評価 
4.9

読むのが本当に辛かった・・・泣けて泣けて仕方がなかった・・・
いわゆる実はこういう不思議な話があったんですよ、ということだけではなくて、あくまで、不思議な話がある前後の家族の形とその間の不思議な出来事と残された人たちの生きようとする力のような話だった。

311のあの震災で大切な家族を亡くした東北の方たち。
その方たちのその後、のことであり、当時のことであり、それらが生々しい証言で語られていく、普通のノンフィクションとは違うのがこれが「死者からのしるし」を語っていることだ。
だからここをフィクションととらえる人も当然いるだろう、科学では割り切れないことなのだから。
またなんだ夢なんだ・・・と思う人もまたいるだろう、夢と思ってしまえばそれまでだから。
たとえ夢でなくても、偶然なんだ・・・と思う人もまたいるだろう、偶然で片づければ終わってしまうことだから。
けれど。
この遺族にとってはこれは紛れもない事実であり、そこではノンフィクションであり、また丹念に聞いていった作者にとっても事実として語りを聞いていったノンフィクションであることには間違いがない。

この中で、もちろん人の死の重さはどれも変わらないものの、逆縁のすさまじさに茫然となった。
子供が先に死ぬということ。
かわいい盛りの子供を失うという無力感。
あの大川小学校の子供が二人登場しているのにも胸が詰まった。
また小さな子供も登場している、遺影を見ると本当に可愛らしい・・・
この子たちがどういう思いで大好きなお母さんの元を離れざるを得なかったか、という圧倒的な事実の前には、「しるし」の部分がフィクションであろうがノンフィクションであろうが変わりはない。
人は絶望からどうやって立ち直っていくのだろう、絶望の淵にいた人たちが、「しるし」を見ることによってどんなに救われているのだろう。
これがとても心に刺さった一冊だった。

津波による被害で亡くなった方たちは、あまりに理不尽な死であり、遺族にとっても怒りの持っていきようがない死である。
そして遺族は、夢の彼らのお告げ、部屋の中のプラレールがスイッチが入る姿、亡くなる前に来てくれた、床の音がした、というのを近くの人と同時に経験している、それをある時は泣きながらある時は淡々と語ってくれるのだ。
常に死者が一緒にいてくれると思うことで生きていく糧にする気持ちは痛いほどわかった。
あの時ああしていたら、こうしていたら、と悔恨の尽きない中、夢の中で笑顔を見せてくれる亡くなった家族に会えてどんなにか嬉しかっただろう。

「死者からのしるし」は恩寵なのだ、残された人への。