2017.03.14 青鉛筆の女


評価 4.7

技巧に満ちた小説。

3つの話が語られていく。
1.1945年にウィリアム・ソーンのペンネームで発表されたスリラー(1945年刊行)
2.その本の編集者から著者への手紙(1941年から1944年まで)
3.作者名がタクミ・サトーとあり未完のハードボイルドで改訂版(1943年から1944年に執筆)

元々これがどこから発見されたかというと、2014年のカリフォルニアの解体予定の家の屋根裏から見つかった、という大枠がある。
1では、日系アメリカ人の(カリフォルニア育ちの朝鮮系アメリカ人)ジミー・パークが主人公だ。
彼はテコンドーが趣味で大変喧嘩などに強い。
彼は日本人農夫が腹を切り裂かれていた事件をきっかけに、日本のスパイ組織の暗殺者と闘おうとする・・・
それに対して、2では常に女性がその小説にアドバイスを送っている。
こうした方がいい、とかこういう風にすれば本にできるとか。
それが青鉛筆で直されているので、タイトルの青鉛筆の女、となる。
このアドバイスを見ながら小説を見ると、確かにその部分が直っていて(推敲していたのだな)というのがうかがえる。

3では、1とシンクロしているのか?と思いつつ読んでいると、これはそもそも主人公が、日系アメリカ人である。名前がサム・スミダという。
彼は東洋美術史を教えていて、自分の妻キョウコが11か月前に殺された事件を自分で追うということを試みようとしている、警察があてにならないからだ。。
マルタの鷹を見て、自分の捜査の参考にしようと映画館に入る。
映画館でフィルムが切れ、そのこといいに行くのだが、そこで、一種のタイムスリップと異世界空間に行くということに巻き込まれている。
そしてその間に真珠湾攻撃があったのでじゃっぷ呼ばわりされながら自分の家に帰ろうとするのだが・・・
既に自分の家そのものも人手に何故か渡っていて、サムそのものも存在が危うくなっている。
いったい自分は誰なのか。
なぜ友達も誰もかれも彼を認めてくれないのか。
この部分大変面白かった、彼が彼であろうともがくほど誰だかわからなくなっていく、という悪夢のような状況が点在している。
しかも、話が進んでいくにつれ、彼が昔捜査でひどい目にあった警察官チャーニチェクが同じような自分を皆が知らない世界にいるという異様な状況にあることがわかってくる。
ここでいったん二人は手を携える方向に行きそうなのだが・・・・

1と3の話が最後の方で融合して溶けていくように収束しているさまも読ませた。

・・・・・・・・・・・・
この話、とても重要ないくつかの歴史的出来事がある。
・折しも1941年の12月7日に日本軍の真珠湾攻撃があった。(なので、3の話の中で、映画館でタイムトラベルがあった時に、三週間のラグがあるので真珠湾攻撃があり、日系人への締め付けが厳しくなっている。それをスミダは最初のうち理解できていない)

・最初のところで、3つの事柄が語られている。
最初は、上に記した真珠湾攻撃だが、次に語られているのは
1942年2月19日に大統領令が出て、日系人が強制収容所に移住させられたとある。

また最後の項目で、2014年に見つかった貴重品箱の中の中身は(ここからは小説内の話)
改訂版が、血と泥にまみれていたという中編小説であったということだ。
つまりそのような状況で書かれた小説と言っていいだろう。
これは、とりもなおさず、改訂版の最後に起稿がキャンプシェルビーでというところとリンクしている。
編集者が手紙で、442連隊戦闘団に作者が入隊することを懸念し、キャンプシェルビー、第442連隊戦闘団、といってもなじみがないが、以下のような説明を見るとなるほど、と思う。

・第442連隊戦闘団は、第二次世界大戦中のアメリカ陸軍が有した連隊規模の部隊であり、士官などを除くほとんどの隊員が日系アメリカ人により構成されていた(以上ウィキペディアより引用)

・1942年6月に、在ハワイの日系二世の陸軍将兵約1,400名は「ハワイ緊急大隊」に編成され、ウィスコンシン州に送られた。同地のキャンプ・マッコイで部隊は再編され、第100歩兵大隊(100th infantry battalion)と命名される[4]。大隊長以下3人の幹部は白人だったが、その他の士官と兵員は日系人で占められていた。ここで部隊は訓練を重ね、1943年1月にはミシシッピ州のキャンプ・シェルビーに移駐する(以上ウィキペディアより引用)

つまり戦火の中でこの改訂版は書かれたものであって(だから泥と血にまみれていた)、それには編集者の手は全く加わっていないのだ。
そして改訂版では厳しい日系人への弾圧そのものも細かに描かれている、自分の妻を探していく男の行動も勿論気になるのだが、日系人への差別そのものも確かに描かれているのだ。


・それにしても。
手紙の主の編集者は、なぜ自分が結婚していると嘘をついたのだろう?
夫が戦死したといったのだろう?←