2017.02.22 失踪者




評価 5

ああ・・とても面白かったし、考えさせられた。
巧い!
ミステリではあるものの、一人一人の心理描写が細かく描かれているので、それぞれの人物像がくっきりこちらに伝わってくる。
一方で、
「ある結婚式に出るために飛行場に向かった女性が失踪する。
どこに行ったのだろうか。」
という元々の謎は最後までこちらを引っ張っていく力がある。

またイギリスの田舎の美しさの描写にも目を引かれた。
ひっそりとそこで生きていくということ。
そこから離れるということ。
何度もロンドンとの往復があるけれど、彼我の場所の違いが際立ちそれが作品全体に陰影を与えている。

・・・・
5年前にイングランドの田舎町で、兄の介護をしているエレインが幼馴染のロザンナの結婚式に招待される。
飛行機に乗っていかなければならないジブラルタルへの旅だ。
しかし運悪く霧で欠航になってしまう、呆然としているエレインに一つの救いの手が・・・・
ところがそのあとエレインは失踪してしまうのだ・・・



まず、エレインがどのような状況下にあるかというのがわかってくる。
両親のない中介護を必要とする兄に縛り付けられているエレインがいて、彼女は地味でありいわゆる冴えない容貌であり、冴えない人生を送っている。
そんな彼女が初めて外に出るチャンスと思ったロザンナの結婚式・・・
ところがここでも運悪く霧が発生して飛行機は飛ばない。
運の悪い、間が悪い、というのがエレインにぴったりなのだ、可哀想だけれど。
そして飛行場で思わず泣いている子供のようなエレインに声をかけた風采の良い弁護士がマーク・リーヴだだった。
彼は女性に関してはよりどりみどりなので、ここは好意で声をかけ、好意で家に泊めたのに、そのあとエレインが失踪するに至って殺人、強姦などのあらぬ嫌疑をかけられ、全てを失う。いわばマスコミの被害者になるのだ。

この地味などこにでもいる人間のエレインの造型が素晴らしく、彼女がいなくなってからも、彼女の心情を思ったり、本当の彼女はどういう人間だったのかと憶測を皆がするところが読ませるのだ、特にロザンナの推測が読ませる。
エレインが陰の存在とすれば、日の当たる方にいるのが、美人のロザンナだ。
彼女は再婚とはいえ、容姿にも恵まれ、義理の息子には慕われ、夫には愛され、金銭的に何も不自由がない。
しかし何かが足りないと思っている、ジブラルタルに来てからずうっと。
それは、彼女がかつてジャーナリストの仕事をしていた、というところに起因する。
イギリスロンドンから遠く離れたジブラルタルで暮らす(ジブラルタルはイギリスの飛び地でスペインとの国境沿いのイベリア半島にある)ということの淋しさ、愛する兄や父と離れて暮らすということの辛さ、イギリスの自然を見ることができない苦しさ。
そういうものを背負いながら生きているのだ、ロザンナは。
だからこそ、かつての編集長に、失踪した人たちの特集をしないかと声をかけられた時に飛びついたのだった。
調べていくうちに、冤罪ですべてを失ったかに見える一晩だけ宿を貸したマーク・リーヴに惹かれていくロザンナの姿も鮮やかだ。

一方で、隠れて隠れて暮らしていく女性の姿も描きこまれている。
読んでいるときに、これは誰なのか?もしかしてエレインなのか?と疑問が渦巻く(このあたりの描き方もまことに巧い)
更には娼婦が殺されただの、貧困の家庭の中で家出したと思った少女が殺されただの、の事件が入り込んでいく。
これはいったいどうつながるのだろうか・・・・と興味をかきたてられる・・・

・・・・・
この中で、最後の真相にも驚いたには違いないのだが、文章の端々に色々なことを思ったのだった。
思わせてくれる何物かがあった、人間の心理ということにおいて。
そこが非常に面白かった。
たとえば、その中の一つ、
当初から思っていたのだが
『なぜ、さして親しくもないエレインをそもそもジブラルタルにロザンナは呼んだのだろうか』
という疑問がある。
これはエレイン自身も最初の方で自分で自問自答しているくらいなのだ。
幼馴染で、エレインの兄とロザンナの兄が苦しい縁で結ばれている、ということを考慮に入れたとしても。
これに対する回答は、ロザンナ自身がマークに告白している、ここもとても読ませる箇所だ。
人間の心の醜さ、人間の心の動きの不可思議さを如実に表している。


自分の幸せを確認して見せびらかしたいという気持ちもあったのだった、ロザンナには。
これをリーヴに告白するのだ、なぜ呼んだかということを自分で考えていって、たどり着いた結論であった。


また、誰が誰を信じるかという人間の根本的な問いかけには、複数の人が絡まっている。
信頼していたある人間の本性がわかった時にどう思うか、ということも考えさせられる。
その人を信頼していたのに、ある一点で根本的な嘘をつかれた時には、皆、どういう反応が出るのだろう・・・


・隠れていた女性は、本当のことを警察に初期の段階で話していたのか
・ロザンナが編集者に呼ばれてイギリスに戻ったのは、本当にジャーナリストの仕事をしたいだけだったのか
・リーヴが冤罪をかけられたというが彼の言っていることは全て本当なのか
これらの問いかけが後々まで続いていく。

また、エレインの兄が四肢麻痺になった経緯というのはあとになって説明されるのだが、そこまでどういう経緯があったかわからない。
ただただ兄の怒りと屈辱に耐える姿に胸ふさがれる思いに浸らされるのだ。
最後の最後までエレインがもしかしたら自発的に失踪したのではないかという疑念は付きまとっている。
もし自発的失踪だったら、四肢麻痺の兄は捨てられたことになるのだ。
その感情の行ったり来たりも読ませた。


以下ネタバレ
マーク・リーヴがエレインを故意ではなく事故で死んだと最後に告白する。
そして隠ぺい工作をしたと告白するのだった。


信頼していたロザンナの信頼が一気に崩れる。
それに気づいたのかリーヴは自殺。
極度の鬱状態のリーヴであったのだ。
しかも、連れて帰ったエレインが、不用意に一番触れてほしくないリーヴの別れた子供について触れたのだ。
そこに激怒したリーヴ。


・にしても。
リーヴは本当に故意ではなく事故でエレインを失ったのだろうか?
リーヴの元妻の言うことは本当なのだろうか?それともリーヴの言うことが本当なのだろうか?病的な女好きは単に元妻の妄想だったんだろうか?
全てはマーク・リーヴが自らの命を絶ってしまったのでわからない。
が。

エレインの行方を知らない振りをしていた、という事実はあまりに重い。
なので、リーヴがたとえどこかで本当のことを言っていても、嘘だと思わざるを得ない。
きっとロザンナもそういう気持ちだっただろう。

・皮肉にも当初からマーク・リーヴを殺人犯だといっていたエレインの兄の言うとおりになった(殺人はしていないとリーヴは言ったものの、死体を湖に沈める隠ぺいをした時点で殺人犯と一緒の気がするが・・・)