2016.10.08 蜜蜂と遠雷


評価 5(飛びぬけ)

傑作。
ああ・・・こういう恩田陸作品を待っていた・・・
読み終わるのが惜しくて惜しくてならなかった、二段組みの分厚い小説にもかかわらず。
もっともっとこの世界に浸っていたい、そういう気持ちにさせてくれた小説だった。
読むのに長い時間かかったのは長尺であるということだけではなく、今の時代ありがたいことに検索すれば全ての曲がすぐに聞くことができる。
それを読むのと同時にやっていて、そこもまた非常に楽しかった。
これをピアノ界の風雲児、風間塵はこうやって弾いていたのか、とか。
かつての天才少女の栄伝亜夜が母の死をきっかけに弾けなくなった最後の曲はこれだったのか、とか。、
完璧な演奏技術を持っている名門ジュリアード音楽院のマサルの曲はこれだったのか、とか。
そこに恩田陸の言葉が載せられていく、という楽しみがあった。
もし曲がなくても頭の中で恩田陸の言葉で音楽が奏でられていっただろう、豊饒な言葉で音楽を描くってこういうことなのか、と感じた。
音楽の物語であると同時に見事な青春群像劇でもある作品だった。

話は、「ここを制した者は世界最高峰の国際ピアノコンクールに優勝する」というジンクスのある日本のある国際ピアノコンクール、芳ヶ江国際ピアノコンクールの話だ。
ここに世界のピアニストの卵達が集結する。
養蜂家の父とともに各地を転々としたピアノを持たない男の子風間塵16歳という天才の出現、しかも彼はピアノ界の亡くなった重鎮ユウジ・フォン=ホフマンの愛弟子だというのだ。
ナサニエルという審査員の愛弟子のマサル・C/レヴィ・アナトール19歳の優勝候補の演奏もまた圧巻だ。
更にここに復帰戦として一人の女性が加わる、彼女の名前は栄伝亜夜20歳。かつて天才少女の名前を思うがままにしたが母の死を乗り越えられずコンサートを放棄したという過去がある。
そしてまた年齢制限の最高齢29歳の高島明石29歳、妻子がいて普通の生活を送っている音大出身の男。
彼らがこのコンテストで技術と芸術性を競っていくのだ・・・


風間塵(かざまじん)、の出現が非常に印象深い。
ある審査員には激しい嫌悪を引きおこし、別の審査員は強烈に惹きつけられる。
この魅力とはいったい何だろう、そして反発とは何だろう。
審査員たちも自問自答し始めるがそこに彼の師であるユウジ・フォン=ホフマンからの一通の推薦状があるのだ。
この推薦状が実に謎めいている、いわく、彼はギフトになるのか災厄になるのか、は、皆さん、いや、われわれにかかっている、とあるのだ。
ギフト?
災厄?
これが読んでいくと徐々に風間塵の存在が何かというのが解き明かされてくる。
この過程もとても美しい。
しかも風間塵の破天荒なピアノへの対峙の仕方というのもまた胸打たれるのだ、本来こういうものだろう音楽は、というのを見せてくれるのが風間塵だ。
失意の底にいてようやく立ち直ってコンテストに出た栄伝亜夜(えいでんあや)にとっても風間塵との出会いは衝撃的だった、彼女の音楽大学のピアノをいとも簡単に弾きこなしていたのだ、しかも忍び込んで。
正規の音楽教育を受けていなかった風間塵は非常に耳が良い。
コンテストの前の調律の間にも、床のひずみまでを見破って調律師と設定していくこの姿も印象深い。

一方で栄伝亜夜の気持ちも最初トイレに入った時に人がどう見ているか自分の事を、と言うのを知ってしまった時から、後半に至るまでずうっと追って沿うことができた。
恐れ、おののき、そして躊躇い。
圧倒的な技術と天才的な音楽的才能を持ち合わせながら失意のどん底にいた彼女を救ってくれたのは、やはり音楽だったのだ。
彼女は音楽の神様に愛されていたのだった。
そして風間塵との出会い、また幼馴染のマサルとの再会で彼女もまた違うゾーンに行くことができるのだ。

また、マサルは幼馴染の亜夜を一目で見抜いたのだった、かつて日本にいた時に同じピアノ教室に通っていた女の子あーちゃんを。
長じて再会して彼女とは音楽性で細かなところまで一緒に感じることができると確信したのだった。

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この三人が一次予選、二次予選、三次予選と徐々にコマを進めていく。
他にも優秀な人たちがひしめきあうコンテスト場面は迫力がある。

この三人組とは別に高島明石という男性の存在もとても味わい深い。
この人の後半のある二つのことでぐっときて泣きそうになった→三次予選まで行けなかった彼なのだが、思いがけず二つの賞をもらえる電話場面と栄伝亜夜と抱き合って泣く場面
普通の生活をしていて普通に暮らしている彼。
年齢がいっている彼。
既に就職している彼。
市井の彼がコンテストに応募して、自分の解釈で現代音楽を演奏していく、そして彼は他の人への冷静な賛辞もいとわないのだった。
彼には生活があり彼には子供も妻もいるのだ。
けれど彼の夢に向かって進んでいくこの姿にも心揺さぶられたのだった。