2016.12.10 熊と踊れ





『いまが、昔なら。
昔が、いまなら。』


評価 5(飛びぬけ)


このミステリ、最初の150ページぐらいが乗るのに時間がかかると思った。
突然暴力男が出てきて、どうやら自分のもとの家に戻ってきたらしい、そこには妻と三人の息子がいるらしい。
そして続けざまに銃の強奪と、現金輸送車の強奪が起こる。
いきなり銃の強奪?現金輸送車?一体この人たちは?この話はどこに?

しかし・・・
過去の物語が語られるにつれ、ぐっと惹きつけられ、そこから一気呵成に読み続けることになった。
暴力に支配された物語、でもあるけれど、痛いほどの家族の物語でもあったからだ。


ひどく凶暴な父親によって、崩壊寸前のいや、崩壊していた家族がいる。
そこには三人の息子たちがいてレオ、フェリックス、ヴィンセントが母親とともに父の暴力に日々おびえている。
レオは長男なので勢い弟たちの面倒を見ることが多いし、彼らを心の底から愛している。
そして母を守ってあげられないという自分の幼さにも歯痒い気持ちでいるのだった・・・


なんといってもレオの家族への愛情が泣ける。
それは父の代わりでもあり、兄としてでもあり、弟たちを(特に幼かったヴィンセントを)父から守ろうとする気持ちの表れでもあったわけだ。
加えてレオが一番年上なので、一番父親からの精神的支配は受けている。
つる下げられたマットレスに向かって殴打の練習を余儀なくさせられる幼い日のレオ。
それを拒絶することもできなかったほど幼いレオ。
友達との喧嘩でやられて帰ってきて、それを父親に見つかり復讐を訓練させられるレオ。
血のつながりというのをアイスキャンディーの棒でたたき込まれるレオ。
これらは、本当に幼い日の出来事だったのだ、と全編読んでみると改めて思い当たる。

これらの背景がわかると、ここから始まった彼らの銀行強盗や現金輸送車の襲撃などがくっきりとわかってくるのだ。
そこでもレオは弟たちを庇っている。
どきどきしている末っ子のヴィンセントを特に庇っている。
これに加わったのが、レオを崇拝している幼馴染のヤスペルだ。
ヤスペルは軍のリーダーになりたかったが、かっとしやすい性格でなれなかったというトラウマも持っている。
ヤスペルが17歳のヴィンセントをしかりつけると、必ず三兄弟がそれをいさめる、特に次男のフェリックスはヤスペルと対立しているのだ。
それぞれがそれぞれの役割を果たそうとしているところが非常に読ませた。
リーダー役のレオがリーダーなのだが、確固たるリーダーに弱いのはただ一つ、幼いころから叩きのめされてきた父からの言葉、父の一挙手一投足なのだった。
レオにとっては父はなんとしても越えたい存在であったのだ。
そしてレオを静かに支えるのがシングルマザーのアンネリーだ、表に目立った活躍はないものの、影で彼らを支え続ける。

微妙な心の食い違いを残したまま、爆弾で警察官を別の場所に配備し、銀行を複数おそおうとする犯人たちがいる。
そこには車を乗り替えたり、武器庫を見えない場所に作ったり、証拠を冷凍して湖に捨てたり、知能犯的な仕掛けも持っている。
これに対して、追う側は、ヨン・ブロンクス警部と女性のサンナ鑑識官がいる。
ヨンもまた、暴力にさらされてきた、そして複雑な環境にいるというのが上巻の後半でわかってくる。
ヨンが次々に犯人たちの素顔に迫ろうとしているところもまた手に汗握る場面が多い。
自分と比較して、愛情こもった手つきという一瞬の隠しカメラの映像から、この犯人たちが兄弟であるということを想像する。
また暴力にさらされた人がこれを行ったという仮説を立てその仮説のもとに、なんとレオたちの父親のもとにも聞き込みに行くのだった(父の子というのは考えていなかったが、父そのものが犯人ではないかと想像したわけだ。この前にレオが父に大金を返却しに行くので、父が金の出所を疑問に思うきっかけになる)

この小説、幼い日に暴力にさらされた人たちのその後、の物語でもあるのだ。
読んでいるうちにとても不思議な気持ちになった、犯人側をなぜか応援したい気持ちになってしまうのだ。
犯人に同化してしまうのだ。
これだけの出来事があったからこういう犯罪をしていい、というものではないものの、悲惨だった兄弟たちの幼少時代を思うと涙が出てくる。

上巻ではまだ、三兄弟の母が殺されたかもしれない、というのはぼんやりしか出てこない。
扉を開けたのは誰かという話になった時にも、これが決定的な出来事なのでその話になったのだろうが、そこもぼんやりとしか出てこない。
父が一人暮らしで元気だということだけはわかっているのだが・・・・。
またヨン側の物語にしても切れ切れの話から想像はつくのだが細かいことはまだ語られていない。

・・・・・・・・・・・・・・・
上巻の最後あたりからスピード感は増す。
なぜなら、計画した強奪が全て思いのままに成功していて、読んでいてそこはとてつもないカタルシスがあるからだ。
計画が非常に緻密で、そして度肝抜かされる計画になっている。
二台の車を使う手法、見つけたと思ったらそのまた下に隠し場所がある方法、あるところに警官を集中させ悠々と仕事を行う方法、別の仕事をするふりをして自分をカムフラージュする方法、証拠を残さない方法、そしてその訓練・・・
群を抜いて長男レオの統率力が目に飛び込んでくる。
そしてなぜか犯人側に同化している自分がいる。
そんな中、三兄弟の過去が徐々に明らかになっていく、次男のフェリックスのとてつもない屈折はどこから来ているのか、とか、統率力と悪知恵をすでに超えた知能犯の域に達したレオの心中はいかがなものか、とか、レオに対する三男のヴィンセントの気持ちはいかがなものか、とかがわかってくる。

父、というのが常に常に鍵になっている。
そして後半、思いもかけない展開が待っている・・・
悲劇的結末になるというのはこういう物語なのでわかっていたのだが・・・
後半に父とあれだけ嫌っていたレオが皆の目に同化している部分が非常に悲しい。
暴力で支配することを体で教わったレオ。
母親を虐待する父を憎んでいたはずのレオ。
暴力の家庭で育ったレオ・・・・

一点、鑑識官のサンナと警部のヨンとの過去の繋がり描写が弱かったように思った。
ここがほかの部分に比べてへこんでいるので、ヨンがこれだけサンナに執着しているというところがわかりにくい。
最後の最後でヨンの驚くべきあることがわかるので、サンナがヨンに入り込めなかった一点はここか・・・とも思うのだが。

・・・・
解説を読んで、非常に驚いたのは、この作者の一人の経歴だった。

以下ネタバレ
・最後のほうで、次男三男は犯罪から抜ける。
ところが、長男は続けていて、いったん抜かした幼馴染と自分の恋人と、あろうことか、父親も引きずり込んで最後の銀行強奪を行い失敗するのだった。
失敗した大きな要因の一つは、父親が現場に忘れ物をしたということ。

・祖父母の家に火炎瓶を投げるのに同行したのはレオだった。
投げたのは父親。
そして祖父母の家を丸焼けにした(夫の暴力性に耐えかねて、祖父母の家に母親が逃げ込んでいたため)
ここに三兄弟が行った時に、次男が母親の顔に唾を吐きかけることを強要されそのままそれをする。
しかし母親は察して抱きしめる、次男を。
これがいつまでも次男のトラウマになりそして父親への激しい憎しみを人一倍持っていたのが次男であった。

・警部のヨンは、実際は暴力の家庭の子供だった。
兄が父殺しで刑務所で捕まっているのが、実際はヨンもまたナイフを握っていたらしい。

・作者の一人が、この実際の事件の兄弟の一人であったという事実が驚きだった。
実際は四人兄弟で、その中の3人が犯罪を犯した。
そして、そのうちの一人がこの物語を作りあげた、もう一人の作者とともに。