2017.05.13 最愛の子ども



評価 5

最初から最後まで懐かしさに胸をキュッとさせられるような小説だった。
ある意味、百合要素もある小説だ。でもそれのみで語るのにはあまりに勿体ない。
セクシュアルな部分も入っているし、女子高生同士の疑似家族のありようもあるし、少女同士の軋轢も、親との葛藤もある、小さな男子との関りもまた。
この懐かしさは、じゃあどこから来るのか、と思った時に『「まだ何も将来の異性も自分の在り方も何も見えていない女子高生の心の流れ』というのが描かれていて、そのあたりが琴線をつかんだことから来ているのだと思った。
また、遠くの未来も何度も想像されている、それは遠くであるとともに喫緊の大学生の自分を想像するところから始まり、自分が大学生活を送ったらとか、自分と男性が付き合ったら、とか、自分が働いたらとか、の想像だ。
いまある自分の女子高生の時代を『遠くの目』でいったん眺めおろしている。
このあたりも書き方が巧いなあと思った。

このところ、学校物小説というと、まずいじめとかはぶかれるとか突出していて違和感を感じるとか、果ては女子同士のグループのぶつかり合いとか、その方向性のものが多いような気がしていた。
それはそれで読めるのだが、普通の女子高生、普通に過ごしている女子高生でちょっとだけ周囲から浮き上がっている子、がなんとなくクラスにいて、なんとなく皆がそれを受け入れていて、なんとなくのグループがあって、なんとなくのリーダーがいて(これまたボスではない)、という等身大の姿が鮮やかに切り取られている、周囲の『わたしたち』とともに。
そう、この物語、人称が非常に特異なのだ。
『わたしたち』視点があちこちに散逸されていて、文章全体が揺らいでいて(そこも非常に面白い)、パパ役の日夏、ママ役の真汐、王子役の空穂を見ている。
そしてそれは、実際にあったことかどうかは別にして、『わたしたち』の想像、妄想でもあるのだ(と何度も書かれている)。
途中、何度か、このわたしたちの主語のわたし、は誰なのか?と思ったことがあって読んでいったのっだが、周囲の誰かではあるけれど、『わたしたち』であることだけしかわからなかった。
そしてこのクラス、仲が良いので有名なクラスでもある。だからグループはおそらく日夏グループのほかにもあるのだろうが、そこもゆるく全部が繋がっていている感じが漂っている。
体育の走り高跳びの部分とかも本当に見事だと思った。
こういう出来事って忘れているけれど掘り起こしてもらった気がした、全く同じことではなくても、運動神経の鈍い子の感じとか、最終場面まで進める子の感じとか、とてもリアリティーがあった。


冒頭から、私立の女子教室(一応男女共学だが、男女別クラスになっているのでクラスは女子ばかり)での女生徒同士の会話が始まる。
この会話が秀逸で一気に物語に吸い込まれていく。
なんて瑞々しい感情が流れている会話なのだろう。
なんて何かを予感させる会話なのだろう。

冒頭、真汐というちょっと尖がった少女が反抗的な作文を書き、先生に呼び出されるのをその周りの子たちがわいわい話して待っている。
ここに一人かつてやはり教師に反抗的だった真汐を全員の前で素手でぶって逆に立場を取り戻させ、そのあと親友になった日夏がいる。
またこの二人にいつもいつも可愛がられている空穂がいる。
空穂は忙しい看護師の母と二人暮らしなのだが幼い頃から彼女に軽い虐待を受けている。
日夏がパパ、真汐がママ、そして男の子という設定で王子が空穂という疑似家族が出来上がっている。
日夏も真汐も看護師の母がいない時には空穂の家に泊まり込みに行くほど空穂を「可愛がっている」・・・
空穂はグループの皆にも可愛がられていて、いつも誰かしらにちょっかいを出されている・・・


この小説の中で、美少女の苑子が意外に侮れないなあと思っていた。
中身がないと思われている苑子。
話しても全く面白くないと思われている苑子。
でも女子のグループの中に彼女の美少女ぶりにひたすらあこがれている女子生徒もまたいる。
気持ちを推し量ることのできない苑子、それでもあまりの美しさで周りは目がくらんでいく。
こういう少女、高校生の時に確かにいるなあ、クラスに一人はと感慨深かった。
そして、彼女は当然のように男子クラスの男子から告白を受け付き合い始めるのだが、あっさりと別のリーダー格の男子生徒と付き合い始める・・・
気持ちの裏とかを考えない美少女の残酷な傍若無人ぶりは最強だ、そして後半のそのリーダー格の男子生徒の行く末にちょっと残酷な笑いが漏れたのだ。

中心人物の日夏。彼女自身はどちらかというと常識人であり、この中で大人であり(パパだし)、なんでもこなす女子高生である。
彼女は真汐を気にして意識している、常に。
それは彼女のことを心配して皆の前でぶった日から、ずうっとずうっと気にし続けている。
ママ役の真汐は、不器用に生きていくのが途中でわかっていく。
そしてその実際の家庭での窮屈さも徐々にわかってくる。
空穂の家は、虐待と放置があるのに、空穂がある意味したたかに生きているのがすごいことだ。
彼女もまたぼうっとしているようで大人にならざるを得なかった女子高生だった。
この三人が、修学旅行でお尻をぶつことを始めたり、三人で空穂の家に泊まって寝たり、空穂の顔を撫でまわしたり(これはでもグループの多くの子もやっている)、とセクシュアルなことの萌芽、のようなことが次々に行われていく。
ところが途中で、真汐がここから抜けていってしまうのだ・・・
そこで家族の均衡が崩れていっている、というように読めた。

・・・・・・・・・・・・・・・

面白いと思ったのは、学校だけの世界ではなく、彼女たちの家庭環境もきちんと書かれていたことだ。
女子高生なのだから家庭があってそこは学校とともに重要な場だ。
だからそこを描かれていることによって、(ああ・・だから真汐は・・・)とか(ああ・・日夏の家は・・・)とか、(ああ・・だから空穂は・・・)とか(あああ・・・だから美織は・・)とか心の中に落ちていく部分が多いのだ。
美織の家庭で、彼女の家に集まって美織の(歌の好きな夫婦仲が良い)父のコレクションしたポルノを見るという集まりの楽しいエピソードも、特殊ではあるけれど、一つの家の形として心に刻まれる、そこにいる女子高生のヴィヴィッドな会話とともに。

途中である現実的な出来事で、疑似家族は崩壊する。
そしてそれは現実的な対処法を一家族の両親が提案してくれて、一人の女子高生が救われていく。
彼女が救われることで他の『わたしたち』の女子高生も救われるし、家族の残りの二人もまた救われる。
読んでいて(この世界、ずうっと続け・・・)とひそかに思ってしまった。
でも女子高生の時代は永遠には続かない、虚構でも現実でも。

そしてラスト1行で私はぐっときたのだった。