評価 4.6

面白く読んだ。
私のスタンスとして、村上春樹の新刊が出れば初期から必ず読んでいて春樹ファンではあるけれど、作品によってすごく好きな作品と普通な作品とに分かれている、という感じだ。
だから根本的には読むのが大好きな作家だけれど、熱狂的かと聞かれるとそうなのだろうか?なんでもかんでもいいんだろうか?という自問自答も残る。

こうして面白おかしく書かれること、話し合っていくこと、ある意味おちょくっていくこと、に嫌悪を抱く人もいるだろう、特に生真面目な人に、熱狂的な村上ファンに。
またこういうくすぐりや突っ込みが面白くてたまらない、という人もいるだろう。
これまた私はこの本の中で、面白い部分もある、けれどここはどうなの?という部分もある、という印象も残った。

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どういう観点で読んでいくのかなあというのがまずあった。
数々の思いがまたよぎる。

これって、まず騎士団長殺しを読んでいない人が読んだら、どうなのだろう?
あらすじにばしばし触れていって、そこから本を読みたくなるっていいことなのだろうか?
出版界にとってはいいことなのだろうけれども、確実に。
もしこの本を読まずに村上春樹作品にも一生触れなかったわ、だったらまだしも触れるきっかけになったからいいのだろうか?
あと、1Q84などにも言及しているのでそれも読んでなかったらどうなのだろう?

これを読んで読みたい!と思うことは素晴らしいことだとは思うものの、話に触れているので、ゼロの状態で話に向かうことは出来なくなるだろう。
きっとこのおちょくり方を頭の中に入れながら、突っ込みながら読んでいくことになるのだろうか?
人の本を読むスタイル、にもよるのだろうけれど。
少なくとも自分は読んでからこの本を手に取ってよかった、と思ったものだった。

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内容だけれど、理不尽ではない、と思った。
突っ込んでいるところはいちいちごもっとも!でもある。
ごもっとも、ではあるけれど、説明しすぎと言われてもそれがこの人の持ち味でそこがいいところなんだけれどなあ・・・と思う部分もある。
似たようなキャラクターモチーフが出てくることに対して、いろいろ言っている人がいるけれど(この本ではなくても)、それもまた大森望さんが明快な答えを出していて、ここは、膝を打つくらいに、ごもっとも!と思ったものだった(50ページ)

個人的に思ったのは、作品の内容とか表現がどうこう、矛盾点がどうこう、という前に、その作品が好きかどうかという単純な読み手の思いも、大きくこういう話し合いに関係してくるんだなあということだった。
たとえ表現が稚拙な作品であっても多少の矛盾があっても、好きな人が書いた好きな作品だったら無条件に受け入れてしまう、読書ってそういうところがある。
また好きじゃない作者でも、作品自体が今一つでも矛盾だらけでも、その時の自分の状況によって、ばしっと受容してしまうところがある、読書ってエモーショナルなものだから。
物語ってそもそも虚構なのだから、受け入れる姿勢ができるかどうかというのはひたすらその作品の質とかもそうだが、作品もしくは著者に対する愛情みたいなものもある。
そのあたりの自分の立ち位置が非常に難しいなあと思った次第だ。

騎士団長殺しの時系列表は私も読んでいる最中に軽く作ったけれど、ここできちんと作ってあるのでその部分は面白く読んだ。

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色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年も触れられているが、ここは私も、(そうなの!)と思うところがとても多かった。
最初の謎(なぜ多崎がはじかれたか、仲良しグループに)が、解き明かされても、(なんで!!)という思いが強かったからだ。

というようにいろいろな思いを掻き立ててくれた一冊。
現役の作家だからこそ、そしてファンだからこそ(ゆるいファンとはいえ)こういう様々な思いが様々に錯綜するのだけれど、これが没何年という作家に対してだったら、きっと大爆笑に次ぐ大爆笑で終わったような気もする。