評価 5

読む手が止まらなかった。
口の悪い(と思われる)幻想小説で有名なクリストファー・プリーストが絶賛していた、というのが解説で書いてあるけれど、私もこれで興味を持ったのだ、この小説に。
あのプリーストが!というところに。
そしてその期待は裏切られなかった。

ホテル、普段何気なく泊まっているホテル。
これは完璧なホテルの物語なのだが、ホテルの特質をよく衝いていると思う。
・ホテルの部屋というのは独立していて、扉の向こうでは各々がおのおのの生活をしている。
・扉一つだけで隔てられている空間が広がっている
・普通、自分の指定されたホテルの部屋と必要のある場所(ほぼレストランとロビーと日本だったら温泉場とか)の同じ場所への行き来しかない。
(自分の部屋と逆方向には行かない、そちらに知り合いの部屋などがない限りは)
・壁には装飾の絵が飾ってあることが多い(特に海外)。
・ロビーの無機質な感じがある
・ロビーのところにフロントがあるが、フロントの人もマニュアルがある。
・多くのホテルで、カードキーになっていてそのカードキーはたまに不良になる。
などなど・・・

カードキーの不良とかは、何度かホテルに泊まったことのある人だったら必ずや開かなくなる時があり、それをフロントに持って行って調整してもらうということを経験しているだろう。
これがこの物語の主人公、「ぼく」のあれ?と思うホテルウエイ・インホテルの体験の始まりなのだ。
なんせ、何度も不良になり、しかも歩いているうちにどうも自分が歩いているホテルの道が覚えがない場所というのに気づいていく。
防火扉は何だ?
この219号室(本人が泊まっていた部屋)はもう一つあるのか?
見覚えのない部屋の扉は何だ?
赤毛の女性が言った飾られている絵は特殊な絵なのだろうか。

ホテルウエイ・インはとても現代的でチェーンホテルであり、高級感を漂わせている。
そこに、ある仕事をしに何度も色々なウエイ・インに泊まっている「ぼく」ニールは、大規模見本市とホテルとの往復で3日間を過ごすことが多い。
それは自分がとても好きな仕事であり、向いている仕事と自負している。
時には決まっていない女性との情事を含みながら楽しく仕事は進んでいく・・・はずが・・・


赤毛の女性との出会いが、「ぼく」に不思議な体験を開かせてくれる。
と同時に、彼の仕事自体が危なっかしいものであり、フェイクの人間と出会って騙されれる失態など、が怖かったし、このあとどうしても会場につきたいのにいけない状況、というのはカフカの不条理小説を読んでいるようだった。
時折彼の過去の回想が入っていく、大好きだった父がセールスマンでありある種似た仕事をしていて、幼いころからホテルになじんていた話や、両親の不和に心傷めている少年の様子も如実に描写されている。
また、女性問題で、情事の相手が常に変わっていくので、名前を間違えて飲み物を頭から浴びせられるという失態もある。
ここのあたりは失態の連続だ。

が、この物語の真の面白さは、後半、ホテルの秘密が明らかになっていく場面だった。
そしてここは同時にとても怖い。
シャイニングが解説で挙げられていて、確かにそこも思うのだが、あの怖さとはまた違った怖さがあった。
後半のヒルバートとの対決が凄まじかった・・・・
階段、ロビーへの廊下、部屋番号の上下、エレベーター、特別な人しか行けないビジネスセンター、語り始め点滅するネオン、錯綜する情報・・・・眩暈がするような感覚だった。
ここで走り回って歩き回っている彼の姿は、コニー・ウィリスの航路の中の右往左往を彷彿とさせた。
また、コンベンションセンターになんとか行こうとしているのに行けない悪夢のような不条理は、読んでいてここまたはらはらしたのだが、カフカの迷宮世界に入り込んだようだった。

赤毛の女性ディーの不思議な感じも楽しめたのだった。
彼女が中庭で光を浴びながらいる姿は忘れ難い。
この作品、映像にしても面白い作品だろうなあと思った、巨大なホテルをCGとかで作ってそこで迷走する姿は見てみたいものだ。

(でも何より私が怖かったのは。
これを読んでいた時に、旅先のホテルであって、私の泊まっていた部屋の番号が219号室だったという事実だ。
カードキーは滞在中アウトにならなかったけれど!)

以下ネタバレ
・見本市に行ってたいした情報もないのに3日間を過ごすのは無駄。
なので、そこに代わりの人を派遣して、必要な情報を取ってくる仕事、それが「ぼく」の仕事だった。
それを主催者が見抜き、彼を排除しようとして通行証を停止する、このことによって、バスに乗れなくなり会場に行けなくなる主人公が、あらゆる手を使ってそこに行こうとする姿が情けなくも面白く読んだ箇所だった。


・ホテル自体が生きていて、全てのホテルが空間で繋がっていて、空間を自由にしている。
つまりあらゆるところに歩いて行ける、ウエイインホテルがある場所だったら、というところがとても面白かった。
歩いて歩いて走って走ってホテルを駆け抜けていく・・・