2017.03.06 騎士団長殺し



以下まだ読んでいない人のために全面伏字とします。
ネタバレも当然入ります(ある程度は、わけるつもりですが)
ある時期になったら解除いたします。

評価 4.9

全体を読んだ感触は、ねじまき鳥クロニクルを思い出すなあ・・・だった。
でもそれよりも、まずこれを読んで、最初に思ったのが、『形を変えたグレートギャツビーだなあ』ということだった。
なぜかというと、→ギャツビーで、別れた恋人のデイジーの姿を求めて、港を隔てた反対側に豪邸があるのがギャツビーなのだ。

恋人の動向を知りたい一途な思いのギャツビー。
人妻になってしまってもまだ思い続けるギャツビー。
謎めいた彼の姿が、ここでも謎めいている免色さんに重なるのだった。
免色さんがが何を見ているかというと
彼が自分自身で自分の子供だ、と思っている女の子を双眼鏡で反対側の家から見続けることになる。
 
・・・・・
最初のプロローグを読んで、この顔のない人は何だ?と思っていると、途中でそれがわかってくる。
だから全部読み終わってから再びプロローグに戻ると感慨深い。
にしても、エピローグはないんだろうか?
まだ未完なんだろうか?

この話、謎が謎を引っ張っていって、ある種読ませるミステリでもあると思う。
何が謎といって数え上げればたくさん出てくる。
あるところでは、幻想の雰囲気も保っていて、ファンタジーの領域も見受けられる。
村上春樹の他の作品を確かに思い出しはするけれど、焼き直し、では私はないと思う。
これだけの分量を飽きさせず読ませたのだから。それだけの力があったのだから。

肖像画で糊口をしのいでいる絵描きの男が妻と別居する。
妻には男がいたらしい。
割り切れない思いの男は、東北を放浪したのち、友人の父親の別荘に住まわせてもらうことになる。
友人の父親は高名な日本画家であり、今は施設にいて意識が混濁しているような状況だ。
ある日、彼はこの家で妙な物音を聞いてしまう・・・それは確かに外から聞こえてきた鈴の音だった。
それを追求していくと・・・・
また、屋根裏部屋に一つの絵を発見してしまう。
そこには異常なものが描かれていた・・・・


この鈴の音が出てくる場所が、村上春樹の某小説の井戸のようだ。
井戸ではないけれど、深い場所にあるのだ、鈴は、はしごをかけるほどに。
更にこの鈴をだれが鳴らしていたか、という謎がある。
また、これを必死になってクレーンまで使ってお金をかけて出してくれたのは、ちょっと前に知り合いになった免色という男だった。もともと彼は肖像画を描いてほしいという依頼をしてきた人物だった。
この免色がどこに繋がるのか。
彼が頼んだ肖像画はとても不思議なもので出来上がったけれど、そこには彼の本質が描かれている、と理解していた。

絵の描写がとても良い。
人の絵を描いているだけではなく、その人の周辺状況を知ることによりまたその人の人となりを知ることにより絵が完成していくのだ。
ところが免色の絵は結界を破ったように破調の絵になる。
このあたりが読んでいて非常に面白かった。
何かが崩れていくように、肖像画をやめて自分の思いのままの絵を描き始める男。
芸術が花開くような姿にちょっと心打たれたのだった。
しかしこの描き始めは思いもよらないところに着地していく。

そして彼に目に見えたのは、一人の(小さな)騎士団長だった。
騎士団長の話はオペラドン・ジョバンニの話にも通じていく。
精巧な人形のような騎士団長は、奇妙な丁寧すぎる言葉遣いで彼を翻弄していく。
緊張が多いこの小説の中で、なぜかユーモラスな感じのする騎士団長の登場部分だった。
が、最後の方で彼は意外な役割を果たす。
画家に自分を殺させるのだ、彼は自分自身をイデアと言っている。免色の娘が行方不明になった時に、彼女を探す最後の手段が、彼を殺すことだった。

またこの別荘を貸してくれる友人の父が、なぜドイツに行きながら帰国したら日本画になり(それで成功したとはいえ)戦前と戦後の画風が変わったかという話も読ませたのだった。
彼が口を閉ざして言わなかったある事実。
ここも謎に満ちている。
なんせ話す唯一の人はもう意識が混濁している状況なのだから。


・・・・・

以下疑問と覚書

・ミステリアスな免色さんはどういう人だったのか、結局。
なぜあのような生活をしていたのか。
あれは自分の子供を見るためだけのことだったのか。
全ての彼の行動はそこに結びついていくのか。

・彼の娘が彼の家に侵入して息をひそめる場所のクローゼット。
ここに免色さんが最接近した時がある。
開けようとした時がある、開けなかったのだが。
何か邪悪なものがそこにいた・・・・
それは誰だったのか、いや何だったのか、免色さんの中にある邪悪なものだったのか。
とすれば、それは何なのか、免色さんはなぜそのようなものを持っているのか。

・父親があの絵を描いた経緯というのは、ここに書かれていることだけだったのか。
どのような気持ちでどのような状況で描いたというのはない。
だからそこは想像しろということなのか。
誰かもうちょっと知っている人はいなかったのか。

・免色さんの年頃の娘が自分の胸が小さい話を、それも何度も赤の他人ともいえる人に語る、というのがとても違和感があった。
なぜだろう、ここを何度も何度も執拗に描いたのは?
そこまで面白いエピソードなのだろうか。

・妻との和解。
こういう感じで和解できるのか。彼の冒険の末(心の)、にここにようやくたどり着くのか。
それよりも前の段階で、妻と別れるのが、こういう感じで夫が納得していないのに別れるんだろうか。
ここまでして別れたのにまた簡単に和解できるのか。
また妻はこの子供についてどう思ってるのか。
夢は見たのだろうか妻側は。


・一人称が懐かしい。またこまめに食事を用意する風景も懐かしい。
ところどころに海外文学への造詣、音楽への薀蓄(そもそも騎士団長そのものがオペラの主人公なわけだがそれ以外にも)
、また過去の現実の歴史、が語られるのも懐かしい、夢で性行為をするというのもまた懐かしい、それが現実の子供になっているという含みがあるおまけがついてくるが。
もうここは全開の村上春樹節で、温かいお湯の中に入った気がした(肯定的な意味で)。

・主人公が比較的若い。
また父と子、という関係が非常に濃密にあちこちに出ている。
1.免色→まりえへの父と子の感情
2.主人公→夢で作ったと思われる小さな子供への慈しみ
3.主人公の友人(子の側)→施設にいる元画家への気持ち
この中で、1と2は極めて似ている。
『本当にその人の子供かどうかわからないのだが、二人とも信じようとしている、いや信じている、自分の子供だと』