある。
それにもかかわらず、胸を打つ言葉というのが確かにそれぞれに存在するのだ。
これでは完全に、巻き込まれているのではなく、自ら杉村三郎が私立探偵となり事件を調べているという形になっている。
折々に子供のことが出てくる場面で、うっすらと心が痛む・・・
とても気に入ったのが希望荘と砂男だった。

「聖域」
この物語、新興宗教の話も、やや含んでいる。
突然アパートから飾り気のない貧しかった老婦人が消え去った。
彼女は死んだとされていたのに、ある場所できれいになった老婦人を見かけた人がいる、という不思議な話から幕を開けるところが面白い。
母子関係があまりうまくいってなかったこともわかるし、新興宗教もそこに絡まってくる。

以下ネタバレ
・老婦人の行方を追っていくその過程は非常に面白い。
けれど、この物語、宝くじで大当たりをしたので、宗教的なものにはまっていた娘が母親を再び見ることになった、という幕切れの悪さがある。
もやっとする、このあたり。
そこもだが、悪意の充満しているこの娘、のやった、一緒に暮らしていた女性に対するいやがらせが本当に悪に満ち満ちている。
ここももやっとする、これでこれは終わりなのかと。


「希望荘」
なんと皮肉なタイトルか。
そして全てわかってから読むとなんと胸を打つタイトルか。

施設に入っていた父が、過去に自分が人を殺した、と言い始めた。
そしてそのまま没した。
残された息子は真実を知りたいと思い、杉村に頼み、施設内部の人にも同じ話をしていないか確かめに行く。
そして、確かに父親は施設内部の数人にもこの話をしていたのだった・・・
一体真実はどこに・・・


まずこの父親が過去に本当に人殺しだったのか、というのが最大の争点になる。
見るところでは呆けた感じもない。
それなのに自分が殺したと言い張る気持ちは、何なのだろう。
何に突き動かされているのだろう。

この話の妙は、3点ある。
その妙に非常に心を動かされた。
以下ネタバレ

1.まずこの父親は、自分が殺したというのを後悔している、そして人でなしは一生逃げ続けなければならないと言っている。
今でも夢で見る、と言っている。
実はこの話は、ある殺人者に聞かせるため(ここがとても巧妙だ。誰が外の人に聞かせるためにある別の人(この場合息子と施設の特定の人達)にある話(35年前に自分が殺人をした)をする、なんてこういうシチュエーションで思いつくだろうか!しかも子供に聞かせるために親同士がする話、という例まである。確かにそういう時ってある!と読者は納得する)のものだだった。
それは誰かに向かって聞かせているか、というと、施設の掃除をする男性に向けてだった。そして彼は近頃近所で起こった殺人の犯人だった。
彼がいる時に、わざわざ耳に入るようにこの話をして間接的に自首を進めている。
彼が「かつての自分と一緒に住んでいた希望荘に暮らしていた殺人をした同僚と同じ目をしていた」ことと他の事から類推して、わかったのだった、近頃の近辺の殺人事件がこの人間の仕業だと。

誰かに聞かせるための策略がさりげなく提示されているところが巧い。

2.また父親は、かつて仲良くしていた希望荘の同僚の殺人事件を知っていた。
彼がどういうことになったのかも。
彼がどういう目をしてどういう行動をしていたのかも。
なので、こういうことをしでかす人間が「カッとなって別のものになってしまう瞬間がある」というのを肌でわかっている。
決して許されることではないのだが、人間は理屈ではどうにもならない魔のようなものに取りつかれる瞬間があるというのを見抜いている人間だったのだ、この父親は。

3.更に、最後で、かつての事件で殺された娘の妹の悲痛な叫びが盛り込まれている。
姉を殺される場所にまで送っていったのは自分だと。
魔のようなものに取りつかれた男によって無残に殺された姉・・
それは、一方(殺す側)で別のものになってしまった側の話ではどうにもならない瞬間、ではあるものの、殺された側は一生それを背負って生きていかなければならないというのを宮部みゆきはきちんと描いている(というところが素晴らしいと思った)


「砂男」
この話の中で、希望荘と同じくらいに私が好きな作品。
ちょっと前の話になっていて、杉村三郎がどうして探偵になったかという顛末が描かれている。
この中のミステリの話がとても苦い、苦いが読ませる、人間の業のようなものを描いていて。
松本清張の短編などを思い起こした(宮部みゆきの方がもちろん現代的になっているけれど)

美味しいと評判のお蕎麦の店があった。
そこで仲睦まじい夫婦がいたのだが、ある日この主人が突然の失踪を遂げ、やつれきった妻の姿が発見される。
そして調べていくと、主人の不倫があり、そのあと駆け落ちで姿を消してしまったらしい・・・
もしかして駆け落ちの相手は殺されているのか?
私はそのようにミスリードされた、なんといっても途中で塩素系のにおいがする家が出てくるわけだから(血を洗ったと思った)

このミステリ、非常に複雑なミステリだ。
何度も何度も夫の人となりが出てくる、ここを読み込まなければならない、と思った。
話が二重三重に糸が張り巡らされている。
こうだろう?と思うと違う糸が出てきて、またそこでこうだろう?と思うと別の糸が・・・
最後まで気を抜けないミステリで堪能できた。

以下ネタバレ
・駆け落ちは夫婦が画策したことだった。
狂言だった。
駆け落ちの相手の女性は、夫婦を恐喝しようとしていた、妻側から真実を打ち明けられていて。
その真実とは、夫がかつて14歳の時に母と妹を焼死させた殺人犯であるということだった。
結婚する時、妻はこの噂は知っていたが夫は嘘だと言ったのでそれを信じた。
ところがこれが本当だというのが分かったのは、妻が妊娠してからの夫の言動だった、そこで妻は確信する、この夫は殺人犯なのだと。
そして結論を出したのだった。
1.夫を行方不明の形でいなくさせる。
2.そして赤ちゃんを産む。

ふつうここで終わりだろう。ところが、ここから意外な展開が待っている。
実はこの夫は、14歳の時の男、ではなかったのだ。
香川広樹という名前の夫と思っていたがそのものが嘘だった。

父親が病気で大金が必要だった男が、自分の戸籍を売った(これが蕎麦屋の夫)。
これが真実で、悪の権化のような香川弘樹(彼の親すらあれは化け物でした、と匙を投げるくらいの男)は自分の妹にまで手を出そうとしてきた。
なので、香川広樹を殺したのだった。
だから人殺しなんだ、と自分のことを夫が言ったのはある意味真実だった。
・14歳の時の非道な放火で身内を殺したのは本当の香川広樹。
・その香川広樹と戸籍を交換し彼をやむにやまれず殺したのが、香川広樹を名乗っていた夫。


「二重身(ドッペルゲンガー)」
少女が杉村のところに依頼しに来る話。
高校生のこの風変わりな少女は、震災のあといなくなった人(アンティークショップのオーナー)と付き合っていた母親を心配している。
一体彼は震災に巻き込まれたのか。
それともどこかで生き延びていて、単純に連絡を取っていないだけなのか。

この話、震災でいなくなる人、というのを実に上手に使っていると思う。
もしあの震災でいなくなった、その際にあちら方面に行っていた、と言われれば誰しも納得するだろうから。
母親を思う娘、そしてその母親に届くことのなかったある愛の形、それが最後胸に迫る。